エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
プロローグ その1
◆◆◆
都会の一等地に、まるでそこが世界の中心であるかのようにその学園は建っているという。
―――『私立 希望ヶ峰学園』は、「希望」と呼ばれる高校生を集め、育成するための学園である。
入学できる生徒は学園からスカウトされた人間のみで、その条件は二つ。
現役の高校生であることと、各分野において超一流であること。
かく言う俺―――
人からはこう呼ばれている。
「超高校級の脚本家」と。
◆◆◆
俺が最初に物語を考えついたのは……幼稚園の頃だった。
動物同士の友情を描いたような話だった気がしたが、それを気に入った園長先生によって「お遊戯」に用いられ、それが脚本家としての俺の人生の始まりだった。
近々俺の脚本がハリウッドでも用いられると父は言っていたが、俺は自分にそこまでの才能があるとは思ってはいない。
ただ気ままに書き綴っただけの自己満足の物語を、様々な方が評価してくださっただけのこと。
そんな俺がここ希望ヶ峰学園に呼ばれるなど、少々むず痒いような気恥ずかしさも感じる。
本当に、俺のような人間でいいのだろうか?
俺の他は、皆”超高校級の”何かなのだ。
果たして俺が、俺ごときが彼らの志についていけるのだろうか?
…そんな一抹の不安は胸に秘め、俺は学園の門の前で一度深呼吸した。
「父さん、母さん、行って参ります」
意識もせずそう呟いていた。
この学園は全寮制であり、一度入ればしばらくは帰れない。
俺の身勝手な生き方に文句一つ言わず、世話をしてくれた親と離れるのは心苦しいが、致し方ない。
この学園で心身ともに成長し、親に恩返しするのが俺の役目。
そして、俺の作品を心待ちにしてくださる方々のために、数々のことを学ぶのだ。
良い脚本は経験より出ずる、とは俺に脚本家のイロハを授けた父の言葉。
そう、俺は希望なのだ。
些細な不安など抱いてはいられない。
その自覚を持たねば。
一歩、学園の敷地に足を踏み入れた。
さあ、ここから始まる……。
俺の……新たな……人生が…。
新しい……経験…が……
…………⁇⁇
宙に浮くような感覚。
ぐるぐると世界が回る。
なんだ…これは……?
◆◆◆
「……ぅ、ん……⁇」
混濁した意識が少しずつ研ぎ澄まされていく。
しかし、それでも三半規管の異常は続いており、体が非常に重く感じる。
自らの状態を確認してみると、俺は学校の教室のようなーーというより教室そのものの空間で、机に突っ伏していた。
「え……え……?」
解せない。
一体、何が起きたというのか。
俺は辺りを見回してみた。
教室そのものの空間とは言ったが、よく見るとおかしな部分がちらほら垣間見える。
まず第一に、教室全体を俯瞰する監視カメラの存在。
一般的な教室には絶対にないものである。
そしてそれより異常なのは、教室の窓という窓に鉄板が取り付けられているではないか。
おかげで教室は薄暗く、一本だけ点灯している蛍光灯の明かりが唯一の明かりだった。
ますます訳が分からない。
大体目が覚めてきたところで、俺はここに行き着く直前の記憶を思い出した。
俺は確かに学園の門の前にいた。
おかしくなったのは敷地に足を踏み入れた直後だ。
訳も分からず強烈なめまいに襲われ、目が覚めればここだ。
悪寒が背を走った。
考えれば考えるほど分からず、不気味な状況だった。
同じ場所に留まっていても仕方がないので、俺は教室を後にした。
出た場所は、教室と同じように窓に鉄板が張られた廊下だった。
教室と違って全ての蛍光灯が点灯しているので明るいが、景色の見れない閉鎖的な空間は気持ちのいいものではなかった。
なんだ、ここは。
一体どこなんだ?
俺が廊下を歩き出そうとした瞬間―――
「おっ! もう一人めっけ!」
背後から素っ頓狂な声が響いた。
驚いて振り向くと、一人の男が立っていた。
髪は赤茶でところどころ跳ねており、パーカーを着て、ズボンには長いベルトがだらりと垂れた明るそうな男だった。
「なあなあ、お前も新入生なんだろ? ここどこか分かる?」
男は俺の肩を掴んで聞いてきた。
結構馴れ馴れしいが、別にこういう人間は嫌いじゃない。
何より、この閉鎖空間に一人きりじゃないと知って俺はとても安心した。
最も、彼の質問に有効な答えを返すことはできないが。
「……いや、何にも分からない。気がついたらここにいたんだ」
「そっか。まあ、そうなるよなあ」
男はため息とともに呟く。
「ホール分かる? ここからエレベーター降りてすぐなんだけどさ。とりあえずみんなそこに集まってんのよ。お前も来な」
「エレベーター…? 案内してくれないか?」
「はいよ。こっちこっち」
こうして俺は男の先導のもと、廊下を進んでいった。
しばらく進むと突き当たりにエレベーターの入り口があった。
エレベーターは意外に広く、十人は同時に乗れそうだった。
パネルには階層を表すボタンが付いており、今俺がいたのが一階。その下に「ホール」というボタンがあり、二、三、四階のボタンは押しても反応がないらしい。
エレベーターはすぐにホール階に辿り着いた。
廊下を少し歩くと大きな扉があり、そこを開くと―――
まるで体育館のように広い広いホールに着いた。
いや、ホールというより本当に体育館なのかもしれない。
現にバスケやバレー用と思われる線が床に引いてあるし、用具室と書かれた部屋もある。
だが、それよりも俺の目を引いたのは、ホールの中央に集まる生徒達だった。
男も女も十人十色。
様々な第一印象の人間たちが一箇所に集まっていた。
「お、また来たのか」
誰かが俺を見て声を上げた。
彼らが、”超高校級”……
俺は思わず生唾を飲んだ。
そういえば、俺を案内してくれたこの人も超高校級の何かなのだ。
そうだ、忘れていた。
この馴れ馴れしい男子生徒は一体超高校級の何なのだろう?
「君の自己紹介を聞かせてくれないか?」
俺は思い切って彼に切りだしてみた。
「え? 俺? えーと、俺は
前木君はもったいぶって言葉を止めた。
「…才能は?」
突然、前木常夏君は目をくわっと見開き、握りこぶしを胸に打ち付けた。
「俺は”超高校級の幸運”だぁ‼︎ 知ってるかぁ? 何の才能もねえ一般人でもなぁ、毎年一人は選抜で選ばれてここに入れんの‼︎ すっげーだろ‼︎」
その勢いと自信に俺は押し倒されそうになってしまった。
確かに、希望ヶ峰学園がそのような枠を設けていることは度々耳にしていた。
「よぉし‼︎ てなわけで、全員そろったみたいだしここにいるみんなで順番に自己紹介すんぞ‼︎ 次はオメーだ白衣野郎‼︎」
急にテンションを上げた前木君は床にあぐらをかく白衣を着た男を指差した。
「俺ぇ? 自己紹介とか、メンドクセーな……」
そう愚痴る男の黒髪はボサボサで、事あるごとに欠伸をしている。
「
”超高校級の脳科学者”、釜利谷三瓶君はそれだけ言うと床にごろんと寝転んだ。
なんともガサツそうな人物だ。
だが彼は高名な脳外科医である父とともに脳科学の最高峰と呼ばれる学会に属しており、最近は「記憶」に関する研究で数々の論文を世に送り出している。
ゆくゆくは彼も父のような「神の手」と呼ばれる存在になるのだろうか。
だらしなく床に寝転ぶ姿からは想像もつかないが。
「キミ! そんなところで寝ては体を壊しまするよ!」
癖のある語尾で釜利谷君を注意するのは、おかっぱ頭で丸眼鏡をかけた出っ歯の男子生徒。
学ランをきちんと着こなしている割には不似合いなリュックを背負っており、まるでガリ勉とオタクを足して二で割ったような格好だ。
「お、じゃあ次はお前いってみよーかー」
と前木君の指摘を受け、「む、かしこまりました」とその男子はキチッとした気をつけの姿勢をとった。
「自分は、いや拙者は、いや
そう言って”超高校級のフィギュア製作者”、丹沢駿河君は律儀に一礼する。
この人の噂はあまり聞かないが、ぼんやりとした情報によると様々なキャラクターのフィギュアを自在に手がける製作者なのだという。
”超高校級の同人作家”と呼ばれる人物とコラボ作品を出したとかも言われていたな。
ちょっとめんどくさそうな人だけど、悪い人ではないのは間違いないだろう。
「な、な、なんと! モラルを追求するオタクとは‼︎ 我輩感動いたしましたっ!」
不意にそう叫んだのは、ベレー帽を被った地味な服装の少女だった。
赤っぽい髪を三つ編みのお下げにした笑顔の絶えない女子である。
地味な格好の割に目はパッチリしていて意外とかわいい。
「あ、それはそうと我輩は”超高校級の漫画家”こと
もうツッコミを待っているとしか思えない自己紹介を終え、”超高校級の漫画家”は優雅に笑っていた。
彼女、安藤未戝さんは女子高生ながらにバトル漫画で有名漫画雑誌の連載を行っている売れっ子漫画家である。
女性が書いたとは思えないほどのアツい展開が見どころらしく、単行本は即座に初版が売り切れたようだ。
…だが、十秒経っても誰も彼女の自己紹介にはツッコまない。悲しいものだ。
「えーと…じゃあ、次は俺が言っていいかな?」
空気を見かねた大柄な男子が口を開いた。
結んだタオルを頭に巻いた筋肉質な男で、上半身はタンクトップ一枚、下はダボダボの汚れたズボン。
見ただけでなんの才能か分かりそうな格好だ。
「んと、俺は
”超高校級の建築士”、土門隆信君は高校生ながらに大型建築物を数多く手がけたことで知られる建築士である。
近々オープンする超大型ショッピングモールの設計を担当したというニュースをこの前聞いた。
纏う雰囲気は前木君に似ており、何があってもケロっとしていそうな明るい様子が窺い知れる。
「じゃ、次はウチいきまーす」と挙手したのは、帽子を被った少女だった。
青っぽい色の髪は肩ぐらいまで伸び、上半身にはパーカー、下は大きめのズボンを履いており、十字架のネックレスを下げている。
「”超高校級のダンサー”って言われてる
なるほど。まあ、格好からしてそんな感じだろうとは思っていた。
彼女のストリートダンスが動画サイトで人気を博したのは今から数年前。
俺も一度だけ見たことがあったが、確かに見る者を魅了するテクニックが満載だった。
今では日本中に数多くのファンを持ち、近々有名ダンサーグループとコラボイベントも行うらしい。
プロポーションは抜群で顔立ちも整っており、悪戯っぽい笑みがかわいらしさを引き立てている。
あの見た目ならダンスが映えるのも頷ける。
「あ、次は私?」
自分を指差してキョロキョロと周りを見渡す女性は、釜利谷君と同じように白衣を着ている。
「はじめまして、皆さん。”超高校級の昆虫学者”、
恥ずかしげに笑う”超高校級の昆虫学者”、小清水彌生さんは赤毛のロングを腰まで伸ばし、赤縁の眼鏡をかけた美人だった。
記憶が正しければ、彼女は昆虫や微生物の研究において重要な論文を発表した若手生物学者。
千を超える種類の昆虫を自宅で飼育しているという噂もある。
ただ、見た目から感じる大人びた雰囲気とは内面は少し異なるようだ。
「んっと、誰が残ってるっけ? あ、じゃあお前お願い」
そう言って前木君が指差したのは、銀髪で顔立ちの整った青年である。
「ふふ、ついにわたくしの出番ですか」と青年は笑いながら前に進み出る。
…あ、なんかこの時点で若干キャラが見えたぞ。
「お初にお目にかかります! わたくしは”超高校級の翻訳者”、
「はあ、急に何よ⁉︎」
ダンサーの亞桐莉緒さんが驚きとともに口を挟む。
「おっと失礼! 思わずノヴォセリック王国の言葉で自己紹介をしてしまいました! わたくしはあの国が好きでしてね、特に特産の干し芋などは……」
などとオーバーに手を動かしながら語り始めた入間ジョーンズ君。
漫画家、安藤未戝さんの時よりもみんながうんざりした顔つきになっている。
なるほど。予想どおりのキャラだ。
こんな性格ではあるが、彼は某国大統領との対話経験もある超有名な翻訳者なのだ。
世界28ヶ国語に精通し、ノヴォセリック王国も例外ではないらしい。
通訳だけでなく、海外の著書の翻訳でも活躍しているのだとか。
絡みづらいことは間違いないが、たまに話してみると面白いかもしれない。
「……おっと、語りすぎましたね。ではでは次の自己紹介と参りましょうか。夢郷くん、ゆきたまえ!」
「うん? 僕か」
入間君の指名を受けて出てきたのは、どこからどう見ても古代ローマ人のような格好の男だった。
一応下にはジーンズを履いているようだが、体に羽織っているローマ人的な布切れのせいで足元しか見えず、とても一目で現代人とは思えない。
しかし顔付きは入間君並み、いやそれ以上に美形かもしれない。
物悲しげな表情がよりそのイケメンぶりを強調している。
「僕の名は
テンション低めで自己紹介した夢郷郷夢君。
冗談のような名前とは裏腹に専門家顔負けの知識を有する哲学者である。
彼の著書は世界中で根強い人気を誇っており、高校生ながらに外国の大学で講演することもあるらしい。
「はいっ! じゃあ、次は私が!」
元気よく挙手したのは、茶髪をポニーテールにした真面目そうな女子生徒だった。
「私は”超高校級の空手家”をやらせていただいております、
元気よく一礼したこの女子生徒は、小学校時代には既に全国レベルの大会に出場していた空手の申し子。
現在は出る大会の全てを優勝で飾るほどの強者として名高い。
やはり武道を習っているとこうも礼儀正しくなるのだろう。
丹沢君と同じくらい制服をきちんと着こなしており、スカートもちゃんと膝まで下ろしている。
怒らせたら酷い目に遭いそうだ。気をつけよう。
「さ、
自分の自己紹介を終えた山村さんは横にちょこんと座る大人しい女子生徒に語りかけた。
「うっさい……言われなくてもするから……」
不機嫌そうに文句を言う少女は、黒髪ショートで黒いスーツに黒いスカートと徹底した黒ずくめである。
「……伊丹…ゆきみ…です。薬剤師……やってます」
”超高校級の薬剤師”、伊丹ゆきみさんはついこの前雑誌にも出ていた新薬開発のホープである。
薬のみならず、最近では超高性能プロテイン”プロドルメンX”の開発でも一躍有名となった。
そのクールな姿に魅せられるファンもいるらしい。
だが、こうして見ると人付き合いは苦手そうな人なんだな。
「次は俺か?」
低い声が背後から響いた。
振り向くと、見上げるほど背の高い男が目の前に立っていた。
土門君並みに筋肉質な体に漆黒のコートを身に纏い、髪は白の短髪、茶色く色づいた眼鏡の中からは鷹のように鋭い眼光が光っている。
「う…わ…」
俺はその威容に思わず後ずさった。
「そう怯えないでくれ。怪しい者じゃない。名前は……そうだな、”リュウ”とでも呼んでくれ。訳あって何の才能で入ったかは言えない。だがもう一度言っておくが怪しい者ではない。よろしく頼む」
いやいやいや、そんな格好をしておきながら「才能が言えない」なんて、これを怪しいと言わずして何と言う。
しかも名前まで誤魔化してるじゃないか。
「えー、なんで言えねーの? 理由も言えない感じ?」
前木君がつまらなそうな顔をして尋ねる。
「申し訳ない……。言えば迷惑がかかる。まあ気にするようなことじゃないさ」
リュウ君はそう答えたが、周囲からの疑惑の視線は収まらない。
俺が思うに、彼は”超高校級の殺し屋”あたりだろう。
俺が描く作品では大体殺し屋はこんな格好をしている。
そうでなければ”超高校級のエージェント”だ。
そういう役職ならば、才能が言えないというのも頷ける。
なんと怖い人だろう。
「皆様方っ!」と漫画家の安藤未戝さんが声を張った。
「あそこにおわす御仁にお声はかけなくてよろしいので?」
安藤さんが指差した先には、リュウ君よりも怪しいオーラを醸し出す人物がホールの隅に座り込んでいた。
背はかなり低いが、全身を濃い紫のローブに包み、長く尖った形の帽子で顔を隠している。
まるで魔女だ。
「バカっ! 敢えて触れてなかったんだよ! 怖いだろ!」
前木君が顔を青くして叫ぶ。
「んなこと言うなよ! お前も俺たちと同じ新入生なんだろ? なあ!」
建築士、土門君が前木をたしなめ、魔女のような人物に声をかけた。
「ふぉっふぉっふぉ、バレてしまっては仕方がない……」
一体何がどうバレたのかは知らないが、ローブの人物はそう呟きながらゆっくり近づいてきた。
「時にお主」
ん? 誰を指さしたんだ?
「そこのキョロキョロしておる少年、お主じゃ」
なんてこった。よりにもよって俺に声をかけてきやがった。
「は、はい…。なんでしょう…?」
ローブの人物は何やら赤い物体を取り出し……
「この毒リンゴを食べてみぬか?」
なんてこった‼
魔女だ‼︎ ほんとに魔女だった‼︎
「お婆様、毒入りと自白してしまっては、食べてはもらえませんよ」
慌てる俺をよそに、翻訳者の入間君が冷静にツッコむ。
「アンタ……高校生なの?」
ダンサーの亞桐さんが不審そうに尋ねる。
ローブと帽子で顔は見えないが、このしわがれた声は間違いなく老婆だ。
”超高校級の老け顔”でも出てくるのだろうか?
などと考えているとーー
「わしか? わしはーー」
「リャン様なりーーーー‼︎‼︎‼︎」
「うわぁーーーー‼︎‼︎」
突然、ローブから小さな少女が飛び出してきた。
素で悲鳴を上げてしまった。
尻餅をつく俺を見てうくく、と笑う少女は小学生のように背が低い。
金髪のツインテールを長く下ろしたあどけない顔の女子生徒だった。
しかし、このフリッフリの服装はなんだ?
「「ぬおおーーー‼︎‼︎」」とフィギュア製作者の丹沢君と漫画家の安藤さんが同時に声を上げた。
「そのお姿……紛れも無い、『外道天使☆もちもちプリンセスぶー子』でござりまするな‼︎」
丹沢君が感動を隠せない面持ちで叫ぶ。
そんな感じのアニメのCMを見たことがあったかもしれない。
「我輩もあの作品には憧れておる所存…。ただの萌えアニメかと思いきや、以外とバトル展開にも凝っておりまして……」
安藤さんも便乗して語り出す。
この二人は似たような世界に生きている分、かなり気が合いそうである。
…このチビな少女もそうなのだろうか?
「にゃははー! リャン様のファンが増えるとは嬉しいことこの上なし!」
二人は君のファンになるなどとは一言も言っていないぞ。話を聞いていないのか。
それにしても、「リャン様」というのは彼女の名前なのだろうか?
そんな格好でそんな一人称を使って、恥ずかしくはないのだろうか…?
「ええーっと…とりあえず自己紹介いいかな?」
珍しくうろたえている前木君に勧められ、少女は「よかろうなり‼︎」と言ってぺこりと一礼した。
「アタシは”超高校級のコスプレイヤー”、
フィギュア製作者といい、コスプレイヤーといい、漫画家といい、どうしてオタク界隈の人間がこんなに多いんだろうか?
まったく俺にはついていけない。
というかこの人、リュウ君にも化けられるのだろうか?
ちびっ子のリュウ君が街を闊歩する姿を思い浮かべると、かなりシュールで笑える…。
しかし、今の声とは全く異なる老婆の声を先ほど発していたことを考えると、やなりコスプレイヤーとしての才能は本物のようだ。
それはともかく、持っていたリンゴは本物だったようで、津川さんは人目もはばからずそれをかじっていた。
「自己紹介終わってないやついる?」
前木君が問いかけたので、「あ、俺」と答えた。
「俺は”超高校級の脚本家”って呼ばれてる葛西幸彦です。よろしく」
「へえー、脚本家かあ。頭良さそうだな!」
「そんなことないよ…」
建築士の土門君が感心したように言うが、俺はそこまで学力が高いわけじゃない。
感じたことを感じたままにストーリーに表す能力に学力は関係ないのだ。
「これで、全員終わったかな」
前木君が呟く。
「……あの子、まだ自己紹介してなくない?」
そう言ってダンサーの亞桐さんが指差した先には、ホールの側面に貼られた鉄板を念入りに調べる一人の少女がいた。
ベージュ色の髪をボブにしているが、右耳のあたりから小さい三つ編みが下りている。
可愛らしい顔つきだが、かなりムスッとした表情なのが残念だ。
いや、それでも凛とした美しさを放っていてとても綺麗なのだけれども。
オレンジのセーターに膝上くらいまでのスカートを履いており、格好ではどんな職業なのか分からない。
「おーい、お前もこっち来いよ〜! 自己紹介してくれー!」
前木君が声を張るが、少女は見向きもしない。
「おーい! おーい! 聞こえないのかー?」
「あー、もう! ウチが呼んでくる」
痺れを切らした亞桐さんがその子に走り寄り、無理矢理腕を引っ張ってきた。
「こら! 抵抗すんな! あんたが自己紹介しなきゃ誰か分かんないでしょ!」
「離せ‼︎」
少し引きずられた少女は強く言い放ち、亞桐さんの腕を振りほどいた。
彼女の視線は、ここにいる全員に強烈な敵意を宿していた。
「私に干渉するな……雑魚どもめ…」
「ざ、雑魚⁉︎ 強い強ぉーい魔法少女であるはずのリャン様を……雑魚だとぉ⁉︎」
コスプレイヤー、津川さんがオーバーなリアクションをとって驚いている。
「はあ? アンタ何言ってんの? 反抗期?」
亞桐さんが呆れ気味に言っても少女の態度は変わらない。
しかしこの顔、どこかで見たことがあるな……。
「……思い出した。きみは”超高校級のエンジニア”、
そうだ。以前雑誌で見たことがある。
百に迫る特許を得て、”エジソンの再来”と噂される少女、それが彼女だ。
精密機械から大型自動車まで、様々な機械の開発と改良に携わる一方、幼少期には既に難解な数式の証明を行ったという”究極のリケジョ”。
いや、彼女を究極と呼んだら同じリケジョの昆虫学者・小清水さんと薬剤師・伊丹さんに失礼かもしれないが。
それでもそう呼びたくなるくらい完璧な頭脳を備えた人物なのである。
「……貴様如きが私を語るな。反吐が出るんだよ…」
相当に棘のある言葉が吐き出された。
初対面の女性にこんなこと言われたら凹むじゃないか。というか実際凹んでるよ。
「そんな言い方ないでしょ。あなたを知っててくれたんだから、感謝すべきよ」
小清水さんがむっとした顔で御堂秋音さんをたしなめた。
「黙れ。敷かれたレールを歩くだけの連中に私を理解されたくない」
相変わらず額に血管を浮かべて御堂さんは答えた。
「…ま、まあな、超高校級のなんたらってのは、こういうちょっと突っ張った奴もいて当然だよ。気にせずいこーぜ」
前木君がその場をなだめたが、御堂さんは舌打ちとともに鉄板の調査に戻っていった。
こうして、とりあえずは全員の自己紹介が終わった。
「これから…どういたしましょうか?」
翻訳者の入間君が不安げに呟いた直後だった。
”ぎひゃひゃひゃひゃひゃ‼︎”
「わっ⁉︎ なんだ⁉︎」
突然、耳障りな笑い声がホールに響いた。
『全員揃ってんじゃねーかー! 呼ぶ手間が省けたぜ〜‼︎』
その声は、高い位置にあるスピーカーから響いているようだった。
底抜けに明るい、しかしそれゆえに無邪気までに凶悪な悪意が見え隠れしている声だ。
そう。
その声はーー俺たちがこの後直面するどうしようもない”絶望”の片鱗でしかなかったのだ。
一生忘れられないであろう”超高校級の絶望”の。
その時、ステージの中央、壇上に何かが現れた。