エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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勢いって怖いですね。
まさか昨日更新したばかりなのに次の話が書けてしまうとは。
しかし次の投稿はいつになるやら…。


Chapter4 (非)日常編⑥

 いつの間にか時刻は夜になろうとしている。

 相変わらず不快な音は流れ続けているが、一度痛い目に遭ったせいか、朝よりは冷静な気持ちでいられた。

 

 

「こんなことになって、一体どう収拾つけるのよ!?」

「そんなこと、私が聞きたいですよ!!」

 

 廊下で言い争っているのが聞こえる。

 入間君と伊丹さんのようだ。

 みんなが崩壊していくのが手に取るようにわかる。

 俺にはどうすることもできない。

 

「前木君、何してるのかな……」

 誰もいない部屋でぽつりと呟いた。

 あの時の彼は人を殺せそうな形相をしていた……人のことは言えないけど。

 きっと正気に戻ったら、俺や吹屋さんに大きな罪悪感を抱くに違いない。

 まさか、自ら命を……いや、流石に考えすぎか。

 

「…あ、葛西……大丈夫だった……?」

 しばらく何もしないで寝ていると、亞桐さんが食事を持って現れた。

「ご飯持ってきたよ。ほら、怪我を直すには美味しいご飯が一番だよ!」

 そう言って彼女はサンドイッチとフレンチトーストの皿、牛乳の瓶が乗せられたトレイをベッドの横の机に置いた。

「亞桐さん、ありがとう……。みんなに迷惑をかけちゃって…」

「ううん、しょうがないよ…。まさか前木があんなに暴れるなんて思わないじゃん…。あいつ、ご飯もいらないって言ってふさぎ込んでるんだよ」

 やっぱり思ったとおりだった。

 彼が自傷に走らないか心配だ。

「だからさ、せめて葛西にはご飯食べてほしいなって」

「うん、いただくよ。ありがとう」

 俺は両手を合わせて亞桐さんが作った朝食のような夕食を食べ始める。

 

「亞桐さんは大丈夫なの…? ほら、この音……」

 ふと俺が尋ねると、亞桐さんは「大丈夫だよ」と返した。

「ダンサーだからうるさい音には慣れてるし、アルターエゴがずっと一緒にいて慰めてくれるし。…ごめんね? アルターエゴ、アンタに懐いてたのに…」

「いや、みんなの決定だから仕方ないよ」

 アルターエゴも、俺のように危ない奴の元にいるよりは亞桐さんの元にいた方が安全だろう。

 

「アルターエゴは機械だから音とか平気みたいで、さっきからずっとモノドロイドを動かしてみんなのお世話してるんだよ。疲れがないっつっても、ちょっと申し訳なくなっちゃうよね」

「…………」

 後でみんなに謝ると同時に、アルターエゴにお礼を言わなきゃいけないみたいだな。

 

「…じゃ、夜も遅いしウチは部屋に戻るね。葛西、お大事にね」

「うん。わざわざありがとう。亞桐さんも気をつけてね」

 夜時間のアナウンスが入る直前くらいに亞桐さんは部屋に戻っていった。

 最近はアルターエゴが一緒にいたから、久しぶりに一人の夜だ。

 

 保健室に置いてあった洗面用具で顔を洗ったり歯を磨いたりした後、俺はベッドに戻った。

 モノパンダが用意した”モノポーション”という薬を塗ると、痣や擦り傷程度ならすぐに治るらしい。

 朝起きた時には元通りになっている……はず。

 今夜は大人しく寝よう。

 音がガンガン響いていてイライラするが、無理矢理頭まで布団を被って目を瞑った。

 

 

「………?」

 しばらく時間が経った後、何か廊下から物音が聞こえてきた。

 今は夜時間のはず。

 外で何が起きているんだ?

 

「………!」

 まさか……。

 誰かが俺を殺しに来る??

 丸腰の俺を?

 俺の動悸は一気に激しくなった。

 

 俺はベッドから出て保健室の扉の鍵を確認した。

 鍵は閉まっている。

 大丈夫……だよな…‥‥?

 

 ―――ダンダン!

「わっ!?」

 突然、扉が外から強く叩かれた。

 俺は扉から飛びのくようにして離れた。

 

「開けろーーーーっ!!!」

「!!??」

 絶叫。

 女の人の絶叫が聞こえる。

 

 殺される。

 誰かが俺を殺そうとしている。

 絶対に、絶対に開けちゃダメだ。

 

 ダンダン、ダンダン、と扉は激しく揺れる。

「開けろ……開けろ……」

 次第に扉の向こうの声は弱くなっていく。

 いや、待てよ……。

 ひょっとすると、助けを求めているのか?

 ただ単に保健室を使いたくて、必死にドアを叩いているだけなのか??

 

 俺は……どうすればいいんだ?

 もし、目の前にいるのが”敵”だったら……。

 確実に俺は殺される。

 開けちゃダメだ。

 開けちゃ………。

 

 

「………」

 俺の手は、無意識のうちに保健室の鍵を開けていた。

 

 ガラッ、とドアがスライドする。

 

「……小清水さん!?」

 そこには、息を切らした小清水さんが床に座り込んでいた。

 いや、ただ座り込んでいるだけじゃない。

 

 彼女の左肩からはとめどなく血が流れている。

 彼女はその肩を右手で押さえ、必死に血を止めようとしていた。

 

「手こずらせてくれたわね」

 小清水さんは俺に憎まれ口を放つと、ゆっくりと立ち上がって保健室の中に入ってきた。

「小清水さん……いったい……!?」

 あまりの衝撃に言葉がちぐはぐになりつつも俺は尋ねた。

「見て分からない? ()()()()のよ」

 小清水さんは汗だくの顔にわずかに笑みを浮かべて言った。

 下着が露わになるのも構わず白衣とシャツを脱ぐと、左肩の生々しい傷口が明らかになる。

 そして薬品棚からモノポーションを取り出すと、一気に瓶をひっくり返して左肩にかけた。

「うっ……」

 傷口に薬品が染みる痛みに耐えながら、手際よく傷口に包帯を巻く。

 

「やられたって…? 誰に……?」

「自分で考えたら?」

 小清水さんは吐き捨てるように言った。

「私としたことが油断したわ。植物園にいたらいきなり後ろから…。急所はかわしたけどこのザマよ。あいつには後でお礼をしてあげないとね」

 包帯を巻き終わると、彼女はシャツを着なおす。

「相手は…?」

「ぶん殴ってナイフを奪ったら一目散に逃げだしたわよ。虫さんを巻き添えにしなかったのがせめてもの救いね」

 小清水さんが白衣のポケットから取り出したナイフは、彼女自身の血で赤く輝いていた。

「………」

 俺は何も言えなくなってしまった。

 

 コロシアイが起きたんだ。

 未遂とはいえ、誰かが彼女を殺そうとした。

 あれだけ防ごうと決意していたコロシアイが、もう起きてしまったんだ。

 たった一つの音のために??

 

「すごいわね、このポーション…。もう痛みが消えた」

 小清水さんは左腕を上げ下げしながら傷の様子を確認すると、白衣を拾い上げて保健室を後にする。

「あのパンダの思う壺に嵌るのは癪だけどね…。今回のことは流石に私も頭にきちゃった…。あなたもおかしな真似はしないことね」

 小清水さんは最後に俺に釘を刺してきた。

「おかしなことをすれば殺す。どんな手を使ってでも」

 その言葉とともに彼女は保健室を後にした。

 

 

 そんなことがあった後では、心配で心配で寝付けるはずがなかった。

 いや、寝ちゃいけない。

 

 俺は保健室の扉を開き、隙間から廊下を覗いた。

 この場所からは個室の扉が見渡せる。

 

 そうだ、こうやってみんなの部屋を見張ろう。

 俺に山村さんほどの力は無くても、少しはコロシアイを防ぐ抑止力にはなるはずだ。

 

 動機の後の夜。

 第一の事件と第二の事件はこのタイミングで起きた。

 一番気を張らなきゃいけない時間だ。

 

 夜が更けても、俺はずっと廊下を見続けた。

 高音が頭の中で反響し続ける。

 発狂しそうだ。

 

 でも今夜だけ。

 今夜だけ頑張れば……。

 

 俺は………。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「………!」

 意識が不意に戻った。

 俺は…保健室の壁にもたれかかったまま、寝てしまったのか…?

 

 ふと時計を見る。

 時刻は朝食の時間を過ぎていた。

「まずい!!」

 なんで、なんで寝てしまったんだ!!

 俺の馬鹿!!

 

 俺は一目散に食堂に駆け出した。

「……あ」

 

 そこには、各々が各々の朝食を自分で用意し、食べているみんながいた。

「ユキマルー! 元気になったでありんすか! よかったー!」

 不快音を夜通し聞き続けていたとは思えないほど元気な様子の吹屋さんが声をかけてきた。 

「おはようございます、葛西君」

 続いて声をかけてきたのは山村さん。

 精神が強い彼女はみんなに比べると平静を保っていられるようだ。

 それ以外の人たちからの挨拶はない。

「おはよう……」

 二人に挨拶を返しながら俺は食堂をぐるりと見渡した。

 

 黙々と食事をする入間君と伊丹さん。

 二人とも表情は極めて重い。

 昨晩も言い争いをしていたようだし、一番不快音の被害を受けているように思える。

 

 無表情で食事をする夢郷君(土門君…?)。

 ますます何を考えているか分からない。

 

 同じく真顔で食事をしている亞桐さん。

 僅かながら俺にも手を振ってくれる分入間君や伊丹さんよりは元気がありそうだが、それでも昨晩に比べて明確に消耗しているのが見て取れる。

 彼女の横にはノートパソコンに入ったアルターエゴ。

 そして正面に座る吹屋さん。

 

「前木君と小清水さんは…‥?」

「前木っちならあちきがさっきご飯を運んであげたでありんすよ! 昨日のことも謝って仲直りしたし、ユキマルにも謝りたいって言ってたのできっと仲直りできるでありんすよ!」

「…そうなんだ」

 思ったよりはマシな状況で良かった。

 ちょっと気まずいから、彼に会うのは後にしよう…。

 

 

「小清水さんは……??」

 俺がそう問いかけるころ、みんなは次々と食事を終えた。

「…彼女なら、先ほどエレベーターに入っていくのを見ましたよ」

 俺の問いに反応したのは入間君だった。

 ……この中にいるのか?

 昨日、小清水さんを殺そうとした人が…?

 

 

 

 

「私ですよ」

 

「……入間君?」

 

「昨日、保健室に小清水様が来られたのでしょう?」

 入間君は俺の胸の内を見透かしたように言った。

 

「彼女を刺したのは…私ですよ。失敗しましたがね」

「……っ!!??」

 なっ……

 そんな馬鹿な……?

 

「勝手に決行してしまって申し訳ありません。葛西さんと前木さんには内密で行ったことなのです」

「そ、そんな……なんで!!」

 なんでみんなで結託して、殺しなんて!?

 

「だってしょうがないじゃん!!」

 亞桐さんの大きな声に俺は身をすくませた。

「こんな音が続いたら、みんな憎しみ合っていくだけなんだよ!! それよりだったら……!!」

「切り捨てられる人を切り捨てるしかない」

 亞桐さんの言葉に、伊丹さんがそう重ねた。

 

「…は!? みんな分かってるの!? そんなことをしたら……」

「ええ、私がクロになり、捜査と裁判が行われますよ」

「それが分かってるなら、なんで!」

「この音が続くよりマシでしょう!!」

 入間君はバン、とテーブルを叩いた。

「私がクロと分かりきった出来レースです。しかしモノパンダたちはルール上捜査と裁判の時間を取らねばならない。そのわずかな間に、イチかバチか解けるだけの謎を解いて、黒幕に最終裁判を挑むのです! それができずとも、私をオシオキすれば他の皆さんは生き延びることができます!! また最終裁判を挑めばいい!!」

 

 黒幕……? 

 最終裁判……??

 何を言っているんだ、君は……?

 

「ウチも詳しくわかんないけど…っていうか入間達が教えてくれないんだけど、その最終裁判をすればここから出られるらしいんだよ! だからもうその可能性に賭けるしかないんだよ!」

 亞桐さんがこんなことを…。

 

 狂っている。

 みんな、狂っているよ。

 そこまでして黒幕に勝って、一体何が嬉しいんだ。

 

「…やっぱりあちきは賛成できないでありんす! そんな勝ち目のないことをしたって、ジョーちゃんとやよ様が無駄に死ぬだけでありんすよ!! ともちんもそう思うでありんしょ!?」

 堪えられなくなった吹屋さんが入間君たちに牙を剥いた。

「そうですね…。でも私には分かっていました。小清水さんの身のこなしなどを見れば、入間君じゃ絶対に小清水さんは殺せないって。それに、小清水さんもこんなところでクロになるはずはないんです。だから、その考えは絶対に成功しません」

「…だったらあなたが小清水様を殺せばいいじゃないですかっ!!」

 入間君は顔を真っ赤にして山村さんに叫んだ。

「私は……私は皆さまのために犠牲を買って出たんですよ!! この命を賭して皆様に希望を託そうとしているのに、あなた達は」

「やめたまえ!」

 

 太く、野太い声が食堂に響き渡る。

 夢郷君の声だった。

 

「勝ち目のない戦いを挑んでもしょうがないだろう? 君達には少し息抜きが必要だね」

 夢郷君は人差し指を立てて笑みを浮かべながら言った。

 

 もし彼が本当に黒幕側なら、俺達を挑発しているのだろうか。

 つまらないことでコロシアイを起こすな、と…?

 

「………」

 入間君の拳がわずかに震えていた。

 一触即発の空気だ。

「申し訳ありません。頭に血が上ってしまいました。少しアルターエゴをお借りしますね」

 入間君は亞桐さんの横に置いてあるアルターエゴ(さっきから何もしゃべらないけど、本当の意味での”スリープモード”になっているのだろうか…?)を拾い上げると、食堂を後にした。

 

「………」

 後に残ったのは、重苦しい沈黙。

 

「………夢郷……」

 沈黙を破ったのは亞桐さんだった。

「ごめん……。ホント、ごめん……。ウチ、ちょっとおかしくなってたよ……」

 涙を浮かべて亞桐さんは夢郷君に頭を下げた。

 その夢郷君は……恐らくは‥‥本物ではないのに…。

「人間、頭に血が上ると周りが見えなくなるものさ。なに、一時的なものだ」

「ウチ……ほんとアンタに助けられてばっかりだね…。アンタがいなけりゃ、生きていくこともできないよ……」

 

 なんでそういうことを言ってしまうんだ、君は。

 もう、いないんだよ。

 夢郷君は、もういないんだよ……!

 

「まったく嬉しい限りだな。ははは」

 夢郷君はそう言いながら立ち上がると、何を思ったのか俺の方へ歩み寄ってきた。

 そして、俺の肩に手をポンと置く。

「…今は8時15分。1時間後の9時15分に、弓道場に来てほしい」

 俺にしか聞こえない小さな声で彼は囁いた。

「変なことはしない。怪しいと思うなら人を連れてきてもいい。…とても大事な話だ」

「……‥」

 俺は何も言わなかった。

 

「では、また後で」

 夢郷君はみんなに手を振って食堂を後にした。

 

 

「…葛西君、ご飯食べないの?」

 少しして、伊丹さんが尋ねてきた。

「…今はいいかな。あとで食べるよ」

 そう答えて俺は食堂から出た。

 

 

 彼の誘いは間違いなく罠だ。

 直接殺すわけじゃなくても、何かよからぬ理由があるのは間違いない。

 わざわざ行く理由なんてない。

 

 …けれど、行かなきゃ何も事態が進展しないのもまた事実。

 場所に弓道場を指定したのも気になる。

 彼はいったい何を考えているんだ……?

 

 あれこれ考えながら俺はシャワーを浴び、顔を洗い、身だしなみを整えた。

 約束の時間はあっという間に迫る。

 考えている時間はない。

 

 俺が思うに、彼は何らかの交渉を俺に持ち掛けようとしている。

 話の引き出し方によっては、俺達を有利にすることもできるかも…?

 もしかしたら、この忌々しい音を止めることすらできるかもしれない。

 

 勝たなきゃ。

 もう時間がない。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 葛西がいなくなった直後の食堂。

 

「う~ん……」

 吹屋が何やら呻いているのを亞桐は聞いた。

「どうしたの? 喜咲ちゃん…」

「こんな時に言うのもアレでありんすけど…。最近思ってることがあって……。…なんだかユメちゃん……」

 

「あちきが覚えているころよりちょっとだけ背が伸びたかなって」

「……は?」

「なのに声はちょっとだけ高いような…」

 

 

「まさか別人とか……」

「何言ってんだよ!! そんなわけないじゃん!!」

 吹屋が呟いた瞬間、亞桐は鬼のような形相で叫んだ。

 山村と伊丹は一瞬目を合わせる。

 

「あちきのくだらない推測でありんすよ~!!」

 そう言って吹屋は慌てて謝るが、亞桐は何か言いようのない胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 9時15分。

 

 俺は呼び出しの通り弓道場に向かった。

 そこに、夢郷君はいた。

 草が生えた広い射的場の真ん中に立っている。

 

「やあ」

 彼の呼びかけに俺は答えなかった。

「君、僕の正体を突き止めたそうだね」

「やっぱり君は……夢郷君じゃないんだね」

 俺はそう言いながら草原の手前の木の足場で足を止めた。

 彼に近付きすぎるのは危険だと本能で知覚したからだ。

 

 

「なんで俺をここに呼んだの?」

「君に見てもらわなければならないものがあるからさ」

 夢郷君は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた……!!!」

 

 背後から女性の声が聞こえた。

 俺は思わず背後を振り返る。

 

 亞桐さんだった。

 

「亞桐さん…? いったい何の用事で」

「夢郷!!」

 俺の言葉を遮るように亞桐さんは叫んだ。

「アンタ、夢郷じゃないの?」

「!!!??」

 俺の全身に衝撃が走った。

 気付いてしまったのか、その事実に。

 

「ねえ、嘘だよね? アンタは本物の夢郷なんだよね? ウチの思い過ごしなんだよね??」

 亞桐さんは目に涙を浮かべ、草原に入って夢郷君の方に歩み寄りながら尋ねた。

 

「……残念でした」

「………!!!」

 夢郷君の口から発せられたのは、聞きなれた懐かしい声。

 

 

「ど、もん………???」

 亞桐さんはガクリと膝をつく。

「そう、オイラは”超高校級の建築士”、土門隆信だ。久しぶりだな、亞桐」

 アルターエゴの計測は正しかった。

 本当に……。

 本当に、彼は土門君だったのか……!!

 

「な、な、なんで……???」

 亞桐さんは四つん這いの姿勢で土門君の方を向き、声を張る。

「夢郷は!?!? 夢郷はどこにいるの!!?? 教えてよ!!! 夢郷はどこ!!!??」

「ここだよ」

 土門君はポケットからビニール袋を取り出した。

 そこには、赤黒く変色した人の指が……。

「…っ!!!」

 俺と亞桐さんに衝撃が走る。

 

「う、ウソだ……ウソだウソだウソだウソだウソだぁあああぁぁぁああああぁああっ!!!!」

 亞桐さんの絶叫が弓道場に響き渡る。

 彼が死んだのも…本当だったのか…。

 

「もう一ついいことを教えてやるよ」

 土門君は冷静な表情のまま静かに言った。

「待って、もうやめてくれ、土門君!! これ以上亞桐さんを苦しめないでくれ!!」

 俺は精一杯の声で叫んだ。 

 だが、土門君は俺に一瞥もくれず言葉を続けた。

「オイラの正体と夢郷の死…。それに気付いたのはお前と吹屋が最後だ」

「……!!」

「みんなとっくの昔に知ってた。お前たちだけが知らなかった」

 入間君たちも…彼の正体を知っていたのか……!?

 じゃあなぜ俺に何も……。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

「…………」

 亞桐さんはとめどなく涙を流し、死んだ魚のような虚ろな目をしたまま、ゆらりと立ち上がった。

「みんな……騙してたんだ……」

「……!!?」

 その言葉が何を意味しているのか、一瞬俺には理解できなかった。

「みんなみんな……ウチを騙してたんだな。ウチにだけ黙っていたんだ……」

 そう呟く彼女の表情は、とてつもなく純粋な”絶望”だった。

 

「よくも……。よくもよくも、ウチを騙したなぁあぁぁぁああああ!!!!」

 汗と涙を振りまいて彼女は絶叫した。

 

「…亞桐さん!! 誤解しないでくれ!! 黙っていたのは申し訳なかった…。けど、俺は、君のためを思って黙っていたんだ!!」

 正直にそう言うしかなかった。

 言えなかったんだ。

 そんなことを、夢郷君に想いを寄せる君に言えるわけがなかったんだ。

 きっと、他のみんなもそう思っていたに違いない。

 

 だが、彼女に俺の”言い訳”は一切届いていなかった。

 

 亞桐さんは数歩後ろに下がり、弓道場に置いてある矢の一本を抜き取った。

「……!!」

 まさか…‥彼女は……!

 

 

 

 

 

 

「殺してやる」

 

 

 

 彼女は。

 ”超高校級のダンサー”、亞桐莉緒さんは。

 

 

「一人残らず、みんな殺してやるっ!!!!!!」

 

 ”絶望”そのものとなっていた。

 

 

 

 亞桐さんは取り出した矢を構えると、正面に立つ土門君めがけてまっすぐに走り出した。

 同時に、亞桐さんを止めようと俺も走り出した。

 しかし、亞桐さんの方がはるかに土門君に近いところにいた。

 止めようとしても間に合わない。

 土門君は逃げようとも抵抗しようともしなかった。

 

 ズン、と矢が彼の腹に突き刺さる。

「!!!」

 俺は体をこわばらせる。

 亞桐さんもまた、人を刺したショックで全身を硬直させた。

 

「アンタなんか……アンタなんか地獄に落ちちまえ!!!」

 しかし、そんな自分を奮い立たせるように、亞桐さんは叫ぶ。

「オイラを殺して、どうする?」

 土門君は口から血を流しながら尋ねた。

「みんな殺してウチも死んでやる!! 夢郷がいない世界に生きてる意味なんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 その瞬間、全ての時が止まった。

 俺も亞桐さんも、何が起きたか理解できなかった。

 

 

 一瞬ののち、俺は状況を理解した。

 亞桐さんの喉に、矢が突き刺さっている。

 

「ふひゅっ」

 喉から空気が漏れる音がした。

 亞桐さんは目を大きく開きながら、自分の喉に刺さった矢に手を触れた。

「ふひひゅっ」

 出そうとした悲鳴は喉から漏れる空気に置き換わり、彼女は悶絶して地面に転がった。

 

 ドッ。

 

 矢が彼女の背中に突き刺さる。

「!!!!!」

 亞桐さんに声をあげる自由はなかった。

 

 

 全ての思考が抜け落ちる。

 論理を超えた本能だけが、俺の身体に命令を下す。

 

 

「やめろぉぉぉおおぉぉあぁぁああぁ!!!!!!!」

 俺はそう叫びながら、矢が撃ち込まれた元の方向へ全力疾走した。

 眼球が目まぐるしく動く。

 どこだ。

 ”敵”はどこだ。

 

 いた。

 射撃場の足場に立つ影。

 

 

 弓道着を着用し、顔を黒い頭巾で隠した人物。

 黒い手袋、黒い足袋で全身を黒で覆った”誰か”。

 その誰かが、こちらに向けて弓を構えていた。

 

 

 バシュッ、と矢を放たれる。

 

 その一発は、絶叫しながら叫ぶ俺の肩を掠めた。

 肩の肉がそぎ落とされる。

 想像を絶する苦痛だ。

 しかし、足を止めたら俺は人間失格だ。

 

 この時の俺は、俺の肩を掠めた矢がそのまま亞桐さんの脇腹に突き刺さったことには気付いていなかった。

 

 ”敵”が次の一発を撃とうとした瞬間、俺はその敵に到達した。

 訳も分からぬまま俺は敵に体当たりした。

 敵とともに俺は床に倒れ込む。

「うわぁあああああっ!!!」

 絶叫しながら俺は敵から弓を奪おうとした。

 この取っ組み合いは、この前の前木君との喧嘩とはわけが違う。

 俺の行動に全てがかかっている。

 

 だが、皮肉にも勝負はこの前の喧嘩と同じような経過をたどった。

 体重の軽い俺は弓道場の壁へと投げ飛ばされたのだ。

「ぎゃあっ!!」

 ゴン、と頭に鈍い音が響く。

 意識が半分ない。

 

 数秒後、ヒュッと矢を撃つ音が聞こえた。

 

 夢の中にいるような朦朧とした意識のまま、それでも俺は立ち上がって敵にもう一度つかみかかった。

 腕を掴んで弓を奪い取ろうとする。

 

 ビュッ。

 取っ組み合いながら敵はまた矢を撃った。

 そして腕に取りついた俺ごと、腕を壁に叩きつけた。

 背中に激痛が走る。

 

 全身に力が抜けて床に倒れ伏した隙に、敵は素早く二発の矢を撃った。

 

 土門君は何をしているのだろう?

 彼は何もしていないのだろうか。

 やはり、彼は黒幕側なんだな。

 じゃあ、この敵も土門君の仲間……?

 

 

 敵は何発矢を撃ったのだろう。

 最後に俺の腹に思いきり拳を打ち当てると、さっと身を翻して弓道場から逃げ出した。

「がっ……!! がはっ……!!」

 俺は胃が潰れる感覚を覚え、あまりの苦痛に動けなくなっていた。

 だが、僅かな達成感も感じていた。

 

「亞桐さん…!! 俺、あいつに勝ったよ!! あいつは逃げた! 亞桐さんが助かって良かった!!」

 俺はボロボロの身体を必死に起こしながら亞桐さんの方を向いた。

 

「……………‥‥??」

 

 

 

 そこにいたのは、腹に矢が突き刺さり口から血を流しているが、特に気にする様子もなく足元を見下ろす土門君。

 そして、全身にハリネズミのように矢が刺さり、血まみれの死体に変貌した亞桐さんだった。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 葛西が”敵”と争っている間、亞桐は地獄のような痛みを全身に感じていた。

 涙が血に混じって頬を伝わり落ちる。

 

「………!!!」

 悲鳴が出ない。

 喉笛から空気と血が漏れるばかりである。

 

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

「………」

 そんな亞桐を、土門は黙って見下ろしていた。

 笑うことなく、静かな表情で。

 

 

「………!!!」

 亞桐はぐしゃぐしゃになった顔を土門に向けながら、必死にその足首を掴む。

 

 彼女は何を叫ぼうとしていたのか。

 

『助けて』なのか。

『許さない』なのか。

『どうして』なのか。

 

 知る術もない。

 

 ただ一つ分かるのは、愛するものを失い、信じていた仲間にすら裏切られたと思い込み、生きる所以を全て滅茶苦茶に破壊されたこの少女が……。

 

 深い深い絶望の果てに、死んでいったということだけである。

 

 

 

「これで………良かったんだよな」

 

 目の前の命が尽き果てた後、誰に促されたわけでもなく土門は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 




私の手書きの下手くそな挿絵でお茶を濁しました。ごめんなさい。
何気に初の挿絵だったりします。
なお、背景およびオノマトペは著作権フリーのものを使用しています。

捜査編もさっさと投稿できるようにしたいなあ。

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