エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お待たせしました。長かった三章も遂に完結です。


Chapter3 非日常編⑤ オシオキ編

 ◆◆◆

 

 

 …ウチは、”今回も”無力だった。

 馬鹿なのは昔から自覚していたけど、これほどまでに何もできないなんて思わなかった。

 ドンドン仲間が死んでいくのを見て、いつもいつも、怖さで何も考えられなくなって……。

 

 いや。

 

 違う。

 

 ウチは、”転嫁”してるんだ。

 

 ”誰かが何とかしてくれる”。

 優秀な仲間の存在に逃げ込んで、自分で道を切り開くことすらできなくなっちゃったんだ。

 

 命を懸けているはずなのに、なんでこんな風になっちゃってるんだろう?

 それでもダンサーかよ。

 こんなのが、アスリートって言えんのかよ??

 

 

「いやあ~~、今回の裁判は長かったなあ~!! じゃあ犯人も決まったようだし、投票しちゃってくれ~!!」

 モノパンダが笑顔でみんなに呼びかけた。

 もうあいつに怒る余裕すらない。

 

 間違えたら死に直結する投票だけど、それは実にあっさりしたものだった。

 もう誰も、入間が出した結論に口を出すことはできなかったのだから。

 

 スロットに揃ったのはみーちゃんの顔。

 そして、払い出される大量のモノモノメダル。

 

 それが正解だって、信じたくなかったよ。

 

『うっぷぷぷぷ~!! だいせいかーい!! 今回、”超高校級のフィギュア製作者”、丹沢駿河君を殺したのは、”超高校級の漫画家”、安藤未戝さんでしたー!!!』

 

 モノクマの言葉で、疑惑は真実へと変貌を遂げた。

「むわははははっ!! さっすが吾輩の同級生!! 超高校級の希望達だぞよ!! 吾輩はクロとしてとても鼻が高いぞよ!!!」

 みーちゃんは高らかに笑って拍手を送った。

 これがみーちゃんだなんて……まだウチには信じられない。

 

「…早く教えて。あなたの”動機”を」

 

 ゆきみんの声が聞こえた。

 …今は、聞こう。

 これから死んでいく友達の、最後の告白を。

 

 

 ◆◆◆

 

「それでは~、みー閣下の知られざる真実の物語。始まり始まり~!」

 みーちゃんは楽しそうに手をたたきながらそう告げた。

 どうして、そんなに無邪気でいられるんだろう?

 

 丹沢がどんな死に方をしたか、ゆきみんから聞いたよ。

 死にたくないって言いながら、死んだんでしょ?

 この世で一番苦しそうな顔をして死んだって聞いたよ。

 痛い、苦しい、死にたくない、助けてって……。

 

「こんなの……ひどすぎるよ……」

 その言葉と大粒の涙が、思わず漏れ出していた。

 

 …あぁ、今はどうあってもみーちゃんに動機を語らせてあげなきゃ。

 邪魔しちゃった……。

 

 …と思って顔を上げたウチは、驚くべき光景を目の当たりにした。

「……本当だぞよ……。こんなの…ひどすぎるぞよ……」

 みーちゃんも、ウチと同じように大泣きしていた。

「なぜ駿河が死ななければいけなかったのだぞよ……吾輩は本当に悲しいぞよ……」

「………????」

 …意味が分からない。

 そんなのこっちが聞きたいよ。

「…でもしょうがなかったぞよ。心躍る激アツな裁判を描くには、小清水殿のトリックが最適だったのだぞよ…」

 

 ……はあ???

 

「だってこんなに創作意欲をそそられる体験、もう二度とないぞよ!! 仲間の悲惨な死! 広がる謎! ヒロインの豹変!! 主人公の崩壊!! そして紡がれるもう一つの真実!! 姿を現した衝撃の真犯人!! あーーー……今すぐにでも描きおこしたいくてたまらないぞよ…!!」

 みーちゃんは先ほどの表情から打って変わって、鼻息を荒げながら興奮した様子で話した。

「今までの事件でもずーっと考えていたぞよ…。どうすれば一番胸アツな事件になるのか…。ギリギリの勝負を楽しみ、真実という名の絶望に打ちひしがれるのか……」

 描きおこす…?

 漫画に、ってこと…?

 ウソ、でしょ……?

 漫画の題材のために……??

 …意味……わかんない……。

 

「…あなたはこれからオシオキ…すなわち処刑を受けるのですよ…? 死んでしまっては、漫画を描くこともできないでありませんか…!!」

 みんなが言葉を失う中、辛うじて入間がそう指摘した。

「大丈夫だぞよっ!! 例え吾輩の肉体が滅びようと、吾輩の強き魂は冥府にとどまり、現世へ干渉して作品を紡ぐのだぞよ!!」

「…????」

 みーちゃんが何を言っているのか、一から十まで理解できなかった。

 

「分からないのかえ?? もうっ!! 吾輩の処女作『冥府作家ボーンズ』を読んでおくぞよ!!」

 みーちゃんは腕をブンブン振って怒っていた。

 その作品は確か、小学生の頃にみーちゃんが初めて描いた漫画で、みーちゃんはこの作品の大ヒットによって有名になったんだ。

 えっと……それと今の話がどう関係あるって言うの…?

「作品への強い思いを抱いたまま交通事故で死んだ作家のリョースケは、閻魔様のはからいで魂を冥府にとどめ、作品だけを現世に送り出す能力を得るぞよ!!」

 みーちゃんは意気揚々と自身の作品のあらすじを語りだす。

「閻魔様はこう言ったぞよ!! ”冥府にて作品を紡ぐ能力。これが得られるのは、自らの芸術に命を捧げられるものだけだ”…と!! つまり!! 吾輩こそその能力を得るに相応しい逸材なのであーる!!」

 ……へ?

 

「でも…それって、みーちゃんの漫画の中の話でしょ……?」

 ウチはたまらず堪えかねてみーちゃんにそう言った。

 きっと、みんな同じことを考えていたはずだから。

 すると、みーちゃんは……。

「そんなことないぞよ!!! 創作者たるもの、自分の世界を信じずしてどうするぞよ!! 吾輩は自分が描いた世界はきっと存在するって信じてるぞよ! だから今日まで漫画家として頑張ってこられたのだぞよ!!」

 息を荒げてそう語り込むみーちゃんの姿は、コロシアイなんて起きてない普段の姿と何一つ変わらなかった。

 そう、何も違わないんだ。 

 

 みーちゃんにも、さっきの彌生ちゃんみたいに、”裏”があると思っていた。

 人類全滅とまではいかなくても、何か恐ろしい野望とか陰謀を隠し持っているのだと思っていた。

 いつものみーちゃんとは全く違う、凶暴で凶悪なもう一つの人格を備えているのだと思っていた。

 

 でも、ウチは思い知った。

 このみーちゃんは、とてつもなく、”いつも通り”だった。

 どこまでも純粋なみーちゃんそのものだった。

 純粋でまっすぐで、それでいて根本が壊れている”超高校級の漫画家”だったんだ。

 

「吾輩は…”力”が欲しいぞよ…」

 急に静かな声になって、みーちゃんはそう言った。

「この世の誰よりも素晴らしい漫画を、魂を揺さぶる漫画を描く力が欲しいぞよ……」

 みーちゃんにとっては、人生における経験の全てが作品として昇華していくのだろうか。

 だから、この裁判もみーちゃんの作品の一部、その演出の一つに過ぎなかったんだ。

「だから吾輩にとってこのコロシアイとは!! 命を賭けて己を高める一世一代の大勝負なのだぞよ!!! どうせ命を賭けるなら、吾輩が今までに見たこともないような最高のシナリオの事件にしなければならなかったのだぞよ」

 

「…君にとって、この事件は最高の作品となりえたのかい?」

 不意に、夢郷がみーちゃんに問いかけた。

 なんでアンタはそんなに冷静でいられるの…?

「うむ、これならすっばらしい漫画に仕立て上げられそうだぞよ!!!」

 みーちゃんは意気揚々と自慢げに答えた。

「吾輩は生まれて初めて、自分の作風に”恋”を織り交ぜてみたのだぞよ!! 片や悲劇の事件で死別を遂げたカップル。片や昆虫狂の女に利用され続けていたカップル。二つの思いがぐちゃぐちゃに入り乱れ、複雑怪奇なミステリーを生み、そして真実という名の圧倒的な絶望へと帰結する…。恋をし、裏切られ、身も心も朽ち果ててゆく二人の男子の青春物語…。嗚呼、漫画のタイトルを何にしようか考え始めたら朝も起きられないぞよ!!」

 

「ふ、ふざけるな………」

 震えるような声でつぶやいたのは、当初のクロ……彌生ちゃんだった。

「そんなことのために……そんな下らないことのために、私の崇高な使命を邪魔したのか……!!!」

「おぉーーー!!! いいぞよいいぞよ!! もっと迫力をつけて!! もっとマッドっぽく!!」

 悪魔のような憎悪の情を向けられても、みーちゃんは恐れるどころか目を輝かせるばかりだった。

「貴様ぁァあアあぁあぁぁぁァあ!!!!!!!」

「!! おやめください!! 小清水様!!」

「あっ!! 彌生ちゃん…!!」

 みーちゃんの態度で怒りが爆発したのか、彌生ちゃんは全身全霊で吠えながらみーちゃんに襲い掛かろうとした。

 それをなんとか隣にいた入間が後ろから羽交い絞めにするような格好で押さえつけた。

 やがてそこに夢郷が加勢し、彌生ちゃんはみーちゃんに向かうことはできなくなった。

「離せ離せ離せ離せ離せ離せぇぇええええぇぇえぇえ!!!!!! 貴様ぁああぁあ!!!!! 貴様だけはあぁぁあぁあああ!!!!」

 しかし、彌生ちゃんが怒りをあらわにすればするほど、みーちゃんは同じように悦びを露わにしていった。

「むわはははは!! あんな明け透けなトリックでみんなを出し抜こうなど、小清水殿も怖い顔して可愛いところあるのう! 吾輩に言わせれば、先の二人の事件よりよっぽど簡単に丸わかりしてしまったぞよ!!」

 取り押さえられている彌生ちゃんに近づき、馬鹿にするような笑顔でみーちゃんは言い放った。

 ……そういえば、みーちゃんは、”作品として面白くするために”事件を複雑化したと言っていた。

「いつからッ……。いつから見破っていた…!!!?」

「ずーっと前からだぞよ。小清水殿がモノウイルスを作っていた時だって、ぜーんぶ吾輩にはお見通しだったぞよ? 翌日の小清水殿の異様な疲労の様子、そこに疑問を覚えてモノウイルスの製作キットを調べたらドンピシャだったぞよ。キットの器具に使用形跡アリ。……ふふっ、真実は、いつも一つだぞよっ!!」

 信じられなかった。

 ウチらはその時、釜利谷とリュウの死に動転して何も考えることなんてできなかったのに。

 みーちゃんはそんなことにまで気付いていたの?

「………化け物め……」 

 そう言って力なく床にへたり込んだ彌生ちゃんの表情には、心なしか怯えの色が見られた。

 

「ひょっとしてあなた……今までの事件もとっくに気付いて……」

 ゆきみんがそう言うと、みーちゃんはゆきみんの方を向いてニコッと笑った。

「……それは、ヒ・ミ・ツ……だぞよ♡」

 ぞくっ、と背筋が凍るのをウチは感じていた。

「だって、全ては ”脚本通り” ……だから、のう?」

 そう言いながらみーちゃんが歩み寄ったのは、さっきみーちゃんに無理やりダンスをさせられていた葛西だった。

「・・・・・・?  あ、れ  ・・・ ・・・ ? あ んどう さん ・・・・・・?」

 みーちゃんが目の前に立つと、それまで死人のように何も話さなかった葛西が、久しぶりに言葉を発した。

 死んだ魚のような虚ろな目は相変わらずだったが、眼球はみーちゃんの方を向いていた。

「ゆっきー殿、元気出すぞよ!」

 相変わらずいつも通りの表情でみーちゃんは呼びかけた。

「 あんどうさん・・・・・・ ぼく、ぼく・・・・・・・・・」

 人格がおかしくなった葛西の目には大粒の涙が浮かんでいた。

「おぉおぉ、ゆっきー殿も可哀想にのう。よーしよーし」

 そんな葛西を慰めるように、みーちゃんは優しく自分の胸に抱きしめていた。

 

「お前は……どっちなんだ…!!?」

 声を上げたのは前木だった。

「仲間が大切なのか大切じゃないのか……どっちなんだよ…!?」

 丹沢の死に涙し、葛西を優しく慰めるみーちゃんと、彌生ちゃんを騙して丹沢を毒殺したみーちゃん。

 相反する二つの姿が同じみーちゃんの中に存在していた。

 今更どちらかだけが本性なんてことはないんだろうけど…。

「その問いに答えるためにも、同じ創作者としてゆっきー殿に言っておきたいことがあるぞよ」

 ここにきて初めて、みーちゃんの顔から笑みが消えた。

 

「吾輩は人間だぞよ。お友達が死ねば悲しいし、リャン様の時から駿河の時まで、ずっとそれは変わらないぞよ」

「じゃあ、お前はなんで……」

「吾輩は、人間である前に”創作者”なのだぞよ」

「……!??」

 沈黙が走る。

 

「そんな……。逆、逆ですよ!! 創作者である前に、人間であると言うべきでは」

 と、巴ちゃんが言いかけたけど…。

「違うぞよ! 創作は人生よりも深い。創作は人生という個々の枠組みを超え、知的能力を共有する生物全体に作用する概念なのだぞよ。創作は人の魂を揺るがし、記録として残り、それを作り上げた人間が死んで忘れ去られたとしても、作品として恒久に生き続けるぞよ。だから吾輩は、全ての人類のために我が創作を高める力を欲した」

 次第にみーちゃんの顔から感情が消え、口調は無機質なものへと変わっていった。

 なまじ今までのみーちゃんとは思えない知的で高度な言葉を交えながら、みーちゃんは自分の”創作観”を語った。

「創作は、人間の写し鏡。人間の生きざま・人間の全てを読むものに伝える唯一無二の手法なのだぞよ。そして人類は吾輩の創作から吾輩が描き出した人間の姿・世界の姿を知る。学ぶ。その繰り返しで人間は進化していくのだぞよ。だから吾輩は自分のために、人類のために、欲し続けなければならないぞよ。人間の本当の姿を導き出すような体験を、そしてそれを緻密に描き出す能力を!」

 両腕を広げてみーちゃんは高らかに言った。

「お友達が死ぬのは悲しいけど、創作のためだから仕方ないぞよ。吾輩には”知”と”力”が必要なのだからのう!」

 ”創作のため”……。

 ”知”と”力”のため……。

 それが、今回の事件の動機…?

 

「ね、ゆっきー殿?」

 みーちゃんはいつも通りの笑顔に戻って葛西に向かって言った。

「ゆっきー殿も創作者だから、吾輩の気持ちが分かるよのう?」

「・・・・・・あんどうさん・・・  あんどうさん ・・・・・・」

 葛西はまともな返答ができていなかった。

「ふふふっ! ゆっきー殿は吾輩なんかよりずっとずっとすごい創作者なんだから、こんなところで立ち止まっちゃダメだぞよ! 吾輩は冥府で頑張るから、ゆっきー殿は現世でいーっぱいすごい作品を仕上げてほしいぞよ!」

「あ・・・・・・ ぼく ・・・・・・ ぼくは・・・・・・」

「……”この作品”は、この世で最も美しい創作品。…”絶望の脚本”、なのだからのう?」

「……!?」

 

『はい、ストップスト――――ップ!! 話長すぎだよ安藤さん! 尺稼ぎしたい作者の思惑が露骨に出ちゃってるよ!! もうおしまい!! こっちだってずっと待ってるんだからさ!』

 みーちゃんの言葉を遮るように、モノクマが割り込んできた。

「う~む、せっかくいいところだったのに、もうおしまいか…。残念だけど、みんなとは一旦お別れだぞよ!」

 みーちゃんはいつも通りの屈託のない笑みでウチらに手を振った。

 

「これで、終わっちゃうの…? こんな終わり方で…?」

 ウチは思わずそう言った。

 誰も納得なんてできるはずがないだろう。

「よく見なさい、莉緒」

 そんなウチに、ゆきみんが静かに呼びかけた。

「これが、三度目の”絶望”。私たちが止められなかった、残酷な現実。目を背けちゃダメ…。これが彼女の―――安藤未戝という人間の本性よ」

 両手を広げて無邪気な高笑いを上げるみーちゃん。

 それは、”絶望”そのものだった。

 

『ではでは、長らくお待たせしましたが張り切っていきましょう! レッツ、オシオキターイム!!』

「ぎひゃー!! 今回セリフ少なくて悲しいぜ! レッツ、オシオキタイム~!!」

 

 

 

 

『 アンドウ ミザイ さんが クロに きまりました。 オシオキを かいし します』

 

 

 

 

 奈落の底から鎖が伸び、みーちゃんの首をしっかりと掴んだ。

 同じように囚われていった土門の背中が、秋音ちゃんの涙が鮮明に脳裏によみがえる。

 しかし、あの二人とみーちゃんが決定的に違うのは、死への向き合い方だろう。

 二人とは似ても似つかぬほど陽気で、自身に満ち溢れた態度でみーちゃんは鎖を身に受けた。

 

「あっ! いい決め台詞思いついたぞよ!」 

 直後、みーちゃんは叫んだ。

「”創作とは、人生の”…あっ、ちょっ、最後まで言わせて、あーーーっ!!」

 何を言おうとしたのか分からないが、叫び声と共に、みーちゃんは奈落の底へと消えていった。

 もう二度と見られない友達の最期の姿なのに、何故かウチは恐ろしいほどに冷静に見つめていた。

 

 始まる。

 オシオキという名の地獄が。

 ウチらの目の前で。 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 画面に映し出されたのは、火花が散る工場のような場所。

 製鉄所だろうか。

 安藤が好きな”血沸き肉躍る激闘”を繰り広げるには最高の戦場となるだろう。

 

 そんな場所に、安藤はポツンと立っていた。

 安藤は、これから自分にどのような試練が課されるのかと、興奮気味の表情で周囲を見回す。

 下方から吹き上げる熱気が彼女の頬を撫でる。

 汗がじんわりと染み出し、頬を伝って流れ落ちていく。

 まさに、胸がアツくなるようなバトルをするにはうってつけの雰囲気が完成していた。

 さあ、これからどんな”アツい”展開が待っているのだろうか?

 

 次の瞬間、突如として上から降りてきた鎖に安藤の体は束縛されていた。

 その鎖は自由意思をもったかのように彼女の体に絡みつき、右手を上にした状態であっという間に縛り上げてしまった。

 予期せぬ事態に安藤は驚き、抵抗しようと身をよじらせるが、鎖はびくともしない。

 そして鎖でぶら下げられた状態のまま、ゆっくりと床が開いていった。

 

 下を見下ろした安藤の目に映ったのは、視界の端から端までを埋め尽くすほどの巨大な溶鉱炉。

 グン、と鎖が下に向けてゆっくりと動き出した。

 

 

” あれ?

 どこかで見たような展開…。”

 

 

 

 それは、全米が涙した、この世で最も”アツい”お話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

I'll not be back.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎖は躊躇いなく下に降りていく。

 溶鉄がわが身を焼き尽くす激痛が、すぐに安藤の脳裏に浮かび上がった。

 一瞬で安藤の表情が凍り付き、その顔からは冷や汗が溢れ出た。

 それでもはじめのうちは狂喜が勝っていた。

 これは彼女自身が望んだ”展開”。

 彼女が思い描く最高の終焉なのだ。

 

 そんな安藤の心を見透かしたかのように鎖はゆっくりと、ゆっくりと下がる。

 途方もなく長いその時間は、狂喜という名のベールを安藤の身体から少しずつ剥がしてゆく。

 

 足先を刺激する熱気はいつしか人間の皮膚が耐えうる温度を超え、つま先に走る激痛となって安藤に襲い掛かった。

 これが、自らが望んだことなのか?

 

 こうして絶望のタガはあっさりと外れた。

 

 ”アツい”展開を期待していた安藤は、すぐに自分の軽薄さを恥じた。

 何度も身をよじらせ、絶望の表情を浮かべながら必死に抵抗するが、鎖はほどけない。

 

 

 

 グツグツと煮えたぎる溶鉄が、目前にまで迫っていた。

 安藤の顔を伝って流れ落ちていく涙が溶鉄に落ち、蒸発する音がはっきりと聞こえるようになっていた。

 これからその身に刻まれる地獄のような痛みを前にして、既に泣き叫ぶ安藤の声は、画面の向こうには届かなかった。

 

 

 一挙に10㎝ほど、鎖が落ちた。

 ズブリ、と安藤の両足が溶鉄に浸かる。

 その瞬間、安藤は眼球が転げ落ちそうなほど目を見開き、口角が裂けんばかりに口を開いて絶叫した。

 溶鉄はあっという間に肉を焼き、骨の髄までを溶かし、何にも勝る凄惨な激痛をもたらしていく。

 安藤の苦しみを嘲笑うかのように、鎖は非常にゆっくりと降りていった。

 やがて膝が、ついで腿が、溶鉄に浸かっていった。

 

 

 

 安藤の体からは既に意識が抜け落ちかけていた。

 早く死にたい、この地獄から抜け出せるのなら一刻も早く死にたい、それだけに彼女の心は支配されていた。

 もはや涙すらも止まっていた。

 先ほど意気揚々と語っていた情熱も、夢も、欲望も、全て意識のかなたに吹っ飛んでいた。

 とにかく早くこの地獄から抜け出したい、それ以外の全ての感情が排除されていたのである。

 

 腹まで溶鉄に浸かった。

 安藤は今まさにこと切れようとしている。

 その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一気に鎖が落ち、ドポン、と彼女の全身は溶鉄に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中指を立てた右手だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 終わった。

 

 ……終わったんだ。

 

 みーちゃんは、死んだ。

 

 

 

 あっさりとしたオシオキだった。

 複雑な仕掛けも背景もなく、ただみーちゃんがマグマのような鉄の中に落とされるだけのシンプルな”地獄”。

 

 みーちゃんは丹沢を殺し、みんなを欺いた挙句、理解しがたい動機を独白した。

 あの苦しみは、あるいは当然の報いなのかもしれない。

 

 だけど、あそこまで苦しむ必要はあったのだろうか?

 たとえ極悪人でも、同じ屋根の下で過ごした仲間を、”当然の報い”なんて冷静な言葉で切り捨てるなんてことはウチにはできなかった。

 

 

「…彼女は今頃”冥府”とやらの門にいるのでしょうか…」

 入間が悲しそうに言った。

「もしそうなら、安藤君の言う通り彼女の作品が現世に送られてくるそうだが。果たしてそんなことは起こりうるかな? 僕は起こらないと思うがね」

 そんな入間に、夢郷は冷徹に言い放った。

「もう……やめましょう……。いくらあんな人でも、なじったら可哀想です…。丹沢君も、きっとそんなことは望みません……」

 巴ちゃんの言葉を聞くと、みんなは黙り込んだ。

 

『……どうしたのさ、君達。前の二回よりリアクション薄くない? 絶望しすぎて疲れちゃったの?』

 モノクマが不思議そうに尋ねる。

『そんなんじゃこっちも張り合いがないよーっ!! ボクをクマらせるくらいの元気を見せてよ!! せっかく安藤さんが”ヒント”を残していったのにさあ!』

「……ヒント……?」

「…そっか、”モノクマルーム”…!」

 前木のつぶやきを聞いて、ウチは思い出した。

「アンタらを操縦する部屋に、みーちゃんは入っていた…。つまり、これまでに解放された場所のどこかに、その場所に通じる場所があったってことだよね……!」

『うぷぷ、だいせいかーい! でもね、流石にボクもあんなところに何度も入られるのは看過できないんだ。安藤さんがあそこにいたのもだいぶ予想外だったしね! というわけで入れないように”抜け穴部分”を直しておいたんだけど…まあ、”手がかり”くらいは残しとくから探してみたら?』

「ぎひゃひゃひゃひゃ!!! いよいよ大詰めだなあ!! オイラ達の正体を暴いてこの学園の謎を解けるかなあ?」

 二体のヌイグルミは邪悪な笑みを浮かべる。

 

「操縦室と言っていたけど…。安藤さんがあそこにいた時は他に誰もいなかった。彼女があなた達を操縦していたわけでもない。なのに、あなた達は動いていた。どういうことなの…? 自動操縦…?」

 ゆきみんの問いかけはもっともだ。

『さあね! それくらいは自分で考えてよ! でもまあ、”あの部屋で監視カメラの映像閲覧を行える”ことは紛れもない事実だよ! クマは嘘をつかないのです!』

 モノクマの言葉は、ウチらの胸中に浮かんだ謎をますます深くした。

『さてと! 君たちの長ったらしい議論を聞いてたからボクも疲れちゃったよ。オシオキも終わったし、明日からまた新しいコロシアイに備えて十分に休息をとってね! それじゃ、バイナラ~!』

「例によってスロットのコインはあげるから持ち帰ってくれよな! 重たいから置いていかれると片付けるのが大変なんだからよ! じゃあな! ぎひゃひゃひゃひゃ!!」 

 勝手に謎をバラまいたかと思ったら、今度は勝手にまとめて奴らは去った。

 けれど、この裁判で疲労困憊しているのは事実。

 

「帰ろうか」とウチが言おうとした時だった。

「待ってくれ! 安藤の裁判席の足元にこんなものが……」

 声を上げたのは前木だった。

「たぶん、オシオキの場所に連れていかれる前に安藤が落としたんだな……。これは…」

 前木が拾い上げたのは、折りたたまれた紙切れだった。

 表には可愛らしい文字で「土門君へ」と書かれていた。

「まさか、これは…!」

「津川の遺書……!?」

 思い出したのは、最初の裁判の終わり際。

 土門がみーちゃんにこれを渡したんだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

【Chapter1 非日常編③】

 

 そう言って、土門君は懐から小さな紙切れを取り出した。

「津川の遺書だ。俺に宛てたもんだけど……安藤、お前に渡しとくわ。殺した俺が言えたことじゃないけど、ちゃんと読んで、弔ってやんな」

 土門君から紙切れを受け取った安藤さんは、それを胸に押さえつけるように抱えると、その場に座り込んで泣きじゃくり始めた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

「読んでも……いいか…?」

 前木の問いに否定の意を表す人はいなかった。

 この手紙がみーちゃんにどう影響したのか、知りたくなっている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 土門君へ。

 

 まずは、辛い役目を背負わせてしまって本当にごめんなさい。

 あなたが外に出た後、きっと私を殺したことで様々な咎めを受けることでしょう。

 これから死ぬ私にはそれを償うことができません。お詫びの言葉も見つかりません。

 私の死は事実上の自殺であると、この遺書をもってみんなに伝えてあげてください。土門君には何の罪もないと。

 

 動機の発表があった後、私は全員と対話しました。過去を教えてくれた人も、教えてくれなかった人もいたけど、私は外に出てくれる相手として土門君を選びました。

 それは、私が聞いた中では土門君の家族が最も切迫した状況にあり、また土門君なら外でも的確な対処をし、確実にここに残ったみんなを助けてくれるという確証があったからです。

 モノクマのルールに従うのは癪だけど、それを逆手に取るしか今の状況は打破できないのだという考えに至りました。

 このままみんなが疑いあい、憎しみあうのを見ていられなかったのです。

 だから私は、小さな体にこもったこの命を、みんなのために使うことに決めたのです。

 どうか許してください。

 

 身勝手ながら、もう一つだけお願いがあります。

 私は、この場所でかけがえのない仲間と出会いました。

 みんな大好きなお友達ですが、その中でもひときわ大切な親友ができました。

 みー様…もとい安藤さんです。

 彼女は、とても無邪気で、自らの愛する創作に何より真剣で、仲のいい親友であると同時に、あこがれの存在でもありました。

 この数日間だけで、お互いの夢についていっぱい語り合いました。どこまでも一緒に夢を追おうと共に決めました。

 傲慢な考えかもしれませんが…。私がここで死ぬことで、安藤さんが自暴自棄になって夢を忘れてしまうのが怖いのです。

 彼女には、ずっとずっと立ち止まらないで進み続けてほしいんです。

 夢のために、彼女が描く創作のために、私なんかのために歩みを止めないでほしい。

 

 

 

 

 

(ここから下の文字は涙で滲んでいる)

 

 

 

 

 だから、彼女に伝えてください。

 私は、リャン様は、ずっとみー様のそばにいるよ。

 いつまでも、ずーっとみー様の横で見守ってるよ。

 だから、世界一の漫画家になってね。

 この世で一番素晴らしい創作を作り出してね。

 失敗してもリャン様は笑わないよ。

 ずっとずっと、同じ夢を追いかけ続けようね。

 愛してるよ。大好き。みー様。

 

 

 

 以上になります。

 さようなら、皆さん。     

 

 

 

                      津川梁

 

 

 

 

 P.S. 駿河きゅんへ

 この前言ってたリャン様の等身大フィギュア、ここから出たらでいいから作ってくれると嬉しいな。待ってるよ♡

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「…………」

 言葉が出なかった。

「じゃあ……安藤は、津川の手紙を読んで殺人を…?」

「いや…彼女のあの思考はもっと根本的なものだ。恐らくこの手紙を読んでいなくても、同じ思想を抱き、犯行に及んだだろう。……だが、皮肉だね」

 リャンちゃんは、気付かなかったのだろうか。

 みーちゃんが根本から狂っていたことに。

 それとも、気付いていてなおこんな手紙を残したのだろうか。

 今となっては知りようもないことだけれど。 

 

 みーちゃんは、自分の望むような”心躍る”展開の事件と裁判を作り出し、そして自分の望む”冥府”の世界へと旅立っていった。

 みーちゃんの夢は、叶ったんだ。

 でも、今のこの裁判場の様子を見て、リャンちゃんは喜ぶのかな?

 丹沢は笑うのかな?

 

 

 

 少なくともウチは、笑えねーよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソくらえだ、こんなサムい展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 コロシアイ学園生活二日目の夜。

 

「いやあ、今日は楽しい話がたーんとできましたな! 感謝いたしますぞ!」

 そう言って丹沢は笑った。

「リャン様も推しキャラの話がたくさんできて楽しかったなり♡ またやろうなり!」

 津川梁も笑う。

「むわはははっ! お二人のお話はとっても漫画の参考になるぞよ~」

 安藤も笑っていた。

 

「いやはや、コロシアイなどという極限状況においてもここまで話が盛り上がるとは、拙者改めてオタクの底力を思い知りましたぞ!」

「好きなものを語る相手がいるだけで、辛い状況も一旦忘れられるなりね!」

 

「うむむっ!! 次の漫画の題材が決まったぞよー!!」 

 突然、安藤が素っ頓狂な声を上げた。

「ぬおおっ!? 安藤殿、何か妙案が!?」

「この作品のコンセプトはズバリ、”友情”!! 友情を分かち合う三人の主人公は、ある日突然身体の感覚が共通してしまうのだぞよ!」

「感覚が共通…? ってことは、一人が手を痛めたら、もう二人も痛めるってことなりか??」

「左様だぞよ!! 深い友情で結ばれている三人は、苦も楽も全て分かち合い、それがゆえに強大な敵とも戦いぬける結束力を得るのだぞよ!!」

「おおーーーっ!! なんとも熱くなるお話にござるな!!」

「そっか! 仲良しこよしのリャン様達三人から着想を得たなりねっ!」

「そうだぞよ~。リャン様も丹沢殿も、吾輩と苦楽を共にしてほしいんだぞよ~」

 

「では、我らの関係もそれを目指しましょうぞ!! いついかなる時も!! 一人の喜びは三人の喜び!! 一人の痛みは三人の痛み!!」

「おおーーーーっっ!!!」

「ぐすっ、やっぱりリャン様は幸せ者なりね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 一人の痛みは三人の痛み。

 

 もし一人が全身を焼かれ、もがき、苦しみ、死んだなら。

 

 残る二人も、もがき、苦しみ、死んでゆく。

 

 

 

 

 

 

 創作の力は、無限大。

 

 創作者よ、無限なれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Chapter3 俺のヒロイン達が修羅場過ぎて人類が滅亡しそうな件。 完 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイテムを入手した!

 

『リャン様等身大像』

 Chapter3クリアの証。

 細部まで彫り込まれていて、製作者の真面目な性格がうかがえる。

 桜の花束がアクセント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……とか思ってたでしょー!?!?』

 床からにょきっ、とモノクマとモノパンダが出てきた。

「まだ終わりじゃないぞよ! もうちっとだけ続くんじゃ! ぎひゃひゃひゃ!」

 

 

→ to be continued…?

 

 




今回のオシオキは敢えてシンプルめにまとめてみました。千本ノックみたいな単純でかつ恐ろしいオシオキを目指した結果です。
今までのオシオキ編と比べると、ちょっと絶望度合いは物足りないような気も…。

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