「――これを東西交流戦と名付ける」
川神学園、学園長である川神鉄心から話された内容は、生徒達に衝撃をもって受け入れられた。鉄心の弟子でもある鍋島正が率いる福岡の天神館。週末に修学旅行で川神へとやってきた天神館は学園ぐるみでの決闘を川神学園に挑んできたのだ。そしてそれを鉄心は快く了承。夜の工場地帯にて三学年それぞれの集団戦が始まる事となった。
そしてその決定を聞いて密かに動き出す一体のロボット。特徴的なモノアイはより光り輝き、『時は来た』と言わんばかりにこの状況を楽しんでいるようだった。ここに一人、自分の存在を再認識させようとする、野望の炎が燃え上がる。
◇◆◇◆◇◆
「次はいよいよ俺達か……」
「情報の集まりが悪いですね」
「俺も出来た事と言えばこの工場地帯の地理の把握くらいだ。今回ばかりは時間が足りなかった」
工場地帯では既に1学年、3学年の決闘が行われており、最後の2学年の決闘を残すのみとなっていた。大和と冬馬は2年の軍師として作戦指揮を任されたが、如何せん、対決までに数日しか時間が無かった事から情報は少ない。情報の少なさは作戦の幅を狭める。武ではなく智で能力を発揮する二人としては、今回は歯痒い思いであった。
彼らにはそれ以外にも重圧がある。それは2年の結果で川神学園か天神館か、勝者が決まるのだ。現在1勝1敗。川神学園は1年が敗北。3年が勝利という結果になっている。
1年は完全に大将の判断ミスだった。1年大将の武蔵小杉は相手の戦力を見誤り、尚且つ黛由紀江という最高戦力すらも使いこなす事が出来なかったのだ。いや、作戦は良かったのかもしれない。最高戦力である由紀江を使って相手大将を倒させるという作戦は。例え狙ってなかったとしても。しかし武蔵小杉は自らが大将であるにも関わらず進軍してしまった。しかも工場地帯でも更に狭い場所を行軍するという、完全に地理を無視した行軍。結果、狭い場所で数的暴力に押し負け、討ち取られてしまったのだ。これがもっと人を自由に動かせる、広い空間であったら結果もまた違ったのかもしれない。
3年は最早言うまでも無く、川神百代による一方的殲滅だった。天神館も生徒同士が力合わせる事で巨人を作り出す【天神合体】という大技を使用したが、百代のチート武力には為す術も無かったのだ。川神流星殺しという見た目ビームな砲撃で呆気なく巨人は崩壊し、残りはそのまま掃討されていった。
そして今、東西交流戦の最終戦が始まろうとしていた。
――が、ここで思わぬ事態が発生する。
《アッガイの中のアッガイ……出て来いや!! 僕、参上!!》
突然、工場地帯にスピーカーから音声が流れ始めたのだ。この突然の音声に川神学園は勿論、天神館も何事かと耳を傾ける。川神学園では知らない人間はいないアッガイだが、天神館からすれば一体何者なのかという感じであろう。
しかし、このアッガイの行動に驚いていたのは生徒だけではない。
「アッガイ? 一体彼は何ヲ……。学園長は知っていたのですカ?」
「儂だって知らんわい。あやつが『ラッキーキャラとして戦場に居てもいい?』とか言うから、うちの生徒だけ贔屓するような行動はしないように、とは言ったが……」
「とりあえずアイツの話を聞いてみましょうよ。ね、小島先生」
「何故私に同意を求めるのかは分かりませんが。まぁその通りでしょう」
教員のルーや学園長の鉄心、2-S担任の宇佐美巨人や2-F担任の小島梅子も、とりあえずアッガイの話に耳を傾ける。
《天神館の諸君はナベちゃん以外初めまして。川神学園の人気者アッガイと言います。今回は川神にようこそ》
ナベちゃん。つまりは天神館学長の鍋島正の事である。アッガイは過去に川神院で彼とは会った事があり、顔見知りなのだ。
《1勝1敗という事で次の2年の対決は非常に盛り上がるでしょう。そこで僕、アッガイも緊急参戦したいと思っています》
アッガイの話で一気にざわつき始める生徒達。そんな生徒達の様子を知ってか知らずか、アッガイはそのまま話し続ける。
《天神館の生徒達に言っておくけど、僕は川神学園側しても、ましてや天神館側としても参戦はしません。あくまでもアッガイ側として参戦します》
「はぁ? アイツはいきなり何を言い出しやがるんだ?」
「学長。あのアッガイと名乗る人物は何者なんだ? 出世街道を行く俺の戦いを邪魔するのか?」
「アイツは九鬼のロボットだよ。かなりぶっ飛んでる奴だがな。お前の邪魔するとか、そういう思考をする奴じゃねぇよ」
「では学長。我ら天神館と川神学園の決闘に乱入するのは一体どのような考えなのか、分かるのですか?」
「あー、お前らにも言っておくがな。アッガイって奴は常人じゃ考え付かない思考で行動してんだよ。だから誰にもアイツが何考えて、どう行動するかなんて予想できねぇんだよ。ってか真面目に考えるだけ無駄なんだよ、マジで時間の無駄」
天神館学長鍋島も、天神館総大将である石田三郎、その副将である島右近も、アッガイという存在に警戒をし始めていた。
鍋島正は白いスーツを着た少々厳つい男である。話してみると案外気さくで良い男なのだが、見た目の威圧感から初対面だと萎縮してしまう人間がほとんどだ。
天神館の総大将である石田三郎は非常にプライドの高い、しかし向上志向の男である。ただ少々他の人間を見下す発言が多く、時折、それが原因で騒動になる事もあるという。
島右近は常に石田の傍に居る真面目な男。見た目が完全に中年世代だが、年齢は石田と同級。その見た目で教員だったり保護者だったりと間違えられる事も多く、心が傷つく事も多い。しかしながら真面目で誠実な人間であり、しっかりと石田を支えている。石田がそれに感謝している素振りはないが。
《川神学園、そして天神館の二年生諸君。このアッガイに恐怖して僕の参戦を無しにするように学園長に頼んでみるかい? チミらがその程度なのは嘆く事ではないよ。この僕が大きすぎたんだ。恥ずべき事ではないよ。チミ達はまだまだ子供だったというだけの事さ。子供らしく僕に恐怖するがいい、震えるがいいプークスクス!》
「ふ……ふざけるなっ! 俺達天神館はお前のような奴に怯える程軟弱ではない!!」
アッガイの挑発めいた発言に猛反発したのは天神館の石田であった。その石田に続くように天神館側からは『やってやんぞ!』とか『打ち倒す!』と言った好戦的な発言が多く出てくる。
《ほっほう。天神館の諸君はやる気満々ですな。では川神学園はどうかな? 西の勇気溢れる叫びを聞いても黙ったままなのかな? チミ達みんなサイレントモード? あっ震えてたらマナーモードですなハッハッハ!》
「ふざけんなこのポンコツロボット! 俺様がお前に怯える訳がねーだろうが!!」
「アッガイでも言いすぎよ!」
「って言うかなんでアッガイはあんな事してるんだろ……?」
川神学園からはガクトとワン子がアッガイの言葉に反発し、それに同調するように川神学園側からも好戦的な叫びが多く出てきた。モロのように少数はアッガイの行動に疑問を抱いているようだが、圧倒的に戦いを望む声が多い。
《フッフッフ。これで東と西。川神学園と天神館、双方の生徒からの同意は得られた。さぁどうする? 鉄心氏にナベちゃんよ!》
「ふーむ」
「っていうか俺だけナベちゃんとか呼ばれると学園長としての威信がまるで違うじゃねぇか!」
それぞれの場所で考える両陣営の最高責任者。鉄心は髭を撫でながら目を瞑って考えており、鍋島は自分の呼び方に対して不満があるようだ。
ここで更にアッガイは発言する。
《もしも僕が勝ったら来るべきゆるキャラグランプリでの投票を約束してもらうよ! ……と、いつもなら言っている所だけど、今回はそういうのは一切しないよ!》
「む?」
「あぁ?」
これにはアッガイを知っている人間は全員驚いた。なにせアッガイと言えば、何かすれば必ず投票などの自分が有利になる事への協力を約束させていたからだ。それが今回のように大人数、しかも天神館のように西方面で有名な学校の生徒に投票を約束させれば大きな強みとなる。しかしそれをアッガイはしないという。一体どういう事なのか。
《今回は僕の力を見せ付けるだけの事。僕の圧倒的力の前にチミ達はただ倒れ伏すがいい! さぁ! 僕の参戦を認めるの! 認めないの! どっちなの!?》
アッガイの言葉に鉄心は会場となる工場地帯全域に配置されたスピーカーに繋がるマイクを手に取った。このマイクとスピーカーの役目はなんらかの事態があった場合に速やかに戦闘を停止させる目的で使用される予定だったものだ。普段は工場の作業員に向けた連絡用として使われている。
「……川神学園学園長、川神鉄心。アッガイの参戦を認める」
川神学園側で川神鉄心が承諾。天神館側でもマイクを手に取っていた。
「……師匠が認めんのに俺が拒める訳ねぇだろ。天神館学長、鍋島正。同じく参戦を認める」
そして天神館側で鍋島正が承諾。
両学園長の許可によって正式にアッガイは東西交流戦2年の部に参戦する事となった。これにより東西交流戦2年の部は川神学園対天神館、そしてアッガイとなる。
《ではモニターオープン!!》
――突然、アッガイが叫ぶと、両陣営それぞれに巨大なモニターが出現した。出現したと言っても、元々大きなモニターがあったのをビニールシートで隠しておいただけなのだが。
「って、李! お前なにしてんだよ!?」
「アッガイに頼まれたんです。天神館側のモニターはステイシーがやっています」
あずみの視線の先には同じ従者部隊の李。モニターを出現させる役目は九鬼従者部隊の李とステイシーが担当していたのだ。李はアッガイの頼みを聞きそうではあるが、ステイシーは何故アッガイの言う事を聞いているのか。簡単に言えば買収されたのである。ハンバーガーとかそっち系で。
「なんだよ一体。アイツなにしようとしてんだ?」
「面白くなってきたじゃねぇか! アッガイと勝負なんて今まで無かったからな! 燃えるぜ!!」
「キャップはホント元気だね……。僕は後方支援だからアッガイと戦う事ないし、安心してるよ」
「というか皆に聞きたいのだが、アッガイの戦闘力はどれくらいなんだ? 自分はまだよく知らないから教えて欲しいのだが……」
ガクトにキャップこと翔一、モロがそれぞれの考えを話す中、一人だけアッガイとはまだ付き合いの短いクリスはアッガイの実力を知らない事から話を聞こうとしていた。
「アッガイの実力? 俺様はアイツにいつも電気ばっかり喰らってるからそれしか知らねぇけど。大して強くないんじゃねぇの?」
「そうかぁ? 俺はアイツはやる時はやる奴だと思ってるぜ!」
「うーん。実際どうなんだろうね。これに関しては九鬼に聞いてみるのが一番じゃないかな」
「うーん……」
クリスが欲しかった情報は3人から得られなかった。ならばと2-Sの九鬼英雄に聞いてこようとするが、モニターから映像が流れ始めたので全員そちらに視線を奪われる。
《僕がたった一人で川神学園と天神館に挑む筈がないでしょう!? 我が兵を見るがいい!》
◇◆◇◆◇◆
工場地帯は海に面している。つまりこの海すらも決闘の場所なのだ。そしてその水面がライトで照らされ、見やすくなった瞬間。水面が爆ぜた。いや、正確には爆ぜたような大きな水飛沫が上がり、そこから一見すると修験者のような格好の男達が16人。それぞれ棒のような物を持ち背格好も同じだ。しかし浪人傘を被っていて顔は見えない。彼等は何故か水面の上に沈む事無く立っている。
「「眩きは月の光、日の光、正しき血筋の名の下に、我等が名前を血風連!」」
「血筋っていうかあったとしてもオイルだろうけどね! それかジオンの血統的な!」
◇◆◇◆◇◆
《さぁ! 戦おうじゃないか、ジャマイカ! いざ戦場で相見えん!!》
それだけ言うとモニターからは映像が消え、黒い画面だけが残る。しかし川神学園にも天神館にも衝撃を与えた映像だった。
大和や冬馬、それに部隊長クラスの生徒は、すぐにアッガイが所属する九鬼財閥の子息、九鬼英雄の所へと集まる。今回、九鬼英雄は川神学園2学園の大将を務めていた。大将の護衛として専属従者の忍足あずみが傍に控えている。
「おいおい、こりゃどうなってるんだよ? あの血風連とかってのも九鬼の従者か何かか?」
「いや、我が従者達の中にはあのような者達は居ない。そうであろう、あずみ」
「はい。英雄様の仰る通り、九鬼従者部隊には居ない人間達です」
「だとするとアッガイが雇った……? しかしあのアッガイが人を雇ってまでして何も求めない……?」
井上準が英雄に血風連に関する事を問い質すが、英雄も従者のあずみも九鬼の所属では無いという。従者部隊序列1位のあずみが知らないのだから間違いない。しかしアッガイが金を使って人を雇い、それでも勝利した際に何も求めないというのは非常に違和感があり、それを冬馬は口にしていた。
「いやいや、そもそも問題なのはあの血風連ってのがどのくらいの強さなのか、って事だろ」
「それもそうだが、私としてはアッガイの実力も聞きたいのだが」
ガクトとクリスがそれぞれに聞きたい事を話す。一方は血風連の強さ。一方はアッガイの実力。どちらもこの状況では非常に重要な情報となるだろう。幸いにもアッガイに関しては、実力を知っているであろう九鬼の人間が居るのだ。これを利用しない手は無い。
「まずあの血風連という人間達に関しては我では分からん。あずみよ、お前から見てどうなのだ?」
「私見ですが、映像の動きだけを見ればかなりの実力かと。一人一人はさすがに判断出来ませんが、決して倒せぬレベルではないと思われます。ですが、ああいった者達は個々の実力ではなく連携にて力を発揮タイプです。先程の映像ではまさに一糸乱れぬ、という様子でした」
「それには同意します。見る限りあれは厳しく訓練された軍人と同等、動きの同調性ならばそれ以上です」
あずみの意見にマルギッテも同意する。元傭兵と現役軍人が同じ意見なのだ。相当な実力を持っていると考え、警戒をしたほうが良さそうだ、と軍師役である大和と冬馬は考えた。
「しっかしいくら何でもあれは俺達と同年代には見えないよなぁ」
「学園長も天神館の学長も、一回了承したから取り消せないんだろ」
「さっき散々挑発してたしね。これで取り消し求めたら本当に恐れをなしたように見えちゃうし」
ガクトと忠勝、モロが学園長達の考えを予想する。了承を取り付けてから戦力を見せるというのは、あのアッガイからはあまり考えられない策略だ。今回はいつもと違う部分が多い。いつもと同じ考えで接すると痛い目を見る事になる可能性も出てきた。
「まぁ同年代とは言えない人はこっちにも居るけどな」
「何か言いましたか? (殺すぞハゲが)」
「何か言いましたか? (潰しますよ)」
「ハイッ! 何も言ってません!」
準の一言にあずみとマルギッテが反応したが、準は二人に耳元で何か囁かれて直立不動状態で自身の言葉を否定した。
「ねぇ大和。アッガイと戦わなくちゃいけないの?」
「ワン子。もう参戦決定しちゃったんだから覚悟を決めなよ」
「うーーー……。さっきはさすがに怒っちゃったけど、あんまりアッガイとは戦いたくないなぁ……」
「一番良いのはアッガイと遭遇する前に相手の大将を落とす事なんだけどな。そう上手く進まないだろ」
ワン子はアッガイとの戦闘の可能性に落ち込み、京がなんとか覚悟を促す。大和も良い方法を考えてはみたものの、そう上手くは行かないと自己否定する。
「皆の者、話を戻すぞ。血風連という連中に対しては先程のあずみとマルギッテの認識でよいだろう。次にアッガイの実力に関してである」
「俺様達もそこそこ長い付き合いだけどよ。アイツから電撃受ける位でそんなに強いとは思えないんだが」
「いや、それは大きな認識間違いだ。かつてアッガイは、現在の九鬼家従者部隊零位と互角の戦闘を繰り広げた事がある」
「誤解されないように補足させて頂きますが、九鬼従者部隊零位は一撃で武道四天王すらも倒せる実力者です」
「「…………は?」」
「信じられないのも無理はあるまい。だがアッガイはそういう力を秘めているのだ」
皆が英雄の言葉に絶句する。特にアッガイを舐めていたガクト、それにそこまでの実力を持っているとは露とも思っていなかった風間ファミリー、そして葵ファミリー。英雄の言葉に驚かなかったのは、実際に零位のヒュームを知り、尚且つアッガイとの戦闘も見ているあずみ。そして初見で自身の攻撃を受けて全くダメージを受けた様子が無かったのを知るマルギッテくらいである。
「防御力に関しては知っていましたが、実力がそれほどのものとは……」
「我等が見た時には牧師服をいつの間にか着ていてな。風を操っていた。それも強力な暴風である。当たればただでは済まないだろう」
「オイオイオイ! アイツそんな能力あったのかよ!?」
「だが約20分程したら牧師服も消えて普通のアッガイに戻ったのだ。風を操る事も出来なくなっていた」
「つまりその能力は時間制限付きって事か?」
「っていうか風操るとかスゲーじゃん! 俺にも教えて欲しいぜ!」
「はいはい、とりあえず風好きのキャップは落ち着いて」
アッガイの知られざる能力を知り様々な反応を見せる中、翔一だけは自分が好きな風を操るとの情報にテンションが急上昇していた。大和はそんな翔一を適度に落ち着かせようとしながらも、頭の中ではどのようにしてこの交流戦に勝つかを考えている。
団体戦では強敵となるだろう血風連という集団。そしてアッガイの本当の実力。前者はどちらにしても情報が少なすぎて、少数で対峙しない事くらいしか考え付かない。だがアッガイに関しては、作戦とまではいかずとも対応策は思いつく。
「アッガイは強くなった時に姿が変わったんだな?」
「そうだ。いつの間にか牧師服であった。言葉遣いや性格そのものも大きく変わっておったわ」
「で、元に戻ったらいつもの状態に戻った。となれば姿が変わる前に仕留めるしかない。時間制限があるなら戦闘開始前に使う事はないだろ」
「そうですね。さすがに使い所は考えているでしょう」
大和と冬馬は同じように考えていた。つまりはアッガイが能力を使用する前に速攻で倒すしかない、という事である。
「逆に能力を使用された場合には立ち向かわずに退くしかない。交流戦そのものの時間制限もあるし、時間切れまでやり過ごす方向で」
「まぁこう言ってはなんですが、アッガイも厳密には川神学園の所属です。天神館の大将を落とせれば実質的には川神学園の勝利とは言えましょう」
「……思う所はあるが仕方があるまい。アッガイがあの力を使えばどうにもならぬ。そういう強さだ」
「私としては是非とも戦ってみたいのですが」
「今回ばかりは堪えてもらおう」
「……しょうがないですね」
マルギッテは強くなったアッガイと戦ってみたい様子だが、大将である英雄の言葉で渋々下がった。マルギッテとしては戦場で接触した場合には戦うしかないと思っている。つまりここで無理に許可を得ずとも、【意図せず】接触してしまったら戦うしかないのだ。そういう考えと、九鬼英雄、忍足あずみの言う危険性を理解していたからこそ、彼女はここでは大人しくしている。
「ともかく、天神館だけを相手にするだけじゃ無くなったんだ。もう時間はないけど、部隊長から部隊員へ、さっきのアッガイや血風連への対応はしっかりと行き渡るようにしてくれ」
開戦まで残り少ない時間。出来る限りの対応を川神学園陣営はしていた。
◇◆◇◆◇◆
工場地帯横の海の中。そこでは複数の丸い光が輝きを放っていた。そう、【複数】である。
「川神学園も天神館も、僕の戦力が血風連だと思い込んでいる事だろう。しかしながらそうじゃないんだよ……。僕の戦力はあんな、子供一人通してしまうようなザルな能力の連中ではない」
「…………」
「僕の戦力、それはジオン軍。その中でもデザイン性に優れ、愛らしさを併せ持った奇跡の機体達。水中の覇者と呼ぶに相応しい者達」
「…………」
「ジオン軍水泳部……! 型番にMS【M】。つまりはマリンタイプの字を刻まれた機体達……!」
海中で光る複数の丸が更に輝きを放つ。そしてギョロギョロと動き始めた。
「僕のチート能力によってエネルギー枯渇の心配はなくなり、実弾は無限に発射する事の出来る無敵の集団……! 今こそ僕達の力を見せ付け、消えぬ記憶を刻み込んでやるんだ! ジオンに栄光あれ!!」
「「ジオンに栄光あれ!!」」
「Open Combat!! 戦闘開始だぁぁ!!」
◇◆◇◆◇◆
東西交流戦2年の部が開始された。開幕とほぼ同時、川神学園と天神館、双方の本陣への飛来物による攻撃によって。海方向より夜の闇の中を飛来してくるミサイル。間断なく降って来るそれに多くの人間が恐怖を感じてしまう。
「落ち着け皆の者! 数自体は多くない! 建物を利用してミサイルを回避せよ!」
「部隊長は部隊員の動揺を抑えろ! 落ち着いたら前衛部隊は作戦通り進め!」
「部隊長は被弾に気を付けて下さい! 負傷は指揮の低下に繋がります!」
川神学園は英雄と大和、冬馬の的確な指示によってなんとか混乱を押さえ込む事に成功。しかし予想外の攻撃に心の中では焦りが生まれていた。開幕直後の奇襲。それも一方的な攻撃によって。
大和達はこの攻撃がアッガイによるものだと確信していた。何故ならばミサイルなんていう武器を持っているのは彼だけだからだ。つまりアッガイは最初に川神学園を潰そうとしていると判断できる。心のどこかで知り合いである自分達を最初に攻撃する事はないだろう、そう思っていたのかもしれない。こうなる可能性を考えつつも、自らその考えを否定してしまっていた。なんとかちゃんと指示を出す事は出来たが、大和達は精神的に大きな衝撃を与えられてしまったのだ。姿を見ていないのにアッガイであると決め付けてしまう程に。
所は変わって天神館本陣。こちらにも開始直後より攻撃を受けていた。こちらはロケットによる攻撃である。しかしこちらは少し飛んでくる数が多い。
「ええい! あのロボット、開始直後に奇襲とはやってくれる! 島、部隊を動かしてこの攻撃の主を潰せ!」
「承知! 大友と宇喜多は予定通りの場所まで進め! 十勇士は作戦の通りだ! この飛来物は某の部隊でどうにかする!」
「ヌッハハハ! 最初にこちらを潰しに来るとは、やはり川神学園所属だからか?」
「舐めくさりおって! 西の力を見せ付けてくれるわ!」
◇◆◇◆◇◆
「頑張れ頑張れ、ジュ・アッ・グ! フレーフレー、ジュ・アッ・グ!」
「ちゃんと守ってねー、アッグガイー」
天神館本陣を狙える高さの場所に、ロボットが二体。片方は腕、指のようにも見える部分から3連のロケットランチャーを次々と発射させている。片方は腕や足を大きく動かして一生懸命にもう片方を応援していた。
ロケットを撃っているのはジュアッグ(JUAGG)。型番はMSM-04G。応援しているのはアッグガイ(AGGUY)。型番はMSM-04N。彼らはジオン軍水泳部の中でも特にアッガイとは関わりが深い。ジュアッグはアッガイの試作案を転用して開発され、アッグガイはアッガイの試作案を再設計されて生まれた。アッガイの型番であるMSM-04を見ればお分かりだろう。アッガイからすれば彼らは直接的な兄弟と言っても過言ではないのだ。実際、このジュアッグとアッグガイはそれぞれアッガイの事を『兄ちゃん』『兄さん』と呼んでいる。まぁこれもアッガイが彼らをこの世界に生み出した時に作った設定ではあるのだが。
両機はそれぞれに個性的な部分がありつつも、基本的にはアッガイと同じような体型である。
ジュアッグは象の鼻のような部分が特徴的で、腕部は砲となっているのでアッガイ達よりも細い。装甲も強化されているのだが、これで重量が増加し、実はジオン軍水泳部の中でも泳ぎが得意とは言えないなかなかにレアな子である。
アッグガイはかなりアッガイに似ている。体型はほぼ同じ。武装が頭部のバルカン砲二門と腕部にヒートロッドが各二つずつと、格闘戦に特化した機体である。実はこのヒートロッド、ズゴックのアイアンネイルと換装出来たりして、微妙に使い分けが出来るのだ。ジオン軍のザクレロと同じく、センサーアレイを集めた複眼型カメラが特徴的。昆虫みたいである。ちなみにアッグガイのヒートロッドはズゴックも換装出来るらしいのだが、装備している所は見た事が無い。
この二機。性格はジュアッグがのんびり。アッグガイが真面目である。しかしながらやはり兄弟のようなものなのだろうか、相性は良い。
◇◆◇◆◇◆
「撃つべさ撃つべさ! ガンガン撃つべさ!」
「……」
川神学園本陣近くの海面に、その二機は居た。一見すると海面に浮いているようにも見えるロボット。しかしよく見ると下から別のロボットが持ち上げているのが分かる。
持ち上げられているロボットはゴッグ(GOGG)。型番はMSM-03。アッガイよりは人に近い体型ではあるが、やはり装甲が強化されているせいか、非常に厚みのあるパワフルな印象を持たせる。実際、原作ではガンダムのガンダムハンマーを受け止めた事もある。さすがゴッグだ、なんともないぜ。水陸両用MSとして初めて量産された機体。更にジオン軍MSの量産機で初めてメガ粒子砲を装備した機体でもある。腹部に二門のメガ粒子砲、同じく腹部にミサイル発射管。腕部には人間の手のようなアイアンネイル。フリージーヤードという機雷や爆雷を無効化する装備も持っている。
そんなゴッグを下から持ち上げているのはゾック(ZOCK)。型番はMSM-10。かなり珍しい前後対称の体を持つ大型の機体である。これには理由があり、それを説明するにはゾックの性能を知らなければならない。ゾックの武装は両肩に四門、体の前後と合わせて計八門のメガ粒子砲が装備されている。頭頂部にはフォノンメーザー砲が一門(実際はメガ粒子砲らしい)。腕にはクロー。これらを全て運用する為にゾック開発当時としては異常とも言える大出力のジェネレーターが搭載されている。だがこれらの装備によって機体は大型になり重量は大幅に増加した。結果、脚部は歩行能力そのものを無くし、熱核ジェットエンジンによってホバーで移動する。これが前後対称の体に繋がるのだ。前後対称、武装も対称に装備されているゾックは、機動性の高い敵に対応する為にこのような形になったのである。ただし、水中に関しては尖った頭頂部やクチバシのようなフェアリングが高い整流性能を発揮し、航行能力は高い。
「いんやぁ、オラ魚雷しか撃てないもんだと思ってたんべが、ちゃんとミサイルも撃てんだなぁ」
「……そろそろ相手も来る頃だ」
ゴッグのミサイル発射管は魚雷用という話もあるが、アッガイの柔軟な考えでそんな事は無問題である。撃てるような部分があれば撃てるようにする、それがアッガイクォリティ。
と、ゾックの予想通り、川神陣営の弓部隊生徒達がゴッグ達を見付ける。
「お、おい何かアッガイじゃなくねぇか?」
「水面に浮いてる……? いや下に別のも……!?」
「とにかく射撃をしてあのミサイルを止めるんだ!」
生徒達は必死に弓矢をゴッグ達に放つが、距離と彼らの堅牢な装甲によってほとんど無意味である。ゴッグは射撃を継続しつつ、この後の行動をゾックに尋ねた。
「見付かったらどうすんだべ?」
「……好きに暴れていいと言っていた。覚えていないのか」
「いやぁ、ド忘れってやつだべ」
「……お前を持ち上げているのも飽きた。正面から叩き潰す」
「おぉ、それも良いべな!」
瞬間。凄まじい水飛沫と共にゴッグとゾックは飛翔した。ゾックがゴッグを乗せたままで飛んだのである。ゾックのジャンプ力は元々の状態でザクの数倍と言われており、今回はアッガイの力で更に能力が上昇しているのだ。
ドスンと重い音と威圧的な振動を響かせ、ゴッグとゾックは川神学園の生徒達と着地した。生徒達はアッガイだと決め付けていたせいもあって、非常に混乱している。だがゴッグ達はそんな状態なんて関係ない。
「そぉいやっさー!!」
「うわぁ!」
ゴッグは一番近くに居た男子生徒を力任せに腕を振るって吹き飛ばした。吹き飛んだ生徒は工場の中へとゴロゴロと転がっていく。
この一撃によって川神学園生徒は戦闘意思を取り戻し、次々と雄叫びを上げながらゴッグとゾックに突撃する。弓部隊ではあったのだろうが、ちゃんと木刀やレプリカの近接武器を持ってきていたようで、それぞれが力強く武器を振り下ろす。
しかしゴッグは振り下ろされた武器を楽々受け止め、そのまま掴んで先程の生徒同様に適当に放り投げた。ゾックに至っては防御すらせずに好きなように打ち込ませている。彼の堅牢な装甲は生半可な攻撃ではビクともしないのだ。
「……ただの子供が我らに削り合いを挑むか」
瞬間、ゾックから光が放たれた。ゾックが防御しないのをいい事に延々と武器を振るっていた生徒達が一斉に吹き飛ばされ、今はもう気絶している。服からは煙のようなものが立ち上っていた。
(……一人逃げたか。我らの事を本陣に伝えるのだろう。だがそれでいい。面白味が足りんのだ)
生徒が一人、逃げていくのをゾックは見ていた。だが敢えて見逃す。全てはこの時間を有意義なものとする為に。
◇◆◇◆◇◆
同じ頃、ジュアッグ達の所にも天神館の生徒が押し寄せてきていた。天神館生徒は副将である島を隊長に、本陣への射撃を妨害する遠距離部隊、そしてジュアッグ達に突撃する近接部隊に分かれている。
遠距離からの弓がジュアッグを狙うが、飛んできた弓矢は悉くアッグガイがヒートロッドで叩き落していた。しかしその間にも島達はジュアッグ達が居る上へと進んでおり、遂に到達する。
「見付けた! 覚悟!」
「待て! 無闇に近付くな!」
「えいっ!」
ジュアッグ達を見付けて血気盛んに攻撃を仕掛けた天神館生徒。島は迂闊な攻撃をしないように警告するが遅かった。アッグガイのヒートロッドの方が早く生徒に当たり、吹き飛ばされる。吹き飛ばされた生徒を島がなんとか受け止め、そのまま後ろへと下がらせた。
「アッガイ……ではない? それにもう一人だと?」
「こんにちは! 僕はアッグガイです!」
「ジュアッグだよー」
「違うロボットがいたのか!?」
自分達が知らなかった存在に島は驚愕し、また焦った。ここにはアッガイではないロボットが二機もいる。他に何機居るのかも分からない上に血風連なる者達もこの戦場には居るのだ。迂闊に部隊を進軍させる事は危険だったかもしれない。すぐに島は伝令として本陣へと生徒を向かわせる。そして自分は何としても目の前のロボットを仕留めると決めた。
「天神館、西方十勇士が一人、島右近。いざ尋常に……」
「ていっ!」
「ぬおぁ!?」
「ちょいなっ!」
「こ、口上を言う前に!」
「兄さんが言ってたんだ! 『戦場では礼儀作法よりも相手をボコボコにする事を考えなさい』って!」
「な、なんて礼儀知らずな!?」
島が喋っている間にアッグガイはヒートロッドで攻撃を仕掛ける。尊敬するアッガイから教えられた事を実践しているだけで、礼儀知らずはアッガイだ。しかし戦場では弱肉強食というのにも一理ある。島も最早口上如きどうでもよくなったのか、槍を構えて目の前のアッグガイを警戒し、完全な戦闘態勢へと移行した。
◇◆◇◆◇◆
「皆、上手くやってくれてるみたいだねー」
「で、俺達はどうするんだ?」
「僕とズゴック、そして血風連は中央だよ。おそらく本陣に開幕直後に奇襲を士掛けても、どっちも部隊は進めてくるだろうからね」
「どうしてそんな事が分かるんだ? 戦力を集中して攻撃した奴を潰しに来るかもしれないんじゃないか?」
「それはね、彼らは攻撃してきたのが僕だと思っているんだよ。僕が攻撃してきたという事は、相手は攻撃を受けていない、または血風連が行っている、もしくは攻撃されていないと思ってる筈なのさ」
ズゴックの疑問を受けたアッガイは説明した。
前提としてアッガイの勢力はアッガイと血風連だけだと両陣営が思い込んでいる事にある。わざわざ目立つように血風連を見せたのはこう思わせる為の手段だ。血風連は見ただけでは棒が武器のように見える。実際その通りではあるのだが、そうなるとミサイルなどの武器はアッガイしか使ってこないだろうと予想するだろう。結果、攻撃しているのはアッガイである、と思わせる事が出来るのだ。
そうなると、逆に相手には近接戦闘の血風連が向かっている可能性もある。だが全ての部隊をたかだか16人で完全に押さえ込む事など不可能だ。本陣を目指して突撃してくる部隊は必ず出てくる。アッガイ、そして敵側の部隊。これらが自分達の本陣に来るのは絶対に避けたい所だろう。故に本陣には最低限の人数を割いて、後は進軍させる。進軍させて敵の勢力を削ぎ、また、本陣へ向かう部隊を足止めするのだ。こうすれば本陣に二つの勢力が来るのを防ぐ事が出来る。
「そして僕達は中央に進軍してきて戦う両陣営の様子を見て、疲労した所で倒してやるのさ! まさに漁夫の利!」
「なるほどな。しかし中央が終わったら次は?」
「ゴッグ達かジュアッグ達と連絡とって、苦戦している方に合流して一気にどっちかの陣営を潰すよ!」
アッガイはアイアンネイルを握って『潰す』という言葉を強調する。心なしかアッガイのモノアイの奥に炎が見えたような気がズゴックにはした。
川神学園。開幕奇襲により若干の混乱あり。奇襲への対応部隊と作戦通りの進軍部隊を作り、工場地帯中央方面に進軍中。
天神館。開幕奇襲の対応に副将の島が出撃。他部隊は一部を除いて工場地帯中央に進軍中。
アッガイ勢力。川神学園及び天神館本陣への開幕奇襲に成功。一部部隊を誘引する事に成功。今後は中央にて漁夫の利を狙う。