エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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chapter1 非日常編③ オシオキ編

「………は…?」

 前木君が小さく声を漏らした。

 

「…あ、あんたなの……? あんたがリャンちゃんを…?」

 亞桐さんの声も震えている。

 

 

 

 全員の視線を集める彼は。

 ふぅ、とため息をついて。

 

「ああ、そうだ。俺がやったんだよ」

 

 

 引きつった笑みとともにそう言い放った。

 

 

「はああ………?」と釜利谷君が両拳を握りしめる。

「笑えねえ冗談言ってんじゃねえよ……! お前が」

「俺なんだよッ!!」

 土門君の叫びが空虚に響く。

「どんなに否定してもどんなに後悔してもどんなに逃げようと努力しても!! 事実は変わらねえんだよ!! 津川は俺が殺したんだッ!!」

 そして、ガクリとその場に膝をつく。

「殺し……ちまったんだよ………」

 

 

 

 

 ぐるぐると視界が回る。

 

 

 

 この感覚、津川さんの遺体を発見した時と同じだ。

 仲間の死、一緒に過ごしてきたかけがえのない仲間を失う実感。

 それが眩暈のようになって襲い掛かってきている。

 

 

「やはりそうだったか」

 御堂さんの冷たい声が聞こえた。

「私が遺体を見つけた時に放った言葉…。そこで誰よりも動揺していたのが貴様だった。目前の死への動揺ではない。自らの罪の重さを知った者の、嘆きの動揺だ」

 彼女が言っているのは……あの時のことか?

 

『フン…。まさか本当に感情に囚われて取り返しのつかない過ちを起こす愚か者が出るとはな…。私の誤算だったな。だがもっと驚くべきは、そいつが今もこうして平然と我々の中に紛れ込んでいるということだ』

 

 

 津川さんの遺体が見つかった直後、彼女が発した言葉。

 犯人に揺さぶりをかけるためのものだったのか。

 

「あの時点で私の中で貴様がクロであることは確定していた。しかし明確な物的証拠がなかったので困り果てていたところだ。まさか自分から名乗り出てくれるとはな」

「………」

 土門君はうなだれたまま何も言わなかった。

 

「待て……待て待て待て待て待て待て待て待て待てって!!! こんなのありかよ!! お前が!! よりにもよってお前が!! 人を殺すなんて!! こんなの、こんなの認められるかーーー!!!!」

 前木君の渾身の叫びは、しかしこの場にいる誰にも届かない。

 

 前木君が叫ぶのも当たり前だ。

 俺だって信じられない。

 あの彼が、みんなの兄貴分だった彼が、津川さんを殺害しただなんて。

 

 でも、それを否定する材料はない。

 辻褄は合ってしまう。

 

 

「もういいんだ…。モノクマ、モノパンダ。始めてくれ………投票を」

『りょうかーーい!! んじゃ、みんなの手元にそれぞれの名前が書かれたボタンを渡すよー!』

 そう言ってモノクマとモノパンダが各々に渡したのは、スイッチのようなものが並んだ四角い物体だった。

 スイッチの上にはそれぞれ俺たちの名前が……津川さんも含めて書かれている。

「それじゃあ津川さんを殺した犯人だと思う奴のボタンを押しちゃってくれー! ぎひゃひゃひゃ!」

 

 

 俺は目の前のスイッチを睨んだ。

 ”土門隆信”と書かれたスイッチを探すのは容易だった。

 でも、それを押すということは………。

 指が震える。

 やがてそれは体全体を包む震えへと発展してゆく。

 

 これが、人を殺す感覚。

 一人の人間を死へと追いつめる絶望。

 

 でも、そんな思考とは裏腹に、俺はあっさりとそのスイッチを押していた。

 

 

 二体のヌイグルミが座る豪華な椅子の手前に、床からせりあがってくるようにして出てきた一機のスロットマシン。

 そのルーレットが回ったかと思うと、瞬く間に絵柄がそろう。

 そろった絵柄は……土門君の顔だった。

 そしてその絵柄の下には「Guilty」の文字が浮かび上がり、マシンからは大量のメダルが払い出された。

 

 まるで、正しいクロの指摘を祝うかのように。

 

 

 

 

 

 

『うぷぷぷぷ! だいせいかーい! ”超高校級のコスプレイヤー”、津川梁さんを殺害したのは……”超高校級の建築士”、土門隆信君でしたー!!』

 モノクマの邪悪な笑い声が響く。

「ふ…ふ……ふざけんなぁああぁぁあぁぁあああ!!!!」

 前木君が裁判台を激しく叩きながら叫ぶ。

「認めねえ認めねえ認めねえ認めねえ認めねえ!!! 土門は…人殺しなんかじゃねえんだあぁああぁぁあ!!!」

 そして叫び終わると、精根尽き果てたようにそのまま床に崩れ落ちた。

 

「どうして?」

 伊丹さんが声を震わせながら問いかけた。

「どうして……あんなにひどいやり方で…津川さんを殺したの…? 何か恨みでもあったの…?」

「………」

「黙ってないで答えてちょうだい…。こんな終わり方、納得できないのよ!」

「…俺に…言い訳する権利はねえ…。……俺は人殺しだ。醜い人殺しだ。それでいい……」

 

『うぷぷぷ。ほんとにそれでいいの?』

 モノクマが口を挟んできた。

『真実を言っとかないと後悔するよ? 悪を背負い込むヒーローなんて演じる必要ないんだよ??』

「な、なんだ…? 一体どういうことなんだ?」

 夢郷君の問いかけに、モノパンダは両手を前に突き出して待ったをかける。

「んじゃ、その謎を解く意味合いでも今回の事件を動機からおさらいしていこーか! スクリーン、カモーン!」

 モノパンダがパチンと指を鳴らすと、スロットマシンのさらに手前に大きなスクリーンが下りてきた。

 同時にモノクマが映写機を持ってきてスイッチを押すと、スクリーンに光が灯しだされる。

 

 

 ◆◆◆

 

 スクリーンに映ったのは、大工の格好をした小さな少年。

 

『あることろに建築士を志す少年がいました! 少年の名は土門隆信。

 彼は、同じく建築士である父の影を追って、日々勉強と訓練に励む元気な男の子でした!

 しかし、そんな彼を不幸が襲います。

 彼の母親が神経の病気を患い、半身不随となってしまったのです。

 早く一人前になって母を助けるため、彼は必死に生きていました。

 うぷぷぷ、でも現実はとことん辛いものですね。

 なんと、彼の妹さんまでもが、母親の病気を遺伝で受け継いでいたのです!

 父の稼ぎだけではもうどうにもなりませんでした。

 土門少年は二人の治療費を稼ぐため、学校にも行かずに今まで以上に一生懸命に働きました。

 そんな彼に対して、妹は一つの願いを口にします。

 

「お兄ちゃんが建てた世界一高いタワーから、この国を見下ろしてみたい」

 

 一生車椅子でしか動けなくなった妹さん、そして母親に希望を与えるため、土門青年は決意しました。

 希望ヶ峰学園に入学して、世界一高いタワーを建ててあげると!』

 

 その時ふと思い浮かんだのは、自由時間、土門君の部屋を訪れた時に見せてもらった設計図だった。

 

『こいつは全高1000m以上の世界最大級のタワーになる。こいつを希望ヶ峰のすぐ近く、都会のど真ん中に建てるって計画が今現在進んでるんだ』

 

「(…あのタワーは、彼が家族のために建てようとしていた……”最高傑作”だったんだ)」

 

『そして……今回土門君に配布された動機DVDがこちら! ほい!』

 

 画面が暗転し、数秒おいて再び明るくなる。

 映し出された光景は、夕暮れ時の病院の中だった。

「……!!」

 しかし、病室のベッドの上には誰かが倒れている。

 手前側のベッドには、大人の女性。

 奥の方のベッドには……夕日がまぶしくてよく見えないが……若い女性のようだった。

 この人たちが…土門君の家族。

 

 しかし、二人ともベッドに仰向けに寝たままピクリとも動かない。

 そして映像は病室内をぐるりと見回すように……

「……え…」

 思わず声が漏れていた。

 二人が倒れているベッド以外のベッドは、ベッドであったかもわからないくらいぐちゃぐちゃに荒れている。

 そしてあらゆるところに血が飛び散っているのだ。

 

「……くそっ!!」

 土門君が悔しそうに声を上げた。

 

『病室で倒れ伏したまま動かない家族!! 彼女たちの身に何が起きてしまったのか!? 正解は……』

『……卒業の後で~~~!!』

 

「あ、ついでに言っておくと土門君には証拠品としてこれ! ”血塗られた妹さんの診断カルテ”をプレゼントしたぜ~~!」

 モノパンダがそう言って掲げたのは、言葉通り血がしみ込んだ診断書だった。

 

 ドン、と釜利谷君が裁判台を殴った。

「クソ野郎が……人の心をいいように使いやがって…」

『もう、前にこのあほパンダが言ってたでしょ!? ボクは土門君の家族に手を出したわけじゃないの! 勝手にああなっただけだからね? ほら、次行くよ次!』

 モノクマの言葉に呼応するように、画面が再び暗転する。

 

 

 次に映し出されたのは、金髪をツインテールに下ろした少女。

 津川さんの姿だった。

 

『あるところに一人の少女がいました。彼女の名は津川梁。

 幼いころに両親ともに見捨てられた哀れな彼女にとって、唯一の育て親であり、心のよりどころだったのがおばあちゃんでした。

 生まれつき体が小さく、どこにいてもからかわれていた津川さん。

 しかしコスプレという唯一無二の生きがいを見つけた彼女は、自分でも人の役に立てるという実感を得て、幸せに暮らしていました。生意気だね!

 でも、彼女は心のどこかでずっと思っていました。

 ”自分は他人に必要とされていないのではないのだろうか?”

 ”自分がいるせいでおばあちゃんに迷惑しかかけていないのではないだろうか?”ってね。

 そんな彼女に送られた動機はこちら!』

 

 画面に映りこんだのは、都会の大通り。

 アニメや漫画のキャラを模したポスターや看板が多く立ち並ぶコスプレイヤーたちの聖地だった。

 連日奥の人々でごった返しているはずのその通りは……。

 

「なっ……! そんな…バカな…」

 

 廃墟のようになっていた。

 そこが都会の中心部であるなど、嘘であるかのように。

 建物は崩れ、空気は薄汚れて濁っており、遠くでは車が炎上している。

 さらに恐ろしいことに、ところどころに朱に染まった人々が倒れているのである。

 

 津川さんの生きがいだったファンの人たち。

 それがこんなにもあっさりと、蹂躙されているなんて。

 

 最後に映りこんだのは、具体的な場所は分からないが……古い一軒家のようだった。

 映像はその一軒家に暗い玄関から入り込み、細い廊下を突き進んでいる様子を映していた。

 ……そして。

 

「……!!」

 

 居間のような場所で。

 ちゃぶ台に突っ伏している一人の老婆。

 

 この人が。

「津川さんの……お婆さん……だったのか」

 

 そこでプツリ、と映像は途切れた。

『津川さんへの証拠品はこれ! ”引き裂かれたお人形”だよ~~! おばあちゃんからの思い出の品だそうだね! うぷぷぷぷ!』

 モノクマはボロボロに引き裂かれた人型の人形を掲げて笑った。

 

「……この映像を見て……リャンちゃんは殺人を決意したのね……」

 小清水さんは涙をぬぐいながら、震える声で呟いた。

『甘い甘い! 詰めが甘いよーーー!!』

 そこにモノクマの声が飛び込んできた。

『君たちさ、ほんとに彼女が人殺ししようとしてたと思ってんの? ひどいじゃないか! 死んだ人間に冤罪をかけるなんてさ!』

「そ、それは……どういうことですか? わたくしたちの推理が間違っていたと…?」

「ぎひゃひゃひゃ! 知りたいなら見せてやるよ、昨晩の監視カメラの映像をさ!」

 

 

 一度は終わったかと思われたスクリーンの映像は、思わぬ形で再開された。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 昨晩11時半、土門の部屋。

 

 

「……ごめんなり。こんな時間に…」

 ベッドに座る津川は、正面の椅子に座る土門に一言謝罪を述べた。

「…気にしてねーよ。俺も眠れてなかったところだ。……あのDVDのことで相談か?」

 津川はうつむいたまま、目元をぬぐった。

「……おい、泣くなって。あんなもんウソなんだって。そう信じるしか」

「土門きゅんにお願いがあるなり」

 津川は土門の言葉を遮り、強い目つきで告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシを……リャン様を…殺してほしいなり」

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 土門は目を大きく見開いたまま、唖然とした表情で津川を見つめていた。

「いや…殺すなんて言い方が悪かったなりね。死なせてほしいなり」

「……お前…自分が何言ってるか」

「分かってるなりよ。…あのDVDが現実だっていうのも、ちゃんと分かってるなり。おばあちゃんが縫ってくれたお人形さん…リャン様の名前が縫い付けられたお人形さん……あれが偽物なわけないなり。リャン様の大好きな大好きなおばあちゃんは、もういないなり」

 濁った瞳で津川は土門を見上げる。

 土門の額に冷や汗が浮かぶ。

「……ッ!! バカ言ってんじゃねえよ!! ここで諦めてどーすんだ! 死んだら何もかも終わりじゃねえか!」

「もう、終わってるなり。何もかも」

 津川の生気の抜け落ちた言葉が土門の言葉を失わせる。

「リャン様にとって……ファンのみんなとおばあちゃんだけが生きる意味だったなり。でももう、恩返しする相手も笑顔にする相手もいなくなっちゃったなり。生きてる意味、なくなっちゃったなり」

「そんなことねえだろ!! 俺が……俺達がいるじゃねえか!! 俺達を笑顔にしてくれよ! DVD見終わった直後だってやってくれたじゃねえか!! それでいいじゃねえかよ!!」

 土門は津川の肩を揺さぶり、必死に訴えかける。

「…土門きゅんは優しいなりね」

 津川はクスリと笑った。

 しかし、その笑みにはもう平常時のような幸福感は込められていない。

 感情の死んだ少女の空虚な笑みに過ぎなかった。

 

「あのね。リャン様はただ死にたいわけじゃないなり。ここのルール……覚えてるなりか?」

「ルールって………お前!!」

 はらり、と津川の目から涙が零れ落ちる。

「今日ね……みんなのDVDのお話を聞かせてもらったなり。みんなそれぞれの事情があって…本当にみんな、かわいそうだったなりよ。みんなの家族に順位なんかつけたくないけど…。土門きゅんの家族が、一番最初に助けなきゃいけない気がするなり。…だからアタシは……土門きゅんに殺されたい」

「お前……お前…正気じゃねえよ……。なんで人のために、そこまで」

「だってそれが生きがいだもん」

 津川は再び壊れた笑みを浮かべ、土門の手を取った。

「だから、約束してほしいなり。ここから出たら、みんなを助けてあげるって。約束して、土門きゅん!」

「…………」

 土門の手はガクガクと震えていた。

「それと…みー様とか、他のみんなに伝えてほしいなり。短い…本当に短い間だったけど、とっても楽しかったって。みんなそれぞれいいところがあって、ちょっと悪いところもあるけれど、みんなみんな、希望と呼ぶにふさわしい人ばっかりだったなり。リャン様なんかとは比べ物にならないくらい…。だから、こんなアタシなんかに構ってくれてありがとう。アタシなんかで笑顔になってくれてありがとうって。みんなは生きて、人々の希望になってほしいなりよ!」

 そして、土門の手をぐっと引き寄せ、小さな体で抱きしめる。

「ごめんね。…ほんとにごめん。こんな辛いことさせて。…でも、うれしいなり。最後まで誰かの役に立てるって」

「ダメだ」

 土門はそう言って、津川を腕から引き離した。

 

「…お前は勘違いしてる。みんなを助けるために自分が死ぬなんて間違ってるんだよ! だってよ、”みんな”にはお前も含まれてるんだぞ! これじゃみんな助かったことにはならねえんだ!」

「………」

「俺は……あくまでもみんなで一緒にここを出たい。一刻も早くヌイグルミの中身を見つけ出して、みんなでここを出るんだよ! お前の自己犠牲なんか認められっか!」

「…………」

「分かってくれ。いや、分かるまで何度でも言うさ。…お前が犠牲になる必要なんかこれっぽっちもない。お前は生きていいんだよ」

 津川は少しの間、うつむいて黙っていた。

 …そして。

 

「…うん。うん。そうなりね。ごめん。アタシ…ちょっとおかしくなってたなり」

「…いや、あんなもんを見せられたんだ。無理もねえさ」

 そう言って土門は慰めるように津川の肩をポンポンと叩いた。

「ねえ。……悪いけど、二時間ぐらいしたらもう一回話していいなりか? ちょっと心の整理をつけたくて……」

「ああ……。俺は構わないぞ」

「じゃあ……休憩室に来てほしいなり。あそこならお菓子もあるし、気分も落ち着くと思うなり」

「…分かった。それまで、くれぐれも変な気は起こすなよ」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 映像はそこで途切れていた。

 

「な…なによ、これ……リャンちゃんは……自殺しようとしてたの…!?」

 亞桐さんが取り乱すのも無理はない。

 

 だって、映像の中で津川さんは確かに言っていたんだ。

 ”死にたい”と。

 

 信じられない。

 あの時、視聴覚室でみんなが暗い気分に沈んでいた時。

 誰よりも最初にみんなを元気づけてくれた彼女が。

 

 既に死を決意していたなんて。

 

 信じられるわけないじゃないか。

 

「いや……ただの自殺じゃない。土門君に殺されることで、彼を逃がそうとしていたんだ」

 夢郷君が付け加える。

「しょ、正気ですか!? そのためだけに、こんな裁判なんか起こさせたというのですか!?」

「……違う」

 丹沢君の言葉を否定したのは安藤さんだ。

「事件が起きるまで…こんな裁判の存在は明かされていなかった。正しいクロを指摘できなければクロ以外の全員がオシオキされるなどというルールも……リャン様は知らなかったのだ。だからこそ…土門殿を逃がそうとしたのだろう」

 

『そのとーり! 生意気なことに津川さんは完全犯罪さえ犯せれば土門君がここから出られると思い込んでやがったのです! そうは問屋が卸すわけないよ!』

「この…クソパンダ!! てめえが初めに全部説明していればこんなことにはならなかっただろうが!! ちくしょうが!!」

 前木君が怒鳴っても、モノパンダは「いやあ、最低限の説明はしたしなあ」と平然としていた。

 

「で、でも……自殺しようとしてたのなら……なぜ、リャンちゃんは土門君を殺そうとしたの……?」

 小清水さんが呟く。

「違う…。あいつは、俺を殺そうとしたんじゃねえ。俺に殺されようとしたんだよ」

 土門君の答えは、予想だにしないものだった。

「なるほど…。そういうことか」

 黙っていた御堂さんが納得したように言った。

「休憩室に土門隆信を呼び出すことに成功した津川梁は、包丁を携えて土門を急襲することで、反撃を誘った。…こういうことだろう?」

 

 

 そんな。

 彼女は、結局死ぬ決意を変えなかったっていうのか…?

 土門君に自分を襲わせるために、わざと?

 

「ついでに言うと、山村巴の格好をしたのもそのためだろう。津川梁の格好のままでは体格のいい土門隆信ならすぐに取り押さえられただろうが、山村巴なら話は別だ。やつは山村巴の格好をすることで、確実に土門が反撃するように仕向けたのだな…」

「…暗い中、入ってきたのを山村と勘違いした土門は思わずモップで殴っちまった……ってことか…」

 

 彼女の死の真相。

 それは、彼女の純粋すぎる”自己犠牲”だったんだ。

 モノパンダの卑劣なルールに気付かないまま、彼女は土門君が……そして俺たち全員が救われることを信じて、死んでいったんだ。

 こんな話があっていいのか。

 結局、彼女の話は何一つ叶っていないじゃないか。

 こんな、酷い話…。

 

「でも、悲劇はそれだけで終わらなかったんだぜー!!」

 モノパンダが上機嫌にしゃしゃり出てきた。

「山村さんの格好をした津川さんのポケットに入っていた遺書に従って、土門君は遺体と証拠を焼却することにしたんだ。でもそこで悲劇は起きた。さて、ここでさっきの話題になってた”手の火傷”が関係してくるんだけど……だれか分かるかー?」

 この期に及んで俺たちをおちょくるように、モノパンダは問いを投げかけてきた。

 

「焼却炉に入れられた時点では津川は死んでいなかった。…そういうことだろう?」

 リュウ君の冷徹な一言が答えだった。

「え? それってどういう……」

「つまり、土門の一撃だけでは死に至らなかった。…焼却炉の中でもがき、その際に火傷した右手を焼却炉から突き出した…」

「なるほど、そうだったのか。それならば辻褄は合う。胸糞の悪い話だがな」

 御堂さんは納得しつつも舌打ちした。

『うぷぷぷ! こーゆーのは見た方が早いよね!』

 

 モノクマの言葉で、三度目となるスクリーン映像が投影された。

 

 

◆◆◆

 

 

 映ったのは、トラッシュルーム。

 焼却炉は起動しておらず、薄暗い空間の中で、壁にもたれかかるように山村さんが眠っていた。

 

 数秒後、ゆっくりとシャッターが開いた。

 その向こう側から、ビニールシートに包まれた何かを抱えた土門君が現れた。

 ビニールシートに入っているのは証拠品と津川さんの遺体……で間違いないだろう。

「ッ!?」

 土門君は山村さんの存在に驚いていたようだが、それでもためらわずビニールシートを焼却炉の中に投げ込み、スイッチを入れてその場から走り去っていった。

 

 やがて、焼却炉の中に火がともされ、周囲が赤く照らされ始めた。

 

 

 そして、突然。

 

 

 悪夢が。

 

 

『ぃぎゃぁぁああぁあぁあああぁぁああっぁぁああああぁあぁああぁああぁぁあ!!!!!』

 

 

 

 

 叫び声。

 

 

 金切り声。

 

 

 

 一生、忘れられないほどの声。

 

 

 

 人が、死ぬ瞬間の声。

 

 

 その声を覆い隠すかのように、女子たちの悲鳴が裁判場に響き渡った。

 

 

『あぁあっ、あぁっぎゃぁぁあああぁああぁ……!!!!』

 

 

 

 彼女は、津川さんは。

 まだ死んではいなかった。

 ”投げ込まれた瞬間は”。

 

 

 

『ぎぃっ、ひぎぃぎぎっ……ぎぃぃ………』

 最早人の声ともおぼつかぬ音声を発しながら津川さんはもがく。

 

 

 

 その後、焼却炉の中から手が突き出された。

 真っ赤に焼けた手はだらりと垂れ落ち、小さく空中をかき回す。 

 

 

『ぅう……う…ぅ………』

 

 彼女の面影を完全に失った低いうめき声の後。

 手は動かなくなった。

 

 

 

 死んだ。

 

 

 

 

 こうして、あの悲惨な事件現場は作り出されたのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

「ごめんなさい…!!」

 山村さんが床にヘナヘナと座り込んだ。

「津川さんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 まじないのように謝罪の言葉を呟きながら、スクリーンに向かって土下座の格好をとった。

「私が私が私が助けてあげられなくてごめんなさいごめんなさいお願いだから許してくださいお願いします!!」

 

 すぐ近くにいながら、あの悲惨な死に気付けなかった自分を責めているのだろうか。

「どんな責め苦も受けますだから許してくださいお願いします私が悪いんです私が私が私があぁああああぁあ!!!」

 そのまま床にへばりつくように泣き崩れていた。

 

 

 

 俺はどんな表情をしていたのだろうか。

 分からない。

 もう、感情を表情に出すことすら億劫になっていた。

 それくらいの。

 それくらいの絶望だったんだ。

 

 

 

「ごめんなぁ、津川。俺のミスで、俺のせいで苦しめちまった。あんなに熱くて、苦しくて…。本当にすまねえ」

 土門君は涙をこぼしながら天を仰いで呟いた。

『うぷぷぷ。土門君の殺人への躊躇いが津川さんを即死させなかった。そのせいで津川さんはより苦しむことになってしまった! 皮肉だね! 絶望的に皮肉だよね!』

 

 

 

 これが、この事件のすべて。

 自分の命を犠牲にして全員を助けようとした津川さん。

 そんな津川さんを説得し、あくまでも生きながらえさせようとしたはずの土門君。

 誰も悪くない。

 それなのに……

 これ以上ないほど残酷な方法で、津川さんは死んでしまった。

 全身を焼かれて、もがき苦しみながら死んでいったんだ。

 

 

 議論の初めに丹沢君が発言した言葉。

『抵抗する津川殿を無理矢理焼却炉に突っ込み……”焼死させた”のでしょう』

 結局、これが半分正しかったのだ。

 俺達は間違っていた。

 現実は、俺達の想像なんか遠く及ばないくらい絶望的なんだ。

 

 誰も、言葉を発する者はいなかった。

 大きすぎる絶望に、誰もが疲弊しているようだった。

 泣いたり、笑ったり、怒ったり、それを表す体力すらもう残ってはいない。

 ただ絶望。

 あまりにも理不尽な結果に絶望するしかない。

 

 

『まったく、絶望的なのはいいけどさ。ここの部分に学級裁判と同じぐらいの尺を使うっていう作者の考えが分からないよね。裁判こそがダンガンロンパの醍醐味だってのに!』

「メタ発言はよくないぜ、校長せんせー!」

『うぷぷ、そうだったね! それじゃあ今回の締め、オシオキターイム!」

「オシオキ、だと……?」

 前木君が愕然とした表情でモノクマを見た。

「当然だよ! 最初に説明したでしょ! 正しいクロを指摘できたから、今回は土門君にオシオキを受けてもらうことにするからね!」

「ま、待ってくれよ!! 土門は…土門は何も悪くねーじゃねーかよ!! おかしいって!」

 叫びすぎたのか声が掠れているが、それでも前木君は親友のため、必死に反論する。

『まあ、確かに今回の件は土門君に同情するよ。半分被害者みたいなもんだもんね。中途半端な偽善に付き合わされるって、大変だよねー!』

「なっ…! 俺はそう言うつもりじゃ……」

 

「もういいって、まえなつ」

 土門君は穏やかな声で言った。

「どうあっても、俺は人殺しだ。死んで当然なんだよ。別に文句はねえさ」

「うるせぇぇえええぇええぇえ!! お前、言ってたじゃねえか! みんなでここから出るんだろうが!! 命を粗末にしてんじゃねえよ!!」

「津川が死んだ時点で、もうみんなじゃないさ」

 そう言って、土門君は懐から小さな紙切れを取り出した。

「津川の遺書だ。俺に宛てたもんだけど……安藤、お前に渡しとくわ。殺した俺が言えたことじゃないけど、ちゃんと読んで、弔ってやんな」

 土門君から紙切れを受け取った安藤さんは、それを胸に押さえつけるように抱えると、その場に座り込んで泣きじゃくり始めた。

 

「津川の願いも……俺の夢も…叶わなかったけど。でも俺、満足だわ。誰かに当てられる前に自分で自分の罪を告白できたからさ。お前らと過ごした数日、ほんと楽しかったよ。…もし……もし…俺の家族に会ったら……悪いけど、事件のことは黙っててくれ。津川の家族には言ってもいいからさ。…家族の前では、最後まで一人前の建築士でいたいからよ」

「土門!! お前はそれでいいのか!! 本当に死んでいいって思ってんのか!!」

 釜利谷君が顔を真っ赤にして叫ぶ。

「仕方ねえだろ。今更どうこう言っても変わらんし。…それに、津川だけ死んだままじゃ寂しいだろうしな」

 

 モノクマが赤いハンマーを振り上げる。

 

「チクショオオォオオォオオ!! 俺はダチ一人守れねえダメ医者だ!!」

 釜利谷君が怒りと悲しみのこもった拳を精一杯裁判台に打ち付けた。

「はは、ダメ医者か! そりゃあ昼寝ばかりしてりゃあダメ医者だろうな!」

 これから死ぬ人間とは思えないほど、陽気に彼は笑った。

 だが、俺は確かに見た。

 彼の体は震えていた。

 

 せり出てきたスイッチがハンマーに押され、ピコッ、と音が鳴った。

 

 

『ドモン タカノブ さんが クロに きまりました。オシオキを かいし します 』 

 

 

 

「あぁ、ダメだ! 笑っても心はごまかせねえな! 俺―――」

 突然、横断幕の向こうから首輪が飛び出し、土門君の首をしっかりと捕える。

 

 

 

 

 

「俺、やっぱ死にたくねえわ! 助け」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 土門の姿が横断幕の向こうに消えると、スクリーンに映像が映し出される。

 そこには、映画のように大きくタイトルが浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【絶望タワーへようこそ (株)土門建設】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴天の工事現場。

 そこでは、工事担当者の作業着やヘルメットをかぶった百近いモノクマやモノパンダたちが鉄骨を組み立てていた。

 あるものはショベルカーやダンプカーも駆使して作業に当たっている。

 

 その中の鉄骨の一本に、土門は縛り付けられていた。

 周囲で慌ただしく作業が行われる中、土門を数体のモノクマとモノパンダが取り囲む。

 土門は不安げにそのヌイグルミたちを見回す。

 やがて、一体のモノパンダが進み出てきた。

 その手には巨大なドライバーと、シャーペンを数本束ねたようなサイズの鋭いネジが握られていた。

 モノパンダはネジの先端を土門の肩にあてがう。

 土門の顔を滝のような冷や汗が流れた瞬間。

 

 ドライバーが猛スピードで動き始めた。

 ネジが土門の肩に食い込み、彼の肉体と鉄骨を繋げる。

 土門は大きく口を開けて悲鳴を上げているようだったが、スクリーンの向こう側にその声は伝わらない。

 

 肩に釘を刺し終わると、次は反対側の肩。

 次は足首。次は腰元。次は手首。

 

 くぎを打ち終わると映像が早送りになり、凄まじい速さで一つのタワーが出来上がった。

 まるで天を貫く蔓のような巨大なタワー。

 それは、葛西達が自由時間に目にした設計図のものに間違いなかった。

 

 そしてその中央に当たる部分には、生きた建材として用いられた土門の姿があった。

 

 鉄骨に磔にされた土門は、血に濡れた目で夕暮れ時の都会をぼんやりと見下ろした。

 

 

 彼は、自分のすぐ横に、妹と母がいるような気がした。

 そして、子供のようにはしゃぐ津川の存在も感じていた。

 

 人生の最期……彼自身を建材として、彼の夢は叶った………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………はずもなく。

 

 ミシ、と音を立てて鉄骨の一本が歪んだ。

 次の瞬間。

 

 ガラガラと、まるで石の山を崩すかのように、タワーはバラバラになって地に落下した。

 

 土門の体がはりつけられた鉄骨も同様に。

 

 

 夢も、仲間も、家族も、人生も、すべてを失い、地に墜ちていく土門。

 彼が、自分の上に落ちてくる鉄骨に叩き潰される直前に見た幻想は、いったい誰のものだったのだろうか。

 

 

 

 

 鉄骨の山から辛うじて這いずり出てきた一匹のモノパンダ。

 その目の前に、記者のような恰好をしたモノクマが現れ、モノパンダの顔に一枚の札を張り付けた。

 その札には。

 

 

 

『手抜き工事の土門建設』

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 映像はそこまでだった。

 

「はい、オメーラお疲れさん! ほんとによく頑張ったよ! そこのスロットから出てきたモノクマメダルは全部あげるから、オメーラで山分けしろよな! じゃ、各自エレベーターで部屋に戻ってよし」

 それだけ言ってモノパンダは椅子の下へもぐりこみ、消えた。

 

 

 前木君は床にはいつくばり、握り拳を震わせていた。

 かけがえのない親友を追い詰めてしまった彼の心中は察するに容易い。

 だが、もっと悔しそうにしているのは釜利谷君だった。

 何度も何度も裁判台を殴り、やりきれない怒りを爆発させているようだった。

 

 女子のみんなは…ほとんど泣いていた。

 この裁判では……あまりにも多くのことがありすぎた。

 初めての経験が多すぎて。

 とてもとても……適応なんかできっこない。

 

「ここにいても仕方あるまい。気持ちは分かるが、もう部屋で休め」

 そんな一同に、リュウ君は一人一人声をかけていた。

「葛西……歩けるか?」

「うん……。問題ない」

 俺は声を絞り出して彼の呼びかけに答える。

 

 

 こんな時。

 津川さんだったら変な格好して笑わせてくれただろうな。

 土門君だったらそれを明るく笑い飛ばしただろうな。

 

 二人。

 十五人中の二人がいないだけで、こんなに違うんだ。

 

 

 俺はふと気が付いた。

 

 ポケットの中に入っている、俺が津川さんの部屋に行った時に見つけたもの。

 彼女のぬくもりと記憶にさいなまれ、思わず持ってきてしまったマスク。

 

 

 俺は躊躇わずそのマスクをかぶり、深呼吸をして―――――

 

 

 

 

 

「皆の者ッ!! 希望を捨ててはならぬ!! こんな時だからこそ! 笑うのだ! 笑ってやり過ごすのだ!! それこそが! 愛と希望の戦士、ホープ仮面の生き様だッ!!」

 

 

 あの時聞いた言葉を必死にまね、ポージングも見よう見真似でやった。

 彼女なら、迷わずこうしていただろうから。

 

 

……だが。

 

 

「こんな……こんな時に何よっ!!」

 小清水さんは涙を振り撒いて叫んだ。

 他のみんなも、笑顔になる気配はない。

 あの入間君でさえ、額に手を当ててうつむいたままだ。

 

 なんだか……スベっちゃったみたいだな…。

 

「そっか…。やっぱ、俺じゃダメか…」

 俺はため息をついてマスクを外す。

 そして確信した。

 

 人を笑顔にするということは、れっきとした才能なのだと。

 彼女にしか……”超高校級のコスプレイヤー”、津川梁にしかできない唯一無二の才能なんだと。

 

 だから、もう一度。

 もう一度だけ、君のコスプレを見せてほしい。

 君じゃなきゃダメなんだ。

 だから、頼むよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世の誰よりも、君が必要なんだ。津川さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 chapter1 希望の蔓に絶望の華を 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイテムを入手した!

 

『ホープ仮面』

 chapter1クリアの証。

 無垢な少女の希望が詰まっている。

 

 

 生き残り人数:13人

 

 


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