突如として奇声を上げながら突撃するアッガイ。奇声とアッガイに驚いて身動きの取れない少年と少女。アッガイは凄まじい速度で少年に近付き、後ろから腕で少年を拘束した。アッガイの突然の暴挙にさすがのゾズマも焦る。しかしここで下手に動けば更に何を起こすか分からなかった為、いつでもアッガイから少年を助けられるように常備している爆発物の一つに手を掛けて待機する。
「な、なんだよお前っ!?」
「僕はこの草原という劇場に舞い降りたアッガイ。っていうか知らないの? 僕を?」
「お前みたいなの知るか!」
「なん……だと……!?」
この時アッガイは衝撃を受けていた。少なくとも小学生の見守り活動で自分の知名度は上がっていた筈だったからだ。それなのにこの少年は自分の事など知らないと言う。一体これはどういう事なのか。
その時、アッガイの頭に一つの可能性が過ぎった。それは『違う小学校』である。これまでアッガイが見守り活動をしていたのは最初に紹介された小学校だけだった。しかしよく考えれば川神市に小学校は複数存在しているのだ。つまりアッガイの知名度が広がったのは担当している小学校の範囲だけ。
それを知り、今度から複数の小学校をローテーションで順番に見守り活動する事で対応する事も考えた。しかし同時に刷り込み効果の低下も考えてしまう。一体どうすればいいのか。アッガイは頭が真っ白になりそうだった。しかし目の前に実際に頭が真っ白な髪の少女が居たので、なんとか踏み止まって当初の目的を果たそうとする。
「そのキャラは僕が頂いた……! 厨二病キャラは川神に二人も要らないのだよ……!」
「な、なにを言って……」
「君がそのキャラを捨てるというならば見逃してやろう。もし捨てないというならば……フフフ、デッドエンド……フフフ」
「や、やめろー!」
「あふん!」
突如、少女がアッガイに飛び蹴りを行い、アッガイは少年を拘束していた腕を離してしまう。アッガイは体が横にも大きいので少女が攻撃を当てる事は簡単だった。解放された少年は呆然としながらも、すぐに正気を取り戻して少女へと近付く。少女も解放された少年を気遣うように、心配した表情を浮かべていた。
「だいじょーぶ?」
「あ、ああ、大丈夫だ問題ない。……しかしコイツは一体……」
「まだだ! まだ終わらんよ!」
「フッ。狂った機械か。哀れだな……」
「ムキー! そのキャラは僕のだって言ってんだろー! こうなったら……サモン! ゾズマ!」
「なんだと!? 召喚術が使えるのか!?」
「しょーかんじゅつ?」
「……お前は一体何をやっているんだ」
別に召喚された訳でもなんでもないゾズマが草影から出てくる。その姿を見て少年と少女は警戒心を持つ。しかしその警戒心とは裏腹に、ゾズマはアッガイに近付くと思い切り蹴飛ばした。
「あーん! アッガイがー!」
「私には帝様からお前への攻撃に関する権利が与えられている」
アッガイは草の上を数メートル滑って行き、止まった。その様子を二人で呆然と見ている少年と少女。そんな二人にゾズマは話し掛ける。
「……済まなかったな。アレが迷惑を掛けた。少々頭が残念なのだ。許してやってくれ」
二人にそう言うとゾズマはアッガイの所へと歩いていく。その背中を見ながら少年と少女は正気に戻り、少年は再びくねっとしたポーズをとって言葉を放つ。
「ホントに哀れな奴だぜ……」
「……あの」
「ん?」
少年が横を見ると、少女が両手を握りながら俯いた状態で話し掛けてきた。だが少年には少女がこれから何を言うのかが分かっている。ここ数日、ずっと言われてきた言葉だからだ。
「僕を……仲間に、いれて……」
「…………」
少女は僅かに震えていた。それは今日だけの話ではない。それを少年は分かっていた。だが少年はこれまでのグループの雰囲気が好きだったのだ。だから新しい人間を入れてそれが壊れるのが嫌だった。だからこれまで何度もお願いされようが断り続けてきたのだ。しかし、今の少年はアッガイから助けてくれた少女に対して、恩も感じていた。
「……定員オーバーでお前する事ないかもだぞ」
「! うんっ、いいよ、それでいいよ!」
「そっか。んじゃお前も今日から仲間だ。俺は大和」
「僕は、僕は小雪だよ!」
そんな少年少女のやり取りを羨ましそうに見るアッガイ。ちなみにまだ横の状態である。傍にはアッガイを見下ろすゾズマ。彼の表情は明らかに呆れたものだった。
「お前は結局何がしたかったんだ」
「濃いキャラが手に入れば良い武器になると思ったんです……」
「それが何故少年を拘束する事に繋がるんだ。そんなもの捨てる捨てないでどうにかなるものでもないだろう」
「怖かったんです……。キャラ被りが居る事が、怖かったんです……」
「キャラが被る事なんて無い程に濃いと思うのだがな」
「え、誰が?」
「お前だ」
「意外! それは自分ッ!」
この後、アッガイはゾズマに殺気を向けられながら少年少女に謝罪し、草影から少年達が帰るまで見守った。
◇◆◇◆◇◆
「で、なんで少女を尾行しているの」
「…………」
「もしかしてゾズマってロリコ――」
「爆破するぞ」
「ホントすいませんでした」
草原から九鬼ビルへと帰還すると思っていたアッガイだったのだが、何故かゾズマが小雪という少女を尾行すると言い、付き合わされていた。今回はゾズマが先を行き、アッガイがそれを追う形となっている。暇なのか、何故かアッガイは両手を前に出して合わせ、さながら手錠でも掛けられているかのようなポーズを取りながらゾズマを追っていた。
「ねぇ、僕もう万引きしてGメンに見付かって警察に連れて行かれる真似、飽きたんだけど」
「誰もそんな事をしろとは言ってない」
「……あのさぁ、ゾズマ何するつもりなの?」
「…………」
アッガイの問いにゾズマは答えない。黙って少女を尾行し続けている。
「あの小雪って子。虐待でもされてるのかなぁ」
「……知っていたのか?」
「さっき大和だっけ? あの少年捕まえた時に近くで見たからね。なんか腕とかに痣みたいなのあったし。あと臭った。だけど少女とは言え本人には言わないよ! 僕はジョースターさん並の紳士だからね!」
「状況によっては児童相談所に情報を渡す。それだけだ」
「スルーされたのはこの際もういいよ。ゾーさんはいつもそうだ。僕を蔑ろにする。でもなんで?」
「…………何がだ」
「いやだってずっとゾズマは僕の手伝いとかしなかったじゃない。ホントに護衛だけでさ。何て言うの? 融通が利かないっていうか? それが急に自分から動き出したんだもの僕がロリコンを疑うのも無理はない。バックベアード様だってきっとそう思う」
アッガイは両手を上げ、肩を竦めるような動きをして頭を振った。
「帝も言ってたんだよねー。余裕がない、もっと視野を広げればアイツは更に伸びる、って。いつも勘頼りな癖に突然キリッとしやがってあのバッテンシルバーめ!!」
「……帝様が」
「アレ? これ帝が尊敬されるパターン? あ、ごめんごめん、僕だよ。言ったの僕だよ。ほら敬って」
「――だったらご期待されるように動くだけだ」
「アレまたスルーされた? ゾズマのスルースキルを育てたのは儂じゃ!」
◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで少女を尾行していると、少女が一軒の家へと入っていった。少女の自宅なのだろう。家の前でゾズマとアッガイは中の物音や敷地内の状態を確認していた。敷地の庭では草が好き放題に伸びており、手入れがされているという形跡は無い。家もカーテンが締め切られており、薄暗い印象だ。
「…………」
「――お分かりいただけただろうか……」
アッガイが心霊系の番組でよく聞くような言葉をナレーション口調で喋っていた。しかし夜になれば本当にそういった番組で取り上げられそうな雰囲気が、この家にはあったのだ。反応が無いのでアッガイはふとゾズマを見ると、強面な顔がいつにも増して強面になっていた。アッガイは思った。『怖い』と。やっぱりヒュームと同じ系統の人間じゃないかと改めて思う。
そんな事を思っていたアッガイに大きな物音が聞こえて来た。ゾズマにも聞こえたのか、玄関に近付いてもっと聞こえるようにしてみる。すると大人の女性の声で、『お前が! お前が!』と叫んでいた。
しかし考えてみよう。この家には誰が住んでいるのか。一人は先程の少女だ。そして中で叫んでいる大人の女性もそうだろう。他に誰が居るのかは分からない。となると大人の女性の言う【お前】とは誰の事なのか。アッガイがある可能性を思い付く。そしてその思い付いたと同じ瞬間に、ゾズマは少し後方へと下がって、玄関ドアを破る為であろう体勢を整えていた。
「ちょいちょい! 何するの!」
「ドアを爆破する」
「待ちなさいって! 火薬系は駄目だって!」
アッガイは咄嗟に玄関ドアの前に立ってゾズマを止めようとする。しかしゾズマはすぐにでも爆発物を投げ付けてきそうな気配だった。アッガイは両手をブンブンと振りながらゾズマに話し掛ける。
「僕がやるから! 僕がやるんで爆発物は仕舞いなさい!」
「緊急事態だ。やるならさっさとやれ。やらないならお前ごと吹き飛ばす」
「急にこれだよ! 真面目な奴ほどブッ飛んだ時がヤバいんですよ!」
アッガイは自分への危険を知り、即座に玄関ドアの鍵に向かって頭部のバルカン砲を発射した。四門のバルカン砲は瞬く間に玄関ドアの鍵部分を破壊し、その機能を失わせる。そしてそのまま玄関ドアを開き、アッガイは中に突入。
「颯爽登場! 銀河美――あぶなっ!!」
中に入ったアッガイに包丁が飛んできた。間一髪、尻餅をついて回避すると、アッガイは包丁を投げてきたであろう張本人を視界に収める。大人の女性だ。しかし目の焦点が合っていないような虚ろで狂気に満ちた瞳をしており、包丁を投げた逆の手では少女、小雪の首を絞めていた。
アッガイの心から怒りが溢れ出る。そしてそのままその怒りを女性に向け、突撃。
「僕の登場名乗りを邪魔しやがってーーーーーッ!!」
「うるさいうるさいうるさい! お前がいけないんだ、消えろ消えろ消えろ!!」
アッガイがアッガイと理解できていないのか。それとも別の何かに見えているのか。女性は付近にあったものを手当たり次第にアッガイに投げつける。中にはカッターなどの鋭利な刃物類もあった。
「出てくる物は全て打ち落とす怒涛のアクション!!」
しかし投げつけられた物をアッガイ全て腕で叩き落す。そしてそのまま頭から女性に突っ込んだ。アッガイの頭突きを顔面で受けた女性はそのまま受けた勢いで後方へと吹っ飛ぶ。アッガイは女性と小雪の間に立ち、周囲を確認する。小雪は絞め付けから解放されてか、ゴホゴホと咳き込みながらも懸命に空気を吸い、女性は鼻血を出し、呻き声を上げながらもまだ意識はあった。アッガイが確認を開始してすぐにゾズマも臨戦態勢で家の中に入ってきている。
「僕の迸る伊達ワルは川神ダムでも止められないぜ……!」
「川神にダムはないがな。……あの女、薬でもやっているな」
「分かるの?」
「やっていなくてアレだけなのだったら、どちらにしても救えん。お前はその少女を連れて外に出ろ。入って来るまでに通報は済ませてある」
「え、それは僕が一般家庭の玄関ドアをぶっ壊した事に対しての通報!? 不法侵入!? ゾズマ! それは裏切りッ!」
「馬鹿な事を言うな。こっちの母親に対しての、だ。爆破するぞ」
「サーセン!」
「……ん」
アッガイは外に向かい、アッガイに抱き抱えられながら小雪が見たのは、薬物で狂った自分の母親が喚きながら長身の黒人に突っ込み、それを強烈な蹴りで黒人が吹き飛ばす光景。それを見た後、外の光に包まれるように小雪は意識を失った。
◇◆◇◆◇◆
「んで、何か言う事あるか?」
「それでも僕は、やってない」
九鬼ビルの一室には帝、ヒューム、クラウディオ。そしてアッガイとゾズマが呼ばれていた。ちなみに凄まじい眼光をヒュームがアッガイに向けており、アッガイは目に見えて震えている。ゾズマは目を閉じて全てを帝に任せると言った様子で直立していた。
帝は椅子に座り、備え付けの机に両肘を置いて手を顔の前で組んでいる。ヒュームとクラウディオは帝の左右に分かれて立っていた。
「まぁ虐待受けて殺されかけた子供を助けたのは大手柄だ。あの母親はゾズマの睨んだ通り、重度の薬物依存だったみてぇだしな」
「帝様」
「わぁーってるよ。だけどまぁ緊急事態で、他人の家のドアぶっ壊して、ってのは結果からみれば正解だった訳だ。だけど、あの家はこっちとはちと方向が違うよな? って事はだ。なんでお前らがあの家に行ったのか。正確には行けたのか、って事だ」
「ゾズマ君が尾行しようって言いました」
アッガイは正直である。それが保身の為ならば尚更だ。自分に恐ろしい視線を向けるヒュームが自分から意識を外すならば、とアッガイは思った。
「ゾズマ。アッガイの言ってる事は本当か?」
「間違いありません」
ゾズマもあっさりと自分が尾行を主導したと認める。閉じていた目はしっかりと帝へと向けられており、自分がした事をなんら後悔していないのは明らかであった。そんなゾズマの様子を見て、帝は目を細めながら再度問う。
「何故尾行した?」
「少女の様子や状態から虐待を受けている可能性が高いと判断し、その程度を確認して児童相談所に通知しようとしました。その確認行程の中で先の事件が発生し、現在に至ります」
「だがお前さんはアッガイの護衛としての任務しかしていなかったじゃないか。補佐としての役目はしていないという報告はお前自身がしていた筈だぜ? それが急に自ら進んで行動し、こんな事件が起きたんじゃ、ハイそうですかっていう訳にもな」
「…………」
帝の問いに黙るゾズマ。そんな彼の様子を見て、ヒュームとクラウディオは一様に鋭い視線を向ける。そんな中、自分にはもう矛先は向かってこないだろうと判断し、精神的に余裕が出来たアッガイが帝に話し始めた。
「そんな事も分からないのかい、帝」
「なんだ? お前には分かるってのかアッガイ」
「当然さ! いいかい帝。ゾズマはね、僕の仕事振りを見て奮起したんだよ!」
「は?」
「僕のブリリアントな仕事振りがゾズマを篭絡してしまったのさ! 今まで融通が利かなくて暴力的で無表情なゾズマ君はもういない! これからは柔軟に、保護的で、僕に優しいゾズマ君になるんだよ!」
アッガイは『なっ!』とゾズマの腕を叩く。ゾズマは無言だが青筋を浮かべ、ヒュームとクラウディオは溜め息を吐く。そして帝は下を向いて表情が見えなかったのだが、次第に震えだし、その数秒後には大笑いし始めた。
「フハハハッ! アッガイがゾズマを篭絡! 篭絡だってよ! フハハハハ!」
「なんでそこで爆笑するのさ!?」
「いやいや、笑うしかねぇだろ! プハハハハハ!」
「ムキーッ!」
大爆笑している帝に憤慨するアッガイ。帝の笑いは暫く続いたが、漸く落ち着いてきたのか、目尻の涙を拭いながら話し始めた。ちなみにアッガイは途中で帝に飛びかかって、現在はヒュームに踏まれている。
「ゾズマよ。俺はお前が成長して嬉しいと思うぜ」
「……今回の私の行動は成長と言えるのでしょうか」
「少なくとも俺はそう思う。ゾズマよ。お前さんは頭が固いんだよ。時には指示を無視してでもやらなきゃいけない事だってあるぜ?」
「ですが上からの指示は絶対です」
「絶対なんてねぇよ。そりゃ確かに守ってもらわなきゃならない制約であったりはするけどよ。現場にいない上司の判断よりも現場の信頼する部下の判断の方が重要に決まってる。上司が現場の状況を把握していないであれば尚更にな。俺はお前さんを信頼してるんだぜ?」
「…………」
「そして今回、上司である俺はお前の行動を賞賛する。よくやった」
「――ハッ」
帝の言葉に正しかった姿勢を、更に正しくするようにビシッと整え、頭を下げるゾズマ。そんな彼の様子に帝は笑みを浮かべながら、更に話し出す。
「お前が今回の事を活かし、仕事に励んでくれるようになれば、アフリカ方面の開発を任せるのも遠くないな」
「――ありがとうございます、帝様」
ゾズマは真剣な、それでいて覇気に満ちた瞳で帝に視線を向けた。そんな視線を受けて帝は満足そうに笑みを浮かべる。ヒュームとクラウディオもゾズマの様子に微笑し、また、いきなり大きな計画の責任者を任命した事に少々呆れていた。
しかしそんな様子に意見を述べたいロボットが。
「ちょっと待った! 僕は!? ねぇ僕頑張ったよ! 褒美、褒美プリーズ!」
素早くヒュームの足元から抜け出したアッガイは帝の机の正面に行き、机を両手で叩きながら自分へのご褒美を要求する。
「そういや一つ流れを確認したいんだがよ、アッガイ」
「どうぞどうぞ! なんでもお聞き下さい!」
「少女を追う、家まで行く、玄関ぶっ壊す、少女助ける、でいいんだよな? 玄関ぶっ壊すのだけはお前であとは二人でやった、って事でいいのか?」
「そうだよ! 玄関だけは僕だけでやったんだよ! ゾズマ君は何もしなかったよ!」
「よし、お前の給料から玄関ぶっ壊した分引いておくわ」
「謀ったな! 帝、謀ったな!」
これをもってゾズマはアッガイの護衛任務から外れ、他の任務をこなして順調に出世していく事となる。
◇◆◇◆◇◆
「これが噂のアッガイか。うん、素晴らしいね」
「漸く僕の魅力を正しく評価出来る人間が来たか……」
九鬼の研究室には珍しい人物が来ていた。現在、アッガイを観察している人物は津軽海経。彼こそが陽向と同じようにロボット研究を進めていた存在である。とはいっても彼の場合にはまだまだ設計などを細かに計算しながら詰めている状態で、陽向のように作り出す段階にまでは来ていない。と言っても陽向が凄いという事ではないのだ。
ロボット開発だけではないが、こういった計画は設計とテストを繰り返し、多くの資金と時間を使って行うもの。しかし陽向の場合には資金的な問題もあって、早めにアッガイを作り出したという背景がある。アッガイという付喪神の存在がなければ九鬼とて資金援助をしていたかどうかも怪しいレベルなのだ。
「データは……なるほど、これは凄い」
「ええ、僕達も見て驚きましたよ。なにせこちらで作った時とプログラムや素材にも変化が起きていたんですから」
「興味が尽きない対象だね。まさに付喪神の力とでも言えるかな」
「良い目をしている。だがこのアッガイ、自らを安売りせんのですよ」
「そうだね。君という存在はとても大きな可能性を秘めている。データを他者に軽々しく渡せるようなものではないね」
(……なんか真面目過ぎて面白さに欠けるなぁ)
陽向と津軽はまだまだ話す様子なので、アッガイは研究室から出て、適当に歩く事にした。
◇◆◇◆◇◆
「おお、アッガイではないか」
「おや英雄と……どちらサマー?」
「これが帝様が興味を示したというロボットか。我は九鬼局。帝様の妻であり、英雄の母である」
「これはこれは、息子さんとは仲良くさせて頂いてます」
「其方は帝様から言葉遣いに関する優遇を受けていると聞いたのだが?」
「僕は人によって敬語になったらフランクになったりしますので」
九鬼ビル内で遭遇したのは九鬼局と英雄の親子。英雄は野球での成功を夢見て頑張っており、時々相手をするアッガイとは仲がいい。一方の局は、これまで国内外問わず仕事があり、また帰ってきてもタイミングが悪かったのか、アッガイと会う事が出来なかった。
局の言う言葉遣いの優遇というのは、アッガイの敬語に関してである。一度ヒュームが物理的矯正を行って帝に敬語で話させようとしたのだが、ヒュームに怖気付いたアッガイが自ら敬語で話した。しかし敬語で話された帝はどこか気持ち悪さを感じ、アッガイの矯正にヒューム達を使うのも勿体無く感じた為、アッガイの言葉遣いは自由という事に。勿論、極端に下品な言葉や調子に乗った発言をした場合にはヒュームやクラウディオから一時的物理矯正が入る。
「英雄は今日も試合だったのかい?」
「うむ。今日も見事に抑えてみせたぞ!」
「良かったねー。ちゃんと帝に認めてもらえるように頑張るんだよ」
「……そうであるな。結果を出すのならば、という条件であるからな。九鬼の名に恥じぬ行動をするのだぞ、英雄よ」
「はい、母上!」
(英雄からサインを貰っておけばプロ野球選手になってプレミアが付いて……。ゆるキャラ日本一とプロ野球選手という相乗効果が……)
英雄は九鬼の長男ながら、将来はプロ野球選手になるという夢を持っている。九鬼財閥という大企業の跡取りとして、両親が進んで貰いたい道とは違う道だ。しかし英雄の熱意に帝は条件付きで野球をする事を認めた。条件とは勉学にも励む事。一定のレベルを保ち続け、勉学と野球の両立をせよ、という事だ。また、当然野球でも結果を残せという条件もある。九鬼財閥を継がぬというならば、それ以上に価値のある事なのだという心意気を現実に見せてみよ、という事なのだろう。
だからこそ、英雄は毎日一生懸命に野球と勉強をしている。英雄にとって、遊びというものが野球と同じ意味になっているので、こういった両立も可能なのだろうとアッガイは思う。
「母上! 英雄!」
「! 姉上!」
「おお、揚羽か。小十郎もご苦労」
「いえ! 自分はまだまだ大丈夫です!」
「小十郎は熱いねぇ。シュウゾウというか勇者王だねぇ」
三人で話しているとそこに少女が素早く駆け寄ってきた。少女の名は九鬼揚羽。九鬼家の長女であり、英雄の姉だ。そしてその後ろからは揚羽の専属従者である武田小十郎もやってくる。小十郎はまだまだ能力的にも未熟な部分が多いが、とある理由から専属従者となっている。その理由とは彼の体に流れるAB型(RH-)という血液だ。揚羽も同じ血液型であり、この血液型の人間は希少である。彼は揚羽に何かあった際、その血液を提供する役目を持っているのだ。だからこそ、彼はまだ若く未熟でも専属従者となっている。
「アッガイは今日も可愛らしいな! 思わず抱きついてしまいそうだ」
「揚羽ちゃん。それはとても嬉しいんだけど、加減が出来なきゃダメだよ。前回、僕の体からミシッて音がしたんだからね。アレ絶対に出ちゃいけない音だと思うんだよ」
「フハハハハハ」
「いや笑って誤魔化さんでよ」
この後、アッガイ達は暫く談笑して別れた。この数日後、英雄はパーティーに参加する為、外国へと飛ぶ。そこで英雄の夢が砕け散る事となってしまうのを、まだ誰も知らなかった。