エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お待たせしました。裁判編です。
V3に影響された作者が軽率に議論スクラムなどを導入していますが、なにとぞ温かい目で見守ってくださいな。


Chapter3 非日常編② 学級裁判前編

「………」

 エレベーターの中は、静寂が支配していた。

 みんなは何を思って、たたずんでいたのだろう。

 俺の心も、空っぽになりそうだった。

 それでも俺が正気を保っていられたのは、隣に立つ小清水さんが、俺の手をしっかりと握っていてくれたからなんだと思う。

 彼女の表情は見ないようにした。

 

 エレベーターの扉が開く。

 赤い横断幕に彩られた裁判場が俺たちを出迎える。

 再びここに来ることになってしまうとは。

 数時間前までの朝食の風景が嘘のようだ。

 

『おはっクマ~!!』

 そして、一番奥の席で元気に挨拶を飛ばしてくる”モノクマ”。

 裁判の時だけに現れる、この悲劇の黒幕。

「校長センセー、その挨拶どっかで聞いたことあるぞ!」

 その横には、いつも通りモノパンダが腰かける。

 

 俺を含めみんなは、何も言われずして自分の弁論台についた。

 全員、無言だった。

 

『うぷぷぷぷぷ! どうしちゃったの、季節外れの五月病かな?』

「ぎひゃひゃひゃ!思春期の子供は笹の葉と同じくらい繊細に扱わなきゃダメですぜ、センセー!」

「………」

 軽快な言葉で俺たちを煽る二体のヌイグルミの言葉にも、誰も答えようとはしない。

 それが彼らなりの反抗なのか、それとも単に言い返す気力すら残っていないだけなのか。

 ……どちらかといえば、俺は後者だった。

 

 新たに追加された二人分の遺影が、もの悲しくこちらを見つめていた。

 仇を、とれるのだろうか。

 分からない、でもやるしかない。

 

 

 共に生き、共に暮らし、共に脱出を誓った仲間たち。

 そんな仲間たちと騙しあい、疑いあい、追い詰めあう悪魔の舞台。

 学究裁判の幕は、再び切って落とされたのだった。

 

 

 

学級裁判・開廷!

 

 

「……さあ、議論を始めないと。いつまでもだんまりしてるわけにもいかないし……」

 小清水さんがようやく口を開くと、場の空気もわずかに変化し始める。

「うむ、その通りだ。まずは分かることから地道に話し合っていこう」

 夢郷君のつぶやきに何人かが頷く。

「まず、お亡くなりになられたのは……”超高校級のフィギュア製作者”丹沢駿河さんと、”超高校級の漫画家”、安藤未戝様のお二人ですね。おふた方とも、突然吐血や出血の症状を発してお亡くなりになりました」

 入間君がそう告げた直後だった。

「死因なんて決まってるよ!」

 亞桐さんが大きな声を張った。

 

【議論開始】

 

亞桐莉緒:「丹沢は実は病気にかかってたんだ!」

亞桐莉緒:「それを知らずにみーちゃんが口移しをしたから…」

亞桐莉緒:「感染したんだよ!!」

入間ジョーンズ:「病気を隠していた、というのですか…?」

夢郷郷夢:「毒物を盛られた、と考える方が自然じゃないか?」

小清水彌生:「うーん……」

小清水彌生:「寄生虫さんを手なずけて、こっそり忍ばせたとか?」

前木常夏:「小清水にしかできなさそうだけどな、それ…」

亞桐莉緒:「あーもう!! 全然まとまんねーじゃんかよ!!」

 

「夢郷君に同意するよ」

 

【使用コトダマ:モノトキシンX

 化学室の棚に置いてある薬品の一つ。蓋が開いており、中身は三分の一ほど減っている。

 

 

 俺が言い放つと、騒然としていた裁判場は一転して静寂に包まれる。

「とりあえず安藤さんのことは後にして、丹沢君の死の状況について考えてみようと思うんだ。そうした場合、俺は毒物が殺害に使用された可能性がまず浮上すると思ったんだ。なぜなら…」

「化学室の”モノトキシンX”……」

 それまで黙っていた伊丹さんが口を開いた。

「そう。化学室に置いてあった”モノトキシンX”という名の錠剤が減っていた。俺はそれが怪しいと睨んでいる」

「いかにも怪しそうな名前ですが、それって本当に猛毒なのですか? おなかを壊す程度とかでは?」

 山村さんが素朴な疑問を投げかけてくるが、”あの人”の情報でそれもマーク済みだ。

「そんなことないよね、伊丹さん?」

 

【提示コトダマ:伊丹の解析結果

 モノトキシンXは猛毒であり、わずかな摂取でも大量に吐血し、命を失う。一般的な致死量は二錠で、体の弱いものなら半錠でも死に至る。

 即効性で、飲んだ瞬間に効果がある。水溶性。

 

「……あれは間違いなく猛毒よ。二錠飲めば健全な人でも完全に息の根を止められるくらいにはね」

 俺の問いかけに応じて伊丹さんが答えた。

「しかも、症状は”吐血と全身からの出血”。丹沢君が発したそれと同様ね」

「なるほど! 薬剤師の伊丹さんが言うなら間違いはないのでしょう! しかしそんなに危険なものが化学室にあったなんて……」

 山村さんは納得したようにうなずいた。

 彼女の言うとおり、薬剤師の伊丹さんの解析結果なら信頼できるだろう。

 ………伊丹さんが犯人じゃない限りは。

 

「で、その毒を盛ったとして、その方法はどうなんだよ? まさか飲んでくださいって言って錠剤渡すわけにもいかねーだろ?」

 前木君の問いかけはもっともだ。

「じゃあ次は、毒の飲ませ方について考えてみようか」

 

【議論開始】

 

伊丹ゆきみ:「モノトキシンXは水に溶けるから……」

伊丹ゆきみ:「丹沢君が飲んだコーヒーに溶けていた可能性があるわね」

入間ジョーンズ:「なるほど…溶けていては気付くこともできませんね…」

山村巴:「だからあれほど午〇の紅茶にしとけって言ったんだチクショォォォォォ!!!!!」

前木常夏:「泣きながらキレるのやめて!!」

小清水彌生:「じゃあ犯人は、コーヒー豆かコーヒーマシンに…」

小清水彌生:「錠剤を紛れ込ませていたというわけね!」

 

「残念ながら小清水さん、それは違うよ」

 

【使用コトダマ:朝食当番

今朝の朝食の当番は小清水・亞桐・夢郷。コーヒー豆及びコーヒーマシンに触れたものはいなかったという。

 

「コーヒー豆やコーヒーマシンに対して怪しい行動をした人はいなかったはずだ。そうだよね、亞桐さん?」

 俺が目くばせすると、亞桐さんは「うん」と答えた。

「てか、彌生ちゃんも朝食当番だったし知ってるでしょ? コーヒーマシンもコーヒー豆も高い棚の上にあるから、誰かがいじってたら絶対気付くはずなんだって!」

「あ、そういえばそうね」とあっさり小清水さんは認めた。

「じゃあ、少なくとも今日の朝食の時間にはコーヒーそのものに毒を仕込んだ人はいないってことね!」

 そういうことになる。

 だけど、それじゃあ……

 

「ん? ちょっと待てよ。じゃあどうやって犯人は丹沢に毒を飲ませたんだよ? コーヒーそのものに毒を仕込んでいないなら、コーヒーに毒を溶かすことなんてできないんじゃないのか?」

 前木君の言葉に一同は黙り込む。

 確かに、コーヒー自体に細工をしなければ毒を摂取させるのは不可能だ。

 …一見、ね。

「そうだ! 分かりましたよ、からくりが!」

 急に声を上げたのは入間君だった。

「犯人はコーヒーではなく、朝食に毒を混ぜたんです! そうすれば、コーヒーに手を加えることなk」

「それはないわね」

「そんなあっさり!?」

 …ちょっと容赦ないけど、伊丹さんが速攻で却下してしまうのもうなずける。

「先ほどの伊丹さんの解析結果をもう一度見直してみてほしいんだ」

 

【提示コトダマ:伊丹の解析結果

 モノトキシンXは猛毒であり、わずかな摂取でも大量に吐血し、命を失う。一般的な致死量は二錠で、体の弱いものなら半錠でも死に至る。

 即効性で、飲んだ瞬間に効果がある。水溶性。

 

「モノトキシンXは、”即効性で、飲んだ瞬間に効果がある”薬なの。だから、もし朝食にモノトキシンXを含ませたなら、のんびりとコーヒーを飲む時間なんてなかったはずだわ」

「ははあ……なるほど、確かにそうですね……失礼しました…」

「入間、ドンマイ……」

 ちょっと憔悴気味な入間君に思わず同情の視線を送る。

 しかし、ここで思わぬ言葉が突き刺さる。

「入間君、君の議論は無駄ではなかったよ。おかげで犯人らしき人物が分かった」

 夢郷君だ。

「夢郷君!? …分かったの?」

「確信ではないが……犯行が可能でありそうな人物は分かった」

 彼は極めて冷静な口調でそう述べた。

「そうか!! 分かりましたよ!!」

 突然大声を上げたのは山村さんだった。

「”事前に”コーヒーに手を加えなくても、コーヒーに細工をできる人物……一人だけいましたよね、葛西君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【人物指名】

 

 

 

 

 

 

 

 

「…伊丹さんなら、できると言いたいのかい?」

「…!!!」

 伊丹さんの表情が、電撃が走ったかのように硬直した。

「状況を思い出してみたまえ。朝食の後、コーヒーを淹れたのは誰だった?」

 コーヒーに関する情報…といえばあれか。

 

【提示コトダマ:コーヒー

 厨房で淹れられたコーヒー。伊丹が淹れ、伊丹と丹沢が飲用した。特に不審物は見受けられない。

 

「淹れたのは伊丹さん……だったね」

「そうだ。先ほどの議論からわかるように、”朝食の時間に”コーヒーに細工はされていなかった。だが、事前に細工などしなくても、そもそもコーヒーを淹れるときに錠剤を一緒に入れてしまえばいいじゃないか。それだけでトリックは成立する」

「残念ですが……私もおおむね夢郷君の意見に同意します。だってそれしかありえなくないですか…?」

「なんか、そういわれてみればすごく筋が通ってる気がしてくるんだけど……」

 夢郷君と山村さんと亞桐さんは口をそろえて伊丹さんが犯人だと言い出した。

「…伊丹さん、反論しないの?」

 俺は思わず伊丹さんの方を向くが、彼女は動揺しながらも、うつむいたままだった。

「…今の状況じゃ、何を言っても言い訳になっちゃうわ。…葛西君、私はあなたを信じてる」

 その言葉は、まるで「助けてくれ」と俺に呼びかけているようだった。

「…夢郷君にしては、ずいぶんと短絡的な考えですね? わたくしには、どうも伊丹様ほどの人物がそんなに単純な犯行を行うとは思い難いのですが…」

 入間君は伊丹さんが犯人だとは思っていないようだ。

「うーん……私はどっちとも言えないかなあ……。情報が少なすぎるし、今判断するのは時期尚早だと思うけど」

 小清水さんは中立…?という解釈でいいのだろうか。

「お、俺は伊丹の味方だぞ! 俺を助けてくれた伊丹が、こんなことするはずがねえ!!」

 前木君……ありがとう。

 でも俺は、感情に頼らなくても、伊丹さんが犯人じゃないことを確信している。

 

 真っ二つに割れた議論を、俺の手で新しいステージへ、真実の脚本へと導いてみせる!!

 

【議論スクラム開始】

 Q.伊丹ゆきみは犯人なのか?

亞桐莉緒・夢郷郷夢・山村巴VS葛西幸彦・前木常夏・入間ジョーンズ

 

亞桐莉緒:「薬物に詳しいゆきみんなら毒物を使うのは簡単だよ!!」

入間ジョーンズ:「彼女の解析結果は信ずるに値する情報です! 彼女が犯人なら真実を言うのはむしろ不利です!」

山村巴:「コーヒーを淹れたのは他ならぬ伊丹さんなんですよ!」

前木常夏:「明らかに自分が疑われるような方法で伊丹が犯行を行うわけがねえだろ!!」

夢郷郷夢:「伊丹君ではない人間が犯行を行った形跡があるとでも言うのかい?」

 

葛西幸彦:「あるんだよ。コーヒーカップに残された”アレ”が」

 

【使用コトダマ:ぬめり

 丹沢が飲用したコーヒーカップの底にはぬめりがあった。

 

「……ぬめり…? そんなものがカップの底にあったというのかい?」

 実際にカップを見ていないであろう夢郷君が不思議そうな顔をする。

「ああ、そういえばそんなものもありましたね! ですが、それが一体何だというのですか!?」

 相変わらず強気な口調で身構える山村さんだが、俺は慌てずに返すことにする。

「考えてみてよ。何も細工をせず、ただコーヒーを飲んだだけのカップに、ぬめりなんて生じると思う?」

 そう。

 この”ぬめり”こそが、この事件の大きなカギを握っているはずだ。

 ぬめりの正体を突き止めるために、まずはカップについて考えられることを述べていこう。

 

「犯人はきっと……。コーヒーそのものではなく、”丹沢君が用いたそのカップにだけ”細工を施し、毒を仕掛けたのだと思う」

 伊丹さんの言葉に、俺は強くうなずいた。

「俺もその線が正しいと思う。じゃあ、犯人がコーヒーカップに何をしたのかを話し合ってみようよ」

 全員が頷いた。

 一度は真っ二つに割れた裁判場も、何とかある程度はまとまることができた……のだろうか?

 

【議論開始】

 

小清水彌生:「でも、コーヒーカップにモノトキシンXを仕込んでおくなんて…」

小清水彌生:「そんなことが可能なのかしら?」

前木常夏:「うーん…コーヒーカップなんて普段よく観察しないしなあ…」

亞桐莉緒:「そっか!分かった! 単純な話だよ!」

夢郷郷夢:「君の推理なら話半分に聞いておいた方がいいね(にっこり)」

亞桐莉緒:「うるせえぶん殴るぞ!!」

亞桐莉緒:「…えっと、犯人は単に、棚に置いてあるカップの中に…」

亞桐莉緒:「モノトキシンXを入れて置いておいただけなんだよ!」

入間ジョーンズ:「そうか! モノトキシンXは白くて小さい錠剤ですから…」

入間ジョーンズ:「カップに入れっぱなしにしておけば……」

前木常夏:「伊丹が気づかずにコーヒーを淹れちまう、ってわけか!」

 

「入間君、それは違うよ」

 

【使用コトダマ:厨房のカップ

 厨房にはコップやコーヒーカップが逆さに並べて置いてある。特に仕掛けはない。

 

 入間君がぎょっとした表情でこちらを見た。

「モノトキシンXの錠剤をカップの中に入れっぱなしにしておくことはできないんだ。なぜなら、コーヒーカップは全て『逆さまにして』置いてあったからさ」

「うむ、僕もカップが逆さまに並べられているのは以前見たことがある。これでは、カップの中に錠剤を仕込んでも、カップを持ち上げた瞬間にその場に残って気付かれてしまう」

 夢郷君の同意を得ると、場は一気に静まり返ってしまった。

「そ、それは不注意でした…。はて、ではどうやって、犯人はモノトキシンXを…?」

 ……どうだろう。

 あのぬめりが、何か意味を持っているのは間違いないんだけど。

 

「あっ、分かったかも」

 前木君の一言に、みんなが視線を彼に向けた。

「そうだ。犯人は逆さまの状態でもなお、モノトキシンXの錠剤をカップの中に仕込んでいたんだよ!」

「はぁ!? さっきの議論結果と違うじゃねーかオラァァ!!!!!」

 山村さんがキレだすのは、混乱しているいい証拠だ。

「あー、説明しないとそう聞こえるかもしれねーけどさ…。よく考えてみな。犯人はモノトキシンXをカップの【底に固定】したんだよ! その名残が、あの”ぬめり”ってわけだ! なあ、もう分かるだろ?」

 彼の言いたいことは……何なのだろう。

 その答えは、恐らくここまでに得た情報の中にはない。

 答えを導く方法は、”閃き”だ。

 閃け。

 

 

 

 

 

 カップの底に”固定する”……。

 

 

 

 ”貼り付ける”……。  

 

 

 

 ”濡れるとぬめりに変わる”……。

 

 

 

 

 

 

「……”オブラート”、とか……?」

 俺の答えに、前木君が強くうなずいた。

「そういうこと! 実は俺、この前倉庫にオブラートが置いてあるのを見つけてさ。ここに用意されてるってことは、犯人が使っててもおかしくないよな?」

「待ってください! オブラートなんかをどう使うというのですか!?」

 山村さんが問いかける。

「えっと、俺の想像の範囲内だけど、使い方はこうだ。まず、オブラートの各辺に当たる部分を濡らして少し溶かし、錠剤をカップの底に置いた状態で、覆いかぶせるようにしてくっつけちゃうんだ。この状態でオブラートの接着面が乾くと、カップを逆さにしても錠剤は落ちてこないよね」

 要は、オブラートを接着剤兼被せ蓋のように使って固定したというわけだ。

「なるほど……それなら確かに逆さの状態でも錠剤を固定することができますね…」

 山村さんが納得した様子で頷く。

「そう。元々の錠剤が小さいから、オブラートもそれに合わせて小さくカットして使えば、カップの中を注視しない限り見つけることはできない。だから、伊丹さんが気づかずにコーヒーを淹れてしまうというわけなんだ」

 俺の立てた仮説に今のところ綻びはない……はずだ。

 

「……そして、もう一つ。このトリックを仕込んだのは伊丹さんではないという確証があるんだ」

 俺が告げると、伊丹さん以外の全員が怪訝そうな顔をする。

「知っている人は知っている。彼女だけが持っている、ある身体的特徴に目を向ければすぐにわかるよ」

 そう、彼女が”オブラート”を用いるはずがない。

 何故なら……

 

【提示コトダマ:伊丹のアレルギー

 伊丹は軽度のデンプンアレルギーだという。生活に支障をきたすほどではないが、デンプンに触れると手が赤くなってしまう。

 

「伊丹さんはデンプンアレルギーだから。デンプン質のものを触ると手が赤くなっちゃうんでしょう?」

「知っていたのね……」

 伊丹さんはため息をつく。

 

 もし彼女が今朝オブラートに触れていたなら、朝食中もその後も、そして今も、手がずっと真っ赤に腫れているはずだ。

 だけど、彼女の手はいつも通り透き通った白色。

 ということは、彼女はオブラートには触れていないという事実が導かれる。

「俺が葛西に教えたんだ。勝手に言ってごめんな……」

 前木君が謝ると、彼女は笑顔を浮かべて「気にしないで」と慰める。

「謎を解くために必要なことですもの。これで私の疑いが晴れるなら、安いものよ」

「…とにかく、これで伊丹さんが、少なくともこのトリックを実行した人じゃないってことは分かったよね?」

 先ほどの議論で伊丹さんを疑っていたみんなに向かって言うと、反論は出てこなかった。

 よかった。この調子で議論を進めていこう。

 

 

「……結局、犯人は事前にカップの中に細工をしてたってことになるよな……。じゃあ、誰がいつそんなことをしてたんだろうな……」

 前木君の問いかけはもっともだが、現時点ではその問いに明確な答えを導くことはできない。

「夜時間は食堂及び厨房に立ち入ることはできませんから、それ以外の時間に用意をするしかないと思われますが……。短時間で用意できる程度のトリックですから、誰にでも可能な気がしますねえ……」

「…入間君の言うとおりだね。ちょっと現時点では犯人の特定は難しいと思う」

 俺がそう言うと、またもや場はだんまりとしてしまった。

 

「ほらほら、反抗期真っ盛りの中学生みたいに黙り込むなよ! ドンドン話してくれなきゃ校長センセーが退屈しちゃうだろ?」

 モノパンダがそう言うが、モノクマはとっくの昔に鼻提灯を出して眠りこけている。

 

「じゃあさ、一旦別の話題に移ってみようよ! ほら、まだまだ別の謎とか、あるでしょ?」

 亞桐さんが言うと、黙っていた伊丹さんが「そうね」と口を開いた。

「ここまでの情報を整理しつつ、間違っているところがあったら指摘してちょうだい」

 その言葉で、議論は再び動き始める。

 

【議論開始】

 

夢郷郷夢:「……死亡したのは、丹沢君安藤君

小清水彌生:「死亡時刻は、丹沢君が7:25、朝食の直後で……」

小清水彌生:「みーちゃんは裁判の直前だったわね」

入間ジョーンズ:「凶器は、オブラートによってカップに仕込まれた……」

入間ジョーンズ:「モノトキシンXで間違いないでしょうね」

前木常夏:「…………」

前木常夏:「この中に間違いなんてあんのかよ~!?」

 

「!!! そうだ!!! 入間君!! それは違うんだ!!」

 

【使用コトダマ:モノウイルス

 強力な毒性を持つ感染性ウイルス。乾燥下・高温下でも12時間以上生存可能な高い耐性を持つ。

 

 なぜ、これに早く気付かなかったのだろう。

 この学園に用意されていた毒物は、一つだけじゃなかった。

「伊丹さん……。あれだけの短時間で人間を死に至らしめる毒物が、化学室にもう一つあったよね」

 伊丹さんに視線を合わせると、彼女は語り始めた。

「”モノウイルス”……。人間の体内でモノトキシンXを生成し続ける、凶悪なウイルス。既知のどのウイルスとも異なる全く新しい病原体」

「えぇっ!? 毒薬だけでもヤバいのに、ウイルスなんてあったのかよ!?」

 亞桐さんが目を丸くして叫んだ。

「これを知っているのは、よほどよく化学室を調べた人だけなんだろうね…。このウイルスも犯行の手がかりとして候補に入れた方がいいと俺は思うんだ」

 俺が言うと同時に、「ちょっと待ってください!」と声を上げたのは山村さんだった。

「いきなりウイルスなんて言われても、にわかには信じられませんよ! 第一、そのウイルスはどのような状態で保管されていたんですか!?」

 ウイルスがどのような状態で化学室に置かれていたか…。

 それを示すコトダマは、あれがちょうどいいだろう。

 

【提示コトダマ:ウイルス生成キット

 様々なウイルスの元となる物質が乾燥状態で保管してある。これをもとに化学室の設備でウイルスを生成することができる模様。説明書も同封されており、生成には専門知識は必要ない。

 

「これも信じがたい話だけど…。”ウイルスを作成するキット”の状態で置かれていたんだ」

「なにそれ……。私も生物学者の端くれだけど、ウイルスが作れるなんて話、聞いたことないわ」

 小清水さんが怪訝そうな顔をするのも当然だ。

「でもまあ、モノパンダやモノクマどもには俺たちの常識なんて通用しないってのはここまでの事件で分かってるからな……」

 前木君がそう言って台座に鎮座する二体を睨みつける。

 突然鋼鉄の槍を降らせたり、ショベルカーやバッティングマシーンをどこからともなく出現させたりと、奴らのやることは物理法則すら超えているように思える。

 そんなあいつらなら、ウイルスをその場で作らせるように加工するなんて大したことでもないのかもしれない。

 

「ふうむ、その生成キットなら、生物の知識がなくともウイルスを作れるわけですか。厄介ですねえ……」

 入間君が腕を組んで考え込む。

「分かったぞオラァァ!! 犯人は”モノトキシンX”だと思わせて、実はウイルスの方をオブラートに貼りつけやがったんだぁぁぁ!!!」

 …分かったなら、なんでキレてるの? 山村さん……

 

「それはどうかしらね?」

 

 

【小清水彌生の反論】

 

「!?」

 不意に横槍を入れてきたのは、他ならぬ小清水さんだった。

「ちょっと私には理解できないかなって。私の意見を聞いてくれる?」

 今まで反論してきた人たちより随分と冷静な態度だが、その目は自分を信じて疑わない意志がにじみ出ている。

「なんだとぉぉ!? オレ様の意見に文句があんのかぁ!!!」

「待って、山村さん。俺が聞くよ」

 シュッシュッとボクシングのように拳を振る山村さんを押さえ、俺は小清水さんと向き合った。

 

小清水彌生:「えっと、巴ちゃんの推論だと、犯人はオブラートにウイルスを付着させたってことになるけど…」

葛西幸彦:「うん。何かおかしいかな?」

小清水彌生:「まず、その状態だとウイルスが乾燥して死滅しちゃうはずよ」

葛西幸彦:「…いや、それはあり得ないね」

小清水彌生:「あと、その状態にさらにコーヒーなんか注いだら大変よ」

葛西幸彦:「そんな高温には耐えられないって?」

小清水彌生:「うん。私の経験則上、そんな環境の急激な変化には耐えられないと思うのだけど」

 

「甘いね。その言葉、切らせてもらう!」

 

【使用コトノハ:モノウイルス

 強力な毒性を持つ感染性ウイルス。乾燥下・高温下でも12時間以上生存可能な高い耐性を持つ。

 

 もう一度、このコトダマの情報を整理しよう。

 そのためには……

 

「モノパンダ! モノウイルスについての基本情報を教えてよ。コトダマの共有をするだけだから、アンフェアな行為ではないと思うんだけど」

 突然指名されて「ひゃっ!?」と驚いたモノパンダだが、少し黙った後にしゃべり始めた。

「……分かったよ。モノウイルスは強力な毒性を持つ感染性ウイルスで、乾燥・高温下でも12時間以上……一日近くは生存できるスゴいウイルスだぜ。ほら、これでいいんだろ」

「あら、じゃあ大丈夫なのね。ごめんなさい」

「あっさり認めやがった!!」

 小清水さんの変わり身の早さに、前木君が愕然とする。

 

 いいように使われてふてくされるモノパンダをよそに、議論は次のステージに移る。

「じゃあ、犯人はモノトキシンXじゃなくて、モノウイルスで丹沢を殺した可能性があるってことなのね…」

 亞桐さんの言うとおり、犯人はどちらかの毒物を犯行に使ったということになる。

 ただし、二つの毒物は、必ずしも使い勝手が同じというわけではない。

「モノウイルスにはある”制限”があったんだ。それは―――」

 それを示すコトダマは、あれしかない。

 

【提示コトダマ:ウイルスの製造

 ウイルスは化学室の設備でも丸一日つきっきりで作業しないと作成できない。

 

「ウイルスは丸一日……夜時間なら夜が明けるまで……”つきっきり”で作業をしないと完成しないようにできているんだ。完成するまでは、ちょっとでも離れるとすぐ物質が変性してダメになっちゃうらしくて……」

「………」 

 モノパンダの方を向いたが、明後日の方を向いて肘をついているだけで何もしゃべってくれなかった。

「え!? それが本当なら、みんなのアリバイさえ分かっちゃえば……」

「…モノウイルスを作ることのできる人を絞れるってことか」

 前木君の言葉に俺は「そうだよ」と同意した。

「みんなから証言をもらっておいてよかった。みんなには、三階が解放された日からのアリバイを教えてもらったからね」

 

「僕には証言可能なアリバイがあるよ」

「私にはアリバイがありますっ!」

「私のアリバイなんだけどね、あの日は―――」

 犯人のレッテルを回避したい一念か、突然みんなそれぞれのアリバイを思い思いに言い始めた。

「ちょ、ちょっと! 俺は聖徳太子じゃないんだから、一人ひとり言ってくれないと分からないよ!」

 俺が声をかけても議論は収まる様子を見せない。

 

 こうなったら、この状態で議論を進めるしかない。

 一つ一つの議論に耳を貸して、間違ったところがあれば論破し、間違っていなければ同意する。

 今までと同じように、議論を正解に導けばいい。

 俺は意識をとがらせてみんなの意見に耳を貸した。

 

 

【パニック議論開始】

 

 

議論⑴小清水彌生:「私は三階が解放された日の午後…」   

議論⑵入間ジョーンズ:「わたくしは一日目の夜…」

議論⑴小清水彌生:「植物園で夢郷君と話していたのよ!」

議論⑵入間ジョーンズ:「夢郷君と休憩室で話していたのでございます!」

議論⑴前木常夏:「俺は娯楽室で丹沢と遊んでたな…」

議論⑵亞桐莉緒:「そんな話、信用できんの?」

議論⑴小清水彌生:「で、夜は毎晩巴ちゃんと一緒にいたから……」

議論⑵夢郷郷夢:「君のバストサイズよりは信用できるよ」

議論⑴小清水彌生:「私のアリバイは完璧なはずよ!」

議論⑵亞桐莉緒:「うるせえ!! 盛ってると思ってんのか!!!」

議論⑵伊丹ゆきみ:「二日目の日中は全員がプールにいたから……」

議論⑴前木常夏:「後半の議論の蛇足感」

議論⑵伊丹ゆきみ:「全員にアリバイがあるわね」

議論⑵亞桐莉緒:「アッハイ」

 

 ……!!??

 くそ、情報が錯綜しすぎて何が何だかさっぱり分からない。

 もう一度、みんなの議論に耳を傾けよう。

 

議論⑴山村巴:「私が完全に置いてけぼりくらってるんですけど!!」

議論⑵亞桐莉緒:「てかさ、大体夜時間って部屋にいるからアリバイって実証できないよね」

議論⑴入間ジョーンズ:「あなたまで出てくるとますますややこしくなるので黙っていてください」

議論⑵夢郷郷夢:「姦通でもしていない限りね」

議論⑵亞桐莉緒:「高校生がそんなことしてたまるか!!!」

議論⑴山村巴:「………(絶句)」

議論⑴前木常夏:「ちなみに、俺は三日目の朝と夜は伊丹と一緒にいたから…」

議論⑵小清水彌生:「事件が起きたのは今日、つまり四日目の朝だから、とりあえずここで確認完了かしら?」

議論⑴前木常夏:「その時間は、俺と伊丹のアリバイは間違いないな!」

 

「……! この議論に矛盾はない。全員の意見に同意する!」

 

【使用コトダマ:

 

 前木の証言

 伊丹は三日目の日中とその日の夜時間に前木の部屋を訪れ、精神的なケアを行っていたという。

 

 夢郷の証言①

 一日目の夜、入間と休憩室で会話していた。夜更けまで二人でいたようだ。

 

 夢郷の証言②

 一日目の日中、小清水と二人で植物園にいた。夕食の直前までいた模様。 

 

 山村の証言

 小清水は第二の裁判の翌日から夜時間は毎晩山村の部屋で過ごし、精神的なケアを行っていたという。

 

 

 俺が出した結論はそれだった。

 この議論に、少なくとも俺が得た情報と矛盾する内容の言葉は存在しなかった。

「みんなが思い思いのアリバイを同時に言い出したのはちょっと面食らったけど……。みんなの証言はどれももう片方の人からの裏が取れている情報ばかりだった。だから俺は、今の議論で事実に反するようなアリバイ証言はなかったと判断したよ」

「……じゃあ、そのアリバイを考慮していけば、おのずとモノウイルスを製作しうる人は絞られるってことですね!」

 意気込む山村さんを後押ししたい気持ちはやまやまだが、俺からも一つアリバイを提出しておこう。

 

「一応、三階が解放される前の晩のこともみんなに伝えておくよ。ねえ、小清水さん?」

「ああ、あの晩のことね」と小清水さんはにっこり笑った。

 

【提示コトダマ:葛西の証言

 第二の裁判の後の夜時間、小清水と葛西は植物園を訪れた。

 

「やはり姦通かい?」とほざく夢郷君は無視して、俺はあの夜に小清水さんといち早く植物園を訪れたことを伝えた。

 

「なるほど……。では、二人は二回目の裁判の後の夜もアリバイが保証されているわけか」

 夢郷君が言うと、俺は小さくうなずいた。

「そうだね。……で、ここまでの話をまとめて、みんなのアリバイを手帳にまとめてみたんだ。よかったら見てみてほしい」 

 そう言って俺は自分の手帳を手渡しでみんなに回していった。

 

 

 

『第二の裁判後 深夜

 

 葛西→植物園

 小清水→植物園

 それ以外→アリバイなし

 

 

 一日目 日中

 

 葛西 朝食→娯楽室→図書室→夕食→休憩室

 前木 朝食→娯楽室→夕食

 入間 朝食→図書室→夕食

 夢郷 朝食→【植物園】→夕食→休憩室

 山村 朝食→図書室→夕食

 亞桐 朝食→図書室→夕食

 伊丹 朝食→図書室→夕食

 小清水 朝食→【植物園】→夕食

 

 

 一日目 夜時間

 

 葛西 個室(アリバイなし)

 前木 個室(アリバイなし)

 入間 【休憩室】

 夢郷 【休憩室】

 山村 【山村の個室】

 亞桐 個室(アリバイなし)

 伊丹 個室(アリバイなし)

 小清水 【山村の個室】

 

 

 二日目 日中

 

 全員 朝食→プール→夕食

 

 

 二日目 夜時間

 

 葛西 個室(アリバイなし)

 前木 個室(アリバイなし)

 入間 個室(アリバイなし)

 夢郷 個室(アリバイなし)

 山村 【山村の個室】 

 亞桐 個室(アリバイなし)

 伊丹 個室(アリバイなし)

 小清水 【山村の個室】

 

 

 

 三日目 日中

 

 葛西 朝食→購買→美術室→娯楽室→植物園→夕食

 前木 朝食→【前木の部屋】→夕食

 入間 朝食→廊下→夕食

 夢郷 朝食→娯楽室→夕食

 山村 朝食→植物園→夕食

 亞桐 朝食→娯楽室→夕食

 伊丹 朝食→【前木の部屋】→植物園→夕食

 小清水 朝食→植物園→夕食

 

 

 三日目 夜時間

 

 葛西 個室(アリバイなし)

 前木 【前木の個室】

 入間 個室(アリバイなし)

 夢郷 個室(アリバイなし)

 山村 【山村の個室】

 亞桐 個室(アリバイなし)

 伊丹 【前木の個室】

 小清水 【山村の個室】

 

 

 四日目 朝

 

 事件発生 』

 

《※【】内の情報はコトダマによるもの。【】でくくられていない情報は、(非)日常編①~③で葛西がエンカウントした場所を示す。詳しくは各話参照。》

 

 

 しかし、改めてこの手帳を見ると、ある問題に気付く。

「これ……夜時間のアリバイがない人がほとんどだね」

 亞桐さんがつぶやいた言葉がまさにそれだ。

 当然だが、夜時間は殆どの人が部屋で寝ているのでアリバイなんてない。

 これを見る限り、夜時間でも完璧なアリバイがあるのは小清水さんだけで、第二の裁判後の夜を除いても、これに山村さんが加わるだけだ。

 後の6人―――少なくとも俺を除いた五人は、いずれもウイルスの作成が可能な時間が残されている。

 

「葛西君……」

 小清水さんが不安そうな目で俺をのぞき込んできた。

 彼女自身は潔白が証明されたからいい。

 だけど、彼女は俺の身を案じているのだろう。

 大丈夫。大丈夫だよ。

 俺は自分の潔白ぐらい自分で証明してみせる。

 君は心配しなくていいんだよ。

 

 そんな思いを込めた強いまなざしを彼女に送った。

 

「結局さ、殺害に使われた”毒物”ってどっちだったの?」

 亞桐さんの何気ない一言で、再び議論は動き出す。

「いろいろ情報はまとまったけどさあ……どっちで殺したのか分からないことには、話も進まないじゃんかよ?」

「あんだけアリバイとかまとめといてアレだけど、俺はモノトキシンX派かなー」

 前木君がそう言うと、「わたくしもそう思いますね」と入間君が同意した。

「あら、そうなの?」と伊丹さんは不思議そうな顔をした。

「私はそうは思わない。ある”簡単な事実”を見返してみれば、この事件に使われたのが”モノウイルスである”ことは明白なのよ」

「ふぇえっ!? なんですかそれは!? 私は信じませんよ!」

 山村さんが素っ頓狂な声を上げる。

「さて、と。また議論が二つに割れてしまったようだね」

 夢郷君が不敵な笑みを浮かべて言った。

「だったら、話し合いだ。どちらかが納得するまで、コトダマをぶつけあうだけさ!」

 真っ二つに割れた裁判場。

 議論は佳境に差し掛かり、いよいよクライマックスに向かおうとしている。

 

 伊丹さんが言う、”ある事実”って、もしかして―――

 

 

【議論スクラム開始】

Q.二人を殺したのはモノトキシンXなのか?モノウイルスなのか?

入間ジョーンズ・山村巴・小清水彌生・前木常夏VS葛西幸彦・伊丹ゆきみ・夢郷郷夢・亞桐莉緒

 

前木常夏:「作るのに時間がかかるウイルスよりも、錠剤の方が簡単に使えるぞ!」

夢郷郷夢:「用意周到な犯人なら、かかる時間など問題ではないはずだよ」

小清水彌生:「手軽に使える錠剤の方が、証拠の隠滅もしやすいと思うけど」

伊丹ゆきみ:「両方とも被害者の体内に入ってしまうのだから、証拠隠滅の難度は変わらないわ」

入間ジョーンズ:「生成に時間がかかるのも含めて、ウイルスでは実際に使うにあたってリスクが大きすぎますよ!」

亞桐莉緒:「そのリスクをうやむやにできるトリックを犯人が考えたってだけだろー!」

山村巴:「では、モノウイルスが犯行に使われていなければ説明がつかないことでもあるというのですか!?」

 

葛西幸彦:「あるんだよ。とてつもなく大きく、誰もが知っている事実がね」

 

 

【使用コトダマ:モノモノファイル③-2

 被害者は超高校級の漫画家・安藤未戝。毒物を摂取した形跡あり。

 

 

「そう、他ならぬ安藤さん。今回の事件の二人目の被害者だよ」

「安藤が!?」

 俺たちと議論を戦わせていたみんなは一斉に目を見開く。

 

 丹沢君ほど派手ではなかったが、徐々に衰弱し、己の死を実感しながらみじめに死んでいった彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

「思い出してごらん。コーヒーを飲んでいない彼女はなぜ、丹沢君と同じような状態に陥ったのだろう?」

 

「……ウイルスに”感染”したから…?」

 恐る恐る前木君が発した言葉が、俺の出した答えだった。

「そう。モノウイルスは”感染性ウイルス”。丹沢君に口移しで錠剤を与えた安藤さんの体に、ウイルスが乗り移ってしまったと考えるのが自然じゃない?」

「そっか…。錠剤の毒が他人に移るわけないもんね……」

 これで、結論は出ただろう。

 

「つまり、犯人はモノトキシンXを使ったかのように見せかけて……」

「実際にはモノウイルスを使って二人を殺害したということか……」

 入間君と夢郷君の言葉に結論がまとめられていた。

 モノトキシンXが使われたかのように見せかけたのは、恐らく伊丹さんに罪をかぶせるため。

 だけど、幸運なことに犯人は伊丹さんのアレルギーのことを知らなかったんだろう。

 ゆえに彼女は冤罪から逃れることができた。

 

「…だけど、それが分かったところで結局犯人の手がかりなんてほとんど掴めてなくない?」

 亞桐さんの言うとおりだった。

 

 これまでの情報だけじゃ真犯人の正体はつかめない。

 分かっているのは、アリバイの件だけ。

 あれだけでは犯人は五択までしか絞れない。

 罪をかぶせられたという点を考慮して、伊丹さんは犯人候補から外していいだろうか…?

 いや、でもそれすらも考慮に入れた二重の罠という可能性も……。

 

 議論はまたもや停滞してしまった。

 

 

 頭がビリビリとしびれるような感覚に陥る。

 …何も、浮かばない。

 脚本の締め切りが迫った時もこんな感じだった気がする。

 だが少なくとも、状況はその時よりはるかに深刻だ。

 判断を誤れば死ぬ、その状況で俺は答えを見失ってしまったのだ。

 

「ね、ねえ! 誰かなんか言ってよ! なんか情報とかないわけ!?」

「情報っつっても……ここで使えそうなものは何も…」

「うかうかしてたら投票が始まっちまうよ! みんな死んじゃうよ!」

 亞桐さんが述べた焦燥は、全員が感じているものだ。

 この中に潜む、クロ以外の全員が。

 

「……一つ、疑問を覚えたところがあった」

 そう言いだしたのは、夢郷君だ。

「葛西君。君の推理には一つ間違いが…。いや、間違いではないのだが、抜け落ちている部分がある」

「……!」

 それは、今までに俺が退けてきたどの反論とも異なり、静かながら底知れない重みがあった。

 

「さっきのアリバイの件だ。君は、第二の裁判が終わった直後からのアリバイをまとめてくれていたね」

「うん……」

 俺は力のない返事をした。

 あのアリバイに間違いはない。

 全員の証言は裏が取れているのだから。

 間違いはない……はずなんだ。

 

「君は勘違いをしている。モノウイルスを作成できるのは、何も”第二の裁判の後だけ”ではないんだよ」

「………え!?」

 その言葉で、全身が逆立つような感覚に襲われる。

 まるで、絶対に気付いてはいけないことに気付いてしまったような……。

 

「なぜなら、化学室があるのは”二階”。モノウイルスが化学室にずっとあったなら、犯人は”第一の裁判の後”ならいつでもウイルスを作る機会があったんだ」

「………!!!」

 彼の言うことは正しい。

 だけど、だからって犯人の手がかりには……

「人間は、物事を区切り区切りで考えてしまいがちだ。ゆえに犯人は、我々が”事件ごと”に物事を整理してしまうと予想したのだろう。葛西君がそうだったようにね」

 

 なんだ???

 なんだ、この震えは???

 

「つまり、第二の裁判があった後のアリバイは、犯人にとって都合がよくなるようにできているんじゃないかと、僕は思ったんだ」

「なるほど…。真の作成時間から目を逸らさせることで、あたかも自分にウイルス作成は不可能であるように見せかけたかった、というわけね」

 伊丹さんが夢郷君に同意した。

「ああ、そうさ。つまり―――ここで葛西君の手帳をもう一度見てほしいんだが……」

 

 

 

 ……この手帳を見る限り、”最も疑われにくい位置”にいる人物は誰だい?

 

 

 

「………!!!!!」

 

 嘘だ。

 やめろ。

 

 

 そんなことが、あってたまるか。

 

 

 

 認めない。

 そんな事実、認めない。

 たとえ真実だとしても。

 絶対に認めない。

 

 

 

 ”彼女”が犯人だなんて。

 

 絶対に、認めない。

 

 

『それは違うッッッ!!!!!!』

 

 

 俺は全身全霊を込めて、吠えた。

 

 

学級裁判・中断

 


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