エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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私の自己満足で書いた厨二全開の裏話です。ごめんなさい。


Chapter2 非日常編⓪ 真相編

 ◆◆◆

 

 

 悪夢のような裁判と、地獄のような処刑劇が行われた、その十時間ほど前。

 時は深夜。

 

 

 

 リュウは自室の真ん中に腰を下ろし、微動だにせず時が過ぎるのを待っていた。

 彼の胸中にこの時何が渦巻いていたのか、他の者には知る由もない。

 

 

 彼が見させられた動機は、実にチープな作りものであった。

 その映像では彼を”超高校級の情報屋”とし、その才能にあった適当な”将来の夢”を映しだしていた。

 つまり、彼が本当の自らの才能を思い出さぬよう、事実を偽造したのである。

 

 しかし、その目論見は見事と言ってよいほど逆効果であった。

 なぜなら、その映像に対する膨大な違和感が、彼の記憶を呼び覚ます契機となったのだから。

 

 こうしてリュウは、突然に自らの正体を思い出した。

 そして、その記憶こそが、彼を黒幕との一大決戦に導くことになるのである。

 

 

 

 時計の針が一時を差したころ。

 

 リュウはバスタオルを片手に、ゆっくりと自室のシャワールームへと入っていった。

 バスタオルを持っていったのは、むろんカモフラージュのためである。

 ”シャワーを浴びる”と黒幕に思わせることが目的だった。

 

 

 

 リュウもまた、他の生徒と同じく入学と同時に意識を失い、この特別分校で目を覚ました。

 その際に貴重品と呼べるものはほとんど奪われてしまっていた。

 肌身離さず持ち歩いていた暗殺器具もまた同様であった。

 

 だが、そんな彼にも、奪われずに済んだ暗殺器具が存在した。

 シャワールームにに入り、監視カメラの目がないことを確信すると。

 ぐ、と腹に力を込め。

「ぐ……ぅ……ぐむっ!」

 握り拳大のカプセルを口から吐き出した。

「ぐっ…! うっ……」

 二個、三個と立て続けに。

 やがて四個目のカプセルを吐き出し終わると、それらを洗って開いた。

 中から出てきた精密機械を綿密に組み上げ、一つの武器が出来上がる。

 

 

 それは、手のひらに収まるサイズの小型拳銃。

 体内に存在する武器までは、モノクマの力をもってしても奪えはしなかったのだ。

 

 それを懐に収めると、リュウはシャワールームを出る。

 

「ぎひゃひゃひゃー! 随分と長いシャワーだったな! 思春期? 大事なところは綺麗にしときたい感じ?」

 部屋ではモノパンダがあくどい笑みを浮かべて待ち構えていた。

「ふん、俺ともあろうものが…シャワールームで寝ていた。…最初の事件があって以降、ろくに寝ていないのはお前も知っているはずだ」

 リュウは躊躇いなくそう答える。

「ふーん、それならいいけどよ。それじゃあ、精々事件を起こさないよう頑張ってな!」

 モノパンダは皮肉めいた言葉を残して部屋を去っていく。

 

 その後をゆっくり追うように、リュウは部屋を出た。

 

 

 

 コツコツと、絶望の足音を響かせて死神は歩く。

 その足取りに恐怖や躊躇はない。

 

 この世で最も絶望を目にした一族には、そんな感情などとうの昔に存在しない。

 あるのは、任務を遂行せんとする機械のような意思。

 

 

 ……しかし。

 

「待ってください!!」

 彼女の声が、リュウの機械的な足取りを止めさせた。

「どこへ行く気ですか!!」

 道着を身にまとった山村巴の姿がそこにはあった。

「山村か…。少し、眠気覚ましに散歩を」

「違うっ!!!」

 山村は顔を紅潮させて叫ぶ。

「そんな理由で、みんなで決めたことを破るような人じゃないはずです…! 教えてください、あなたの真意を」

 リュウは山村に背を向けたまま、少し押し黙る。

 

 しかし数秒ののち、口角を少し上げ、悪意に満ちた表情を浮かべた。

「ならば教えてやろうか」

 リュウは振り返り、強烈な眼光を山村に向けた。

 ぞわり、と恐怖が山村の心を嘗め回す。

「俺は思い出したのだ。俺は”超高校級の殺し屋”。殺し屋の任務に乗っ取ってあの忌々しい綿埃共を消してやるのだ」

 山村の肩が小さく震える。

「そんな……あれに…戦いを挑むなんて…」

「ふん、分かったらここで大人しくしていろ。俺が全てを終わらせてやる」

 リュウは再び歩き出す。

 これで終わるとばかり彼は思っていた。

 

「私もっ…!! 私も行きます!!!」

 山村の叫びにリュウは驚きの表情を浮かべた。

「私もともに戦います!! あなたと私なら、きっと勝てますとも!!」

「貴様………正気か?」

「私はっ!! 私は決めたんです!! もう退かない、媚びない、顧みないと!! もう私の弱さで人を死なせたくないんです!! 人が死にゆくのを……黙って見ているなんて……もう嫌なんですっ!!」

「黙れ」

 リュウの冷徹な言葉が山村の胸を突き刺す。

「空手と殺し合いは違うのだ。貴様は足手まといだ。足手まといは戦闘の邪魔になる。いない方が有利に事は運べるのだ。それくらい自覚しろ」

「………ッッ!!!」

 ギリギリと、山村は歯ぎしりする。

 それと同時に赤いオーラが彼女の全身を包み込む。

「見くびるな……!! オレの力を見くびるなあぁあぁぁああ!! オレは強い……! 強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い強い!!! 大神よりも……!! お前よりもだあぁああぁあ!!」

 

 瞬間。

 リュウの手刀が山村の首筋を捉え……

 

 

「ナメてんじゃねえぞ……!!」

 …否、山村はその手刀を右手で受け止めていた。

 リュウは少し驚いた表情を作った。

「オレは強いんだ……!! 強いからみんなを守れる…! だからオレも行かせろ……!! お前だけに背負わせるわけねぇだろぉがぁっ!!」

 全身の気を逆立て、山村は声をリュウに叩き付けた。

「腕を上げたな」

 

 ぴく、と山村の表情がこわばった。

 音速を超えた拳が彼女のみぞおちに打たれていた。

「か、は」

 ビクビクと彼女の体が震える。

「だが、所詮その程度だ」

 するり、と彼女の体がリュウに向けて倒れこむ。

「…皆を守りたいから強くなる、か。見事と言えば見事な目的だが、そんなものは絶望を知らぬ者の美談にすぎん」

 抵抗しようもなく意識を失ってゆく山村の眼元から、一筋の涙が零れ落ちる。

「残念だが、俺の目的とお前の目的は違う。俺のなすべきは任務。ただそれだけだ」

 リュウへの最後の抵抗なのか、山村は彼のコートを弱く握りしめた。

 だが、その手もすぐに力なく解き放たれる。

「羨ましいな。絶望を知らぬ者は、そうやって綺麗ごとのために強くなれるのだから」

 涙を溢れさせる目を閉じ、山村はリュウの体に向けて崩れ落ちた。 

 

 

 山村の体を廊下に寝かせると、リュウは再び歩き出した。

 何も言わず、何も思わず、何も感じず。

 ただ静かに歩くのみ。

 エレベーターに乗り込むと、静かにため息をついた。

 エレベーターの扉が音を立てて開く。

 

 

 

 一人の男の、運命のステージ。

 生涯最後にして最高の決戦の舞台。

 

 その場所は、もう目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 大ホールの扉が重々しく開く。

 

 ついにリュウは、その場に足を踏み出した。

 

 その瞬間、パッと大ホールの照明が起動する。

 真っ暗だったその場は一瞬にして昼間と変わらぬ明るさに模様替えする。

 

 

『ちょっとちょっと、こんな時間に何の用なのさ』

 壇上から声をかけてきたのはモノクマだった。

 久しぶりのモノクマとの再会に、しかしリュウはぴくりとも表情を動かさない。

 

 

 

 ……が。

 

 

「くくく、ふふふふはははは………」

 

 リュウは肩を震わせ、笑みをこぼした。

「ようやく、オレは本当のオレに戻れる」

 

『………』

 モノクマは何も答えない。

 

「くふふふ、ふははははははは!! ぐっはははははははははははははははぁぁぁぁぁ!!!!」

 突然リュウは大きく口を開いて凶悪な笑いを発した。

 身を大きくのけぞらせ、大地を震わせんが如き高らかな笑い声が空間を支配する。

 その姿に、今までの彼の面影はない。

「よくぞオレをここまで翻弄した!! されど、ここが貴様らの墓場よ!!」

 大口を開き、威嚇するように大声で高らかにリュウは言い放った。

 

「オレは古より語り継がれし伝説の殺し屋!! グラディウスの末裔よ!!!」

 

 両腕を広げてそう咆哮すると、こみ上げる感情を抑えきれないかのように大きく笑った。

「ふはっ、ははっ、ふっはははははははははぁー!!! ようやくこの時を迎えたのだ!!」 

『キャラが完全に崩壊してるよ、大丈夫?』

 

 モノクマが声をかけた、その刹那。

 モノクマの眉間。

 体の中心線上に、見事なまでに拳銃の弾丸が食い込んでいた。

 

『…え? こ、こ、こここここんんなななななななことしてててててて』

 機能の中枢を破壊されたモノクマは、言葉を狂わせながら壇上から転げ落ちた。

 そして次の瞬間。

 

 モノクマは盛大に爆発し、爆音と閃光がステージ上を支配した。

 

「俺がこの学園に招致された理由!! それは!! ”超高校級の絶望”の抹殺!!! それこそがこのオレの任務!!」

 

 砂塵のように舞う埃の中、死神は拳銃を構えたまま、自らの宿命を吐露した。

 その瞳には、最早自分の命の価値など思考するに値しないほどの覚悟が宿っている。

 氷河の島よりも、遥かなる海底よりも冷たい眼光が周囲の空気を凍てつかせる。

 

「さあ、オレは校則違反を犯したぞ……」

 

 同じ空間にいるだけで常人ならば正気を失ってしまいそうなほどの。

 心の芯に”何か”を植え付けるような響きでリュウは呼びかけた。

 

「出てこい、有象無象ども!!」

 

 

 塵が引き始めると、異様な光景が現れた。

 

 赤い目をギラギラと光らせたモノクマとモノパンダの集団が、大ホールを埋め尽くすかと思えるほどの数でリュウの周りを取り囲んでいた。

「やっちまったな、ついにやっちまったな!」 

 モノパンダの一体が嬉しそうに声を上げる。

『うぷぷぷぷ。”超高校級の殺し屋”の本気が見られるなんて、ボクちゃん大興奮だね!』

 モノクマも言葉を連ねる。

 

「ふっ、ふはははは!! 無力ッ!! 圧倒的無力ッッ!!! この程度でオレを倒せるとでも思ったか!!! まさに希望的、否、絶望的観測!!!」

 リュウはゆがんだ笑みを口元に秘めたまま言い放つ。

「貴様ら、全員処刑!! 貴様を操る黒幕も! ついでにオレ達の中に潜む絶望も!! 雁首揃えて

地獄に落ちよ!!!」

『うぷぷぷぷ! できるものならやってみなさーい!』

 モノクマは嘲笑の態度を崩さなかった。

 

 

『でもさ。ホントに今で良かったのかな? だって君…』

 

 

 

 

 

 

『右腕……まだ本調子じゃないよね?』

 

 

 

 

『うぷぷぷぷ!』「ぎひゃひゃひゃひゃ!」『うぷぷぷぷ!』「ぎひゃひゃひゃひゃ」

 数十体のヌイグルミたちが一斉に邪悪な笑みを浮かべる。

 見抜かれていた。

 完全無欠なる殺戮者であるはずのリュウの、たった一つの弱点。

 仲間を救うために槍に貫かれたこの右腕の不調を。

 

 

 

 

 

 だが。

 

「ふ……ふふ、ふははははははははははははぁ!!!」

 

 リュウもまた、悪意のこもった笑みを浮かべて。

 

「こんなもの、ハンデにもならぬわ!!!」

 

 嘲った。

 

 

「オレを誰と心得るか!!!

 

 

 オレの名は、”龍雅・フォン・グラディウス”!!!

 

 

 絶望を食らう悪魔!! ”グラディウス”の名を継ぐものぞ!!!」

 

 

 一片の恐怖も後悔もない表情で高らかに言い放つ。

 

 これこそが、寡黙で謎めいた男・リュウの正体。

 狂気を秘めた”絶望食らい”、龍雅・フォン・グラディウス。

 

 

「さあ、覚悟はよいか!!」

 

 

 龍雅が笑みとともに正面の敵に対し攻撃の姿勢を見せた、その瞬間。

 

 

 空間全体が”意思”に包まれた。

 まるで、”殺”という概念そのものを具現化したかのような。

 その空間に足を踏み入れた生き物が、抵抗も逃走も無駄だと諦め、膝をついて己の運命を待ち構えてしまうくらいの。

 この日、この瞬間、殺されるために自分は生まれたのだとすんなり納得させるほどの。

 ありとあらゆる本能を超越した”絶対的な死”のイメージ……それが龍雅の”意思”だった。

 

 それは、この世のどんな絶望よりも深い。 

 

 

「これより、グラディウスの名において貴様らへの審判を開始する」

 

 

 もし、目の前にいるのがヌイグルミではなく本物の生き物だったら……

 間違いなく、この時点で勝負はついていただろう。

 

 

『うぷぷぷぷ! 作者の中二病炸裂だね! この回は黒歴史確定だね! やったね!』

 モノクマはけたたましい笑みを漏らしながら言った。

『ではでは、想定外の事態とはいえ、そんな龍雅君のために、スペシャルなオシオキで出迎えてあげましょう! レッツ―――』

 そこまで言いかけた刹那。

 そのモノクマは、綿埃と化していた。

 それを周囲のヌイグルミたちがぎょっとした表情で見つめたころには―――――

 

 それらは、衝撃波で吹き飛ばされていた。

 物体が音速を超えて空間を移動する際、移動経路より放射状に衝撃波は発生する。

 

「この世に絶望ある限り!!! オレはそれを抹殺し続ける!!! グラディウスの名に懸けて!!! 一切の絶望を除去するのだぁぁぁ!!!」

 拳を突き出したポーズのまま、まるでヒーローを気取るかのような口調で宣言した。

 この姿を津川梁が見ていたなら、いったいどんな表情をしただろうか。

 

 

 孤高の殺人者としては存外に相応しくないとすら思えるこの狂気的な人格が、いつごろから己のうちに芽生えていたのか、龍雅自身にも分らなかった。

 例え相手が極悪人であるとしても、殺人は笑いながら行うことではないということは龍雅は十分に解していたし、自分の行いに対する正義感に酔っているなどという感情は毛頭持ち合わせてはいない。

 ならばこみ上げる笑いは何に由来するものなのか。

 龍雅には全く分からない。

 分からずして今日までの人生の歩を進めてきたのだ。

 

 

 瞬きをする合間に一体、また一体とヌイグルミたちは埃へと変えられていく。

 龍雅の拳は、蹴りは、一体のヌイグルミを破壊するには十分すぎるほどの威力を備えていたのだ。

 だが、ヌイグルミたちもただ黙って龍雅の攻撃に甘んじていたわけではない。

 両手から三本の金属の爪を出したかと思うと、弾速のような速さで次々と龍雅に襲い掛かる。

 

 天井が開くと、ロボットアームに取り付けられたガトリングガンが現れる。

 機械音を上げながらその銃身が回転し、

 

「ぬぅ!?」

 

 爆音とともに列をなして放たれる銃弾。

 それが龍雅の背後より襲い来る。

 

 

 それに呼応するように彼がギロリと背後を睨んだ次の瞬間。

「笑止!!」

 龍雅は思いきり体を屈ませた。

 彼の頭上を幾多の弾丸が掠めてゆく。

 

 その間にもモノクマ達は群れをなして龍雅に襲いかかる。

 かわし、踏み潰し、またかわして、叩き潰す。

 そうしながら懐から小型拳銃を取り出し、一瞬のうちに狙いを定めて、引き金を引く。

 ガトリングガンの根元、ロボットアームに亀裂が走る。

 照準がずれたガトリングガンは弾丸をむやみやたらに連射し、ヌイグルミの何体かはその餌食となった。

 

 龍雅にとって、ガトリングガン程度の弾速は空中を漂う蚊にも等しい。

 その弾が目前に迫ってからでも回避することは容易い。

 

 弾丸の雨をくぐり抜け、今一度拳銃を撃つ。

 さらにもう一発。

 ついにロボットアームが千切れ、ガトリングガンは勢いよく床に落下した。

 ふぅ、と龍雅が一息ついた、その刹那。

 

 

「んむっ!!?」

 

 背中に激痛。

 

 モノパンダの爪が、浅くはあるが、そこに三本の亀裂を与えていた。

 

 怒りの拳がモノパンダを粉砕する。

 だが、それでもまだ闘いは序曲にすぎない。

 

 ホールの入り口が開くと、何か機械を引きずったモノクマが現れた。

 引きずっているその機械は……”バッティングマシン”。

 その横に野球帽をかぶってバットを構えたモノクマが立ち。

 

「む!?」

 

 そして。

 ”オシオキ”は始まった。

 

 ホールの中央を縦横無尽に舞う龍雅に向けて、バッティングマシンは硬球を射出する。

 横に立つモノクマがコマのように回りながらバットを振るい、硬球を加速させる。

 恐怖の”千本ノック”が龍雅に降り注ぐ。

 

「小癪ッ!!」

 弾速以上のスピードで迫り来る硬球に対し、しかし龍雅はその軌跡を看破し、回避。

 硬球は壁に激突し、跡形もなく砕け散る。

 間を置かずに次弾が迫る。

 その次の弾も、さらにその次も。

 ガトリングガンよりも濃厚な弾幕が展開される。

 

 右からモノパンダ。

 左からモノクマ。

 正面から弾幕。

 まさに四面楚歌と呼ぶに相応しいその状況下で、死神は一歩たりとも後ずさることをしない。

 

「無力!! 無力!!」

 一匹、また一匹と敵を塵に変えていく。

 

 それでもモノクマは探っていた。

 先ほど背中に一撃を加えた際のような、隙と呼ぶにはあまりにも小さい―――しかしそれでも致命的となる一瞬の死角を。

 

 

 ――――右腕。

 やはり、そこだった。

 

 

 

 龍雅がモノパンダの体当たりを右腕で防いだ、その瞬間。

 微かに蓄積した右腕へのダメージによって、僅かに全身の感覚が鈍った刹那。

 モノクマの刃が龍雅の脇腹を抉っていた。

 

「無りょ――――ッ‼⁉」

 

 一撃決まれば、あとは容易い。

 痛みに気を取られた瞬間、硬球が龍雅の全身を叩きのめす。

 回避が不可能であると悟ったリュウは、両腕を交差してこれに耐える。

 

「ぬぐっ……ぅおおおおおおおおッッ!!」

 流れるように、何発もの硬球がリュウの体に衝突し、砕ける。

 常人ならば、とっくの昔に肉塊と果てていてもおかしくはない量である。

 それでも龍雅は耐える。

 

 

 やがて、バッティングマシンがゆっくりと稼働を終える。

 その正面には、硬球の連撃を耐え抜いた黒い影が立ち尽くしていた。

 

「苛烈……なれど、オレを倒すには至らず!!」

 

 

 だが、まだ終わりはしない。

「……ッ!?」

 龍雅が交差した腕を下ろすと、眼前には思いもよらぬ光景が広がっていた。

 

 周囲には、甲冑を着たモノクマとモノパンダたちが刀を振り上げ、雄叫びを上げている。

 龍雅が身構える暇もなく、足軽の大軍が全方位から襲い掛かった。

 

 第二のオシオキの開始である。

 

 銃弾に比べれば、振り下ろされる刃の速度など牛歩に等しい。

 ただ、銃弾の軌跡は”線”であるのに対し、刀身の軌跡は”面”である。

 つまり、敵の数が多い局面では、刀の方が回避できる空間体積は小さい。

 回避した体をどこに持っていくかを瞬時に判断し、機械のように俊敏的確な処理を行いつつ攻撃に転ずる必要があるのだ。

 

 

「(これしきのことが、絶望なものか)」

 

 龍雅は自分に言い聞かせた。

 

 生まれた時より殺すことを運命づけられ、そのためだけに人生を構築された男。

 その男が半生において経験した地獄に比べれば、その程度の局面など苦戦と呼ぶに値しない。

 

 だが。

 

 苦戦でなくとも、”死”は訪れる。

 来るときはあっさりと来るものだ。

 

 

 龍雅の拳が甲冑ごとヌイグルミたちを粉砕する。

 その間にも刀身が龍雅の肩を掠める。

 槍の穂先が腿に食らいつく。

 

 

 絶望を食らう殺し屋は、黒き華となって運命の舞台を舞う。

 食らう。

 食らう。

 それでもなお、絶望を食らう。 

 まだ、足りぬ。

 

 一体、どれほどの間四肢をふるい続けただろうか。

 眼前から甲冑姿のヌイグルミたちは消え失せていた。

 

「はあっ、はあっ……」

 流石の龍雅もここに来て激しく息を切らす。

 

 それでも、死神は。

 血反吐を床に吐き捨てると、指をパキ゚パキと鳴らし。

「どうした……貴様の”絶望”はこの程度か!」

 眼前の敵に言い放つ。

「貴様が真の絶望ならば……オレを………このオレを殺してみせよ!!」

 未だ萎びることを知らぬ闘志が龍雅に咆哮を上げさせていた。

 

 

『うぷぷぷぷ』

 邪悪、されど無邪気なる笑みで以て”絶望”は答えた。

『ムキになっちゃって、怖いなぁ』

 

 

 その瞬間だった。

 龍雅が背後にそびえる巨大な影に気付いたのは。

 なぜ、今この瞬間まで気付けなかったのか。

 それは彼自身にも分らなかった。

 

 彼の後ろに控えていたのは……ショベルカーだった。

 龍雅が背後を振り向こうとした瞬間、”オシオキ”は始まった。

 ショベルカーとは思えないほどの猛烈なスピードでショベルが振り下ろされ、龍雅の背中を打つ。

 何度も何度も何度も何度も、常人にはおよそ不可視の速度でショベルは龍雅の背中を打ち続けた。

「ぐおっ…ぐっ……!!」

 痛烈かつ回避不能の連撃に思わず龍雅は膝をつく。 

 

 それでも。

 その打撃に甘んじていたのは数秒間に過ぎなかった。

「南無三!」

 背後の巨体を睨みつけると、龍雅は振り下ろされるショベルを引っ掴んだ。

 両腕に渾身の力を込め、無理矢理にショベルの動きを停止させた。

 運転席のモノクマが顔を真っ青にして驚きの形相を浮かべる。

 すかさずそれを見ていたモノクマとモノパンダたちが大挙して龍雅に襲い掛かった。

 容赦ない爪の攻撃が龍雅の体を切り裂く。

 それに対し、龍雅は全身の筋肉を総動員し……

「ぬっぉおおおおぉぉおおおぉおおぉぉおお!!!!」

 全力の雄叫びとともに。

 抱え込んだショベルを豪快に振り回した。

 数百㎏はあるはずのショベルカーの巨体が倒れこみ、ヌイグルミたちを吹き飛ばしながらホールの壁に激突する。

 

 

 

 ホールを静寂が包み込んだ。

 

 

 体中からあふれ出す鮮血のぬくもりを覚えながら、龍雅はホールの中央に立ち尽くしていた。

 低いうめき声のような息遣いをしながらも、真正面に敵を捉えていた。

 ステージ上、弁論台の上で胡坐をかいてこちらを見下ろすモノクマの姿を。

 肉体は満身創痍だが、その眼光は衰えを知らない。

 

 

「貴様は知っているか」

 龍雅は息を荒げながら重い声で尋ねる。

「この世で繰り広げられている数多ある絶望を、知っているのか」

 

 走馬灯、のようなものだろうか。

 龍雅の脳裏に浮かんでいたのは、これまでの任務で殺してきた人間の数々だった。

 

 

「人を生かす殺し」を生業にする”偽善一族”の次期当主であった龍雅は、幼き頃からこの世の絶望に触れてきた。

 彼が手にかけてきた人間……貧困国の傍若無人な富豪、罪なき人々を虐殺する傭兵集団、麻薬を密売する闇組織。

 そう言ったものたち、そしてそれらに苦しめられ、怯える人々の姿がくっきりと思い出されていた。

 

 否、そのような絶望は国外のことのみの話ではない。

 子を残して遊楽にふける親もいる。

 民の金を自らの懐に忍ばせる政治家もいる。

 子供でさえ、いじめや差別といった形で絶望を残す。

 日本という、世界有数の平和国家でさえ絶望は日常のありとあらゆるところに潜んでいるのだ。

 

 そういった絶望の根源を葬るのが龍雅の仕事であった。

 

 ”グラディウス”の名の創設者が何を思いこの仕事を自ら行うようになったのかは分からない。

 世界から絶望を駆逐する一族は、どのようにして誕生したのか。

 今となっては知る術もなく、ただ古人の思想を妄想することしかできない。

 ただ一つ、龍雅が”グラディウス”であるという事実だけが存在し、それに乗っ取ってこうして絶望を葬るのである。

 

 別に義憤を原動力としていたつもりはなかった。

 ただそれがグラディウスの名の元に生まれた人間の宿命なのだと、自分でも不思議なくらいに納得したからこそこの仕事を行ってきたのだ。

 彼は自分を正義だと思い、それに酔いしれるような感情を抱いたことはない。

 そもそも、自分のようなものに正義を語り、正義の名のもとに何かを行う資格はないと龍雅は考えていた。

 

 そんな彼でも……幾度となく思うことがあった。

 ”この世界に、正義はないのか”、と。

 

 理不尽な死を遂げる罪なき命は日夜算なし。

 

 彼が裁いても裁いても、この世の”絶望”は滅びるどころか日増しに世に溢れかえってゆく。

 

 それは、この世の絶望の底の底に位置する真理。 

 抗いたくても抗いがたい理不尽が渦巻く凄惨な世界。

 

 龍雅が渡り歩いてきた世界はそういう場所だった。

 

 

 世界とはそういうものである。

 たった一人の”正義”など何の意味もなさぬ。

 常にどこにでも不条理は付きまとう。

 

 

 

 世界とは、”絶望”なのである。

 

 

 

 ゆえに龍雅は。

 絶望的なまでの劣勢を強いられてなお、目前の敵に対して一切の後ろめたい感情を抱くことがなかった。

 

「くくく、ふふふふふ……」

 

 この期に及んで、龍雅は再び笑みを浮かべた。 

 

「ふははははははっ!! こんなものは絶望とは呼ばぬ!!! 俺が見てきた絶望は……もっと悲惨で、もっと圧倒的で、もっともっと理不尽だったはずだ!!! この程度のことが絶望なものかッ!!」

 大量の血を声に交えて叫ぶ。

「貴様は何も知らぬ! この世には、この世界には、貴様ごときでは想像もしえないほどの凶悪な絶望がいくつも存在するのだ!!! そんなことも知らず、たかがこの程度の絶望しか生み出せない貴様が世界を絶望に覆い尽くすなど、片腹痛いッ!!」

 横合いからモノパンダが爪をぎらつかせて飛来する。

 龍雅は身をひねって回避し、拳でそれを粉砕した。

 続けて飛来するヌイグルミも同様に。

 その次も。さらにその次も。

 

 

「まだ……ゲホッ…! まだ……分からぬか!!!」

 声を絞り出すように龍雅は呼びかける。

「絶望如きに、俺を殺すことはできんのだ!!」

 その太い足が、ホールの床板ごとモノクマを踏み抜いた。

 

「オレはッ……!! ”グラディウス”は……この世のどんな絶望よりも強い!!! どんな絶望も、抹殺できるのだ!!! 貴様とて同じよ!!」

 ヌイグルミをなぎ倒しながら龍雅は宣言する。

 

 皮肉なことに、グラディウス一族が”偽善の殺し”を始めて数百年、この世から絶望がなくなった試しはない。

 つまり、グラディウスは世界に名を知られた殺し屋とはいえ、絶望を壊滅できるほどには強くはない。

 だが、それを理解してなお、龍雅はその言葉を発することに一切の後ろめたい感情を抱くことがなかった。

 その言葉は初めから事実のつもりで述べたのではなく、自負、信念として言い放ったものだからである。

 

 

 

 

『あ~あ、ツマンネ。飽きてきちゃったよ』

 

 …が、そんな龍雅の命を懸けた宣言すらも嘲るように、壇上のモノクマは大きく欠伸をした。

『苦戦の中で明言を言うってのもいい展開だけどさ。流石に君TUEEEばっかりで飽きてきちゃうよ。何事も引き際が肝心って、教わらなかった? じゃ、そろそろ終わらせちゃおっかなー』

 その言葉に呼応するように、モノクマの横に一本の紐が天井から垂れ下がってきた。

 モノクマがぐい、とその紐を引っ張ると。

 

 龍雅は真上に気配を感じた。

 だが、上を見上げた時には時すでに遅く……。

 

 

 側面に『補習』と書かれた鉄塊が降り注いだ。

 龍雅が反応する間もなく、鉄塊は彼を飲み込んで落下する。

 

「!!!!!」

 

 

 

『うぷぷぷぷぷ』

 静寂の中で、壇上に座るモノクマの笑みだけがこだましていた。

 終わった、とモノクマは確信していたのだろう。

 あとは鉄塊の下で跡形もなく変貌した哀れな肉塊に思いを馳せてほくそ笑むだけである、と。

 

 

 だが、終わってはいなかった。

 

 

 鉄塊と床の隙間は、僅かに数十センチほど。

 その隙間に、龍雅の体はあった。

 

 床に深くしゃがみこみ、両手と首の後ろに鉄塊を乗せる形で辛うじて耐えていた。

 

『……ほんと君、人間やめてるよね』

 関心を通り越してあきれたようにモノクマは言った。

 

 

 ”当然だ”

 

 

 鉄塊の陰から獣のような眼光を向けながら、龍雅は無言の圧力で以て敵に訴えかけた。

 

 ”俺は、人間ではない”

 

 最早声を発することもできぬほどの限界点を彷徨いながら、それでも龍雅は敵に弾丸を浴びせる。

 『言葉』という名の弾丸を、声も出さずに。

 

 ”俺は殺し屋。絶望を殺す殺し屋なのだから”

 

 血と汗がとめどなく顎の先から滴り落ち、全身の筋肉という筋肉に血管が浮かび上がっていた。

 次の瞬間。

 

『?』

 

 鉄塊と床の隙間から光のような速さで飛び出した龍雅の拳が。

 ついに、壇上のモノクマを撃砕する。

 

 

 

 ズン、と鉄塊が落ちる音が響き。

 

 

 ホールは本当の静寂に包まれた。

 

 

 ガクリ、と龍雅はその場に膝をつく。

 直後、大量の血を吐き出した。

 

 

「くく、くははははははは………」

 再びゆがんだ笑みを浮かべる。

 

「…抹殺完了」

 

 

 懐に手を伸ばしながら龍雅は呟く。

 

 

 

「………オレはグラディウス。絶望を食らう殺し屋だ……。未来永劫、その名を忘れるな」

 もう龍雅の声を聞くことはできないはずの敵に対し、彼は宣言した。

 

 

 

 震える手で懐から取り出したのは、あらかじめ保健室から失敬した包帯だった。

 その場に座り込み、全身の出血部位に一か所ずつ巻いていった。

 

 

「(いや、まだだ)」

 難敵への勝利に安堵した自分を戒めるように彼は自分に言い聞かせた。

「(まだ”任務”は終わっていない)」

 

 

 

 

 

「(終わらせてやる、全てを)」

 

 

 

 

 

 

 ガクガクと震える足で、龍雅は一歩一歩廊下の中で歩みを進める。

 エレベーターへ乗り込み、静かに息を整える。

 

 

 十分だ。

 残りの任務を終えるには十分な体力が残っている。

 

 

 龍雅が踏み込んだ場所、それは。

 

 

 二階の教室、2-Aであった。

 

 

「よう」

 

 

 

 教室に入った彼を出迎えたのは、妙に元気な挨拶だった。

 

 

 周りの机は片付けられ、真ん中にポツンと位置する席に、”超高校級の脳科学者”、釜利谷三瓶は座っていた。

 腕を組み、深く座り込んだ姿勢で釜利谷はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「とりあえず、お疲れさんとでも言っておくか」

「…俺が何をしていたか、分かっているのか」

「分かるさ」

 グイ、と釜利谷は少し身を乗り出す。

「お前こそ、俺の正体も分かってるからこんなモンを送ったんだろ? 変な騙し合いはやめとこうぜ」

 そう言って釜利谷はポケットから一枚の紙を取り出し、ヒラヒラと空中を泳がせる。

「…貴様、これから自分がどうなるか分かっているのか?」

 龍雅は普段の”リュウ”の人格のごとく、重い声で語りかける。

「はっ、殺されるんだろ?」

 まるで興味の範囲外であるかのように、さらりと釜利谷は言った。

「いいよ、殺せよ。俺はもうやるべきことは全部やった。だが一つだけ、教えてやる。残念ながら俺は”黒幕”じゃねぇ。ヌイグルミを動かしてるのも、この殺し合いをセッティングしたのも、別の奴だ」

 しかし、リュウは威圧的な表情を崩すことはなかった。

「既に調べはついている。”奴”もすぐに貴様の後を追わせてやるさ」

「へえ」と釜利谷は感心したような声を出した。

「よく調べたもんだ。記憶が戻っただけでそこまで見破れるもんかね」

「俺にもよく分からない。いずれにせよ、これから死ぬお前には関係のないことだ」

 

 くくく、と釜利谷は嘲笑するようなあくどい笑みを発した。

「リュウ…いや、龍雅。お前は”希望”か? ”絶望”か?」

「どちらかと言えば”絶望”だ。しかし、貴様らとは少し形が違う」

 龍雅は相変わらず表情を崩さぬまま、淡々と答えた。

「”絶望”が”絶望”を喰うのか。こりゃあ面白ぇ」

 傑作だ、と言わんばかりに釜利谷は手を叩く。

「相手がどうあれ、事情がどうあれ、我が一族のなしてきたことはれっきとした”悪”であり”絶望”。ゆえに我が一族はその地位を継ぐ際、父を殺す。それが”グラディウス”としての最初の仕事だ」

「んで、俺を殺すのが最後の仕事なわけだ」

 

「否!!!」

 釜利谷が冗談めいた口調で冷かすと、龍雅は全身の気を逆立てて咆哮した。

「俺はこの学園に潜む絶望の全てを皆殺しにするのだ!! 貴様は始まりにすぎぬ!!!」

「それが本性か。龍雅・フォン・グラディウス」

 釜利谷は机に手を乗せ、まるで入学生を品定めする面接官のように厳しい表情で龍雅を見据えた。

「そうとも!! オレこそが”超高校級の殺し屋”!! 龍雅・フォン・グラディウスぞ!!! 俗物よ、覚悟はできたか!!」

「覚悟もクソもあるかよ」

 苛立ったように釜利谷は呟く。

 

「…十日ほどとはいえ、ともに過ごした仲だ。最期に一つだけ聞かせよ」

 龍雅は狂気的なオーラを見に纏ったまま、しかし妙に冷静な口調で呼びかけた。

「なぜ、貴様は”絶望”と化した?」

「はっはっは!!」 

 今度は釜利谷が大口を開けて笑った。

「誰が教えるか、バカが!! 俺はダチが絶望から這い上がる姿が見たいだけのバカな医者の卵だ!! それ以上にテメエに教えることなんてねえ!!」

 

 瞬間。

 ”何か”が空間を切る。

「!!!」

 龍雅は自分の胸元に何かが突き刺さったのを感じる。

 触れてみると、それはメスだった。

「あ~りゃ、急所は外れたか」

 そう言ってもう一本のメスを投げる。

 しかし、今度は龍雅の回避により壁に突き刺さる形となった。

 

 そして、次の瞬間には龍雅の右手が釜利谷の首を掴み、高く持ち上げる形となっていた。

「ぐっ……く、はははは。残念だな、動きを封じたところで、もうメスは持ってねえ」

 息苦しさを感じながらも、釜利谷は最期の嘲笑を浴びせかける。

「あーあ……もっとテメエらを見ていたかったなあ。大好きなダチが、仲間が、絶望から這い出て育っていく姿を、もっと見たかったなあ。ダチ以外の人間なんて、存在価値ねーんだよ。

 グググ、と龍雅の手に力が入ってゆく。

「…ああ、でも、絶望に負けてブッ壊れるのもイイかもな……夜助みたいに…」

 釜利谷は夢心地のような浮遊感の中で、自らが抱く幻想を呟く。

 そして、大きくため息をついた。

「…はぁ……絶望をくれ……もっともっともっと最高の絶望をグゴッ」

 龍雅の右手が釜利谷の頸椎を粉砕した。

 

「絶望、抹殺完了」

 モノクマ達を葬った時より少し重い口調で龍雅は呟いた。

 釜利谷の遺体を椅子に戻すと、胸元に突き刺さったメスを確認する。

 そして、それを一挙に引き抜いた。

「…!」

 今更、胸に感じる痛みごときに動じることもない。

 龍雅は忌々しいメスを親指でくにゃりと曲げると、そのまま練り消しを練るかのように小さく丸め、投げ捨てた。

 

 そして、”友”であった死体に背を向け、教室を後にする。

 

 感慨などない。

 自分に近しいものを殺すのは別にこれが初めてではないのだ。

 次なる任務に向けて、龍雅はただ歩を進める。

 

 

 

「……!」

 技術室に足を踏み入れた龍雅は驚きの表情浮かべる。

 そこには、”超高校級のエンジニア”、御堂秋音が腕を組んで立っていたのだ。

「まさか、呼び出しに応じるとはな。貴様のことだから部屋に篭っているかと思っていたのだが、念のため見てみたらいるとは」

「そんなことはどうでもいい。用件を言え」

 御堂は少し怯えた表情ながら、普段の口調で問うた。

「…まあいい、手間が省けたということだ。願い通り用件を言おう。これから貴様は死ぬ」

「!!!!」

 御堂の表情が一気に敵意と恐怖に彩られる。

「なぜだ!!なぜ貴様が私を!!」

「貴様は”絶望”だからだ」

「………!??」

 御堂は不思議そうな表情を浮かべる。

「分からぬだろうな。貴様は記憶を消されているのだからな。だがしかし、記憶があろうとなかろうと貴様がやったことは”絶望”と呼ぶにふさわしいことだ!!」

「一体どういうことだ!? 私が何をしたというのだ!?」

「人類の絶望に携わった。それだけだ」

 龍雅が答えるが、御堂はキョトンとしたままだ。

「ふははははは!! もはやこれ以上の言葉は無用!! 今、”グラディウス”の名において、貴様に審判を下す!!」

 そう宣言し、龍雅は構える。

「これがグラディウスの定め…。悪く思うな、小娘!!」

 ぐっ、と御堂は歯を噛みしめた。

「私は、私はっ……」

 御堂は何かを龍雅に向けて投げつける。

 

 

「!?」

 

 ボン、と。

 

 爆発と閃光が技術室内を包む。

 

 

「ぐっ、おっ!!」

 龍雅は爆圧で後ろにのけぞる。

 しかし、すぐに踏ん張って立ち直ろうとするが…。

「!?」

 ふわり、と意識が宙を舞いかける。

 これまでの大量の出血と過度の疲労と負傷。

 それらすべてが一斉に作用し、ほんのわずかの間だけ龍雅の意識が失われかけた。

 

 それが命取りであった。

 

 

 バチン。

 

 その音を聞くと同時に、龍雅の意識は完全に遮断された。

 

 

「…………」

 技術室に倒れ伏した龍雅の目の前で、スタンガンを構えた御堂は立ち尽くしていた。

「お母様……もうすぐ……もうすぐだから……」

 たわごとのように呟き、御堂は龍雅の巨体を引きずり始める。

 血が床に残らぬよう、雑巾を床と彼の間に挟み込ませて。

 エレベーターに乗り込む。

 

 龍雅が彼女にしたためた呼び出し状により、山村巴が気絶させられたこと、龍雅が大ホールでモノクマ達と交戦したことは把握していた。

 御堂はそれを利用し、呼び出し時間のかなり前から技術室に忍び込み、殺人兵器の製作を急ピッチで進めていた。

 粗削りだが、トリックも考案した。

 準備は万全。

 もう少しで、母親と弟に会える。

 自分の研究開発さえ完遂すれば。

 会えるのだ。

 その想いが、彼女を殺人者に仕立て上げようとしていた。

 

 

 一方、龍雅ははるかに遠のいた意識の中、辛うじて意識の断片で自らを回想することだけが許されていた。

 体の自由が一切効かないことだけが無念である。

 本来ならばスタンガンの一撃のみでこうはならないはずであるが、様々な条件が悪い方向に作用した、と言わざるを得ない。

 

 そもそも初日、山村を槍の雨から助け出したこと自体が間違っていたのではなかろうか?

 あの時の右腕の負傷がなければ、モノクマ達との戦いをさらに優位に進められたはずである。

 さらに言えば、釜利谷から一撃をもらうこともなかったし、今こうして御堂にしてやられることもなかったはずである。

 

 ”オレはなぜ、小娘一人の命のために腕を犠牲にしたのか?”

 ”あのような小娘の命一つ、任務には何ら関係はなかったはずだ”

 

 ”やはりオレは、絶望にも希望にもなりきれぬ愚か者だ”

 ”今まで葬ってきた命に対してそうであったように、初日のあの瞬間、あの小娘の命に対しても冷徹でなければならなかったはずだ”

 ”なぜ、そうできなかった?”

 ”その場しのぎで小娘の命一つ救うより、任務を優先させた方がよかったであろうが”

 

 無論初日においては任務のことなど記憶になかったのだから、この悩みは的外れなものかもしれない。

 それでもなお、龍雅は自分がなぜ中途半端な偽善に走るのか、問い詰めたい気分であった。

 

 

 

「………!!」

 運命の舞台、大ホールに辿り着いた御堂は、現場のあまりの凄惨さに言葉を失った。

 戦いを終えてまだ一時間ほど。

 そこは火薬とオイルの不快な臭気に覆われていた。

 

 しかし、御堂は躊躇わすに龍雅の体を鉄塊の前に寝かせた。

 そして周囲を確認し、転がっている一本の槍を手に取る。

 甲冑を着たモノクマの残骸が握っていた。鋭利な槍である。

 長さは1mほどだが、それでもずっしりとした重みが御堂の腕に響く。

 

「愚かな」

 龍雅の口から重い声が響いた。

「!!!!」

 ビクッと御堂は体を震わせる。

 任務への恐るべき執念が、龍雅の意識をその肉体へと呼び戻したのだ。

 しかし、依然として体の自由は効かぬ。

 孤高なる死神の最期は、刻一刻と迫っていた。

 

「絶望如きが、ここから生きて出られるとでも?」

「黙れっっ!!!!」

 御堂は顔を紅潮させて叫ぶ。

「お前に何が分かるっ!!!! 私がお母様をどれだけ愛しているか、どれだけお母様に会いたがっているか!!! 何も知らないだろうがっ!!!!」

 

 

 ”やはりこの娘も、絶望に蝕まれているか”

 龍雅はふと思った。

 ”こいつの母親、抹殺すべきだった”

 

 こんなに身近な者すら、絶望から救えなかったのだ。

 龍雅は無念を悟る。

 

「私はここを出るっ!! 出て大好きな家族に会うんだっ!!!」

 言い放つと同時に、御堂は足に激痛を感じた。

 

 龍雅の左手が、御堂の足をくっきりと掴んでいた。

「 逃が さ ぬ ぞ  絶 望   」

 その様たるや、どす黒い執念そのものが意思をもって御堂に襲い掛からんとしているかのようであった。

「ひいっ…!!!」

 御堂は意を決し、槍を振りかざす。

「うぁぁあぁああぁぁああぁああ!!!!!」

 雄叫びとともに槍を胸に差し込んだ。

 

 ズブリ。

 穂先は胸筋の表面に入りこんだだけである。

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 荒い息遣いとともに、御堂は槍に体重をかける。

 

 ズブズブ、と槍は体内に沈んでいく。

 

「んっ、がっ!! ……ひゅうぅう……」

 龍雅は御堂の足から手を放し、奇妙な息遣いとともに胸の槍に手をかける。

 しかし、それは抜けない。

 

「……………」

 御堂はすぐさま龍雅から離れる。

 龍雅の体はビクビクと痙攣を始める。

 いよいよ、終焉の時である。

 

 その瞬間、龍雅はにわかに目を見開き。

 

「見えるぞぉぉおお!! オレには見えるうぅうぅう!!! お前も、お前もすぐに死ぬのだぁぁああぁぁ!!!!

 

 

 御堂は口をパクパクさせながら、大ホールの隅へ逃げた。

 モノパンダを修理するという仕事がまだ残っていたが、この化け物の最期を見届けずには作業などできようはずもない。

 

 

「ふあははハはハハはははハは!!!! 希望ヨ!!! ぜつボウよ!!!」

 壊れた人形のような狂気のこもった笑みとともに、龍雅は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「グラディウスと共にあr、ぐふっ」

 

 

 

 

 世界で最も絶望の深淵を彷徨った男は、こうして絶望に敗れた。

 

 いや、勝ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”オレはグラディウス。絶望を食らう殺し屋だ。未来永劫、その名を忘れるな”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Chapter2 Gradius 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイテムゲット!

 

『友情の青いハンカチ』

 Chapter2クリアの証。

 釜利谷からもらったハンカチ。友を思うアツい涙が染み込んでいる。

 

 

 

 


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