エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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ひー、なんだかんだ本編の更新としては半年空いてしまいました。誠に申し訳ない次第。
一章10個、二章15個と微妙な数のコトダマが続いていて謎解きを楽しみたい人には不満だったかなあと思い、思い切って今回は28個も用意してみました。
謎解きコメはネタバレ用の活動報告コメ欄などでおねがいします!お待ちしてます!


Chapter3 非日常編① 捜査編

 二度の殺し合いを経てもなお、目の前に死にゆく丹沢君の姿をただ見つめることしかできなかった。

 …否、目の前だからこそだ。

 

 今までの殺し合いでは、死体は”いつの間にか死んでいた”。

 だが、今は違った。

 ついさっき、俺の視界の中央で、リアルタイムで死は訪れたのだ。

 その衝撃ゆえに、俺は自分の体を動かすことさえも本能に遮られることとなった。

 

 五分に満たなかった。

 丹沢君が興奮のあまり鼻血を出し、俺たちが心配と苦笑の混じった笑みで彼を眺めていたあの光景から、五分に満たない時間の間にここは地獄と化した。

 死に際に彼が感じた世界は、まさしく地獄と呼ぶに些かの抵抗もなかっただろう。

 

 いや、そのような考え事は今すべきではない。

 今俺たちが直面しているのはもう一つの地獄。

 

 

「ぐぇええっ、っがぁああぁぁあぁぁぁぁぁ……っぁああぁぁぁ…」

 眉間にしわを寄せ、涙と血をぼたぼたと零しながら安藤さんは呻いていた。

「安藤さん!!! これを!!」

 伊丹さんが、先ほど安藤さんが丹沢君に投与した錠剤を指で割り、口に含ませた。

「お願い……出血だけでも止まって……」

 そこにきてようやく俺は自分の体が突き動かされるのを感じ、行動の自由を得た。

 だが、いざ動けるようになると、今度は自分が何をすべきかが分からなくなってしまった。

「安藤さん……安藤さん……」

 ただ名前を呼ぶなどこの場において何の意味ももたらさぬものであったが、混乱した頭で行えた行動はその一択であった。

 

 

「ぎっひゃひゃひゃひゃひゃーー!!!!!」

 久方ぶりの”それ”が、開いた天井からすとんと床に落ちてきた。

 天井はすぐに元通りにふさがる。

「前回の傷も癒えてこのとーり!! 元気な教頭センセーのお出ましだぜ!!」

 バシッとポーズを決めるモノパンダ。 

 自分の健在ぶりをアピールするかのように、モノパンダはくるりと一回転して床に降り立った。

「あれれ? せっかく愛しの教頭先生がご復活したってのになんでそんなにお通夜ムードなんだよぉ~?」

 

「やめてくれ!!!!」

 次の瞬間、夢郷君の絶叫がモノパンダに襲い掛かった。

「こんなこと、こんなこと、コロシアイと呼べるのか!! 今すぐ彼を治すんだ!! 治せ!!!」

 普段の彼からは想像もつかないほどの怒声に、しかしモノパンダは微動だにしない。

「なんだよ~、まだオイラが理由もなくオメーラに危害を加えると思ってんのか~? これはれっきとしたコロシアイだぞ~!! この事態は、紛れもなく【オメーラの中の誰かが仕組んだ】事態なんだよーだ!!!」

 モノパンダは腹を立てて身を乗り出しながら吠えた。

 

「あっ…あぁっ……」

 現実を直視できなくなったのか、亞桐さんは小さく声を上げながら力なく床に座り込んだ。

 ぼうっと立っているだけの俺も大差ない。

 

「お願いお願いお願いお願い……っ!!! 快復してよっ……!!!」

 伊丹さんが安藤さんを抱きかかえ、涙をまき散らしながら絞り出すような声で呼びかけた。

「ぅう……ぅうぅ……ぅ…ごほっ」

 安藤さんのうめき声は次第に弱くなり、一つの血交じりの咳を最後にガクリと頭を垂れた。

「あっ、安藤君!!」

 夢郷君がすぐに駆け寄る。

「脈はある……けど、危篤状態よ」

 伊丹さんが震える声で告げた。

 

 絶望に打ちひしがれる中、アナウンスを聞いた他のメンツが続々と食堂に集まってきた。

「な、んで……」

 食堂に広がる地獄を見た山村さんが最初に発した言葉はそれだった。

「なんで……なんで……」

 ふらふらとした足取りで倒れた丹沢君のもとへ歩み寄る。

 血まみれの肉塊と化した丹沢君は何も答えない。

 ただでさえ情緒不安定な山村さんにこの光景はきつすぎるんじゃないだろうか――などという心配が脳裏によぎるが、もう遅かった。

 

 一瞬、彼女の周りを赤いオーラが覆った。

『なんでッ……なんで死んでんだよォォオオォオッ!!!!!』

 その怒号は、普段の山村さんが豹変した姿そのものだった。

 懐かしい。

 不意にそんな思いを抱いてしまった。

「……っ!?」

 すぐに山村さんは戸惑いの表情をみせながら自分の手をのぞき込んだ。

「あ、あれっ、私……」

 皮肉なことに、丹沢君の死と安藤さんの危篤というショッキングな出来事が引き金となって、山村さんの人格は完全に元に戻ったようだった。

 だが、「おかえりなさい」と言ってくれる人はいなかった。

 そんなことを言っている余裕のある人間などいなかったのだから。

 

 こんな時、俺はどうすればいいんだろう?

 そんな問いを浮かべるが、答えは出ない。

 リュウ君、御堂さん、釜利谷君―――こういう時に冷静な対応でみんなを指揮してくれるであろう仲間は、もうみんな死んでしまった。

 残されたのは、自分がどうすべきなのかも分からないか弱い俺たちだけ。

 

「保健室……」

 口を開いたのは小清水さんだった。

「みーちゃんを保健室に連れて行って看病しましょう。きっと…ここに寝かせるよりは安全なはずよ」

 実に的確な指摘だ。

「さ、ウジウジしていられないわよ。早く捜査しないと、私たちの命が危うくなる。誰か、現場の見張りを頼みたいのだけど」

 みんなを引っ張るような役ではなかったはずの小清水さんが、茫然としている一同に対して声を上げた。

 その声でハッと現実に引き戻されたのか、「で、ではわたくしが…」と入間君が名乗り出る。

「じゃあ、私は安藤さんを保健室に…」

「僕も手伝おう。君だけでは不安だ」

 伊丹さんと夢郷君は安藤さんを保健室へ。

 

 それを機に、現場が慌ただしく動き出す。

 同時に、長らく宙に浮かんでいた俺の意識がすーっと体内に戻ってくるのを感じた。

 脱力した。

 一歩間違えれば尿を失禁していたかもしれないほどに体から力が抜け、どさりとその場に尻もちをついた。

 仰向けに倒れている丹沢君の姿が見える。

「(死んでいるのか……)」

 それが未だに信じられない。

 すっと起き上がって「ドッキリでした!」と笑いかける彼の姿がありありと浮かぶ。

 それが現実には絶対起こりえないことだと理解していながら。

 

 

《捜査開始》

 

 

 意識していたわけでもないのに、俺は自然に電子生徒手帳を開いていた。

 これまでの事件の”慣れ”がそうさせているのだろう。

 なぜなら―――ほら、あった。

 

 

【コトダマ入手:ザ・モノモノファイル③

 被害者は”超高校級のフィギュア製作者”、丹沢駿河。死亡時刻は午前7:25。

 

 

 無機質な文字は、彼が本当に死体と化してしまったという事実を容赦なく突き付けてきた。

 一時間前は、まさか自分がモノモノファイルに直面しているなんて夢にも思っていなかったのに…。

「あぁっ、駿河っ……なんで……!!」

 前木君が涙をこぼしながら丹沢君に抱き着こうとするのを、なんとか入間君が止めていた。

「落ち着いてください…。辛い気持ちは分かりますが、もう起きてしまったことは変えられないんです!!」

 今の彼に正論なんて通じるのだろうか。

 泣き崩れる彼に、入間君は何度も慰めの言葉をかけていた。

 

 人数は減り、残った人たちも前木君のように精神的に追い詰められた人たちばかりだ。

 俺がちゃんとやらねば。

 頑張ろう。謎を解こう。

 俺がやらねば誰がやる。

 

 そう思って俺がまず目にしたのは、食堂の机の上に置かれた薬瓶。

 伊丹さんが持ってきた薬だ。

 瓶の蓋は空いており、中には口の近くまでびっしりと錠剤が入っている。

 

【コトダマ入手:解毒薬

 伊丹が持ち込み、丹沢と安藤に服用させた薬。瓶いっぱいに中身が入っているが、蓋は空いている。

 

 そしてよく見ると、瓶にはラベルが貼ってある。

「効用:発作的な吐血、内出血  水・アルコールなどの有機溶媒に対し可溶性を持つ」

 …と、薬剤の効用について書いてあった。

 丹沢君に摂取しても効果がなかったのは、既に症状が手遅れな段階まで進んでいたからだろうか…。

 せめて、安藤さんは…。

 

【コトダマ入手:解毒剤のラベル

 吐血を抑え、容体を安定させる効用があると書かれている。その他、水溶性、アルコールにも溶ける…など、化学的性質が書かれている。

 

「あっ、あの……」

 不意に声をかけてきたのは山村さんだ。

「こんな時にアレですけど…私、この前の事件で心が折れちゃってて、皆さんにとんでもないご迷惑をおかけしたようで…。本当に申し訳ありませんでした!!」

 そう言って山村さんは勢いよく頭を下げた。

 予期せぬ言葉に俺は一瞬面くらったが。

「あ、いや、気にしないでよ…。今は…そんなこと気にしてる場合じゃないから…」

 ズタボロの心では真っ当な返答すら返せなかった。

「…そう…ですか…。……あの、申し訳ついでに一つ気づいたのですが…このカップ、底に何かあるように見えるんです……」

「……?」

 山村さんが手にしていたのは、コーヒーカップだった。

「これ、このテーブルに二つ置いてあったうちの一つなんですけど……」

 …と、いうことは。

 丹沢君と伊丹さんが飲んだコーヒーのカップ、か。

 俺はカップの底をのぞき込んだ。

 コーヒーは完飲されているが、底に光るものがある。

 ”ぬめり”……? 

 気になるが、毒物が入っていたかもしれない以上不用意に触るわけにもいかない。

 そして、もう一つのカップには何もなかった。

 

【コトダマ入手:ぬめり

 食堂のコーヒーカップのうち、片方の底にはぬめりがあった。何の物質かは分からない。

 

 厨房に入ってみると、亞桐さんがコーヒーマシンの蓋を開けて中を調べていた。

「あ、葛西。…今、このマシンの中に薬みたいのが落ちてないかなって調べてて。でも、何もそれっぽいものはないんだよね」

「なるほど…。先に調べてくれてたんだね。ありがとう」

「うーん……丹沢がああなったのは、たぶん朝食後のコーヒーに何か入ってたからだとは思うんだけど…。それとも朝食に何か入ってて、時間差で効いてきたのかな…」

 腕を組んで考え込む亞桐さん。

 

【コトダマ入手:コーヒー

 厨房で淹れられたコーヒー。伊丹が淹れ、伊丹と丹沢が飲用した。特に不審物は見受けられない。

 

「…にしても…うちは今回が一番許せないよ……」

 突然、彼女の表情が張り詰めた。

「…犯人を……?」

「犯人も…あいつを助けられなかったウチも…全部だよ。何もあんな…みんなの目の前で、あんなに苦しんで死ぬような仕掛けにしなくなってよかったじゃんかよ!」

「………」

 俺は何も言えなかった。

 こんな殺し方をしたのは、犯人にどういう意図があったからなのだろうか?

 単純にこの殺し方が最も証拠が残りづらいからなのか……それとも、俺たちを苦しめるためにわざと…。

 …そんなことを考える奴が俺たちの中にいるなんて…。

 

「…くそっ。怒ってたってしょうがないね。死んだ丹沢や今も毒と戦ってるみーちゃんのためにも、ウチらが犯人を暴いてやらなきゃ。葛西、何か聞きたいこととかある?ウチに答えられることならなんでも答えるよ!」

 亞桐さんは強い目つきで問いかけてきた。

「えっと…。じゃあ一つ聞くね。昨日の夜から今朝にかけて、何してた?」

 月並みだが、アリバイについて問うのが基本だろうと思い聞いてみた。

「えっと…昨夜はいつも通り部屋で休んでたから……証明できる人とかがいないんだよね。こういうのを、”アリバイがない”って言うのかな…? でもしょうがないよね。あと、今朝は朝食を作ってたよ。彌生ちゃんと夢郷の野郎と、三人でね」

「うんうん……」と答えながら俺は自分のメモ帳にその証言を記録する。

 

 第二の事件の後、万が一に備えて手帳とペンを倉庫から拝借していたのだ。

 ……これを使うような事態にはなってほしくなかったけど。

 

「朝食の時、コーヒー豆とかコーヒーマシンに手を触れた人はいた?」

「いや…忙しかったから二人の手元をじっと見たりはしてないんだけど、コーヒーマシンとコーヒー豆って上の棚にしまってあるじゃん? あれ取り出すには、脚立持ってきて上の棚を開かないとダメなんだよ。だから二人がそれらを取り出そうとしてたら流石にウチも気付くはずなんだ。でも今朝はそういうことはなかったから、彌生ちゃんも夢郷もコーヒーマシンと豆には触れてないよ」

 はきはきとした言い方から、恐らくその供述に虚偽は含まれていないだろうと推測できる。

 ……彼女が犯人でなければ、ね。

 

【コトダマ入手:朝食当番

 今朝の朝食の当番は小清水・亞桐・夢郷。コーヒー豆及びコーヒーマシンに触れたものはいなかったという。

 

 引き続きコーヒーマシンの調査を続ける彼女をよそにシンクをのぞき込むと、朝食を完食した後の皿が大量に重ねてあった。

 見渡す限り、怪しいものはない。

 そのまま調理器具周辺も細かく調べたが、いたって普通のキッチン…という印象だった。

 じゃあ犯人は、どこにどうやって毒物を仕込んだのだろう…?

 

 近くの棚には、コップやカップが逆さまにしてズラリと並べてあった。

 丹沢君と伊丹さんが飲んだコーヒーのカップもここから取り出したようだ。

 一つ一つ調べてみたが、特にこれといった発見はなかった。

 カップの中に一枚のモノクマメダルが隠れていたが、今はこんなものに用はない。

 

【コトダマ入手:厨房のカップ

 厨房にはコップやコーヒーカップが逆さに並べて置いてある。特に仕掛けはない。

 

 

 厨房を出て再び食堂に戻った俺に、すっかり元の人格を取り戻した山村さんが声をかけてきた。

「葛西君……。私、見張りをしながら考えたのですが、そもそも、この校舎に毒物などあるのでしょうか?」

「…?」

 俺は首をかしげる。

「だって…私たちは武器になるようなものはおろか、私物だってほとんど取られた状態でこのコロシアイ生活をさせられているんですよ…? 前回の御堂さんだって、その場にある部品で即席のスタンガンを作るのが精いっぱいだったじゃないですか。そのような状態で、毒物を保管したり生成したりできる場所なんて……」

「……一つ、心当たりはあるよ」

 ……化学室。

 二階が解放された当初、伊丹さんがそこにこもって毒物の効用を細かく調べていた。

 つまりあそこには、それ相応の毒物が保管してあるということだ。

 

「……けど、化学室に行く前に一つ聞いておきたいことがあるんだ」

「…はい、なんでも答えます」

「ありがとう。昨夜から今朝にかけての君の行動を教えてほしい。俺みたいに部屋で休んでたとは思うけど…」

 ダメもとで尋ねてみたが、山村さんは「あ、アリバイでしたら!」と声を張り上げた。

「私、ここのエリアが解放された日以来、毎晩小清水さんを部屋に呼んで一緒に過ごしていたんです!」

「えっ? 本当に?」

 思わぬ事実に俺は目を丸くした。

「はい…。お恥ずかしながら私、ずっとあんな調子でしたので…。ずっと夜は小清水さんにケアをしていただいてたんです。おかげさまで元には戻れましたけど…まさかこんなことになるなんて…」

 まさか、そんなに前からケアを始めていたなんて…。

 あの人はあの人なりに俺たちの結束を高めようと努力してくれていたんだ。

「……分かったよ、ありがとう」

 後で会ったら、お礼を言わなきゃな。

 そう思いながら、俺は化学室へ向かった。

 

【コトダマ入手:山村の証言

 小清水は第二の裁判の翌日から夜時間は毎晩山村の部屋で過ごし、精神的なケアを行っていたという。

 

 化学室は相変わらず薬の匂いに満ちており、清潔だが無機質な印象を受ける。

 だが、ここには人を殺す兵器がいくつも眠っている。

 もっと早くこの場所の危険性に気付いておくべきだった。

 前回の事件で使われなかったからと言って油断していたのかもしれない。

 俺たちのミスだ。

 そのミスで失われた命のためにも、全力で謎を暴こう。

 

 薬品棚には、薬の入った瓶がズラリと並んでいる。

 一見、文系の俺には全く理解できない……と、思いきや。

 一つ一つの薬の瓶には手書きのラベルが張ってあり、効用や性質が一目でわかるようになっている。

 これも、2階が解放された直後に薬品の組成を詳しく調べてくれた伊丹さんの努力のたまものだろう。

 流石は薬剤師、本職だけあってとても細かく書いてある。

 これなら、毒薬がどこにあるかなんて、一目で……。

 

 ……ほら、あった。

 俺の視界に飛び込んできたのは、一つだけ中身を消費したドクロマークの瓶。

 ”モノトキシンX”と書かれおり、中身は半分ほど減っている。

 俺はじっとラベルを注視した。

『摂取すると、激しい吐血・嘔吐・痙攣を起こし、死亡する。致死量は二錠だが、衰弱しているものなら半錠でも死亡しうる。飲んだ直後に効果あり。水に可溶。有機溶媒には溶けない。』

 …丹沢君や安藤さんの身に起きた症状とほぼ同じだ。

 これは、もしや……

 

【コトダマ入手:モノトキシンX

 化学室の棚に置いてある薬品の一つ。蓋が開いており、中身は半分ほど減っている。

 

【コトダマ入手:伊丹の解析結果

 モノトキシンXは猛毒であり、わずかな摂取でも大量に吐血し、命を失う。一般的な致死量は二錠で、体の弱いものなら半錠でも死に至る。即効性で、飲んだ瞬間に効果がある。水溶性。

 

 

 続けて俺は、瓶が一つだけポツンとなくなっている個所を発見した。

 周りに置いてある薬を見ると、一通り蓋を空けた形跡があるが、中身は瓶いっぱいに詰まっている。

 誰かが体調不良で少しだけ使ったのだろうか…?

 効用を見ると、解熱剤や咳止め、痛み止めなど、いわゆる本来の意味での”薬”と呼べそうなものが並んでいた。

 と、いうことは、伊丹さんが食堂に持ってきた解毒剤は、間違いなくここにあったものなのだろう。

 

【コトダマ入手:解毒剤周辺

 解毒剤があった場所の周辺には、医療薬の瓶が並んでいた。蓋を開けた形跡はあるが、中身はいっぱいに入っている。

 

 これで化学室は一通り見ただろうか…と思い、化学室を後にしようとした俺は…。

「……?」 

 奇妙なものを見つけた。

 薬の瓶とは別に、棚に大きな箱が並んでいる。

 ”ウイルス作成キット  インフルエンザ”

「ウイルス作成キット…?」

 ウイルスって、そんなに簡単に作れるものなのか…?

 甚だ疑問だが、あのモノパンダはこういうところでは意味のないウソはつかない性分だ。

 しかし、ウイルスを作れるともなれば、それもまたモノトキシンXと同等の恐怖になるじゃないか。

 

【コトダマ入手:ウイルス生成キット

 様々なウイルスの元となる物質が乾燥状態で保管してある。これをもとに化学室の設備でウイルスを生成することができる模様。説明書も同封されており、生成には専門知識は必要ない。

 

 

「ん…?」

 そして俺は、それらの箱の中でもひときわ威容を放つものを見つけた。

 その箱は、他の箱と比べても明らかに大きいだけではなく、表面に大きくモノクマのイラストがついている。

 

「ぎひゃーひゃひゃひゃ!!」

「わわっ!!」

 箱を見ることに集中していたこともあって、普通にビックリしてしまった。

 振り返ると、どこからか現れたモノパンダがゲラゲラと笑っていた。

「よく見つけたなー!! そいつはオイラ特製『モノウイルス』だぜ~!!」

「”モノウイルス”…?」 

 こいつらはモノトキシンXにとどまらず、そんなものまで作ったというのか。

「そいつは体内に流れ込むと、あっという間に胃腸まで到達して大感染!! 30分以内に感染者を死に至らしめる魔法のようなウイルスなのだぜー!!」

 ビシッとポーズを決めながらモノウイルスの説明をするモノパンダ。

 …これも、事件に関係あるんだろうか?

「このウイルスの症状は? どんな感じ?」

「えっとー、激しい吐血と嘔吐、出血かなー!」

「……モノトキシンXと一緒じゃないか」

「しょ、しょーがないだろっ!! だってモノウイルスは、”体内でモノトキシンXを自動生成するウイルス”なんだからよ!! だけど、勝手にどんどん生成してくれるから、致死量自体はモノトキシンXを直接摂取するよりはるかに少なくて済むんだよなー!」

「…じゃあ、モノトキシンXの方が優れているって部分は?」

「効くまでの時間かなー! モノトキシンXは飲んだ瞬間に効き目があるしな! あ、あと、モノウイルスは作るのが非常にメンドクセーんだよな! この生成キット、オイラと校長先生で知恵を絞って”専門知識がなくても作れるようにはした”んだけどよ、何しろ”丸一日つきっきりで化学室にこもってないと作れない”くらい生成すんのが難しい仕様になっちゃったんだぜ!!ムリゲー!!」

 モノパンダは顔を真っ青にし、頭を抱えて叫ぶ。

「丸一日、つきっきりで…? 一瞬たりともはなれちゃいけないの…?」

「そのとーり! 10秒はなれるともう酸化しちゃって死滅…っていうクソ仕様だぞ! うかうかトイレにも行けないんだよなーこれが! まあ、いったん完成しちまえば熱湯の中だろうが乾燥状態だろうが一日は持つけどな…。一日以上持たせたいなら、高温多湿の環境下で適切な細胞に寄生させれば」

「分かった、もういいよ」

 このパンダにしては珍しくウンチクを長ったらしく語ってきそうな勢いだったので、俺はめんどくさいとばかりに話をさえぎった。

 

【コトダマ入手:モノウイルス

 強力な毒性を持つ感染性ウイルス。乾燥下・高温下でも一日は生存可能な高い耐性を持つ。

 

【コトダマ入手:モノウイルスについて

 致死性の高い危険なウイルスで、摂取すると瞬時に体内に流れて患者を侵す。感染すると30分以内に死に至る。高温多湿の環境では長期にわたって生存する。

 

【コトダマ入手:ウイルスの製造

 ウイルスは化学室の設備でも丸一日つきっきりで作業しないと作成できない。

 

 

「おい、教頭先生の講義は静粛に…」

「さて、化学室の用事はこれで済んだかな」

 相変わらず講釈を垂れようとするモノパンダを無視して、俺は化学室を後にしようとする。

「へーんだ!! そういう態度とるなら、”シャーレがなくなってること”なんて教えてやらないよーだ!!」

「…シャーレ?」

「はっ!!!しまった!!」

 口を押えて慌てているモノパンダの背後を見ると、ガラスの実験器具が並んでいる。

 そして、ズラリと並んでいる器具の中で、一つだけポツンと穴が開いているのを発見する。

『実験用シャーレ』というラベルが張られたゾーンだ。

 シャーレって……何に使う道具だったっけ……?

 

【コトダマ入手:消えたシャーレ

 化学室からガラスのシャーレがなくなっていた。

 

 後ろで騒ぐモノパンダをおいて化学室を出た俺は、次に図書室に向かった。

 図書室の扉を開けると、久方ぶりの埃の匂いとともに、一人の人物が俺を出迎えた。

「やあ…葛西君か」

 夢郷君だ。

 本を大量に抱えており、何か事件にかかわることを調べていたようだ。

 彼は先ほど、伊丹さんとともに安藤さんを保健室へ運びに行ったはずだが…。

「夢郷君。安藤さんの様子はどうなの?」

 俺はたまらず尋ねた。

「ああ…。僕と伊丹君で彼女を保健室に連れて行った後、彼女をベッドに寝かせた。解毒剤を飲ませたから容体は回復するかと思ったのだが、彼女は何度も吐血と嘔吐を繰り返していて、一向に良くなる気配を見せてくれなかったんだ…。伊丹君によると、初期症状は丹沢君より軽かったらしいが…。僕には、なすすべがなかった…」

 夢郷君の表情には悔しさがにじみ、なんら有効打を打てない自分の無力を悔いているのが一目でわかった。

 …俺も、同じ気持ちだ。

 

【コトダマ入手:安藤の病状

 安藤が倒れた際の初期症状は丹沢のものより軽かったが、症状は継続している。

 

「…で、夢郷君はどうしてここに?」

「安藤君の看病は自分に任せてほしいと伊丹君が言ってね。だが僕は、僕より優秀な頭脳を持つ君の方こそ捜査に参加すべきだと言ったんだ。だが、医学の知識がある自分が看病した方がいいと言って、伊丹君は聞いてくれなかった。どうか自分のかわりに、真実を見つけてほしいと、僕に託してくれたんだ。…だから僕は、この部屋で丹沢君と安藤君を襲った病状について調べていたというわけだ」

 夢郷君の口から語られた伊丹さんの想いは、その場に居合わせていなかった俺にもひしひしと伝わってきた。

 

 この場所で行われる裁判は、ただの裁判ではない。

 選択を間違えば俺達の命が失われる、まさに決死の勝負。

 それも、行われるのはただの処刑ではない。

 常軌を逸した地獄のような殺人劇が、つい先日まで共に暮らしてきた仲間たちの目の前で行われるのだ。

 そのような状況下で、捜査という行為がいかに自分にとって命綱であるかは想像にたやすい。

 だが、伊丹さんはその権利を自ら放棄した。

 必死に毒と戦う安藤さんを、仲間の命を救うため、捜査という行為を俺たちに委ねたんだ。

 

 …ごめんね、伊丹さん。

 いつだって君は辛い役目を自ら引き受ける。

 この事件が終わったら、娯楽室かどこかで一緒に遊びたいな。

 君のためにも、俺たちは真実を見つけてみせるよ。

 

「…そっか。ありがとう、夢郷君。でも、せっかく調べてくれたところ悪いんだけど、化学室で見つけた毒物の中に思い当たるものがあって……」

 そして俺は、五分ほどかけて先ほど見つけた”モノトキシンX”や”モノウイルス”などについて詳細を伝えた。

 夢郷君は顎に手を当ててじっと考え込んでいる。

「……そうか。そんな物質が……」

「丹沢君や安藤さんを襲った毒物がこの建物内で調達されたものだとしたら、恐らくは化学室にあるものだと考えて間違いないと思うんだ」

「…ふむ。僕もその線で考えてみよう。情報提供ありがとう。」

「いや、大したことじゃないよ」と返して俺は会話を続ける。

「…夢郷君、ついでと言ったらなんだけど、いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「ああ。構わないよ。なんでも聞いてくれ」

「昨日の夜の行動について聞きたいんだけど…。ちなみに俺は個室で寝ていたからアリバイの実証は不可能だね」

「…うん。僕も同様だ。いつものように自分の部屋で就寝していた」

 …やっぱり、そうだよね。

 だけど俺は、ここで今までの人とは違う問いかけを投げかけてみた。

「じゃあさ、昨晩じゃなくていいや。前回の事件が終わってから、アリバイが実証できる時間帯とか、なかった?」

「ほう……」と夢郷君は考え込む。

「日中なら大体誰かとともにいたような気もするが…、夜時間となると…。…ああそうだ。数日前、夜時間の直前に君と休憩室で会ったことがあっただろう?」

 その言葉を聞いた俺は、自分の記憶を探りにかかる。

 

 ”夜時間の前、俺はふと休憩室に足を運んだ。

  何故か、と言われるとはっきりした理由は分からない。

  ただ、しばらく行ってなかったせいか、どことなく懐かしい感じがしたんだ。

 

 「あ」

  そこには先客がいた。

 「やあ、葛西君か」

  他ならぬ、夢郷君だ。

  珍しいことに、彼しかいなかった。”

 

 思い浮かんだのは、あの夜のこと。

 夢郷君に意味深な物言いをされた、あの夜だ。

「三階が解放された後、初日の夜…だね」

「そうだね。あの後、夜時間に差し掛かった後も僕は休憩室で考え事をしていたんだけどね。入間君が後からやってきて、二人で語り合っていたんだ。ちょうど、入間君が伊丹君と争った後の夜だったからね、相談なんかもされたよ」

「なるほど…。その時はどれくらい遅くまで話し合っていたの?」

「…ほぼ夜明けまでだったね。別れた後、シャワーを浴びてすぐに朝食に行った。そしてその後に、みんなでスイカ割り大会をした、という流れさ。僕も入間君も職業柄、寝ないことには慣れているからね」

 夢郷君はすらすらとその時の行動を述べていった。

 ぱっと聞いた感じでは、嘘であるようには思えない。

「ああ、そうだ! その前の日中、つまり三階が解放された日だね。恐らく葛西君には会ってないと思うんだが、あの日の日中は小清水君と二人で植物園を見に行っていたんだ」

 三階が解放された日…。

 確かにあの日、俺は小清水さんと夢郷君の二人にだけ会っていない。

 しかし…その二人が一緒に行動するなんて珍しいな。

「何を話していたの?」

「僕は新エリアを調べようとたまたま植物園に足を運んだんだが、そこに小清水君がいてね。彼女に話を聞いたところ、”この場所は春夏秋冬の季節を自由に再現でき、様々な生態系の再現ができる”とはしゃいでいたんだ。せっかくなので彼女と生態系や昆虫の群生などについて話を聞いたんだ。それもほとんど丸一日、日が暮れるまでね」

「……へえ。夢郷君って、そういう話も聞くんだね」

「僕が知りたいのは哲学だけじゃない。分野なんて関係なく、知見を得ること自体が僕にとっての悦びなんだ」

 なるほど。流石は超高校級の哲学者、知識を追い求める姿勢は本物のようだ。

 …まあ、そんな思想を持っているからスケベな知識を追い求めたりするんだろうけど。

 

【コトダマ入手:夢郷の証言①

 一日目の夜、入間と休憩室で会話していた。夜更けまで二人でいたようだ。

 

【コトダマ入手:夢郷の証言②

 一日目の日中、小清水と二人で植物園にいた。夕食の直前までいた模様。 

 

(なお、コトダマにおける〇日目という表記は、”三階が解放された日”を”一日目”と数える。事件が起きた本日は”四日目”である。)

 

「…とにかく、これらの話については後で入間君や小清水君にも確認をとってみるといい。嘘でないことが立証されるはずだ」

「…うん。いろいろありがとう。捜査がまた一段階進んだよ」

 彼の証言をメモした手帳を見ながら、俺は答えた。

「いや、捜査時間なのだから、情報の共有は大切なことだ。礼には及ばない。僕はこのまま化学室にある件の毒物を調べに行こうと思う。君はこの場所をもう少し探索してみるといい。では、健闘を祈る」

 ありがとう、と俺が返すと、夢郷君は踵を返して図書室を去っていった。

 ここまでの態度からして、彼が犯人には思えない、けど……。

 

 一人になった俺は、図書室をざっと見まわした。

 何の変哲もない、いつもの図書室だ。

「……?」 

 いや、違う。

 隅の方に何かが落ちている。

 これは……。

「ガラス……?」 

 ガラスの破片が、飛び散るように落ちているのだ。

 何か、ガラスのものを割った跡だろうか?

 

【コトダマ入手:ガラスの破片①

 図書室の隅の方にガラスの破片が落ちていた。

 

 ガラスの破片について手帳にメモした俺は再び図書室の捜査を開始したが、それ以外には普段の図書室と変わった部分は見受けられなかった。

「うーん……」とうなり声をあげて図書室を後にしようとした俺だが、ドア近くの壁に変わった物を見つけた。

「これは…?」

 壁についているのは、温度計と湿度計だった。

 古風で埃にまみれた図書室の中で、ほぼ唯一の近代的なデジタル機器に遭遇した俺は、目を凝らしてそれをのぞき込んでみた。

『気温 21℃ 湿度 32%』

 どうやらこの教室は、常温で乾燥気味らしい。

 それが分かったところで何の役に立つのかは分からないが、一応メモしておくことにした。

 

【コトダマ入手:図書室の環境

 図書室は20℃前後で乾燥していた。

 

 次に俺は、植物園へと足を運んだ。

 相変わらず、植物園は森のように木々が生い茂り、あらゆるところで虫たちが蠢いている。

 様々な虫の鳴き声が織りなす協奏曲は、木の葉のこすれる音と相まって、事件で荒れ果てていた俺の心を清らかに洗い流してくれた。

 小清水さんがあれだけ虫を好きになった理由が、ほんの少しだけわかったような気がする。

 

 植物園の中央にある池の周りを歩いてみた。

 辺りを見回すが、特に普段と変わったようなところもない。

 というより、そもそもこれだけ広い場所を普段から隅々まで把握していないので、仮に普段と違う部分があっても気付けずにいた。

 

 

 ここを歩いていると、つい数日前、真夜中にここで小清水さんと出会った時のことを思い出す。

 

 

 

”「感情があるから土門君は彼女を救おうとした。……結果、二人とも死んだ」

「御堂さんも……」

「そうよ」と彼女は俺と視線を合わせた。

「だから私は思うの。人間にとって、感情は本当に必要な機能だったのかしらって。何も考えずに機械のように生きていけた方が幸せだったんじゃないかって……」”

 

 

 あの時小清水さんが発した言葉が胸に突き刺さる。

 結局、俺たちは仲間の邪悪な感情の暴走を止められなかった。

 二度もあんな地獄を経験してきたのに。

 …俺は、虫けら以下なのかもしれない。

 ネガティブになるべき時ではないのは重々承知ではあるが、それでも俺は無力な自分に自嘲の念を抱かずにはいられなかった。

 

 そういえば、その時植物園にいたこともアリバイとして立証できるかもしれないな。

 使う時が来るかは分からないが、もしもの時のために胸に秘めておこう。

 

【コトダマ入手:葛西の証言

 第二の裁判の後の夜時間、小清水と葛西は植物園を訪れた。

 

 

 そんな時、少し遠くで飛んでいる蛾を眺めていた俺は、不意にその蛾の下の地面に何か光るものがあるのを見つけた。

「…?」

 水ではなさそうだ。

 近寄って見てみた俺は、目を丸くせずにはいられなかった。

「ガラス……??」

 そう、それは、図書室の隅に散らばっていたそれと同じような、砕けたガラスの破片だったのだ。

 それは図書室のものと同じく、小さい破片となってそこら中に散らばっている。

 両方とも事件にかかわっているものなのか、それとも……

 

【コトダマ入手:ガラスの破片②

 粉々になったガラスの破片が、植物園の隅の方に落ちていた。

 

 その後も探索を続けたが、普段と比べての植物園の変化は見つけられなかった。

 しかし俺はここで、夢郷君が言っていた言葉を思い出した。

 

 ―――”「僕は新エリアを調べようとたまたま植物園に足を運んだんだが、そこに小清水君がいてね。彼女に話を聞いたところ、”この場所は春夏秋冬の季節を自由に再現でき、様々な生態系の再現ができる”とはしゃいでいたんだ」”

 

 ”春夏秋冬を自由に再現”……

 そういうことができる機能がどこかに備わっているはず。

 そう思って壁際を見回してみると、それはすぐに見つかった。

 

 まるで家庭のお風呂の温度や時間を設定する機械のような、壁に取り付けられた精密機械があった。

『現在気温 24℃』と書かれた横には『↑』『↓』のボタンがあり、どうやらこれで冷暖房を起動させ、気温を変えられるようだ。

『湿度』も同様に上下できるほか、『気候』と書いてある横には『晴天』『雨(弱)』『雨(強)』などのボタンがあり、試しに『雨(弱)』を押すと、天井から弱めの水のシャワーが注いできた。

 なるほど、こうやって植物園の環境を調節することができるわけか。

 確かに彼の言ったとおりだけど、これが謎ときにかかわってくるのだろうか…?

 

【コトダマ入手:植物園の設備

 植物園は用途に応じて自由に気温や気候を変えることができる。

 

 電子生徒手帳の付属機能である時計を見ると、既に捜査を始めてから一時間以上が立っていることに気付いた。

 モノパンダももうそろそろしびれを切らして捜査を打ち切るかもしれない。

 残された時間で、どこを調べるべきだろうか?

 

 そう考えた俺は、直感的に食堂へ戻っていた。

 

「葛西…。お疲れさん」

 真っ先に俺に声をかけてきたのは、入間君と見張りを交代したであろう前木君だった。

「…どう? いろいろ分かったか?」

「どうだろうね……。かなりの情報は得られたけど、果たして全部が全部事件に関係しているのか、さっぱり自信がないんだよ…」

 彼の問いには、そんな生返事しか返すことができなかった。

「そっか。でも、俺みたいな役立たずが捜査するよりはよほどマシだったんじゃねえか?」

 前木君は寂しい笑みを浮かべて自分を嘲った。

「役立たずだなんて言わないでよ。君も立派な仲間だよ?」

「そんなことねえよ…。俺は前の事件が終わってからずっと、記憶も人格も混乱して、わけわかんなくなってるんだ…。肝心な時に役立たずなんて、仲間失格だよ…」

 またしても親友を失った前木君が傷心するのはもっともだが、彼の場合は傷心が自分を傷つける方向に進んでいってしまっているのがとても心配だ。

「…って…ごめんな…。こんな時に俺の弱音なんて聞きたくないよな…」

「いや、言いたいときに言いたいことを言うのが一番だと思うよ。それに、君は本当に役立たずじゃないからね。君が生き残ったみんなを励ましてくれれば、俺たちはまだまだ絶望と戦えるよ!」

 なけなしの言葉で俺は前木君を励ます。

「そうかな…。葛西、気を使わせて悪いな……」

「そんなこと言わないで。きっと、丹沢君も君に元気になってほしいと思ってるし……」

 死者の想いはもう二度と届くことはないが、丹沢君も、きっと前木君の笑顔を願っていたはずだ。

「ああ。ありがとうな、葛西。俺、丹沢の分まで頑張るよ!」

 久しぶりに、彼の強い表情を見られた気がする。

 やはり君はこうじゃなくちゃね。

 

「そういえばなんだけど、葛西」

「?」

「お前、きっとみんなのアリバイ?的なやつを集めてるんだろ? 俺もちょっとした話ならあるからさ…」

「本当? 聞かせてもらっていい?」

「ああ。…本当に大したことじゃないんだが、ほら、昨日の朝、俺、やられたじゃん。あの後、伊丹が俺の部屋に来てくれて、いろいろケアしてくれてたんだ。夜時間も、ちょっとだけ来てくれたし」

「……そうだったのか。じゃあ、その時間はアリバイが成立するね」

 山村さんは小清水さんが、前木君は伊丹さんが、みんなの目の届かないところで仲間を助けてくれていた。

 やっぱりこの二人には頭が上がらないな。

 

【コトダマ入手:前木の証言

 伊丹は三日目の日中とその日の夜時間に前木の部屋を訪れ、精神的なケアを行っていたという。

 

「飯とかも持ってきてもらってたから…。本当に申し訳ないことさせちまったな……」

「気に病むことはないよ。後で俺と前木君で料理を作ってさ、彼女に食べさせてあげようよ!!」

 俺の提案に、前木君はかすかだが笑みを浮かべた。

「…そうだな。俺たちの手料理であいつを喜ばせられたらいいな! …つっても俺、あんま料理作れないけど!」

「それは俺も同じだよ…」と俺は苦笑いする。

「丹精込めて握り飯でも作ってやるか。あいつ、デンプンアレルギーだから自分でおにぎり作れないしな」

「……え? そうなの?」

 初めて耳にした意外な情報に、俺は思わず食い気味に聞き返していた。

「ああ、そうなんだよ。アレルギーつっても軽度のモンだから食事とかは普通に摂れるんだけど、デンプン質のものに触ると手が真っ赤になっちまうらしいんだ。まあ、実際に見たわけじゃないからどんぐらい赤くなるかは分からないけど……」

 ……そうだったのか。

 何か、ピンとくるものがあったようなないような…。

 

【コトダマ入手:伊丹のアレルギー

 伊丹は軽度のデンプンアレルギーだという。生活に支障をきたすほどではないが、デンプンに触れると手が赤くなってしまう。

 

 

「……やっぱり分かりませんっ!!」

「っ!!??」

 急に大きな声が響いたので、俺と前木君は飛び上がりそうになってしまった。

 声の主は、山村さんだった。

 見ると、先ほど俺が”ぬめり”を見つけたコーヒーカップの中を一心不乱に見つめている。

「この濡れ光る物質が何なのか考えていたのですが、私の頭ではなんにも浮かびませんでした!」

 胸を張って言うことではないのだが、山村さんははきはきと告げた。

「なにこれ…? 粘液…みたいな感じか? でもこれ、コーヒーが入ってたんだよな……」

 カップを覗き込んだ前木君がつぶやく。

「あ、触ると危険ですよ! 毒が入っていたコーヒーカップですから! ていうか毒物が揮発してるかもしれないので、顔を近づけるのも危ないです!」

 本当は同じ空間に存在しているだけでも十分危険なのだが、現時点で他の人が倒れていないということは、揮発の危険性はないということだろうか。

「うーん……触ればすぐに分かりそうなんだけどなあ……」

 前木君が腕を組んで考え込む。

「でも、このカップに残っているということは、コーヒーには溶けない物質、ということですよね? 何か心当たりはありますか?」

「………」

 化学に詳しくない俺には、そんな物質をぱっと答えることはできない。

 前木君も同様だった。

 後で伊丹さんにでも聞いてみるべきだろうか。

 

 と、そう思った直後だった。

 

『ピンポンパンポーン』

 

「!!」

 そのチャイムは、突然に鳴った。

 そして”あの声”が再び聞こえてきたのも突然だった。

 

『ハーイ、オマエラ、久しぶりですね! 前回の故障から復活を遂げたモノクマ先生だよ! まさに不死鳥ならぬ不死熊だね!!』

 

 しわがれているような、だが心の奥底まで響き渡るどす黒い声。

 モノクマの声だった。

 ここぞというときにしか現れないこいつは、まさしく”ラスボス”と呼ぶにふさわしい存在だ。

 

『今回は難しい謎解きだと思うから、捜査時間を長めに取ったよ! でも、だからと言って無限に待っているわけにはいかないのです! タイムイズマネーだからね! 時間は命より重いっ…!』

 

 ”負けてたまるか……”

 俺は、モニターの画面の中でふんぞり返るモノクマに、反抗のまなざしを向けた。

 一瞬、少し向こうに倒れている丹沢君の遺体に目をやった。

 地獄をさまよったその死に顔を見るたびに、目元に涙がにじむ。

 何故彼が、こんな目に遭わなければならなかった。

 

『というわけでー、みんな、いつも通りエレベーターに集まってください!』

 

 俺も、前木君も、山村さんも、心を一つにしてモノクマに決意の表情を向けていた。

 そして、エレベーターに向けて歩を進めようとした、のだが……。

 

『…けど、その前に、保健室に寄った方がいいかもしれないね! うぷぷぷぷぷ』

 

「!??」

 その言葉が、何を意図して発せられたのかは俺には分からない。

 ただ俺は、本能的に何かを察知していた。

 だからこそ、山村さんや前木君が引き止める間もなく、俺は保健室へ向けて走り出していたのだろう。

 

 現実を見たくない。

 そう思う自分もいた。

 現実とは、すなわち絶望。

 それが真理なんじゃないかと思い始めていたからだ。

 

「ああっ、葛西君!!」

 保健室に入ると、小清水さんが膝をついて涙を流していた。

「なんとかしてっ!!! なんとかしてよぉっ!!!」

 小清水さんは錯乱しており、そう叫びながら俺にしがみつこうとしてきた。

「みーちゃんが…!!! 私にはどうすることもできないの!!!」

 彼女がそうなっている原因は、保健室の白いカーテンの向こう……大きな白いベッドにいた。

 

 そこに寝ている安藤さんは、目を薄く開けたまま、ヒュー、ヒューと、蚊の鳴くような小さい音を出して微かに呼吸していた。

 周りのシーツが血に染まっており、彼女が毒と壮絶な戦いを繰り広げたことはすぐに読み取れた。

「なんで……どうして………」

 上ずった声でつぶやいたのは、ベッドの横に立つ伊丹さんだった。

「なんで……治らないの………それどころか……」

 震える声の彼女に、俺がかけられる言葉はなかった。

「安藤さん!! しっかりして!!! 俺が分かる!?」

 その代わり、無我夢中で安藤さんに呼びかけていた。

 安藤さんは、わずかに口元を動かしたが、声は出ていなかった。

 

 なんでだよ?

 ただ必死に友達を助けようとしただけのこの子が。

 

 安藤さんの目元から涙が垂れ落ちた。

 そして、ヒュー……と息の音が止まった。

「!!!」

 直後、伊丹さんが俺を突き飛ばすようにして、安藤さんの口に自分の口を付け、人工呼吸を行った。

 何度か行うと、今度は口を離して心臓マッサージ。

「はっ、はっ、はっ……」

 伊丹さんの荒い息遣いだけが響く。

 

「はあ……」

 何度か試みて、伊丹さんは息を吐きながら動きを止めた。

 そして、少し息を整えた後。

 

「ダメ、みたいね」

 絶望することにすら疲れたのか、その言葉は妙に無感情だった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 生きることは、絶望。

 大いなる理不尽との戦い。

 

 生きることは、正解なのか?

 何もなく、何も感じないことの方が幸せなのではないだろうか?

 

 

『あー、お取込み中ですが、至急エレベーターに集まってください! あと一分で集まらないとオシオキしちゃうぞ!!』

 

 

 それが黒幕の狙いだとわかっていても、その闇に身をゆだねたくなる。

 全てを無に帰して、楽になりたくなる。

 何が正解なのかなど、俺に分かるはずもない。

 

「だけど、生きるよ」

 エレベーターに向かって駆けながら、俺は呟いた。

「俺は生きて、戦うよ」

 

 今はまだ、それが正解でいい。

 どれほどの出来事があれば、今までの出来事を希望の物語に塗り替えられるのか、全く見当もつかないけれど。

 がむしゃらに、生きる。

 それ以外は考えないようにしよう。

 

 二人とも、俺に力を貸してくれ。 

 ただ、希望のために。

 

 

【コトダマ入手:モノモノファイル③-2

 被害者は超高校級の漫画家・安藤未戝。毒物を摂取した形跡あり。

 

【コトダマ入手:安藤の容体

 解毒剤を投与したにもかかわらず、安藤の容体は回復しなかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

《モノパンダ劇場?》

 

 

モノクマ『お通夜ムードすぎて流石の僕もコメントに困りますねえ!』

 

モノパンダ「うわー!! 校長センセーがオイラの企画に突撃してきた!!」

 

ク『凸じゃないよ! 教頭がちゃんと仕事してるか刺殺しに来たんだよ!!』

 

パ「誤字ってるぜセンセー!! 刺殺しちゃダメ!! ”視察”、な!」

 

ク『(シカト)それでは今回のヒントに移るよ!』

 

パ「……。今回の事件はコトダマが多すぎて全然解けないっス……東大入試みたいっス……」

 

ク『そりゃあね! 今回は一番多くコトダマを用意したからね! ”ダミーも含めて”28個あるよ!』

 

パ「どっひゃー!!」

 

ク『それに、前回と同じく、”いろいろな事象が同時に起きて”ごっちゃになってるから、事象ごとに分けて考えるといいかもね!』

 

パ「作者がワンパターンな事件しか思いつかないのはしょうがないとして、今回のクロを当てるのには何を考えればいいすか??」

 

ク『そういう時はクマった時のヤマカンだよ!! 世の中にはセンター試験でヤマカンを張って一流大学に受かる猛者もいるんだからさ!』

 

パ「うわー、そんな奴に学歴で差をつけられるとかゼツボー的!」

 

ク『うぷぷ、世の中運も実力のうちだよ! さて本題だけど、クロを当てるには、”どうやったらあの殺し方を実現できるか”、つまり”クロが取りうる行動”を考えるといいかもね!』

 

パ「なるほどー!ぜーんぜん分からねえ!」

 

ク『今時のコはすぐそうやってあきらめる! 校長先生は悲しいよ!』

 

パ「うーん、でも今回は割と難しめだからクロが分かんなくてもあんま悔しくねえかも!」

 

ク『そんなこと言うなよ! 謎解きはどんどん募集してるよ! あ、でも、コメント欄とか、多くの人が見られる場に推理を載せちゃダメだよ!』

 

パ「お、そろそろ作者がここ書くの飽きてきてるし、教育番組風に締めましょーぜ!」

 

ク『うぷぷ、今回も頑張って絶望にたどり着いてね! それじゃ、また来週~!(注:一週間後に次話投稿するわけではありません)』

 

ク・パ「『バイナラ~!』」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 




入手コトダマ一覧



【モノモノファイル③】

 被害者は超高校級のフィギュア製作者・丹沢駿河。死亡推定時刻は7:25。


【モノモノファイル③-2】

 被害者は超高校級の漫画家・安藤未戝。毒物を摂取した形跡あり。


【モノトキシンX】

 化学室の棚に置いてある薬品の一つ。蓋が開いており、中身は半分ほど減っている。


【伊丹の解析結果】

 モノトキシンXは猛毒であり、わずかな摂取でも大量に吐血し、命を失う。一般的な致死量は二錠で、体の弱いものなら半錠でも死に至る。即効性で、飲んだ瞬間に効果がある。水溶性。


【安藤の容体①】

 安藤が倒れた際の初期症状は丹沢のものより軽かったが、症状は継続している。


【安藤の容体②】

 解毒剤を投与したにもかかわらず、安藤の容体は回復しなかった。


【ウイルス生成キット】

様々なウイルスの元となる物質が乾燥状態で保管してある。これをもとに化学室の設備でウイルスを生成することができる模様。説明書も同封されており、生成には専門知識は必要ない。


【モノウイルス】

 強力な毒性を持つ感染性ウイルス。乾燥下・高温下でも一日は生存可能な高い耐性を持つ。


【モノウイルスについて】

 致死性の高い危険なウイルスで、摂取すると瞬時に体内に流れて患者を侵す。感染すると30分以内に死に至る。高温多湿の環境では長期にわたって生存する。


【ウイルスの製造】

 ウイルスは化学室の設備でも丸一日つきっきりで作業しないと作成できない。


【植物園の設備】

 植物園は用途に応じて自由に気温や気候を変えることができる。


【ガラスの破片①】

 図書室の隅の方にガラスの破片が落ちていた。


【ガラスの破片②】

 粉々になったガラスの破片が、植物園の隅の方に落ちていた。


【コーヒー】

 厨房で淹れられたコーヒー。伊丹が淹れ、伊丹と丹沢が飲用した。特に不審物は見受けられない。


【ぬめり】

 丹沢が飲用したコーヒーカップの底にはぬめりがあった。何の物質かは分からない。


【解毒薬】

 伊丹が持ち込み、丹沢と安藤に服用させた薬。瓶いっぱいに中身が入っているが、蓋は空いている。


【解毒剤のラベル】

 吐血を抑え、容体を安定させる効用があると書かれている。その他、水溶性、アルコールにも溶ける…など、化学的性質が書かれている。


【前木の証言】

 伊丹は三日目の日中とその日の夜時間に前木の部屋を訪れ、精神的なケアを行っていたという。


【夢郷の証言①】

 一日目の夜、入間と休憩室で会話していた。夜更けまで二人でいたようだ。


【夢郷の証言②】

 一日目の日中、小清水と二人で植物園にいた。夕食の直前までいた模様。 


【山村の証言】

 小清水は第二の裁判の翌日から夜時間は毎晩山村の部屋で過ごし、精神的なケアを行っていたという。


【葛西の証言】

 第二の裁判の後の夜時間、小清水と葛西は植物園を訪れた。


【消えたシャーレ】

 化学室からガラスのシャーレがなくなっていた。


【朝食当番】

 今朝の朝食の当番は小清水・亞桐・夢郷。コーヒー豆及びコーヒーマシンに触れたものはいなかったという。


【伊丹のアレルギー】

 伊丹は軽度のデンプンアレルギーだという。生活に支障をきたすほどではないが、デンプンに触れると手が赤くなってしまう。


【図書室の環境】

 図書室は20℃前後で乾燥していた。


【厨房のカップ】

 厨房にはコップやコーヒーカップが逆さに並べて置いてある。特に仕掛けはない。


【解毒剤周辺】

 解毒剤があった場所の周辺には、医療薬の瓶が並んでいた。蓋を開けた形跡はあるが、中身はいっぱいに入っている。


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