真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

14 / 18
【第14話】 僕がいるかぎり負けはしない!

「ガッデム! ガァッデーム!!」

 

 

 アッガイは吼えていた。体の奥底から湧き上がる怒りに身を任せ、大空へと咆哮する。何故、川神温和ランキングでも上位に入るであろうアッガイがこのように怒っているのか。それは風間ファミリーが原因である。

 この時、既に5月のゴールデンウィークに入っていたのだが、風間ファミリーが旅行に行っていて居なかったのだ。別にアッガイは居なかった事に怒っている訳ではない。自分に黙って旅行に行った事が許せないだけである。温泉、卓球、コーヒー牛乳、いちご牛乳、浴衣、想像すればアレもやってみたいコレもやってみたいが一杯だ。しかしである。アッガイは最早それを実現する事など出来ない。何故ならハブられたから。除外されたから。居ない事にされたから。

 

 

「この温泉宿に泊まりに来て貰いたいランキング第一位(自称)のアッガイを温泉旅行に連れて行かないとは!!」

 

 

 まさかのアッガイ省略で温泉旅行。風間ファミリーとはそこそこ付き合い長く、高度な信頼関係も築けていたと思ったのにこの仕打ちである。まさかの連絡無し、いや、九鬼にはアッガイ宛の電話が来ていたらしいが。いやしかし、何故アッガイの持つ携帯電話にかけて来なかったのか。ちょっと前にジオン軍水泳部の血が滾って突然、川に飛び込んで携帯電話を壊してしまっていたとしても、それは理解出来ない。

 

 つまり風間ファミリーにこそ責められて然るべき理由があるのである。あるったらある。無くても有る。この考えこそがアッガイクォリティ。

 

 

「畜生! 不貞寝だ不貞寝!」

 

 

 そのままアッガイは川原近くの草原で昼寝をし始める。草の独特な香りと川のせせらぎ。程よい強さで吹き抜ける風は抜群に昼寝環境を整えてくれる。アッガイは数分で眠りの中へと落ちていった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「…………ぅうん」

 

「起きたらタッちゃんに抱きつかれていたでござるの巻」

 

 

 日は既に大きく傾き、空は綺麗な夕焼けに染まっていた。少々風が冷たくなってきたのを察知して、華麗に起き上がろうとしたアッガイだったのだが、いつからなのか、板垣辰子が抱きついていたのだ。彼女は温和な性格なので、無理に起こしても怒る事は無いだろうがなかなかに力強く、そして起き難い。しかも綺麗にアッガイの両腕を固定するかのように抱きついている為、アッガイは声で起こすしかない。

 

 

「タッちゃーん、起きてー。早く起きないと何故か陸遜になっちゃうかもよー」

 

「んー…………」

 

「三国志の英雄になってもいいのか! 僕が居る限り負けはしない! ってか! まずいちょっと今の格好良かった。僕の台詞としておきたい!!」

 

「んー、うるさいよぅ……」

 

「このアッガイの声をうるさいとはどういう事ですか!! タッちゃんいい加減に起きなさいよ! じゃないとまた顔面にモノアイフラッシュ!!」

 

「うぅん、眩しいよ~」

 

「僕のモノアイフラッシュは奇面フラッシュを参考にしています」

 

 

 アッガイのモノアイから放たれた強烈な光が寝ぼけていた辰子の顔に直撃し、辰子は顔を顰めながらアッガイを解放した。まだ強烈な光の影響が残っているのか、上半身を起こしてあぐらをかき、目をゴシゴシと擦っている。アッガイはやっと解放され、大きく背伸びをして立ち上がった。

 

 

「タッちゃんいつから僕に抱きついていたのさ」

 

「ん~。まだ明るかった頃からー」

 

「判断付かない答えだなオイ。昼間としか言いようがないじゃない」

 

「ごめんねー。アッガイは抱き心地が凄く良くてー」

 

「まぁ抱きたい(枕)ランキング第一位のアッガイですから。それはしょうがない。うん、しょうがない」

 

 

 なんやかんやで褒められると弱いアッガイである。常日頃からきちんと『僕は褒められて伸びるタイプだから!』と説明しているのにほぼ誰も褒めてなんてくれない。故に褒められると大抵許しちゃう。松風曰く『チョロい、アッガイ先輩マジチョロい』である。ちなみによく褒めてくれるのは由紀江と紋白と義経と辰子だ。他は回数的に少ない。故に挙げられた4人は現在アッガイの友好度が赤丸急上昇中である。結構前からの付き合いの人も二人いるのはご愛嬌だ。

 

 

「しかし寝てる時に抱きつかれるとは、最初の出会いを思い出すねー」

 

「そうだねー。でもあの時はちゃんと調べてから抱きついたんだよー」

 

「調べた!? 僕調べられてたの!? タッちゃんに!?」

 

「そうだよー。だって見た事ない物体だったしー。こう、落ちてた枝で突いてみたり」

 

「やめて! なんかこう汚物やらを突くような感じでやるのはやめて!」

 

 

 アッガイと辰子の出会いも、場所こそ違うが河川近くの草原だった。同じように不貞寝していたアッガイに、いつの間にか抱きついて寝ていたのが辰子である。遂に見知らぬ女性にまで魅了するようになったか、と自分の罪深さを嘆いたアッガイだが予想以上に彼女の腕の力が強く、一瞬で『コイツ……! 武士娘じゃねぇか……!?』と辰子の本質を見抜いた。アッガイの中で武士娘認定されるのは血筋とかそういうのではなく、ただ単に武力の強さが一定以上の女子である。

 

 

「でも私がアッガイに出会ってなかったら天ちゃんに酷い事されてたよー?」

 

「まぁそれはあるけれども!」

 

 

 時は暫く前へと移動する。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ヒャッハー! これで8人抜きだぜー!!」

 

「くっそぅ、なんだよあの子、強すぎじゃねぇか?」

 

 

 川神市のとあるゲームセンター。このゲーセンの対戦型格闘ゲームの設置場所には数人がゲーム画面を注視していた。悔しそうに台から立ち上がる男性とは逆に、反対の台に居る女の子は非常に楽しそうにしている。少女はこの格闘ゲームで既に8人もの対戦相手に勝利しているのだ。その強さに対戦した相手は肩を落として台を離れ、再戦を願う者は他の人の対戦を見て研究している。結果、その格闘ゲーム台の付近だけ、少し人が集まっていたのだ。

 

 

「なにやら盛り上がっているようではあっーりませんか」

 

「! ひ、一つ目だ! 一つ目が来たぞ!」

 

 

 そんな中、とある人物がこの場に姿を現した。ゲーセンの常連なのか、その人物は【一つ目】と呼ばれている。気付いた物見の客は、その人物が台に行けるように次々と避け、一つ目と呼ばれた人物が台へと着席した。

 ドスンと少々乱暴に、しかしどこかどっしりと貫禄を滲ませた一つ目は迷い無く少女に戦いを挑む。少女の方はというと、特に相手を気にするようすもなく、誰が相手でも勝つ自信があった。

 

 

「誰が相手だろーが関係ないっての。またフルボッコだぜー!」

 

「僕に出会った不運を呪うがいい……」

 

 

 そこからはまさに名勝負といえる戦闘が続いたのだ。相手を誘い、攻撃を仕掛けさせ、ジャストガードを駆使しつつカウンター。相手の考えを先読みし、カウンターからコンボを繋げ、ゲージ技の使用を瞬時に判断しつつダメージを確実に蓄積させる。距離を詰め、プレッシャーをかけ、思考させない。

 攻防は激しく、鋭く、しかし確実に進んだ。そして勝利したのは――

 

 

「嘘だろーーーーーーーーーー!?」

 

「ふっ、勢いはあったがまだ若いのだよ……」

 

 

――【一つ目】と呼ばれる人物だった。

 戦い方は非常に多彩で何かの拍子にリズムが簡単に変わる、そんな戦い方をする人物。これまで連勝を続けた少女すらも退けた。周囲からは尊敬と驚きの拍手が鳴り響いており、場は異常な盛り上がりを見せている。

 そんな雰囲気が気に入らないのは負けた少女だ。気持ちよく勝利を重ねてきたのに、一気に気分が悪くなった。しかしこればかりはどうにもならない。せめて次に会った時にはリベンジしようと、少女は反対の台に座る勝者の顔を見ようと立ち上がって横から覗く。

 

 

「はぁ!? なんだお前!?」

 

「チミを負かした、絶対勝者、アッガイですがなにか」

 

 

 少女を負かした相手は変なロボットだった。顔はモノアイがあって一つ目。もうそれで分かる特徴的な顔である。しかしなんだか少女は認めたくなかった。目の前に居る変なロボットに負けた事が。だってあんまりではないか、そんな心情が少女にはあった。何かあるじゃないか、もっと別の選択肢が。なんでよりにもよってこの変なロボットが勝者なのか。なんとなく負けた事が恥ずかしくてしょうがないように少女は感じたのだ。

 

 

「こんなのに負けたのかよ……」

 

「人を見た目で判断するとは未熟。まだまだだね」

 

「あぁん!?」

 

「君はブラックホール城を知っているかね?」

 

「ブ、ブラックホール城……?」

 

「そう、他にも不吉の数字四十八。闇の大奥。歴史のほんの一欠片達さ」

 

「訳分かんねぇよ! うちはそんなの知らないっての!」

 

「多くのゲームを体験し、絶望し、打ち砕かれた。しかしそれでもゲームを求め続ける。それが先駆者であり、探求者なのだよ。君が挑んだ壁はあまりにも大きかったんだ」

 

 

 そう言うと、アッガイは颯爽と台から去る。来た時と同じように周囲は避けて道が出来上がった。入り口からは光が差し込み、新たな旅立ちを祝福しているかのようだ。アッガイはそのまま外の、いや新たなる世界の輝きに包まれた。

 物凄い睨み、そして視線をアッガイに向ける少女を残して。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 九鬼ビルへの帰り道。アッガイはショートカットする為に少々、細い路地裏を歩いていた。するとその後ろからアッガイに声が掛かる。

 

 

「おいちょっと待てよ」

 

「ん? チミはいつかの敗北者ではないか」

 

「敗北者とか言ってんじゃねぇ! お前、ゲームの歴史がどうこう言ってたよな」

 

「言ったっけ?」

 

「言っただろうが! なんで自分の言葉を忘れんだよ!?」

 

「ほら、僕って瞬間その時を生きてるからさ。……分かるだろ?」

 

「何がだよ!? もういい! うちはうちの目的を果たさせてもらうぜ」

 

「切れやすい若者だなー」

 

 

 アッガイの話に着いて来れなかったのか、少女は明らかに怒った状態で話を切り上げる。そして少女が背から取り出したのはゴルフクラブ。少女が軽く振ると、ブンブンと空気を裂く音が聞こえてくる。

 

 

「なんと! 実はゴルファーだったのか! プロテストに落ちて自棄になっているの?」

 

「ちげーよ!! これはうちの武器だっつーの」

 

「ゴルフクラブが武器って、自分で言ってて悲しくならない?」

 

「ウッセー! うちはこれが一番慣れてるんだよ!」

 

 

 完全にペースをアッガイに乱された少女は、頭をブンブンと横に勢い良く振る。特徴的なツインテールも一緒に振り乱す事となり、動き自体が大きく見えた。それにより少女はアッガイに『あれ、なんか怒ってる?』と正しい認識を飢え付ける事に意図せず成功した。だがまだ怖がられる程ではなく、アッガイには余裕が残る。

 

 

「うちは板垣……天だ! 痛い思いしたくなけりゃ、うちに付き合ってもらうぜ!」

 

「え、いや、まずはお友達から……ぽっ」

 

「ふざけんなバカ! そういう意味じゃないっつーの!! マジ打ん殴ってやる!」

 

「あーん! ナイスショット!!」

 

 

 ナイスショットな音がアッガイの頭部から響き渡る。痛みは感じなかったが、意識はOBになった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイが気を取り戻した時、目に入ってきたのは一般的な家の中、といった空間だった。しかしながら年季が入っているのがアッガイでも分かるレベルである。壁は汚れて少々痛んでおり、柱なども長い年月の経過を教えてくれた。

 アッガイは体を動かそうとしたが、腕を体に縄でグルグル巻きにされている。更に縄は柱に括り付けられており、拘束されていた。

 ふと、視線を移すと古いアナログテレビで、これまたアナログゲームをしているツインテールの少女が目に入る。アッガイの視線に気付いたのか、少女が気付く。

 

 

「いつかこういう時が来るとは思っていた……!! 僕の可愛さに我慢できずに拉致監禁しようとする輩が出てくる事を!!」

 

「おっ、ここに殴り甲斐のある物体が」

 

「すみませんでしたツインテ様」

 

「髪型を名前にしてんじゃねー! うちにはえん……天って名前があんだよ!」

 

「? 今なんか違うの言わなかった?」

 

「ち、ちがくねーよ!」

 

 

 明らかに慌てている少女。名前は天というらしいが、なんだか疑念を持ち始めたアッガイである。

 

 

「それよりも! お前はうちがお前よりも強くなるまで居てもらうぜ!」

 

「ムリポ」

 

「ああん!?」

 

「チミは体ちっさいのに迫力だけはあるよね。僕は排泄行為はしないけど口から何か逆流しそうだよ」

 

「絶対吐くなよ!! そんな事して床汚したらアミ姉達にうちが怒られる!」

 

「ダイジョーブダイジョーブ、アッガイ、シゼン、ヤサシイ、ヘルシーリバースヨ」

 

「なんでカタコトになってんだよ!? やめろよ、マジで!!」

 

 

 アッガイの言葉に本気で慌て始める天という少女。正直言えばアッガイはこんな状況いくらでもどうにかできるのだが、なんだか目の前の少女が面白くなってきたので遊んでみる事にした。

 実は自分でも逆流で何が出てくるのか分からないので、一回やってみたいとか思ったのはアッガイだけの秘密である。

 

 

「チミさ。実は名前違うでしょ」

 

「は、はぁ!? 意味わかんねー!」

 

「うっ、吐きそうだ。どこかで吐き気を催す邪悪が出現した気がする……うっぷ」

 

「うわあぁぁぁ!? やめろ! 吐くな!」

 

「では吐き気共々スッキリさせる為にチミの真実を教えたまえ。そうすればスッキリして吐き気も治る筈さ」

 

「真実なんてねーよ!」

 

「うっ……おろぉぉお」

 

「わぁぁぁぁぁ!? 分かったよ! うちは、その………………えんじぇる」

 

「はい?」

 

「だぁぁぁぁああああ!! うちは天使って書いて『えんじぇる』って名前なんだよ!! クッソ、マジ最悪だ!!」

 

 

 少女、もとい天使は頭をガシガシと掻きながら地団太を踏む。それを見ながらアッガイは驚愕していた。『名前すらもキャラ付けに利用するとは、恐ろしい子!』と思ったのだ。だがまぁよく考えれば親がちょっとアレだったんだろうなぁと思い直す。キラキラしたネームを付ける親というのは本当に子を思っているのだろうかとかちょっと本気で脳内議論しそうになるアッガイである。

 

 

「まぁアレだ。チミも大変だったんだね」

 

「いきなり同情してんじゃねー! ぶっ壊すぞコラ!」

 

「うん、まぁ、そうだね。僕でよければ話に付き合うよ」

 

「クッソー! なんでうちがこんなのに同情されなきゃいけないんだよ!!」

 

 

 それから天使を落ち着かせたアッガイは、とりあえず少女を『天さん』と呼ぶ事にした。ついでに気功砲とか教えようかなとか思ったが、そういやアレは禁断の技扱いだったとか思い出したので止める。

 とりあえず、アッガイは何故自分を誘拐したのかを聞いてみたのだが、天使としては前回、ゲーセンでの敗北時のアッガイの言葉がどうしても納得できなかったらしい。つまりはゲームの歴史を知る=ゲームが強くなる的な発言を、自分を小馬鹿にする為の方言だと思ったのだ。ならばそれはそれで確かめてみる為にアッガイを自宅に連れて来た、という事である。

 つまり、アッガイからゲームの話を聞いて、強くならなければボコボコにしてやろう、という考えである。強くなったらなったで見返す事が出来るだろう。アッガイの言葉が嘘だったとしても、ボコボコにされるのが嫌ならわざと負けるだろうし、どっちにしても天使の気は晴れるという事だ。

 

 

「意外と考えてるんだね天さん」

 

「はん、うちだって策の一つ位考え出せるっての」

 

「よし、それじゃあチミの思惑通り、とりあえず僕の話を聞いてもらおうか」

 

「聞いた後で強くなってなけりゃボコボコにしてやっかんな!」

 

 

 そもそもゲームの歴史を知った程度で格闘ゲームが強くなる筈などない。天使にとっては自分に都合よく事が動けばいい、それだけなのだ。

 しかしアッガイに歴史を語らせるという決断をしてしまったのは完全に天使のミスであった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「つまりだよ、このプログラミングの違いが最初で最後の分かれ道と思われた訳さ。ソフト会社に――」

 

「だあぁぁぁ!! もういい、訳わかんねぇ!!」

 

「まだ! もうちょっとでいい所に入るから! 先っぽだけ入ればあとは楽だから!!」

 

「変な言い方すんな!! もういいよ! お前帰れよ!」

 

「なんでさー、ここから如何にゲームの媒体や流行の変化が訪れるのかが楽しいんだよ!? こっから一気に激動の時代に突入するんだよ! 据え置きや携帯、果てはネットゲーム! そして会社の統合とコラボ!」

 

「こいつメンドクセー!!」

 

 

 アッガイのコアな話に天使はついて行けなくなっていた。最初の頃は興味津々だったのだが、最近のゲームの話になると明らかにアッガイの自論が織り交ぜ始め、更にゲームの内容などではなく、プログラミングの話にまでいってしまったのだ。これには天使がついて行ける道理もなく、全く面白い話ではなくなってしまった。最早、今では苦痛を感じるレベルである。

 天使もこのような事態になって初めて思った。『関わんなきゃ良かった』と。

 

 

「最近のダウンロードコンテンツにうんざりなのは僕も同じだよ! でも頑張って僕の話を聞こうよ!」

 

「もういいっての!!」

 

「ん~? 誰か来てるの?」

 

「あ、タツ姉! 良い所に!」

 

「あれ、タッちゃん?」

 

「あー、アッガイだー」

 

「え!? タツ姉、コイツと知り合いなの!?」

 

 

入ってきたのは天使よりも先にアッガイと知己になっていた板垣辰子であった。天使としてはとんだ災難続きであり、アッガイをどうにかしてもらおうと思っていたのだが、今はアッガイと辰子が知り合いという事に心底驚いている。

 

 結局、アッガイの話を聞きつつ辰子がアッガイを抱き枕にしてしまった為、運良く天使はその場から逃げ出す事が出来た。本来逃げ出すべきアッガイが逃げ出さず、自分の家から逃げる羽目になってしまった天使は滑稽と言えるだろう。これをそのまま後日、アッガイが言ったらまたナイスショットされた訳だが。

 結局その後、亜巳とも知り合いである事が判明し、そのまま板垣姉妹とアッガイの交流が始まった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 時は現在に戻る。どうせ風間ファミリーは温泉旅行で居ないし、暇だったアッガイは板垣家に暫くお世話になった。九鬼では義経が寂しがっていたらしいが、今は武士道プラン実行前で外出そのものも制限されている英雄組と一緒では、アッガイも行動範囲が制限されてしまう。アッガイとしてはとても心苦しいものがあったが、何よりも自分最優先なので、泣く泣く厳しい判断をせざるを得なかったのである。自販機で欲しい飲み物が無かったから横の違うのをしょうがなく買った時と同じ程に。

 そんな感じで数日過ごし、そろそろ風間ファミリーも帰ってきている頃だろうと島津寮に向かうアッガイ。なんやかんやで竜兵とのお喋りも面白くて予想よりも長居してしまった。竜兵の自分なりの好みやらを熱心に話す姿にはある意味、勉強になったのだ。全く知らない未知の性質を持った人間との会話はとても有意義である。大体、九割九分は要らない知識として捨てたけども。

 

 

 と、アッガイが島津寮に到着すると、玄関からアッガイの知らない女性が出てきた。赤い長髪で片目に眼帯をしている。服は軍服でなかなかにスタイルが良い。しかしながら目つきは鋭く、どことなく百代と同じ性質を匂わせた。即ち【戦闘大好き民族】である。『お前強い? ファイトッ!!』な感じで戦闘を開始するあの迷惑民族だ。アッガイもあの民族には度々襲撃されて困っている。

 そんな感じで女性を見ていたアッガイだが、何故か女性はトンファーを取り出して構えた。これにはさすがのアッガイも吃驚仰天。あの百代ですら話しかけてから攻撃してきたというのに、目の前の戦闘民族は言葉すら交わさないで攻撃態勢に入ったのだ。『俺達には最早言葉すら必要ない。拳で語ろうではないか』とでも言うのだろうか。

 

 

「だいたいアンタはトンファー持ってるじゃない! 何が拳で語り合おうだ! こんなの詐欺だよ、こんなの絶対おかしいよ!」

 

「……突然意味不明な事を話し出すというのは本当だったようですね。ともあれ、お嬢様の学園内での行動報告係として、実力を試させてもらいます」

 

 

 そういうと赤髪の女性は凄まじい速さでアッガイに接近。左右からトンファーによるコンビネーション攻撃を仕掛けてくる。その速度からしてかなりの攻撃力があるのは確実だろう。常人であれば相当なダメージが入る。しかし、彼女が相手にしているのはあらゆる意味で予想GUYなACGUYだ。

 

 

「あーん! 世界よ、これがアッガイだ!」

 

「! なにっ!?」

 

 

 強烈なトンファーによる左右攻撃を受けて無傷。意識が途切れる事すらない。少々後退した程度である。女性はトンファーから確実に相手を捉えた感触が伝わっていた。しかし振りぬいた腕の感覚や、音、これまで戦場で培ってきた自身の経験が全く通用しない。

 女性はアッガイを睨みつけながらも構えを解いてトンファーを下ろす。それを見てアッガイも安心して女性に近付いた。実は内心『これもう逃げようかな』とか考えていたのは絶対に言わない。

 

 

「中将がお嬢様を任されたのも理解出来ました。私はマルギッテ・エーデルバッハ。クリスお嬢様の護衛と知りなさい」

 

「色々突っ込みたい所だけどもう面倒だから僕帰るねサヨウナラ」

 

「待ちなさい」

 

「護衛しろよ! おぜうさま護衛しろよ!! アッガイをHA☆NA☆SE! 僕は戦闘民族とは極力交流しない事にして生きていくんだ! もう僕のライフを0にしないで!!」

 

「うるさいですね、武力的に黙らせてあげましょうか?」

 

 

 アッガイは思った。なんか武力とか言葉遣いを変化させただけの亜種百代じゃないこの人、と。

 そのまま静かにしてればどうにかなるかな、とアッガイは無気力な感じでマルギッテに連れて行かれた。片腕を強制的に持たれ、ズルズルと引き摺られていったのだ。そのまま島津寮に入りクリスと合流。リビングにてお喋りが始まる。

 

 

「アッガイ、マルさんはな。ずっと私と一緒だったんだぞ! だから凄く仲良しなんだ」

 

「マルさん? それはこちらの戦闘民族の方の事でよろしいので?」

 

「面倒な言い方をしないように」

 

「いいんだマルさん。アッガイはこれが普通なんだ。だから出来る限りアッガイはアッガイらしくしていて欲しい」

 

「お嬢様……! 日本に向かわれた時には心配でしょうがありませんでしたが、とても、とても立派になられて……」

 

「マルさん……!」

 

「ぶっちゃけ僕いらなくね?」

 

「黙っていなさい」

 

 

 物凄い形相で黙れと言われたのでアッガイは素直にお茶を飲む事にした。持った湯呑がカタカタと震えていたのはきっと幻覚だろう。

 

 

「しかし九鬼のロボットにお嬢様の学内行動を見守らせている、と中将から聞いた時には半信半疑でした」

 

「私も初めて聞いたぞ。父様がそんな事をアッガイに頼んでいたなんて」

 

「別に特別な事じゃないさ。他の生徒同様に見守っているだけの事。見守り活動暦約十年のアッガイには簡単な事でございます」

 

 

 ちょっとクラウディオを真似してみたアッガイだったが、よく考えたらクラウディオを知っている人が居なかった。そのまま何の反応もないし、何も言われないから自分自身でスルーする。これぞセルフスルーだ。

 

 

「まぁこれからは私がお嬢様をより近くで護衛する事になりますし、安心すると良いでしょう」

 

「? え、どゆこと?」

 

「マルさんはな、川神学園に転入する事になったんだ! これで学校でもマルさんと一緒だ!」

 

「お、お嬢様、そこまで喜んで下さるとは……!」

 

「いや、どう考えても年齢――」

 

「不要な言動は貴方に恐怖を教えると知りなさい」

 

「ハッ、そんな言葉でこのアッガイが怯えるとでも思っているのか凄くいい雰囲気みたいなので僕は帰りますね二人とも仲良く~」

 

 

 そしてそのままアッガイは帰宅。恐怖に震えるアッガイをグランゾンが慰めていた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神市のどこかにある暗い空間。そこでは老人達が会していた。

 

 

「もうすぐ武士道プランの実行だよ。抜かりはないだろうね?」

 

「事前に行われた掃討で、川神市の裏社会に属する人間達は一掃された」

 

「こちらで確認した限りでは現時点で悪影響を及ぼすであろう可能性のある人間は居なくなっています。情報に関しても完全に遮断出来ているので漏洩の心配もありません」

 

「そんなのは当たり前だよ。事前に出来る事をアンタ達が失敗している筈がないだろう」

 

「ではなんだと言う」

 

「予想外、ってのはどこでもいつでもあるもんだよ。アッガイのようにね」

 

「…………」

 

「……もしもの時、アッガイはどうするのですか?」

 

「どうするもこうするもないよ。あれが素直にこっちの言う事を聞くとは思えないし、【本当の計画】の実行時には金でも与えてどこかに旅行にでも行ってもらうのが最良じゃないかねぇ」

 

「そもそも計画に関われないようにするという事か」

 

「あれは爆弾みたいなもんさ。いつどこで爆発するのかも分からない。爆発の威力も範囲もどの程度なのか予想が出来ない。だったら爆発しても関係ない程に遠くに置いちまえばいいのさ」

 

 

 闇というのはどこにでも存在する。光さえあれば必ず闇は生まれるのだ。それが例え光の中であっても。輝かしい光の中で確実に闇が蠢いていても、同じく光の中に居る人間も、それを外から見ている人間にも分からない。

 

 そう、闇は見えない。見えないのだ。

 

 闇からも。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告