エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

37 / 65
Chapter4 非日常編① 捜査編

「は、へ?」

 素っ頓狂な声が出た。

 

 俺の頭の中に繰り広げられていた映像と、眼前に広がるそれとがあまりにも乖離していたのだ。

 

 俺は命がけで敵と戦った。

 結果、ボロボロになりながらも敵を撃退したはずだ。

 敵は一目散に逃げていったはずだ。

 

 なのになぜ、亞桐さんは動かなくなっているんだ?

 

 

「…………」

 時間が動かない。

 

 

『死体が発見されました!! 一定の捜査時間ののち、学級裁判を行います!』

 何かが聞こえる。

 

 

 

「ユキマル!!」

 全ての思考が動き出したのは、吹屋さんがそう叫んだ時だった。

「ユキマル!! ギリポンがっ…!! ギリポンが……死んでる!!!!」

 吹屋さんは涙を流しながら叫んだ。

「…………なんで…?」

 最初に俺の口から出た言葉はそれだった。

 俺は命がけで戦って、亞桐さんを助けたんじゃないのか?

 違う。

 

 彼女は助からなかった。

 

  ◆◆◆

 

 

 亞桐莉緒さん。

 

 超高校級のダンサー。

 

 快活で、喜怒哀楽が激しく、いつでも裏表ない感情を俺達に振りまいていた少女。

 おかしい時は誰よりも笑い、腹立たしい時は誰よりも怒り、悲しい時は誰よりも泣いていた。

 仲間想いで、人並みに恋にも憧れていた普通の女子高生。

 

 そんな彼女は、もういない。

 

 ここにいるのは――――

 

 

 

 死体。

 

 ここにあるのは、死体だ。

 

 ”超高校級のダンサー”、亞桐莉緒さん”だったもの”。

 

 

「ギリポンがっ……ギリポンがぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」

 吹屋さんは涙をまき散らしながら死体に駆け寄った。

 

「どりゃー!!」

 それと同時に割れた天井から落ちてきたのはモノパンダだった。

「やっほー! もう一人のオイラ、元気?」

「元気ではねえな。下手すりゃ死ぬぞ」

 朗らかに語り掛けるモノパンダに、同じく陽気に答える土門君。

 しかし彼の腹には亞桐さんが生前突き刺した矢が立ったままだ。

 ”もう一人のオイラ”という呼び方から、モノパンダが土門君の人格を移植したアルタエーゴなのは間違いないようだ。

 だけど今はそんなことをゆっくり考察してる場合じゃない。

 

 事件は既に起きてしまった。

 止められなかったんだ。

 

「…っ!! ここでしたか!!」

 次にこの場に現れたのは入間君だった。

「…………っっ!!!」

 倒れ伏す亞桐さん、その目の前に四つん這いになって泣き明かす吹屋さん、血を流して立ち尽くす土門君、そして満身創痍の俺。

 理解が追い付かなかっただろうが、それでも彼は一瞬目を閉じ、そして……。

「皆様を、呼んで参ります……!!」

 重く言葉を発し、踵を返した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おい」

 みんなが弓道場に集められる中で、一番動揺していたのは前木君だった。

「なんで、なんで、こんな??」

 彼は頭を抱えて叫んだ。

「なんでこんなことになってるんだよーーーッ!!!!!」

「莉緒…………。莉緒まで……莉緒まで私を置いていくの………??」

 伊丹さんは叫ぶ気力もなく、膝をついて虚ろ気にそう呟くばかりだった。

 みんな絶望することにすら疲れている。

 

 俺達を狂気に駆り立てた忌まわしい音は、いつしか止んでいた。

 俺達がコロシアイを起こしたためだろう。

 だけど、それを喜ぶ人なんて一人もいなかった。

 

「うぁああぁあん!!! うぁぁああぁあん!!!!」

 吹屋さんの慟哭が弓道場に響き渡る。

 子供のように泣きじゃくる彼女に言葉をかけてやれる者はいなかった。

 

「さて、と」

 場を取り仕切るように土門君が手を叩いた。

「みんながオイラの正体に気付いちまったから、茶番はもうオシマイにするぜ。これからはこの格好だけど土門隆信として振舞わせてもらう」

「貴様が」

 入間君は凄まじい形相で土門君を睨みつけた。

「貴様が、殺したのか」

 凡そ普段の彼からは想像もつかない表情と口調で土門君に問いかける。

「そいつは裁判で話し合うことだろ」

 口元から流れる血を拭いながら土門君は答えた。

「一応オイラも生徒として参加してる名目上、捜査の妨害はしないし、聞かれた質問には素直に答えるぜ。さあみんな、お通夜ムードのところ悪いけど、捜査の時間だぞ、オメーラ!」

「捜査………」

 

 そうだ。

 運命の歯車は再び回り始めてしまっている。

 捜査、そして裁判。

 それを乗り越えなければ、俺達に明日はない。

 

「葛西君」

 声をかけてきたのは、弓道場に来てからずっと黙っていた山村さんだった。

「今ここで起きたこと…お話をお伺いしてよろしいですか?」

「………」

 山村さんはもう捜査に向けて気持ちを切り替えている。

 だけど俺はまだ、放心状態から抜け出せずにいた。

「お気持ちは分かります。私も自分が憎くてたまらないんです…。自分がここにいれば、彼女がここで死ぬことはなかったんじゃないかって…。結局、また私はコロシアイを止めることができなかった愚かで弱い女なんだなって……」

「山村さん……」

 彼女は何度も無念を経験している。

 この場の誰をも凌駕する圧倒的な力を持っていながら、それを生かしてコロシアイを止めることができなかったからだ。

 でもそれは、力がない俺達にだって伴いうる責任なんだ。

 決して、”力がないから守れなくてもしょうがない”なんて言い訳はしちゃいけないんだ。

 だから、彼女だけが傷つくのは間違っている。

 俺に力があれば……。

 俺があの犯人を止められれば、こんなことにはならなかったのに!!!

 

 気付くと俺は絶叫していた。

 自分を許せなかった。

 自分の無力を。

 そして、いつの間にか俺は山村さんの腕の中にいた。

「?」

 山村さんは涙を流しながら俺を抱擁していた。

「悔しいですよね……悔しくて悔しくてたまらないですよね……」

 

 そうか……。

 第一の事件も、第二の事件も、第三の事件も、そして今回も。

 ずっとずっと、君はこんな感情を抱き続けていたんだ。

 ようやく君の苦しみが分かったよ、山村さん……。

 

「だからこそ私は…私達は、ここで最善を尽くさなければならないんです」

 山村さんは俺から体を離すと、両手を俺の肩に置いて語り掛けてきた。

「守れなかった亞桐さんのために、今まで助けられなかった全ての犠牲者のために、そして今生きている我々のために」

 山村さんの言葉は全部が重かった。

 何度も何度もこの感情に苛まれたからこそ、彼女はこの感情を乗り越える術を身につけた。

 そして今、同じ地獄に降り立った俺に救いの手を差し伸べた。

 これが”成長”なんだ。

 

「ありがとう……山村さん」

 俺が涙ながらに礼を言うと、山村さんもまた涙を流しながら小さく頷いた。

 

 

《捜査開始》

 

 

 気持ちを落ち着かせた俺は、この場で起きた全てを山村さんに話した。

 まだ憔悴した様子の伊丹さんと、どことなく怒気を孕んだ入間君も俺の話を聞いていた。

 前木君は何も言わず部屋を後にしたし、吹屋さんは魂の抜けた顔で亞桐さんの横に膝をついている。

 

「ふぅん、死んだのはこの女か…」

 いつの間にか現れた小清水さんが吐き捨ているように言った。

 亞桐さんに対して何の未練もない彼女の様子に面食らいながらも、俺は三人に事の顛末を話した。

 

「……顔は?」

 俺が話した後、最初に口を開いたのは入間君だった。

「顔は見ていないのですか?」

「……」

 やっぱり、それを聞くよね。

 ウソは付けないから、ありのままに話した。

 

「結論から言うと、顔は見てない。犯人は黒い頭巾を被ってて口元も黒い布で覆ってた。髪ははみ出してなかった…と思う。手足にも黒の足袋や手袋を着けてて…。とにかく一ミリも皮膚が見える場所がなかったんだ。せめて布を剥いで顔を見る余裕があればよかったんだけど……」

 入間君と小清水さんは俺の話を聞きながら自前の手帳にメモをしていった。

「体つきはどうでしたか?」

「体つき……特に印象はないなあ……。低いような高いような気もするけど、少なくとも俺とは大きく体格は離れていなかったと思うよ」

「なるほど……」

 入間君はスラスラと俺の言葉をメモ書きしていく。

「で、犯人はあなたと乱闘した後、突き飛ばして弓道場から走り去っていったと……」

 入間君の言葉に俺は頷く。

 

「はっはっは、いい調子だなあ!」

 土門君が高らかな笑い声を上げながら弓道場の入口の方に歩いていった。

「ようやく捜査にも慣れてきてくれたみたいで嬉しいぜ。そうやってすぐにメモ帳を開ける時点で、オメーラの成長が見えるぜ」

 俺達の感情を逆撫でするような彼の言動に、俺は怒りで拳を握りしめた。

「ま、オイラも無視できないくらいの傷を負っちまったからな。しばらく保健室で大人しくしてるぜ。せいぜい捜査頑張れよ」

「なぁるほど。ここであなたが刺されるのも”脚本”のうちだったから、モノポーションなんてものを用意しておいたのね」

 小清水さんが不気味な笑みを浮かべながら言った。

 

 ”脚本”……??

 

 土門君の動きが少し止まる。

「さあて、どうだかな」

 それだけ言うと再び歩き出し、弓道場の外へ消えた。

 

 

 【獲得コトダマ:犯人の外見

 犯人は弓道着を着て黒い頭巾を被り、顔にも黒い布を巻いていて顔は見えなかった。体格は大きくも小さくもない。

 弓道着の下には黒のアンダーシャツと手袋を着けており、肌の露出は一切なかった。

 

 【獲得コトダマ:犯人の行動

 犯人は突然現場に現れ、葛西と乱闘の末、弓を撃つとすぐさま弓道場から逃げ出した。

 

 

「じゃあ、次は……」

 三人(+小清水さん)への報告が終わった俺は、後ろを見る。

 そこには、見るも無残な亞桐さんの遺体があった。

 

 目を背けちゃダメだ。

 謎を解かなきゃ。

 この死体を調べなきゃ。

 

「伊丹さん………」

 俺は虚無に苛まれている伊丹さんに声をかけた。

 今この場で検死を行えるのは、医学の知識を持つ彼女だけだ。

 親友を失ったばかりで心が痛いだろうが、それでも彼女に託すしかない。

「ええ」

 小さく答えて伊丹さんは立ち上がった。

 堪えがたいほどの精神的苦痛に直面しながらも、彼女は自らの意思で立ち上がり、歩いた。

 

「痛かったよね、莉緒」

 血に染まった亞桐さんの手を取ると、伊丹さんは微かな声で呼びかけた。

「ごめんね。もう少しだけ我慢してね」

 祈るように両手を合わせて拝むと、伊丹さんはうつぶせに倒れている亞桐さんの遺体を仰向けにひっくり返した。

 ゴロン、と体が転がり、力の抜けた手足が柔軟に曲がりながら地面に投げ出された。

「うっ………」

 俺や入間君が呻き声を上げる中、伊丹さんは何も言わず亞桐さんの瞼を優しく閉ざした。

 

「死因は見ての通り全身を矢に撃たれたことによる失血死、あるいはショック死…。死亡時刻はたったさっきね……」

「その程度、これを見れば一目瞭然でしょう?」

 小清水さんが電子生徒手帳を見せながらそう横槍を入れる。

 その画面には、見慣れた文字が並んでいた。

 

 ザ・モノモノファイル⑤。

 そこには、今伊丹さんが言ったことがそのままそっくり書かれていた。

 

 【獲得コトダマ:ザ・モノモノファイル⑤

 被害者は亞桐莉緒。死因は弓で喉を撃ちぬかれたことによる失血死。死亡推定時刻は9:35。

 

「これは私見だけどね、今回の事件は検死に意味なんてないと思うの。だって死亡時の状況なんて彼らが全て見ているわけだし、そこに謎なんて何もないでしょう?」

 小清水さんの言葉はここにいる全員に突き刺さる。

 彼女には人間への情がない。

 ゆえにこの場にいる誰よりも感情に左右されず冷静に状況を分析できている。

「それに、さっきの話から分かることがもう一つ。犯人は、少なくとも葛西幸彦・土門隆信の二人ではない。さらに言うと、最低でもその二人の()()ではない」

 人差し指を立てて意味深なことを次々に言う小清水さん。

 彼女の狙いはなんなのだろうか。

「おかしな話よね。犯人の候補が絞られてしまう上に相当のリスクも付きまとうこの殺し方をわざわざ選ぶなんて。夜の間にナイフでも持ち出してこっそり刺殺した方がよっぽど建設的だと思わない? そこの誰かさんのようにね」

 鬼のような形相で入間君を睨みながら彼女は言った。

 モノポーションでほぼ全快したとはいえ、昨晩刺された傷はまだ痛むようだ。

「本当ですね。皮肉抜きで悔しくてたまりませんよ。昨晩あなたを仕留めていれば、亞桐様がこんな目に遭わずに済んだのに……」

「そうなってあなたが凄まじいオシオキをされた方が見ものだったわね」

「やめてよ、こんな時に!」

 一触即発の空気に、俺は思わず気を逆立てて叫んでいた。

 いつもならこういう喧嘩を止めるのは亞桐さんの役目だった。

 でもここに亞桐さんはいない。

 そうなってしまったのが余計悔しくて、叫ばずにはいられなかった。

 

「偽善者ぶっている暇があるなら、床に落ちている()()でも調べたらどう?」

「……?」

 小清水さんの辛らつな言葉は、しかし俺に新しい情報を見出させた。

 弓道場の射撃場の床の上、ちょうど俺と犯人が戦った場所あたりに。

 弓と矢筒が放り出されていたのだ。

 

「…犯人のものですか?」

 入間君の問いに俺は「たぶん」と頷いた。

 乱闘に集中しすぎてすっかり失念していたが、犯人がここから逃げる際に放り投げたと考えて間違いないだろう。

 

【獲得コトダマ:矢筒と弓

 弓道場の床に落ちていた。犯人が使用後、投げ捨てたものと思われる。

 

「でもその弓、元々ここにあったものですよね?」

 山村さんが問う。

 俺はその問いにも「たぶん」としか答えられなかったが、すると山村さんはすぐに「でしたら確認して参ります!」と控室に入っていった。

 

 一分もしないうちに彼女は帰ってきた。

「やはり矢が10本と矢筒が1本なくなっていました! あと、女性側の控室から弓道着も1着なくなっておりました!」

「女性側……?」

 俺は控室の戸を確認する。

 特に施錠はされていない。

 女性側の服が無くなっているということに意味はあるのか、それとも……。

 

【獲得コトダマ:消えた弓道具

 弓道場の控え室から弓道着が1着、矢が10本、矢筒が1本なくなっていた。道着は女性側の控え室でなくなっていたが、控え室に施錠のシステムはない。

 

 

「……ここで調べられることはあらかた調べたかな」

 そう思った俺は、未だ現実を直視できず魂が抜けている吹屋さんと、その横で息絶えている亞桐さんを一瞥して弓道場を後にした。

 さて、どこを調べようか……。

 

「……って、アルターエゴは?」

 そう言えば、すっかり忘れていた。

 こういう時こそ頼りにしなきゃいけない子なのに。

「入間君、確か君、アルターエゴと一緒にいたよね?」

 音楽室を調査していた入間君を見つけ出した俺は尋ねてみた。

「ええ。朝食の後、私は休憩室でアルターエゴとオセロのゲームをしていました。終わった時刻が8:40くらいだったのははっきり覚えています。その後他愛ない雑談をして……。アルターエゴが一人になりたいと言ったので、9時過ぎくらいに休憩室を出ました。アルターエゴはそのまま部屋に残ったと思いますが…」

「…なるほど」

 アルターエゴの所在のついでに、朝食後の入間君の行動も聞くことができた。

 これは意外な収穫かもしれない。

 情報を得た俺はエレベーターに乗って真っすぐ休憩室へ向かった。

 

 【獲得コトダマ:入間の証言

 入間は休憩室におり、ノートパソコンでアルターエゴとオセロのゲームで遊んでいた。

 ゲームは8:40頃に終了したが、9:00過ぎに入間が部屋を出るまで二人は会話していた。

 

「アルターエゴ…!」

 休憩室の扉を開くと、そこには開いたままのノートパソコンが置いてあった。

「大変なことが起こっちゃったんだよ……。亞桐さんが……」

 俺は中央のソファーに近付きながら早口でさっきの悲劇を説明する。

 しかしノートパソコンからは何の返事もない。

「……?」

 不審に思って俺はスリープ状態のノートパソコンを起動してみた。

 画面は普通のパソコンのアンロック画面だった。

「あれ、アルターエゴはどこ行ったんだ…?」

 画面上には一つのアプリしか表示されておらず、アルターエゴの項目もない。

 俺は思わずその一つだけのアプリを開いていた。

「音声読み上げソフト……?」

 …だった。

 しかし履歴の項には何の音声も入っていない。

 特に意味があるようには思えないな……。

 

 【獲得コトダマ:音声読み上げアプリ

 入間とアルターエゴが遊んでいたノートパソコンに入っていた。履歴は存在せず、削除されたか元から存在しないかのいずれか。

 

 

 それ以上の収穫は無いようなので、俺は休憩室を出た。

 それにしても……。

「アルターエゴ! どこ行ったんだ!」

 俺は廊下中に聞こえる大声で呼びかけてみた。

 いつものノートパソコンにいないってなると……。

 

「はい、ご主人タマ!」

「わっ!?!?」

 半ば予想はしてたけど、それでも背後からいきなり声をかけられると驚くのはしょうがないよね。

 

 そこには、鉄の骨格模型のような無骨なアンドロイド。

 モノドロイドが立っていた。

 中身はもちろんアルターエゴ。

「死体発見アナウンスを聞いて、いてもたってもいられなくなりまして…。ノートパソコンから電波を飛ばしてモノドロイドにインストールされてたんですなり」

「あ…。それで合流が遅くなったわけか」

 俺の記憶が正しければ、アルターエゴがモノドロイドにインストールされて動けるようになるには最低でも30分はかかったはず。

 

 でも、モノドロイドはアルターエゴを入れずとも、緩慢ながら単体でも動くことができたよな。

 背中のキーボードからプログラミングを施すことによって、ね…。

 

【獲得コトダマ:モノドロイド

 一階の倉庫に置いてある簡易型アンドロイド。簡単な命令を入力することで動作する。

 見た目は鉄の人体模型のようで明らかに人間と外見が異なり、プログラミングされたモノドロイドは動きもぎこちない。

 

「アルターエゴ。モノドロイドについて聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい。何なりとお申し付けくださいなり」

「モノドロイドのプログラミングって、履歴が残ったりするの?」

「それは……私には分かりませんが、背中のキーボードに何か書いておりませんなりか?」

 そう言われて俺は背中のキーボードを見てみた。

『アルターエゴ起動中 命令不可』と表示されている。

 だがその上に、『命令履歴』と書かれた表示がある。

 その部分にタッチすると、何件か履歴が表示されていた。

 

『2日前 食堂に移動する』

 

 この命令は、モノドロイドの最初の試運転の時に前木君が入力したものだろう。

 俺の目をくぎ付けにしたのは、その下にある命令履歴だった。

 

『今日 9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』

 

「………!!」

 この命令は……!?

 いや、今は情報を集めるのが先だ、邪推はやめておこう。

 

【獲得コトダマ:モノドロイドの命令履歴

『9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』

 

「どうですか? 何かわかりましたか?」

 アルターエゴの問いに「まあ、ね…」と俺はあやふやな答えを返す。

 まさか彼女が犯人とは思わないけど、かといってこの状況であれこれ情報を喋るのも憚られる。

 ところでこの履歴、時間が”今日”と表示されている。

 具体的な時間が分かると嬉しいんだけど……。

 

「そういえば、モノドロイドの命令履歴について一つ捕捉がありますなり」

 俺の疑問を見透かしたかのようにアルターエゴが告げた。

「モノドロイドの命令は時間を指定して行わせることができますが、一時間以上先の動作を指定することはできませんなり」

「え、そうなの?」

 それを聞いた俺は一つ試してみたくなった。

 

 アルターエゴを連れて訪れたのは倉庫。

 ここにはモノクマたちが用意した別のモノドロイドたちが埃をかぶって眠っていた。

 現状で使用されている機体は今アルターエゴが使っている一機だけのようだ。

 

 それともかくとして、俺は倉庫に突っ立っているモノドロイドの一つに命令を打ち込んだ。

『12:00に食堂へ移動する』

『命令確認中…』との文字が浮かび上がった後、ビー、と音が鳴る。

『一時間を超えた時間指定はできません』と赤い文字が画面に浮かび上がる。

「本当にできないんだ……」

「これがどのように役立つか分かりませんが…‥。モノドロイドに関する知識は持っておいて損はないと思いますなり」

「そうだね。いろいろありがとう、アルターエゴ」

 俺は金属質の冷たいアルターエゴの頭を撫でた。

 

【獲得コトダマ:モノドロイドの命令機能

 モノドロイドに下す命令は短文形式で、1時間以上先の動作は指定できない。

 

「ご主人タマ……」

「……?」

「私は、ご主人タマと離れたくないですなり」

 アルターエゴは無骨な姿のまま、ぎゅっと俺の胸にしがみついてきた。

「今はこんな姿だけど……必ず、人間の姿を掴んで見せますなり。そして…。津川梁の代わりとなってご主人タマを笑顔にさせてあげたいですなり」

「ありがとう。嬉しいよ……」

 その言葉は間違いなく本心からだった。

 アルターエゴも怖いんだ。

 裁判で俺達が負けてしまうことが。

 だからこそ勝たなくちゃいけない。

 犯人にも、黒幕にも勝って、アルターエゴやみんなを安心させてあげなきゃ。

 そして、この子が人間の身体を手に入れたら、その時は……。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 アルターエゴと別れて捜査を続行する俺は、一階をくまなく探索した。

 食堂や教室、トラッシュルームに至るまで細かく調査したが、めぼしいものは見つからない。

 

 一階の捜査を終えて他の階を当たろうとした時だった。

 

「……吹屋さん!?」

 女子トイレから出てきた吹屋さんに遭遇したのだ!

 しかし彼女はげっそりとした様子で明らかに元気がなく、さっきまでの麗らかな吹屋さんとは大違いだ。

「どうしたの……? 大丈夫…?」

「…どうもこうも、ただのトイレでありんすよ。朝食の後に行くの忘れてたから……」

 ぶっきらぼうにそう言っていなくなろうとする彼女の腕を、気付くと俺は掴んでいた。

「ごめん。辛い気持ちは分かるけど、事件の直前に何をしていたかだけ、聞きたいんだ…」

「……今までも、こういう風に捜査してきたんでありんすか……?」

 吹屋さんは目に涙を浮かべながら問いかける。

 

 そうだ。

 俺達は慣れがあるかもしれないけど、彼女にとってはこれが初めて直面する殺人事件。

 冷静でいられるわけがないんだ。

 

「ごめんなさい」

「…?」

 不意に吹屋さんは頭を下げてきた。

「コロシアイっていう状況の重みをあちきは侮っていたでありんす。”どうせコロシアイなんて起きない”って、タカをくくってたでありんす。だからこそ……あちきが笑ってないとダメでありんすね!」

「吹屋さん……」

「ギリポンがいなくなっちゃった分…あちきがギリポンの代わりにならないと! うん! あちき頑張るでありんす!」

 そう言って吹屋さんはガッツポーズを決める。

 彼女は俺達よりもよほど精神の回復と成長が早いようだ。

 俺達が三回コロシアイを経て辿り着いたステージに、もう彼女は辿り着いているんだ。

「ありがとう…。辛くなったらいつでも俺が相談に乗るからね」

 俺が答えると、「はいよっ!」と満面の笑みで彼女は答えた。

 

「それで、殺害直前の行動なんだけど…」

「ああ、所謂アリバイってやつでありんすね!」

 俺が問うと、吹屋さんはいつも通りのはきはきと口調で答え始める。

「あちきとゆきみんは朝食の後からずっと食堂にいたでありんすよ。最初はともちんとギリポンもいたでありんすけど、確か9時前くらいにギリポンが食堂を出て、その少し後にともちんも出て行って、最後にあちきが食堂を出たって感じでありんすね」

「…でも、さっき君は誰よりも早く弓道場に来てたよね。どうして?」

「それは……ギリポンが心配だったからでありんす…」

「……? 亞桐さんが弓道場にいること、知ってたの?」

 俺は怪訝そうな表情をしながらも尋ねた。

「ギリポンいわく、『夢郷が弓道場にいるから』って…。その理由までは聞いてないけど、あちきが変なこと言っちゃったせいでギリポンがユメちゃんのところへ行ったみたいだから……」

「変なこと……?」

「”ユメちゃんは本物じゃないんじゃないか”って………」

「………!!!」

 そうか……吹屋さんも感づいてはいたのか…。

 だから亞桐さんは……。

「やっぱり……やっぱりあんなこと言うんじゃなかった……あちきが……」

 再び涙を流す吹屋さんを、俺はただただ慰めることしかできなかった。

 

 【獲得コトダマ:吹屋の証言

 自分と亞桐、伊丹、山村は8時以降も食堂にいた。9時前くらいに亞桐が食堂を出て、その少し後に山村も出た。

 そして事件発生とほぼ同時に吹屋が弓道場に向かった。

 

「あ、それと…」

 吹屋さんを慰め、情報収集を終えて移動しようとする俺に、彼女はもう一つ付け加えた。

「さっき、やよ様がユキマルのこと探してたでありんすよ」

「…小清水さんが?」

「怪しい気はするけど……まさかこんな場面で危害を加えるとは思えないし、行ってみる価値はあると思うでありんす」

 彼女が俺を探しているなんて、嫌な予感しかしないけど…。

 頭脳の上では現状のメンツの中で一番といっていいほど回転が早いからね。

 侮れない情報網を持っていることは疑いようがない。

「ありがとう。行ってみるよ」

「…気をつけて、ユキマル……」

 吹屋さんが不安そうに見守る中、俺は背を向けて歩き去った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「あら、ちょうど良かった」

 俺はしばらく小清水さんを探していたが、彼女は大ホール階の廊下に立っていた。

「探したのよ、おチビさん」

「……何の用?」

 俺はいつでも逃げられるよう身構えながら尋ねる。

「何って、捜査に決まってるでしょう?」

 小清水さんはため息とともに言った。

「聞かないの? 私が事件の時に何をしていたかを」

「あっ………」

 先手を取られる形になってしまい、俺は言葉に詰まった。

 

「といっても、私は食事含め昨日からずっと単独行動してたからアリバイなんて存在しないのだけれどね」

 小清水さんは俺に向かって廊下を歩みながら言った。

 彼女が俺の横を通り過ぎると、仄かに花のような香りがした。

「当たり前よね。私を刺し殺してくるような連中と一緒に行動できるわけないでしょう?」

「………」

 何も言えない。

 彼女はまだ、入間君に刺されたことを根に持っているのか…。

 いや、殺されかけたんだから、根に持たない方がおかしいよね…。

 

【獲得コトダマ:小清水の証言

 小清水は朝方に一人で朝食を済ませ、その後もずっと単独で行動していたという。

 

「それを言いたかっただけなの…?」

「違うわよ、もちろん」

 小清水さんは再び怪しげな笑みを浮かべた。

「あなたにだけ、私の”持ち駒”をちょっとだけ分けてあげようかなって」

「……?」

 また彼女は意味深な言い方を……。

 何を考えているか全くわからない分、その言葉の意味も類推しがたい。

「何故、俺に?」

 口を突いて出た言葉はそれだった。

 何を知っているのかは分からないが、入間君や伊丹さんの方が彼女の知識を生かせそうなのに……。

 

「何故って、あなた脚本家でしょう?」

「……?」

「脚本を築けるのはあなたしかいない。だからあなたに言うのよ。よく聞いておきなさい」

 そういう意味合いでそんなことを言うんだろう……。

 だけどそんな考えは、続けて発せられた彼女の言葉によって吹き飛ばされてしまった。

 

「前木常夏の【超高校級の幸運】。それが黒幕を倒す鍵になる」

「………どういうこと……?」

「彼の幸運は…黒幕と対峙するときに幸運として発動する。吹屋喜咲を見つけた時のようにね」

「………?」

 吹屋さんを見つけた時に……?

 

 そう言えば……!

 あの隠し部屋を見つけられた原因って、たまたま前木君が壁に頭をぶつけたことだったような……。

 

「心当たりがあるでしょう? 彼の幸運はそういう能力なの」

 小清水さんは眼鏡の位置を直しながらそう続けた。

「それが本当だとして、それを何故今、俺に?」

「念のためよ。言っておくけど、この情報がこの事件に関わっている確証はない。けど前回の裁判の件もあるし、またあなたがグロッキーになられても困るのよね。そうなる前に最終裁判を見据えた必要最低限の情報だけは与えておくことにした」

 事件には……関係ないのか……?

 でも何か引っかかるな……。

 

【獲得コトダマ:超高校級の幸運

 前木常夏の才能は”超高校級の幸運”。黒幕と対峙する際にその能力が発動することがある。

 

「最期にもう一つ」

 エレベーターに乗り込む直前、小清水さんはさらに一つ話を切り出した。

()()()()に面白いものがあったわよ」

 そう言って彼女が指さしたのは……。

「トレーニングルーム……?」

「ええ。せいぜい頑張ってね、あなたの才能()私は買ってるんだから」

 またも意味深な言葉を残し、エレベーターの扉は閉じた。

 

 結局、俺達は彼女の手のひらで踊らされているだけか…。

 小清水さんは、俺達より遥かに先にいるような気がする。

 そんな彼女の野望を止めることはできるのだろうか? 

 

 俺はトレーニングルームに入った。

 リュウ君や亞桐さん、山村さんがストレッチや筋トレをしていたのがかなり昔のように思える。

 俺は自分からここを訪れることは多くなかったもんな…。

 

「で、この部屋に何が……?」

 様々なトレーニングマシンの後ろや下をくまなく探すが、特に珍しいものはない。

 でも、小清水さんが何の意味もなくあんなことを言うわけがないし…。

 

 そう思っていた矢先、俺はあるものを見つけた。

「ロッカー……」

 トレーニングルームで着替えや荷物を置いておくロッカーだ。

 特に鍵はかかっていないようだ。

 

 失礼かもしれないけど、今は捜査時間だ。

 俺は「ごめんなさい」と呟いて一つ一つロッカーを開けていった。

 

 

「………!!!」

 ああ、そうか。

 これだったのか。

 彼女が言っていたのは。

 

 一番端のロッカーに、空手の道着に重ねて置いてあったのは。

 

 クシャクシャに丸められた黒い弓道着だった。

 

 

 【獲得コトダマ:弓道着

 大ホールの横にあるトレーニングルーム、ロッカーの中に弓道着が入っていた。同じロッカーには空手の道着も入っていた。

 ロッカーは特に施錠されていない。

 

 

 

 

 捜査時間も残り少なくなってきた。

 この時間でできることは………。

 

 俺はもう一度弓道場に戻った。

 今なら、何か新しい情報が見出せるかもしれないと思ったからだ。

 

「さっきと目つきが変わったわね」

 弓道場で俺を待ち受けていた伊丹さんが、俺の顔を見るなりそう言った。

「いろいろ真実に近付いたようね」

「…少し、ね」

 

 仰向けに寝かせられた亞桐さんの横には、血に濡れた矢の束が置いてあった。

「あれからね、莉緒に刺さった矢をまとめていたの。この通り、矢は10本あった」

 亞桐さんの頬を悲し気に撫でながら伊丹さんは言った。

「分かる? 控室から無くなっている矢も10本。全ての矢が莉緒に命中しているのよ」

 全ての矢が……?

 

 あの時、犯人は俺と格闘しながらもその合間に弓を撃っていた。

 決して余裕で狙えるような状況ではなかったはずだ。

 それでも全部当てたっていうのか…?

「犯人は相当矢の扱いが上手いようね………」

 

【獲得コトダマ:矢の被弾箇所

 10本の矢はほぼ全て正確に亞桐莉緒に命中していた。

 葛西幸彦が庇ったにもかかわらず隙間に差し込む形で全弾命中させたため、犯人は相当矢の扱いが上手である。

 

「みんなの弓の腕前はどうだったっけ……」

「私は……体育で少しやったことがある程度だけど…。他の人は分からないわね…」

 そう言えば、数日前に入間君と吹屋さんとで弓道に興じたっけ。

 あの時は……俺はからっきしだったけど、入間君はそこそこ…吹屋さんはかなり上手かったな…。

 …それだけだけど。

 これが何かのヒントになるのかなぁ…?

 

【獲得コトダマ:弓の腕前

 弓道の腕前は、葛西が下、入間が中、吹屋は上。他は不明。

 

 

「葛西………」

「?」

 不意に伊丹さんではない声が俺の耳に届いた。

「前木君?」

 

 目に涙を浮かべ、今にも崩れそうなくらいグシャグシャになった表情を浮かべて彼は立っていた。

「葛西………俺は………」

「前木君………?」

「………」

 彼はとても辛そうにしていた。

「……ごめん……何でもない……」

「前木君……?」

 彼は一体何を………。

 

「前木君。何か隠しているみたいだけど、この捜査と裁判は私たちの命がかかっているのよ。今すぐにとは言わないけど、正直に告白する覚悟は決めておいた方がいいと思う」

 冷静沈着な伊丹さんの言葉に、前木君は「ああ」と答える。

「大丈夫……後で絶対言うよ…今はそれよりも……」

「それよりも?」

「アリバイ……聞いて回ってるんだろ?」

 そう言えば、前木君のアリバイはまだ聞いてなかったな……。

「お前も知ってると思うけど……俺は昨日お前と喧嘩してから…ずっと個室にいた。朝食も伊丹が持ってきてくれて部屋で食べたんだ。だけど今朝…8時半くらいかな…。小清水が部屋に来たんだ」

「………え?」

「今後のことで相談があるっつって…。その中身は…ちょっと話すと長くなるから今は言わないでおくけど……かなりの長話だったな…。そのまま死体発見アナウンスが鳴ったんだ…」

 

 【獲得コトダマ:前木の証言

 自分は昨日の夜からずっと個室におり、今朝も部屋で食事をとった。ただし8:30頃に小清水が部屋を訪れ、話し合いをしていた。

 そして死体発見アナウンスが鳴るまで話し合っていたという。

 

「………?」 

 彼の証言…明らかに違和感がある。

 でも今は過度に詮索しない方がいいのかもしれない。

 謎は裁判で明らかにしないと……。

「分かった……。ありがとう」

 とりあえず俺はそう答えた。

 やはり前木君は何かを隠しているようだ。

 

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

 

「!」

 鳴ってしまった。

 運命を告げる鐘。

 

『はいどうもー! 久しぶりだねー! 泣く子も黙る荒いグマ、モノクマ先生だよー! たまには僕からもこういうお知らせをやってみようと思ってね。』

 聞こえてきたのは、あの特徴的なだみ声だった。

 俺達の敵、モノクマだ。

『青春時代を生きる君たちにとって、時間とは命と同じくらい大事なものなのです。だから君達には命をかけて時間を使ってもらってるのさ! きっと命を賭けて素晴らしい情報を手に入れてくれたんだよね! というわけで全員エレベーターに集合してくださーい!!』

「終わっちゃったんだね……」

 俺と伊丹さんと前木君。

 それぞれの表情が変わっていく。

 全員の目に覚悟の炎が渦巻いているように見える。

「私は手を洗ってから行くわ。葛西君たちは先に行っててもらえる?」

「…俺もちょっと水飲んでから行くよ」

「うん…分かった」

 二人の言葉を受けて、俺は一人エレベーターに向かった。

 

「……?」

 四階のエレベーター入口に立っていた人影。

 夢郷君の恰好をしたままの土門君だった。

 もう怪我は治ったんだろうか…。

 

「よう、謎は解けたか?」

 彼は不敵な笑みを浮かべて尋ねてきた。

「……まだ分からない」

 それが正直な答えだった。

「ふーん、そうか。じゃあオイラからも一つ情報をくれてやるよ」

「情報?」

「こいつだ」

 彼がポケットから出したのは、どことなくレトロなテープレコーダーだった。

「オイラ、オメーのこと弓道場に呼び出したろ? 実はオイラもその時呼び出し受けてたんだよ」

「……そうなの?」

「ああ。でも言葉だけじゃどうせ信用しねえだろ? だから予めこいつで録音しておいたのさ。用意良いだろ?」

 そう言うと土門君はテープを再生した。

 

『土門隆信。9時半に弓道場に来なさい。()()()()()が起こるから」

「この声は……小清水さん?」

 

 そう。

 この声、口調、それは完全に小清水さんのものだった。

 

「この声…本当に本物なの…?」

「ああ。いくらオイラでもウソの声を作ったりはしねぇよ。もしオイラがクロだったとしても…な。まあ取っとけよ」

 そう言って押し付けるように土門君はレコーダーを俺に渡した。

 

【獲得コトダマ:録音テープ

 土門が所持していたテープ。小清水から「9:30ちょうどに弓道場に来るように」と声をかけられる様子が録音されている。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 十分後、俺たち全員がエレベーターの中にいた。

 

 コトダマはすべて揃った。

 後は撃つだけだ。

 

「勝つしかありません……私たちの明日のために……」

 入間君の瞳からは少しづつ光が消えてゆく。

「ギリポン……見守っててほしいでありんす……」

 吹屋さんはおぼろげな顔で天に向かって語り掛ける。

「………」

 前木君は何も言わず下を向いている。

「………大丈夫」

 伊丹さんが言い聞かせている相手は俺達なのか、それとも自分自身なのだろうか…。

「私がしっかりしなくては……」

 山村さんの表情は今までのどんな時よりも凛としていて緊張感がある。

「…………厄介ね」

 小さくそう呟いた小清水さんは、一体何を思っているのだろう。

「~♪」

 楽しそうに口笛を吹く土門君は、一層不気味だ。

「……恐れてはいけませんなり」

 そして、俺の腕の中にあるノートパソコンから可愛らしい声が聞こえる。

 

 モノパンダの裁量で特別に裁判への参加を認められたアルターエゴ。

 ただし「裁判中に敵対行動を取られたら厄介だ」という理由で、モノドロイドではなくノートパソコンの姿での参加となった。

 

 この中にクロがいる。

 亞桐さんを悲惨極まりない手法で射殺したクロが。

 

 そこには、これまでとはまた違う絶望が潜んでいるんだろう。

 それを暴くのが俺の役目。

 

 

 真実の脚本を築くために。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

《モノクマ劇場》

 

 

 毎章捜査編の後には教頭のツマラナイヒントコーナーがあったんだけど、とうとう念願のボクのコーナーをやることができたよ!

 まあ、今回の事件は今までに比べて簡単だから、ヒントなんて必要ないよね? うぷぷぷぷぷぷぷ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなはさ、何かに失望したことってないですか?

 

 SNSで仲良くしてた人が、突然自分の悪口を言い出したり。

 バイト先の面白い後輩が、実は同僚のお金を盗んでたり。

 人間に失望する場面ってたくさんあると思うんだよね!

 

 でもさ、先生は人に失望するってとても大事なことだと思うんです! 

 いくら優しい人でも、偶像みたいに勝手に聖人にしちゃうのはとても失礼だよね。

 

 皆さんもちょうどよく周りの人に失望して生きてみようね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 コトダマ一覧


 【ザ・モノモノファイル⑤】
 被害者は亞桐莉緒。死因は弓で喉を撃ちぬかれたことによる失血死。死亡推定時刻は9:35。
 
 【犯人の外見】
 犯人は弓道着を着て黒い頭巾を被り、顔にも黒い布を巻いていて顔は見えなかった。
 弓道着の下には黒のアンダーシャツと手袋を着けており、肌の露出は一切なかった。

 【モノドロイド】
 一階の倉庫に置いてある簡易型アンドロイド。簡単な命令を入力することで動作する。
 見た目は鉄の人体模型のようで明らかに人間と外見が異なり、プログラミングされたモノドロイドは動きもぎこちない。

 【モノドロイドの命令履歴】
 『9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』

 【前木の証言】
 自分は昨日の夜からずっと個室におり、今朝も部屋で食事をとった。ただし8:30頃に小清水が部屋を訪れ、話し合いをしていた。
 そして死体発見アナウンスが鳴るまで話し合っていたという。

 【犯人の行動】
 犯人は突然現場に現れ、葛西と乱闘の末、弓を撃つとすぐさま弓道場から逃げ出した。

 【小清水の証言】
 小清水は朝方に一人で朝食を済ませ、その後もずっと単独で行動していたという。

 【超高校級の幸運】
 前木常夏の才能は”超高校級の幸運”。黒幕と対峙する際にその能力が発動することがある。

 【弓の腕前】
 弓道の腕前は、葛西が下、入間と前木が中、吹屋は上。他は不明。

 【入間の証言】
 入間は休憩室におり、ノートパソコンでアルターエゴとオセロのゲームで遊んでいた。
 ゲームは8:40頃に終了したが、9:00過ぎに入間が部屋を出るまで二人は会話していた。

 【音声読み上げアプリ】
 入間とアルターエゴが遊んでいたノートパソコンに入っていた。履歴は存在せず、削除されたか元から存在しないかのいずれか。

 【消えた弓道具】
 弓道場の控え室から弓道着が1着、矢が10本、矢筒が1本なくなっていた。道着は女性側の控え室でなくなっていたが、控え室に施錠のシステムはない。

 【矢筒と弓】
 弓道場の床に落ちていた。犯人が使用後、投げ捨てたものと思われる。

 【吹屋の証言】
 自分と亞桐、伊丹、山村は8時以降も食堂にいた。9時前くらいに亞桐が食堂を出て、その少し後に山村も出た。
 そして事件発生とほぼ同時に吹屋が弓道場に向かった。

 【モノドロイドの命令機能】
 モノドロイドに下す命令は短文形式で、1時間以上先の動作は指定できない。

 【矢の被弾箇所】
 10本の矢はほぼ全て正確に亞桐莉緒に命中していた。
 葛西幸彦が庇ったにもかかわらず隙間に差し込む形で全弾命中させたため、犯人は相当矢の扱いが上手である。

 【録音テープ】
 土門が所持していたテープ。小清水から「9:30ちょうどに弓道場に来るように」と声をかけられる様子が録音されている。

 【弓道着】
 大ホールの横にあるトレーニングルーム、ロッカーの中に弓道着が入っていた。同じロッカーには空手の道着も入っていた。
 ロッカーは特に施錠されていない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。