エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
一応注意書きしておきますが、Chapter2.5とは書いていますが四章までのネタバレを含んでますので、四章を読み終わった方のみ読んでいただくと幸いです。
Chapter2.5 敢闘編
時は、第二の裁判が終わった直後の深夜。
解放されたばかりの植物園に立つ一人の影があった。
夢郷郷夢である。
彼は植物園の中央近くに置かれたベンチに腰掛け、花の蜜を吸う蝶を静かに見つめていた。
「僕はね、こういう静かな空間が好きだ」
突然、彼は一人でそう言い放つ。
「その静寂を乱してでも……”死者”が僕に会いに来た理由はなんだい?」
その言葉は、ベンチに座る彼の背後に立つ男に向けられていた。
「なんだ。驚いてねえのかよ」
夢郷の背後に立つ男、土門隆信は頭を掻きながらそう言った。
死んだはずの男が自分の後ろにいる―――そんな奇怪な状況においてなお、夢郷は表情一つ変えることなく目の前の蝶を目で追っていた。
「薄々予感はしていたのさ。君は裁判の時、何故か投票のことを知っていた。十分すぎるくらいに怪しかったよ。そこに来て昨晩の呼び出し状だ」
夢郷は後ろに立つ土門に見えるように一枚の紙を差し出した。
『一筆啓上 夢郷郷夢
AM2:00、3F植物園まで。真実を求めるならば来られたし。』
「無論、これは龍雅君が出したものではない。彼が植物園の存在を知っているはずがないからね」
「にもかかわらず、お前はこんな怪しい呼び出し状にわざわざ引っかかったわけだ」
土門の言葉に夢郷はふっ、と笑う。
「そうさ。君にとっては実に都合のいい男だろう、僕は? 真実がそこにあるのなら―――例え命の危険が迫っているとしても―――足を進めずにはいられない。それが僕という人間なのだからね」
「……まさか丸腰で来たわけじゃねえよな? オイラがこれから何をするか分かってんのか?」
「さあね。僕の見立てでは、良くて”取引”。例えば『お前の家族を預かったからコロシアイをしろ』…とか。最悪の場合、この場で殺されるという可能性もある。いずれにせよ、公式には死んだ存在である君がこうしてここに出てきている以上生半可なことでは済まされまい」
冷静な口調とは裏腹に、夢郷が語った内容は彼自身にとって重大なものばかりであった。
「…やれやれ。こっちが驚かそうと思ってたネタを次々に先読みされちゃたまんねえや。じゃあ答えを言おう。お前が言ってた”最悪の想定”が正解だよ」
その言葉はつまり、夢郷の死を意味していた。
「ふぅむ、やはりそうなるか」
夢郷は顎に手を当てたまま上を向く。
「参ったな。僕はまだ死ぬわけにはいかないのだが」
「悪く思うなよ。これも脚本のうちだ」
「脚本、ね………」
夢郷はゆっくりベンチから立ち上がり、土門の方を向いた。
久方ぶりに夢郷が目にした土門の姿は、最後に彼が見たものと全く同一であった。
「君の要件の前に、ちょっと僕の話を聞いてくれはしないか?」
「…………」
土門の無言を肯定と受け取った夢郷は静かに語りだす。
「これは僕の直感だが、君はモノパンダだね」
「……!」
「君の一人称が以前と変わっているところから推察しただけだがね。こんなことをするということは、君はこのコロシアイを企画し、実行した犯人……もしくはそのグループの一部なのだろう?」
夢郷は指を立てて土門に自らの考えを述べる。
「それで、君はどういうわけか僕の前に現れ、今ここで僕を殺そうとしている。つまり君たちにとって、僕の存在が障害になるということだ。しかし僕をここで殺すということは、君は再びクロとして裁かれなくてはならない。いや、それとも君は黒幕側だからコロシアイ扱いにはならないのか? だがそれでは明確なルール違反だね」
「分かってねえなあ。これはオイラの舞台、このコロシアイをどうするもオイラの自由さ! オイラこそがルールなんだからな!」
土門は笑いながらそう宣言した。
「しかし君はそれでいいのかい?」
夢郷は不気味な笑みを浮かべる。
「こんなに強引なやり方で物語を進めたとして、それが君たちの納得する脚本とやらになるのか?」
「オメーに何が分かる」
土門は舌打ちとともに吐き捨てる。
「理想の物語を作る苦労なんざ分からねえだろ。オイラ達はどんな手を使ってでも脚本を完成させなきゃいけない」
「
「!」
土門は強く夢郷を睨んだ。
「やっぱオメー、殺さなきゃダメだな…」
「ははは、そうかい。それは光栄だな」
夢郷は声を上げて笑った。
「しかし君も愚かだな」
夢郷は相変わらず不敵な笑みを土門に投げかける。
「よりにもよって今、僕を狙うとはね。昨晩の戦いでモノクマもモノパンダも大幅に戦力を削がれている。君は一対一で僕を殺す自信があるのか?」
「絶対に死ぬさ。脚本で殺されることになっているからな」
土門は平然と述べた。
「君の言う脚本とはそれほどに完璧なものなのか?」
「
「そうか……ならば一つ、僕の意見を伝えよう」
夢郷は柔らかな表情を崩さぬまま告げた。
「人間の運命を予言する術など、この世のどこにも存在しない!」
次の瞬間、土門の視界が閃光に包まれた。
夢郷が投げた簡易爆弾が炸裂したのである。
「(こいつ、技術室のアレを使って―――)」
この爆弾は、技術室で御堂が作成し、龍雅の目くらましに使ったものと同一のものであった。
――バチン!
突き出されたスタンガンを、辛うじて土門は回避していた。
「御堂くんのようにはいかないか」
そう呟きながら夢郷は距離を置く。
体に巻いている布を脱ぎ捨て、身軽なタンクトップにジーンズの姿となった。
「更衣室のスタンガンまで持ち出してたのか。用意周到なことだ」
土門は肩をパキパキと鳴らす。
「当たり前だろう。呼び出しまで受けていて丸腰で来ると思うかい?」
その言葉とともに夢郷は再び駆け出す。
同時に土門は迎え撃つように右の拳を前に突き出す。
夢郷は軽く拳をかわすと、土門の顔めがけて真っすぐにスタンガンを突く。
だがその電流は、土門が首を横に曲げたことで巧妙に回避されてしまう。
その時。
ドン、と衝撃が夢郷の腹に伝わる。
土門の左拳が夢郷の腹部を捉えていたのだ。
突き出した右手でそのまま夢郷の首を抱きしめるようにして締め上げる。
肩と腕の間に挟まれた夢郷の首は、みるみるうちに締め上げられてゆく。
「…くっ!」
土門はにやりと笑う。
だがその油断が一瞬の隙を生む。
今度は夢郷の拳が土門のみぞおちに全力で打ち当てられていた。
「ぐぅっ」
低い呻き声とともに土門は夢郷の首を離しかけた。
「うぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
その瞬間、夢郷は土門の襟に手を伸ばし、全体重をかけて土門に背負い投げをかける。
床に土門が叩き落されるや否や、即座にその首元にスタンガンを振り下ろす。
しかし今度は土門が一枚上手であった。
背中の激痛に喘ぐことなく右手を鞭のようにしならせ、スタンガンを握る夢郷の右手首に打ち据えた。
パン、という乾いた衝撃音とともにスタンガンは夢郷の手から弾け飛んだ。
「っ――――!!!」
夢郷が驚いて反応が遅れる間に、土門は素早く態勢を立て直して飛ばされたスタンガンに向かって駆けだしていた。
そして地面に落ちたスタンガンを思いきり踏み潰すと、それは粉々になって地面に散らばった。
「………!」
夢郷は間一髪間に合わず、足を止めた。
「これで対等かな? ガチガチの勝負ができるな」
土門はわずかに火照った体をほぐしながら告げる。
「一つ聞きたいのだが、何故君は武器を持っていない? 僕を殺すつもりならそれこそ銃でも持ってくればよかっただろうに」
「あぁ……それか。そりゃ痛いところを突かれたなぁ」
土門は巻いているタオルの上から髪をくしゃくしゃとかき乱した。
「大した意味はねえ。ただ一つオイラからのケジメみたいなもんだ。このコロシアイはルールもクソもない掟破りの犯行。だからこそ、せめて殺す瞬間ぐらいは対等に殺したい」
「……ふむ、なぜ今更そんな矜持を持ち出すのかよく分からないが、それでは君は僕を殺せるとは限らないだろう? 脚本のためなら何でもすると言った君が何故、ここで全力を尽くさないのか?」
「…言っただろう。オイラはオメーを殺す。武器なんかなくたって、必ず殺せる」
パン、と拳を掌に打ち当てながら土門は言った。
夢郷は決意する。
「僕は死なない」
その言葉が聞こえると同時に、夢郷の眼光の色が僅かに変わり始めていることに土門は気が付く。
「君の言う脚本について、僕は何も知らない。だけどね、僕は曲がりなりにも”超高校級の哲学者”だ。長いとは言えない人生においても、考え続けてきたことはたくさんある。ゆえに分かる。君達は勝てない」
夢郷の瞳には決意の色が浮かぶ。
「君たちは分かっていないのだろう、人間の恐ろしさと奥深さを。かつて世界のいたるところで、預言という業を成し遂げようとした人間がいた。だが、いかに優れた預言者がいようとも、たった一つの筋書きで記述できるほど人間は浅はかな生き物ではない。ましてやこの僕が、僕が信頼する仲間たちが、君の言うシナリオに踊らされるほど愚かだとは思わない」
「………………」
「君たちの脚本は成就しない。この僕が断言しよう。そして」
「もしその脚本がこの僕の死を予言するというのなら―――」
夢郷は土門を真っすぐに睨み、そして拳を目の前に持ってきて握りしめた。
「―――そんな間抜けな脚本、僕の手で捻じ曲げてやる」
「………そうかよ」
そして男たちは、戦いに身を投じる。
汗と血と涙を振りまいて。
無意味な争いを繰り広げる。
「こっから先は手加減無しでいくぞ」
「――――後悔すんなよ」
拳が打つ。
体が舞う。
骨が折れる。
肉が裂ける。
皮が剥げる。
まだ。
まだ。
戦いは終わらない。
愚かな戦いは、まだ。
◆◆◆
「立てよ」
全身が血にまみれ、痣と切り傷に覆われた土門が静かに言った。
眼下に倒れ伏すのは、それ以上の傷を全身に刻み付けられた夢郷。
「ぅ、ぅ、ぅ」
夢郷は右手を地面に這わせる。
必死に生を掴むため。
敵に打ち勝つため。
「ぅおえっ……」
そして夢郷は勢いよく嘔吐する。
しかし今となっては嘔吐するものも腹になく、ただ黄色い胃液が漏れ出てくるのみである。
「…スタンガン一個」
土門がそう切り出す。
「簡易爆弾三個。とどめに飛び出しナイフ一本。これだけ用意してもオメーは丸腰のオイラに勝てなかった。これが現実だ」
植物園には焦げた跡や嘔吐物、機械の残骸などが散らばって見る影もなく自然が汚されていた。
「お前の負けだ。夢郷」
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは・・・・・・」
蚊の鳴くような微かな声で呟きながら、夢郷は芋虫のように地を這う。
そしてやっとのことで土門の足首を掴む。
「だ、だ、だれが・・・・・・まけたと・・・いうんだ・・・・・・」
「負けただろ! 言い訳もできないくらいのガチンコ勝負で! お前は!! 俺に!!」
そう叫んで土門は夢郷の手を振りほどき、腹に蹴りを入れた。
「おぅっ!!!」
吹き飛ばされた夢郷はあまりの苦しみに一瞬うずくまるが、すぐによろよろと立ち上がった。
「もう無駄だ。戦おうとするな!」
土門の言葉も虚しく、夢郷は土門に掴みかかった。
「あぅぅぅぅ!!」
言葉にならないうめき声を上げながら、土門の頬をひっつかむ。
爪が頬に食い込み、血がにじみ出る。
だが土門は構うことなく夢郷のみぞおちに指を当てる。
「分かるか? 肝臓から出血してるんだ。お前はもう死ぬ。戦いはもう必要ない」
「ぼくは ・・・ しなない・・・」
「死ぬんだよ!!」
土門は夢郷の顔面に拳を打ち当てた。
勢いよく夢郷は仰向けに倒れる。
「死 ・・・ ・・・ ・・・・・・」
夢郷は体を震わせながら呟く。
「最期の手向けだ。オイラがこのコロシアイで何をしたか、そして何をするかを教えてやる」
そんな夢郷の前にしゃがみ込んで、土門は告げる。
「オイラはこの脚本の調整役。そして―――――」
◆◆◆
アルターエゴ、そして土門のオシオキが終わった後。
『最後に一つボクから面白い情報を教えてあげるよ!』
玉座から一回転して飛び降りながらモノクマは告げる。
土門君のオシオキを見た後で心の整理もつかない俺達に、モノクマは一体何を教えようというのか?
『今死んでもらった土門君だけど、結局のところこのコロシアイにどう関わってたのかっていう話! 彼はね、正真正銘の”超高校級の建築士”だよ! わけあってボクの計画に協力してもらったけどね!』
彼の才能は本物である。
モノクマは最初にそう言った。
『彼の役目は皆も知っての通り、”ボクの脚本が上手くいくよう調整する役”だったんだけど、もう必要なくなったから消えてもらいました! おかげさまでちょうどいい絶望が演出できたよ!』
今聞いても背筋がぞわぞわする。
必要なくなったから、たったそれだけの理由で曲がりなりにも協力を続けてきた仲間を切り捨てるなんて。
『まあそこの話はもういいんだよ。ボクが伝えたいのは、彼の才能がこのコロシアイにどう活きていたかってコト!』
「建築家の才能が……?」
『そうだよ入間君! ヒントはこのコロシアイの舞台! 君たちはこのコロシアイがどこで行われているか知ってる?』
「舞台……? ここは希望ヶ峰学園特別分校なんだろ…?」
『ブーッ!! 前木君、不正解!』
モノクマの言葉に前木君は苛立ちを隠そうともせず舌打ちした。
『確かに特別分校なんだけどさ、それがどこにあるかって質問をしてんの! もう、君たちは本当に脳みそお子様レベルなんだから!』
「そんなこと言ったって……外の様子も見れないこんな場所で、どうやって場所の手がかりなんて得ればいいんでありんすか!」
「いえ……手がかりならあるわ」
吹屋さんの言葉に割って入ったのは伊丹さんだ。
「はい……可能性に過ぎませんが……」
それに山村さんが呼応する。
◆◆◆
【Chapter4 非日常編⑤】
「ずっとあの大ホールで修業をしていて思っていたんです…。『いつもより少し疲れやすい』って。初めはたまたまだと思ったんです。でも、何回修行しても同じように感じられて…」
「失われた数年間の記憶の間に体力が低下するようなことがあったのかもしれないけど…。別の可能性として、あなたは一つの結論に行き着いたわけね」
「はい。『この場所自体に原因がある』…と」
話をしながらも二人の手際は早い。
ごま油を敷いた鍋で肉を焼き、焼き色がついたら水と野菜を投入する。
「それであなたの相談を受けて、今日一日運動してみることにした。偶然にも前木君がああいう提案をしてくれたから自然に運動する流れに持ち込めたのは幸いだったわね」
菜箸で鍋をかき混ぜながら、伊丹は調味料をその中につけ足していく。
「私の感覚が正しければ…だけど……。この場所は、普通の場所よりほんの少し……”酸素が薄い”」
その言葉に山村がコクンと頷く。
「つまりこの校舎は、それなりに標高が高い場所にあるんです!」
山村がそう総括する。
◆◆◆
「そうなんです………この学園は、そこまで極端ではないにしろ……標高が高い場所にあると思われるんです」
標高が高い場所……?
「ふうん、良く気付いたものね。馬鹿みたいに球技で遊んでいたのも無意味ではなかったのね」
珍しく小清水さんは素直に山村さん達を賞賛した。
「じゃあ……ここは山の上にでもあるってのか……?? なんでそんなところに学園なんか……?」
前木君はすっかり混乱したような様子で周囲に問いかけている。
「何か理由があるのは間違いないと思いますね。例えば私たちを社会から切り離すためとか…」
入間君の言葉に吹屋さんが「えぇ?」と声を上げる。
「なんでそんなことを!? 監獄に一人ぼっちも辛かったのに、そのうえ社会からもハブられたら生きていけないでありんす!!」
「理由までは分かりませんよ。しかしあの希望ヶ峰学園ですから…。何かとんでもないことを実行してもおかしくはないと思うのです」
『はいストップ! オマエラがそんな意味のない議論してても時間の無駄だし、ボクが答え合わせをします!』
パンパンと手を叩いてモノクマが議論を遮る。
『高いところという答えにたどり着いたのは流石だね! でも山の上ってのは残念ながら不正解! ここは大都会のど真ん中です! 希望ヶ峰本校舎からもそんなに離れていません!』
モノクマはさらっと言ったが、俺達にはただならぬ衝撃が走った。
俺達はずっと、大都会の真ん中、希望ヶ峰とも遠くない場所でコロシアイをさせられていたのか。
じゃあなんで警察とかは俺達を探しに来ないんだ?
そんなにわかりやすいところにいるのに。
『高い場所。超高校級の建築士。ここまで来たらもう繋がったでしょ? 点と点が、さ!』
不敵な笑みを浮かべるモノクマ。
その答えって、一体―――――
「タワー?」
ぽろりと口を突いて出た言葉。
自分でもなぜこれが出てきたのか分からなかった。
そうか。
あの時の記憶か。
◆◆◆
【Chapter1 (非)日常編②】
「あ、そーだ! 俺が今温めてる”最高傑作”の設計図を見せてやろーか?」
…最高傑作?
「なんだそれ! 見たいぞ!」
前木君の声に答えるように土門君は机の上に一枚の紙切れを広げた。
机の上の紙面には、見たこともない世界が広がっていた。
きめ細かい方眼紙の上に刻まれた細い細い線の数々……。
そこに重ねられた注意書きや記号の数々。
そう言ったもの一つ一つは到底俺に理解できるものではなかったが……。
全体像をぼんやりと見てみると。
「これ……タワーか?」
前木君が呟く。
「その通り。こいつは全高1000m以上の世界最大級のタワーになる。こいつを希望ヶ峰のすぐ近く、都会のど真ん中に建てるって計画が今現在進んでるんだ」
「マ…マジでか……?」
前木君が言葉を失うのも無理はない。
そんな夢みたいな話が現実に存在するなんて。
「やーれやれ、こんなところに閉じ込められたせいで建設がちょっと遅れちまうかもな?」
土門君は冗談めいた笑いを飛ばしたが、話のスケールが大きすぎて俺と前木君にはついていけない。
「ま、こいつを完成させるのがとりあえず俺の今後のノルマだな。親父が引退したら本格的に海外の建物も手掛けよっかなーって思ってる」
本当に、次から次へと別次元の言葉が飛び出してくる。
いずれ彼は凱旋門やサグラダ・ファミリアのようなものも平気で建ててしまうのではないだろうか?
とにかく、土門君もまたしっかりとした夢や目標を持つ”希望”の一員であることは分かった。
◆◆◆
あの時、土門君が見せてくれた設計図は間違いなく本物だった。
ただ一つだけ、間違った情報を俺達に与えていたんだ。
それは、「タワーは既に完成している」ということだ。
そしてこのタワーこそが、俺達がコロシアイの場として用いてきた希望ヶ峰学園特別分校なんだ。
『うぷぷ、気付いた? じゃあトドメとして君たちに素晴らしいものを見せてあげましょ~う!』
そう言ってモノクマはぱちんと指を鳴らす。
それに呼応するように裁判場の壁を隠していたカーテンがサーっと動き、壁を露わにした。
何の変哲もない黒い壁だ。
「……これが何だと言うのですか?」
『慌てないの、入間君! 本当に面白いのはここからなんだからさ! 光学迷彩解除ー!!』
モノクマがそう叫んだ瞬間だった。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
俺達が息をする間に、壁が消えた。
いや、消えたわけじゃない。
透明になったんだ。
そしてその外には、どこまでも広がる薄暗い曇り空が………
「な、なんだこれ!?」
前木君が仰天して叫ぶ。
「ひゃーーー!!! ヤバいでありんす!! ここ、すんごく高いところにあるでありんすよ!!」
「………!!」
俺は言葉を失った。
俺達の周囲には建物が一切見えなかった。
しかし壁際に近付いてみて下を覗いてみると真相が分かった。
建物は確かに存在する――――俺達の遥か真下に。
地平線近くにまで遠く広がった都会の様子は、こんな状況でなければ絶景だっただろう。
「ちょ、ちょっと…!! 壁を元に戻してください!! ここ、こんなの、いくら何でも高すぎです!!」
床にうずくまって頭を抱えながら入間君が叫ぶ。
「いや、まだ戻すな!! この街、なんかおかしいぞ…!」
前木君が言うまでもなく、街の異変には俺達を含む全員が気付いていた。
入間君も恐る恐る壁の外を覗き込む。
街では、至る所から火の手が上がっている。
建物のいくつかは倒壊し、都会は見る影もない。
「……これが、俺達の住む町……??」
『うぷぷぷぷぷ!! そうだよ! これは合成でもなんでもなく、ただありのままのオマエラの街だよ! じゃ、時間なのでネタバラシはここまで!』
モノクマがそう言うと同時に壁は一瞬で元の色に戻った。
『どうだった? ワックワクのドッキドキになってくれた?』
「…………」
モノクマは無邪気に問いかけるが、俺達は明確な答えを返すことができなかった。
帰るべき世界。
ここから出たら真っ先に帰るべき行先。
それが、完全に崩壊した姿。
頭の理解が追い付かなかった。
俺達の住んでいた世界は……一体どこへ行ったんだ?
「あら。私が滅ぼすまでもなく勝手に滅びてくれたのね。手間が省けたわ」
そんな光景を眺めてもなお、余裕の表情を浮かべる小清水さん。
久しく忘れていた彼女の恐ろしさは、こういう時にふと脳裏に蘇ってくる。
「ちょ、ちょっと待つでありんす! 一体何がどうなってるのか説明しろでありんす!」
『説明? いちいちするのも面倒だし勝手に想像してよ。年頃なんだから妄想力は人一倍でしょ?』
「納得できませんよ!! 私たちの街は、私たちの家族は‥‥ はっ!? あの動機の映像は……!?」
山村さんは何か心当たりがあるようで、顔に手を当てた。
「動機の映像……そうか……」
俺の脳裏に浮かんだのは、最初にモノパンダたちから提示された動機の映像。
それを見た山村さんの反応だった。
◆◆◆
【Chapter1 (非)日常編④】
「うぐっ…うぅ……嘘よぉ……こんなの……うっ……うぁあぁ~…」
ふと横を見ると、小清水さんが顔に手を当てて泣き崩れていた。
「ふざけてんじゃねーぞテメーボケゴラァッ!!」
咆哮を上げたのは、逆鱗に触れられた山村さんだ。
「オレの家族を……仲間を師範代をぉぉぉぉおおおお!!! 卑怯者がぁああぁあああ!!!」
激情に駆られて怒鳴り散らす彼女の目には涙がいっぱいに溜まっている。
「卑怯者? そんな言い方はひどいんじゃねーの? オイラは”ありのまま”を映像に収めただけなんだけどなぁ」
「ありのまま、だと?」
御堂さんが立ち上がって呟いた。
彼女も自分の映像を見たはずなのに、やけに冷静だ。
「そうだよ! 別にオイラはみんなの家族に手を出してねーし、みんなの大切な人々に危害を加えたりなんかぜってーにしてねーよ! ただ外の世界で起きていることを”そのまんま”映しただけだからな!」
「なん……だと……?」
山村さんでさえもその言葉に唖然とする。
これが?
この映像に収められた恐ろしい出来事が?
今実際、ここの外で起きているっていうのか?
◆◆◆
「あの時モノパンダは確かに言ったんだ…。『世界で起きたことをそのまんま映しただけ』って…。あの言葉は本当だったんだ…。それこそが、今俺達の目の前に広がっていた世界……」
「………じゃあ、私たちがここから脱出したとしても、帰る家も、家族も、友人もいないということですか……?」
入間君が苦しげな表情で呟くと、裁判場は重い沈黙に包まれてしまった。
「………でも」
そんな中、確かに放たれた声。
「……それでも……あちき達は…勝たなきゃいけない」
吹屋さんは顔を下に向けながらも、みんなにハッキリ聞き取れる声で言った。
「そうでありんしょ? ギリオやアルたんや……あちきが会えなかったみんなが願っていたのは…きっとあちき達の勝利でありんしょ……?」
「そうね……たとえ何が待っていても、私達にはモノクマに勝つしか道はないのよ」
伊丹さんがそう言って俺の方を向く。
俺は小さく頷いた。
『うぷぷぷぷぷぷ!! あれだけの絶望を目の当たりにしてまだそんなことが言えちゃうんだ! いいねえ、いいよ君たち! それでこそ絶望のドンゾコへ叩き落し甲斐があるよ!!』
モノクマは興奮のあまり立ち上がりながら言う。
『そうさ、ここは土門君が建てた絶望タワー! でもこのタワーは元は希望のために建てられた希望タワーだったのです! つまり……』
◆◆◆
今まさに死んでゆくこうとする夢郷に、土門は己の役目の全てを伝えた。
「この学園は……このタワーはオイラの…いや、俺の世界だ。俺と
「 ふ ・・・ ふざ ける な・・・・・・」
目に涙を浮かべて夢郷は懸命に起き上がろうとする。
「ぼくは ・・・ ぼくたちは ・・・」
「人の本性は絶望だ。どこまでいっても人は絶望という概念から脱せられない」
「俺も、お前も、全ての人間は脚本の中の小さな小さな歯車だ。歯車が受けた全ての絶望を凝縮して脚本が生まれる」
「あ ぁ ・・・・・・ いやだ・・・・・・」
夢郷はほとんど抜け落ちた歯を食いしばって、悔し涙を流す。
その目にはもう何も映っていなかった。
「あぁ、いけねえ。もうすぐ”小清水が来る時間”だ。早く死体とその周りを片付けねえと……」
立ち上がり、歩き出しかけた土門は、ふと足を止めて後ろを向いた。
そこには、人生の最後の瞬間を生きる儚い同級生の姿があった。
絶望の中でこと切れる、哀れな同級生の姿が。
そんな夢郷に、土門は告げる。
「脚本は成就する。そして世界は世界の真の姿を知る。この場所は―――――」
◆◆◆
「『このタワーは、希望のために作られた天高きタワー。まさに天にも伝わる長い蔓。それを絶望に彩るのが我らの使命。我ら皆、絶望の華となれ』」
「『我らが大いなる脚本、その名は――――』」
「『希望の蔓に絶望の華を』」
◆◆◆
『というわけで始めちゃいましょう!』
モノクマは無邪気な笑みを取り戻して高らかに告げる。
『ボクと君たちとの、最終決戦をさ!』
【Chapter2.5 夢破れて惨禍アリ 完】
ギリオと夢郷はあまりにも報われないので番外編でいっぱい幸せにしてやります。
五章もワックワクのドッキドキに仕立て上げますのでどうかお楽しみに!