真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第13話】 我を阻むものなし

 川神市には親から子供に口酸っぱく言われている事がある。それは『親不孝通りには近付かない』だ。いくら武神や川神院という存在があった所で、彼らは警察でもなければ自警団でもない。要請があれば協力はするが、基本的には武を極めんが為に彼らは修行しているだけに過ぎないのだ。

 故に、どこの都市にもあるように後ろめたい者達の居場所が生まれる。川神市でありながら、川神市の表の雰囲気とは全くの別。まるで異世界のような空気の場所。濁った空気で満ちて同じ性質の者達を引き寄せる。

 しかしそんな場所にも引き寄せられた訳でもなく、やってくる存在が居た。時は夕刻。それはビルの間の、いかにも『不良が溜まってるよ!』という場所へとゆっくりと、しかしスキップで向かっていく。そして都合よく見つけた不良らしき男性2名を発見した。どちらも髪を染めており、鼻にピアスをしている。とりあえず口が悪かったら確定しようと心に決め、男性達に話しかける。

 そう、やってきたのは何と予想外にもアッガイだった。ダーティーなイメージとはかけ離れた、あの純真爛漫で人々に愛され、笑うだけで近くの草花が咲き誇る予定のアッガイである。

 

 

「リアルストリートファイターが出来ると聞いて」

 

「ああ? なんだコイツ」

 

「コイツ確か九鬼のロボットじゃねぇか?」

 

「そこの頭の悪そうなのは中々見る目があるな、優しくノックダウンさせてやろう」

 

「うぜぇんだよ、消えろ! ぶっ壊して――」

 

「無慈悲圧骸拳!!」

 

 

 無慈悲圧骸拳。詳しく説明するとアッガイのパンチである。

 この凄まじい拳を受けた不良らしき男性一名はビルの壁へと吹き飛び、衝突。下にあったゴミ溜めへと落下した。面倒なのでこの男を不良Aと呼称しよう。容赦が微塵も無い、殴られなかった方の男、つまり不良Bは即座にそう思う。確かに口は悪かったが、ここまでやる程のものだっただろうか。

 すると、アッガイの視線が残った不良Bに向けられた。アッガイのモノアイを見て、Bは肩を大きく跳ね上がらせる。視線を移せばゴミまみれで気絶している仲間のA。絶対にああはなりたくない、そう思うレベルで汚い状態のA。汚さはアッガイの基準ではZランク(ゾッとする汚さ)である。自分もああなるのだろうか。Bはこの後の自分の運命を必死に予想し、それから離脱する方法を考える。そんなBに、救世主のような存在が現れた。

 

 

「――お前ら何してんだ?」

 

「りゅ、竜兵さん!!」

 

 

 板垣竜平。この親不孝通りでは知らない人間はいないという男である。筋肉質な体をしており戦闘力も高い。好戦的な性格を隠すつもりもなく、眼光はギラギラと輝いている。彼には姉や妹もおり、実は彼女達の方が戦闘力は上だ。しかしそれでもこの親不孝通りの不良達を束ねられるレベルの戦闘力である事は変わりなく、Bにとっては心強い味方であった。何よりもアッガイが倒したAは、まぁそこそこの不良であり、竜兵とは比べるまでもなく弱い。

 しかしこのBはやって来た幸運を自ら手放してしまう。

 

 

「竜兵さん! あのポンコツが、九鬼のロボットがアイツを!」

 

「はぁ? うわ、そっちの汚ねぇな、ってか誰だよコイツ。あとお前」

 

「い、いや会った事あるじゃないですか!? 一昨日だって――」

 

「お前は優しくノックダウンさせてやると言ったな?」

 

「え――」

 

「あれは嘘だ」

 

 

 瞬間。Bの視界は上下反対となりグルグルと回転する。最後に見たのは迫ってくる地面だった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 Bがアッガイの拳によって空中を舞い、気絶し、地面で強制睡眠させられた直後。アッガイと竜兵の戦闘は始まった。喧嘩に明確な開始の合図など無く、そしてルールも無い。無法。故に全てを上手く利用した者が勝者となるのだ。相手を打倒した人間こそが、無法地帯では勝者となる。無論、喧嘩以外でもこの親不孝通りに居る人間達を屈服させる事は出来るだろう。

 しかしこの板垣竜兵、そういった事はあまりしないのだ。そもそも卑怯な手段をもって打倒しても、不良達に慕われる事は無いだろう。しかし彼は慕われている。彼は自分の武力だけでもって、しかも正面から相手を叩き潰してきたのだ。故に負けた相手は素直に彼の言う事を聞く。強者の庇護を得るのだ。しかも竜兵の家族が更に強い事を不良達は知っている。強力な庇護の下、自分達は好き勝手出来る。そう不良達は思っているのだ。それが良いように使われているだけで、庇護なんてものは存在していなくても。

 

 

「オラァ!!」

 

「ぬるり」

 

 

 竜兵は右手で強烈なパンチを繰り出し、それをアッガイはぬるりと回避する。アッガイは完全に竜兵のパンチを見切っており、体を横に最低限移動するだけで避けたのだ。アッガイのモノアイは突き出された竜兵の拳をジーっと見ており、それを見た竜兵は言い様の無い寒気を感じた。竜兵は自分の直感を信じ、拳を戻すと後ろにステップで移動して距離を離す。アッガイはそんな竜兵を挑発するように言葉を投げ掛けた。

 

 

「ちょっと臆病すぎるんじゃない? そういやチミってリュウヘイって名前なんでしょ? どういう字を書くのか分からんけどさ。アレかな、名字は上島とかなのかな? ヤー!! くるりんぱ!!」

 

「……うるせぇぞ鉄屑が!」

 

 

 狂っている。竜兵は確信した。喧嘩をしていると稀に現れるのだ。明らかに常軌を逸した性質の存在が。何を目的としているのかは理解出来ず、しかし相手にすると確実に自らに危険が及ぶ。勝つとか負けるとかそういう話は意味を持たない。そういった奴と目の前の機械は同じだと、自分の直感が警告しているのだ。

 アッガイからすればヒュームに怒られずに暴力を使用する事が出来る場所を見つけて、そこでストレス発散しているに過ぎない。しかも気絶した相手に都合よく刷り込みも行って正に一石二鳥喜びアッガイである。最早良識とか人として大切な事とかは一切気にしない。『正々堂々とかそんなの知らない美味しいの?』状態である。そこには最早邪念は無い。澄み切っているのだ。そもそもアッガイは人間ですら無い。製作者を敬うとか、人間に尽くすとか、とっくに燃えるゴミで出している。

 

 謂わば欲の極致。決して普通では至らない領域にアッガイは足を踏み込んでいるのだ。踏み込んでドタドタと走り回っているのである。それを竜兵は【脅威】だと認識した。相手を打倒する、勝利する、屈服させる。そんな事はどうでもいい。とにかくまともに相手をするだけ無駄なのだ。この手の相手は。

 

 

「ここは俺達の溜まり場なんだよ。余所者がウロチョロすんじゃねぇ!」

 

「じゃあちゃんと土地の所有者である事を証明しなさいよ。私有地の証明してみなさいよ。その歳で『ここは僕達の砂場だぞ!』みたいな事言ってんじゃないよ! 公園は皆のものだろうが! ぐるっと回って僕のものだろうが!!」

 

「うるせぇ!! 訳分かんねぇ事抜かすんじゃねぇ!」

 

「なんで訳分かんないのさ! 僕は最初、レーツェル・ファインシュメッカーって名前の方がよく分からなかったよ!!」

 

(コイツ、話が繋がらねぇ!?)

 

 

 どうにも雰囲気がおかしくなる。竜兵は背中に嫌な汗が吹き出てくるのを感じていた。自分が目の前の機械を打倒する事は可能、そうは思うのだ。しかしそう思った所で即座にそれが無意味である事も分かってしまう。

 竜兵はただ暴力に魅せられただけの男ではない。暴力を使う必要があった環境、そしてそれが生き方になってしまっただけなのだ。しかしだからこそ、勝負そのものの価値を判断する事ができる。勝てば何を得るのか、負ければ何を失うのか。ここは戦うべき機会なのか、戦わざるを得ない機会なのか。勝つか負けるかは大した判断材料にはならない。最初から勝てないと思う相手と喧嘩はしないし、格上の相手に何も得る物無く挑んだりもしないのだ。川神市には武神が居る。あんな化け物レベルの存在に正面から勝てるとは竜兵だって思っていない。

 話を戻そう。竜兵は今、目の前に居るアッガイの【価値】を見定めていた。勝負すれば自分も無傷では居られないだろう。何せ本当は先程の初撃で終わらせるつもりだったのだから。それが失敗し、更には技量差も見せ付けられた。自分の速度は既に見切られている。見切られているのでは攻撃を仕掛けても容易にカウンターを放たれるだろう。そしてそのカウンターの威力も想像がつく。先程の光景、軟弱とは呼べない体型の男を空中へと舞わせる程の力だ。それがカウンターで放たれれば一撃で意識を断ち切られる。

 どうでもいい野良喧嘩だ。しかし負ければ九鬼のロボットに負けたという事実が広がる。そうなれば要らぬ行動を取らなければならなくなるだろう。組織の頂点は舐められれば終わりだ。特に腕っ節で人を纏めている竜兵のような人間は。

 アッガイの実力を本当の意味で知っているのは川神市でも極僅かだ。大抵の人間は見た目や行動でアッガイの事を下に見る傾向がある。しかしそれは大きな間違いだ。ヒュームという九鬼の従者で最も戦闘力の高い人間が、本気では無いとはいえ、放った攻撃で凹み一つ付けられないという防御力。そしてテンションの高さで変わる攻撃力。追い詰められれば極端な程に変貌を遂げ、いわゆる【壁を越えた】実力者となる。

 

 

「…………」

 

「そんな目で見つめるなよ……。興奮はしないけれども」

 

 

 緊張状態は続く。しかしお互いに相手を牽制し続け、動かない。しかし動けば間違いなく決着はつく。それが何を齎すのか。竜兵には分かっていた。勝ったとしても自分に利など無い事を。いや、もしかすると勝っても状況は悪くなるかも知れない。先程、気絶した男は『九鬼のロボット』と言った。つまり目の前に居るのは九鬼の一員なのだろう。倒した事で九鬼に目を付けられる可能性があるのだ。逆にアッガイにとっては、勝とうが負けようが何も変わらない。事態は膠着しているにも関わらず、先は全く違う結末であった。

 

 そしてこの勝負の決着すらも。

 

 

「竜? アンタなにしてんだい」

 

「! アミ姉――」

「あっ、あみっぺだ!」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「つまりアレか。チミは僕が唯一出会っていなかった板垣家のアッーー! なのか」

 

「表現方法はちょっとアレだけど、まぁその通りさ」

 

「ってか、アミ姉達が言ってたのってコイツだったのかよ」

 

「おいアッーー! コイツと呼ぶな。僕は日本が世界に誇るアッガイだぞ!」

 

「俺をそう呼ぶお前が抜かすんじゃねぇ!!」

 

 

 既に戦闘の気配はなく。そして場所も違っていた。アッガイと竜兵、そして亜巳は3人で板垣家に向かって歩いている。既に工場地帯に入っており、そこ彼処から工場独特の煙や臭いが漂ってきていた。

 

 

「大体なんでアミ姉もタツ姉も天も、ちゃんとコイツの事を教えてくれなかったんだよ」

 

「アッーー! アッーー!」

 

「うるせぇっ!!」

 

「ちゃんとも何も言っただろう? 【変な奴】って」

 

「それだけで分かるかよ!」

 

「辰だって【変な子】って言ってたし、天も【変なの】って言ったじゃないか。それで私らは分かったんだから分からないアンタが悪いのさ。文句あるのかい?」

 

「ぐっ……」

 

「やーいやーい、分からないでやんのー。プークスクス」

 

「殺す!!」

 

「いい加減にしな! どっちも打っ叩くよ!!」

 

 

 苛々している竜兵と華麗に挑発するアッガイ。口を開けば喧嘩になりそうな二人に、亜巳も遂に雷を落とした。怒鳴られた二人はお互いに静かになり、黙って亜巳の後ろを着いて行く。そもそも板垣家のヒエラルキーの頂点は亜巳であり、竜兵は逆らう事など出来ない。しかし何故アッガイも彼女の言う事を聞いているのか。それはアッガイと亜巳の出会いにまで遡る事となる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 夜の川神市。そこには昼間とはまた違った喧騒があった。夜の顔と言えるだろう。家路を急ぐ者。酒を呑む者。喧嘩をする者。それはもう混沌とした雰囲気だ。しかし大体の人間は本当に危険な場所へは近付いていない。本能的に避けているのだろうか。だが稀にアルコールのせいか、そんな場所に近付いてしまう者もいる。

 

 とある一人の中年男性が居た。小奇麗なスーツを着ており、体型はお世辞にもスマートとは言い難い。腹は大きく出張っており、頭髪は頭頂部を中心にかなり薄くなっていた。男性は酒を呑んだのだろう、顔を真っ赤にして、顔にはギットリとした脂汗が滲んでいる。千鳥足で何処へとも無くフラフラと歩いていた。

 

 ふと、男性の視界に光が飛び込んでくる。男性は鬱陶しそうに手を翳して目に入ってくる光を遮った。そして改めて回転の悪くなった頭で光の正体を探ろうと、光に近付いていく。その光はビルの間にある小さな空間から発せられていた。見る人が見れば不気味とも思えるその空間に、男性は何も考えず、ただ光の正体を知らんが為に進んでいく。

 光に近付いていくと居たのは頭からスッポリと体を隠すローブを着た存在。その顔から放たれている事が分かった。人間で言えば顔があろうその場所から、何故光が放たれているのか。だが男性はそんな事など気にせず、光が鬱陶しかった事を思い出して、怒気を表しながらズカズカと大股で近付いていく。

 より近付いて見ると、なにやら占いをしているようだ。小さな机と椅子、机の上には透き通った水晶玉が置かれていた。だが男性はとにかく自分の怒りを教えたくて堪らなかったのだ。椅子にドスンと勢いよく腰を下ろすと、自分の話をし始める。

 

 

「俺はなぁ! お前なんかよりずーーっと偉いんらよ! お前そんな俺に光なんか当てやがって、うっぷ! 謝るのが当然らろう!? なぁ!」

 

「…………」

 

「黙ってんじゃれぇよ! もういい! うららえ! そしたら許してやる!」

 

「……では、この水晶玉をよーく見て下さい」

 

 

 占い師は水晶玉を見るように男性に促す。男性は脂ぎった顔を水晶玉に近付けて、言われた通りに見続ける。すると水晶玉の中心が少し輝き始めた。

 

 

「さぁ、この光をよーく見て」

 

「……」

 

 

 男性はこれまで騒いでいたのが嘘のように静かになり、その目は徐々に虚ろになっていく。そんな男性の変化も御構い無しに占い師は言葉を続けた。

 

 

「さぁ、今貴方は水晶の中に何を見ていますか?」

 

「……人、いや、誰だっけ……」

 

「その水晶に映っている者こそが、貴方が人生を懸けて支援すべき人です」

 

「支援……」

 

「そうです。現金、小切手、株券、実物資産。支援するのです」

 

「支援する……」

 

「その者の名はアッガ――」

 

「随分と面倒臭い事してるねぇ」

 

 

 瞬間、水晶玉は振り下ろされた棒の衝撃で砕け散った。男性はすぐに正気を取り戻したが、腰を抜かしたのか、椅子から落ちて無様に這い蹲っている。占い師はあまりの出来事に、ローブを脱ぎ捨てて水晶玉を破壊した人間を見た。

 

 

「ムキーッ! 特製の催眠効果付き水晶玉がー! 何するんだバカー!」

 

「うるさいねぇ。完全にアウトな商売してて小さい事抜かしてるんじゃないよ」

 

「このアッガイが小さいですと!? 夢はでっかく! 世界チャンピオンだ! ガルダフェニックス!!」

 

 

 そう、この占い師の正体はアッガイだったのだ。実はこの頃、自分の広報費がかさんで貧しい生活を余儀なくされていたアッガイは、支援者を集める為にこのような事をしていた。水晶玉の中には催眠効果を齎す光が発せられる仕組みとなっており、ついでにアッガイの画像も埋め込まれている。

 そんな水晶玉をぶっ壊してくれたのは一体誰なのか。アッガイは怒りに打ち震えながら相手を見てみると、若い、しかし完全に『あ、これはドSですね』と分かるような雰囲気の女性であった。【女王様】という感じ目は眼光鋭く、化粧も濃い目でより雰囲気があるのだ。鞭ではなくて棒だけど。

 しかしアッガイは別の感覚でもっても、彼女が危険である事を見抜いていた。アッガイがこの川神市、いやこの世界に来てからというもの、一部男性を除いて明らかに女性のほうが強い。そしてそんな強い女性達にアッガイは結構な割合でボコボコにされている。そんな経験がアッガイに生存本能を蘇らせ、危険な相手の場合には何となく分かるようになったのだ。

 

 

「全然理由も何もかも分かりませんが痛い思いはしたくないので謝りますすみませんでしたごめんなさいじゃあこれでさようなら」

 

「勝手に話を終わらせて逃げようとすんじゃないよ」

 

 

 アッガイは自分の華麗な話術でこの場を脱出しようと思ったのだが、どうやらアッガイが思った以上に彼女はやるようだ。自分の話術に流されずに自分を逃がそうとしない女性を、アッガイは更に警戒する。別に痛みは感じないけど、叩かれたとか殴られたとか蹴られたという事実が嫌なのだ。

 

 

「ここはね、うちの店に続くちょっとした通り道なのさ。こんな所で商売されたんじゃ、こっちに影響出るんだよ」

 

「はいすみませんでしたでもシャバ代と言われましてもコイツが最初の客なので払えませんごめんなさいさようなら」

 

「だから逃げるんじゃないよ!」

 

「あーん! 脳天直撃!」

 

 

 諦めずに華麗な話術で逃走を図ったアッガイだったが、今度は容赦なく棒で頭を突かれた。アッガイは痛みこそ感じないものの、衝撃などは普通に喰らう為、頭をフラフラとさせている。

 と、そんな状況で先程まで客だった脂ぎった親父は、やっと我に返ったのか、腰を抜かした状態でアッガイを指差して叫び始める。

 

 

「こ、この馬鹿ロボットが! 俺を騙すなんてふざけやがって! おいそこの女! そのロボットを――」

 

「はぁ? 誰に指図してるんだいこの豚が!」

 

「ぶ、豚だと!?」

 

「そうさ、この醜い豚が! 自分の醜さも分からないような愚図には【お仕置き】必要だねぇ」

 

「え、いや、ちょ――」

 

 

 約20分後。女性の足元でブヒブヒと鳴く親父が出来上がっていた。

 この鮮やかな手並みにアッガイは感動し、二人は知己となったのだ。これが、アッガイと板垣亜巳の出会いである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「いやーあの時の親父、そこそこな会社の重役さんだったんだっけー」

 

「そうだねぇ。今でも足繁くうちの店に来る醜い豚だよ。まぁそのお陰で定期的に良い物が食えるんだけどね」

 

「ってかお前の方が完全にアウトな事してんじゃねぇか!」

 

「竜兵よ。チミに良い言葉を贈ろうじゃないか、ジャマイカ!」

 

「ああ?」

 

「バレなきゃ警察は動かない」

 

「俺が言うのもなんだが、お前も結構な屑だな」

 

「僕に向かって屑とはなんだ!! 屑は屑でも星の屑なのだよ! スターダストメモリー! 私は帰ってきた!!」

 

 

 アッガイ達は板垣家に到着し、3人でお茶を飲んでいた。話題はアッガイと亜巳の出会い。アッガイは懐かしむように語り、亜巳が心底どうでもいいように補足する。そして竜兵は明らかに呆れた視線をアッガイに向けていた。

 

 

「たっだいまー」

 

「邪魔すんぜー。……あ?」

 

「天さんと……おお! ヒロシ、ヒロシじゃないか!」

 

「ちげーよ!!」

 

「あれ? 釈迦堂ヒロシじゃなかったっけ? それても野原刑部だっけ」

 

「てめぇワザと間違えてるだろ!」

 

「あー! アッガイだー。 いらっしゃい~」

 

「やぁタッちゃん」

 

「なんだよアッガイ遊びに来るなら言えよー! そしたら出掛けずに家でゲームしてたのによー」

 

「天さんは今日もゲーセン行ってたの? 末っ子特権でもお小遣いの使いすぎは良くないよ。アッガイ支援金として全額僕に渡そうよ」

 

「それ返って来ないじゃねぇかよ!」

 

 

 人が増えた事でより騒がしくなる板垣家。やって来たのは板垣天使と釈迦堂刑部、板垣辰子である。辰子は板垣家次女で竜兵と双子で彼女が姉だ。天使は三女であり、彼女らが揃って板垣家全員である。

 辰子は非常にスタイルの良い長身、長髪の女性だ。性格は温和で板垣家では珍しく大人しい。天使は活発な少女で、髪をツインテールにした女の子である。しかしテンションの上がり下がりが激しく、暴力に訴える事も非常に多い。口も悪い。釈迦堂刑部はアッガイ曰く【ヒロシ】である。

 天使と辰子は帰宅しただけだが、釈迦堂だけは違う。しかし全員がアッガイと面識が有るのだ。天使はゲーセンで、辰子は川原で。釈迦堂に至っては約十年来の付き合いである。釈迦堂刑部はそもそも川神院の元師範代だ。故に百代と付き合う内に親交が出来たのである。しかし最近では川神院を破門となり、前ほど会わなくなっていた。それがこんな予想外の場所で再会する事になろうとは。アッガイはそこそこの驚きを感じていた。どの位かと言うと、『この苺、思ってたより甘い!』と同じ位である。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 すっかり空は茜色から完全な夜の色に姿を変え、星々が煌いて空を彩っている。そんな空の下。アッガイと釈迦堂は河川敷近くの道を二人で歩いていた。

 

 

「ふーん、じゃあ今はあみっぺ達に色々教えてるんだー」

 

「おう。あいつらは礼儀はなってねぇが、武に関しては原石だぜ」

 

「ヒロシが他人に礼儀がなってないとか言える立場かよプークスクス」

 

「リングゥ!!」

 

「あーんぎゃあぁぁぁ!!」

 

 

 そこそこの付き合いだからであろう。釈迦堂は自分を笑ったアッガイに躊躇無く【リング】という技を叩き付けた。この技は気を飛ばして相手に攻撃するのだが、当たった箇所で爆発を起こしてアッガイは吹き飛んだ。河川敷近くの道はすぐ横が坂になっており、ゴロゴロと転がっていく。近くだった事もあって、釈迦堂はリングを放ちながらステップで少し距離を離している。

 煙がモクモクと立ち上る中、釈迦堂は口元に笑みを浮かべながら未だに姿が見えないアッガイに話しかけた。

 

 

「どうせ傷もダメージも受けてねぇんだろ? さっさと梅屋行くぞ、梅屋」

 

「危なかった……! アッガイじゃなければ即死だった……!!」

 

 

 煙を掻き消しながらアッガイはヨロヨロとしっかりとした足取りで坂を登る。そんなアッガイの様子を見て、釈迦堂は『やっぱりな』と特に心配した感じも無く、先に歩いていく。それをアッガイは早足で追いかけ、隣に並んだ。

 

 

「だけど何で梅屋なのさー。タッちゃんの料理食べたかったなー」

 

「うるせぇな。俺が奢ってやるってんだぞ? 超レアだって事が分かってんのか?」

 

「ヒロシはいつも梅屋じゃないか。自分の好み最優先じゃないか。もうアレだよ。梅屋で働きなよ。春日部の」

 

「梅屋で働くのも悪くはねぇが、何で春日部なのかは理解出来ねぇな」

 

 

 真面目に考える素振りを見せる釈迦堂。本人としては休憩で出てくるであろう賄いの方に興味があるのだろうが。

 

 

「しかしさぁ。ヒロシにしてはやけに穏便だよね」

 

「ああ?」

 

「だってこの奢りだってアレでしょう? 鉄心氏とかにヒロシの事を黙っておく代わりみたいなもんでしょ?」

 

「……へぇ。よく分かってるじゃねぇか。食わせた後に有無を言わさず約束させる予定だったんだがな」

 

 

 そう、釈迦堂がアッガイにご飯を奢るのには訳があった。それこそ、板垣家での夕飯をやめてアッガイを連れ出す程の事なのだ。特に辰子と天使が『まだ居ろ』とゴネていたが、釈迦堂からすれば板垣家は弟子に当たり、彼女らに有無を言わさず、アッガイを連れ出す事が出来た。

 そしてそんな釈迦堂の目的はアッガイから川神院への通報阻止である。そもそも川神院に伝わる川神流は門外不出。それを破門された人間が勝手に教授するなどあってはならない事なのだ。しかし釈迦堂はそれを破った。これが川神院、引いては釈迦堂の師である川神鉄心に知られれば、必ず粛清をしに来るだろう。それだけは避けねばならない。いくら釈迦堂でも、川神院の粛清を受ければ再起不能は目に見えているからだ。

 よく考えるとかなり危険な状態である筈。だがそれは釈迦堂にとってだけ、とは最早言いがたい。釈迦堂は粛清を受ける可能性が高いが、板垣家はどうなるのか。釈迦堂が考えるに、教育者でもある鉄心とルー師範代は板垣一家をまともな人間に矯正させようとだろう。それは板垣一家にとって窮屈過ぎるものであり、かなりのストレスを与える事になる。釈迦堂としても弟子に嫌な思いは出来るだけさせたくはない。

 

 

「いいよ別に。大体、梅屋のご飯で約束なんてしたら食いしん坊キャラになっちゃうでしょーが! いや、今日は奢ってもらうけどね!」

 

「んじゃなんで黙ってるんだよ?」

 

「ヒロシは危機察知能力とか危機管理能力とか想像力とか良識とか言葉遣いとかもう全部が足りてないから分からないかも知れないけど――」

 

「リングゥ!!」

 

「あーんぶねぇぇぇぇ!!」

 

「ちっ、避けやがったか」

 

 

 再度、リングをアッガイに向けて放った釈迦堂だったが、アッガイが最早体勢を気にせずに回避した事で外れてしまった。アッガイ的にはどこぞのマトリクス的な感じで避けるのを想像していたのだが、尻餅をつく結果となる。不本意ではあるが、『まぁこれはこれでドジっ子みたいで可愛く見えるだろうからいいや』とアッガイは納得した。

 

 

「あのね、僕がヒロシを鉄心氏に報告するとするじゃない」

 

「ああ」

 

「でもね、きっと百代が『もっと前から知っていたに違いない! これはねっとりと取調べをするべきだ!』とか言って僕を拘束すると思うんだよ」

 

「ああ……」

 

 

 釈迦堂でも容易に想像出来た。今でこそ武神と呼ばれている川神百代ではあるが、その性格はかなり癖がある。特にアッガイに関しては武力に訴えて無理を通す事が多く、強制ハグなど、その様も実際に見た事があるのだ。いくらダメージを受けないアッガイとはいえ、拘束を振り解けるのかと言われれば否である。実際問題、アッガイ自身も腕力による圧迫などには警戒心を持っている。今までは何の問題もないが、以前にアッガイは九鬼揚羽のハグによって【ミシミシ】という聞こえてはいけない音が自分の体から聞こえてきたのを覚えているのだ。故に単なる打撃は気にしないが、長時間かけて圧迫されるのは怖いのである。

 そんな先行きを想像したアッガイは、自分の保身の為に釈迦堂の事は黙っている事にした。【黙る事、ミッフィ○ちゃんの口が如く】である。ちなみにミッ○ィーちゃんは愛称であって本名ではない。

 

 

「まぁ黙ってるなら俺は言う事ねぇけどよ」

 

「じゃあ僕のお願い一つ聞いてよ。一発芸みたいなもんだからヒロシでもきっと出来るよ」

 

「はぁ? 一体何しろってんだよ」

 

「リコーダーでギターの音出して」

 

 

 その夜、川神市の川原付近でピューと吹く何か、いやピューと飛んでいくアッガイが目撃されたとかされていないとか。


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