真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第9話】 やらせはせんぞぉ!

 

「え、ちょっと待ってちょっと待って。日本語で頼む」

 

「オラも九十九神って話じゃん? 見た目名馬のこのストラップに宿った」

 

「もちつけ……もちつくんだ僕……!! そうさ、これはアレだよ。僕の人気が一定以上になった証拠じゃないか。そうだろうアッガイ……。そうさアッガイ……。人気者はいつも真似されるものだ。設定を真似されてもしょうがないじゃないか………………無理だ! 消えるがいい!!」

 

「! せいっ!」

 

「あーん! 日本刀の恐怖!」

 

 

 黛由紀江、そして松風と対面したアッガイ。だが松風が【九十九神】という話を聞いて大いに動揺していた。なんとか必死に落ち着こうとしたのだが、やはり設定被りは許容出来ない。即座に松風――実際は持っている由紀江――にメガ粒子砲で攻撃を仕掛けようとするのだが、攻撃の前に日本刀の一撃で簡単に地面に沈む。

 実は刀を振るった後に由紀江もマズイと思っていた。手加減はしたが、切れ味鋭い刀だ。ロボットとは言え、どこかを傷つけてしまったのではないかと心配したのだ。しかしヒュームの蹴りにも耐えるボディを持つアッガイには何の問題も無かった。

 

 

「あああ、あの、あのあの! 申し訳ありませんでした! でもそのあの! 癖というかなんというか!? 反射的にですね!?」

 

「君ちょっとキョドりすぎでしょ。落ち着きたまえ。3分間待ってやる」

 

「っていうかアッガイ先輩が攻撃しよーとしたのがいけないんじゃね?」

 

「キョドったと思ったら僕に責任転嫁してくるとはなんという娘!!」

 

「い、いえ! そのような事は滅相も……。それに今の松風が言った事で……」

 

「いや君でしょうよ! そんな腹話術で惑わされる僕ではないんだよ!」

 

「なぁアッガイ先輩YO」

 

「なにさ!」

 

「いつから……いつからオラが腹話術だと、錯覚していた……?」

 

「なん……だと……」

 

 

 衝撃を受けるアッガイ。まさか自分が錯覚していたとは。この世界は自分を中心に動いているものだと信じて疑わないアッガイは、まさか自分が鏡花水月の術中に居るとは思いもしなかった。自分のアイデンティティを守らなくてはならないという思いも、目の前に広がる光景も、一体どこまでが真実なのだろうか。しかし、ふと思う。『この台詞言った奴って最後負けるんじゃなかったっけ』と。つまり自分は負けていない。

 

 

「最後に勝てればよかろうなのだぁぁーーッ!!」

 

「はうぅ!?」

 

「行動も言動も予想外過ぎるぜアッガイ先輩YO!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは由紀江の部屋にお邪魔していた。部屋はまだ完全に物が整理されていないのか、少し雑な部分もある。しかし基本的に綺麗にされており、【和】という感じがよく合う雰囲気だった。

 そんな部屋でアッガイは座って、ちゃぶ台に用意されたお菓子と出されたお茶を飲んでいる。アッガイの対面には由紀江、そして由紀江側のちゃぶ台には松風が居た。お茶を飲んで一息吐いたアッガイは、話し始める。

 

 

「んで、僕に何の御用かな? というかさ、先に住み分けしようぜ。ちょっと考えたのよ」

 

「は、はい! どうぞどうぞお構いなく!!」

 

「……君は今までに接した事の無いタイプだよ。まぁそれは置いておいて、松風」

 

「なんスかアッガイ先輩」

 

「いいかい、キャラ被り以上に設定被りはマズイ。僕も松風も、最早これはどうにもならない死活問題だと思うんだ。だからまぁ緊急策を考えたんだよ。僕は【付喪神】。松風は【九十九神】。これでいこうじゃあーりませんか!」

 

「…………さすがアッガイ先輩ー! スゲー閃きだぜー!」

 

「ハッハッハ! 僕の頭脳にかかればこんなもんですよ! ゼロシステムさえ凌駕する僕の頭脳であれば!」

 

 

 上機嫌になってお菓子を黙々と食べ始めるアッガイ。そんな様子を見て、由紀江は静かに松風に話し掛けた。

 

 

「……松風。確か付喪神と九十九神では、九十九神の方が正しくて付喪神は当て字という話があったような。それにどちらも意味は同じ筈……」

 

「いいんだよーまゆっち。アッガイ先輩はチョロそうだからそういう事にしておけってー」

 

「……いいんでしょうか……?」

 

「全く甘いなーまゆっちー。本人がいいって言ってるんだからいいんだYO! それよりこっちの話しないと駄目だぜー」

 

「そ、そうでした……! あ、あの! アッガイさん!」

 

 

 二人の会話にも気付く事なくお菓子を食べ続けていたアッガイに、由紀江が話し掛ける。というよりも、本来、部屋に招いたのは由紀江であり、由紀江が用のあった筈だったのだが、アッガイが住み分けの話をしてしまったので、すっかり忘れかけていた。

 

 

「なんだい由紀江。というか松風の言う『まゆっち』というのは黛だから? 僕もまゆっちと呼ぼうか?」

 

「え!? えええ!? 呼んで頂けるのですか!? いやでもそんな畏れ多い!?」

 

「君はホントに出会った事の無いタイプだよ。見た目可愛いのに、その言動の卑屈さで10割損してるよ」

 

「ソイツは酷いぜアッガイ先輩ーッ!」

 

「あ、あとお前ね松風。お前と話してるってのも損だわ」

 

「オラという存在の意味がーっ!」

 

 

 愛称で呼んでもらえるかもしれないという歓喜と、しかし出会って間もないのにそれは進みすぎではと思い、自分から遠慮してしまいそうな由紀江。そして存在を否定されたも同然の松風。

 再び、由紀江と松風は二人で話し始めた、というか一人だとアッガイは思っている訳だが。とりあえず出されたお茶とお菓子が無くなったので、アッガイはアクションを起こす。

 

 

「じゃ、ご馳走様ー。またねー」

 

「!? あのっ!? ちょ、ちょっとまだ話がありましてですね!?」

 

「なんでそこで帰るって選択するんだアッガイ先輩!」

 

「え?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 再度注がれたお茶と、更に追加で出されたお菓子を手に取り、アッガイは話し始める。

 

 

「ふーん、つまり友達が欲しいという話かー」

 

「そうなんです……。地元では駄目でしたが、ここ川神で心機一転、頑張って友達100人作りたいんです!」

 

「まゆっち燃えてるぜー。マジ燃えてるぜー!」

 

「っていうかなんで友達出来ないの? 松風というデメリットがあっても、使い方によっては面白キャラになるのに」

 

「チクショー! オラの存在価値が暴落していくー!」

 

 

 由紀江がアッガイに話したかったのは【友達作り】の事に関してだった。この黛由紀江、実を言うと友達と呼べる人間が一人も居なかったのだ。地元は北陸、そこから遥々川神市までやってきた。川神学園に入ったのは武道が盛んであると共に、地元では最早、切磋琢磨出来る相手も、環境も無かった事が理由でもある。

 さて、そんな彼女なのだが、実はまだクラスメイトにすらまともに話し掛ける事も出来ていない。普通であれば、クラスメイトの方からも多少なりとも話し掛けてくるパターンもあるのだろうが、由紀江の場合には皆無である。

 

 

「うーん。それっておかしくない? まゆっちは見た目別に悪くないしさー。松風はアレだけど。松風の事を含めたとしても話し掛けられないってのはねぇ……。松風はアレだけど」

 

「やめて! オラのライフポイントはもう0よ!!」

 

「でも……皆話し掛けて来てくれません……。ちゃんと笑顔を作って待機していたのですが……」

 

「ふむ……。じゃあちょっと話し掛けられた、という感じで練習してみよう。もしかしたら偶々皆話し掛けてこなかった、という事もあるかも? だし。明日は誰か話し掛けてくるかもしれないよ」

 

「そ、そうですね! 気合を入れて練習します!」

 

 

 そう言ってアッガイは、練習という事で由紀江に話し掛ける役をする。雰囲気的には、後ろから話し掛けて、まゆっちが笑顔で振り返り、そこから話を広げていく的な感じだ。

 

 

「ねぇ君――」

 

「なんでしょうか?」

 

 

 しかしアッガイは停止した。正直、自分が何をしているのかすらも吹き飛んだ。何故なら今、アッガイの目の前に【笑顔】とは程遠い、人を射殺せるのではないかという程の【睨み】を向け、目の前にある命をどう散らそうかと涎を垂らす狂人の如き笑みを浮かべ、圧倒的恐怖を与える表情をした由紀江が居るのだから。アッガイは思った。『殺される』と。

 

 何故だろう。アッガイの脳裏に様々な思い出が蘇ってくる。前世で初めて両親に買って貰ったガンプラ。父から貰ったニッパー。母に貼って貰った絆創膏。友達と一緒にやった戦場の絆、エクストリームバーサス。

 陽向と出会い、帝に出会い、ヒュームに蹴られ。九鬼家で過ごした日々。陽向と若葉の結婚。グランゾンとの出会い、ヒュームの蹴り。幼き英雄達との邂逅。局と帝の夫婦喧嘩、ヒュームの蹴撃。

 ヒュームの蹴りばかりが目立つが、それも良い思い出。そう、思い出。記憶が蘇っては消える。暖かかったり、痛かったり、寂しかったり、嫉妬したり。記憶に登場した人物達の優しい笑顔が目の前に広がる。

 ――そして即座に目の前の修羅へと引き戻された。

 

 

「あ……ぁ……あぁ…………」

 

 

 アッガイはこの世界に来て初めて心の底から恐怖を感じる。他の人間達は武力はあってもどこか手加減というか、アッガイが見下す事の出来る部分があった。しかし目の前に居る修羅はまだ出会って間もない。何も知らない、この事実がアッガイを恐怖の渦へと引き摺り込んだのだ。

 アッガイのモノアイから一粒の、しかし大きな雫がポタリと床に落ちる。

 

 

「殺さないでぇ……」

 

「はい!?」

 

「なんでアッガイ先輩泣いてるのー!?」

 

 

 この日、アッガイは初めて武力によるものではない、精神的な恐怖で女子に泣かされた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「生きねば」

 

「あの、本当に申し訳ありませんでした……」

 

「まさかアッガイ先輩が泣――」

 

「それ以上言ったらもう協力しないよ」

 

「いやぁアッガイ先輩に協力して貰えて感激ですわ!」

 

「素直でよろしいよ、松風。まゆっちに友達が出来ないのはどう考えてもまゆっちが悪い!」

 

 

 なんとか落ち着いたアッガイは、まだ由紀江の部屋に居た。精神的な恐怖から思考が混乱してしまったアッガイをなんとか元に戻すのに十数分を要したのだ。由紀江の友達作りという問題に関しては全く進展するような提案はなされていないが、友達が作れない、周囲の人間が寄ってこない原因をアッガイは特定した。特定したというより味わったと言った方が正確だろうか。

 由紀江に誰も話し掛けてこなかったのは、彼女の【表情】にあったのだ。

 

 

「まゆっちね。君の表情怖すぎるから」

 

「えええ!? 私は笑顔を作って……」

 

「君の言う笑顔ね。笑顔じゃなくて【修羅】だから。修羅の国の人もビックリする程に修羅だから」

 

「そ、そんな……」

 

「まゆっち鏡見てる? 鏡の前で表情作ってごらんよ?」

 

「鏡の前では大丈夫だった筈なのですが……」

 

 

 そういって部屋にある姿見を使って笑顔を作る由紀江。確かにこの状態ならば、かなり不器用ではあるが笑顔を作れている。

 

 

「んじゃそのまま維持してこっち向いて」

 

「は、はい!」

 

 

 姿見からアッガイの方へと顔を向ける由紀江。まだ笑顔だった。しかし数秒で既に笑顔が崩れ始める。目つきは徐々に険しくなり、口元は獲物を見つけて笑む獣のような状態に。

 

 

「絶句だよ」

 

「ええええ!?」

 

「そ、そんな馬鹿なー!?」

 

「表情一つに力みすぎだって。もっと楽にしなよ」

 

「うぅー。難しいです……」

 

「よしっ、じゃあ諦めよっか。おつかれー」

 

「ああ!? ま、待って下さいぃ!?」

 

「アッガイ先輩鬼過ぎるぜ!」

 

 

 帰ろうとするアッガイの腕を掴んでなんとか懇願する由紀江。アッガイの方はもう本当に面倒くさくなったのか、本気で帰りそうだった。

 ここでふと、アッガイは閃く。『面倒事は丸投げするもの』と。アッガイの頭にはバンダナを頭に巻いた幸運持ちが浮かんでいた。

 

 

「まゆっちって新入生だけどさ、川神学園の生徒が作ってるグループとかって知ってる?」

 

「あ、はい。さすがに一年では少ないみたいですが、上級生では多くあるみたいですね」

 

「でもそういうのって仲良しグループとかそういう感じじゃねーの? アッガイ先輩」

 

「多くはそうだね。別にいくつグループがあっても構わないんだけどね。次兄も『戦いは数だよ、兄貴!』って言ってたし。まぁそれは置いておいて、僕と親しいグループがあってね。複数あるんだけど、風間ファミリーというのがあって、そこなら仲良くして貰えるのではないかと思った訳さ」

 

「風間……? 確かこの寮の先輩にも風間という名前の方がいらっしゃったような……」

 

「あ、そいつそいつ。風間翔一って言ってね。風間ファミリーのリーダーなのよ。今日はいないみたいだけど、ちょっと話してあげるよ」

 

「本当ですか!? ……でも急にそんなグループに入れてもらってもいいのでしょうか……?」

 

「まぁ加入反対するのも居ると思うけどさ。僕が口利きしてあげるよ。事情もちゃんと話してさ。真面目に仲良くして、それでも向こうが駄目だ、って言うならまた別のグループなり友達見付けるしかないしさ」

 

「それは……確かに……」

 

 

 アッガイの提案に不安の色を見せながらも、前向きに検討しているであろう由紀江が居た。アッガイからすれば面倒事をどう処理するかが重要なので、当面はこれで大丈夫だろうと安心し、再びお菓子へと手を伸ばす。

 

 結局この日、翔一は帰らず、口利きは後日となった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねぎラーメン美味いなう」

 

「だろー? 俺もテレビで見て食いたくなってよ。ひとっ走り行ってきた訳よ」

 

「しかしそこで食い逃げと遭遇して捕まえるというのが翔一らしい所だよね」

 

 

 アッガイは翔一とねぎラーメンを食べていた。昨日はこのラーメンを食べる為だけに学校をサボったとの事。そして食べに行った先で食い逃げと遭遇して捕まえ、店主から感謝されて色々と貰って帰って来たのだ。ちなみに今日も学校があるが、翔一は行かずに島津寮の自分の部屋でアッガイと一緒にラーメンを食べていた。

 

 

「あ、そうだそうだ。まだ前のビラ代渡してなかったよね。はい、3万」

 

「おーっ! これでまた色々買えるぜ!」

 

「流石に1000枚配れば認知効果もあるだろうし、僕も安心さ。いずれ来たるグランプリの為に……」

 

「そうは言ってもよー、アッガイの言うゆるキャラグランプリってのも開催されるような感じないぜ? しかも何でアッガイ、用務員やら特別授業担当とかになってんの?」

 

「グランプリはいつか必ず開催される……筈……。用務員とかはしょうがないんだよ。僕が仕事し過ぎたせいで草刈りとかの仕事奪っちゃってたみたいだからさ。雇用機会は与えないと。見守り活動もモンスターペアレントがうるさいし。全く、ちょっと刷り込みしてるだけで大騒ぎだよ!」

 

「色々大変そうだなぁアッガイも。……ぷはぁ! やっぱうめぇぜ!」

 

 

 翔一はラーメンの汁を飲んで満足そうに笑う。逆にアッガイは少し難しい表情であった。アッガイにはここ最近になって非常に気になる事があるのだ。それは【ゆるキャラグランプリ】そのものである。これまでアッガイはゆるキャラとしての自分を川神市で懸命に売り込んでいた。しかしである。そもそもゆるキャラというキャラクターが全国でもほとんど存在していないのだ。そんな状況でグランプリが開催される筈もなく、アッガイは先の見えない戦いへと突入していた。

 考えれば考える程に不安が増していく。アッガイは自分の不安を消し去るように頭を横に振ると、思い出したかのように、翔一にある件について話し始めた。

 

 

「翔一さー。またお願いがあるんだ」

 

「お? なんだよアッガイ。またビラか?」

 

「いや、流石にもう一度は早すぎるよ。実は川神学園の新入生から相談を受けてさー」

 

「新入生? あーそういえばここにも誰か来たっけ」

 

「そうそう、その相談したのがこの寮に新しく入った女の子なのさ」

 

「へー。んで俺に何して欲しいんだ?」

 

「その子、北陸の方から来たらしいんだけどさ。基本恥ずかしがり屋みたいで、表情が時々、本気を出した時の拳王様みたいになるんだ。まぁそういう感じで友達はこっちに一人も居ない訳さ。でも元々友達作るのが苦手みたいでどうすればいいのか、って聞いてきたんだ。だから、ちょっと風間ファミリーで面倒見てくれない?」

 

「んーー。まぁいいぜ? でもファミリーに入れるかどうかは別だ。皆で話して最終的に決める。俺もそいつの事知らないしな」

 

「それでいいよ。少しでもこっちの空気に慣れてくれば友達作りの経験にもなるだろうし。そしたら僕面倒みなくて済むし。でも翔一は気に入ると思うよー? 真面目に見えて自称九十九神と喋ってたりするし」

 

「なにそいつ!? 超面白そうじゃん!」

 

 

 アッガイは翔一の興味を見事に由紀江に向けた。とりあえずこれで暫くは大丈夫だろう、とアッガイは翔一と別れて寮の玄関へと向かう。途中、クッキーに出会ったのでグランゾン用のポップコーンを貰って帰った。商店街やゲームセンター、親不孝通りと河原などに寄り道して。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ただいまー」

 

『帰ったか』

 

「グランゾン、ポップコーン貰ってきたよー」

 

『おお、ぽっぷこーんか』

 

 

 夜、アッガイは九鬼ビルの自室へと戻り、同居人のムラサキオカヤドカリ、グランゾンと会話をする。アッガイがポップコーンを手に取ると、グランゾン以外にも小さなオカヤドカリ達が集まって来てポップコーンを欲しがっていた。

 以前は離島のアッガイの部屋で暮らしていたグランゾン達だが、アッガイが本格的に川神に戻ったのを契機として、川神のアッガイの部屋に引っ越したのだ。ちなみにアッガイの部屋は特別製であり、二つの部屋の壁を取り払って一つの部屋としている。部屋の半分はアッガイの部屋となり、もう半分はオカヤドカリ達のスペースだ。大きなガラス壁で仕切られており、下にはサンゴ砂が敷き詰められ、適度な湿度と温度が24時間365日維持されている。

 アッガイは知らない事ではあるが、グランゾンはアッガイと同等かそれ以上に手厚く面倒をみてもらっていた。まずアッガイ自体が自分のお金でグランゾン達の面倒を見ているという事もある訳だが、九鬼に所属する人間達からも可愛がられているのだ。まず天然記念物という保護すべき存在である事。そして何より、意外とグランゾンはスキルが高いのだ。

 

 現在のグランゾンは普通に会話こそ出来ないものの、筆談が出来るようになった。しかも書く文字はとても綺麗である。硬筆検定や毛筆検定の資格を持っており、文字に関しては完璧だ。最近では経理事務や外国語、お米マイスター等の資格取得を目指している。

 

 

「ロッケンロール!!」

 

「また来たのか、このエセアメリカ人め! ちゃんとノックしろよ!」

 

「オイコラ、私のどこがエセアメリカ人なんだ」

 

「じゃあ星条旗出せよ」

 

「持ってねーよ!」

 

「だったらお前はエセアメリカ人だ! テレビで言ってたぞ! アメリカ人は常に星条旗を持っているって! 持ってない奴はニセモンだ!」

 

「んな訳あるか!!」

 

「ステイシー。落ち着いて下さい」

 

「君とステイシーはいつも一緒だね、静初。きっとズッ友なんだね!」

 

 

 ノックせずに入って来たのは九鬼家従者部隊のステイシー・コナー。そして後から入って来たのが李静初である。

 ステイシーは金髪でスタイルの非常に良いアメリカ人だ。元々、特務部隊に所属していた事もあって戦闘能力も高い。ただしヒュームなどとは比べず、であればだ。あずみとも前から知り合いで、あずみがメイドになった事を聞いてからかいに来た際に、ヒュームに教育的指導を受けて強制的に従者部隊に入った。特技は戦場での出来事等を思い出すフラッシュバック。これが出ると暫く能力が落ちる。アッガイ曰く『特技じゃなくて弱点』だ。気分の上がり下がりが激しく、そこだけはアメリカ人だとアッガイも認めている。

 李静初は黒髪のスレンダー美人だ。静初も自分から従者部隊に入った訳ではない。彼女は暗殺者だったのだ。九鬼帝の命を狙い、暗殺しようとしたのだが、クラウディオによって取り押さえられた。本来であれば何らかの処罰を受ける所ではある。しかしクラウディオが彼女を諭して生き方を変えるように言い、静初もまた、その言葉に真剣に耳を傾けた。その様子を見た帝が、彼女を従者部隊に誘ったのだ。帝は能力が高い人間を好む。例え過去に何かしらあったとしても、帝は気にしない。とは言ってもさすがに『自分を暗殺しに来た人間までを取り込むとは』と、クラウディオも少し呆れた表情を見せたそうだが。静初は九鬼でその能力を開花させ、着実に実力をつけていった。しかしメイドにも関わらず、無口無表情が多いので、今だに矯正中である。

 

 性格的に正反対のステイシーと静初であるが、やはり最初はぶつかった。しかし何度も一緒に仕事をしている内に打ち解け、今ではアッガイの言うように大切な友人、親友となっている。

 

 

「それで何用なのさ? 僕は今からグランゾン達にポップコーンを――」

 

「お、ポップコーン貰い! ……ってなんだこれ!? 味が全然ロックじゃねぇ!」

 

「当たり前だろうが! 人間と同じ味付けしたらヤドカリ死んじゃうよ!」

 

「ファック! この味、アフリカに行った時の事を思い出す……。あの時、ケビンが……」

 

「勝手にポップコーン食べてフラッシュバック起こしてんじゃないよ!!」

 

「ステイシー、とにかく今はどうにか踏ん張って下さい」

 

「ああ……ファック……」

 

 

 最初の勢いはどこへやら、ステイシーは落ち込んだ様子で俯いている。それを宥める静初。アッガイからすれば『こいつらホントに何しに来たんだよ』という感じだ。そんなアッガイの視線に気付いたのか、静初が話し掛けた。

 

 

「アッガイ、紋様がお呼びですよ」

 

「紋白が? 電話かメールくれればいいのに」

 

「同じビルの中に居るのに、それは無駄遣いだと言っておられましたよ。これからお風呂ですので、ご一緒しようとの事です」

 

「あいよー。グランゾン、このポップコーン皆で分けて食べてね」

 

『分かった。ありがとう友よ』

 

 

 アッガイはポップコーンをグランゾンに渡して部屋を出て行く。静初とステイシーもアッガイに続いて部屋を出る。後にはポップコーンを啄むヤドカリだけが残った。

 

 

 風呂に向かう途中、アッガイは静初とステイシーと会話する。それは九鬼従者部隊の内情であったり、愚痴であったり、様々なものだ。途中でステイシーも完全に復活したので、そこそこに騒がしい。

 少し歩くと、風呂場の前で紋白が待っているのをアッガイは見つけた。紋白もアッガイに気付いたのか、早足でやってくる。

 

 

「アッガイ、わざわざ済まぬな! フハハ!」

 

「いいさいいさ。ところで僕の分のタオルとか用意されてる? 柔らかくて肌触り優しいやつ」

 

「先に用意しておきましたよ」

 

「さすが静初。どこぞのエセアメリカンとは違うね!」

 

「誰の事言ってんだコラァ!!」

 

「ステイシーも静初も済まなかったな。呼びに行ってもらって」

 

「紋様を歩かせるよりは幾分もマシですよ」

 

「そうそう。コイツを歩かせた方がいいですって」

 

「星条旗持ってないクセに」

 

「お前の認識が間違ってんだよ!」

 

「二人も1日疲れたであろう。よし、今日は皆でお風呂だ!」

 

「え? 紋様、私達は……」

 

「よいよい、我が許可する! フハハッ!」

 

 

 結局この後、アッガイは紋白、静初、ステイシーと共にお風呂に入った。途中、ステイシーに対して『ジロジロ見るんじゃないよ!』とアッガイが騒いだ事で、お風呂でも騒がしい状態となる。しかし紋白は楽しそうにその様子を見ているだけだった。

 ちなみにこの風呂にて、紋白が川神学園に飛び級で入学する事になる事や、武士道プランの投入時期が早まった事などをアッガイは聞いたのだが、ステイシーと泡でふざけていたので結構な部分を聞いていなかったりする。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 九鬼紋白にとって、アッガイという存在は姉や兄同様に重要で、恩人のような存在でもあった。紋白を嫌っていた局との仲を改善し、現在とても良い関係でいられるのはアッガイのお陰だと紋白は思っている。

 何よりも、アッガイの優しさが紋白は好きだった。局と帝の喧嘩の後、アッガイは紋白の話し相手として何度も部屋に遊びに行っていたのだ。そのまま一緒に寝た事も何度もある。しかしながら当初のアッガイの体というのは金属的で、誰かと一緒に寝るのには少々難のある状態だった。アッガイも、それを気にして、紋白が寝たらソっと出て行くという事もあったのだから。

 しかし朝起きたらアッガイが居ないのであれば、紋白とて気付く。最初は紋白が『大丈夫』とアッガイと寝る事を希望したのだが、アッガイとて考える。相手に負担を掛けるようではゆるキャラ失格であると。そして考えた結果、肌触りはぬいぐるみ。夏冷たく冬暖かいという、一年通してとても抱き心地の良いボディに生まれ変わったのだ。この変化には紋白だけでなく、姉の揚羽も大喜びした。大喜びした結果、抱きしめられた時、揚羽の腕の力でアッガイは数年振りの生命の危機を体感したが。

 

 

 ちなみにアッガイ。男女問わずに結構な頻度で一緒にお風呂には入る。勿論一人でも入るが、誰かとでも、とにかく毎日入っているのだ。ロボットなのに大丈夫なのかという質問には、『ジオン軍水泳部舐めるなよ!』と何故かブチ切れる。そしてシャワーだけで終了は許さない。湯に浸かれ、と強制である。

 話し方からすれば男性型である事は分かるアッガイなのだが、性欲自体無いようでやらしい視線も向けない。なので女性達も一緒に入る事を許していた。ちなみにアッガイ。お風呂に入る前には体をよく洗う事をまたまた強制する。紋白等が一緒の時には洗ってあげる事もあるのだが、その時の為に、極め細かいミクロの泡を手から出す能力も作った。先程ステイシーとふざけていた時の泡はこれである。

 

 実はアッガイ、能力は結構な頻度で使うのだが大体が生活面に関わる能力で、戦闘に関してはゲーニッツ位しか今だ使えていない。これには理由がある。九鬼夫婦の喧嘩の際、ヒュームと同等にまで戦闘力を強化出来たアッガイだったが、それを見た揚羽が手合わせをしようとしつこく頼んできたのだ。アッガイとしては一回位なら良かったのだが、何度も何度もお願いしてくるのである。

 遂には揚羽と知り合い、更にアッガイの事も知っていた百代までもが手合わせを頼んでくる始末。アッガイは思ったのだ。『類は友を呼ぶ』と。それから積極的に戦闘力向上の能力を使用するのを止めた。少しは戦闘の力も覚えたが、絶対に揚羽や百代の前では使わないと固く誓ったのだ。

 

 

「強すぎる力は身を滅ぼす……いやリアルに」

 

 

 アッガイは震えた。


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