エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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日常編さえ書くのに3ヶ月もかかる体になってしまいました。
それでも皆さんを楽しませるために色んな展開を考えています。
どうか片手間に楽しんでいただければ。
次話は早めの更新を目指します。


Chapter4 (非)日常編②

 照明のついていない真っ暗な裁判場。

 

『で、あいつらは制御棟へ入っちゃったわけ?』

 中央の大きな椅子に座るモノクマが問いかける。

「はい…。スライドする部分が見えないように薄壁を張って偽装してたんですけど…。壁を【意図的に】壊すのも校則で封じてるから、まさか破られるとは思ってなくて……」

 膝をついて平伏しながら、モノパンダが答える。

『頭をぶつけて【意図せず】壊してしまうのは予想できなかったってこと?』

「だ、だって…あんなところに【運よく】頭をぶつけるなんて思わなかったもんで…」

『言い訳は聞きたくないなぁ!』

 モノクマの鋭い言葉にモノパンダはビクッと体を震わせる。

『これだから【超高校級の幸運】はキライなんだよね。何が起こるか読めたもんじゃない!』

「で、でも…安藤は【噺家】に興味を示さなかったからよかったですけど、あいつらはそうもいかないですから……。【噺家】があいつらと一緒になっちゃったら…【脚本】がメチャクチャになっちゃうんじゃ…」

『まあ、いいんじゃない? そこらへんの微調整のために【あの人】がいるんだからさぁ! いいよいいよ! あの子もコロシアイに参加させちゃいな!』

 モノクマは不気味な笑顔を浮かべながら言った。

「りょ、りょーかいしましたぁっ!」

 そう言うと、敬礼してモノパンダは裁判場から走り去る。

 

『さーてと、もう一度考えなきゃだめだなあ……』

 誰もいない真っ暗な裁判場で、モノクマは一人つぶやく。

『この能力を使うのはバッテリーを使うから嫌なんだけどなぁ……』

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 俺は終始自分の目を疑うことしかできなかった。

 目の前にいる一人の少女。

 和服を着て、かんざしで髪を止めた可愛らしい女の子。

 この子が名乗ったのは、【超高校級の噺家】。

 しかも、こともあろうに俺たちの同級生だというのだ。

 想像を超えた展開にただ驚くことしかできなかった。

 

「あれっ!? そこにいるのはユキマル!? ユキマルならあちきのこと覚えてるでありんしょ!?」

 吹屋さんは俺の方を見て呼びかけてきた。

 ユキマルって…俺のことなのかな…?

「ごめん……会ったことないかな…」

「えぇ~~~!!?!? あちき、何か虐められるようなことしたでありんすか~~!?!? みんなしてあちきをからかって、ひどいでありんす!!」

 吹屋さんはそう言って目に涙を浮かべ始めた。

「みんな、ずーっと一緒に暮らしてきたクラスメートでありんしょ~!?? あちき、ずっとこんなところに閉じ込められて本当に寂しかったでありんすからね~~!!!」

 

「落ち着いて頂戴。みんながあなたのことを知らない理由に心当たりがあるわ」

 そう言いだしたのは伊丹さんだった。

「ゆきみ~ん!! ゆきみんは何か知ってるでありんすか??」

 吹屋さんは伊丹さんの方を向いて問いかける。

「…信じがたい話かもしれないけど、私たちはこの学園で数年間過ごしていたらしくて、その記憶を消されているの。【超高校級の脳科学者】、釜利谷三瓶君の手によって」

「ぬへぇ~~~!!??? サンディが何故そんなことするでありんすか?」

「喜咲ちゃんの呼び名が独特すぎて誰を言っているのかわからねぇよ……」

「…それはともかく。釜利谷君は【超高校級の絶望】として私たちにこの場でコロシアイを強いた。…彼は黒幕ではなかったようだけどね」

「あぁっ!!! あのクソヌイグルミが言ってたでありんすよ!! 希望の高校生に絶望のコロシアイをさせるって……。まさかみんながそれをさせられてるとは…? まさか、誰かが殺人をしたなんてアホなことはないでありんすよね?」

 吹屋さんは怪訝そうな笑みを浮かべて尋ねた。

 俺たちの表情が曇る。

 

「コロシアイは既に三回起きた。そして、ここにいる人以外は全員死んだ。【絶望】の釜利谷君も含めて、ね」

「………うそ…??」

 吹屋産の表情が絶望に染まった。

「し、死んだ……で…ありんすか……? イケメンのドモモンも、頼れるリュウ兄も、愛おしいリャンピーも…」

「ここにいない人は、全員死んだわ」

 伊丹さんはもう一度繰り返した。

 小清水さんは少し離れたところで顔をうつむけていた。

 

「…残念ながら私はアルターエゴⅡ。津川梁はもう帰ってきませんなり」

 入間君が持っている開いたままのノートパソコンから、アルターエゴがそう告げる。

「リャンピー!!! どうして!!! 二次元美少女の恰好ばかりしてたからって、本当に二次元美少女になっちまうことはなかったでありんしょ~~!!!」 

 吹屋さんは涙を流しながら、ドアののぞき窓に顔を寄せてきた。

「うぁぁ~っ!! こんなの嘘だ!! みんなあちきのことを忘れてて、しかも友達がこんなにたくさん死んだなんて、嘘でありんす~!!」

 そしてそのままドアにすがりついて泣き始める。

「………」

 俺たちがかける言葉もなかった。

 

「……でも、喜咲ちゃんもウチらの同級生だってんなら、どうしてウチらと同じように記憶を消してコロシアイをさせなかったんだろうね?」

 亞桐さんが腕を組んで言った。

「モノパンダさんの反応もかなり慌てていましたし……。我々と合流させる気はなさそうでしたからね…。つまり、我々と一緒になるのは黒幕にとって都合が悪いことなのでしょう」

 入間君の言うことは最もだ。

「ジョーちゃん…。ジョーちゃんも生きてたでありんすか…。よかった…」

 ドアののぞき窓に顔を押し付けながら吹屋さんは安堵のため息をつく。

「つーかさ、この空間に最初に来たのは安藤なんだろ? あいつはお前に声かけなかったのか?」

 前木君が尋ねると、吹屋さんは「えっ!?」と声をあげる。

「みーたんがここに来たんでありんすか!? 全然知らなかったでありんす…」

「…恐らく、吹屋さんが寝ている間に来たけど起こさなかったのでしょう。彼女のことですから、興味を示さなくてもおかしくありませんし……」

 山村さんの推測にみんなが頷く。

創作への渇望に支配されていた彼女が、吹屋さんに興味を示さなかったとしても不思議ではない。

こんな監獄のような部屋に閉じ込められていたら寝るくらいしかやることもないよな。

「えっ!? みーたん…あっしに興味ナシだったでありんすか…?? 奇跡の再会だったのに…」

「そこらへんは話すと長くなるから、また後で。今はもう一つ気になることがあるの」

 そう言って伊丹さんは後ろを向いた。

 

 そこは、廊下の途中にあるもう一つの扉。 

 その扉は既に開いていた。

「この空間にあるのは、この部屋とあの部屋の二つだけ。つまり、あそこがこの施設の管制室ということね」

「え~!! あちきも見たいでありんす!! ここから出しておくんなまし~!!」

 さっきまで泣いていたとは思えないほどの勢いで吹屋さんは叫ぶ。

「出してくれるならいいんだけどさぁ…。入間の話から推測するに、モノパンダは喜咲ちゃんを出してくれそうにないよねえ」

 と、亞桐さんが肩を落とした直後だった。

 

「別にいいぜ」

 モノパンダが階段を上ったすぐの廊下の端に立っていた。

「存在がバレちまったからにはもう閉じ込めとく意味もないしな。吹屋さんも晴れてコロシアイ生活の一員だぜ!」

「こんなにあっさり出しちゃうんだ……」

「え~~!! ほんとに!?? やっとこの暗い監獄から出られるでありんすね~~!!」

 吹屋さんは喜びの声をあげる。

 だけどそれは、彼女もまた誰かを殺し、誰かに殺される可能性を孕むということだ。

 コロシアイの絶望劇に巻き込まれ、それでも彼女はまだ笑っていられるのだろうか?

 

 モノパンダがどこからか取り出したマスターキーでドアが開けられると、吹屋さんは廊下に出て背伸びをした。

「う~~ん、久しぶりに自由の身でありんす!! 感動が五臓六腑に染み渡るでありんすね!!」

「まだ自由ではありませんけどね…。この施設内に閉じ込められている限り…」

 入間君の言う通り、俺たちは全然自由なんかじゃない。

 このコロシアイ生活から脱出するうえで、吹屋さんの存在が助けになってくれるといいんだけど。

 

 そんなことをしていると、管制室から小清水さんが出てきた。

「…………」

 彼女は廊下に並ぶみんなを一瞥すると、踵を返して階段に向かってゆく。

「あ! やよ様!! あっしを覚えているでありんすか!!??」

 そんな小清水さんに吹屋さんが声をかけるが、小清水さんは全く応じなかった。

「無駄だよ、喜咲ちゃん…。今の彌生ちゃんは、もう……」

 亞桐さんが引き止める。

 小清水さんは踵を返して何も言わずに階段を降りていった。

「え…? やよ様、どうしたでありんすか……?」

 吹屋さんは戸惑いの表情を隠せない様子だ。

「…それも後で説明するよ。それより今は……」

 俺はもう一つの扉に手をかけ、真っすぐに手を突き出す。

 扉が軋むような音を立てて開いた。

 

 中はモニターや精密機器が並ぶ、まさしく管制室と呼ぶに相応しい場所だった。

 それらのモニターには、各部屋の監視カメラの映像が映し出されている。

「うわぁ…‥すごい」

 亞桐さんが部屋中を見回しながら感嘆の声を漏らした。

「やはり黒幕はここで私たちの生活を監視していたということですか……。しかし、そうなるとどこにも黒幕が見当たらないのが気になりますね…」

 入間君が顎に手を当てながら呟く。

「それなんだけどさ……あんま考えたくないんだけど…」

 前木君が恐る恐る口を開く。

 

「俺たちの中に黒幕がいるっていう可能性はないのか…?」

「……!!」

 俺達ははっと顔色を変え、互いを見合う。

「そ、そんなアホなことあるかよ! コロシアイをさせられてるウチらの中にコロシアイをさせてる黒幕がいるなんて……」

「だからこそ、だよ。俺達の中に紛れ込むのが一番黒幕にとって正体を掴まれづらい。それに、美術準備室の壁から行けるってことさえ知っておけば、コロシアイの空間からいつでもこの場所へは来れる」

「ある程度筋は通っていますが‥。その論理を採用するならば、黒幕は私たちの生活に溶け込みながら私たちを監視しなければなりません。そうなると、睡眠時間なども大幅に削られますし、四六時中私たちを監視することはできません。あまり現実的な案ではないような気がします……」

「う…。それは確かに……」

 入間君の反論に、前木君は言葉を詰まらせる。

 だがそこに「いえ」と返したのは伊丹さんだった。

「一人だけ、それができる人がいるはずよ」

「…! まさか!」

 入間君は管制室の入口の方を見る。

 

「どっひゃー!!! すごいハイテクな部屋でありんすね~!!! こんなにテレビがあったらどれを見ていいか分かんないでありんすよ!!」

 そこには、管制室を見渡してはしゃぐ吹屋さんの姿があった。

「……!!」

 俺は伊丹さんの言葉の真意に気付く。

 

 もし、吹屋さんがここに閉じ込められていたというのが彼女自身の演技だったら。

 あの監獄部屋からここを行き来できるのだとしたら。

 ここまでの生活に関与していなかった彼女は、いつでも俺達を監視することができていたということだ。

 俺達がこの部屋に到達したことに対してモノパンダが慌てていたのも、他ならぬ吹屋さん自身が黒幕なら見つかりそうになって慌てるのも当然だろう。

 

 みんなの視線が吹屋さんに突き刺さる。

「え?え? 何でありんすか? あっしが美人過ぎて見とれてるでありんすか?」

「み、みんな、やめようよ! せっかく仲間が一人増えたんだからさ…!! こんなことで疑うなんてよくないよ!」

 亞桐さんが必死に呼び止めた。

 みんな、この生活を通じて人を疑うことに慣れ過ぎてしまっているんだ。

 同級生を疑ったり、論破したり、投票したり、処刑したり……。

 そんなことを繰り返しすぎたみんなは、些細なことでも仲間に疑心を抱いてしまう。

 

「…‥その件について私から一つございますなり」

 すると、入間君の腕の中からアルターエゴが言った。

「【吹屋喜咲が黒幕である】という命題を真であると仮定した場合、今後彼女が我々の生活に合流する以上、24時間我々を監視できなくなりますなり。そうなると、コロシアイ生活を運営するうえで障害を生じるのは必至。モノパンダの権限をもってすれば、たとえ我々に見つかったとしても吹屋さんを無理矢理にでもここに閉じ込め続けるという選択肢はあったはずですなり。それをしなかったということは、彼女が黒幕かその一味である可能性は低いと思われますなり」

「……んん?? なんだかあっしの名前が出てますが、何を話してるかさっぱり分からんでありんす……」

 吹屋さんは首をかしげるが、俺達はアルターエゴの言葉に黙り込むしかなかった。

「…それに、さっきモノパンダは吹屋さんもいる目の前で話してましたよね? ってことは、少なくともモノパンダを動かしてる人は吹屋さんとは別人ってことになりますよね…‥」

 と山村さんが言う。

 確かに、モノパンダも機械である以上操作する人がいなければならないはずだ。

 それが吹屋さんじゃないととなると……。

 

「やっぱり、ウチらにこんなことさせてるのは外部の人間なんじゃないかな。そう考えるのが一番自然だと思うよ」

 亞桐さんの言葉に反論する人はいなかった。

「…まだ情報が少なすぎる。ここまで話を進めておいてなんだけど、今はまだ、黒幕のことまで考える必要はないんじゃないかしら。目の前に山積みされた問題もあるし…」

 不思議そうな顔をする吹屋さんの方を向きながら、伊丹さんが言った。

「では結局、私たちがこの場所に来て得られた成果は、吹屋様を見つけ出したということのみですね…」

 入間君がため息をついて呟く。

「何言ってんだ! 仲間が増えるのは、どんな情報が得られるより嬉しいだろ!! この地獄を生き残るために必要なのは仲間なんだからさ…」

 と、前木君。

「そうでありんすよ! こんなに賢くて可愛くてスタイル抜群の美少女に再会できるなんて千年に一度の奇跡でありんすよ!?」

 謎の便乗をする吹屋さんに、「そういうのは自分で言うもんじゃねーんだよ!」と亞桐さんがツッコミを飛ばす。

「と、とにかく…時間も経ちましたし、一度食堂に戻りませんか…? 四階の探索の前にお昼ご飯を頂いておきたいですし…」

 山村さんの提案に俺は「…そうだね」と頷く。

「吹屋さんのことも含めて、いろんなことがあって疲れちゃったしね。ご飯を兼ねて一度休憩をとろう…」

 

 その言葉がきっかけとなって、俺達はその空間を後にした。

 結局、安藤さんが何のためにここに来て何をしたのかは分からなかった。

 …いや、彼女のことだから、最初っから意味も理由もなかったのかもしれない。

 

 それにしても、この吹屋喜咲という女の子。

 当面の謎は彼女自身と彼女に関することだ。

 しかも厄介なのは、その謎の多くは彼女自身すらも答えを知らないであろうということだ。

 

 階段を降りて美術準備室に戻ると、そこでは夢郷君が待っていた。

「…何か実りある発見があったようだね」

「お前、ずっとここで待っていたのか?」

 前木君が不思議そうに尋ねた。

「ああ、もしかしたら黒幕側が強引にこの入口を閉じるかもしれないからね。何かないか見張っていたんだよ」

 流石夢郷君、相変わらず思慮深いなあ。

「あ! ユメちゃん! ユメちゃんは賢いから生きてるって信じてたでありんすよ~!」

 階段を降りるや否や、吹屋さんが夢郷君に飛びついた。

「おや。まさか奥に人がいたなんてね。君は一体何者だ?」

「その質問ももっともだけど抱きついた拍子に胸触ろうとするとはユメちゃんも油断ならないでありんすね~!」

 満面の笑みを浮かべながら繰り出された吹屋さんのパンチが夢郷君をぶっ飛ばす。

 この子、亞桐さんや山村さんにも負けない鬼嫁になりそうだ。

「ま、そこら辺の話はまたまた後で…」

 

 

 時計を見ると、いつの間にか時間は昼過ぎまで進んでいた。

「時間もちょうどいいし、もうお昼ご飯にしようか」

「あっ、はいはい!! あちきが! あちきがご飯作るでありんす!! ずっと独房暮らしでほんっとに体が訛ってて!!」

 俺がご飯にしようと提案すると、同時に吹屋さんがそう言ってキッチンに駆け込んでいった。

 元気が有り余っているんだね…。

 彼女を見てると、こっちもちょっとだけ元気を分けてもらえるような気がするよ。

 

「あ~待って!! それ塩じゃなくて砂糖!!」

 しかし、すぐにキッチンの中から亞桐さんの声が聞こえてきた。

 それも、かなり不安を煽られる内容の。

「違いますったら! それは昆布じゃなくてクラゲ!」 

 入間君の声もだ。

 しかも、昆布とクラゲを間違えるってどんな状況なんだろう。

 百歩譲ってもワカメぐらいにしておいてよ。

「テメェはアジとトマトの違いも分かんねぇのかっ!?」

 こともあろうに、逆鱗モードになった山村さんの声まで聞こえてきた。

 からのアジとトマト。

 色も匂いも形も種類も何もかも違う、もう共通点を探す方が難しい食材を取り違えてしまう吹屋さんは、ある種の才能を持ち合わせているのかもしれない。

「…私の試算では、吹屋さん達は92%の確率で様々な具材のごった煮を作っていますなり」

 と、俺の隣に置かれたノートパソコンから一言。

 あぁ聞きたくなかったよ、そんな試算。

 

 そして試算通りごった煮の鍋が食堂に出てきた。

 みんなが必死に味を調えたおかげか、辛うじて食べられる程度に仕上がった鍋をみんなでいただいた。

 協議の結果、吹屋さんには暫く料理は任せないことになった……。

 

 

 ◆◆◆

 

「…んじゃ、気を取り直して四階の探索といくか!」

 昼食という苦行を終えたみんなは、前木君の号令で散り散りになった。

「ユキマルー!! あちきと一緒に探索しよ? でありんす!」

 俺の両肩をバンと叩きながら声をかけてきたのは吹屋さんだった。

「わっ、ビックリした……。料理のことで伊丹さんからあんなに怒られてたのに、相変わらず元気なんだね…」

「へへっ! ありがたい説教は全部聞き流すのがあちきの特技でありんすから!」

 吹屋さんは自慢げにそう言ったが、どう考えても自慢げに言うことじゃない。

「さっ! 一緒にエレベーターに乗りましょ?」

 

「あ……」

 エレベーターが開くと同時に俺は動きを止めた。

 エレベーターの扉が開くと、そこには小清水さんが乗っていたからだ。

「あ、やよ様…。えっと、今のやよ様に関わっちゃダメなのでありんすよね?」

「それは……」

「四階に行くんでしょう、さっさと乗りなさい」

 俺が言葉を詰まらせていると、小清水さん自身がそう促してきた。

「………」

 不思議そうに俺と小清水さんの顔を交互に見る吹屋さんの腕を引っ張りながら、俺は恐る恐るエレベーターに入った。

 …まさかこの場で二人とも殺す、なんてことはしないと信じて。

 しかしこの空間……激しく気まずい…。

 

「やよ様……ハッキリ言ってほしいでありんす」

 エレベーターに入るや否や、吹屋さんが声をあげる。

「虐められてるならそうハッキリ言ってほしいでありんすよ!」

「!?」

 思わぬ言葉が出たので俺は思わず転びそうになってしまった。

「だって、みんな口を揃えて『あいつに関わるな』『口をきくな』って…。これはもう立派なイジメでありんす!」

 そこまで極端なことは言ってないと思うけどな……。

 ただ、二人っきりになってもし吹屋さんが殺されたり、何かに利用されたらって思うと怖いんだよ、みんな。

「ふふ」

 吹屋さんの言葉を聞いて小清水さんは不敵な笑みを浮かべた。

「逆よ。私がみんなを虐めたの。いえ、イジメよりはるかにひどいことをした」

「え??」

「私が丹沢駿河を殺した」

「!!?」

 チーン、とエレベーターが四階に到着する音が響く。

「私にフラれたからってもう新しい女を見つけたのね、小さな脚本家くん」

 からかうように俺にそう言って小清水さんは廊下の先へと消えていった。

 

 廊下を見た感じだと、他の階と大して大きな差はない。

 それよりも問題なのは、俺の横で固まっている吹屋さんだった。

「え? どういう…?」

 混乱するのももっともだ。

 さっき彼女に説明したばかりのコロシアイのルール。

【人を殺したクロは裁判に負ければオシオキされ、勝てば一人で脱出することができる】

 裁判の後も人を殺したクロ、そして俺達が一緒に生き残っていることはあり得ない。

 …”普通の事件”なら、ね。

「やっぱり、隠してはおけないね」 

 俺は吹屋さんに話すことにした。

 前回の事件と裁判の全て。

 欲望と憎悪、愛情が複雑に絡み合った悲劇の全てを。

 

 

「……ってわけだよ。これが、吹屋さんが閉じ込められていた間に起きた第三の事件の全貌だよ…」

 廊下での長話というのも野暮だったが、話しているうちに自然と夢中になっていく自分がいた。

 きっと、自分でも”言葉にすることで前の事件と区切りをつけたい”という思いがあったんだろう。

「………」

 吹屋さんは今までに見せた表情とは打って変わって、真剣な顔をしていた。

「…最低」

「……!!」

 吹屋さんらしからぬ言葉が出たことに一瞬驚いたが、すぐに俺は冷静になった。

 考えてもみれば当然のことだ。

 自分の野望のために同級生を犠牲にし、あまつさえそれを反省するそぶりすらない。

 同じ罪を犯した安藤さんはもうこの世にいないけど、小清水さんは未だ俺達と同じ空間にいる。

 最低と言われても仕方ないし避けられるのも仕方ない。

 それに、小清水さん自身もそれを望んでいる。

 それなのに、なぜ。

 今まで小清水さんが見せた偽りの笑顔こそが、偽りの優しさこそが、彼女の本性であってほしいと願う自分を立ち切れないのだろう。

 

「でも、ありがとうユキマル。ぽっと出のあちきを信用して真実を事細かに教えてくれて」

 すると、吹屋さんは俺にそう告げた。

「…どうして真実だって分かるの?」

「噺家をずっとやってるとね、話す態度とか様子で嘘か真実か分かるようになるでありんすよ。ま、あくまで目安なので裁判とかで使えるほどの万能テクじゃないけど!」

「…そうなんだ…」

「ふふっ。ユキマルはあちきが覚えてる昔のユキマルと何も変わらないでありんすね。ユキマル以外も、みんな昔と変わってなかった。嬉しいでありんすよ」

 さっきまでと同じような天真爛漫な笑顔を浮かべながら吹屋さんは言った。

 そういえば、彼女はこのコロシアイ生活が始まる前…俺達が一つのクラスで過ごしていた時の記憶があるんだっけ。

 

 第二の事件の時、釜利谷君の記憶研究書から明かされた【制御された記憶】の存在。

 自分の中に抹消された記憶があるなんてずっと信じられずにいたけど…。

 吹屋さんの存在とその証言によって、その仮説が真実であることが証明された。

 彼女が保有している記憶についても、いずれ早いうちに聞いておかないとな。

 いつだれが死ぬか分からないこの場において、情報の速達は命綱だからね…。

 

「ふーん。ここは音楽室でありんすね」

 そんな思惑は胸にしまい、四階の探索を開始した俺と吹屋さん。

 最初に入った教室は、見たまんま”音楽室”だった。

 中央には指揮者台、端には大きなピアノ。

 本棚には楽譜がぎっしり詰まっている。

「懐かしいでありんすね~、学園ではあちきの美声に毎回みんな聞き惚れて…ってユキマルは覚えてないのか……」

「…へえ、吹屋さん、歌が得意なんだ」

 彼女のことだからホラという可能性も十分にあるけど、とりあえずは信用することにする。 

「ええ、そりゃもう! 何しろ噺家ですから、そのお得意の美声でもって…」

 と長々と自慢話を始めた彼女をよそに、俺は音楽室をじろりと一瞥する。

 

 見たところ、本当にただの音楽室だ。

 今までの部屋のように、ダーツがあったりカラオケボックスがあったり爆弾製作キットがあったりなんてことはない、至って普通の音楽室。

 まあ、今までの部屋がおかしすぎたと言われればそれまでなんだろうけど。

 

「そこであちきが麗しの声で『先生、話聞いてませんでした~!』と…」

「ほら吹屋さん、次の部屋行くよ!」

 まだ自慢話を続けている吹屋さんの腕を引っ張りながら、俺は音楽室を後にした。

 

「4-A……」

 そこも、今までと同じように何の変哲もない学習教室だった。

 本来高校生としては教室にいる時間が一番長くならなきゃいけないんだけど、コロシアイというあまりにも異常な空間に慣れすぎたせいか、逆に教室という空間が非日常的なものに思えてしまう。

 それに、教室をみると2-Aで見た、首の垂れ下がった釜利谷君の遺体を思い出してしまって嫌な気分になってしまう。

 

「な~んだ、ただの教室でありんすね…。隣の4-Bも。ツマンネ」

 あからさまにつまらなそうな顔をする吹屋さん。

「そもそも、なんで高校なのに4年生の教室が用意されてるんだろう…

「あっ、そっか…ユキマルは記憶がないから。希望ヶ峰は五年制の学園で、希望すれば大学級の授業もとれるところでありんすよ」

 …あぁ、そうなんだ。

 入学する前も希望ヶ峰のことは調べてたはずだけどなあ。

 外部に公開していない情報なのかな?

 

「……で、ここは弓道場、と」

 次に入ったのは広々とした弓道場。

 三階の植物園の真上に位置する大きな部屋だ。

「いいっすね~、あちきもここに立って弓を引き絞って撃ってみたいもんでありんすね~」

 吹屋さんは的の正面に立ち、弓を撃つジェスチャーをしてはしゃいでいる。

「できると思うよ。弓も矢も、ついでに弓道着もここにあるみたいだし」

 俺は部屋を見回しながら言った。

 だが俺の関心は、弓道部よろしく的を射ることよりも、それが凶器に使われうることにあった。

 人を撃つために制作されたものではないとはいえ、的に突き刺さるだけの鋭利さはある。

 当然、喉に突き刺すことだってできるだろう。

 なにも弓に構えて打つ必要もなく、矢をナイフのように突き刺して殺すこともできるのだ。

 

「ユキマルー?」

 吹屋さんの声で俺はビクッと肩を震わせた。

 そしてすぐに自分が嫌になった。

 弓を見て素直に弓道に憧れる吹屋さんと、それを使って人を殺す方法を冷静にシミュレートしている自分を対比して嫌気が差したのだ。

「ごめん。次の場所へ行こう」

 そんな嫌気を紛らわすように、俺は探索も中途半端なまま弓道場を後にしてしまった。

 

「あれ、葛西と喜咲ちゃんじゃん?」

 弓道場を出たところで亞桐さんに出会う。

「やっほー、ギリポン! あちきはユキマルと四階探索の最中でありんす!」

「あはは! もうすっかり仲良しになったんだねー! いいねー、お似合いじゃん!」

「亞桐さん……」

 思わぬいじり方をされたので俺は言葉に窮してしまった。

 しかし吹屋さんは無頓着なのか鈍感なのか、特に気にする様子もなく笑っている。

 こういうところはちょっと安藤さんに似てなくもない……かも。

 

「で、ギリポン。四階って4-Aと4-B、音楽室とこの弓道場の他にどんな部屋があったでありんすか?」

「それがね…今言った部屋だけなんだよ」

「え??」

 俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

 

 二階はプール、技術室、美術室、美術準備室、化学室、2-A、2-B。

 三階は植物園、図書室、図書準備室、娯楽室、3-A、3-B。

 四階は弓道場、音楽室、4-A、4-B。

 他の階に比べて明らかに教室の数が少ない。

 でも、図書室のように普通の教室より広い教室があるわけでもない。

 弓道場も大きさは植物園やプールと同じくらいだ。

 つまり、四階は他の階より敷地が狭いのか。

 

「他の階に比べて狭いよね? ゆきみんが言ってたんだけど、喜咲ちゃんが閉じ込められてた牢獄部屋とかがあるのがこの四階なんじゃないかなって…」

 …ああ、そういうことか。

 二階の美術準備室から伸びる隠し階段はやけに長かったが、それは二階から一気に四階に伸びていたからなのか。

「へえ~、じゃあこの壁の向こうにあちきが閉じ込められてたわけでありんすね」

 吹屋さんが壁に手を当てながら呟く。

「じゃ、探索も終わったことだし食堂に戻ろ! お菓子つまみながら報告会したいし!」

「あ~! いいっすねそれ~!!」

 亞桐さんと吹屋さんがはしゃぎながらエレベーターに乗っていくのを、俺は慌てて追いかけた。

 

「……あ」

 エレベーターのドアが閉まる瞬間、廊下に出てこちらを見つめる小清水さんと目が合った。

 彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。

 相変わらずあの人の考えることは分からないな…。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 夜時間。

 個室が与えられていない吹屋さんは一番信頼できそうな亞桐さんの部屋に泊まることとなった。

 俺はいつも通り個室で一人っきり。

 

 枕に顔を押し付けて考え事に耽る。

 

 今日触れ合ってみた感じ、吹屋さんが嘘をついていたり悪いたくらみをしているようには見えない。

 アルターエゴも、彼女が黒幕側である可能性はとても低いと言っていた。

 でも、何故このタイミングで俺達に合流することになったのか?

 

 一つ分かるのは、俺達があの隠し階段とその先にある空間を見つけたのは、モノパンダにとって予想外だったということだ。

 明らかにそういう反応をしていた。

 だけど、俺達が吹屋さんを発見した後はあっさり解放して俺達のコロシアイ生活に加入させた。

 そんなにあっさりコロシアイをさせるのなら、最初から俺達と一緒にコロシアイに参加させればよかったのに。

 

 俺の机の上に置かれたノートパソコンを見た。 

 あの後、紆余曲折を経て結局アルターエゴは俺が預かることとなった。

 この子もこの子で謎な存在だ。

 丹沢君が俺達のためにトラッシュルームに隠しておいたメモリーからこの子は現れた。

 でも、全ての監視カメラを覗ける黒幕なら、安藤さんや丹沢君がアルターエゴを入手し、使っていたことも知っていたはずだ。

 そもそも、このアルターエゴ自体、最初は技術室の隅に置かれていたと自分で言っていた。

 そんなところに置いてあった時点で、黒幕側から手を加えられていると考えても何もおかしくないだろう。

 もしかしたら、このアルターエゴが新しい動機に……?

 

「疑ってくれて大丈夫ですよ」

「!?」

 突然のアルターエゴの声に、ビックリしてベッドの上で飛び跳ねてしまった。

「君、スリープ状態でも喋れたんだ…」

「…はい。驚かせてしまってごめんなさい。バッテリーさえあればアルターエゴ自体は常に起動しておりますなり」

 その声は、間違いなく閉じたままのパソコンから聞こえていた。

「…どうして俺の考えていることが?」

「ずっとこちらを見て思案に耽っているご様子でしたから。息遣いの様子からも考えている内容が大体わかりますなり」

 …吹屋さんといい、考えていることを見透かされてばかりだな。

 これじゃあうかうか考え事もできないよ…。

「でも、そう思うのも当然ですなり。私自身、起動する前はどうなっていたのか知る術はないですし…。自分で怖くなるんです。無意識のうちにみんなのコロシアイの一助となってしまわないか……」

「そ、そんな……! 今日話した限りでは、君が悪い人…じゃなくて悪いプログラムには思えなかったよ。確かにちょっと疑ってたのは事実だけど…。でも、もうこんな形で疑心暗鬼になるのにはもう疲れてるんだよ。本当はこんなことしたくないんだよ」

「………お優しいのですね。このような極限状況においても」

 ノートパソコンが閉じている以上、アルターエゴがどんな表情をしているのかは分からない。

 でも、きっと人間と同じような表情を浮かべているに違いない。

 そう信じたい。

 

「その優しさを見込んで、私から一つ、今日の生活を通して得た”可能性”をお教えしたく思っておりますなり」

 ふと、小声になってアルターエゴは言った。

 小声になるということは、黒幕には聞かせられない話ということだ。

「………!」

 俺は何も言わず、ベッドから出てアルターエゴが置いてある机に腰を掛けた。

 そして、黒幕から怪しまれないよう、紙とペンを出して、脚本のアイデアを書き留めるフリをした。

「そのまま、聞いていてください」

 アルターエゴの言葉に、俺は微かに首を縦に振る。

「あくまで可能性ですから、結果を保証するものではないことを先に明言しておきます」

 もう一度頷く。

 

 

 

 

 

「…夢郷様は、恐らく”夢郷郷夢”ではありません」

 

 

 

 

 俺の手が止まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 深夜。

 一階、休憩室。

 そこでは、いつものように(・・・・・・・)夢郷郷夢が読書に耽っていた。

 

 そこにコンコン、とノックの音が響く。

「…こんな時間に? どうぞ、入りたまえ」

「お邪魔します」

「……なんだ、入間君か。こんな夜更けに何の」

 扉から入ってきた入間ジョーンズの顔を見た夢郷はそこまで言いかけたが、言葉はそこで止まった。

「………」

 入間に続いて、山村巴、伊丹ゆきみが入ってきたのだ。

 しかも山村は普段の制服ではなく、修行や戦闘の時に着る道着の姿。

 三人とも険しい表情を浮かべている。

 

「…なんだい、君達。そんな怖い顔をして。これじゃあまるで―――」

 夢郷はあくまでも普段の笑顔を崩さなかった。

 

 「―――僕を殺しに来たみたいじゃないか」

 

 ぞわり、と周囲の空気が殺気立つ。

「…なるほど、確かに雰囲気は夢郷君そのものですね。学園の記憶がある吹屋様でさえ気づかれなかったのも頷けます」

 入間はこわばった表情を崩さないまま呟いた。

「入間君、本当に彼が……?」

 山村の声に入間は答えない。

「おいおい、一体なんの話だい? 僕の読書を遮るということは、それだけの価値がある話なんだろう? それとも、ここで黒幕に聞かれるとまずい話なのかな?」

 夢郷は少し小声になって言った。

「隠す必要などありませんよ。黒幕に聞かれたとしても、何の問題もない。………いえ、むしろ黒幕には聞いてもらわねばなりません」

 入間の目つきと語調は次第に強いものとなっていく。

「ほう、それはいったい何故?」

 夢郷は本を机に置き、興味深そうに身を乗り出して尋ねた。

「…入間君。本当に始めるのね」

 伊丹が重い声で入間に問う。

「ええ。あなた方二人を巻き込んでしまうご無礼をお許しください」

「入間君……」

「………」

 早く答えろ、と言わんばかりの視線で夢郷は入間を見つめた。

 

「理由は二つあります」

 入間は指を二本立てながら答える。

「一つは、コロシアイ生活はもう終わるからです。今、ここで」

「ほう」

 夢郷の口角が少し上がる。

「もう一つは……単純明快です」

 

 

「私の目の前に、その黒幕がいるからです」

 

 

「……………」

 しばしの沈黙。

 緊張が四人を包む。

「……ふふふ、はっはっはっは! 何を言い出すかと思えば!」

 沈黙を破って夢郷は破顔一笑した。

 だが、入間達三人の表情に変化はない。

「私には分かるんです。あなたの僅かな所作、表情の違いが。…そう、同級生の記憶を持ったままなのは吹屋様だけではないんです。この私もそうなんです。ええ、そうですとも。釜利谷さんは失念していたのです。ゆえに”学園に入った後”の記憶しか消さなかった。けれど、それだけで私とあなたの間にある記憶は無にはならなかったのです。…あなたと私は学園に入る前からの刎頸の友なのですから」

 そう告げる入間の目にはわずかに涙が浮かぶ。

「では何かね? 君は僕が”夢郷郷夢”ではないと言うのかい? そのような仮説、一体どうやって」

「あなたが私と初めて出会った場所はどこですか?」

 夢郷に答える暇を与えぬよう、入間はすかさず問う。

「…ノヴォセリック王国王立大学第三講義室」

 夢郷はすらすらと答えた。

「最初に話しかけた内容は?」

「君が手に持っていた蔵書の話だ」

「その蔵書は?」

「フェルトマイアーの”天に人あり”だ。…こんな問答をあと数百回繰り返す気かい?」

「…本当にその書物でしたっけ?」

「おいおい、よりにもよって質問をした君がうろ覚えでは困るよ。フェルトマイアーの天上論に、僕が当時支持していた唯物論を交えて談義をしたじゃないか」

「………」

 入間の顔が一瞬悲痛に歪んだ。

「嘘であってほしかった…。私の予感も確信も、全て嘘であってほしかったのに……」

 そう呟く入間の頬を、涙が伝う。

「……?」

 それを見て、初めて夢郷の表情に焦燥が見えた。

 

「…そんな話はしていません。私が手に持っていたのは”天に人あり”…のカバーをかけた”女体の進化史”です。”天に人あり”のカバーをかけたのも、後のインタビューで”天に人あり”の談義をしたと嘘をついたのも、あなたと交わした中学生らしい猥談をパパラッチから隠すためだったんですよ」

「………!!!」

 入間以外の三人に衝撃が走る。

「あなたは夢郷郷夢ではない…。非常に残念ですが……」

「いや、これは失礼した…。僕も昔のこととなると記憶が曖昧でね…」

 ”夢郷”は慌てて口を濁す。

「…これでしょう、あなたが言っていた”嘘”は」

 そう言って伊丹が切り取った雑誌の一ページを見せた。

 

『〇〇年〇月〇日 超高校級の翻訳者と哲学者が語る、二人の出会い』

 

 そう名付けられた記事が載せてあった。

「図書館の中を片っ端から探したら見つかったわ。内容は、今あなたが言ったものと同じ。『ノヴォセリック王立大学第三講義室で、フェルトマイアーの”天に人あり”についての談義をした』と。記憶違いと言うけれど、あなたの記憶はこっちの情報と厳密に一致しているのね? この記事を処分せず放置していたのも、あなたがこの記事の内容を真実だと思い込んでいたからでしょう?」

「いや…。マスコミがあまり騒ぎ立てるものだから、そっちと記憶を取り違えてしまったんだろう。もしかしたら、釜利谷君に記憶を制御された副作用かもしれない」

「もう言い逃れなんて無駄ですよ! 議論が苦手な私でも、あなたが苦しい言い逃れをしているのがよく分かります……」

 山村が拳を合わせて言った。

「そうですね…。もう、終わりにしましょう。終わりです。あなたの全てが、今ここで終わる」

「………」

 ”夢郷郷夢”は何も言わなかった。

 代わりに、わずかに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”超高校級の哲学者”夢郷郷夢になりすまし、我々を狂気のコロシアイ生活へと駆り立てた黒幕。……それは、あなたなのでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”超高校級の建築士”、土門隆信さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

「……………っぎ、」

 ”夢郷”は何とも言えぬ表情を浮かべた。

 狂気と狂喜と悲哀と憎悪と憤怒と賞賛を足して七で割ったような、そんな顔をしていた。

 

 

 その二秒後。

 

 

 

『ぎーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!』

 

 狂喜が100%となる。 

 

 


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