真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第7話】 神のご加護があらんことを

 

 紋白の自傷事件から5日後の昼。川神市九鬼ビルの地下訓練場では、人が集まっていた。

 訓練場に居るのはアッガイと局、そして帝とヒュームだ。観戦室には揚羽と英雄、紋白とクラウディオ。九鬼の子供達は訓練場の4人の様子をハラハラしながら見ていた。専属従者である小十郎とあずみも、それぞれの主の後ろで待機している。

 

 

「ハッハッハッ! 遂にこの時がやってきましたよ! このアッガイの方が上であると帝に物理的、暴力的に教えてやる、この時が!」

 

「やっぱりお前かよアッガイ。こんな変な事になってるのは」

 

「……帝様。確かにアッガイの企画ではありますが、了承したのは、この局です」

 

「……俺はお前に謝る事しか出来ねぇよ。だがな。紋白が生まれた事や、紋白の母親を愛した事には一片の後悔もねぇ」

 

「……ッ」

 

「いい感じで盛り上がって参りました! シュッシュッ! アッガイはスパーを開始したようです」

 

「…………」

 

 

 アッガイは空中に向かって素早くパンチを繰り出していた。それを静かに見つめるヒューム。

 こんな状況になったのは、今から5日前。アッガイが局を和室に連れて行った、あの時に遡る。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ア、アッガイ。お前は我に帝様を殴れと申すのか!?」

 

「いやいや。局ちんは女性だし、なによりも人殴るのって自分も痛いからね。局ちんは言葉で帝を問い詰めるのさ。そして僕はその言葉の威力に合わせて帝に物理的制裁をするだけの事」

 

 

 『帝をフルボッコにしよう』というアッガイの提案に局は酷く動揺していた。まずそのような考えが局に無かったからだ。局はずっと帝を愛しているし、これからそれが変わる事はないだろう。そして帝は世界を飛び回る九鬼財閥のトップだ。怪我などさせれば九鬼財閥の収益が大きく減少する事になる。

 

 

「大丈夫、ダイジョウブ、ダイジョーブ博士。きっと帝も愛のムチを快く受け入れてくれるよ! そして怪我をしてまで働く姿に世界は感動するんですよ! ラスト15分の衝撃を見逃すな!」

 

「いやしかし……!」

 

「大体さー。局ちんと帝は夫婦でしょ? 聞きたい事を有耶無耶にして、時が解決するのを待つのは揚羽達、子供達に見せるべき親の姿かい?」

 

「…………それは……」

 

「帝が好きで好きでしょうがないのは分かるけどさー。子供が居るんだからハッキリするべき所はハッキリさせないと駄目だと思う訳ですよ。じゃないと局ちんもきっと後悔すると思うよー。まぁ九鬼家が中途半端な仲良し親子のままでいいなら、このままでもいいんだろうけどねー。でも絆を大事にしている九鬼財閥なのに、そのトップである九鬼家ではそんな事無かった状態なのはどうなのカナー?」

 

「…………」

 

 

 九鬼財閥は従業員との絆を大切にしている。それは世間的にも有名な話で、その絆の強さが世界で拡大し続ける九鬼財閥を支えているとも言われているのだ。狙って絆を作っている訳ではない。ただ、帝の基本方針が【信頼】の構築と言えるものであり、その姿や行動に魅了され、結果として絆となっている。

 だからこそ、帝の築いた【絆】を、妻である局自身が壊してしまう事を、何よりも局が恐れた。そして、局は決断する。

 

 

「……確かに帝様に何も思う事、所が無い訳ではない。……とにかく、帝様と話してみよう」

 

「ミッションコンプリート!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「帝様。何故、何故我以外の女と……」

 

「…………」

 

「答えてください帝様」

 

「無言は防御と見て、アッガイ、戦闘行動を開始する!」

 

 

 局の問いに黙る帝。それを防御と勝手に解釈して腕を振りかぶりながら帝にダッシュで接近するアッガイ。しかしそんなアッガイの前に壁が現れた。

 

 

「待て、帝様に攻撃するのは俺が許さん」

 

「ちょっとどきなよ、ヒューム氏。これはね、九鬼財閥で2番目に権力を持つ局ちんが許可した事なんだよ? 今は悪魔が微笑む時代なんだよぉ!!」

 

「……局様。帝様が怪我をすれば業務に支障が出ます。故に、局様の代わりがアッガイであるように、帝様の代わりを私が勤めたく思います」

 

「はっ? え、何言ってるの? 僕は僕より弱いと思う人間を相手にして俺ツエーしたいんだよ? 大体これはもう決まった事で――」

 

「……よいだろう。帝様の代わりでもなんでもするがよい」

 

「獅子身中の虫とはこの事か!」

 

「どちらかと言うと、それはお前だろうアッガイ。とにかく帝様に攻撃したいのなら俺に攻撃するんだな」

 

 

 ヒュームの提案にアッガイは拒絶を示すも、頭に血が上ってきているのか、局はヒューム達を一瞥もせずに無言の帝を見続けている。許可されたヒュームの提案に絶望しているのが他ならぬアッガイだ。

 

 

「どうしてどうしてこうなった!? 良い流れだったの最初だけじゃない!」

 

「俺が出て来ないと思っていた時点でお前の浅慮が分かるな」

 

「くうぅっ! こうなりゃもうヤケだ! 僕だっていつまでも何も身に付けなかった訳じゃない!」

 

「ほう?」

 

「チェーンジアッガイ! スイッチオン!」

 

 

 アッガイがそう叫ぶと、アッガイの体全体から強烈な光が発せられる。ちなみにスイッチなどは押していない。さすがのヒュームも、その光に若干驚いていた。観戦室の人間達もアッガイの光に驚き、しかしそれにも全く動じずに居る帝と局の九鬼夫婦の様子も気になっている。そしてアッガイの光が収まると――

 

 

「主よ……」

 

 

――何故か牧師の格好をしたアッガイが居た。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 これはまだアッガイが武士道プランの子供達がいる離島での話。毛布で包んだグランゾンを連れ、砂浜までやって来た。季節はもう秋も半ばで、寒さに弱いグランゾンを毛布で包み、さらにホッカイロを装備させている。

 

 

『アッガイよ。ここで何をするのだ?』

 

「いやね。義経達みたいな英雄のクローンまで出てきちゃったでしょ? 九鬼にはヒューム氏やクラウディオもいるし、あのペッタン子もなかなかやるみたいだし。思い返してみるとゾズマも結構強かったりするよね」

 

『後の2人は知らぬが、ヒュームとクラウディオは、かなりの猛者であるな』

 

「でしょう? あいつらの武力があれば、どんなに僕が正論を言っても武力で捻じ曲げてくる訳だよ。全くもって嘆かわしい! 出る杭は打たれるとはこの事だよ!」

 

 

 アッガイは砂浜の砂をゲシゲシと蹴っ飛ばす。

 

 

「だからね。僕もそろそろ本気を出して武力を上げようと思うんだよ」

 

『確かに其方の力とやらを使えば武力を上げる事も容易であろうな。しかし何故、これまでその力を十二分に発揮してこなかったのだ? そうすればヒュームにもっと早くから勝利する事も出来たのではないか?』

 

「まぁあれだよ。僕の目指すゆるキャラ日本一に武力は必要ないカナーとか思ってたんだよ。武力持ってると振るっちゃいそうじゃん? 暴力ゆるキャラとか言われるのも嫌だしさぁ。それに世界の九鬼財閥がバックに居れば問答無用でゆるキャラ日本一になれるとか思ってたんだよね。だけど帝は期待できないし、局ちんはそもそも裏工作許しそうにないし、揚羽ちゃんや英雄がもっと上の立場になるのも時間が掛かり過ぎちゃうんだよ。僕が狙っているのは、ゆるキャラグランプリ初代王者だからね!」

 

『初代だと何か違うのか?』

 

「王者になるとさ。2回目とかは殿堂入りで出られなくなるじゃん? つまり僕以上のゆるキャラであると証明出来る奴は居なくなるのさ!」

 

 

 アッガイは海に向かって胸を張り、両手を腰に当てる。

 

 

「なんだかこの世界では、武力やら暴力に関してかなり寛容であると僕は理解したんだよ。そして自重をしなくなって暫く経つ僕も、そろそろ本格的にチートキャラになろうと思うんだ」

 

『ふむ……。実際どうするのだ?』

 

「僕はね。別の世界でヒューム氏に酷似しているキャラから、右目を奪っているキャラを知っているんだよ。そのキャラの力を僕が使えるようになればヒューム氏にも勝てると思うんだ」

 

 

 

 この日から2週間程の後。アッガイはゲーニッツというキャラクターの力や技を使用する事に成功した。

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「……一体なんだと言うんだ、その姿は」

 

「さぁ、神に祈りなさい」

 

 

 アッガイの突然の変化に目を細めて観察するヒューム。そんなヒュームを全く気にしていないアッガイは、両手をゆっくりと広げてヒュームに向き合う。

 一方の九鬼夫婦はというと――

 

 

「何故答えて下さらないのですか帝様! 我よりもその女の方が好きになったのですか! だから――」

 

「ちげぇよ! 俺は局とアイツが、どっちが上とか下とか考えた事は一度もねぇ!」

 

「ではハッキリと答えて下さい!」

 

「それは! ……まぁ色々あったんだよ!」

 

「答えになっておりません!」

 

 

――徐々にヒートアップし始めていた。

 

 

 そんな九鬼夫婦の様子を見て、アッガイはヒュームに話し掛ける。

 

 

「やれやれ、夫婦喧嘩というのは騒々しいものですね」

 

「……お前本当に一体どうしたんだ」

 

「私達も始めるとしましょう。さぁ、心地良い風が吹いて来ましたよ……」

 

 

 気持ち悪い程に丁寧になったアッガイを本気で心配し始めるヒューム。しかしアッガイはそんな事など気にせずに戦闘態勢へと移行した。無風のはずのフィールドでアッガイを中心に風が吹き始め、それは徐々にヒュームの方へと吹き付ける。

 

 

「ここですか?」

 

「むっ!?」

 

 

 アッガイが腕をクイッと上に持ち上げた瞬間。ヒュームの真下から小さな、しかし細く鋭い竜巻が発生する。ヒュームは即座に後退する事で直撃を避けたが、彼の執事服の前面は発生した竜巻に添うように切り刻まれており、先程の風の威力を物語っていた。

 

 

「お前……ッ!?」

 

「遅いですね」

 

 

 自分の執事服のダメージを見て、ヒュームは鋭い視線をアッガイに向けるのだが、先程までの場所には既にアッガイは居らず、ヒュームの後ろからアッガイの声が聞こえて来た。

 

 

「お別れです!」

 

「うおぉぉぉッ!?」

 

 

 ヒュームがアッガイの声を聞いてその場から退避しようとした瞬間。アッガイは後ろからヒュームの首を掴んだ。元々身長差が大きいヒュームとアッガイである。本来であればヒュームの首を掴むにしても、腕の伸縮機能を最大限に使用しなければ厳しい。しかも伸縮機能を使っても、ヒュームを持ち上げた状態ではいられないのだ。

 しかし今のアッガイはヒュームを、自分の腕を伸ばした状態で空中に持ち上げている。ヒュームの足は完全に地面から離れているのだ。ヒュームを持ち上げているのはアッガイの使う風の力である。風が強烈な竜巻を発生させ、その力でヒュームを持ち上げているのだ。逃げられない状態で竜巻の直撃を受けるヒューム。執事服がボロボロになっていく。

 

 

「舐めるなぁッ!」

 

 

 しかしヒュームもやられるだけではない。体を捻って強烈な蹴りを後方のアッガイに叩き込む。顔面に蹴りが直撃したアッガイは、ヒュームの首を掴んでいた手を離し、吹き飛んでいく。余程強烈な蹴りだったのか、吹き飛んだアッガイは訓練場の壁に激突した。激突の衝撃で土煙が発生し、アッガイの様子は分からない。しかし先程の事かがあるので、ヒュームは警戒を解かずに土煙を睨みつけている。

 

 ヒュームとアッガイの戦闘に驚いたのは口論をし続ける九鬼夫婦以外の全ての人間だった。付き合いの長い揚羽と英雄、クラウディオですらアッガイのあのような姿を見た事がない。というよりも、いつも泣きながらヒュームから逃げ、捕まり、お仕置きされる姿しか見ていないのだ。そもそもアッガイが真面目に戦闘をしている所など見た事が無かった。戦闘をするような事も無かった訳ではあるが、攻撃しても頭部のバルカンやらアイアンネイルなどの装備品攻撃だけで、その攻撃も悉くヒュームに無力化されている。

 そんなアッガイが突然光って牧師服を着たと思ったら、あのヒュームに傷を付けるレベルにまで戦闘力が向上したのだ。

 

 

「あ、姉上。アッガイはあのように強かったでしょうか?」

 

「いや……。先程のヒュームの後方へと移動した時の速度は、我でもギリギリ見えるレベルの速度であった……。そもそも我等はアッガイの真剣というのを見た事が無かったかもしれん。あれが本来のアッガイの強さであるとすれば……。ふふっ、武者震いがしてきたわ! 後で我とも手合わせしてもらおう!」

 

(マープルからプランの事を知られる危険性が大きいと聞いていましたが……。正直、これは予想外の戦闘力ですね……。プラン実行中に暴れられれば……)

 

 

 英雄と揚羽、そしてクラウディオがそれぞれに思うものがある中、まだアッガイをよく知らない紋白だけは、ヒュームとアッガイの双方を心配していた。また、小十郎は素直にアッガイを賞賛し、あずみは目の前の出来事が信じられずに呆然としてる。それから数秒後には意識を正常に戻せたが、いつものあずみらしからぬ時間だった。英雄が傍に居るにも関わらず、このような事になったのは、やはりいつものアッガイとのギャップが大きすぎたせいなのだろう。

 

 

「……フフフ、さすが九鬼家従者部隊の頂天に立つだけの事はありますね」

 

「お前がここまでやれる奴だとは思わなかったぞ、アッガイ」

 

「そういう貴方は温いですね。こんなものでは無いのでしょう?」

 

「それは直接味うがいい、ムンッ!」

 

 

 土煙の中から姿を現したアッガイは大したダメージを負っている様子はなく、目の前のヒュームを挑発する。そんなヒュームは戦闘の認識段階を上げたのか、先程以上の鋭い蹴りをアッガイに打ち込む。ヒュームの蹴りはアッガイに当たったものの、打撃箇所を意図的に逸らされ、壁際から逃げられてしまう。

 

 そこからは凄まじい攻防が始まった。距離を離したアッガイが竜巻を発生させてヒュームに攻撃し、更にヒュームの攻撃タイミングにも合わせてリズムを崩しにかかる。対するヒュームはアッガイの動きを読みつつ一撃を当て、再度壁際に追い込み攻撃の機会を無くす程の連撃を狙う。

 ヒュームには面倒と思える事があった。それはアッガイの堅牢なボディである。石動陽向がアッガイを作製した当初のスペックや素材のままであれば、まず先程の反撃でもボディは砕けていただろう。しかしアッガイの体は何故か変化していた。その変化は驚愕の一言であり手加減されたとは言っても、あのヒュームが繰り出す強烈な蹴りを受けて凹み一つ出来ない程だ。だからこそ、ヒュームは例えアッガイにダメージが与えられずとも、その攻撃という手段を封じる程の連撃を狙っている。

 

 アッガイの竜巻が土埃を巻き起こして土煙を生む。その土煙をヒュームの強烈な蹴りが切り裂く。

 ヒュームが蹴りを繰り出せば、アッガイが打撃点を逸らす。高速移動でヒュームを掴みに掛かるアッガイを、間合いを見つつ蹴りで弾き飛ばすヒューム。近付いては離れ、離れては近付く。

 

 

 数十分経っただろうか、数分だったであろうか。それとも数秒での出来事だったのだろうか。それほどまでに、アッガイとヒュームの攻防は見ている者を魅了し、視線を奪った。

 

 

 ――そのすぐ近くで大元の問題が解決すると言うのに。

 

 

 

 突如、肌が強く叩かれる乾いた音が訓練場に響いた。その音に、訓練場に居た全ての人間が、その音の出元へと視線を向ける。

 

 

「――これで、この話は終わりです」

 

「……あぁ。ありがとよ局」

 

「……アッガイの言うように、人を叩くというのは痛いですな……。愛している人なら尚更……」

 

「手、見せてみろ」

 

「帝様」

 

「赤くなっちまって……。ごめんな、局。……ありがとう」

 

「帝様……」

 

 

 アッガイとヒュームの戦闘に皆見入っていたら、戦闘の理由たる九鬼夫婦が仲直りし、ラヴラヴな雰囲気を醸し出していた。局の赤くなった手を優しく帝が摩る。局は目尻に涙を溜めながら帝の優しさを噛み締めていた。もういつ抱き締め合ってもおかしくない雰囲気である。

 そんな九鬼夫婦の様子に呆然とするのが観戦室の人間達だ。アッガイとヒュームの戦闘に注視していたら、いつの間にか、そもそもの問題の主達が仲直りしていたのだから。一体どのような会話がなされていたのか。帝がどのような理由で紋白の母親を愛したのか。それらは当人達以外に知られる事は無かった。

 

 

「おやおや……。ですがこちらはまだ決着がついていないのですよ!」

 

「ふん、いいだろう。付き合ってやる!」

 

 

 しかしアッガイとヒュームの戦闘はまだ終わらない。いつもなら真っ先に戦闘を中止して逃げ出すであろうアッガイが、戦闘中止を認めないのだ。そしてヒュームも、そんなアッガイに付き合うように攻撃を仕掛ける。

 

 二人の様子を見たクラウディオが、即座に仲直りした帝と局を安全な観戦室へと連れて行く。局は観戦室に入ると、真っ先に紋白の前へとやって来た。自分の前に来た局に、紋白は驚く。なにせずっと存在を無視されて来たのだ。ここ5日程はそもそも出会っていなかったので、無視されていたという訳ではないが。

 

 

「紋白よ。済まなかった……」

 

「え……」

 

 

 局は紋白に向かって深く頭を下げた。その様子に紋白だけでなく、観戦室に居た帝以外の全ての人間が驚く。

 

 

「我がお前を無視したのは、我の下らぬ嫉妬、八つ当たりであった……。何の落ち度もないお前に、我は最低の事をした……。本当に済まなかった」

 

「……あの、……えっと……」

 

「我は母親として失格である。どんな言葉もお前の心の傷に比べれば、軽く、安いであろう。我を母と呼びたくない気持ちも理解出来る。だが――」

 

「そんな事ありません!!」

 

 

 頭を下げながら謝罪する局。これまで自分が紋白にしてきた行動に、本当に後悔している。だからこそ、紋白に精一杯の謝罪をして、その結果を受け入れようと思ったのだ。それが例え、自分を母と呼ばないという結果になったとしても、受け入れるつもりだった。

 しかし局の言葉を途中で紋白が遮る。九鬼に来てから初めて聞く大きさの紋白の声に、今度は帝を含めた観戦室の人間達が驚く。九鬼に来てからの紋白というのは、どこかオドオドしているというか、人の顔色を見ながら静かにしている、といった印象だった。揚羽や英雄のような剛毅さは見えず、一部の者からは本当に帝の遺伝子を継いでいるのかと疑われるレベルだったのだ。それが、あの局の言葉を遮った。

 

 

「わた、我は、母上を母では無いなどと思った事は一度もありません! 母と呼びたくないと思った事もありません!」

 

「……紋白」

 

「母上は母上です! 例え母上が私を娘と思ってくれなかったとしても、それは変わりません!」

 

「……やはりお前は帝様の子であるな。本当に……本当に、大きい」

 

「我も、九鬼ですからな! ふ、フハハハハハ!」

 

「……そうであるな。紋白、お前も九鬼である」

 

「……っ!」

 

 

 『お前も九鬼である』という局の言葉を聞いて、見る見る内に紋白の顔が歪み、目には涙が溜まる。それを必死に堪える紋白だったが、スッと局が紋白を優しく抱きしめた。そのまま局は紋白の髪をゆっくりと撫でる。それに耐え切れなかったのか、紋白は涙腺を崩壊させて、声を出して泣き始めた。その光景に、揚羽も少し涙ぐみ、英雄は腕を組んで満足そうに目を閉じている。他の人間も、局と紋白の様子に暖かなものを感じている様子だった。

 

 ――その一方、訓練場ではそんな心温まる光景など関係なしの攻防が続いている。

 

 

「その右目! 私が貰ってあげましょう!」

 

「貴様にやる物など一つとして無いッ!」

 

 

 先程の戦闘とはまた違う。強烈な乱打戦が繰り広げられていた。アッガイの乱打をヒュームが蹴り飛ばし、リズムが崩れた所でヒュームの乱打が始まる。ヒュームの乱打を、アッガイは鎌鼬のような風の刃で対応し、再び自分のリズムへと引きずり込む。そしてまた乱打を繰り出し、それをヒュームが蹴り飛ばす、という光景が延々と続いていた。

 

 九鬼家自慢の訓練場は、地面が割れ、壁の多くが砕けている。さすがにこのままではマズイと判断したのか、戦闘力の高いクラウディオとあずみ、揚羽、それと従者だからと言う事を聞かない小十郎も出てきた。揚羽としては戦闘力の低い小十郎を、アッガイとヒュームの戦闘に巻き込んで怪我をさせたくなかったのだが、とにかく早く二人の戦闘を止めなければならなかった為、今回は許可した。

 

 観戦室から数人が出てきたのを確認したアッガイは、ヒュームとの乱打戦を止め、大きく後方へと移動する。ヒュームも揚羽達に気付いており、アッガイと同じく後方へと飛んだ。揚羽達はアッガイとヒュームを横から見えて、二人の丁度中間位の位置に居た。

 

 

「一体何ですか? 戦いの途中で水を差すとは」

 

「アッガイよ、もう父上達の話し合いは終わった! もう戦うのはやめるのだ!」

 

「おいコラ、おふざけロボット。調子に乗って暴れてんじゃねーぞ」

 

「ヒューム、貴方もそろそろ抑えて下さい」

 

「……俺は問題無い。問題があるのはアイツだ」

 

「……やれやれ、貴方達のせいで彼がやる気を失ってしまったではありませんか……!」

 

 

 アッガイはどこかイラついたように腕を広げる。すると徐々にアッガイを竜巻が包み込み、強烈な風が訓練場全体に吹き付け始めた。風の規模も大きいせいか、訓練場の物などに当たって『ビュー』と大きな音を其処ら中で響かせ始める。

 

 

「くうっ!」

 

「揚羽様っ! 俺の後ろに!」

 

「あんのロボット……!」

 

「ええい、風が騒がしいな……!」

 

「でも少し、この風……泣いています……ハッ!?」

 

「ム?」

 

「これは……止んだ?」

 

 

 ある瞬間にアッガイの風が全て止み、訓練場は静けさを取り戻した。アッガイを見てみると、既に牧師服ではなく、普段のアッガイとなっている。この事態にアッガイ以外の人間は理解に苦しむ。逆にアッガイは焦りに焦りまくっていた。

 

 

(まずいまずいまずい! 制限時間に近付いてネタっぽい言葉を聞いたら思わず釣られて解除しちゃった!)

 

 

 そう、アッガイのあの変身のようなものには時間制限があった。現在の時点で約20分。しかも時間制限に近付けば近付く程に雑念が多くなり、切欠させあれば解除してしまうのだ。

 

 

「……オイ、アッガイ」

 

「あ、ヒューム氏。グッドファイトだったね、うん。良い戦いだったよ。とても良い終わり方だよね、うん。九鬼の青春だよ。よしっ、皆で焼肉食べに行こうぜ!」

 

「お前は問題が解決しても戦闘を自分の意思で続行したな? 覚悟はいいか……!」

 

「ちょっと待って! 分かったよ、僕が悪かったよ、責任取るよ!」

 

 

 そう言うとアッガイは自分の体の数箇所を素早く突っついた。その行動に見ていた者達は?マークが頭に浮かんだ。そんな様子を見て、アッガイが自分の行動を説明し始める。

 

 

「今僕が突いたのは人体に708あるとされる経絡秘孔さ……。この秘孔を特定の順や種類を突く事で人体に多大な影響を及ぼすんだよ……」

 

「多大な影響……?」

 

「そうさ……、僕は今、自分自身の体の自由を奪ったのさ……! うぐっ!?」

 

「アッガイ!?」

 

 

 揚羽がアッガイを心配する声を上げる中、揚羽と小十郎以外は冷めた視線をアッガイに送っていた。

 

 

「この技の名は残悔積歩拳……! あ、足が! 足が勝手に!」

 

 

 そう叫ぶとアッガイは後ろ向きのまま、後方の出口に向かって猛ダッシュしていく。しかしその出口には既に回り込んでいたヒュームが。

 

 

「手間を取らせるなッ!!」

 

「あーん! うわらばぁー!」

 

 

 ダッシュの速度と、ヒュームの蹴りが合わさって、強烈な衝撃を受けたアッガイは地面に沈んだ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 夕刻。九鬼ビルの入口には簀巻きにされたアッガイが縄で吊るされていた。時折吹く風で横にブラブラと揺れている。近くではカラスが鳴いていた。その鳴き声を聞いてアッガイは自分がカラスにバカにされているような気がしてくる。そして落胆しながら茜色に染まった夕焼けを見て、アッガイはこの世の無情を嘆いた。次兄のように有情があってもいいじゃないかと。

 

 そんな九鬼ビルに、やってくる人間達が居た。

 

 

「あれ? アッガイどうして吊るされているの? またヒュームさんを怒らせたの?」

 

「陽向に若葉ちゃん……」

 

「ダメですよーアッガイちゃん。あんまり悪戯したらー」

 

 

 やって来たのはアッガイの製造者である石動陽向と、その妻となった若葉であった。二人はなにやら紙袋を持っており、袋からして外国のお土産だと判断出来る。

 

 

「言ってなかったんだけど、遅い新婚旅行に行ってたんだ。皆が気を遣ってくれてね」

 

「お土産買って来ましたよー」

 

「……幸せそうで何よりです、とアッガイは言葉と違う冷めた視線を送ります」

 

「いつも通りだねアッガイ」

 

 

 アッガイは拗ねているのか、二人に対してどうでもいいような態度を見せる。そんなアッガイを見て、苦笑いしつつも、陽向は土産の一つのお菓子を開封し、そのお菓子をアッガイの口元へと持っていく。

 

 

「……なに?」

 

「そのままだと食べられないでしょ? はい。僕らのお土産は最初にアッガイに食べさせてあげる」

 

「美味しいですよー」

 

「…………うう」

 

 

 アッガイは陽向差し出したお菓子を簀巻きのままで食べた。

 

 

「……なんかこのお菓子、しょっぱいや……」

 

「あれ、おかしいな。凄く甘いお菓子だった筈なんだけど……」

 

「…………ふふふ」

 

 

 アッガイの言葉の意味を理解していない陽向と、理解している若葉。

 

 

「陽向……。思えば僕と君ともなかなかの付き合いだよね……。君が結婚する前から僕は君と一緒だった……」

 

「え、突然どうしたのアッガイ」

 

「なんていうかさ。なんやかんやで一番優しいのは陽向だと僕は思ったんだよ。陽向と僕はやっぱり製作者と製作物じゃなくて、それを超越した【友人】なんだと僕は思ってる」

 

「……アッガイ」

 

「……陽向はどう思ってる?」

 

「……僕も、僕も友人だと、友達だと思ってるよ、アッガイ!」

 

「じゃあこの縄――」

 

「それはダメ」

「それはダメですよー」

 

 

 仲の良い夫婦だ、とアッガイはニヒルに笑う。そして翌日の昼まで吊るされたアッガイは、3日程、九鬼の部屋ではなく、陽向の家で寝泊りした。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 簀巻きにされ、吊るされ、やっと解放されて陽向の家でダラダラとしているアッガイ。しかしそのモノアイには憤怒の感情が溢れ出ていた。あともう少しで帝に物理的制裁を加える事が出来たというのに、なんでか計画はズレにズレて結局自分の一人負けみたいな感じになってしまったのだ。

 

 

「どうにかしてこの溢れ出るストレスを発散したい……! しかし帝以外に暴力を振るう相手もいないし、居たとしてもきっとストレス解消にならないだろう……。ぐあぁぁぁ!! ピャァァァ! モアーーーー!!」

 

 

 どうにもならない現状に、アッガイは畳の上を激しく転がり、思うがままに叫ぶ。いっその事、世間で人気のキャラクターのぬいぐるみでも購入してサンドバッグにでもしようかと考えたが、購入してそのキャラクターのファンと勘違いされるのも嫌だし、だからと言ってサンドバッグにします、とも言える筈がない。

 

 叫び続けたアッガイは、喉(?)を休めるために水分を取ろうと冷蔵庫へ向かう。そしてふと、自分で電源を入れたままに放置していたテレビを視界に入れた。テレビではアニメが流れているのだが、そのアニメを見てアッガイに衝撃が走る。自分の頭に浮かんだ天才的な発想、それに対して自分自身が驚愕したのだ。

 

 

「なんという事だ! そうだ、この方法があったじゃないか! ストレス解消&異世界侵略ってやつですよ!!」

 

 

 アッガイは異世界に行くという事を思い付いた。


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