エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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大変長らくお待たせいたしました……。
3.5章より7か月。ついに4章が動き始めます。
今回は今までの最初とはちょっと趣向を変えてみました。
今章もなが~く更新していきますのでどうか気長に楽しんでいただければ。


Chapter4 オチ無しサゲ無し希望無し!
Chapter4 (非)日常編①


 ◆◆◆

 

 

 その夜、小清水彌生はいつものように植物園に立っていた。

 怒涛の裁判とオシオキを経たばかりのクラスメートは皆自室で眠りこけていたが、小清水だけはそういう気分になれなかったのだ。

 

 いろいろなことがあったな、と小清水は今日一日を振り返っていた。

 自分を取り巻くすべてが変わってしまった。

 だが、この空間は何も変わらない。

 大自然は人間の営みなどとは何も関係なく、日常を過ごし続けているのだ。

 

「寝ないのかい?」

 そんな小清水に背後から声をかけたのは、モノパンダだった。

「…消えなさい」

 小清水は振り返らずにそれだけ告げた。

「ここで葛西君と話したのも今となっては遠い思い出だな! ぎひゃひゃひゃひゃ!」

 小清水の言葉を無視してモノパンダは笑った。

「…………」

 小清水は少し下を向いた。

 

 

 数時間前、葛西に言われた言葉がいつまでも小清水の頭の中を反響していた。

 

『さようなら』

 

 忌々しい、と小清水は心の中で吐き捨てた。

 あんなもの、身勝手な人間のオスの生態に過ぎない。

 

「あー、ごめんな。嫌なこと思い出させちゃったか! フラれちゃってショックだったもんな!」

「黙りなさい……」

 小清水はようやくモノパンダの方を振り向いて睨みつつ言った。

 

「私は……人間の全てが憎い……。私という人間の愚かさもまた、たまらなく憎い……」

 心の声を漏らすように、小清水は前を向きなおしてつぶやいた。

「安藤の言うとおりだった…。あんなチープなトリックでコロシアイに臨もうなどと…。なんと愚かな…」

 

「気を落とすなよ! あれはしょうがなかったんだよ!」

「……? どういうこと…?」

 モノパンダの不可解な言葉に、小清水は怪訝そうな表情をする。

「だって、小清水さんの”絶望”は”野望”だもんな! ”野望の脚本”はもう終わってるんだよ!」

「……野望…?? 何の話?」

「ぎひゃひゃひゃひゃ! いずれ分かるようになるよ! 失敗したとはいえ、コロシアイをしてくれた小清水さんへのオイラからのヒントだよ!」

 モノパンダは不敵に笑いながら言った。

「…相変わらず不気味なヌイグルミね。でも、私はあなた達が何のためにこんなコロシアイをさせているかなんて興味がないし、知ろうとも思わない。私はただ、私の崇高な使命を果たすだけ」

「だから、その使命に縋っている限りコロシアイは成就しないってオイラは言ってるんだけどなー」

 モノパンダは呆れたようにため息をついた。

 

「にしても、この植物園、解放する前は雑草だらけで池も濁っててだいぶ汚れてたのに、よくここまで綺麗になったよなー。小清水さん、この数日間で頑張って綺麗にしてくれたんだな!」

 急に話題を変えたモノパンダに不審そうな顔をしながらも、小清水は「…ええ」と答えた。

「あなた達が最低限の管理しかできないせいで大変だったけれどね」

 小清水が嫌味を言うと、またもモノパンダは笑う。

「ここには栄養(・・)もたくさんあるしな! 植物や虫さんにとっては天国のようなところだぜ!」

「…何が言いたいの?」

 小清水は耐えかねてそう問いかけた。

「さあな! アリさんにでも聞いてみれば?」

 そう言ってモノパンダは向こうにある小さな砂場へと目を向けた。

 砂場には、アリの巣の穴が点々と鎮座していた。

 

「………」

 何かを感じたのか、小清水は砂場の方へと歩み寄る。

「(……外に出ているアリさんが、ずいぶん少ないのね…)」

 アリの巣は五、六個ほど空いているのに、外に出てエサを探すアリの数が随分少ないことに小清水は疑問を抱いた。

「(初めてここに来たときはもう少し多かったと思うけど…)」

 そんな小清水の様子をニッコリと見つめると、モノパンダは何も言わず静かに植物園を去っていった。

 

「("栄養がたくさん"……?)」

 先ほどのモノパンダの意味深な言葉が何だったのか、顎に手を当てて小清水は考えた。

「………!!」

 そして、一つの仮定にたどり着く。

 

 小清水は植物園の隅にある物置から手袋と片手サイズのシャベルを取り出すと、アリの巣が掘ってある場所のすぐ近くの砂場を掘り始める。

 無我夢中で、時間も忘れて掘り続けた。

 

 時間は朝方に差し掛かり、小清水の掘った穴は腰の高さぐらいにまでなっていた。

 やはり思い過ごしだったか…と彼女が思った時、それは訪れた。

 突如、シャベルの先端に違和感を覚えたのだ。

「!!!」  

 小清水はすぐにその周りを掘り始める。

 違和感の正体、その全貌を明らかにするために。

 

 そして―――――。

 

「な………‥っっ!!?!??」

 それは、露わになった。

 

 

 小清水の表情が、絶望に染まっていった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「………」

 

 最悪の目覚めだった。

 疲れは全く抜けておらず、全身に重しが乗っているようだった。

 それもそのはずだ。

 昨日はあまりにも多くのことが起こりすぎた。

 

 布団にくるまっている間、何度も俺の脳裏を小清水さんの笑顔がよぎっていった。

 握った手の柔らかくて温かい感触もはっきり覚えている。

 俺の髪にかかる甘い吐息の感触も、俺の肩に触れた滑らかな髪の感触も。

 それを思い出すたびに、未だに胸の鼓動が高鳴る。

 

 あんなに好きだったのに。

 今となっては昔の思い出でしかない。

 今の彼女は……もう俺の好きな人じゃないんだ。

 

 俺は寝起きが悪かったのもあっていつもより早めに起きて、シャワーを浴びてから朝食の場へと向かった。

 

「おはようございます、葛西君!」

 食堂に入ると、制服の上にエプロンを着た山村さんの挨拶が響いた。

「ご無理はなさらぬようにしてくださいね! 今回の朝食はこの巴が何から何まで作ってしまいますから!」

 山村さんはシャキッと胸を張ってそう告げると、厨房へと入っていった。

「あ、ありがとう……」

 俺は元気のない返事を返して席に座ることしかできなかった。

 

 俺は食堂を見回した。

 それは、何の変哲もないいつも通りの食堂。

 ちょうど昨日のこの時間くらいに、丹沢君が血と吐瀉物を吐いて息絶えた。

 ここで仮死状態となった安藤さんも、後に処刑された。

 この場所には、その痕跡すらも残っていなかった。

 あっという間に、”いつも通り”に戻っている。

 

 人って、あっけなく消えていくんだなあ。

 今更ながら、そんなことを思った。

 僅か二週間かそこらの生活で、七人もの仲間が消えた。

 でも、そのことすらも”いつも通り”の範疇になりつつある。

 

「あ、おはよー」

 その声とともに入ってきたのは、前木君だった。

「隣、いい?」

「うん……」と俺が力なく返事すると、前木君は隣の席に座ろうとする。

「あ、その前に」

 と、椅子を引く手を止めて彼は食堂の奥の方を向いた。

「……?」

 

 それは、ちょうど昨日丹沢君が亡くなった場所だった。

 その方向を向いて、前木君は両手を合わせ、目を閉じて黙祷した。

 十秒ほど黙祷すると、何事もなかったかのように平然と俺の隣に座った。

「へへ……ちょっと堅苦しかったかな…? でも、ちょっとは真面目に供養してあげないとな。友達だから」

「………」

 俺は何も返すことができなかった。

 人が死ぬことすら当たり前に感じられていた中で、彼は亡くなった友達への気遣いを忘れていなかった。

 急に自分が恥ずかしくなってきた。

 

「さあ、皆さんでいただきましょう!」

 山村さんが作ってくれたのはいかにも精進料理、と言った風な質素な和食だった。

 最も、コロシアイの次の日に豪華絢爛な食事というのも合わないだろうし、これで良かったのかもしれない。

「いただきます……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 俺が箸に手を付けようとすると、亞桐さんが大きな声で引き留めた。

「直前で言い出すのも悪いんだけどさ、この食事が安全だっていう保証はないよね…?」

「……!」

 すぐに俺は小清水さんのことを思い浮かべた。

 みんなも同じだっただろう。

 

『絶対に……絶対に許さない……!!! 貴様らがなんと言おうと、私は必ず野望を成し遂げてやる……!!! 私を生かしたことを後悔させてやる……!!!』

 

 小清水さんは俺達にそう言った。

 つまり、早ければこの食事にだって毒物を含ませ、俺達を一網打尽にしてもおかしくはない。

 現に…当然と言うべきかもしれないが、小清水さんはこの場にいない。

 調理をしたのは山村さんでも、原材料そのものに毒物を入れられていたら防ぎようがない。

 また、丹沢君のような悲惨な死に方をする犠牲者が出るかもしれない……。

 

「大丈夫だよ」

 静まり返った食堂内に一石を投じたのは、前木君だった。

「伊丹と山村は知ってると思うけど、な?」

「ええ、先に説明しておくべきでしたね!」

 てへ、と山村さんは舌を出す。

「……あの裁判の後、前木君がモノパンダに聞いてくれたの。『食事のたびに殺害の危険があるのではアンフェアじゃないか』…って。そうしたら、納得していくつか手を打ってくれたわ」

 伊丹さんがそう解説した。

 

「まず一に、どのような毒物にも反応する万能試薬の配布。この紙を食材につけて、赤い色を示せば毒物あり。モノパンダいわく、薬もウイルスも関係なく見分けられるみたいだから、信用できないなら各自所持して使ってみるといいと思う。予備は化学室にたくさんあるし」

 伊丹さんはポケットからリトマス紙のような小さい紙を取り出して言った。

「それと、倉庫や厨房みたいな、食材が保管している場所での毒物の使用禁止っていう校則が追加された! だから、保管場所から肌身離さず持ってきた食材なら絶対安全ってことだ!」

 続けて前木君が解説する。

「なるほど……。君たちのことだから何か手は打ってあると思って何も言わなかったが、モノパンダが動いてくれたとはね。彼は不倶戴天の敵だが、そういうことに関しては嘘を言ったことはないからね」

 夢郷君が笑みを浮かべて言った。

「しかし、それも皆さんのお声がけあってのことですから。お心遣いに感謝いたします!」

 入間君もそう言って深々と頭を下げる。

 

「そーそー! 全く同じ手口で殺されるとオイラもつまらないんだよねー!」

 突然その声が響いたかと思うと、モノパンダがテーブルの真ん中に振ってくる。

 みんなは嫌そうな顔をしながらも黙って食事に入った。

「はい、というわけで! コロシアイ後の恒例、エリア開放のお知らせだぜ!」

「慣例に乗っ取るならば、エレベーターで四階が選択可能になっている…と言ったところかな?」

 不敵な笑みを浮かべながら夢郷君が言うと、「さーて、どうかな!」とモノパンダは笑った。

「まあ、新しいところを開拓するのもいいけど、まずはここまでの場所をじっくり探してみるのもいいと思うぜ! 何しろ、前のクロさんがわざわざ”ヒント”を遺していってくれたんだからな!」

 モノパンダの言葉に一同の手が止まる。

 

 そう、安藤さんが出入りしていた管制ルーム。

 あの場所へのヒントを残してある……とモノクマは言っていた。

 それがどこにあるのか…というのも、今回の探索の重要な主題となるだろう。

 

 

 

 朝食を済ませると、ここに来てから四度目となる探索が開始された。

「(どこへ行こうかな……)」

 みんながいろんなフロアへと散らばっていったが、俺は優柔不断が祟って食堂で迷っていた。

 いつものように新しい場所へ探索に行くべきかもしれないけど、既存の場所に管制ルームのヒントがあるというのも気になる。

 今回は、この特別分校の全ての階層が探索対象と言えるだろう。

 どこから見るべきか…。

 

 迷った結果、俺は下の階から順番に見ていくことにした。

 様々な場所を巡ってこれまでの事件を振り返り、黒幕と戦う決心をつけるためにも。

 

 

 ◆◆◆

 

 ホール階に降りると、短い廊下の先に大ホールが待ち構えていた。

 ここでは、リュウ君……もとい、”超高校級の殺し屋”、龍雅・フォン・グラディウス君が息絶えた。

 その最期は、ここでモノクマやモノパンダたちと死戦を繰り広げ、絶望の手先であった釜利谷君を抹殺し、続けて抹殺しようとした御堂さんの反撃を受けて死亡……という凄まじいものだった。

 怪しげな雰囲気を持ちながらも、父性のような温かさを併せ持ち、信頼を預けるのに何ら躊躇いはなかった。

 ”所詮は人殺し”。

 そういう言い方もできるかもしれない。

 彼がどのように生き、何を思い散っていったのか、もう俺には知ることができない。

 本性の彼と話してみたかったな。

 

 大ホールはその時の激戦の痕跡を一切残さずきれいに整理されており、特に変わったところもなかった。

 ここで前木君や土門君、釜利谷君とバドミントンをして遊んだのも遠い思い出となってしまった。

 

 俺は続けてトレーニングルームに入った。

「おや、葛西君」

 そこには、道着を着て部屋の中央に座っている山村さんの姿があった。

「やあ、山村さん…。こんな時にもトレーニングだなんて、すごいね」

「こんな時だから、ですよ」

 足を組んで座っているその姿は座禅のようであり、彼女が気を高めているのがよく分かる。

「葛西君…。あなたは、私が小清水さんを助けたことを憎んでいますか?」

「えっ……」

 思わぬ山村さんの言葉に俺は言葉を詰まらせた。

「私はあの時、嬉しく思ったんです。ようやく自分の力で誰かの命を助けることができたって…。でもそれは、小清水さんに事実上殺されていたであろう丹沢君の命を蔑ろにすると同時に、小清水さんによって深い傷を負ったあなたにも失礼なことなのではないかって後から思ったんです……」 

 山村さんは少し曇った表情でそう告白した。

「丹沢君は…もうこの世にはいないから……彼がどう思うかなんて分からないけど…。でも、生前の彼の性格から推測するに…。ダメとは言わないんじゃないかな。彼は誰よりも愚直に、真面目にみんなが助かる方法を模索してたから…。それに、俺だって山村さんを責めるようなことはしないよ。小清水さんのことは、これから小清水さん自身が解決していけばいいんだから……」

 俺は素直に自分の思うところを述べた。

「ふふっ……やっぱりここの人たちは優しいですね。ならば私は、私にしかできないことで皆さんに恩返しするだけです。リュウ君ができなかったことを、私たちの手で成し遂げられるように……」

 ”絶望を倒す”。

 あれほどの力を持ったリュウ君ですら叶わずに散っていった目的を、俺たちが成し遂げられるのだろうか?

 少なくとも山村さんはできると信じているのだろう。

 だからこそ、こうやって少しでも己を高める努力を続けているのだから。

 

 

 

 トレーニングルームにも特に依然と変わったところはなく、俺は山村さんと別れて一階へと上がった。

 

 

 トラッシュルーム。

 ここは、俺たちが最初に地獄を見た場所だ。

 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 泣き崩れる仲間たち、投入口から垂れた小さな手。

 あの瞬間、俺たちはここが”絶望のコロシアイ生活”の舞台であることを思い知らされた。

 

 そんなトラッシュルームは、いつも通りゴミの焼却炉が稼働している。

 ここで津川さんが焼かれたことなどウソのように。

 俺は目を瞑り、今一度彼女に黙祷を送った。

 

 誰よりも明るく、一番希望と呼ぶに相応しかった津川さん。

 彼女が後のコロシアイ生活にも参加していたなら、きっと俺たちはあれほど絶望しなかっただろうし、その後のコロシアイも起こらなかったかもしれない。

 彼女の思いが歪んだ形で安藤さんに伝わってしまったのは残念だったけど……。

 俺は君を忘れないよ。

 立派な”ホープ仮面2号”になれるように頑張るからね。

 天国で見守っててね、津川さん。

 

 焼却炉の横には、萎れた花束が置いてあった。

 そういえば、この花束を添えたのは釜利谷君だったっけ…。

 不愛想に見えた彼も、こういうところでは仲間への気遣いを忘れなかった。

 この花束は、彼が自分が絶望であることを隠すための演技に過ぎなかったのだろうか?

 今となっては知りようもないことだ。

 

 でも、いつまでも萎れた花を置いておくのは津川さんにも釜利谷君にも失礼だな。

 新しい花に変えておこう。

 

 そう思って花束を拾い上げた俺は、数秒間動きを止めた。

 思いもよらぬものが萎れた花の中に挟まっていたからだ。

 それは、ノートパソコンに差し込むデータの端子だった。

 ノートパソコンと言えば……図書室にあったような…。

 モノパンダが言ってたヒントって言うのは、これのことなのか…?

 いても立ってもいられなくなった俺は、一階の探索を中断して三階の図書室へと駆けこんだ。

 

「…来たか、葛西君」

 図書室では、夢郷君が本を読みながら俺を待ち構えていた。

 …こんな時に、探索もしないで読書を?

「トラッシュルームで例のモノを見つけたのだろう? それで、そこにあるノートパソコンに繋げようというわけだ」

「…! 夢郷君、このデータのこと知ってたの?」

「少し前に見つけてね。けれど、君ならきっと自力で見つけられると思って敢えて触れずにいたのさ。僕が回収して君に渡してもよかったのだが、”あの場所にそのデータが置いてある”ことに意味があると考えて、やはり手を触れずにおいたんだよ」

「………?」

 やはり彼の言うことは意味深で理解が追い付かないな。

「さあ、いよいよ新たな真実が明かされるね。僕はみんなを呼んでくるから、君は構わずデータを起こしておいてくれ」

 それだけ告げると彼は部屋を後にした。

 全てを見通しているかのような言動に俺はしばらくキツネにつままれたような表情で固まっていたが、やがて自分が成すべきことを思い出してノートパソコンに近付いた。

 

 このノートパソコン、前回の探索の時に見つけたはいいもの、インターネットは繋がらないしファイルも全て空っぽで、まるで使い道を見いだせずにいた。

 なるほど、このパソコンの存在意義はこのデータにあったのか。

 

 ゆっくりとデータ端子をパソコンに差し込んだ。

『アルターエゴⅡ』

 そう書かれたファイルがパソコン内に現れた。

 俺は少し緊張しながらもその項目をクリックした。

 

 少し時間をおいて、パソコンの画面が暗転した。

 そしてそこには、衝撃的な映像が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 画面上には、津川梁さんがいた。

「……起動しましたなり」

 しかし、俺の記憶に残る彼女とはだいぶ様子が違う。

 金髪のツインテールや幼い顔つきはそのままながら、何故か伊丹さんのような黒いスーツを身につけ、黒縁の眼鏡をかけた格好をしている。

「…おや、あなたは。…データベース照合。【超高校級の脚本家】、葛西幸彦君で間違いございませんなり?」

「……あ、はい……」

 頭がすっかり混乱した俺は、ぼんやりと彼女の声に答えた。

「初めまして。私は人工知能【アルターエゴⅡ】。【超高校級のコスプレイヤー】、津川梁のお姿と声をお借りしてあなたに話しかけておりますなり」

 

 アルターエゴ。

 聞いたことがある。

 【超高校級のプログラマー】が開発したという超高性能人工知能。

 人間との会話を難なくこなし、感情の表現も無限に近いほど存在するという夢のような装置だ。

 それが、まさか津川さんの姿で目の前に現れるなんて…。

 

「でも、Ⅱってどういうこと…?」

「元のアルターエゴをもとに、【超高校級のエンジニア】、御堂秋音様が改良を加えたものでございますなり。主にコンピュータウイルスやバグなど、ソフトウェアとしての耐性が非常に強化され、ハッキングも自力で行うことができますなり。御堂様は、ご自分の家族を機械で復活された際、バグなどで動かなくなることを非常に恐れ、このような改良を行ったわけでございますなり」

 ……御堂さんが。

 そうか、彼女がこのアルターエゴの改良を行ったのはこのコロシアイが起こる前だったんだ。

 だからアルターエゴに関する記憶も失っていたからこのことを知らなかったんだろう。

 

「あれ? 葛西? なに、それ?」

 と、背後から亞桐さんの声が響く。

 見ると、夢郷君が連れてきた小清水さん以外のメンツがここに来ていた。

「あ、ああ、みんな。ちょうどいいところに来た」

 俺は、これが人工知能【アルターエゴ】であることを説明し、アルターエゴも同様に自己紹介した。

 

「あぁ……すごい。本当にリャンちゃんの声だ……」

 亞桐さんは目に涙を浮かべ、声を震わせてそう言った。

「残念ながら、今の私は本物の津川梁ではございませんなり。本人の性格を忠実に再現することはできますが、本人そのものにはなれませんなり」

 アルターエゴは冷静に言い放つ。

 それにしても、冷静で真面目な口調に津川さん特有の語尾がつくとすごく違和感があるな…。

 

「ところで、これのデータはトラッシュルームにあったんだよな? 何故そんなところに?」

 前木君が素朴な疑問を問いかけた。

 そういえば、何故あそこにあったんだろう?

「それは、丹沢駿河様がそこに私を隠したからでございますわ」

「えっ、丹沢が!?」

 俺たちの間にさらなる衝撃が走った。

 丹沢君は、俺達より前にアルターエゴと接触したのか…?

「アルターエゴ様、申し訳ありませんが、私たちがあなたを見つける前のお話を詳しく聞かせてもらえないでしょうか…‥?」

「分かりましたなり。…長くなりますので、少し語尾はオフに設定しておきますなり」

 …あ、それ、調整できるんだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そもそも私は、このコロシアイ生活の前半は、技術室の隅に置かれていたのでございます。

 黒幕は私を置くことで、コロシアイ生活のヒントを与えたかったのでしょうか…。

 ともかく、私を見つけることができたのは【超高校級の漫画家】、安藤未戝様だけでした。

 

 安藤様は私と会話し、黒幕を暴こうとしました。

 しかし私が知っていたのはせいぜい一部の生徒の素性程度で、黒幕のことは何も知らなかったのです。

 そこで安藤様は、私に驚くべきことを命じました。

 

「この学園のセキュリティシステムをハッキングするぞよ!」

 と、命じたのです。

 当然、そんなことができるなら起動した時点でとっくにやっています。

 すると安藤様は、できなくてもいい、少しでも黒幕の目をそちらに向けられればよいと仰られたのです。

 美術室で作業をする時間だけ稼げればよい……と。

 安藤様の言うとおり、私は夜時間にハッキングを試みました。

 思った通り最初の関門すら抜けられず夜が明けてしまいましたが、安藤様は目的を達成できたと喜んでおられました。

 これで、いつでも”あの場所”にいけると……。

 

 その後、私が用済みになったからでしょうか、安藤様は私が入ったメモリーを丹沢様に渡したのだそうです。

 それ以降は丹沢様が私と会話をしてくださいました。

 私は、丹沢様に安藤様が行ったことを話しました。

「安藤殿が何をしていたかは知りませぬが、そのようなことを知ってしまった以上、アルターエゴ殿は黒幕に処分される恐れがありまするな…」

 そう言って丹沢様は、混乱と情報の錯綜を防ぐため、敢えてこのことを皆に秘密にすることを提案したのです。

 そして、私を起動しない時は、津川梁に備えた花の中に私を隠してくださいました。

 ここならば、たとえ自分が予期せぬタイミングで殺されても、きっと誰かが見つけてくれる…と。

 

 ……そういえば、丹沢様と安藤様は? 

 ここにおられないようですが……。

 

 ◆◆◆

 

「丹沢君は…‥安藤さんに殺されたよ」

 俺は歯を食いしばって答えた。

「そして……安藤さんはオシオキされた」

「そうですか……」とアルターエゴは顔を下に向けた。

「丹沢様は、自分がこのコロシアイを生き残る可能性は低いだろうとご自分で仰っておりました。私の試算でも、残念ながらシロとして脱落する可能性が高いと算出されていました。…残念です」

「でも、一つ分かったことがあるわ」

 伊丹さんが告げた。

「丹沢君は、命がけでこのアルターエゴを守り、私たちに託してくれた。彼の願いは、私たちに届いたのよ。彼の死は悲惨なものだったけど……彼は最期まで仲間たちがここを脱出する可能性を信じていたのよ」

「駿河……ありがとう……」

 前木君が涙をこらえながら呟く。

「…美術室、だったね。アルターエゴの言葉を信じるなら、安藤君はそこで黒幕の部屋への入り口を見つけたというわけだ」

 と夢郷君。

「そのとーりだぜー!!」

「!!!???」

 

 背後から笑い声とともに現れたのはモノパンダだった。

「オメーラさあ、基本頭いいんだけどどっか抜けてるよなぁ? 図書室にだってちゃんと監視カメラは置いてあるんだぜ?」

 モノパンダは監視カメラを指さしながら言った。

「あ! じゃあここでの会話も丸聞こえ!?」

 亞桐さんが頭を抱えて叫ぶ。

「アルターエゴをぶっ壊すつもりなら…そうはさせねえぞッ!!!」

 と、山村さんが赤いオーラを纏い、久しぶりの逆鱗モードに移行する。

「教頭センセーはそんなアンフェアなことはしねーの!! ただオイラは、みんなに優しい助言をしに来ただけだぞっ!」

「助言……?」

「そう! 前の裁判の時に言った、管理室へのヒントは『美術室に入口がある』という点だけです! もう入口につながる部分は行けなくしておいたから、今から美術室を探しても無駄だぞってことを言いに来たんだ」

「聞いたかみんな、美術室に行けってさ」

 前木君が屈託のない笑顔で言うと、モノパンダは「おい!!」とツッコミを入れる。

「無駄だって言ってんのになんでわざわざ取り越し苦労をしに行くかなー? オイラは止めたからな! 後悔しても知らねーぞ!」

 そう言ってモノパンダは不機嫌そうにいなくなった。

「じゃ、美術室をみんなで探すか」

 

 

 美術室。

 そこには、丹沢君が残した等身大の津川さんの像があった。

 それをパソコンのカメラに映るようにしてアルターエゴに見せてあげると、「わあ……」と歓声を上げていた。

「すごく美しい……。私の試算では、生前の津川梁がこれを見たなら、感動して失神していたかもしれません……」

「綺麗だよね…。丹沢君って、本当にいろいろたくさんなものを俺達に遺していってくれたよ」

 ノートパソコンを持ちながら俺はアルターエゴに語り掛けた。

「機械の私ですら感動させるとは…。創作物とは素晴らしいものなのですね。以前も安藤様が創作物の凄さを語ってくださいましたが、改めて実感いたしました」

「本当……そうだよね……」

 俺とアルターエゴはしばらく天使のような津川さんの像を眺めていた。

 

「……じゃ、手分けしてここを探そっか」

 やがて俺たちはみんなで美術室を探索し始めた。

「入間、そこ持って!」

「よっこらせっ!」

 石像や絵画を動かして裏などもしっかり確認しつつ、くまなく部屋中を調べていく。

 

 

 小一時間。

 

「はぁー、はぁー……」

 みんなは息を切らして床に座ったり、寝っ転がったり。

「何もないじゃんかよ……!!」

 亞桐さんの言うとおり、これだけ探しても何も見つからなかった。

「た、確かに安藤様は美術室と仰られていたのですが……」

 アルターエゴが困惑した表情で言った。

「こうなったら津川さんの像以外ぜーんぶぶっ壊しますか?」

 山村さんが拳を打ち合わせながらいきり立つが、「そんなことしたらモノパンダに何されるか分かんねーよ!」と亞桐さんが反論した。

 

「でもさあ、きっと俺らがまだ気付いてない視点があるはずなんだよなぁ……」

 前木君がそう言って教室内を見回りながら練り歩く。

 と、不意に足元にある筆を踏みつけてしまう。

「わっ!!」

 そしてそのまま足を滑らせ……

 

 ゴッ。

 固い音とともに前木君は勢いよく壁に頭をぶつけた。

「いってー!!」

 前木君は頭を抱えて倒れ込む。

「ま、前木君!!」

 みんなが前木君の方に駆け寄る。

 

「意識は問題ないようだけど、たんこぶになっちゃったわね……」

 伊丹さんが前木君の頭を撫でながら言った。

「足をつまずかせて転ぶなんて、超高校級の幸運らしからぬ不運ですね……」

 入間君が不安そうに呟く。

 

「……な……」

 と、俺は、夢郷君の驚きの声を聞いて振り向いた。

「こんな…バカなことが……」

 

 なんと、前木君が頭をぶつけた部分の壁にヒビが入って、一部が割れて崩れていた。

 壁はとても薄く、その後ろにもう一枚壁がある。

「え……? なにこれ…?」

 亞桐さんがひび割れた壁を触りながら呟く。

「待て!! 触るな!!」

 と同時に夢郷君の声が飛び、亞桐さんは「ひゃっ!?」と手を引っ込める。

 

「ぎひゃーーーー!!! なんでだぁーーー!??!」

 と同時に、モノパンダが血相を変えて現れた。

「なんで補修した場所にピンポイントで…‥!! こんなの聞いてねーぞ!!」

 俺たちは訳が分からず唖然とするしかなかった。

 

 だが、さらに状況を混沌とさせる自体が起きてしまう。

「どきなさい」

 氷のように冷たい声が響く。

 誰もが動きを止めた。

 

 今まで姿を見せなかった小清水さんがやってきたのだ。 

 彼女は部屋を見回しながらコツコツと壁に空いた穴の方に向かう。

「いや、待てよ!! ダメだって!!」

 モノパンダが慌てて小清水さんを止めようとするが…。

「触るな、ケダモノ!! 私は校則違反など犯していないでしょう!?」

 そう怒鳴られて「ぐっ……!!」と動きを止めた。

 

「こういう仕組みだったのね」

 小清水さんは壁に空いた穴に手を突っ込んで奥側の壁に手を当てると、そのまま手を横に動かした。

 すると奥側の壁が横にスライドし、襖のように開いた。

 そしてそのさらに奥には、のぼり階段が続いていた。

「手前の壁は新しい塗装の跡がある…。つまり、後から補修して取ってつけた薄壁。安藤は、ここがスライドすることを自力で見つけ出してこの奥へ進んだわけね」

 そう言って小清水さんは薄壁を壊して十分に通れるくらいに穴を広げ、奥の階段を上っていった。

「ちょ、その奥はダメだって!!」

 モノパンダが震えながら叫ぶが、小清水さんは止まらない。

「よ、よく分かんなかったけど、ウチらも行こ!」

 小清水さんの後に続くように、俺達も階段を上った。

 

「………」

 愕然と膝をつくモノパンダと、怖い表情を浮かべて黙り込む夢郷君を残して。

 

 階段を上ると、今までの場所とは打って変わって暗くて無機質なコンクリートの廊下が伸びていた。

「…不気味だな……」

 頭のこぶを押さえながら前木君が言った。

「いくつか部屋があるみたいですが……おや…? 小清水様が…?」

 入間君が告げた先には、廊下の行き止まりで佇む小清水さんがいた。

 

「くくく…‥」

 小清水さんは肩を震わせた。

「ははははははは!!!」

 そして、大きな声で笑った。

「…いったい誰が、こんなことを予想できたかしらね?」

 そう言って、こちらを振り向いた。

 

 小清水さんが立っている先には、ドアがあった。

 鉄格子のような窓がついた頑丈なドアだ。

 そしてその向こうには……。

 

 

 

「……人?」

 伊丹さんが顔に両手を当てて言った。

 奥の方のベッドに、人が倒れている。

 暗くてよく見えないが、赤い和服を着ているような……。 

「え? 見せて! 見せて!」

 前木君が俺たちを押しのけて前に出る。

「ほ、ほんとだ!! おーーーい!!!」

 そして、目一杯の声で呼びかけた。

 

 

 

「……あ……れ……?」

 すると、なんとその和服の女性が起き上がったのだ。

「…この声……人でありんすか……?」

「おい!! 生きてるのか!?」

 前木君が小清水さんをも押しのけてドアに顔を近づける。

「…え? 前木? 前木っちでありんすか??」

 和服の女性は、前木君を見てひどく驚いた。

「ま、前木っちーーー!!! あっしは何年もこの時を待ちわびたでありんす~!! 早くここから出しておくんなまし!!」

「え、顔見知りなの!?」

 後ろから亞桐さんが問いかける。

「いや……全然知らねえよ?」

 前木君は冷や汗を浮かべながら答える。

「ってアンタはギリポン!! ギリポンも来てくれたでありんすかー!?」

 今度は亞桐さんを見てそう言った。

「はぁ!? ギリポンってなんだよ!! ってかウチ、あんたのこと知らないよ!??」

「えぇっ!?? あちきを忘れてしまったでありんすか??? ひどいでありんす~!!」

 和服の女性は目に涙を浮かべて叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちきはみんなの同級生!! 【超高校級の噺家(はなしか)】、【吹屋喜咲(ふきや きさき)でありんすよ~~!!!」

 

「……????」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 


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