エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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約二か月ぶりの更新です。
今回は転換点となる部分なので、ちょっと話が分かりづらいかも。



Chapter3 非日常編③ 学級裁判中編

 僕は、哲学者であり探求者だ。

 ゆえに、悲惨な事件においても、探求することをやめない。

 

 そのあくなき探求心によって、僕は葛西君の推理の瑕疵を見抜いた。

 そして、結論を導き出した。

 

 

 

【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

小清水彌生君。君が犯人ならばこの不可解なアリバイの件も納得がいく」

 

 

 

「…!!!!!」

 

 小清水君の表情が変わった。

 当然と言えば当然ではあるが。

 

「葛西君が集めたアリバイ情報では、君が一番安全で疑われない位置にいる。だが、それが逆におかしいと僕は考える。四日間に及ぶアリバイ調査で、夜時間も含めて常に何かしら他人と行動を共にする予定を入れていたなど、そうそう起こりうることではない。まるで、自分が疑われないようにわざと予定を組んでいるかのようだ」

 

 あっけにとられるクラスメートたち。

 わずかに状況を理解し始めたのか、入間君と伊丹君だけがうつむいて熟考している。

 

「……!???」

 当の小清水君は、怒るでも慌てるでもなく、不可解な顔をしていた。

『なぜ自分が指名されたのか、さっぱり分からない』といった面持ちだ。

 

 そう、それが現時点では”正解”。

 強烈に感情を露わにするのではなく、あくまでも”分からない”という態度をとっておけば、”突然指名されて困惑する無関係者”を装うことができる。

 我々を騙そうとする犯人としては、この上なく正解のリアクションだ。

 だが、それが正解であるとわかっている僕からすれば、むしろそのリアクションは”ベタ”と言わざるを得ない。

 墓穴を掘っているだけだぞ、小清水君。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 君の本性を暴く時が…… 

 

 

『それは違うッ!!!!!』

 

 

 

【葛西幸彦の反論】

 

 

 思わぬ大声に僕は驚きの表情を隠せなかった。

 葛西君が、鬼のような形相で吠えたてたのだ。

 

「葛西君、落ち着いて…!」

 伊丹君がなだめるが、全く効果は見られない。

 前回の裁判の御堂くんもまた然り、激情に支配された人間とはそういうものだ。

 

「いくらっ…!! いくら夢郷君でも…!! そんな言葉、信じられるか!!!」

「か、葛西君…!」

 小清水君が目に涙を浮かべて葛西君に助けを求めた。

 全く、下らない小芝居を打つものだ。

 

「葛西、落ち着いてよ!!」

 亞桐くんも伊丹君に同調し、ここでようやく葛西君はがくりと顔を下に落とし、息を整え始めた。

「でもさ、夢郷。アンタの意見にも同意できないよ。アリバイの話なんて、偶然でも全然納得できるとウチは思うし…」

「私もそう思います! 命がかかっているのですから、むやみな決めつけは禁物ですよ!!」

 亞桐君と山村君が口をそろえて僕に反論してくる。

 

 美しい女性と言えど、理解力に欠ける人間に探求を促すのはやはり面倒なものだな。

「分かった。なぜ、彼女が犯人と思われるのか…。アリバイ以外の観点から根拠を示せばいいんだね?」

 

葛西幸彦:「アリバイの不備だけで犯人を決めつけるな!!!」

夢郷郷夢:「もちろん、それ以外の根拠も用意しているよ」

葛西幸彦:「彼女が人殺しなんてするわけないんだ!!!」

夢郷郷夢:「僕もそう信じたかったよ」

葛西幸彦:「大体、そんなに早くウイルスを作ったなら……」

葛西幸彦:「事件の日までウイルスがもたないじゃないか!!!!」

 

 

「―――葛西君。あまり、不用意な発言はしない方が身のためだ」

 

「君は今、"真実"を敵に回しているのだから」

 葛西君の背筋がゾワリと逆立つのを、僕ははっきりと認識した。

 真実を認識することを恐れる者のする表情だ。

 

 

【使用コトノハ:ウイルスについて

 致死性の高い危険なウイルスで、摂取すると瞬時に体内に流れて患者を侵す。感染すると数十分~一時間で死に至る。高温多湿を好む。

 

 

「モノウイルスは”一日程度なら”乾燥下だろうと熱々のコーヒーの中だろうと耐え忍ぶことができるが、ふつうはそれ以上長生きさせることはできない。―――ある特殊な環境じゃない限り」

「そっか…! 高温多湿!!」

 前木君が反射的に声を上げた。

「そう、あのウイルスは高温多湿、かつ培養に必要な器具があれば長持ちさせることができる。その器具とは―――」

 ウイルスの培養に用いることができそうな器具。

 化学室からなくなっていた、”アレ”で間違いないだろう。

 

 

【提示コトダマ:消えたシャーレ

 化学室からガラスのシャーレがなくなっていた。

 

「化学室から消えていたガラス製のシャーレ…。実験などでよく使われる用具だ。最適な環境さえ作っておけば、ウイルスを中に保存しておくのにうってつけの道具というわけだ」

「なるほど…。だけど、ウチが調べた限りではそんな器具なんてなかったと思うけど……」

 亞桐君がそう言うのももっともだ。

「そう、シャーレはそのままの姿であったわけじゃない。犯人も用意周到な人物だ。きっと”原型が残らないくらい破壊して”一見では判別がつかないようにした、というわけさ」

 

【提示コトダマ:ガラスの破片①

 図書室の隅の方にガラスの破片が落ちていた。

 

【提示コトダマ:ガラスの破片②

 粉々になったガラスの破片が、植物園の隅の方に落ちていた。

 

「細かく捜査したものは、この二つの場所で、ガラスの破片が落ちていたことに気付いただろう。このうちのどちらかがウイルスの培養に用いられたシャーレであると考えられる。そして……”高温多湿”という条件から、どちらがウイルスの培養に使われたかも知ることができる」

「図書室の気温は確か20℃程度…。本の材質を守るために乾燥気味の空間でしたし、高温多湿とは程遠いですね」

「その通りだ」

 入間君の言葉に僕は強く同意した。

 

【提示コトダマ:図書室の環境

 図書室は20℃前後で乾燥していた。

 

「入間君の言うとおり、図書室はウイルスの生育には不十分な環境だ。よって、図書室のガラス片は事件とは関係ない何かだと断定することができる」

「ま、オイラがメロンソーダ飲み終わったコップを落として粉々にしたってのは知られてなさそうでよかったぜ!!! ……はっ!!! 自分で言ってしまった!!」

 モノパンダが素っ頓狂な声を上げる。

 大方、そんなことだと思っていた。

「なんでヌイグルミがメロンソーダなんか飲むんだよ!!! てか図書室は普通飲食禁止だろーが!!!」

亞桐君の二連ツッコミが炸裂したところで、議論に戻る。

「…それに比べ、植物園は気候的にウイルスの培養に適していると考えられる。なぜなら…」

 

「植物園は自由自在に気候を変えることができるから、高温多湿にもできるってことだな!」

 前木君が言ったことを疑う人物はいなかった。

「…………………」

 葛西君はさっきから無言でこちらを睨みつけている。

 一方で、小清水君は不気味なまでに無表情でこちらを見ていた。

「そう、その通りだ。三階が解放されて以降、植物園を訪れた人はいるかな? いるとしたら、どんな気候だったか教えてくれないか?」

 

「…………暑くて、ジメジメしていました。まるで、熱帯雨林のような………」

 山村君が目に涙を浮かべて呟いた。

 その涙は、自分を助けてくれた親友を疑いたくないがゆえの葛藤か。

「さて、もうみんななら分かるね? いつも植物園にいて、何時でも植物園の気候を操作し続けられた人物とは」

「……………」

 沈黙が場を支配した。

「そんな…………小清水さん………ウソですよね…………?」

 すがりつくような山村君の細い声に、しかし小清水君は答えない。

「…っ!!! そんな………そんな………」

 葛西君は歯をギシギシと鳴らしながら呻き声を上げた。

「葛西君。小清水君は君にとって大事な人物だ。それは周知の事実だろう。しかし、真実は何よりも重く、優先されるべきものだ。君は気付いていたはずだ。小清水君がいつ、ウイルスを生成したのかを」

 

 そう言いながら僕が思い出したのは、第二の事件が起きた日の朝。

 あの時、葛西君と僕、そして小清水君の三人が気絶している山村君の前で出会った。

 葛西君は気付いていたはずだ。

 あの時の事件とは関係ないはずの彼女の、異常な様子に。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter2 (非)日常編④】

 

 

 俺は慌てて飛び起き、扉に駆け寄った。

 勢いよく扉を開くと……

 

「葛西君!!!」

 

 小清水さんが涙を浮かべて立っていた。

 彼女の目元には隈ができ、心なしか疲労困憊しているようにも見える。

 しかし、とりあえずは生きていた。

 

 

 

 ああ、よかった。

 昨晩の約束、守れたね。

 

 …なんて、悠長なことを考えている暇はなかった。

 

「来て!! 巴ちゃんが……巴ちゃんが…っ!!」

 ゾワリ、と背筋が逆立つ。 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 隈のできた目元。

 疲労困憊しているような表情。

 何故、小清水君がこのような様子になっていたのか。

 

 まるで、一晩中にわたって、神経をすり減らすような作業に勤しんでいたようではないか。

 

 そう―――君は誰よりも最初にそのことに気付いていたはずだ。

 だが、疑わなかった。

 否、疑えなかった。

 大切な人を信じたいという思いが、真実に向き合おうとする意志に打ち勝ってしまったのだ。

 だからこそ、こうして僕が代わりにみんなを導かざるを得なくなっている。

 

「ぁ……あ……あぁあ……」

 恐れをなしたかのように葛西君は後ずさる。

「ごめんね、葛西君」

 そんな彼に声をかけたのは、他でもない、小清水君だ。 

「みんな、ひどいよね。よってたかって葛西君に言い寄って。私を守ろうと必死なだけなのにね」

「………」

 その言葉に良心を傷つけられたのか、亞桐君と入間君が二人から目を逸らしてうつむく。

 だがその反応は、むしろ彼女の思う壺だ。

「こんな私を守ってくれてありがとう。私なんかじゃ、自分の身も自分で守れないもの」

「小清水さんっ……!! 君は何もしなくていいんだ。君は俺が守る!!! 絶対に守るんだっ!!!!」

 いったい、ここまでの学園生活で、二人に何があったというのだろう。

 ここまで彼を心酔させるのも計画の一つだったのだとしたら、つくづく恐ろしい女性だ。

 

「そ、そうだッ!!!」

 小清水君の激励に勢いづけられたかのように、なおも葛西君は声を上げた。

「じ、実は、小清水さんはあの夜、”夜時間を過ぎても”俺の部屋に残ってたんだ。そして、”日付が変わるころ”に自室に戻ったんだ!! だから、夜時間の間につきっきりで化学室にいるなんてことは不可能なんだよ!! ねえ、小清水さん!?」

 

 

【偽証コトダマ:小清水の滞在時間

 小清水は深夜まで葛西の部屋にいたため、一晩中ウイルス制作を行うことは不可能。

 

 

「え、ちょ、それマジなの!?」

 亞桐君が驚くのも当然だ。

 葛西君は、思いもよらぬことを言い出したのだ。

 もしそれが本当なら、ここまでの議論は全て成り立たなくなる。

「…えぇ、葛西君の言う通り。私が部屋に帰ったのは夜時間になった後よ」

 口を開いたと思ったら、葛西君の論理に同調する小清水君。

 

 ―――無論、本当のはずがない。

 偽証してまで真実にたてつこうとは、なかなかの強敵じゃないか。

 さて、それをどう証明するか……。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞっっ!!!」

 ―――味方は、思わぬところからやってくる。

 豹変を遂げた山村君は、偽証する二人に真っ向から怒鳴りかけたのだ。

「その夜、オレが校舎を見回ってたのを忘れたのか、葛西ッッ!!!!」

「………っっっ!!!!」

 

【使用コトダマ:山村の見回り(二章のコトダマ)

 山村巴は、第二の事件が起きた日の夜、校舎を歩き回って警備していた。

 

「お前の部屋から自分の部屋に戻るなら、廊下を移動しなきゃならねえ…。その気配を、オレが見逃すと思うか!!!」

「ぁうっ………」

 葛西君はうめき声のような声を漏らした。

「でも、巴ちゃんはリュウ君に気絶させられたんだから、その後に自分の部屋に戻ったのなら説明もつくじゃない」

 平然とした顔で反論する小清水君に、「それは違いますね」と入間君が冷静に論破する。

 

「第二の事件があった際、大ホールの時計は深夜一時ほどで止まっていました…。つまり、事件が始まったのはそのあたりの時間になりますね。それに対して…」

「葛西はさっき、”日付が変わるころ小清水が部屋に戻った”って言ってたな。12時ぐらいだと、まだ山村が見回りしてたんじゃないのか?」

 前木君が入間君の論を補完し、論破は成された。

「………!!!」

 葛西君の顔はすーっと青くなり、ガタガタと小刻みに震え始める。

 時系列もよく考えずに中途半端な偽証などするから、余計に追い詰められることになる。

 残念だが、もう逃げられないぞ。

 

 

 不気味な沈黙の中で、葛西君がすすり泣く声だけが聞こえている。

「ぁ……ぁあ……違う……違うんだ……」

「………」

「君は分かっているのかい? 小清水君をかばうと、君自身、ひいては僕たち全員が死に近づくんだよ」

「違うんだよ……小清水さんは……」

 僕の言葉にも耳を貸す様子はなく、ただひたすらに泣きじゃくっている。

 まるで、この前の事件の時の御堂君のようだ。

 

「小清水!!! お前は!! オレを助けてくれたんじゃねえのかっ!!! オレを助けたのは、アリバイが欲しかっただけなのか!!」

 山村君が涙を浮かべながら小清水君に怒鳴りかかった。

「………」

 黙り込む小清水君。

「……状況を考えると、あなたが殺害を計画し始めたのは第二の事件が起きる前。つまり、秋音と同じタイミングで殺害を決意していたんでしょう……?」

 伊丹君が静かに問いかけても、彼女は答えなかった。

「なぜですか……。なぜ、あの二人でなくてはならなかったのですか!!」

 入間君が声を張る。

 

 

「私ね、悲しいの」

 

 

 ふと、小清水君が口を開く。

「あれだけ力を尽くしたのに、結局みんなは私の敵。私を信じてくれるのは葛西君だけ。その彼も今となってはこんな状態」

 膝をついて絶望する葛西君を見下ろして、彼女は言った。

「君の敗因は、自らがすべき反論をすべて葛西君に託してしまったことだ。”擁護してくれる他人がいる”という状況を維持することで場の信用を得たかったのかもしれないが、

 結果から言うと逆効果。彼が無用の偽証などするせいで、余計に君の容疑は固くなってしまった」

「ふふふ、私に何も言わせなかったくせに」

 小清水君は不敵に笑った。

「悲しいし悔しいわ。限られた状況下では最善の策をとったと思ったのだけれど。私は、勝てなかった」

「ほ、ほんとに、お前が……」

 前木君が声を震わせる。

 

「言い訳は後で聞こう。今は、事実をまとめ上げるのが先だ」

 僕は彼女に言い逃れを与える暇すら与えなかった。

 罪を認めてしまったなら、その発言を翻す前に勝負を決めてしまった方がいいからだ。

 

「もう逃げも隠れもさせない。これがこの事件の真実。僕たちが探求した結果だ」

 

 

 

 

《クライマックス推理 ――真実への探求―― 》 

 

 

 Act.1

 

 事件の発端は、第二の事件が起こった夜……既にその時に事件は動き出していたんだ。殺害を計画した今回の事件の犯人が、

 一晩中化学室にこもって毒性のウイルス…【モノウイルス】を作成したんだ。夜時間になる前に化学室に移動し、そのままこもっていたために見回りの山村君にも見つからなかったんだろうね。

 そのまま犯人は翌日の朝食の場で、今回のような事件に移ろうとしたのだろう。だけど、御堂秋音君が先に事件を起こしてしまったために

 彼女の計画は頓挫した……。…一旦、ね。

 

 Act.2

 

 やむを得ず事件を先延ばしにすることになった犯人には、ウイルスを保存する場所が必要になってしまった。だけど彼女は偶然にも、

 事件の後の夜に解放された新エリアでその保存に適した場所を見つけた。それこそが、【気温と湿度を調整できる植物園】だったというわけだ。

 犯人はそこに【化学室から持ち出した培養シャーレ】を密かに設置し、ウイルスの保存を行った。そして自分が事件を起こすべき時を虎視眈々と

 狙っていたのさ。

 

 Act.3

 

 次に犯人は、自分の犯行がバレないために隠蔽工作を行った。犯行が自身の製造したウイルスではなく【モノトキシンX】によるものだと錯覚させる

 ため、モノトキシンXの瓶の蓋を開けておき、何錠か処分して減らしておくことで使用されたかのように見せかけるとともに、化学室によく出入りしていた

 伊丹君に疑いの目が向くように仕向けた。さらに第二の事件後の自分の行動に関して【アリバイ】を作っておくことで、万が一ウイルスの存在が

 公になっても自身に疑いの目が向かないように画策した。使用したシャーレも【割って処分した】。

 

 Act.4 

 

 仕上げに犯人は【朝食を作る際】、厨房の【コーヒーカップ】に、倉庫で手に入れた【オブラート】を使ってウイルスを付着させた。

 こうすることによってコーヒー自体に手を加えなくても毒を盛ることができた。後は誰かが食事の際にコーヒーカップを使用すればウイルスが回って 

 被害者は死ぬ…。コーヒーを淹れたのがちょうど伊丹さんだったのは犯人にとって好都合だったね。だけど、犯人は伊丹さんが【デンプンアレルギー】

 だからオブラートを触ると決定的な証拠が残ってしまうのだということを知らなかった。

 そしてウイルスの混じったコーヒーを飲んだ丹沢君は、解毒薬の投与もむなしく息絶えてしまった…。

 そればかりではなく、彼を助けようとして錠剤を口移しで与えた安藤さんの命もまた奪われてしまった。

 

 

 

 これまでにないほどの綿密な計画性、そして狡猾さ。

 君の本性は、僕たちが知っている姿とはかなりかけ離れたもののようだ……。

 

 

 ―――何か言うことはあるかい? ”超高校級の昆虫学者”、小清水彌生君!!!

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 みんなの視線が小清水君に向く。

 議論の趨勢は、決まった。

 

 観念したのか、小清水君はもう反論する様子を見せない。

 いや、今から何かを言ったところでもう遅い。

 彼女にはそれが分かっているのだろう。

 

「残念だわ」

 小清水君は、少し視線を落とし、妖艶な溜息をついた。

「この惑星の主導権を、あなた達のような生物に握られ続けるなんて」

「……!!??」

 ……ほう。

 興味深い言葉だ。

 

 今回の事件、皆が一番気になっているのは”動機”だろう。

 この事件は、黒幕からの”動機”が提示される前に発生した。

 いや……事件の流れ的には、小清水君が犯行を思い付いたのは第二の事件のタイミング。

 つまり、彼女の殺意を呼び起こしたのは、御堂くんと同じ、”将来の夢”の動機……。

 

 最後の謎が、今明らかになるというわけか。

 

「モノパンダさん、見せてあげて。私の”動機”を」

 小清水君は、玉座で重なり合うように眠りこけるヌイグルミに声をかけた。

「…っは!? 校長センセー!! 呼ばれてますぜ!!」

 モノパンダがゆっさゆっさとモノクマを揺り動かすと、モノクマは目をこすりながら起き上がる。

『うーん……君たちの学級裁判は退屈だなあ…。なに、もう結論出たの? は~い、じゃあ投票を』

「彌生ちゃんの動機を見せろって言ってんだよっ!!!」

 亞桐君が涙ながらに吠えた。

『あーなんだ、もうそこまで行ったのね…。じゃあ教頭センセー、アレを見せてあげなさーい!!』

「ほいさっさー!!」とモノパンダが答えると、すぐにスクリーンが降りてくる。

 

「みんなも知ってる通り、小清水さんが殺人を決意した動機は、御堂さんと同じ”将来の夢”!! それがこちらだぜー!!」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 映し出されたのは、ランドセルを背負った赤髪の小さな女の子。

 幼い頃の小清水君だ。

 彼女は、遠目からとある少年たちを見つめていた。

 同級生だろうか。

 

 彼らの姿がクローズアップされると、小清水君が虚しくたたずんでいる理由が分かった。

 彼らは、蟻を潰していた。

 

 少年たちが去ると、彼女は蟻たちの方へ歩み寄り、見つかる限り蟻の死体を土に埋めていた。

 

『幼い頃から昆虫の観察が大好きだった小清水さんにとって、虫は親友のような存在でした!だけど、彼女はすぐに生物の階級の差を思い知ることになりました!』

 

「汚い」

「気持ち悪い」

「絶滅すればいいのに」

 

『虫たちに向けられたその言葉は、いつしか虫たちとつかず離れずの生活をする彼女にも向けられていきました!』

 

 家族からも友人からも距離を置かれていく小清水君。

 周りの人間から隔絶され、一人ぼっちで虫と戯れ続ける彼女の表情は、しかし心の底から幸せそうだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そこで不意に映像は途切れた。

「そう、私は幸せだったの。人間となんてかかわらなくてよかった」

 小清水君は恍惚の表情を浮かべながら言った。

「ただ生きるために必死なだけの虫さんを、ただ人間の住処に迷い込んでしまっただけの虫さんを、苦しみもがいて死んでいくような残酷な方法で殺処分する人間になんて、私は一ミリの愛着も関心もない!!」

「お前だって……お前だって人間じゃねえか!!」

 前木君が叫ぶ。

「そう、人間よ!!! 愚かで醜い、自分勝手な人間なのよ!!! 私は人間になんて生まれたくなかった!!! 自分たちが地球の頂点だと勝手に思い込み、思うがままに自然を荒らし尽くす人間になんて、生まれたくなかったのよ!!!」

「……だから私は、その身勝手さを逆手に取ることにしたの」

 小清水君はニッコリと笑った。

 

『うぷぷぷ、それじゃあ発表しまーす!! 超高校級の昆虫学者、小清水彌生さんの夢は……』

 モノクマが飛び上がって宣言する。

 

『”この世界を虫さんだけの世界にすること”でーす!!!』

「……???」

 みんながキツネにつままれたような顔をしていた。

 一言では理解できない。

 

『”超高校級”の能力を持つ彼女は、一心不乱にとある細菌の開発を続けたんだよ! ありとあらゆる人間に感染し、無差別に殺戮しつくす大いなる生物兵器をね!!』

 

 人間を侵す致死性の細菌……。

 そんなものが世に現れたら、人類はあっという間にこの世から消え去り、動物と昆虫が支配する世界になるだろう。

 

「この細菌を世界にばら撒き、人類をすべて滅ぼして、大自然と虫さんたちがありのままでいられる世界を作り出してやるのよ。そして最後にこの私の死をもって、邪な存在のない完全世界が完成するの」

 自分の考えに酔いしれるように、小清水君は両手を広げて高らかに宣言する。

「私ははじめ、虫さんになろうとした。虫さんと交尾する方法も研究したし、虫さんの臓器を拡大培養して移植する方法だって考えた。でも、その細菌の研究を始めてから、あえて人間のままの方がいいかなって思い始めたの。私は愚かで身勝手な人間だから、生物を滅ぼすのもその身勝手の一環。こういう汚い役回りは、人間がやった方がいいなって思い始めたのよ」

「……なんだよ、それ……」

 亞桐君の言葉は、その場の全員の心の中を代弁していた。

「なるほど。君の誇大な空想は一つも理解できないが、君が虫けらにも等しい人間であることだけははっきりと分かった」

 僕は薄ら笑いを浮かべて彼女に告げた。

 こういう人間にはまともに取り合うだけ時間の無駄だ。

「……あなたが”無価値なもの”という意味で”虫けら”という言葉を使っているのなら……あなた達人間の方こそ”虫けら”以下の存在よ」

 小清水君は平然と言葉を返す。

 

『うぷぷ! こういうシリアスな感じ、嫌いじゃないよ!! 釜利谷君に記憶を消された君は、将来の夢の動機を見るまでは純真無垢なただの昆虫学者だったんだけどね! 御堂さんやリュウ君と同じく、動機で全部を思い出してしまったんだよね!!』

 

「……そう。あの日、あの動機映像を見せられた瞬間から、全ては始まっていた。あの瞬間、私はこの身に課せられた使命を思い出し、愚かな人類を淘汰するために行動を開始したのよ。…まさか、私が化学室でせっせとウイルスを作っている間に、あんな事件が起きるなんて予想外だったけど」

「駿河を狙ったのは…? あいつに恨みでもあったのかよ…?」

 前木君の問いに、彼女は「え?」と疑問符を浮かべた。

「トリックを見て分からなかったの? あれは”誰でもよかった”のよ。自分がコーヒーを飲まないようにすれば、運の悪い誰かさんが勝手に飲んで自滅してくれるようにできてるから。まあ、”超高校級の幸運”のあなたが飲まずに済んだのは流石ってところかしら。その分、中途半端な感情に苛まれて巻き込み事故で死んだあの女は本当に醜かったわね」

「てめぇっ!!!」

 山村君がオーラを放って威嚇するが、「なによ」と小清水君は平然としている。

「あなたもねぇ……。あれだけ丁寧に看病したし、その前も仲良くしてたからもう少し私に有益な証言をしてくれるかと思ったんだけど。全然戦力にならなくてガッカリだったわ。あなた、龍雅君が死んでから人を純粋に信じられなくなってるみたいね?」

「………ッッ!!!!」

 その指摘が的を射ていたのか、山村君は驚愕の表情を浮かべて何も言わなくなった。

「はぁ、それを見抜けずにアリバイ作りに利用した私もバカだったってわけね」

 小清水君はもう一度ため息をつく。

 

「小清水、さん………俺は……」

 葛西君がよろよろと立ち上がりながら弱々しい声を発した途端。

「黙れ、脚本家!!!」

 これまでにない剣幕で小清水さんは怒鳴った。

「この私の崇高な計画を台無しにした能無しが!!! これまでの二回の裁判で一番活躍していたから目を付けてすり寄ってやったのに、その顛末がこのザマだ、あぁ!!?? お前なんぞグンタイアリさんに隙間なく覆われて痛みと苦しみの地獄の中で喰らいつくされればいいのよ!!!」

 動物のように牙をむき、小清水君は吠える。

 全く醜い姿だ。

「お前だけは絶対に許さない!! 地獄に落ちても、お前への恨みだけは絶対に消えない!!」

「ぁ……あ……」

 葛西君の目から光がすーっと消えていく。

「なんという言い草ですか……!! あなたは、どれだけ対話という概念をないがしろに」

「黙れ黙れ、翻訳者!!! 私は人間の意思疎通なんて求めていない!!!」

 入間君の言葉をさえぎり、なおも小清水君は叫ぶ。

 

「全部、ウソだったの……?」

 葛西君が微かな声で問うた。

「虫さんを思うこの気持ちだけは本当よ」

 突然、普段の穏やかな顔に戻って彼女はそう告げた。

「……だけど、それ以外は全部嘘。嘘は人間だけがつける特権よ」

 そして、狂気をにじませた表情に切り替わり、葛西君を追い詰める。

「思い出してごらんなさいな、おつむの弱い人間さん。第二の動機が発表されて以降、私は急激にお前にすり寄っていた。でも、あれだけ露骨にすり寄っていても、お前は私を疑わなかった。疑おうともしなかった。コロシアイ学園生活という状況下でも、愚かに信じ続けていたんだ!!!」

 

 

 ◆◆◆

 

 二回目の動機の直後のあのやり取りも。

 

 

【Chapter2 (非)日常編④】

 

「モノクマも、モノパンダも、俺達の実力を見誤ってるんだ。俺達は希望。この学園に選ばれた希望なんだ! 分かってくれよ、小清水さん!」

「………っっ!!」

 

 静寂。

 

 数秒ののち、小清水さんは涙を流しながらがっくりと頭を落とした。

 依然として俺の両肩はつかんだままだ。

 そしてそのまま俺を抱き寄せるようにして俺の胸に顔をうずめてきた。

「ご…ごめんなさい……。怖くて怖くて、わけわかんなくなっちゃって……。ごめんなさい……」

 少し戸惑いながらも、俺は彼女の髪をそっと撫でた。

 暖かくて、さらさらとした美しい赤髪だ。

「いや…俺もムキになりすぎちゃった。ごめんね」

 

 実際のところ、言っていることは小清水さんの方が正しかった。

 俺が言った言葉は全部気休め。

 小清水さんが言った現実的な言葉の方がよほど重要なはずだ。

 でも今は、彼女の、そして他ならぬ俺自身の精神を保つため、気休めであってもああ言うしかなかったのだ。

 

 感情のタガが外れたのか、小清水さんは大声を上げて泣いていた。

 俺にできることといえば、そんな彼女になけなしの言葉をかけて慰めてやることだけだった。

 彼女に対して恋のときめきやそれに近い感情を感じる余裕はなかった。

 内心、俺だって救われたような気分だったんだ。

 苦しみを吐露してくれる仲間がいるというだけでも、俺には十分だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 二回目の裁判の直後の、あの幻想的な空間での出来事も。

 

 

 

【Chapter3 (非)日常編①】

 

「虫さんが羨ましい…」

 疲労のこもったため息とともに小清水さんは呟いた。

「虫さんには良い親も悪い親もないもの。親のためとか弟のためとか、そんなことは何も考えず、ただ目の前にある餌を運べばいい。ただ目の前の蜜を吸えばいい。私もそう生きてみたいものね」

「……………」

 彼女の昆虫への愛情話はいつも話半分に聞いていたが、今ばかりはそうはいかなかった。

 彼女の言葉が確かな説得力をもって俺の心に働きかけてきたからだ。

 

「私、昆虫を研究し始めてからずっと思ってることがあるの」

「…ずっと?」

「そう、ずっと。……人間が他の生き物より優れているところって何だと思う?」

 

 その質問に、俺は鈍っていた頭脳を回転させる。

 

「”感情”……?」

 一つ一つ挙げればきりがないが、それが一番大きいような気がした。

「そうよね」と小清水さんは柔らかな笑みを浮かべる。

「でも、感情があるからリャンちゃんは私たちを助けようとしたのよ」

 その言葉が一瞬にして俺の表情を固めた。

「感情があるから土門君は彼女を救おうとした。……結果、二人とも死んだ」

「御堂さんも……」

「そうよ」と彼女は俺と視線を合わせた。

「だから私は思うの。人間にとって、感情は本当に必要な機能だったのかしらって。何も考えずに機械のように生きていけた方が幸せだったんじゃないかって……」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「全部全部、作り物、だったのか………」

 

 

 

「そうよ、作り物。こうして失敗してしまった以上、作る意味もなかったのだけれどね」

「……………うっ、うぅっ」

 葛西君の瞳から大粒の涙が溢れ出る。

 それに呼応するように、小清水君は隣の席の葛西君に詰め寄り、その顎を掴んだ。

「ちょ、あんた……!」

「待ちたまえ。下手に刺激すると何をしでかすか分からないぞ」

 いきり立つ亞桐君をなだめ、とりあえず僕は趨勢を見極めることにした。

 

「そんなに私のことが好きだったの? 人間くん」

 小清水君は葛西君の額に自分の額を付け、にっこりと笑って尋ねた。

「残念だけど、あなたの好きな人はこれからオシオキされるの。でも忘れないでね。例え地獄のような無残な処刑に捧げられようとも、私の意志は、人間の傲慢への大自然の怒りは、決して消え去りはしない。私は一度滅び、今度こそ虫さんとして生まれ変わり、次こそは人類を滅ぼしてみせる。その時は、あなたを一番最初に喰らいつくしてあげる」

 葛西君の頬をいとおしそうに撫で、小清水君は笑みを投げかけた。

「…っ!! 自分が自然の代表であるかのような言い方をしないで!! あなたの方がよほど傲慢よ!!」

 ぐっと悲しみと怒りに耐え続けてきた伊丹君もついに言葉の刃を放ったが、小清水君の心には全く響いていないようだった。

「ふふっ、人間が何か吠えたところで、私はもう止まらない。いい? もう一度だけ言うわ。例えこの身が滅びようと、私は必ず、お前たち人間を―――」

 そうして小清水君は葛西君から離れ、ゆっくりと裁判場にいる全員を見回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――駆逐してやる。この世から、一匹残らず」

 

 

 

 

 

 

 

 裁判場は、憎悪と絶望に満ち溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「はいはい、じゃあ区切りもいいし、とっとと投票してオシオキしちゃおうなー」

 モノパンダが手をたたいて場を仕切る。

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ、と僕はため息をついた。

 なんとかここまでみんなを導くことができたか。

 

 どうやら、僕の役目は無事に果たし終えたようだ。

 ありがとう、みんな。

 やはり僕は最高の仲間に恵まれていた。

 ここまで導けば、あとはみんなで進められるはずだ。

 本当にありがとう。

 これで、”完成”するよ。

 

 

 恐らく、もう気付いているはずだ。

 今までずっと発言が少なかった、入間君か伊丹君あたりが。

 

 僕が手助けするのはここまでだ。

 後は任せたよ、”希望”のみんな。

 

 

 

「あっはっはっはっは、どんなオシオキなのか楽しみねえ!!! 蟻さんに食われるの? クモさんに縛られるの? 蝶々さんに吸い尽くされるの? どうやったら私を絶望させられるのかしらねえ? ぁははははは、あーっはっはっはっはっはっはっは!!!」

『はいはーい、それじゃあお手元のボタンに』

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「お待ちください!!!」

 

 入間君の叫び声が、すべてを止めた。

 

 

「この事件は、まだ……!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大正解だぞよー♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 


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