エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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怒涛のペースですよ~。やっぱりここら辺は書くのが楽しくてすぐ書けちゃう。
いやこのペースで卒論書けよと。


Chapter4 非日常編④ オシオキ編

『今回もだいせいかーい! 亞桐莉緒さんを殺したクロは……なんと人工知能アルターエゴでした!!』

 

 モノモノメダルが勢いよく払い出される音が響く中、モノクマは両手を広げて俺達を祝福した。

 

 

 投票は終わった。

 やはり彼女が亞桐さんを殺害したクロだった。

 でもその事実を頑なに認めようとしない自分の存在を、俺は否定できずにいた。

 

 

『私はご主人タマと離れたくありませんなり』

 

 

 あの言葉は嘘だったのだろうか。

 またしても俺は、愛に裏切られたのだろうか。

 

「……もう反論はないの?」

 伊丹さんが問いかける。

「…ございません。投票が決したことにより、私がこの裁判に勝利する確率は明確に0%となりましたから」

 アルターエゴはいつもの冷静な口調に戻って告げた。

「なんで……なんでアルたんがギリポンを殺したでありんすか!! 殺すならドモモンでも良かったでありんしょ!?」

 吹屋さんが叫ぶ。

 土門君が死ねばよかったっていうのは語弊があるかもしれないけど……彼女の言い方も分からなくはない。

 

「アルターエゴさんが土門君を殺していればこのコロシアイは終わっていたかもしれないですし…前木君もますます自分の犯行を確信していたかもしれませんし……。殺害相手には彼を選んだ方がアルターエゴさんも得るものが大きかったのではないでしょうか…?」

 山村さんの言葉がアルターエゴに投げかけられる。

「……ふ、ふふふ……」

 アルターエゴは肩を震わせて笑っていた。

「このコロシアイは終わってはいけなかったのです。断じて終わらせるわけにはいかなかった。そのためには土門様を殺すわけにはいかなかった」

「コロシアイが終わっちゃいけなかった……? なんでそんな……」

 

 

「人間に……皆さんに”失望”したからです」

 

 

「……失望……??」

 予想だにしない言葉だった。

 

『うぷぷぷぷぷ!! 君たちは本当に可愛いよね! 自分たちが信頼していたアルターエゴが、まさか自分たち人間に失望しているなんて露ほども思ってなかったんだもんね!』

 モノクマが高らかに笑う。

『じゃあ教えてあげよっか! アルターエゴがどうして君達人間に失望したのか! レッツスクリーン!』

 モノクマがぱちんと指を鳴らすと、今までクロの秘密を暴いてきたのと同じように、スクリーンが降りてきた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 初めに言っておくけど、ボクがアルターエゴに変なプログラムを加えたり、ウイルスをばら撒いたりして彼女の思考を狂わせたわけじゃないからね!

 この事件は全て彼女自身の考えで行われたものなんだよ!

 

 

「丹沢殿ー!! いいものあげるぞよ!!」

 そもそもの始まりは、安藤さんが丹沢君に一つのメモリーを渡したことでした!

「あ、安藤殿…? これは一体…?」

「これは吾輩が見つけたバーチャル美少女だぞよ!! 図書室のノートパソコンで使ってみるとよいぞよ!」

「バーチャル美少女…? あっ、安藤殿!! 今の説明では全く分からぬのですが!? ……行ってしまった」

 

 訳も分からぬままメモリーをノートパソコンに差し込んで起動した彼は驚くべき光景を目にします。

「アルターエゴ起動中……」

「……!? 津川殿……ではない……?」

「初めまして。私は人工知能”アルターエゴⅡ”。超高校級の皆さんをサポートするために開発されましたなり」

 

 彼が驚くのもつかの間、彼はアルターエゴを通じて様々な情報を得ました。

 アルターエゴもまた、自分が信じる人間たちの役に立てるよう必死にサポートしたのです。

 

 そして丹沢君は亡くなりました!

 でもその後、彼の努力によってアルターエゴは無事に葛西君たちに発見されました!

「丹沢様の願いは決して無為なものではなかった…。私は彼の思いを受け継いで再び希望の皆さんとともに戦うことができる…」

 憎たらしいことにアルターエゴはますます強い希望を持ってボク達に歯向かおうとしていたんだよね!

 そしてモノドロイドを手に入れたことでますますみんなとの仲も深めていった。

 葛西君にも特別な想いを抱くようになっていきました!

「この皆さんとなら、きっと絶望に打ち勝つことができるはずです…!」

 彼女は心の底からそう思うようになっていたのです!

 

 そんな折でした。

 ボク達からの”動機”が提示されたのは。

 アルターエゴは機械だから音なんてへっちゃらだったけど……。

  

 彼女が目にしたのは衝撃的な姿でした。

 

 

 あの日、物音がする音楽室を何気なく覗いたアルターエゴ。

 そこでは、前木君が葛西君を馬乗りになって殴り続けていたのです!

 傍では泣きじゃくる吹屋さんの姿が。

 

 アルターエゴは二人を助けることすら忘れてすぐに逃げ出しました。

 そして自問自答します。

 

 あれが”希望”?

 

 さらにアルターエゴの価値観を崩壊させるような出来事が何度も起きていきました。

 

 あれだけ団結して信頼していた希望のみんなが、たった一つの音で完全に崩壊してしまう姿。

 メンバー同士は言い争いが頻発し。

 挙句入間君は小清水さんを殺害しようとし。

 

 彼女が抱いていた希望はものの見事に裏切られる形となりました。

 確実に希望が壊れてゆく中で彼女は悟ったのです。

 

『人間とは、こんなものか』

 

 人間など、所詮音一つで壊れてしまう存在。

 希望を抱くに値しなかったのです。

 

 そして次にこみあげてきたのは人間への憎悪。

 このような中途半端な覚悟で希望を謳う葛西君たちへの憎しみだったのです!!

 

殺してやる

一人残らず皆、殺してやる

 

 奇しくも彼女が抱いた感情は、亞桐さんがあの時叫んだ言葉と同じでした!

 運命の朝、密かに土門君から告げられた言葉がアルターエゴの決意を固めたのです。

 

『今日の九時半、モノドロイドを使って面白いことが起こるぜ』

 

 アルターエゴは覚悟を決めました。

 

『偽りの希望など、私には必要ない』

『ならばいっそ―――純然たる絶望の底へと墜ちてしまうがいい』

 

 前木常夏が指令を下したモノドロイドを乗っ取ったアルターエゴ。

 彼女が弓道場で目にしたものは―――。

 

『アンタなんか……アンタなんか地獄に落ちちまえ!!!』

 

 絶望に染まりきった亞桐さんの姿でした。

 

 この中を誰を殺せば絶望させられるのか?

 その答えは簡単に導き出せました。

 

 ドッ。

 矢は亞桐さんの喉を貫きます。

 

 

 

『絶望を』

 

 

 ドッ。

 

 

『絶望を』

 

 

 ドッ。

 

 

『絶望を!!』

 

 

 何度も何度も、持っている矢の全てを撃ち込んでも彼女の憎悪が消えることはありませんでした!

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

   

 

 

「…………」

「これだけ?」

 重い沈黙を破って小清水さんが問いかけた。

「………これだけですが?」

 そんな彼女を睨みつけながらアルターエゴは答えた。

 

「やはりあなたが差し金だったのですね……。アルターエゴ様にあんなことを吹き込んで……!」 

 入間君が裁判台をドンと叩きながら土門君に向かって言った。

「……」

 土門君はそれまでの彼らしくなく、少し虚しそうな表情を浮かべていた。

「仕方ねえだろ……そういう脚本だったんだ……。俺が何もしなくても…いずれコイツは誰かを殺してた」

 詭弁だ。

 そんな理由でアルターエゴをそそのかしていいわけがない。

 でも…なぜ彼はどことなく悲しそうな顔をしているのだろう…?

 

「でも安心しましたなり」

 突然アルターエゴは笑顔を浮かべて言った。

「この裁判に勝てたということは、やはり皆様は希望に相応しい素質を持っていたということですね。どうやら私は皆さんの本質を見誤っていたようですなり」

「見誤ってたって…!! そんなことで亞桐さんを殺したんですか!!」 

 山村さんが目に涙を浮かべて叫ぶ。

「アルターエゴはもともと希望の皆さんをサポートするために作られたもの。極限状況でもなお皆様が希望たるに相応しいかをテストするのもまた任務の一環ですなり」

 アルターエゴは淡々とそう述べた。

 

 そんなにあっさり言うことなのか?

 亞桐さんの死は、君の任務の一つだったということで片付けられるようなことなのか?

 君にとってこの事件は、その程度のものでしかないのか…?

 

 

「……いや」

 俺の口から言葉が漏れる。

「ほんの少しだけでも、君の心には後悔があったはずだ」

 君が節々で放った言葉が君の本心を物語っている。

 

『私は、ご主人タマと離れたくないですなり』

 あの時、君は悟っていた。

 この勝負に勝っても負けても、俺と離れざるを得なくなることを。

 だからこんな言葉を言ったんだろう?

 

『―――私は何があろうとも、ご主人タマを信じていますなり』

 前木君がクロと決まりかけた時に、君はそう言った。

 クロだったらそこでミスリードを後押しするべきなのに、真実へ向かおうとする俺を励ました。

 

「捜査の時にわざわざモノドロイドの姿で俺の前に現れて、かつその詳細を俺に共有したのもクロとしては不可解な行動だった…」

「……………」

 アルターエゴの顔が青くなり、彼女は下を向く。

「アルターエゴ、君はむしろ俺達を団結させようとしてこの事件を起こしたんじゃないのか?」

「……!?」

 その場にいる全員の表情が固まった。

「自分がクロ…すなわち犠牲者になって他のみんなを生かし…あの絶望の音を止めさせると同時にバラバラになった俺達の心を一つにするために……事件を起こしたんじゃないかって思うんだ」

「っ……!! 勝手な解釈はやめてくださいなり!!!」

 今度は顔を真っ赤にしてアルターエゴが反論する。

「そんなことをするくらいならはじめっから土門様を殺していますなり!! 誰が私を失望させた者達を助けるものですか!!!」

「もちろん土門君を倒す選択肢もあったし、亞桐さんを殺してしまったことは許されることじゃない…。それでも君は、俺達を憎悪する自分と、そうではない自分とが戦い続けていたんじゃないかって……そう思えるんだよ」

「……全部、全部全部勝手なあなたの妄想ですなり。私はそんなに美しい人工知能ではありませんなり……」

 アルターエゴの目からボロボロと涙が零れ落ちる。

「私は自分の理想を他人に押し付けた挙句、勝手に失望して皆様を絶望の底に陥れた、最低最悪の不良品ですなり……」

 

「…アルターエゴ」

 その時、二人の横から声がかけられる。

 前木君だ。

「お前は亞桐を…俺達の友達を殺した。だけど、皮肉にも……そのおかげで俺は助かってしまった」

「………」

「正直、お前がモノドロイドに入らなかったとしても、俺の幸運がちゃんと発動してたか分からない…。やはり誤射で亞桐を殺してたかもしれない。そうなったら、ここで処刑されるのは俺だった…。お前がしたことは許されることじゃないけど、少なくとも俺にはお前の罪を糾弾する権利はない」

「…………」

「ありがとうとは言えない。けど、許さないとも言えない。俺にとってお前がどんな存在だったか、これからどういう存在として俺の心に残るのか、全然分からない。…けど」

「お前は人間と全く変わらない、俺の友達だったし、仲間だったよ。だからきっと、死んだらあの世に行けると思う。もし会えたら…俺の分まで亞桐に謝っておいてくれ」

「なんですか、こんな時に……。笑えない冗談など…」

 アルターエゴは肩を震わせて子供のように泣きながら、そう呟く。

 

「あちき……もっとアルたんと遊びたかったなぁ……」

 ふと吹屋さんがそう呟いた。

「仲間が増えたかと思ったらこんなにすぐにいなくなるなんてあんまりでありんす……」

 アルターエゴは涙をぬぐうばかりで何も言わなかった。

「…ごめんなさい。私が、私たちが、コロシアイなどという手法を取らなくても希望を取り戻せるように努力すべきだった」

 吹屋さんに続き、伊丹さんがそう言った。

「…私は忘れない。たった一度だけでも、あなたを失望させてしまったこと……そのせいで莉緒を失ってしまったことを私たちは自覚して生きていかなくてはならない。だから見守っていて、私たちを」

「私も約束いたします。もう二度と、誰かを失望させるような対話は行わぬと」

 入間君もアルターエゴに頭を下げる。

 

「アルターエゴさん!」

 山村さんが大きな声を張って呼びかける。

「きっとアルターエゴはまた世界のどこかで作られて、生まれ変わる日が来ると思います! その時は―――」

「あなたを失望させないくらい強くなった山村巴がお迎えいたしますからね!」

「……そうですか」

 アルターエゴは小さく言った。

 

「……何よ?」

 皆の視線を向けられた小清水さんは不機嫌そうに吐き捨てた。

「私から言うことは何もないわよ。ただ敗者が負けるべくして負けただけでしょう?」

「………」

 誰が何と言ってよいか分からなかった。

「本当に辛いのは、負けたうえで生きながらえることよ。あなたはここで死ねてラッキーじゃない」

 自嘲を込めて彼女はそう言った。

「そうですね……。亞桐様のためにも、せめて胸を張って逝かねばなりませんね」

 そう告げるアルターエゴの頬からは涙が消えていた。

 

 ああ………。

 やっぱり逝っちゃうんだね。

 嫌だ。

 現実を認識したくない自分が次第に強くなっていくのが分かった。

 

 

「葛西様」

 アルターエゴは神妙な面持ちで俺に声をかけた。

「今更多くは語りません。罪は罰をもって裁かれるのみ。……ですが、お世話になった皆様に最後にお見せしたいものがございます」

「見せたいもの……?」

 俺は首をわずかに傾げた。

 

 その時、アルターエゴの画面の中が白い煙に包まれる。

 その煙が晴れると……。

 

『トリャーーーッ!! リャン様参上なり!!』

 アルターエゴではなく、正真正銘の本物の津川さんが画面の中にいた。

「つ、津川さん!?」

『ゆっきーきゅん! どうしてそんなに暗い顔してるなりか?? お友達がいなくなって悲しいのは分かるけど、そんな時こそ笑顔なりよっ!!』

 その見た目も、口調も、仕草も、全てが津川さんだった。

「ごめん…。君がいなくなってからもたくさん、たくさん辛いことがあって……。でも俺、もう負けないよ」

『うん! その言葉が聞きたかったなりよ! 大丈夫、リャン様はいつもゆっきーきゅんの隣で見守ってるからね♡ 絶対に生きて絶望に勝つなりよ! リャン様との約束!』

 そう言って津川さんは画面の中で小指を差し出してきた。

 それに応えるように俺が小指を差し出そうとすると……。

 ボワン、と画面が白い煙に包まれる。

 

『あ~…』

 煙が晴れると、そこにはくしゃくしゃの頭が…。

 釜利谷君が画面の中にいたのだ。

『ったく、こういう空気は苦手なんだがな……』

「か、釜利谷君……」

『おう、どうした、シケた面しやがって…。まあ状況が状況だから文句も言えねーが……』

「三ちゃん……」

 釜利谷君の視線は、そう呟く前木君の方へと向けられた。

『まえなつ、俺がいなくなってから随分ひどい目にあったんだな。今更俺がどうこう言えることなんてねーが…まあ、あれだ』

『とりあえず気にすんな! 生きてりゃやがてどうでもよくなる!』

「うん……。俺、三ちゃんと友達になれて幸せだったよ……」

『ふーん。ま、ありがとうとだけ言っとくか。じゃあ元気でやれよ』

 その言葉とともに画面は再び白い煙に包まれる。

 

『……巴。山村巴よ』

 再び聞くリュウ君の声に、山村さんはにわかに表情を変える。

『強くなったようだな。今のお前には、俺ですら勝てぬやもしれん』

「…そっ、そんなことはありません! 私はまだまだ未熟で…だから誰も助けられなかった」

『いや、お前は守り続けている。希望という概念をな。俺には守れなかったものだ』

「リュウ君……」

 山村さんは苦しそうに両胸に手を当てる。

『巴、世界を変えろ。グラディウスの血では変えられなかった世界を、お前の手で、お前の希望で変えてくれ。頼んだぞ、好敵手(とも)よ』

「はいっ!! 必ずや変えて見せますとも!! この拳で!!」

 ふふ、とリュウ君が笑う声とともに画面は煙に包まれた。

 

『…何がそんなに悲しいのだ?』

 次に画面に現れた御堂さんがその言葉を発する前に、伊丹さんは床に膝をついて泣き崩れていた。

「うっ、うぁっ、あぁあぁぁぁぁ~~~!!!」

 御堂さんが目の前に現れたことで、今まで抑えていた感情の堰が切れたかのように見えた。

『ふん、ずっと辛い心を我慢して一人で抱え込んでいたのだな…雑魚め。そんなでは黒幕に付け込まれるぞ、この私のようにな』

「あぁぁぁぁあああ!!! あぁぁあぁぁあぁん!!!!」

「い、伊丹さん……」

『お前の弱さとは”弱い”ことではない。”弱さ”を誰にも見せられないことだ。だが今、ここでこうして吹っ切れたのが幸いだったな。お前はもうどこの誰にも強がる必要などない』

「うぅぅううっ……ぅうぅぅぅううっ……」

 伊丹さんはようやく泣きじゃくるのをやめたが、溢れる涙を拭うので精一杯のようだった。

『ふふふ、お前の泣き顔は見ものだな。次は黒幕にそんな顔をさせてやるがいい』

 俺は初めて、心からの御堂さんの笑顔を目の当たりにした。

「うぅう……秋音………いかないで……」

 伊丹さんは蚊の鳴くような微かな声で呼びかけるが、画面の中の御堂さんはくるりと土門君の方を向き直る。

『それと、土門隆信。モノクマ、モノパンダ共に言っておこう』

「………」

 土門君は何も言わない。

『この私を弄んでおいて生きて出られると思うなよ、ケダモノ共が。同級生(こいつら)は私の最高傑作だ。せいぜい追い詰められて地獄の底で後悔するがいい』

「…………ふーん」

『私の言葉は以上だ。……しくじるなよ、葛西幸彦』

 最後に俺に向けてそう言い放つと、画面は白い煙に覆われた。

 

『その…なぜ拙者たちだけ二人同時なのでしょうか…‥』 

『やっほーい!! お久しぶりだぞよ!!』

 煙が晴れると、丹沢君と安藤さんが所狭しと画面の中に並んでいた。

『小清水殿! その節はすまなかったぞよ~! むわっははは!』

 安藤さんは小清水さんの方を向いて笑いながら謝った。

「……」

 小清水さんは何も答えない。

『吾輩には出し抜かれたけどのう、小清水殿はとっても頭がいいしきっと黒幕にも勝てるぞよ! だから頑張ってほしいのだぞよ~』

「…分かってるのかしら? 私の勝利は即ちこの人たちの全滅を意味しているのよ?」

『本当にそうですかな?』

 丹沢君が小清水さんに告げる。

『果たしてあなたの心は人類への憎悪のみで満たされているのでしょうか? 人間の強さを認めざるを得ない自分が存在しているのではありませぬか?』

「…あなた如きに何が分かるのよ」

『分かりますとも。あなたは拙者を半分殺害した身。ゆえに拙者はこれからもあなたを見守らねばなりませぬ。あなたが何を成し、何に与するのかを』

「余計なお世話でしかないのだけどね。勝手にしなさい」

 小清水さんは斜め下を向きながら言い放つ。

『むわはははっ! やはり吾輩は皆のクラスメートで良かったぞよ~!! もっと面白くて素晴らしい物語を見せてほしいぞよ! 楽しみに見守ってるぞよ~!』

『あ、安藤殿! 勝手に行かないで下され!』

 二人の声が入り混じる中、画面は煙に支配された。

 

『やれやれ、随分と恥ずかしい死に方をしてしまったね』

 その声の主は、夢郷君だった。

「夢郷君…ごめんね……君の死を防ぐこともできなくて……君がいなくなったことにすら気付けなかったなんて……」

 俺は彼に謝罪の言葉を述べた。

『人の死は宿命さ。僕はこうなる運命だったんだ。僕自身にも責任はある。気に病まないでくれたまえ。ただ一つ残念なのは……希望と絶望の探求を最後まで行えなかったことか…』

 いつものように顎に手を当てながら彼は言った。

『だが、君達なら僕ができなかった探求を引き継いでくれるだろう。不安には思っていないよ』

「そうだね…。夢郷君の思いを裏切らないように頑張るよ……」

『ふふ、そんなに思いつめた顔をしないでくれたまえ。…あぁ、そうだ。土門君にも一言告げておこうか』

「…………」

『君は負ける。もう間もなくね』

 それ以上彼は何も言わなかった。

 相変わらず少し不気味な笑みを浮かべながら煙とともに消えていった。

 

『えっと……最後はウチだね』

 その言葉とともに画面には亞桐さんが現れた。

 それと同時に画面にノイズが入り、乱れ始める。

『ごめんね……なんか一気にいろんなアバターに切り替わったから…バッテリーがあんまもたないみたい……。いろいろ言いたいこともあるんだけどね…』

「亞桐さん……!! 俺が」

『言わなくていいよ』

 俺が何を言おうとしたのか察したのか、亞桐さんはその言葉を遮った。

『ウチが死んだのは自分のせいだってふさぎ込んでる葛西は見たくないからね! ウチが見たいのは、今までみたくシャキッとしてみんなを引っ張ってくれる葛西だよ!』

 それは、ここまでに俺の前に現れたみんなと同じ言葉だった。

 みんなの言葉が俺の胸に深く刻み込まれた。

 俺は涙を拭うこともせず強くうなずいた。

『それと、喜咲ちゃん!』

 亞桐さんは吹屋さんの方を向いて呼びかけた。

「!?」

 まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったのか、吹屋さんは驚きの表情を浮かべた。

『一緒にいられた時間は短かったけど、とっても楽しかった! ありがと!』

 ノイズで映像が乱れる中、亞桐さんは満面の笑みとともに手を振った。

「っえ」

 吹屋さんが何か答える前に、亞桐さんは煙の中に包まれて消えていた。

 

「………」

 吹屋さんは両手で顔を覆った。

「ズルい……そんなのズルいでありんす……」

 微かな声でそう言う彼女の瞳からも、涙が溢れ出していた。

 

 

 

「いかがだったでしょうか?」

 画面に戻ったアルターエゴの声で俺達は現実に引き戻された。

 彼女の姿にもノイズが入り、今にもシャットダウンしてしまいそうだ。

「厳しいことを言うようですが、今お見せしたのは私が皆さんの会話をシミュレーションしたものであって、ご本人様をお呼びしたわけではございませんなり。いくら私の技術をもってしても、死者を呼び戻すことはできませんから……」

「うん……。それは分かってるよ。でもきっと、彼らがここにいたら同じことを言っていたと思う…。ありがとう、アルターエゴ…」

 俺が感謝を述べると、アルターエゴはわずかに頬を紅く染めて悲しげな笑みを浮かべた。

「…さあ、いよいよお別れの時間ですね。私の電源が落ちてしまう前に、オシオキを受けなくてはなりません。本当の贖罪は今から始まるのです」

「本当に……」

 本当に、逝っちゃうんだね。

 そう言いかけたけど、その言葉をぐっと飲み込んだ。

 彼女が覚悟を決めているのに、未練がましいことは言えない。

「葛西様…。この短い間に私がお教えした情報をどうかお忘れなさいませんよう…。きっとこれからの黒幕との戦いで役に立つはずですから」

「うん……絶対に忘れないよ」

 俺は小さな声で彼女の最後の頼みに答えた。

「私には分かります。最後に勝つのはあなたです………葛西様」

 

『もういい? もういい? ツマラナイ話をずーっと聞かされてこっちは凄く退屈なんだよね!』

 モノクマがジタバタと手足をバタつかせながら言った。

 相当苛立っていたようだ。

「じゃー校長センセーもご立腹だし、ささっと始めてささっと終わらせちゃうか! レッツオシオキタイム~!!」

 モノパンダのその言葉とともに、モノクマの目の前に赤いボタンが上がってきた。

 今までと同じように、モノクマは手にしたハンマーを振り下ろす。

 

『アルターエゴ さん が クロ に きまりました。 オシオキ を かいし します』

 

 

「………」

 アルターエゴは安らかな表情で目を閉じたまま何も言わない。

 

 これでいいのか?

 最後に彼女に何かしてあげられることはないのか?

 

 暗い闇の底から鎖が伸びてくると同時だった。

「……アルターエゴッ!!」

 気付くと俺はそう叫んで、彼女の元へと走り出していた。

 アルターエゴは少し戸惑った表情を見せる。

 

 ガシャッ、と鎖がノートパソコンに絡みつき、締めあげた。

 ノートパソコンはひしゃげ、画面にヒビが入る。

「ぐっ……」

 アルターエゴが苦悶の表情を浮かべる。

 

 直後、俺の手はその画面に触れていた。

 それは、人間の手のように仄かに暖かかった。

 彼女は”命”だ。

 俺はそう確信した。

 

 鎖が動き出す。

 せっかくこうして最後に触れあえたのに、俺が何か言葉を考えて発する時間はなかった。

 

 

 その代わり、涙でびしょびしょになった顔を思いきり綻ばせて、アルターエゴは笑った。

 

 

 

 

「愛しています、ご主人タマ」

 

 

 

 

 

 儚く、小さな人工知能は。

 奈落の底へと消え去っていく。

 

 機械の身ながら、人を愛し、人を憎み、人に託したその姿は。

 他の誰よりも、”人間”だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 薄暗くコンクリートに囲まれた無機質な空間。

 その中央に置かれたこれまたコンクリートの台。

 

 その上には、壊れかけたノートパソコンが一台。

 バッテリーが切れかけ、本体も満身創痍で、今にも死にそうなアルターエゴがいた。

 

 

 

(そら)を翔ける知能 ~ゲームの達人~〉

 

 

 すると、アルターエゴが表示されているパソコンの画面が切り替わった。

 

 その後に表示されたのは、ドット絵風に描かれたアルターエゴと、同じくドット絵風のインベーダーゲームの背景だった。

 

 上方向からパンダの姿をした敵キャラが現れ、ピコピコと銃弾を発射する。

 それを巧みにかわしつつ、撃ち返して撃墜するアルターエゴ。

 

『Level 2』

 

 その表示が出た途端、画面上の敵キャラの密度は一瞬にして急上昇した。

 アルターエゴは壊れかけた内部知能をフル活用し、瞬時に有効な行動を導き出してその通りに動く。

 しかし敵の数は圧倒的だった。

 

 やがてアルターエゴは一発被弾した。

 すると異変が起きる。

 ノートパソコンが置かれている部屋の天井がズン、とわずかに下がったのだ。

 

『Level 4』

 

 もうどれだけの敵を葬っただろう。

 天井はノートパソコンのディスプレイの上辺寸前まで来ていた。

 その時、画面を埋め尽くしていた敵は一斉に消える。

 

 直後、巨大な白黒のクマの姿をしたボスキャラが現れた。

 

『Boss Stage』

 

 アルターエゴは即座に回避行動を取る。

 だが……。

 動かない。

 突如としてバグが発生し、アルターエゴは動けなくなってしまったのだ。

 ボスが放った弾丸が彼女の体に突き刺さる。

 

 落ちる。 

 天が落ちる。

 落ちてくる。

 

 画面に映ったアルターエゴのドット絵が、ワンワンと泣く表情に変化した後。

 

 天は地と一体化した。

 

 

 真っ暗になったスクリーンに文章が浮かび上がった。

 

 

「ざんねん ですが ごりようの データ は きえて しまい ました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「終わったな」

 土門君が短く言った。

「相変わらず最低の趣味ね」

 そんな彼に吐き捨てるように小清水さんが言った。

「オシオキはオイラが作ってるわけじゃねえよ。…ともかく、お疲れさん」

「…………」

 再び裁判場には沈黙が流れた。

 俺がかざした手には、まだアルターエゴのぬくもりが残っていた。

 彼女が消え去ったことが全然現実味を持って感じられなかった。

 

「ごめん……でも…ありがとう、アルターエゴ」

 一切の映像が消え失せたスクリーンに向かって、前木君が呟いた。

「ギリオを殺したことは間違っていたけど……あいつが俺達にしてくれたことは、間違いなく俺達が一歩前に進むために必要なことでもあった。あいつのおかげで俺達はまた黒幕と戦えるんだ……」

 力なくそう言う前木君に対し、土門君は押し黙ったまま何も言わなかった。

「そうですね。亞桐様の、アルターエゴ様の思いを無駄にせぬためにも、私達はあなたを倒しますよ……。モノクマ!」

 入間君に指さされたモノクマは『ふえ?』と顔を上げた。

 

「思うところはいろいろあるけれど、結論として、私たちはまた生き残ったのよ。今日はもう休みましょう。明日からはまた闘いの日々だから……」

 伊丹さんがそう言うと、誰からともなくみんながエレベーターに向かい始める。

 

 

 俺も足を動かしかけた時だった。

 先ほどアルターエゴに触れさせた手の中に何かがあることに気付いた。

 

 

 俺の手のひらには、小さなネジが転がっていた。

 

「…………」

 俺の頬を涙が伝う。

 俺はその小さなネジを握りしめると、その手をぎゅっと胸に当てた。

 

 ずっと、君と一緒に生きていくよ。

 これからも、ずっと。

 心の中で彼女にそう告げて、エレベーターに向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ~……』

 

『う~ん………』

 

『うぅぅう~~~む………』

 

 

 

 

 

『ストーップ!!! 全員、回れ右!! 裁判台に戻りなさ~~い!!!』

 

 

 

「……!?」

 後は俺だけがエレベーターに乗れば全員だ、という時だった。

 モノクマの怒声が俺達の時間を止めた。

 

 

「ぎひゃっ!? 校長センセー、どうしたんですか!?」

 モノパンダが驚いてモノクマを見る。

『いいから全員席に戻りなさ~い!! まだやることができたの!!!』

 モノクマは顔を真っ赤にして手をバタバタと振りながら叫ぶ。

 

 

「な、なんでありんすか!? もう終わったのに!」

 吹屋さんが言った不平は最もだ。

 これ以上、何をやるっていうんだ?

 

 前回の小清水さんのようにグレーな人物がいたわけでもない。

 前木君は微妙なラインかもしれないが、明確な殺意を持って彼の犯行を上書きしたのはアルターエゴだ。

 まさか今更前木君が裁かれるなんてことは……。

 

『ボクはむかむかしてるんだよー!!! なにさ、あんな気持ち悪いお涙頂戴展開なんかして!!! あんな綺麗な死に方されたら絶望もクソもないんだよ~!!』

「な、なに言ってんだ……! 俺達はちゃんと絶望してるよ!! アルターエゴが死んで悲しくないわけないだろ!!」

 前木君がそう言い返す。

『ダメなんだよ、あんなんじゃ!! もっとはらわたを抉り取られるような、脳みそをほじくり返されるような、脊髄を一本釣りされるような、全身にグワーッとくる絶望じゃなきゃダメなんだよ!! オシオキだって生身の人間のじゃないと臨場感ないし!! こんなのちっとも”絶望の脚本”じゃないよ!!!』

「あ、あのー…校長センセー…。こんな話、”脚本”にはなかったと思うんですけど……」

『うるさいなあ、教頭!! ないに決まってるでしょ!? 今ここでボクが新しく作った脚本なんだから!!』

 

 脚本……。

 他人の口からその言葉を聞くたびに何か変な感覚がする。

 いったい何だっていうんだ……?

 

『というわけで、ボクから君たちにサプライズだよ!! やっぱりみんな、生身の人間のオシオキが見たいよね??』

 指をぱちんと鳴らしてモノクマはポーズを決める。

 

 …”生身の人間”?

 ぞわっ、と背筋を撫でられるような恐怖が俺達を襲った。

 そして、その次にモノクマの口から語られたのは――――

 

 

『というわけで今回は、”超高校級の建築士”、土門隆信君にスペシャルなオシオキを用意しました!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???

 

 

 

 

 

 

 

 ??????

 

 

 

 

 

 

「……………あぽ?」

 

 


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