エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
もう知らん。
Chapter3.5 純愛編
◆◆◆
突然舞い戻ってきた二体のヌイグルミに驚いたのは、俺だけじゃなかった。
「なっ……!? なんだよ…!! もう帰って休めって言ったじゃんかよ!!」
亞桐があからさまにイラついた様子で言った。
『うぷぷぷぷ、忘れてない? この事件のもう一人のクロ』
モノクマはさらりと告げる。
「……っ!!」
その言葉を受け、場の空気が一気に張り詰めた。
この事件のもう一人のクロ。
本来のクロの定義からは外れてしまったためオシオキされることはなかったが……。
そいつは今もここにいる。
「小清水……」
俺は小清水の方を見た。
「………」
小清水は本性が明らかになった後から変わらず、目を細め、ゴミを見るような視線で俺たちを見回しながら、裁判台の前に立ち尽くしていた。
安藤に襲い掛かろうとして失敗してから黙りこくっていたが、その頭の中では何を考えているかなんて全く分からない。
『あれは誰でもよかったのよ。自分がコーヒーを飲まないようにすれば、運の悪い誰かさんが勝手に飲んで自滅してくれるようにできてるから。まあ、”超高校級の幸運”のあなたが飲まずに済んだのは流石ってところかしら』
裁判の最中、小清水に言われた言葉が俺の胸を抉った。
あれは幸運なんかじゃない。
むしろ不運。
俺があのカップを引き当てていれば、駿河はあんなに苦しんで死なずに済んだんだ。
『過ぎたことをどうこう言ってもしかたねーだろーが』
三ちゃんならそう言うだろうけど。
やはり未熟な俺は割り切れない。
俺は複雑な視線で小清水を見つめていた。
「……まだ私に用があるの」
小清水はまだ威圧的な口調だったが、裁判中に比べ、目に見えて憔悴しているのが分かる。
「もう私に貴様らを駆逐する算段はないわ。煮るなり焼くなり好きにしなさいな。…あの創作狂の女のように」
そう言って小清水は降りたままの真っ暗なスクリーンを見た。
あんなに明るかった安藤はさっき死んだ。
灼熱の溶鉄の中で、おぞましい叫び声をあげながら。
まだ実感が湧かない。
『って本人が言ってるんだけど、君たちはどう思う?』
モノクマはあくどい笑みを浮かべて尋ねてきた。
いったいどういう趣旨の問いかけなのだろう?
「どうって……そんないきなり言われても……」
亞桐が言葉を濁らせた。
「ずっと親しいと思っていた友達がいきなりこんな正体を晒して…。あまりに突然すぎて、なんて思えばいいかなんて分かりませんよ…」
山村も悲しげにそう言った。
「うん……。いくらあんなことしたからって…お友達を恨んだりなんて……」
亞桐も言葉を詰まらせる。
「甘いのよ、貴様ら人間は!! 虫さんは平気で淘汰するくせに同種ばかり甘やかしやがって、反吐が出る!!」
「…………」
怒りの表情で俺たちを非難する小清水。
俺達人間には恨まれてもいい、ということだろうか。
『うぷぷぷぷ、本当は許せないんじゃないの? だってさ、安藤さんがモノトキシンXを与えなくても、どうせ丹沢君はモノウイルスで死んでいたんだよ? それもあれ以上に長い間苦しみ続けて、さ!』
モノクマの言うとおりだ。
なぜ、何の罪もない駿河がそんな目に遭わなきゃいけなかったっていうんだ。
許すことはできない。
できないけど……
『ボクとしても、ルール上クロとして裁くべきなのかイマイチ分からないんだよね。だからさあ、ボクからスペシャルサービスで”チャンス”をあげようと思います!』
「チャンス……?」
三回も殺し合いを繰り返したからわかる。
モノクマがこういう言い方をするってことは、何か恐ろしい考えを隠し持っているに違いないんだ。
『つまり!! 今この場で”小清水さんをオシオキするかどうか”を多数決で決めてもらいたいのでーす!!』
「……!?」
モノクマが言い放ったのは、俺が想像していたよりもずっとずっとおぞましいことだった。
これまでに三回繰り広げられたオシオキ。
それは、ただ殺すより格段に辛く苦しい凄惨な処刑劇だ。
その決定権は常に、俺達生徒の手に委ねられていた。
またそれを繰り返そうってのか…?
「ひえっ!? そ、そんなことを、今この場で…!?」
山村が恐れおののく。
「なによ、それ…!? もし否決されたらどうなるの…? まさか、小清水さん以外の全員がオシオキされるなんてことに…」
伊丹の質問に、モノクマは『そんなことないよ!』と答えた。
『小清水さんは本当の意味でのクロじゃないからね。みんながオシオキのリスクを背負う必要はないでしょ? 可決されたら小清水さんはオシオキ、否決されたらこのままのメンバーで次のコロシアイ生活へ。ただそれだけの投票だよ!』
「じゃ、じゃあ、否決でいいじゃん! ねっ、そうしよ??」
「そ、そうですね! それが一番穏便に済みますよ! これ以上、あんな悲劇は見たくありませんし…」
亞桐と山村がそうみんなに呼びかけた、が……。
「…いいのかい? それで」
夢郷の重い声が裁判場に響き渡る。
「僕は小清水君をオシオキする方に一票を投じるつもりだが」
「はあっ!!?? お前、この期に及んでそんなこと…」
「……私も、オシオキに賛成」
逆上しかけた亞桐の声を止めたのは、他ならぬ伊丹の発言だった。
「なっ…!?!? ゆきみちゃんまで!? なんなんだよみんな!! またあんな地獄絵図が見たいのかよ!?!?」
「亞桐様と山村様の意見は分かります。ですが、彼女は事実上丹沢駿河さんを殺害しているのです。それも、最も残虐な方法で…。そして、あろうことかそれを楽しんでいたのです。わたくし達の存在を”命”と認めず、その価値を蹂躙するがごとき所業…。わたくしはもう、この方との対話の道を見つけられそうにありません。…ならば、ここで葬るべきでしょう」
入間は感情を抑えるように、小さく重い声で告げた。
入間だって人間だ。
小清水をここでオシオキさせることに抵抗がないわけじゃないだろう。
でも、それでもここで同級生を切り捨てるという残酷な決断に至った理由があるんだ。
「それに、彼女は自らの罪を暴露されても全く反省の色はなく、その思想に変化もない。このままでは、彼女はまた自分の野望のために同じようなコロシアイを起こして誰かを犠牲にするだろう。そうなる前に、ここで芽を摘んでおくべきと僕は考える」
そこに夢郷が続いた。
「そっ……そんな…!!」
亞桐の顔が見る見るうちに青くなっていくのが分かった。
「お前ら……それでもクラスメートかよっ!!!」
亞桐は力いっぱいに叫んだ。
「ずっと…ずっとみんなで頑張ってきたじゃん!!! ヌイグルミたちに負けないって、約束したじゃん!!」
亞桐の目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。
「なんでこんなに簡単に殺そうなんて言えるんだよっ!!! こんなんじゃモノクマたちと何も変わらないよ!!! なんでだよ!!! なんでなんだよっ!! うっ、うぁぁぁぁぁん…!!」
そして、子供のように大声をあげて泣き崩れる。
それを眺める俺の目にも、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「莉緒、これは私たちのため、そして殺された丹沢君のための決断なのよ。残酷だけど、もうこうするしかないのよ」
伊丹の言葉も今の亞桐には届かないだろう。
「あっはっはっはっは!!!」
そんな俺たちの様子を見て笑ったのは、他ならぬ小清水だ。
「本当に見れば見るほど醜くて下卑た生き物ね、貴様たち人間は。こうやって裏切られ、泣き叫び、死んでいくのが貴様らの生態なのよ!!」
「………」
入間と山村は悲痛な表情になり、夢郷は呆れたような視線を送り、伊丹は目を閉じて顔をそむけた。
俺は……どんな表情をしていたのだろうか。
「さあ、屑ども! 夢破れた今、もう私が生きている意味などない! 私を殺せ!! お前らの決断によって、この私を殺しなさい!! こんな人間だらけの腐りきった世界など、生きる価値などないのだから!!」
小清水は両手を広げて高らかに言った。
やはり小清水は狂っている。
だが、地獄のようなオシオキを前にしても果たしてそれは同じだろうか?
小清水より根本的な部分が狂っていた安藤は、しかし灼熱の溶鉄を目前にして死と激痛への恐怖にすべてを支配された。
オシオキは、俺達の想像も及ばないほど最悪の絶望をもたらす。
果たして小清水はそれに耐えることができるのだろうか?
「―――前木君は、どっちなんだ? 賛成なのか、反対なのか」
不意に夢郷の声が俺に突き刺さる。
「俺は――――」
どっちなんだ。
小清水を生かしたいのか、殺したいのか。
どっちなんだ。
『人生、生きていれば辛いこともありますゆえ…。拙者は何も咎めませぬし、詮索も致しませぬ。ただこれまでのように、友人として仲良くしていくだけでござるよ』
駿河は優しかったな。
俺が三ちゃんの死を実感して壊れた後も、あいつはこれまでと何も変わらず接してくれた。
いつもと同じ、前木常夏という一人の”友達”として接してくれたんだ。
もう、あいつと喋れないのか。
もう、会えないのか。
寂しいなあ……。
そうか、それなら俺は…。
俺の決断は……。
「俺は、小清水に生きてほしい」
「……!」
夢郷と伊丹の表情が変わった。
「俺は小清水を許せない。だからこそ、小清水には生きてほしいんだ」
そう言って、俺は小清水に歩み寄った。
「…………」
俺の言動に苛立ったのか、小清水の額には青筋が浮かび、今にも暴れだしそうな形相で俺を睨んでいる。
「…お前は取り返しのつかない罪を犯した。確かに、死んで償うっていう方法もある。でも、死んだらそれでおしまいなんだ。俺は……生きていても、罪は償えると思ってる」
「黙れ………」
「お前は罪を償わなきゃいけない。お前がどう思おうと、お前は償わなきゃいけないんだ。それを、ただ存分に苦しめて殺してオシマイなんて、そんなやり方で済ませたくないんだ」
「黙れ黙れ!! ならば一生をかけて恥辱と苦痛を与えようとでもいうのか!!!」
「違う! お前に必要な償いは”苦痛”じゃない! みんなのために、希望のために、命を賭けて”絶望”との勝負に打ち勝つことだ!! 俺たちの仲間として、希望の担い手として!! だから俺もお前のために命を賭ける!! ここにいるみんなが、互いに互いのために命を賭けるんだ!! 今は無理でも、俺がきっとそうさせて見せる!! それが死んでいった奴らの願いだから……」
瞬間。
視界が歪んだ。
「っ!?」
何が起きた?
頬が痛い。
数秒たって、俺は小清水に殴り倒されたのだと理解した。
「!! 前木君!!」
伊丹がすぐに俺に駆け寄ってきた。
「この世で最も下劣な生き物め…。この私に説教などするな!! 私の意志が揺らぐとでも思ったか!!」
「また暴れるつもりか…」
「小清水様、ご容赦ください…!」
夢郷と入間が小清水を取り押さえようと動き出したが。
「待ってくれ!!」
俺が鋭く叫んで引き留めた。
そして、ゆっくり立ち上がって再び小清水の元へと歩き出す。
「前木君、ダメよ!」
引き留めようとすがりつく伊丹を振りほどき、俺は小清水の前に立った。
亞桐は膝をついて涙を流したまま、茫然と俺を見つめていた。
「小清水、殴って納得するのなら何度でも殴ればいいさ。俺はお前に」
言葉を紡ぐ間もなく次の拳が俺を打ち据える。
女性とは思えないほどの力だ。
だが、俺はすぐにもう一度立ち上がった。
俺の弱点、それは”心の弱さ”だ。
津川と土門が死んだ次の日、俺はずっと泣きじゃくっていた。
リュウと三ちゃんが死んだ後、俺は捜査なんて手につかなかった。
そして裁判の後、壊れて記憶も人格も錯綜してしまったんだ。
俺は、誰かに縋ってなきゃ生きていけなかった。
友達だろうが、家族だろうが、常にだれかに頼り続けて生きてきた。
一人ぼっちで生きていくことができなかったんだ。
でも、壊れた後の俺を、伊丹が抱きしめてくれた。
葛西が励ましてくれた。
駿河が笑いかけてくれた。
いつだって、どんな苦しいときだって、仲間がそばにいるのだと分かったんだ。
いつでもそばにいるなら、ボロボロになるまでとりあえず一人で生ききってみようって思えたんだ。
どうにもならなくてボロボロになったら、その時初めて仲間を頼ればいい。
いつだって仲間がすぐ後ろにいるって分かってるから、俺は一人で歩いていてももう寂しくないんだ。
そうだ、俺は絶望だらけのこの生活で、成長できた。
希望をみんなに与えられたんだ。
だから、今度は俺がみんなに希望を与える番。
ここで小清水を救って、みんなでここを脱出するんだ。
それが叶うまで、何度でも殴られ続けてやる。
小清水の体力が尽きるまで、殴られ続けてやる。
小清水に分からせてやる。
人間の力、人間が抱く希望の力を…!
「………!?」
しかし、そんな俺の前に一人の人物が背を向けて立ちはだかった。
「山村……?」
「もう、やめろ」
小清水と真正面から相対するように立つ山村は、短くそう言い放った。
山村から赤いオーラが立ち上る。
”あっちの人格”だ。
「貴様も殴られたいのか!!!」
オーラを纏った山村にも動じることなく、小清水は吠える。
「オレのクラスメートに手を出すな」
対して山村は、”あっちの人格”であるにもかかわらず、落ち着いた声でそう言った。
次の瞬間、小清水の拳が山村を打ち据えていた。
「山村!!」
しかし、山村は俺と違って倒れなかった。
すぐに顔を持ち上げて元の態勢に戻ると、再び強いまなざしで小清水を見据えた。
「いい、オレはいいんだ、前木。こういうのはオレの役目、だろ」
山村は小清水の方を向いたまま俺にそう言った。
「…終わりか?小清水」
「……ッ!!!」
小清水の表情が怒りに歪み、再びその拳が顔面を打つ。
「ゴミ屑どもが!!! 調子に乗るな!!! 何をされようと、貴様らが何をしようと、私は人間を許さない!! 人間の跋扈するこの世界も許さない!!!」
何度も何度も小清水は山村を殴る。
山村も、俺と同じことを考えていたんだ。
あいつも俺と同じく、第二の裁判の後、人格が壊れていた。
強さを持ちながら誰かを守れなかった無念に、ずっと苛まれていた。
その無念が、逆にあいつをここまで成長させたのだろうか。
何度殴られても、山村は倒れなかった。
その代わり、反撃もしなかった。
”無抵抗という名の抵抗”を貫き通したのだ。
「オレが戦ってきた奴らに比べれば、この程度のパンチ、かゆくもない」
山村は吐き捨てるように言った。
「………」
息を切らしながら小清水は山村を睨む。
「ずっと、自分の”強さ”で誰かを守りたいと思っていた。それが叶うことなくみんな死んでいった。だが、今ようやく”誰か”を守れた気がする」
「黙れッ!!」
ゴッ、と小清水の拳が山村にぶち当たる。
どんなに傷ついても、一切ひるむことなく毅然と絶望に立ち向かっていく背中。
それは、どことなくリュウを彷彿とさせた。
「はあっ、はあっ……」
拳を押さえながら小清水は息を荒げた。
もう何発殴られ続けただろうか。
山村は最初と全く変わらぬ強い視線で小清水を見つめ続けていた。
「オレの人格が錯綜していた間、お前とたくさん話したのを覚えてる。お前は言ったな。『あなたは弱くなんかない。弱くても、自分の弱さを理解し、それに立ち向かうこと自体が強さだ』って」
「あんなもの…ウソに決まってるだろうが!!」
小清水は冷や汗を流しながら叫んだ。
「そうだな。お前はアリバイ作りのためにオレと過ごしていたからな。全部ウソなのは分かってる。だが、少なくともあの時、それを聞いたオレは心から救われた気分になった。お前に感謝していたんだ」
「そんなものっ……!! 貴様の勝手な妄想だ!!」
「ありがとう、彌生」
「っ!!!!!!」
山村はわずかに微笑み、小清水は激しく動揺した。
山村は、俺とは少し違った形で山村なりの”正義”を貫いた。
俺が言おうとしていたことを取って代わられた形になるが…代わりに痛みを背負ってくれた山村に俺は感謝の心でいっぱいになった。
その場にいる奴らの、小清水を見る目が少し変わった気がする。
これが、俺の正義であり、山村の正義。
極悪な殺人者となり果てた同級生を、それでも共に生きようと言ってのける正義なんだ。
「…わたくしと夢郷君と伊丹様はオシオキ賛成。前木さんと亞桐様と山村様はオシオキに反対……と、なれば…」
入間が恐る恐る言葉を発する。
「……葛西君。君がこの議論の最後の担い手だ」
夢郷の言葉を受け、全員が葛西を見た。
葛西はまだ、床に力なく座り込んでいた。
思えば葛西は、この事件が起きる直前まで、事あるごとに小清水と一緒にいた。
葛西は本気で小清水のことを好きになっていたのかもしれない。
愛する人に裏切られ、利用され、挙句捨てられた。
その心の傷は計り知れない。
今葛西は、何を思っているのだろうか。
葛西は顔をしたに向けたまま、ゆらりと立ち上がった。
「葛西君…!」
伊丹が呼びかける。
「大丈夫……。俺は……大丈夫だから………」
葛西は消え入りそうな声で答えた。
「…あなたなら、私の言うことを聞いてくれるわよね?」
山村に追い詰められた小清水は、焦りの表情を浮かべながらも葛西に告げる。
「さあ、殺しなさい…。もうこんな友情ごっこはウンザリなのよ!! 早く殺せ!! 殺せ!!」
「…俺の答えはもう決まってる…。投票を始めてよ、モノクマ……」
小清水の叫びなど聞こえていないかのように、葛西はぼそりと言った。
『もういいの? さて、お涙頂戴な寒いクサ台詞も聞き飽きたし、もう投票始めちゃおうか!』
「じゃあ、お手元の投票ボタンで決めちゃってくれー! 押せばオシオキ賛成、押さなければオシオキ反対としてカウントするぜ! もちろん小清水さん本人に投票権はないかんな!」
モノパンダが言い終わると同時に、投票ボタンが光る。
普段は裁判に参加している生徒全員のボタンが光り、その中からクロと思う人物を押すのだが、今回は小清水のボタンだけが光っていた。
俺はぎゅっと唇をかみしめ、ボタンを押さずに見過ごした。
「私が好きなんでしょう? なら私の言うことを聞け、脚本家!! ボタンを押すのよ!! 押せ!! 殺せーーっ!!!」
冷や汗を振りまきながらそう叫ぶ姿は、まるで追い詰められたクロのようだ。
葛西はどちらの決断を下したのだろうか。
やっぱり、あいつは……。
「……はい!! 終了~!!」
モノパンダの声とともに、投票タイムは終了した。
『では結果を発表します!』
ドクン、と胸が脈打つのを感じた。
『…オシオキ賛成、三票! 反対、四票! よって小清水さんのオシオキは行わず、このまま次のコロシアイに進むことにしまーす!!』
「………っ!!!!!」
小清水の顔が絶望に歪んでいくのが見えた。
「……そうか。それが、君たちの決断か」
夢郷が顎に手を当てて考え込みながら言った。
「葛西……。ありがとう……」
亞桐が涙ぐんだ声で葛西に礼を言った。
葛西は相変わらず感情の抜けた顔で足元を見つめていた。
「なぜ……っ!!!! なぜだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
小清水の悲痛な叫び声が裁判場を支配した。
「こんな腐りきった世界で…夢破れた私に生き恥を晒せと言うのかぁぁぁぁ!!!」
「それがみんなの決断よ。不本意だけど私は従う…。あなたも従うしかないのよ」
伊丹が告げる。
「嫌、嫌、嫌ぁぁぁ!!!! なぜ!!!! なんで人間は!!! 何もかも思い通りにならないのよ!!!」
小清水は子供のように喚きながら裁判台をたたいた。
「…人間は、お前の意図を超えて不可思議な生き物だってことだよ。人間を思い通りにするなんて、誰にもできないんだ」
俺がそう言うと、ダン、ともう一度小清水は台をたたき、ぐっと顔を落としてわなわなと震えた。
「絶対に……絶対に許さない……!!! 貴様らがなんと言おうと、私は必ず野望を成し遂げてやる…!! 私を生かしたことを後悔させてやる…!!!」
「ああ、やれると思うならやってみろよ。俺達も全力でお前を叩きなおすさ。俺達のためにな」
俺がそう言うと、山村がこっちを見て力強くうなずいた。
「……皆様のご意思がこれほどまでとは…。わたくしは…。皆様のご意思を無下にして同級生を死に追いやろうとしていたのですね…。今ようやく、自らの罪の深さを思い知りました」
入間が目に涙を浮かべ、声を震わせながら言った。
「心を洗い流されたかのような気分です。わたくしは今、覚悟を決めました。今後どんな困難が待ち受けようと、全身全霊で小清水様との対話に心血を注ぐ所存です…」
入間もまた、新たな決意を胸に刻んだようだ。
「葛西は……なんでオシオキ反対に票を入れたの?」
亞桐がふと尋ねた。
やはり葛西は、愛していた人をみすみす死なせるわけにはいかなかったんだろうか。
ズタズタになった胸の奥にも、まだ恋心が残っていたのだろうか。
「……どっちでも、よかったんだ」
ぼそり、と葛西は呟く。
「彼女が生きようが死のうが、もう”あの時の小清水さん”は帰ってこない。俺が愛していた”小清水彌生”はもう死んだんだ。この空間にいるのは、小清水さんの姿をした”抜け殻”なんだよ。俺の好きな人はもう戻ってこない。……けれど」
葛西は少し顔を上げた。
「ゆっくり、時間をかけて、お別れを言いたかった。だから反対に票を入れたんだ」
「………」
小清水は黙って下を向いていた。
あれだけ憎んでいた葛西を罵倒する言葉を発することはなかった。
「俺はあなたが好き
葛西の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「俺の好きな人は、俺の幻想の中の人でしかなかった。存在なんてしていなかった。……それでも、俺はあなたと過ごした時間を忘れません。あなたが俺にくれた言葉を忘れません。……一生、忘れません」
そういえば葛西は第二の事件の後の夜、植物園で小清水と二人きりで話したと言っていた。
あの時の幻想的な光景を、今も思い浮かべているのだろうか。
「次に生まれるときは、俺も虫さんがいいな。そうすれば、次こそつがいになれるよね」
「………」
葛西は、泣きじゃくりながらも少し微笑んで言った。
「さようなら、俺の好きな人」
それは、血塗られた悲哀の殺人劇であり、あるいは少年の甘酸っぱい恋の物語だったのかもしれない。
二人のヒロインと、二つの失恋。
これが、安藤の望んだ”最高のストーリー”だったのだろうか?
今となっては知る術もない。
なあ、”所詮人間の戯言”なんだろう?
”醜い綺麗ごとの押し付け合い”なんだろう?
”愚かで救いようのない傲慢な生き物”なんだろう?
だったら、何故お前も涙を流してるんだ。
小清水。
「人間のくせに……生意気よ……」
Chapter3.5 裁判場の中心で愛を叫んだアイツ 完
愛を叫んだアイツ(叫ぶとは言ってない)