エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
◆◆◆
ピンポーン。
「………うん?」
インターホンの鳴る音で俺は目を覚ました。
「おはようございます、葛西君! もうすぐ7時ですよ!」
ドアの前に立っていたのは、道着姿の山村さんだった。
モノクマのアナウンスが鳴る前に起こしに来たみたいだ。
「ああ、夜通し見回りをしてくれたんだね。ありがとう……」
「いえいえ! 皆さんの安全を守るためならこの程度、なんでもありません! これで全員の無事は確認できましたので、私は部屋で少し仮眠を取らせていただきますね」
そう答える山村さんは生き生きとしていて、徹夜した人間とは思えないほど元気に見える。
「そうだね。また今夜もお世話になると思うから体力を回復していてくれると嬉しいな…」
任せてください、と山村さんは胸を叩いて答えた。
こんな大変な仕事を彼女にしか任せることができないのが悔しい。
だからこそ俺は、俺達は、一刻も早く見つけなきゃいけない。
この学園からの脱出のカギ。
全ての謎を解く”最終裁判”への切符を。
◆◆◆
「―――よし、山村以外は全員いるな」
全員の顔を見渡して前木君がそう呟く。
食堂には、仮眠をとるため自室に戻った山村さんを除く全員が訪れていた。
「…………」
食堂の隅の方には、一人でパンを頬張る小清水さんの姿もあった。
生存確認程度の協力はしてくれる、ということか。
「…みんなに話がある」
朝食をあらかた食べ終わったところで、前木君はこう切り出した。
「昨日提示された動機なんだけど、たぶんみんな同じ映像だったよな…?」
「”想い人”に関することと、”コロシアイのルール”に関する話ですね」
入間君がそう告げると、少しの間沈黙が流れる。
誰も反論しないということは、全員が同じ内容だったということで間違いない。
『伊丹さんには好きな人がいるんです』
……昨日、山村さんからこの話をされた直後にこの動機。
黒幕は俺達の心をもてあそびたくてたまらないようだ。
だが……もっと危険なのはそれに付随して与えられたもう一つの動機。
『コロシアイメンバーの中から好きな人を最大三人まで選んで一緒に脱出する権利を与えましょう!』
コロシアイのバランスをもひっくり返すほどの巨大な動機。
もう今までの常識は通用しないかもしれないんだ。
こんな状況下では、たとえここまでのコロシアイを生き残ってきた仲間でも、容易に信用することは許されない。
「……心に刺さったやつがいるはずだ、この中に」
前木君がそう言うと、みんなが互いに顔を見合わせる。
そうだ。
そうでなければこんな動機は選ばない。
この中の一体誰が……。
「…………」
下を向いてトーストを口にする伊丹さん。
彼女にとってこの動機はどんなものだったのだろう。
おそらく彼女は前木君に思いを寄せていて、山村さんもそれを知っている。
”前木君と一緒にここを出るために殺人を犯す”。
ありえない話ではない。
そのために三人犠牲を払うことができるのかは別としても、好きな人と一緒に出られるならそれに越したことはない。
「……ですが、皆様の様子を見る限りそこまで顔色が悪いわけでもありませんね…」
入間君が全員の顔をうかがいながら呟く。
「ともちんも結構元気そうだったでありんすよ! あれ、意外とあちき達よゆー?」
…なんていう吹屋さんの楽観を鵜呑みにすることはできない。
…よくよく考えたら、最初の動機はどういう趣旨のものだったのだろう?
好きな人の生存の確認なんて…ここのメンバーに好きな人がいたら何の意味もない。
…いや、そういえば入間君には故郷で待っている恋人がいたはずだ。
【Chapter3 (非)日常編②】
「あ、申し遅れましたが私には故郷に恋人がございますので…」
「 ? 」
一瞬、場が凍り付く。
「なんじゃそりゃぁぁぁあああああぁぁ!!!!!」
丹沢君と前木君と亞桐さんが叫ぶのはほぼ同時だった。
「名は結梨と言いまして、私が世界中を仕事で駆け巡っている間も必ず文通してくださる素晴らしいお方ですよ」
もしその
そもそも、いまだに実感がわかないけど……今外の世界は大変なことになっているみたいだ。
結梨さんが無事である可能性のほうが少ないのでは……。
俺は入間君の顔を見る。
彼は優雅に紅茶を飲みながら昨日持ち出したアルターエゴの資料の続きを読んでいる。
平然としているように見える……見えるけど。
内心なんて誰にも分からない。
一つ目の動機は、彼を揺さぶるためのものだったのだろうか?
だがもう一つ気になることがある。
「ねー、ジョーちゃんもダーツやりんしょ!」
無邪気な笑顔で入間君に絡んでいく吹屋さん。
【Chapter5 (非)日常編④】
「…吹屋さん、食堂に行こう」
俺は視聴覚室の隅の席で未だ座ったままの吹屋さんに声をかけた。
「ふき……」
しかし、彼女の横顔が視界に移ると俺は言葉を失った。
「………っ!!」
彼女は両手を顔に当て、大粒の涙を流していたのだ。
「吹屋さん……!?」
「あ、いや…これは……」
吹屋さんは慌てて目元を拭いながら立ち上がる。
「なんでもないでありんす!」
そして俺を押しのけて視聴覚室から出て行った。
昨日の動機発表の後、彼女は確かに泣いていた。
「三人ルール」の話を聞いてモノクマの懐の広さに感動した…?
いや、流石にそんなわけはない。
それはその後の夕食の時の彼女の言葉からも明らかだ。
『初恋の相手を思い出してウルってたでありんすよ!』
「初恋の相手、か………」
俺の勘だけど、たぶんコロシアイのメンバーじゃなくて外にいる人なんだろうな。
しかも、彼女が涙するほど想いが強いということは…。
十分に動機になりうるんじゃないだろうか。
そしてもう一人心配なのは……。
俺は食事を終えて一人食堂を後にする小清水さんの背中を見つめた。
……彼女に好きな人なんているのか……?
俺の好きな人はまだ彼女だったみたいだけど……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
あれだけ人間を憎んでいた彼女が誰かを好きになるなんて思えない。
だとしたら、彼女の動機の画面には何が……?
一面の砂嵐……?
そんな意味のないことをモノクマがするか……?
……もし……。
誰にも知られていないけど、コロシアイの外に想い人がいるのだとしたら……。
「…………」
……考えたくないな、そんなこと。
「そうだ! あちき実は昨日すごいもの手に入れたでありんすよ!」
俺の思考もよそに、吹屋さんは袖から何かを取り出す。
「じゃーん! ”ア報知ドリ”でありんす! あの売店でガチャを回してたら出てきたでありんす!」
彼女が掲げたのは、アホウドリを模した手のひらサイズの模型だった。
この手の人形にありがちなかわいくデフォルメされたものではなく、やけに表情がリアルでちょっと怖い。
「ア報知ドリ……? なんかすごい機能でもあるのか?」
「なんとこの鳥、背中のスイッチを押すと天気を予報してくれるでありんすよ! モノクマ曰く、的中率100%!!」
そう言って彼女が背中をカチッと押すと……。
『アホー! アホー! 今日はアイニクの曇り空! 夜九時から雨! 十時から雷雨を伴う大雨! 十二時には止む! 明日は快晴! アホー! アホー!』
甲高い声で早口言葉のように一気に天気を言ってみせた。
「すげえ…。相変わらずモノクマが使う技術って謎だな……」
前木君はア報知ドリを手に取ってまじまじと眺めた後、テーブルの上に戻した。
「夜から雨が降るのでしたら、屋上には出ないほうがいいかもしれませんね」
「まあ、ともちんが見張ってる以上夜時間はそもそも個室から出られないし、あんまカンケーないでありんすね!」
確かに屋上は天気の影響を受ける可能性があるな…。
こんな時に風邪をひくのも大変だ、夜は屋上に行かないようにしよう。
◆◆◆
「………さて、と」
昨日、俺は伊丹さんに前木君のことを聞き出そうとした。
しかし彼女は終始入間君と共にアルターエゴやアルターヒューマンの調査をしていたため、その話を聞くことができなかった。
今日こそはちゃんと話を聞いた方がよさそうだ。
動機のことも考えると、モノクマは明らかに”恋愛感情”をコロシアイに利用しようとしている。
モノクマの狙いが明らかである以上、先回りして防がない手はない。
「……あ、伊丹さん」
休憩室には、伊丹さんが一人で昨日の資料を読んでいた。
てっきり入間君もいるものだと思っていたので、少し驚いた。
「あら、あなたも昨日の続き、調べる? 入間君は吹屋さんに連れていかれちゃったから人手が欲しかったのよ」
…そういえば吹屋さん、朝食の時に執拗に入間君と遊ぼうとしてたな。
こんな時にまで彼女はマイペースだが、入間くんなら上手く扱ってくれるだろう。
それよりも、この状況はチャンスかもしれない。
入間君がいない今なら、彼女と二人きりで話を……。
「伊丹さんに聞かなきゃいけないことが」
「気付いたのね、私のこと」
「!」
伊丹さんの思わぬ言葉に俺は思わず硬直した。
「……山村さんから聞いたんでしょう? あの子ったら、話したがりで困っちゃうわね」
「それは……」
俺は上手く答えられず口ごもってしまった。
「動機が
何もかも見透かされている以上、何も言えなかった。
「でも心配は無用。あなたがどこまで知っているか分からないから敢えてはっきり言わせてもらうけど、私は殺人を犯す気はない。なぜなら、
「…………」
伊丹さんは凛としたまなざしで俺の目を見つめながらそう言い放った。
「恥ずかしいからちょっとオブラートに包んだ言い方になっちゃったけど、分かってもらえたかしら?」
「………うん」
そこまで言われたら、一体何を疑えばいいんだ。
でも、山村さんが言っていた乙女の勘とか漠然とした不安は、これで解決できたのだろうか?
だけどここで変に食い下がっても、かえって彼女に不信感を抱かせるだけだ。
「もしあなたが本当にコロシアイを止めようと思うなら、私よりも説得すべき人がたくさんいると思うわ」
「そう……かな……」
間違ってはいない。
吹屋さんや入間君、小清水さんのことも気になっている。
「私も説得に当たりたいのだけど……。一刻も早く学園の謎を解いて黒幕に勝負を挑まなければならない以上、この資料の解析も時間が許す限り進めなければならない。必然的に役割分担が必要になるのよ」
つまり伊丹さんは、動機に揺さぶられていそうな人の説得を俺が、資料の解析を自分が進めるという役割分担を提案しているというわけか。
「もちろん、これ以上のコロシアイを防ぎつつ黒幕に勝負を挑むのが最善手だから…。伊丹さんの言うとおりだね。解析は君に任せるよ」
「ええ。任せて。あと数日以内にはあらかた把握してそらんじておけるようにしておくわ」
「そこまでする必要はないと思うけど……」
俺は苦笑いしつつそう答えた。
伊丹さんの瞳は力強く、透き通っていた。
とても嘘をついたり、迷ったりしている人の目には見えなかった。
俺はひとまず彼女を信用して休憩室を後にした。
伊丹さんの言葉通り、俺は他の人がどうしているかを探りに出た。
小清水さんは正直、未だに何を考えているかつかめないところがある。
あの動機で何を表示されたのかも。
しかし、会ったところでそれについて教えてくれるとは思えない。
となると…入間君と吹屋さんを優先させるべきか。
俺は順番に校内を巡っていく。
山村さんは個室で仮眠中で、伊丹さんは休憩室で作業中。
他のメンツはそれ以外の場所にいるということだが……。
こうして校舎を見て回ると、本当に校舎が広く感じられる。
みんなが生きていて、校舎もほとんど解放されていなかったときはあんなに狭く感じていたのに。
こんな狭いところは一刻も早く出てやろうって思っていたのに。
今じゃ、こんなに歩き回っても誰も見つからない。
一体どこに……。
「……!」
その時、俺は曲がり角を消えていく人影を見た。
美術準備室へと入っていったその背中は、間違いなく小清水さんのものだった。
美術準備室の先にあるもの……間違いない。
吹屋さんが閉じ込められていた部屋と、その隣の管制室。
「あなたもここを調べるつもり?」
小清水さんは俺に背を向けたまま言い放つ。
「私の邪魔をしないのなら来てもいいわよ」
そして彼女は、もはや隠されることもなくなった階段を上ってゆく。
「………」
彼女が何を考えているかは分からないが、俺は何も言わずその後に続いていった。
今まではおざなりにされていたが、ここを調べるのもいずれやらなければならないことだ。
ここを調べてみて、小清水さんから何か話を聞き出すことができれば…。
小清水さんが管制室を調べている間、俺は吹屋さんが閉じ込められていた部屋に入った。
鍵もかかっていないその部屋は薄暗くてコンクリートが露出しており、まさに監獄と言った部屋だ。
シャワーとトイレ、洗面台は隅の方に設置されているが、部屋とそれを仕切るのは雑なつくりのカーテンだけだ。
「…こんなところにいたら、一か月もしないでおかしくなっちゃいそうだな…」
そういえば、食事はどうしていたんだろう。
吹屋さんがこの部屋で生きていたのならば、当然食事の配給があったはずだ。
その時に、どうにかして配給者の顔でも見ていないだろうか…。
そう想像した俺の思考はすぐに否定されることになった。
部屋の壁際には大きなボックスが置いてあり、その中には大量の缶詰が入っていた。
そして横の屑籠には大量の空き缶が捨てられていた。
なるほど、この缶詰の備蓄が尽きる前に吹屋さんはここから出られたということだから…。
食料の配給はなかったということだな。
続けて俺は吹屋さんが寝ていたであろうベッドを調べた。
同じ毛布を何度も使い回さざるを得ない状況だったはずだが、不思議と毛布もベッドも比較的綺麗だった。
そういえば、吹屋さん自身もずっとこんな環境の監獄にいたはずなのに、初めて会った時も清潔感のある印象だった。
シャワーは浴びることができるかもしれないが、見たところ替えの服があったようにも思えない。
気のせいと言われればそれまでだが、どうも引っかかるな…。
一方、小清水さんはこの部屋には全く足を踏み入れず、ひたすら管制室を調べているようだった。
「………」
案の定、彼女は管制室のキーボードやボタンと睨めっこしていた。
彼女がいくつかのスイッチを切り替えると、たくさんあるモニターのうちの何個かの映像が切り替わる。
それらは全て、俺達の生活の場にある監視カメラと繋がっていた。
「…どうして黒幕はここにいないんだろうね」
初めてここに来た時からずっと思っていた疑問だ。
黒幕がここにいないのなら、どうしてこんな部屋を用意したんだ?
「
「……!」
小清水さんが不意に呟いた一言。
黒幕がいない?
果たしてそんなことがあり得るのか?
「いないっていうのは、”この世に存在しない”っていう意味?」
「………」
俺は彼女に問いかけるが、彼女は答えなかった。
後は自分で考えろと言うことか。
なんだか、彼女の方がモノクマより黒幕に相応しい気がしてきたな。
小清水さんがキーボードに何かを打とうとすると、目の前のひときわ巨大な画面に文字が浮かび上がった。
『操作するにはパスワードを入力してください』
赤文字でそう表示されている。
パスワードは全部で16桁あるようだ。
「それはなんの操作をするキーボードなの?」
「……いろいろ動かせる、とだけ言っておくわ」
それだけ言うと、用済みと言わんばかりに小清水さんは管制室を後にする。
「最終裁判に挑む覚悟はできた? 頼むから足は引っ張らないでほしいものね」
…という捨て台詞を残して。
「……」
彼女の真意はともかく、俺はもう少しだけこの部屋を調べることにした。
実際にいじってみると、監視カメラの映像を切り替えるボタン以外は全て操作にパスワードが必要だった。
校内へアナウンスができるマイクも、パスワードが解けなければ意味がない。
他にも様々な機能を持つボタンやレバーが立ち並び、注意書きが施してある。
『大ホールの照明強度
大ホールの扉ロック
エレベーターのロック
全フロア換気扇スイッチ
避雷針の標高調整
全フロア気圧調整
……』
本当にいろんな機能が集約されているが、その中でも目を引くのは『エレベーターのロック』だ。
この機能を上手く制御できれば、エレベーターで地上に降りることができるかもしれない。
そうすれば、黒幕との勝負をせずともここを脱出できるかもしれない……?
『あのさ』
「わぁっ!!!?」
いきなり背後から声をかけられたので俺は飛び上がってしまった。
『いい加減どいてくれないかなぁ。本来ここはボクの部屋なんだからね?』
モノクマが呆れ気味にそう言った。
「…調べるのは自由って校則に書いてただろ」
驚かされたイライラをぶつけるように、俺はぶっきらぼうに言った。
『そりゃそうだけど、ここはイレギュラーな場所だって前に言ったでしょ? それにボクだってこの部屋で校長の仕事をしなきゃいけないんだから』
「…モノクマの姿のままこの部屋を使ってるのか?」
『そりゃそうでしょ! ボクに第二形態があるとでも思ってるの?』
「いや、そういうことじゃなくて……。お前を操ってる人間がここを使ってるんじゃないのか?」
本人には今まで聞いてこなかったことを、俺はついに口に出した。
『
「…………」
こんなくだらない答えしか返してくれない。
やはり聞くだけ無駄だったか。
でも、このモノクマが自律して動いているならば、小清水さんが言った言葉はあながち間違いではないかもしれない。
人が動かしてすらいない機械にもてあそばれて殺しあうなんて、こんな悲惨な話はないけど…。
「…って大事なこと忘れてた!」
不意に急用を思い出した俺はモノクマを置いて管制室を出た。
小清水さんに動機のことを聞くのを忘れていたのだ。
「…まだ何か用?」
心配するまでもなく、小清水さんは美術準備室にいた。
この部屋を調べていたようだ。
「あ、いや、動機のことなんだけど」
「まさか、まだ私を好きとか言い出すつもりじゃないでしょうね?」
うっ……と俺は心の中で呻き声を漏らした。
あの動機には、俺の想い人は小清水さんと書かれていた。
でも、あんなのモノクマが勝手に書いただけだ。
「俺のことは関係ない。君があの動機で何を見たのかを知りたいだけだ」
愚直なまでに俺はそのまま質問した。
搦手の質問で引っかけようとしたって彼女には勝てないと分かっていたからだ。
「自分のことは関係ないと言っておいて私のことは聞き出そうとするのね。脚本家ってそんなに身勝手な生き物なの?」
「……!」
確かに、そう言われると返す言葉がない。
「でも安心しなさい。私の想い人なんて存在しない。あの動機の映像は真っ白だったわ。それに、二番目の動機も私の意には全く沿わないものよ。だってそうでしょう? 人類皆殺しを目指す私がこの学園から一緒に出る仲間なんて欲すると思う?」
「………」
そう言われればそうだ。
…見たところ動揺しているようにも見えないし、動機は問題ないのかな?
「私が殺人をする理由なんてこれっぽっちもない。少なくとも今はね。いらぬ心配をかけている暇があるなら、他の人のケアでもしてたらどう?」
皮肉にも、先ほどの伊丹さんと同じようなことを言われてしまった。
…うすうす思ってたけど、俺、人の心を探ったりするのが下手なんだな。
脚本に書くのはあくまでもキャラクターの心情だし、リアルの人の感情を掴むのはやっぱり……。
…なんて弱音を吐いてる場合じゃないな。
とりあえず次は入間君と吹屋さんの様子を見に行こう。
「吹屋さーん?」
三階をくまなく探したがどこにもいない。
吹屋さん、入間君にダーツやろうとか言ってたからてっきり二人とも娯楽室にいるものだと思ったんだけど……。
「入間くーん?」
四回も見たが、音楽室にも弓道場にも人影はない。
吹屋さんが得意のピアノを披露している…というわけでもなかった。
「…とりあえず屋上も見ておくか……」
あの高所恐怖症の入間君が屋上にいくとは思えないけど、一応見ておくに越したことはないか。
チーン、とエレベーターの扉が開くと……。
「わーーーっ!!!」
という入間君の叫び声が第一に俺の耳に届いた。
「入間君!?」
俺はすぐにエレベーターを飛び出す。
すると……。
中央の電波塔にしがみついて悲鳴を上げる入間君と。
穴が開いたフェンスの前でおろおろする吹屋さんがいた。
……って、なんでフェンスに穴が!?
「あ、ちょうどいいところに来た! 助けてユキマル~~!!」
吹屋さんは俺の顔を見るや否や、すごい勢いで飛びついてきた。
「遊ぼうと思ってジョーちゃんを追いかけてたら突き飛ばされて、ショックでフェンスが破れちゃったでありんすよ~!!」
「は!?」
いろいろツッコミどころはあるけど、破れちゃったってどういうこと!?
『ごめん、収拾つかないからボクが説明していい?』
通気口なんてないのに、どこからかモノクマが現れる。
『君たちが追っかけっこしてた理由なんて知らね―けどさ。このフェンスは急激にかかる衝撃にはめちゃくちゃ弱いんだよね』
「なんだよそれ…! そんなのフェンスの意味あるの!?」
『緩やかにかかる力には強いんだよ! このフェンスはそういう材質なの! この前吹屋さんが登った時は壊れなかったでしょ?』
「え? 登った?」
「げっ、あちきがこっそり夜景を楽しんでたことをばらすなんてずるいでありんす!!」
こんな状況で夜景を楽しむなんて(しかもフェンスの外に出てまで)、やはり彼女は普通じゃない…。
『とにかく、急に力を加えるとすぐ破れちゃうから気を付けて使ってよね! この穴が直るまで屋上は立ち入り禁止にしとくけど、直った後は節度を保って使うんだよ!』
爪を光らせて威嚇した後、モノクマは『とうっ』と声をあげて屋上から飛び降りていった。
「あのモノクマ、絶対死んだでありんすね……」
「…それはともかく、フェンスがこんな危ない作りになってるとは思わなかったよ…。ちょっと今後は屋上に立ち入らない方がいいかもね…」
何か不慮の事故でフェンスを越えるようなことがあったら大変だ。
「うぅう~~、うぅううぅぅ~~~」
頭を抱えて呻き声をあげる入間君を連れだして、俺達は一階へと戻る。
入間君の話を聞くところによると、
①吹屋さんが入間君を遊びに誘う
②入間君が逃げる
③吹屋さん、血眼になって入間君を探し始める
④入間君、「ここに逃げるとは思うまい」と恐怖を承知で屋上へ
⑤しっかり吹屋さんに見つかる
⑥屋上で捕まりそうになってとっさに突飛ばしたらフェンスにぶつかり、そのまま破壊
という流れだったらしい。
いつになっても吹屋さんはトラブルメーカーだな…。
「吹屋様……いい加減脱出のために何か働いてくださいませんと」
入間君が恐ろしい形相で威圧すると、吹屋さんの顔を冷や汗が流れる。
「吹屋さんさ、やることが見つからないならいい仕事を紹介するよ」
お茶を濁すように俺は吹屋さんの腕を引っ張って休憩室へと足を運んだ。
「伊丹さん! 吹屋さんにもアルターエゴの資料調べを手伝わせ……」
俺は伊丹さんへの言葉を告げながら勢いよく休憩室へと入っていったが……。
「あれ? いない?」
◆◆◆
葛西が吹屋達を探していたころ。
「…………」
前木は図書室である資料を読み漁っていた。
【著名な殺害事件の一覧】と刻まれたその大型の資料には、これまでに起きたありとあらゆる殺人事件の内容が詳細にまとめられていた。
伊丹や仲間達を守るために殺人を決意した前木。
殺人をするには、殺人のためのトリックを学ばなければならない。
一刻も早く殺人の仕方を覚えなくてはならなかった。
「…こんなことを真剣に勉強することになるなんてな」
自嘲気味に前木は呟く。
だが、たとえモノクマの思う壺であっても、やるしかない。
前木は夢中になって資料に目を通していた。
いつのまにか図書室に入り込んだ人影にも気付かないくらいに。
不意にら前木の首筋に腕が回される。
「!!!!!」
油断した、と前木が思った時にはすでに遅かった。
前木の体を、雷に打たれたかのような衝撃が走る。
死の恐怖が前木を襲い、全身の毛が逆立った。
だがその腕は、彼の喉元を締め上げることはなかった。
「伊丹…?」
その腕の主を認識した前木は、驚きの声をあげる。
「ごめんね、常夏。邪魔しちゃって……」
謝罪しつつも、伊丹は前木の胸元に後ろから手を伸ばし、椅子ごと抱き締める。
恋心に彩られた吐息が前木の耳元を刺激する。
「やめろよ。誰が来るか分かんないんだぞ」
前木は困惑の表情を浮かべてそう告げるが、伊丹は腕を離さない。
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから、このままいさせて…」
紅潮した顔を前木の首筋に寄せながら伊丹は囁く。
「………」
戸惑いながらも、前木はそれを受け入れるしかなかった。
「(あたたかい………)」
伊丹は前木に悟られぬよう、ひそかに涙を流す。
「(あなたと別れたくない………けれど……私は………)」
前木もまた、伊丹に自らの感情を悟られぬよう懸命に唇を噛み締めていた。
覚悟を決めてなお愛にすがる男女は、ほんの刹那の時を共に過ごした。
◆◆◆
結局伊丹さん抜きで入間君と吹屋さんと三人でアルターエゴの資料を調べて、いつの間にか時刻は夜になっていた。
動機のことをそれとなく二人に聞いてみたが、二人とも大した返事は得られなかった。
入間君曰く、恋人さんはまだ生きているようだが…。
吹屋さんに至っては、相手のことを何一つ知ることができなかった。
俺の聞き方が下手なのか、本当に動機が効いていないのか……。
正直、もうどうなるか全く分からない。
モノクマの狙いも分からないし、どうすればコロシアイを防げるのかも。
でも、夕食のときにみんなの顔を見ていると、不思議と安心した気分になれる。
よほど屋上が怖かったのか、入間くんは一日中げっそりした表情だったけど…。
夕方に起きてきた山村さんは、今夜も見回りに向けて気合十分だった。
前木くんと伊丹さんも、落ち着いた様子だった。
この安心感がずっと続いてくれるといいんだけど……。
『オマエラ、動機に負けず元気に過ごせてるかな? 夜時間のお知らせですよ! 明日も元気にコロシアエるようによく寝るんだよ! おやすみなさい!』
モノクマのアナウンス。
夜時間だ。
「では皆さん、今夜も見回りを行いますので個室にお戻りください!」
山村さんが声をかけると、みんなはそれぞれ個室へ向かう。
個室前の廊下に何人かが集まり、部屋に入ろうとしたところで前木君が声を上げた。
「ん? なんだこれ…」
「?」
前木君は一枚の紙きれを手に取り、眺めていた。
「そういえば、伊丹さんと小清水さんはどこですか?」
それと同時に山村さんが呼びかける。
確かに二人ともいない。
「……っ!!」
次の瞬間、前木君は恐ろしい形相で走り出した。
「あっ、ま、前木君!」
俺は慌てて彼の後に続く。
「待ってください! どうしたんですか!」
山村さんもそこに続いた。
俺達三人は、あっけにとられる入間君と吹屋さんをよそに、前木君の後を追って走った。
彼は一直線にエレベーターへと駆けていった。
「はあっ、はあっ……」
エレベーターの扉が閉まって動き出すと、前木君はその場にしゃがみこんで息を整える。
「ま、前木君……急にどうしたの…?」
「そうですよ…。今から夜時間だというのに……」
かろうじて彼に追いついてエレベーターに乗った俺と山村さんも息を整える。
「……俺の部屋の扉に……挟まってたんだ……」
そう言って前木君は先ほど見ていた紙切れを広げて俺たちに見せた。
『 屋上で待ってる 死ぬ時は一緒 』
紙には、殴り書きされたような字でそう書いてあった。
「え………!?」
その文字を見た俺と山村さんはにわかに表情を変える。
「死ぬ時……!?」
これを書いたのって、ひょっとして……。
チーン、と音が鳴る。
俺達が思考を巡らせる暇もなく、エレベーターは屋上に着いていた。
そういえばフェンスの修理が終わるまで立ち入り禁止にするってモノクマが言ってたけど、もう終わったのか…?
扉が開く。
その先に待っていたのは……。
爆音。
閃光。
「っ!!!」
思わず俺達は目をつぶった。
同時に、外から激しく吹き込んでくる猛烈な雨が体中に打ち付けられた。
その時、俺は思い出した。
今朝のア報知ドリの予報を。
『アホー! アホー! 今日はアイニクの曇り空! 夜九時から雨! 十時から雷雨を伴う大雨! 』
激しい雨風で前もろくに見えない。
「伊丹ー!! いるのか!!?」
前木君が力いっぱいに叫ぶ。
返事はない。
「……! 二人とも! あそこ!」
不意に山村さんが叫ぶ。
彼女が指差した先に立っていたのは……。
雨に濡れた伊丹さんだった。
雷雨の中に立ち尽くす彼女は、両手に金属の線のようなものを持っていた。
「………!!?」
こちらに気付いた伊丹さんは、驚愕の表情を浮かべた。
「あなた達、どうして!?」
「……え?」
俺が混乱する中、一直線に伊丹さんの方に近寄って行ったのは前木君だった。
「伊丹!! その線は一体なんなんだよ!!」
「やめて!! 来ないで!!!」
伊丹さんの全身全霊の叫びが前木君の歩みを止めた。
「お願いだから来ないで!! 私の計画を邪魔しないで!!」
「計画……?」
二人の問答が続く中、俺は伊丹さんが持っている金属線を目で追った。
見ると、その金属線は屋上の中央にそびえ立っている金属搭にくくり付けられていた。
その時、空が光る。
「わぁっ!!」
鼓膜が破れそうなほどの凄まじい破裂音が天空を支配する。
どこか近い場所に雷が落ちたようだ。
待てよ……?
雷……??
この手の高いタワーは大抵、避雷針を兼ねているはず。
もしかして、彼女は……。
「伊丹さん!! その金属線を離して!! 今すぐ!!」
俺は必死に叫ぶ。
俺の仮説が正しいなら、彼女は…。
「嫌!!!」
彼女はしゃがみ込み、金属線を抱え込んで叫んだ。
やはりそうだ、彼女は…。
「やむを得ません、私が力ずくで…」
「待ってくれ!」
山村さんが一歩出ようとするのを、前木君が止めた。
そして……。
「!!!!」
しゃがみ込む伊丹さんに歩み寄ると、まっすぐに力強く抱きしめた。
「…な、なにやってるの!!!? あなたまで感電するでしょう!!?? 離れてよ!!!」
伊丹さんが精いっぱいの力で前木君を突き放そうとする。
その瞬間、彼女の意識が金属線から離れた一瞬の間をついて……。
前木君は彼女の手から金属線を奪い取る。
「あぁっ…!!」
そしてその金属線を地面に投げ捨てた。
「死なせない」
金属線を拾おうともがく伊丹さんを抱き寄せて、前木君は言った。
「死なせるもんか」
「バカぁぁぁ!!!」
伊丹さんは前木君の胸に顔をうずめながら、子供のように泣きじゃくる。
「私がクロにならなきゃ!!! クロにならなきゃいけないのに!!! あなたがクロになる前に!!!」
「俺が誰かを殺そうとしてるって…知ってたんだな……」
「………!?」
前木君も伊丹さんもクロになろうとしていた……?
それって一体どういう……?
「私がクロにならないとあなたがオシオキされる!!! それだけはダメなの!!!」
「落ち着いて聞け、伊丹!!」
伊丹さんに言い聞かせるように、前木君は強く叫ぶ。
「俺はもう、誰も殺さない。誰も死なせない。お前も仲間も、みんな守ってここから出る。今そう決めた」
「でも……”脚本”が……」
「脚本なんて関係ない!! 俺の幸運で、モノクマの脚本なんて打ち破ってやる!!」
「……常夏……」
「だから……死んで何とかしようなんて思わないでくれ。絶対に、二人で生きてここを出よう」
「そして……二人で幸せになろう」
「…………!!」
伊丹さんは電撃が走ったように一瞬硬直し、そして…‥。
大声をあげて泣いた。
二人は雨に濡れぬことも厭わずに抱き締めあった。
それは、一つの愛が二つの命を救った瞬間だった。
彼らは誰かを殺そうとしていた。
それはつまり、他の誰かを犠牲にしてでも愛する人を守ろうという意思の表れだった。
だけど、前木君の行動が伊丹さんを、そして前木君自身をも変えた。
これが彼の幸運によるものだとしたら、黒幕の脚本に勝ったということなのか?
だとしたら―――
俺の思考はそこで途切れた。
何が起きたかを察する間もなく事態が進んでいったからだ。
視界が真っ白になって、そして……
耳の中に何かがねじ込まれるような激痛が走り……
体が宙を舞っていた。
「!!??」
何も聞こえない。
何も分からない。
自分がどこにいるのかも。
数秒も絶たないうちに、耳よりも凄まじい激痛が背中全体に響き渡った。
「わぁぁあぁ……」
大声で叫んだはずなのに、自分の悲鳴がとても遠く聞こえた。
同時に、途切れていた雨の音が少しづつ聞こえてきた。
ここにきて、ようやく俺は自分達が直面した状況を理解した。
即ち、落雷がタワーに落ちたのだと。
だが、ここから先に俺が見たものは、何もかもがその理解を超えていた。
その光景を見ている間、まるで走馬灯を見ている時のように、時間が圧縮されて脳内に認識されていった。
俺が背中からエレベーターの壁にぶつかったとき、前木君と伊丹さんはまだ空中にいた。
二人の体は勢いよくフェンスに激突し、そのままフェンスを突き破って吹き飛ばされていった。
フェンスを越えた先には、2mほどの幅の足場、さらにその先には……。
高さ1000mの天空。
俺はすぐに駆け出そうとした。
しかし所詮俺の力では、転倒した体を一瞬で起こせるはずもなかった。
頭では分かっていても体がそれに追いつかない焦燥感が俺の全身を支配した。
その時、俺の真横を風よりも早く山村さんが通り抜けていった。
空中に放り投げられた二人に追いつこうと、彼女は全身全霊で駆ける。
二人は足場を超えて夜空に放り出される。
重力に引かれて落ちていこうとする彼らの手を、間一髪で山村さんが掴み、思いきりフェンスの中へと引っ張り上げようとする。
この時、ようやく俺はエレベーターから二、三歩走り出したところだった。
前木君は山村さんの右手に腕を掴まれ、そのまま彼女に放り投げられる。
より遠い位置にいた伊丹さんにも、山村さんの左手が……。
伊丹さんの手を掴んだはずの山村さんの左手は、するりと抜けてしまった。
あと数センチ距離が足りなかった。
指をわずかに絡めることしかできなかったのだ。
伊丹さんの体が重力に引かれる。
落ちてゆく。
地球の中心へ、奈落の底へ。
「伊丹さぁぁぁぁん!!!!」
俺は迷わずにフェンスに空いた穴から外に這い出る。
イヤだ。
亞桐さんと同じことを繰り返すのはもうイヤだ。
目の前でクラスメートを守れないなんてもうイヤだ。
「伊丹さんっ!!!!」
足場の端から身を乗り出して山村さんが叫ぶ。
伊丹さんは、タワーの側面から突き出た突起状の構造物にかろうじて手をかけてぶら下がっていた。
山村さんは伊丹さんに向けて必死に手を伸ばそうとするが、彼女がぶら下がっている場所までは数mの距離があり、どうもがいても届く距離ではない。
「ロープ!! ロープを!!」
俺はロープの代わりになりそうなものを必死に探す。
先ほど伊丹さんが掴んでいた、タワーにくくり付けられた金属線を見つけた。
「ぐっ……!!」
タワーに頑丈にくくり付けられた金属線は、引っ張っても全く外れる気配がない。
「葛西君!! これをほどけば!!」
山村さんの声で俺は振り向く。
見ると、彼女はフェンスの金網をほどいて使うつもりのようだった。
考えている暇はなかった。
俺は彼女と共にフェンスの金網に手をかけ、懸命に外そうとした。
◆◆◆
俺はどうなった?
伊丹を抱き締めて、いつの間にか空を飛んでて、山村に引っ張られて……。
”……常夏……”
「………?」
俺を呼ぶ声がする。
俺は朦朧とした意識のまま、その声の方に向かった。
その場所は、地上まで遮るものなど何もない、超空の絶壁。
そこにしがみつく一人の少女。
「………伊丹ッッ!!!」
その時、俺の意識は完全に蘇った。
愛すると誓った人が、今まさに転落しようとしている。
助ける方法は……。
「もう、いいの」
その声が、俺の思考をかき消した。
「常夏」
とても死に瀕しているとは思えないくらい穏やかな声で、伊丹は呼びかけた。
俺はゆっくりと下を覗き込む。
涙と雨に濡れた顔には血の気など微塵もなく、目は濁り、壊れたような笑みを微かに浮かべたその表情は……。
完全に絶望そのものだった。
「私を、見ないで」
その言葉を告げ終わると同時に、伊丹の手が静かにタワーから離れた。
その後のことはよく覚えていない。
◆◆◆
俺と山村さんがようやくフェンスの金網をほどいた時には、もう手遅れだった。
呆然と足場の端にしゃがみ込む前木君の下には、もう伊丹さんはいなかった。
その時、屋上に備え付けられたモニターが光りだす。
『衝撃の展開! 伊丹さんの運命や如何に!?』
バラエティ番組のような題名が端に表示され、画面の中にはさかさまに空中を転落する伊丹さんの姿が遠目から写されていた。
「!!!」
一瞬、俺は目をつぶって顔をそむける。
だが、すぐに目を開く。
俺はまた、友達を救えなかった。
自分の不甲斐なさが再び招いた惨劇。
その結末から逃げていいのか?
伊丹さんがどんな表情を浮かべているのか、見ることはできなかった。
ただ天から地へとまっすぐに落ちてゆく、そのシルエットが見えるだけだった。
堕ちてゆく彼女を迎えるのは、荒廃した都市。
かつて希望の依り代だった街。
その場所で、伊丹さんは絶望へと身を堕としてゆく。
地上に落ちる前に、彼女の体は高層ビルのてっぺんの縁に勢いよく激突した。
そこでバウンドした体は、再び地上へと落下する。
バウンドした瞬間、彼女の体は二つに千切れた。
数秒後、地上に落着した頭部がスイカのように割れ広がった。
残りの部位も遠く散らばって地面に落ち、糊のようにへばり付いた。
遠目の映像だったので、詳細に見えなかったのがせめてもの救いと言えるだろうか。
まるでゲームの画面のように、伊丹さんの映像の上に『DEAD』と表示される。
そしてその画面を俺と山村さん、そして前木君が呆然と見つめると同時に……。
あの声が聞こえてきた。
『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を行います!』