真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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時系列:原作開始
【第8話】 嵐山


 

 季節は春。桜が美しく咲き誇る季節である。川神市では、春休みを終えた川神学園の生徒達の登校姿を見る事が出来る。再び始まる学園生活に、喜んでいる者も居れば、まだまだ休んでいたかったという感じの者まで、様々な様子の生徒が居た。また、新たに川神学園に入学した新入生達は、どこか緊張した雰囲気を持っている。

 

 そんな中、生徒達には色々なグループが存在し、その中でも特に有名な風間ファミリーというグループが川神学園を目指して登校していた。グループは川神学園2年の風間翔一がリーダーを務め、キャップと呼ばれている。本日はこの登校メンバーには居ないが、強烈なリーダシップと幸運を持つ男だ。

 他のメンバーは体格が良く、パワー自慢の島津岳人。少し気弱だが、パソコン関係が得意な、愛称【モロ】の師岡卓也。そして昔、アッガイに草原で拘束された経験のある軍師的存在、直江大和。不在の風間翔一を含めたこの4人が風間ファミリーの男性陣である。

 そして大和の後ろを歩く女子が椎名京。椎名流弓術を使う武士娘だ。小学校時代に酷い虐めを受けていたのだが、小雪の一件もあって大和が助けた。大和はただ心の傷が癒えるようにと接したつもりだったのだが、いつのまにかガチで大和ラヴな女の子になっていた。そしてそのまま風間グループに入り、現在に至る。

 

 

「みんな、おっはよー!」

 

「おはよう、ワン子」

 

「おう、ワン子」

 

「おはよう。姉さんは一緒じゃないのか?」

 

「そういえばそうだね」

 

「お姉様は先に行ったわ」

 

 

 合流してきた元気一杯な女子は、川神一子。愛称【ワン子】である。以前は岡本一子だったのだが、家族が亡くなった事もあって川神院の養子となった。以前はここまで元気の良い女の子ではなかったのだが、川神院の影響もあって、毎日トレーニングに励んでいる。目標は川神院の師範代になる事だ。

 

 そして大和の言う【姉さん】の事であるが――

 

 

「あっ、あそこに居るのってお姉さまだわ!」

 

「なんだよ、またモモ先輩に挑んでるのか?」

 

「うわっ、今回は随分大人数だね。こりゃ大変だ……回収の人が」

 

「大和、いいの?」

 

「……あーもう! 怪我するだけって分からないかなぁ! 姉さん! ちゃんと加減してよー!」

 

「おーう、弟ー! コレ終わったら合流するからなー」

 

 

――武神。川神百代である。

 

 風間ファミリー最大戦力であり、風間ファミリーが他の生徒達から一目置かれる理由だ。一子の姉であり、川神鉄心の孫であり、川神院を継ぐ者。そして世界最強の称号を持つ者である。

 そんな彼女には、いつも力自慢の自称猛者達が勝負を挑む。不良から一端の武芸家まで、その質は幅広いが、未だに百代を納得させるような挑戦者は現れていない。

 今現在、百代の前には不良が30名居るが、彼女にとっては良くてウォーミングアップ程度、大体がお遊び程度の力で片付いてしまう。

 

 現に大和との会話から約10秒で不良は全員、地面に倒れていた。一人残らず意識を無くしており、中には口から泡を吹いているような人間も居る。

 

 

「あーあ、やっぱり全然ダメだなー。揚羽さんクラスじゃないと全然物足りない……」

 

「……アッガイに投票。アッガイに投票……」

 

「ん? おい、アッガイお前何してるんだ」

 

「やぁ百代。何って刷り込みってやつだよ。いざとなったら投票する時に僕を応援するように仕込んでるんだ」

 

 

 いつの間にか、不良達の所にアッガイがやってきており、倒れて意識の無い不良の耳元で、『アッガイに投票』と言い続けていた。

 

 アッガイと風間ファミリーの関係は中々に長い。始まりは、あの小雪の事件からだ。あの事件の後、一時的に入院していた小雪の様子を見に来たアッガイは、同じように様子を見に来た風間ファミリーと遭遇。

 風間ファミリーの中でも特に翔一とモロには懐かれた。翔一は見た事の無い存在に滅茶苦茶興奮し、家に連れて帰ろうとした程だ。モロは元々ロボット系が好きな事もあって、翔一程ではないが興味深々であった。岳人は見た目でアッガイを小馬鹿にしたので、アッガイからチョイ制裁を受けている。何をしたかと言うと、フレンドリーに握手を求めて、握手をした瞬間にガッチリと手を固定。そのまま電流を流すというものだった。一子は最初、そんなアッガイに怯えていたのだが、アッガイの熱心な説明によって今ではとても仲良しだ。時々、川で一緒に泳いでいる所を見る事が出来る。

 京との仲も良好ではあったが、最初からという訳では無かった。一気に良好になったのは、大和に対する京のアタック応援が理由である。如何にして大和を落とそうか、そう思い悩んでいた京に、あの手この手と知識を与えたのがアッガイだったのだ。アッガイ本人はただ面白そうだったから協力しただけだったのだが、それによって京とは良い関係を築く事が出来た。大和曰く、『京を暗黒面に落とした張本人』である。

 そして、百代との関係もそこそこに良好。とは言っても、アッガイから百代へ向けた良い関係という事ではなく、百代からアッガイに向けた良い関係という事である。そもそも、一子や京と違い、百代の場合にはアッガイの方が百代を怖がり、避けていたのだ。何故アッガイが百代を怖がり、避けたのかはアッガイの小学生見守り活動にまで遡る。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「やぁ皆。僕は君達の登下校を見守るアッガイだよ。ゆるキャラグランプリの際には――」

 

「おい、そこのロボット」

 

「ん? やぁなんだい。強気な感じのお嬢ちゃん。僕のサインが欲しいの?」

 

「そんなのいらない。私はお前が強いのか知りたいんだ。九鬼のロボットなんだろ、どうなんだ」

 

「僕のサインを要らないだなんて絶対後悔するよ! 絶対後悔するよ! ねぇいいの? ホントに――」

 

「言いから答えろーー!!」

 

「ひごぇッ!?」

 

 

 アッガイお決まりのやられ文句、『あーん! ○○ー!』という言葉すらも言わせて貰えない程の、強烈かつ突然の攻撃だった。この後、近くの川に飛んでいったアッガイは水面を数回跳ね、沈んだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「しかしアレだよね。百代も美人に育ったのに中身が残念過ぎるよ」

 

「アッガイは私に可愛がられたいと見た!」

 

「歪曲した愛! やったら鉄心氏に言い付けてやるからなー!」

 

「お前、私相手だといっつもそれだよな。本当に撫でたいだけの時とかもやたら怖がるし」

 

「コイツ……! 最初に何をしたのか忘れてやがる……ッ!?」

 

「あれはお前がさっさと答えなかったからだろー!」

 

「若者のキレやすさに僕は驚愕だよ! これだからやたら武力を持ってる奴は!」

 

 

 そう言いつつ、アッガイと百代は二人で風間ファミリーの所へと歩いていく。ファミリーの皆は二人の様子を『またか』と言った目で見ており、この光景が幾度となく繰り返されてきた事を容易に想像させた。

 

 

「やぁ。翔一は始業式の日から欠席かい? あと、この間、翔一に頼んでおいたビラ配布ちゃんとやったかどうか知ってる人居る?」

 

「おはよう。あのビラだったら駅前ですぐに配ってたぞ。俺とモロとガクトも手伝ったけど、すぐに配り終わったな」

 

「あーあのビラか。っていうか何だよあのビラは。なんで俺様があんなのもの配らなきゃならなかったんだ――」

 

「知るかよ筋肉バカ黙れよ電気流すぞ」

 

「お前ホント俺様に冷たいのな!」

 

「ガクトは最初にアッガイを馬鹿にしたのがね……。僕やキャップみたいに仲良くしようとしなかったのが尾を引いてるね」

 

「ホントだよ。もしもモロがガクトみたいな事を言った場合には、恥ずかし固めするって僕決めてるんだ」

 

「なにそれ!?」

 

 

 アッガイは大和にガクト、モロと話しつつ、歩きながら一子や京にも話しかけて行く。

 

 

「おはようワン子。今日も元気でよろしゅうござんす」

 

「おはよっ! ねぇアッガイ。また今度一緒に川で鍛錬しましょ!」

 

「いいぜ、アッガイのスイムに酔いな」

 

「ワン子が風邪引いたらお仕置きなー」

 

「破滅への輪舞曲(ロンド)!! ……あれこのネタ前にも使ったような……」

 

「ワン子、もうちょっと暖かくなってからにしなよ。それとアッガイ、そのネタはもう何回も使ってるよ」

 

「ん~? 別に平気なんだけど……」

 

「アレだよワン子。時期に合わせた鍛錬をしましょうと君の姉は言っているとアッガイは推理します」

 

「そうだったの!? 気を遣ってくれてありがと、お姉さま」

 

「……そういう事にしておいてやるか。よしアッガイ。お前に合わせてやったんだから抱きつかせろー!」

 

「下手に出たらこれだよ! そして発言だけ聞くと変質者だよ!」

 

 

 ギャーギャー言いつつも百代の武力には勝てず、もっと酷い目を見る前にアッガイは降参した。百代は満足した表情を見せながら、アッガイに後ろから抱きついている。抱きついているというか、最早アッガイにオンブして移動している状態だ。ちなみにアッガイ。そこそこ前から体の材質が変わっている。どの位前からかと言うと、九鬼夫婦の喧嘩から数週間後位の時だ。

 アッガイの体が今現在どうなっているのかというと、金属的な肌触りではなくなり、ぬいぐるみに近い肌触りのいい体となっている。見た目では全く変化が見られないが。ちなみに肌触りだけであり、押しても凹む事はないし、今だにヒュームの蹴りを受けても平気なボディである。温度もあり、冬は暖かく、夏は冷たいという便利グッズな体だ。

 

 

「やっぱりアッガイはいいなぁ。お前ホントにウチに来ないか?」

 

「全力でお断りします」

 

「なんでだよー! ワン子の所へは行くじゃないかー!」

 

「ワン子とチミを比べるんじゃないよ! 百代の抱きつくは零距離ガイアクラッシャーなんだよ! 砕けちゃうの! 僕が!」

 

「ちゃんと加減するからー!」

 

「戦闘衝動抑えられない人の言葉を信じちゃいけないって、鉄心氏が言ってましたー」

 

「あんのクソジジイーーーッ!!」

 

 

 アッガイの言葉を聞いた百代は、アッガイから飛び降りて一目散に川神学園へと走っていく。その速度は凄まじいの一言に尽きるもので、鉄心を一発殴りに行くのだろうと、風間ファミリーメンバーは思った。

 

 

「やれやれ、嘘も方便とはこの事だぜ……!」

 

「嘘なのかよ!」

 

「アッガイ大丈夫なの? モモ先輩の事だから、その事がバレたら何するか……」

 

「っていうか、これアッガイの弱みじゃねぇか?」

 

「ほんと筋肉ばかりで気持ち悪い考えが出来るようになったねガクト。筋肉に失礼なレベルだよ」

 

「ハン。今の俺様はお前の弱みを知ってるんだぜ? そんな事言ってて――」

 

「鉄心氏にはいつも電気マッサージしてあげてるから、何かあった時には話を合わせてくれるように交渉済みだもんねー」

 

「おいモロ、今週のジャソプ見せろよ」

 

「ちょっと!? 僕を巻き込まないでよ!」

 

「オイコラ、ガクト。こっち来いよ。電気鼠もびっくりなレベルで電気流してやるよ。ピカピー!」

 

「ふざけんなーーーーーーっ!!」

 

「逃げんじゃないよこのーーーッ!」

 

 

 逃げる岳人をアッガイが追いかけていく。残された大和とモロ、京とワン子は、その光景を見て『学校始まるなー』と何故か感慨深げに思っていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「まったく、朝からエライ目にあったわい……」

 

「まぁまぁ、こうして電気マッサージしてるから大目に見てよ、僕を」

 

「まぁお主は前からそういう約束をしていたしのぅ……。おぉ、効くのぅ……」

 

 

 朝の学長室にて、アッガイは鉄心の腰を中心に電気マッサージを行っている。登校時、アッガイの言葉を聞いた百代が、予想通り鉄心に殴りかかった事で発生したプチ戦闘。それにより鉄心の腰痛が少し酷くなり、それを和らげる為にアッガイはマッサージをしているのだ。なんと言っても、今日は始業式、学長である鉄心が居なければ話にならない。そしてアッガイにとっても、今日は特別な日なのだ。

 

 

「儂が少し話をするでな。その後で紹介するからそしたら壇上に登ってきてくれい」

 

「早くしてね。僕待ってるの嫌いなんだ。そして面倒も嫌いなんだ、スティンガーさんのように」

 

「……お主、それが雇われる側の態度かのぅ……」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神学園はA~I、そしてSと呼ばれる一学年十クラスがある所謂マンモス校である。川神には先祖が武士や侍だった家が数多くあり、必然的にそういった家系の子供が川神学園に集まる確率も高い。そういった生徒の特色を反映してか、川神学園には決闘システムという勝負を公認する仕組みもあるのだ。

 まぁそういった話は一先ず置いておくとして、実はアッガイの認知度というものも、なかなかに凄いものとなっていた。元々、百代達が小学生の頃から地道に見守り活動をしていた事や、河川敷の雑草を一掃する様子などが多くの人に見られており、アッガイを生で見た事が無い、という人間はほとんどいないレベルなのだ。例外として県外や市外からの人間であれば、知らないのも無理はない。しかしこの川神学園の生徒は、ほぼ全員がアッガイの事を知っているという状態だろう。

 

 

「そんな人気者の僕が! なんとこの川神学園で働くよ!」

 

「これ! まだ儂の話の途中じゃろが!」

 

「鉄心氏、物事はスピーディーかつエレガントに、ってやつだよ」

 

「……はぁ、もういいわい。本日から川神学園で用務員兼特別授業担当として働くアッガイじゃ。皆も知っておろう。県外から新たに入学した新入生等は、後でアッガイが居る授業の時や、休み時間にでも本人に直接聞いとくれい」

 

「あとファンレターはちゃんと九鬼に宛てて出してね。手紙だけじゃなくてお菓子とかも一緒だと嬉しいよ!」

 

「以上で朝礼は終了じゃ。各自教室に戻るように」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

「という訳でヒゲの教室にお邪魔したよ!」

 

「なんでSに来るのじゃー!?」

 

「そこの着物煩いよ、少しは慎みというものを学びなさい」

 

「なんで此方が悪くなっているのじゃ!」

 

「はいはい。オジさんもこれ以上面倒な事を増やしたくないから、皆大人しくしててくれない?」

 

 

 アッガイは2年S組へとやって来ていた。理由は教師がヒゲ――別名は宇佐美巨人――ならば、好き勝手やっても大丈夫だろうと思っての事だ。風間ファミリーの居るFクラスに行こうかなぁとも思ったのだが、あのクラスは小島梅子が担任であり、フザケると鞭で打たれるので初日は行かない。

 

 

「アッガイやっほー」

 

「おお小雪。暫く見ない間にまた白くなったね。キュベレイみたいな白さだよ」

 

「意味不明な上に嘘吐くんじゃありません! 大体お前と一昨日会っただろうが俺達!」

 

「ロリコンハゲと出会ってなんかいないよ? あ、でも小雪と冬馬とは会ったね、ごめんごめん」

 

「そうだよ、アッガイひどいよー。でも準は居なかったよね?」

 

「もしかしたら居なかったかもしれませんね」

 

「なんで二人はそっち側なんだよぉーッ!?」

 

「性犯罪者予備軍に居場所は無いと思え」

 

「違うッ! 俺はただ穢れ無き幼女達とお風呂で洗いっこしたり、一緒に寝てちょっとトラヴルな感じを楽しみたいだけだ!!」

 

「十分に問題じゃわ!!」

 

 

 Sクラスには昔助けた榊原小雪。葵紋病院院長の息子、葵冬馬。葵紋病院副院長の息子、井上準が在籍している。そして時折会話に混ざる変な言葉遣いの着物は不死川心。英雄やあずみも同じクラスだが、英雄は九鬼の仕事もしている為に欠席や早退も多く、今日も欠席となっている。

 小雪と冬馬と準は普段から3人組で行動する事が多く、葵ファミリーと呼ばれる事もある程だ。小雪は風間ファミリーとも仲良しではあるが、冬馬と準は小雪を通じてなのでそこまでではない。とは言っても何かと関わる事は多く、よく知っているとも言える。

 小雪は元気に育ち、スタイルの良い美人となった。冬馬は川神学園でイケメン四天王と呼ばれる程の美形であり、頭脳明晰、さらにはあの英雄が友と呼ぶ男だ。個性派揃いのSクラスで唯一の良識派、ストッパー役である。準はいつの事だったか、禿げた。いや、自然に禿げた訳ではなく小雪に剃られたのだが。何故かそのまま気に入ってずっとハゲのままだ。

 

 

「しかしアレだね。心はもうその痛々しい自虐的な話し方はやめたらどうだい?」

 

「此方のどこが自虐的なのじゃ!!」

 

「え、アレでしょ? 体の成長(一部)が遅いから話し方だけでも年寄り臭くしてるんでしょ? 分かるー」

 

「此方のどこが成長が遅いと言うんじゃー!」

 

「……自虐もここまで来ると笑ってあげるのも憚られるよ」

 

「いやアッガイ。不死川はこれでいいんだ……。一年経ったら王国追放だがな!」

 

「にょわー! 誰か此奴等をどうにかするのじゃー!!」

 

「あのさぁ、オジさんも仕事させてくれない?」

 

 

 着物の少女、不死川心は名家である不死川家のご令嬢である。家の持つ権力は日本政府のみならず、外国にも影響力があるとまで言われている程。しかしこの川神学園ではそんな権力は使えない。そもそも心はそんな風に使おうとは思っていないのだ。というか思っていないのではなく考えついていない。ただやはり名家という自負なのか、驕りなのか、いつも他者を見下すような言動が目立つ。基本的に努力家で、寂しがりなのだが、それによって友人と呼べる人間は皆無だ。

 先程から自分の事をおじさんと呼ぶヒゲ、宇佐美巨人は、収拾がつかなくなる前にどうにかしたい気持ちで会話に割り込んでいった。ヒゲは川神学園でもかなり特殊な教師で、規律を守れと堅苦しく言う事はない。というのも、彼の本職は代行業で、根っからの教職者ではないのだ。しかし今はFクラス担任の小島梅子にご執心である。

 

 

「ヒゲはアタック成功したの?」

 

「それがさー。全然お誘いOKしてくれないのよ。休日に食事も駄目。帰りに一杯も駄目。一緒にお昼も駄目。視線合わせるのも駄目。どうすりゃいいのかねー?」

 

「諦めろ」

 

「……お前はいつもシビアだな。でもオジさん諦めないぜ。なんかこうもうすぐ風向きが俺に向いてきそうな予感がするのよ」

 

「それアレじゃね? 風は風でも向かい風じゃね? もうそこまでなると断られてる事に愉悦を感じているのではないかと心配になるよ」

 

「いい加減に授業を始めぬかぁー!」

 

 

 話がどんどん脱線していく、そんな様子に心はキレた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「僕の授業はね。基本的に自習なんだよ」

 

「? それではアッガイが授業をする意味がないのでは?」

 

「いいね冬馬いいね。良い質問をしてくれた君には後で【平等院鳳凰堂極楽鳥の舞】を教えてあげるよ。でもこれ覚えると根暗なボッチでストーカーになるから気を付けて」

 

「ではお断りしますね」

 

「あーん! イケメンの華麗なお断り!」

 

 

 アッガイは自分の授業を行っていたのだが、その内容は基本的に自習というものだ。その内容に当然疑問を抱いた人間は居て、冬馬が代表するかのうようにアッガイに質問した。

 

 

「あのね。僕は君達に極限の集中力というものを身に付けて貰いたい訳だよ」

 

「極限の集中力ー?」

 

「そうだよ小雪。どんな時でも集中力が大切なのさ。大学受験を控える生徒は特にね。だから僕は君達の集中力を伸ばしてあげるのさ」

 

「結局どうするんだよ」

 

「ハゲは黙って説明聞けよ」

 

「何故だ! 何故俺の性癖はこんなにも人から蔑まれる!?」

 

「無視するよー。で、内容だけど、君達が一生懸命に自習をしている時に僕が邪魔――為になる話をするから、それに惑わされないようにするだけの事さ」

 

「今、邪魔って聞こえたような気がするんじゃが……」

 

「心、耳まで遠くなった設定はやりすぎだよ。邪魔なんて誰が言ったんだい。はい、じゃあ始めるよー。40秒で支度しな!」

 

 

 アッガイはそう言うと教卓の上に仁王立ちする。

 

 

「この授業の時には僕も色々試してみる事にしたのさ。チェーンジアッガイ! スイッチオン!」

 

 

 いつかのゲーニッツの力を使用した時のように、アッガイから光が放たれ、アッガイの姿を隠す。数秒の後に光は収まり、そこには姿が変わったアッガイが居た。

 

 

「この姿は僕考案のオリジナル……。名付けて【ブルジョアッガイ】さ!」

 

 

 高級そうな毛皮のコートを纏い、頭には何かの羽が華麗に飾られた帽子。アイアンネイルには宝石が付いた指輪があり、首からは千年パズル。

 この姿になると路上で高価そうな猫に出会いやすくなる。他に何か特別な能力はない。あったとしても古代エジプトのファラオの力がどうこうなるだけである。

 

 

「首から下げてるやつだけおかしいだろ! どういうセンスだよ!?」

 

「じゃあ授業開始するよー。皆好きな教科の自習してねー」

 

 

 準のツッコミを無視して授業の開始を宣言するアッガイ。準はどこか納得いかない様子だったが、授業が進まないのも嫌だったのか、自習の為の用意を始める。

 

 1分程経って、2-Sにはペンを走らせる音が響き始めた。小雪は自習よりもアッガイが何をするのかの方が気になるようで、用意も何もしていないが、アッガイは許容する。そもそも小雪にはあまり効果が無いと思っていたからだ。

 

 アッガイは生徒達の様子を見て、教卓に座り、とある本を取り出した。

 

 

「『ノンケをその気にさせる801の方法』。この本の監修は阿部――」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇッ!?」

 

「中々に興味深い本のようですね」

 

「とうまー。ノンケってなにー?」

 

「ユキは聞いちゃいけません! 若も本気で興味深々な顔しないで! あとアッガイ! お前学校になんてもの持ってきてるんだ!!」

 

「お前が鞄に入れてる写真の方が余程悪質だと思わんかね?」

 

 

 瞬間、教室の時が凍りつく。否、凍ったと思ったのは準だけだ。Sクラスの視線が準へと集中する。その視線はどれもこれも『マジかよ』『遂にやったか』『いつかやると思った』と言った感じのものだった。

 準は汗をダラダラと流しながら必死に否定する。

 

 

「な、なな、ななな何をい、言ってるのかなアッガイは。は、はははねーよ。そんなもんねーよ。だってほら、お、俺紳士だし」

 

「はい、ここに証拠があります」

 

 

 スッとアッガイは皆に見えないようにして写真を取り出した。いつの間にか準の鞄を持っていたのだ。今度はその写真に視線が集中する。

 

 

「準、この写真。今は僕だけにしか見えていないよ。この写真に写っているモノを知っているのは僕と準だけだ」

 

「畜生一体何が目的なんだ頼む許してくれお願いします!」

 

 

 準はアッガイの居る教卓の前へスライディング土下座して移動する。最早突き刺さる視線なんてどうでもいい。この写真が見られれば破滅が待っているのだ。

 そんな準の様子にアッガイは優しい視線を向ける。

 

 

「ハゲ。今回は最初っていう事もあるし、僕の言わんとする状況にもなってるから見逃してあげるよ」

 

「は、ハハー! ありがとうございますーーッ!」

 

「はい、焼却」

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 アッガイは写真を握り締めた状態で炎を放出し、一瞬で写真を燃やした。あまりの惨状に準は悲鳴を上げて燃えカスを拾い集める。普通に泣いていた。

 生徒達がドン引きしながら準を見ていたが、アッガイはそんな生徒達に向けて言葉を放つ。

 

 

「ほらー皆、集中出来てないよー? ハゲの性癖なんか気にしてたら受験落ちちゃうよー?」

 

 

 アッガイの言葉に『それもそうか』と生徒達は一部を除いて自習を再開し始めた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「おーい後輩ー。ポップコーンちょうだーい」

 

 

 学園が終わった後、アッガイは島津寮という寮へとやって来ていた。この島津寮は風間ファミリーの島津岳斗の母である、島津麗子が入寮者の世話をしている。寮の利用者は、風間翔一、直江大和、椎名京、源忠勝だ。そしてクッキーという九鬼のロボットも居る。アッガイが後輩と呼んだのはこのクッキーだ。クッキーにはポップコーンを作る機能があり、アッガイはそれをよく貰いに来る。

 しかし今日は居ないのか、返事が無かった。しょうがないと諦めて帰ろうとするアッガイは、ふと自分に向けられた視線を感じる。誰か居るのかとも思ったが、島津寮に居る人間はアッガイを見て声を掛けないという事は無い。アッガイは自分が大人気だからと思っているが、本当の理由は違う。声を掛けておかないと勝手に自分の部屋に入ってゴロゴロしているからだ。もしも自分に用があった場合には、留守中に部屋を荒らされているなんて事もある。アッガイからすれば自分が用事で訪ねたのに留守だったから部屋で楽しく待たせて貰った、というだけの話なのだが。

 ちなみに女子の部屋は2階となっており、男子禁制だがアッガイは許可されている。しかしアッガイも女子の部屋に強引に入ったりはしない。留守の場合には、ちゃんと男子の誰かの部屋で待っている。

 

 話を戻すが、とにかくアッガイは自分に向けられている視線が、自分の知らない相手である事を察した。こういうのは勢いが大切である。初対面から見下したり馬鹿にしてくる人間をアッガイは悉くお仕置きしてきた。しかし一々相手にするのも面倒なのだ。だから最初から威圧して、馬鹿な事を仕出かさないようにする必要がある。

 アッガイは気配を探って、視線の主がどこに居るのかを見付けた。そしてその方向に勢い良く振り向いて叫ぶ。

 

 

「誰だお前は!!」

 

「はうぅ!? ……こ、こっちです……」

 

「全然見当違いじゃねぇかYO!」

 

 

 全く違う方向から視線の主が現れた。刀を握り締め、アッガイをオドオドとしながら見ている。そして何故か馬のストラップが喋っていた。というか腹話術だろう。

 

 これが黛由紀江と松風、アッガイの出会いだった。


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