真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第4話】 思わざれば花なり、思えば花ならざりき

 

 その日、九鬼に衝撃が襲った。外国のパーティーに参加していた英雄がテロの標的にされ、負傷したのだ。幸いにも腕のある人物がパーティーにおり、最悪の事態だけは回避出来た。現在は意識が戻っていないが直に目を覚ますとの事。しかし英雄は負傷した事で夢を諦めざるを得ない状態となっていた。

 

 

「…………それホント?」

 

「嘘をついてどうなる」

 

「この九鬼で最も英雄様と親しかったと言えるのは貴方でしょうからね。早めに知らせておく事にしたのですよ」

 

 

 アッガイは英雄の容態をヒュームとクラウディオから聞いていた。アッガイもいつものフザけた様子ではなく、静かにヒューム達の話を聞いている。

 

 

「英雄様の肩は怪我の影響で、もうまともに野球が出来る状態ではない」

 

「九鬼の医療技術とかそういうのを考えて、何年か後でも再生とか出来ないの?」

 

「将来にそういった事が出来る可能性はあります。ですが少なくとも英雄様が成人になるまで、いえ、なったとしても、その頃にその技術が完成している可能性は限りなく低いでしょう」

 

「…………」

 

 

 九鬼財閥は様々な分野に進出している企業だ。しかもその成長率は非常に高く、新しい技術などを次々と生み出したり、発見している。アッガイはそういった九鬼の能力に期待したのだが、クラウディオからはその期待が無理である事を告げられた。

 

 

「じゃあ英雄はこれからどうするの?」

 

「それは本人にもよるが、確実に九鬼を継ぐ者としての道を進むしかないだろうな」

 

「野球で結果が出せない以上、帝様とのお約束は果たされませんからね」

 

 

 野球が出来なくなった英雄はどうするのか。それこそがアッガイの抱いた疑問であり不安でもある。そしてその不安は九鬼の従者部隊にも広がっており、九鬼財閥全体の雰囲気は非常に重苦しいものとなっていた。

 

 

「……とりあえず、英雄の事を狙った奴らは?」

 

「向こうの軍と協力して一掃した」

 

「んじゃソイツらからの心配はもう無いね。で、ソイツらは殺したの? 裁判で裁かれるだけ?」

 

「……おい」

 

「アッガイ。少々物騒ですよ」

 

「言葉を放つだけで物騒なら実際にテロをする奴らはどうなのさ。今回は最悪の状況にはならなかっただけの事だよ? また同じ事があったら、今度こそ掛け替えのない存在を無くす事になるかもなんだよ?」

 

 

 アッガイの言葉にヒュームとクラウディオは目付きを厳しくしながらも、黙って聞いている。その様子を見てアッガイは話し続けた。

 

 

「しっかりと見せつけないと駄目なんじゃないの。強者は常に狙われるんだよ? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、って言葉があるじゃない。連中は今回それに倣っただけ。そうなると、ここでただ何のアクションもしなければまた同じようなのがやって来るよ」

 

「……警備やその他の態勢は既に大きく警戒レベルを上げている」

 

「こちらも何もしていない訳ではないのですよ」

 

「それは内部に対しての、でしょ? 外部にそんなの関係ないよ。いくら堅牢だろうが『狙わない』って選択肢が消えない以上はずっと狙ってくる。『狙わない』『狙えない』って思わせる程じゃないと意味無いよ」

 

「九鬼財閥は大きく、そして成長が早い。狙われないというのは不可能だ」

 

「別に全部に狙われるな、って話じゃないよ。少なくとも有象無象な雑魚、数を減らせればいいんだし。このままだと下手に九鬼を舐めた馬鹿共が次から次へと攻撃してくるかも、って心配を僕はしているだけなんだから。いつまでも緊張状態が続けば分が悪いのは、見えない敵に怯え続けるこっちだよ?」

 

 

 アッガイの話を二人は理解出来た。しかし現実にするにはとても難しい話でもある。そもそもにおいて敵にこちらを狙わせないという選択肢を作らせる事自体が厳しすぎるとしか言えない。直接交渉している、出来るならばまだしも姿の見えない、これから襲ってくるかも分からない連中にそんな事をするのは不可能に近いのだ。

 

 

「……まぁそんな事、僕にとってはどうでもいいんだけどさ」

 

「――どうでもいい、だと?」

 

 

 アッガイの言葉に青筋を立てながら睨みつけるヒューム。いつもならばこれでアッガイは必死に謝って来るのだが、今回は全く気にしない様子である。その様子にヒュームとクラウディオは違和感を覚えた。少なくともいつものアッガイではない、と。

 

 

「だって僕はどんな風に思ったって、実際には痛めつける程度しか出来ないんだもの」

 

「お前が力を使えば命を奪う事など簡単な筈だ」

 

「そりゃそうだよ。だけどそんな事をしたら陽向も泣いて面倒になるだろうし。少なくともそんな事をさせる為に作ったんじゃない、ってね」

 

「…………」

 

 

 ヒュームとクラウディオはアッガイの言葉に様々な思いを抱いた。このアッガイというロボットは、二人からすれば本当に子供そのものと言った性格で、こんなに深く物事を考えているような存在ではなかったのだ。

 最初にアッガイというロボットの話を聞いた時には、警戒も疑いもしたのだが、なんにしても不思議な解明不可能の力で動いているという事は分かった。時々、いや、結構な頻度で理解不能な行動を起こすが、ほぼ全てが問題なく処理出来る範囲での行動であり、これまで悪い方向に動いた事がない。揚羽や英雄にも懐かれ、良い影響を与えていると言ってもいいだろう。

 しかしそれはアッガイの子供並の考え方と行動力があっての事で、それが作り出された、計算された行動や態度ならばこうは行かないと思っていたのだ。だからこそ、ヒュームとクラウディオはアッガイが製作者である陽向の事を、こう思っているという事自体が、これまでのアッガイとの大きなギャップとなった。

 

 

「まぁ、さ。世界一寛容で優しさ溢れる僕でも怒る時もあるって事だよ。それに子供を守るのは大人の役目でしょ? クラウディオもヒューム氏も僕の分まで頑張って働くんだよ! じゃあね!」

 

 

 小走りで去っていくアッガイの背を見つめるヒュームとクラウディオ。最後の言葉はいつも通りの話し方だったが、二人が見たアッガイの後姿にいつもの明るさは全く無かった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ちゃおっす。英雄、元気ー?」

 

「おお、アッガイか」

 

 

 アッガイは英雄の病室を訪ねていた。葵紋病院という川神市でも最大規模を誇るこの病院の特別病室に英雄は入院している。特別病室と言っても集中治療室などといった部屋ではなく、政治家などの一定以上の権力者か、それの家族に当たる人物が使用可能な部屋の事だ。一般の病室に比べて広く、家具なども配置されている。

 そんな病室にはベッドから半身を起こして本を読んでいた英雄。そして付き人として傍に待機している従者部隊の人間。アッガイは前に自分の護衛になった従者ならば覚えているが、この従者には見覚えが無かったので、特に何か話し掛ける事は無かった。

 

 

「英雄、お見舞いのメロンとかそういったやつ無いの? 僕、それが楽しみで来たんだけど」

 

「フハハハ、それは済まないな。先程食べてしまったぞ」

 

 

 アッガイはいつも通りに話し掛ける。しかし英雄の声に少しだけ元気がない事はアッガイには分かった。恐らく野球の件に関して聞かされたのだろう。しかしそれでも元気な姿を見せようとし、他者や物に八つ当たりする事も無い英雄の様子にアッガイは素直に感心した。『英雄は帝よりもビッグになる』とアッガイは思う。

 しかしだ。夢を打ち砕かれた英雄が何故こんなにも冷静でいられるのかはアッガイにも分からなかった。だからこそ、アッガイは聞いてみる。

 

 

「英雄、野球の件は残念だったね。でもそれ以上に英雄がプロになって、僕の持ってるサインにプレミアが付かないという事に、僕はもっと残念なんだよ」

 

「フハハハハッ! それなら安心するがいい、アッガイ」

 

「? なんで?」

 

「確かに我自身が野球でプロになる事は最早出来ないだろう。しかし野球は一人でするものではない。我がチームを指導し、成長したチームが結果を残せば父上も認めてくれる筈だ!」

 

「……つまり監督になるの?」

 

「行く行くはな。とりあえずコーチとなってみよう。きっとチームは今よりも強くなる筈なのだ!」

 

「そっかー」

 

 

 アッガイはそのまま英雄の夢の話を聞いていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

『英雄の話? あの野球のコーチで将来は監督って話か?』

 

「そうそう。あれって帝は了承したの?」

 

 

 英雄の見舞いに行った翌日。アッガイは専用回線で海外出張中の帝に連絡を取っていた。話の内容は、英雄から話された夢の話である。

 

 

『了承したぜ』

 

「それってやっぱり無理そうだから? 英雄が監督っていうかコーチっていうか。そっちで結果を残すのが」

 

『……お前気付いてるのか? って、英雄を一番近くで見てたのはお前だったな』

 

「そりゃあね。九鬼のエースと言っても過言ではない僕という存在は伊達では――」

 

『お前の思ってる通りだぜ』

 

「言葉を遮るなよ! ……はぁ。なんだか英雄が可哀想だなぁ」

 

『過去は変えられない。もう英雄が野球で結果を出す事は出来ないだろう。テロの件に関しては不幸だったとしか言い様がねぇし。命が助かっただけでも幸運だよ、本当に』

 

「コーチとか監督は野球の【選手】としての才能とはまた違うからね。それにチームの温度差に英雄は気付いていないのがね」

 

『そんな状態であっても結果を出せたなら、俺は認めてやってもいいと本気で思ってるぜ? だが、最初から躓くだろうな』

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 英雄が退院して数日後。英雄は早速野球チームの所へと、自分がコーチとなって指導するという意思を伝えに行った。しかし帰ってきた英雄は酷く落胆し、沈痛な表情と雰囲気を纏っていたのだ。

 予想していたアッガイは普通だったが、他の者達はその様子に心配した。しかし英雄は何も言わずに、部屋へと閉じ篭ってしまったので理由を聞く事も出来ない。

 

 

「――で、皆なんで僕の所に集まってるの? 僕の握手会は次の日曜日だよ!」

 

「お前は英雄様がああなった原因を知っているのだろう?」

 

「……知っているというか予想はしてるよ、ヒューム氏」

 

「それを教えて頂きたいのですよ、アッガイ」

 

「教えた所でどうにもならないと思うから教えなーい」

 

「いいからさっさと言いやがれ! このロボットが!」

 

 

 アッガイがヒュームとクラウディオに英雄が落ち込んでいる原因を聞いたのだが、アッガイがそれを教える気配がない。それに業を煮やしたのか、少女、いや少女というよりも女性と言った方がしっくりくる、一人のメイドがアッガイに掴みかかった。アッガイの大きな頭を両手で掴み前後に揺らす。

 

 

「いいから言え! なんで英雄様はあんな事になってんだ!」

 

「やーめーてーよーーー、やーめーてーよーーー」

 

「まだ言わねぇか!」

 

「あずみ、やめよ」

 

「! 揚羽様、でも……」

 

「揚羽様がやめろと言っているんだ、やめろ、あずみ」

 

「くっ……」

 

 

 あずみはアッガイを睨み付けながらも、雇い主一家の一人であり、英雄の姉でもある揚羽の言葉、そして上司に当たるヒュームの高圧的な気の乗った言葉に渋々従い、アッガイを離す。離されたアッガイは、まだ中身が揺れているのか、フラフラしている。

 

 アッガイの前に集まったのは揚羽とあずみ、ヒュームとクラウディオだった。揚羽の専属従者である小十郎はここには来させていない。本来であればあずみもここに居られるような立場ではないのだが、今回は特別に来ている。それは彼女が九鬼に来た理由に関係していた。

 

 

「頭がぐわんぐわんするよぅ。っていうかそのペッタンコは誰なのさぁ。僕見た事ないよぅ」

 

「テメェ!」

 

「やめろ! ……あずみは英雄様がテロに遭った時に、英雄様を守った元傭兵だ」

 

「傭兵とな!」

 

 

 何故か傭兵という言葉で回復するアッガイ。

 

 

「僕も傭兵には色々な思い出があるよ。GAのグレートウォールをぶっ壊したり、BFFのスピリット・オブ・マザーウィルに突撃したり……」

 

「なんの話でしょう?」

 

「あ、ゲームです」

 

「ふざけてんのかテメェ!」

 

「あずみ、やめよ!」

 

 

 アッガイのどうでもいいような話に再びあずみが掴み掛ろうとするが、揚羽が先程よりも強めに言葉を放ち、それを止める。そろそろ一発殴られそうなので、少し話してあげようと思うアッガイ。足が少し震えているのは気のせいだろう。ヒューム程ではないが、言葉とか表情が怖いのだ、このあずみは。

 

 

「英雄が落ち込んでる原因を聞いたところで何も出来ないし、僕は見守るのがいいと思うんだけどなー」

 

「我等が原因を聞いて、何か妙案が思い浮かぶかもしれないではないか」

 

「それで何かするの? でもそれじゃあ帝との約束はどうなるの? 帝は英雄自身の力で結果を出す事を条件にしているんだよ?」

 

「直接的に何かする訳ではない。少なくとも励ます事は許容されるであろう?」

 

「励ます位ならそうだけどさ。今はその励ましも駄目だと思うんだよねー。まぁでもこれ以上引き延ばすと物理的に言わされそうだから教えてあげるよ」

 

 

 アッガイが教えると言った瞬間、揚羽とあずみは少し目を見開いて、表情には喜色が浮かんだ。ヒュームとクラウディオは少し目を細める程度だった。それを見てアッガイは『やっぱり』と思う。ヒュームとクラウディオは九鬼で最も帝に近い位置に居る。そんな二人が帝と英雄の約束や、その内情を知らない筈がないのだ。となるとここに来たのは揚羽とあずみが暴走しないように見張る為だろうか。アッガイはそんな事を考えた。

 

 

「英雄が落ち込んでいる原因の予想だけど。野球チームの皆に拒絶されたからだと思うんだな」

 

「拒絶された?」

 

「おい、どういう事だよ」

 

「あのね、英雄はもう自分でプロ野球選手になるのが出来なくなったでしょ? だから指導者として野球に携わって結果を出そうとしたんだよ。それは帝も了承したし。だけど、そんな英雄の想いと野球チームの子達の想いは違ったって事さ」

 

「想いが違う?」

 

「本気度っていうの? まぁやる気だわね。英雄は皆が自分と同じ気持ちで野球をやっていると思ってたんだろうね。だけど英雄が特別だったんだよ。他の子達は本気でプロになろうとか考えてなかったし、英雄程の才能も無かった。精々、そこそこ上手になって楽しく野球がしたい、って程度さ。だからそんな子達に英雄が指導をしてやると言ってもお節介なんだよ。だから拒絶したんじゃないの、ってのが僕の予想。気持ちの熱が違うっていうか? そんな感じ」

 

「…………」

 

 

 アッガイの予想に、それぞれ何を考えているのか。皆が黙り、部屋が沈黙で満たされた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイが自分の予想を伝えて揚羽達に数日後の夜。陽向の家にて、陽向とアッガイはコタツで温々としていた。陽向はお茶を飲みながら何やら考え事をしている。アッガイは部屋から持ってきたノートパソコンでゲームをプレイ中だ。器用にキーボードを叩き、自由自在にマウスを動かしている。

 

 

「……ねぇアッガイ」

 

「お風呂沸いた? ちょっと待って。今マインなクラフトやってるから」

 

「いや違うけど」

 

 

 『はぁ』と溜め息を吐いて、陽向は頭を抱える。それを横目にゲームをプレイし続けるアッガイ。

 

 

「最近、九鬼が暗いよね」

 

「英雄が怪我して、落ち込んで、それで明るい雰囲気だったら鬼畜だけどな」

 

「……なんか今の雰囲気はキツイなぁ」

 

「しょうがないだろ。我慢しなよ。英雄のがキツイんだぞ」

 

「それは分かってるけど……」

 

「大体さ。僕にそんな事を言えるの?」

 

「え?」

 

 

 アッガイの言う事をイマイチ理解出来ない陽向は、首を傾げながらアッガイを見る。そんな陽向の様子にアッガイはゲームから目を離し、陽向へと視線を向けた。

 

 

「僕だって英雄に怪我させた奴らをボコボコにしたいけど、人を怪我させたり殺したりするとお前がギャーギャー騒ぎそうだから、僕は自重してるんだぞ! このアッガイの気配りを察しなよ!」

 

「え? アッガイ我慢してるの? でも相手に怪我させたりする事に、僕は何か言う訳じゃないよ?」

 

「――は?」

 

 

 陽向がアッガイの言葉を理解出来なかったように、今度は陽向の言葉をアッガイが理解出来なかった。そして目を離したアッガイのノートパソコンから導火線に火が着き、軽い音ではあるが爆発したような音が響く。その音にアッガイは視線を戻すも時すでに遅し。

 

 

「ぼ、僕の作った家がーーッ!? 砂地に建てたオーシャンビューのお洒落な家が匠に吹き飛ばされたーーッ!?」

 

「な、なんかごめん」

 

「折角、整地までして周囲にも気を配った家が……。畜生! もういいよ! んで、さっきの言葉の意味は! はよ!」

 

「う、うん。そもそもアッガイはコミュニケーション護衛ロボとして作ったんだけどね。大元は心の傷を癒す役割と対象者を守るという事に特化させたかったんだよ。それに守るって言う事は相手を傷つける事もある、って死んだお爺ちゃんからも聞いてたから、アッガイを設計した時点でそれなりに僕も覚悟してたんだ」

 

「僕が相手をフルボッコにしたり、運悪く殺しちゃう事も?」

 

「うん、まぁね……。傷つける事や殺す事が目的のような使われ方は認めないけど、結果としてそうなってしまう事には、僕は理解出来るよ。理解しなくちゃいけないと思う」

 

「…………」

 

 

 アッガイは下を向いて黙り込む。そんなアッガイの様子に陽向は、アッガイも悩んでたんだなぁと感じた。そして自分の言葉を聞いて黙っているアッガイを見て、これで少しは製作者として敬われたりするんだろうか、とも考えていたのだ。もしかしてアッガイは自分の言葉に感動してくれたのではないか、と。製作者が製作物に愛情を向けるのは当然である。そして理解するのも同じだ。陽向はそういった自分の姿勢を見せた事で、アッガイに変化が起こるのではと思った。

 すると、陽向の想像通りなのか、アッガイが小刻みにプルプルと震え始める。これは本当に感動してくれたのではないだろうか、と陽向は期待した。そんな期待をしてはいけなかったのだ。

 

 

「僕が自重する意味無かったじゃねぇかぁーーーーーー!!」

 

「うわっ!?」

 

 

 両手を天に向けて突き出し、怒りの咆哮を放つアッガイ。その声量と行動に陽向は大いに驚き、コタツに入っていた体は少し後ろに下がった。

 

 

「ハードコア! ハードコア!」

 

「ア、アッガイ!? どうしたの!?」

 

 

 アッガイは頭を激しく上下に振っている。その激しさにどこか壊れておかしくなってしまったのではないかと心配する陽向。

 

 

「キエェェェェェッ! キエェェェェェッ!!」

 

「ちょっ!? 落ちついて!」

 

 

 心配する陽向など関係ないと言わんばかりに奇声を上げながら、壁や棚に当たっては逆方向へ突撃するという奇行を続けるアッガイ。その姿は上半身裸で下は黒タイツのみの某芸人を彷彿とさせるものだ。

 しかしその被害が大きい。棚からは落ちた皿やコップが割れ、壁は少し凹んでいる。このまま続けば掃除やら壊れた物の買い出しやらで大変な労力が必要となる事だろう。陽向もアッガイの行動は長く見てきているが、ここまで意味不明な行動をしたのは初めてだった。

 

 

「圧倒添削徹底問題! 圧倒添削徹底問題!」

 

「あっ! ちょっとどこ行くの!?」

 

 

 どこぞの受験生の為のCMで流れていたような言葉を叫びながら、勢い良く玄関からアッガイは飛び出していく。それをただ眺めるしかなかった陽向は、家の中の惨状に目を向けて、盛大に溜め息を吐いた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「誰かソイツを止めろっ!」

 

「闇の覇者! 悪霊の神々! そして伝説へ!」

 

「いい加減に止まりやがれぇ!!」

 

 

 アッガイは九鬼家の住むビルの中を疾走していた。夜の突然の訪問。そして意味不明な叫びと、制止の言葉にも従わないアッガイに従者部隊は必死に対応している。しかし何故かヒュームとクラウディオという、九鬼の絶対障壁が出て来ない。それには必死にアッガイを止めようとしているあずみも、違和感を感じ得なかった。そもそもアッガイはヒュームを恐れている。どんな混乱状態や激昂状態でもヒュームが一睨みするだけで効果があるのだ。それがこんな風になっている現状にも関わらずに一向に姿を見せない。一体何を考えているのか。

 そしてあすみはハッと気付いた。アッガイをただ止めようと必死になっていたのだが、アッガイがこのまま突き進めば、その先にあるのは英雄の部屋だ。ヒュームとクラウディオはアッガイが英雄に何かしらの影響を与えてくれると考えて出て来ないのかもしれない。

 しかし、しかしである。

 

 

「こんな暴走状態の馬鹿を英雄様の所に行かせられる訳ねぇだろがぁッ!!」

 

 

 そう、あずみにとって英雄という存在は至高なのだ。いくら上司達がアッガイに何かを期待していようと、英雄に危害が及びそうな場合には全力で排除する。それが彼女の使命なのだから。これまではクナイを使ってどうにか止めようとしていたあずみだが、英雄の部屋へと向かっていると分かってから、思考を切り替える。

 クナイはあくまでもアッガイに気を遣いながら止めようとして使用していたのだ。しかし彼女はもう手加減などしない。使い慣れた短刀を抜き、接近して一気に仕留める。その筈だった。

 

 

「一体なんの騒ぎだ!」

 

「っ! 英雄様!?」

 

 

 騒ぎを聞きつけて英雄が部屋から出てきたのだ。出てきた英雄を見て、あずみは内心で舌打ちをする。英雄とアッガイは九鬼の中でも特に仲の良い関係だ。そんな英雄の前で友であるアッガイを攻撃したとなれば、どう思われるか。あずみとしては一度でも英雄に嫌われるような行動は取りたくなかった。だからこそ、アッガイへは接近のみに留め、短刀は仕舞う。

 

 

「英雄ぉぉぉぉ! 僕はもう自重を止めるぞぉぉぉぉッ!」

 

「おお!? こんな夜にどうしたのだアッガイ!」

 

「英雄も自重を止めるんだ! そしたら陰鬱な雰囲気も吹っ飛んでハッピーうれピーになれるよ!」

 

「アッガイさーん? 意味不明な話を英雄様にしないで下さいね☆」

 

「え、なにそのキャ――」

 

「余計な事言ったらモノアイに短刀ブッ刺すぞ」

 

 

 あずみの変わりようにアッガイは戸惑うが、何か言う前にアッガイに接近したあずみが小さな声で脅しをかける。声の感じから本気と認識したアッガイはさっきまでの暴走はどこへやら、震えながら頷いた。

 そんな二人の様子を見つつも、二人よりも更に戸惑っているのが英雄である。夜に何やら騒がしいと思ってみればアッガイがやって来て、あずみと何かを話してるのだ。しかし、先程のアッガイの言葉を聞くに、アッガイの目的は自分なのだろうと英雄は思う。

 

 

「英雄はさ、もっとビッグになれると思うんだよ僕は」

 

「む、なんの話だ?」

 

「英雄は野球以外でもきっと大活躍出来ると思うんだ! 運動系はもう難しいのかも知れないけど、だったら頭脳でいけばいいと僕は思うんだよ! 英雄の器はもっとでっかい筈なのさ!」

 

「アッガイ……」

 

(……結局コイツは英雄様の事を思っての暴走だった訳か……)

 

(ゆるキャラグランプリの時に権力者がいれば有利! 帝はアテにならないし、言った所で協力もしてくれなさそうだからね! もう全ての自重をやめてやるのですよ! 僕は勝つんだ! そうさ、いつだって!)

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 この後、英雄は野球が出来なくなっても変わらず接してくれる友を見つけ、九鬼の後継者としての道を歩み始める。その気鋭には帝も大層喜んだという。

 あずみは英雄への忠誠、英雄からの信頼を勝ち取り、専属従者として仕える事となった。相変わらず英雄の前では強烈な猫かぶりキャラをしているが、英雄がそれを猫かぶりと分かっているのかどうかは不明のままである。

 

 そしてアッガイは――

 

 

「うわーーーん! 助けてーーーー!!」

 

「夜に騒ぎを起こした罰を素直に受け取るがいい。ジェノサイドチェーンソー!!」

 

「あーん! アッガイがー!」

 

 

――夜の九鬼ビルへの無断侵入と、騒ぎを起こした罰としてヒュームのお仕置きを受けていた。


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