真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第12話】 悪魔合体

 九鬼ビルのとある一室。そこでは人と言うには似ても似つかない、異形なる者達が蠢いていた。多くの者が黒い眼でギョロギョロと周囲を見回し、幾つもの足を使って地を闊歩している。時には獲物を巡って仲間同士で戦い合い、勝者だけが獲物を得る事が出来るのだ。弱肉強食。まさにこの言葉が相応しいだろう。

 

 ふと、多くの者達が一斉に視線を向ける。そこには異形の者達の何倍も大きい、しかしやはり人ではない、異形の者がゆっくりと、しかし圧倒的存在感を示しながら歩いていた。歩みは鈍重。しかしその歩みの一歩一歩に、周りの異形なる者共は畏敬を向ける。自分達よりも遥かに時を生き、ずっと生き残って来たであろう、その者は、この集団の頂点に君臨しているのだ。異形の王、そう呼べるだろう。

 

 ふと、視界を広く取ってみると、これまでの異形とは姿も大きさも違う存在が居る。しかし小さき異形達はそこまでその存在を恐れてはいないようだ。どちらかと言えば親愛のようなものさえ感じられる。その異形は他の者とは違い、一つ目。しかしその瞳は降り注ぐ日光の如く輝いており、澱み一つ感じられない、清々しい瞳だった。大きさは異形の王よりも更に更に大きい。人型と呼べる体系ではあるものの、それだけである。胴体や手足のバランスは、人とは呼び難い。

 

 異形の王と一つ目は、視線を合わせる事なく、しかし視線は同じ方向へと向いていた。肩を並べる両者、それを見守る者達はその光景を目に焼き付ける。

 

 そう、この二人が居れば出来ない事は無い、そういう想いを皆が感じていた。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

『証書を飾るスペースは確保している。この間、従者部隊に手伝って貰って色々と配置換えや整理をしたからな』

 

「遂に壁の面積が足りなくなってきたかー。次はなんだっけ」

 

『行政書士だ。資料請求は頼んだぞ』

 

「任せてよ! 昨日の新聞折り込みの中にあったのを確保済みさ!」

 

 

 アッガイが資料請求し、グランゾンが受講、受験する。この流れは最早、断金の契りレベルで確定なのだ。忠実な資料請求と安定的な合格。アッガイとグランゾンに掛かれば、資格取得など容易いのである。

 

 

「ところで相談なんだけどさー。重度のヤドカリ愛好野郎にグランゾンの事がバレちゃってさー。どうしようかと思ってるんだよ」

 

『ああ……前に言っていた直江という名の……』

 

「アイツ、普段は普通なのにヤドカリの話になると変態レベルだからさー。正直、ヤドカリ関係でアイツと付き合いたくないんだよねー。他の事に関してはいいんだけど」

 

『ふむ……。しかし今まで黙っていたのが何故知られる事となったのだ?』

 

「それがさー……」

 

 

 アッガイは大和にグランゾンの事が知られた経緯を説明する。アッガイも本気で迷惑なのだろう。嫌々な感じが雰囲気で分かる。

 

 そもそもの原因は遡る事、数日前。アッガイは翔一に寿司を食わせてやると誘われ、風間ファミリーの秘密基地がある廃ビルへと行っていた。秘密基地は基本的に風間ファミリー以外は入れないようになっているのだが、アッガイは部外者というよりも部外者に近いメンバーといった扱いな為、何度も入っている。アッガイに言わせれば『僕は常にゲスト! 常に大事にされるのさ! インスペクターではないよ!』なのだ。

 

 しかしこの日ばかりは様子が違った。アッガイが廃ビルの中の一室、風間ファミリーが使用している部屋に入ろうとした瞬間、室内から怒声が聞こえてきたのだ。その声はアッガイもよく知っている椎名京の声だった。かなり久しぶりに聞く京の怒声に、アッガイはちょっとビビッてしまう。部屋の外で様子を窺っていたのだが、どうにもクリスが面倒事を起こしたようだった。

 というよりも、アッガイとしてはクリスがここに居た事自体が驚きである。中には由紀江も居るようだが、由紀江はアッガイが翔一に仲良くしてくれるように頼んでおいたので、別段驚きは無い。しかし、クリスが居たのは完全に予想外だった。いくら島津寮で面倒を見る事になったとはいえ、それとコレとは別問題である。

 アッガイとしてはクリスが風間ファミリーと仲良くなろうが険悪になろうが、どうでもいいのだが、フランクに余計な事を言われるのだけは阻止しなければならない。アッガイは冷静になるように素数を数えて自分を落ち着かせた。素数は間違っていたが。しかし冷静になって気付いたのだ。アッガイは初対面の時にそれなりに好印象を植え付ける事に成功している。そしてアッガイが頼まれたのは学園内での見守りであり、外での事は頼まれていない、と。

 自分の頭の中で考えを整理したアッガイの行動は早かった。即座にニンジャスキル(自称)で音を立てずに廃ビルから脱出し、素早く九鬼ビルへと帰ったのである。しかし廃ビルから出るアッガイを翔一が目撃しており、アッガイが廃ビルに来ていた事は風間ファミリーの知る所となった。まぁそもそも気によって気配を察知出来る百代が居る時点で無駄ではあるのだが。ちなみに由紀江は気付かなかった。通常であれば気付く事は余裕なのだが、あまりの緊迫した状況で完全に混乱してしまっていたのだ。

 

 話を戻すが、後日に何故、部屋の中に入ってこなかったのかを百代に問い詰められたアッガイは、『友達に急に呼ばれた』と軽く嘘を吐いて流そうとした。しかしそこで百代が『友達ってあのヤドカリだろー』とか言ってしまったのだ。

 実は百代はグランゾンの事を知っている。以前から親交のある揚羽からの話や、実際に遊びに行った際にグランゾン本人と会っていた。アッガイも百代は別に問題が無かったので、グランゾンと会う事には反対しなかったのだが、大和だけにはグランゾンの存在を絶対に教えないように、と約束させていたのだ。理由としては幼少期から続く大和のヤドカリ愛が、若干の狂気を帯び始めていた事にアッガイは気付いたからである。まぁヤドカリを見て息を荒くしているのを見れば誰でも気付くだろうが。

 

 百代は百代で黙っている代わりの対価を要求したのだが、黙っていてくれなかった場合には、揚羽は金輪際、試合を拒否すると言い出したのだ。全てはアッガイが困っているのを助けたい一心であった。これにより百代は渋々ではあるが、大和へグランゾンの話をしないように約束するに至ったのだ。ちなみに百代の要求はアッガイを自分の【抱き枕】にする事だった。要求が通らずに百代が心底ガッカリしていたのは揚羽とアッガイの秘密である。

 

 しかし今になってその約束が破られてしまった。当然、大和はヤドカリという事で話題に猛烈に食い付き、その勢いは百代すらドン引きするレベルだ。アッガイは即座に百代にブチ切れたのだが、百代は『揚羽さんとはもう試合出来ないんだし、私が黙ってる得なんてないだろ!』と逆切れ。

 こうして大和にグランゾンの存在が知られてしまったのだ。

 

 

「僕はね。正直、大和とグランゾンを会わせたくないんだよ。あのヤドカリ馬鹿は一度でも会えば、また、またって何度も会おうとすると思うんだ。とんだ童貞野朗さ!」

 

『ふむ……。しかしその大和というのはそこまでヤドカリ好きであるのか』

 

「好きという言葉ではもう表現が足りないレベルだよ。これからの人生(ルート)次第ではヤドカリと結ばれそうな勢いさ」

 

 

 ヤドカリという存在に異様な執着を見せる大和。彼のヤドカリ愛を見れば、グランゾンに何か悪い事が起きるのではないか、とアッガイは割と本気で思ってたりする。故にどうにかしてこの問題を有耶無耶にしたいのだ。

 

 

『友よ。大和には我のどのような情報が伝わっているのだ?』

 

「情報? んーと、グランゾンは大きいヤドカリで、僕の友達で、一緒に住んでいて……」

 

『我が筆談にて、人と会話出来る事も知っているのか?』

 

「……いや、それは言ってなかったと思う」

 

『いっその事、我をただの大きいヤドカリという事にし、一回会って様子を見るというのはどうだろうか。その時に我も大和を観察し、問題があった場合には、すぐに砂やココナッツハウスの中に隠れるとしよう』

 

「なるほどー。グランゾン自身で大和を観察するという事だね。観察しに来た筈なのに、自分が観察されているとも知らず……! 僕とグランゾンにかかれば軍師大和と言えども、簡単に掌の上で踊るのだよ!」

 

 

 アッガイはこの見事な作戦を自賛し、作戦の成功を予想して笑う。そう、自分達にかかれば軍師(笑)なんて何の問題も無いのだから。

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ああ……凄くいい……。目も足も貝殻も、もう全部、いい!!」

 

「…………」

 

『…………』

 

 

 アッガイとグランゾンは一緒の部屋に住んでいるが、基本的に二つの部屋の間にあった壁を取り払って繋げただけである。そしてアッガイとグランゾンでは住環境が違う。グランゾン達ヤドカリは基本的に砂の上で生活し、アッガイは人間と同じようにフローリングの床の上で行動している。更に言えばヤドカリは温度や湿度にも気を遣わなければならない。故にこの二つの部屋の間には、壁の変わりに強化ガラスが設置されており、基本的にはヤドカリと触れ合う事は出来ないのだ。ただし、アッガイが管理しているドアを使用すればヤドカリ側の部屋にも行く事が出来る。大和には黙っているが。

 

 現在、大和をアッガイの部屋に招いて、強化ガラス越しにヤドカリを見せている最中である。大和は多くのヤドカリに非常に喜んでいた。それはもうドン引きする程だ。その変貌、あまりの酷さにアッガイとグランゾンは言葉を失っていた。アッガイは『こんな子だったっけ』と本気で記憶の改変を疑い、グランゾンは『あれはダメだ』と色々な危機感を持って【ただのヤドカリ】を演じていた。ちなみに他の小さなヤドカリ達は大和の視線に気付いている者といない者が半々位である。

 

 アッガイはグランゾンの貝殻に付けておいた通信機で、大和に聞こえないような小さな声でグランゾンと会話した。

 

 

 

「……こ、こんな奴だけど……どうだい?」

 

『無理』

 

「デスヨネー」

 

 

 グランゾンはアッガイにそう伝えると素早く移動してココナッツハウスの中に入り、更に砂の中へと潜行し始めた。アッガイの横から「あぁっ!」と凄まじく残念、本当に色々な意味で【残念】な声が聞こえたが、アッガイは特に何も言おうとは思わない。

 

 なんだか月日の流れを急に目一杯感じ始めた、そんな感覚がアッガイにはあった。一体この子はどこで間違えてしまったのだろう。厨二病を発症した時だろうか、それとも逆に厨二病が治った時だろうか。ちょっと背伸びした子供位に思っていた少年が、いつの間にか青年と呼べるように成長し、ヤドカリに異常な執着を見せる。もしかしたら昔、自分が風間ファミリーに遊ぼうと誘われたのを、『今日はガルマを乗せていたガウを弔う日だからダメ』なんて言って断らなければ。いや、もしかしたら別の日に同じように誘われて、『今日はこの壺を女神に乗っている艦長に届けるからダメ』とか最早自分でも何を言ってるのか分からないレベルでごちゃごちゃな嘘を吐かなければ、大和はこうも歪まなかったのではないだろうか。そう考えると、アッガイはとても切ない気持ちになった。だからと言って何かしてやろうとは思わないが。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、軍師大和よ。僕の為に策を献上するのだ!」

 

「確かにヤドカリ見せてくれたのは感謝するけど、いくらなんでもこれは無理だろ!」

 

 

 場所は変わって、島津寮の大和の部屋。部屋には大和とアッガイが向き合って座っている。しかし大和の方はアッガイに対して拒否の声を上げており、何か揉めている事が窺えた。

 

 

「はぁ? ふざけるんじゃないよ! 約束は約束でしょうよ! グランゾンに会った以上は守ってもらうよ!」

 

「いやコレ無理だろ! お前を川神市公認ゆるキャラにする為だけに国家権力を敵になんて出来ねーよ!」

 

「ちょっと役所に行って脅すか何かして公認して貰うだけだろ!」

 

「その考えの時点でアウトだよ!!」

 

 

 現在、アッガイは大和に対してとある策を貰おうとしていたのだ。最近になってアッガイは『そろそろ川神市公認にしてもらってもいい時期なんじゃね?』とか思ったので、一度一人で役所に行ったのだが、まさかの門前払い。知名度、そして環境美化で印象は最高の筈なのに、である。

 

 可愛いポーズをとってもダメ。泣き落としを使ってもダメ。金銭をチラリズムしてもダメ。

 

 受付が女性だったので余裕綽々だったアッガイもこの対応には激怒。受付の女性を何故かルーシーと呼び始め、終いには子供の駄々が如く、役所のエントランスでジタバタし始める。あまりの面倒臭さに役所の人間がどうしようかと悩み始めた頃、連絡を受けた九鬼からヒュームがアッガイの回収に来て、役所に平穏が戻った。

 その後、ヒュームからキツイ教育を受けたアッガイは、意味なく役所に行かないようにと念を押されてしまったのだ。ヒュームとしては役所に行きたくても行けないレベルで教育した筈だったのだが、予想外にアッガイは強い子だった。『ウォーカーギャリアも男の子! 的な話だよ! 僕は諦めないんだよ!』というのはアッガイの言葉である。

 故にこの機会に大和を使って再度、役所へと強襲しようという心算なのだ。

 

 しかし大和が思ったより腰抜けだったのか、アッガイの励ましにも嫌々と首を横に振る始末。

 

 

「チッ」

 

「おい露骨な舌打ちはやめろ!」

 

「僕は大和がこんな腰抜けヤドカリ豚野郎だとは思わなかったよ! お前のヴェーダはそんなもんか!?」

 

「ヴェーダってなんだよ!?」

 

「あー、そういえば女装版フィギュア出るんでしたね。サーセンサーセン。……この変態女装野朗」

 

「待てコラ! 意味不明な上に誤解を生むような貶し方をするな!」

 

「そうですよねー。大和君はゲンちゃんとおホモな感じですもんねー。デビルサバイバー的に考えて」

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

「こっちの台詞だよ! 僕の言ってるのは2だからな! 間違えんじゃねーぞコラァ!!」

 

 

 遂にアッガイと大和の口論は取っ組み合いの喧嘩になってしまった。お互いの両手を掴み合ってゴロゴロと床を転がる。しかしアッガイには大和が命令を聞くように、幾つもの策を用意していたのだ。アッガイは大和と取っ組み合いながら話し始める。今は両手で掴み合いながら、アッガイが下、大和が上という状態だ。

 

 

「対大和用決戦兵器! カムヒア京ー!」

 

「夫がロボットに襲い掛かっていると聞いて!」

 

「ちょっ!?」

 

 

 いきなり部屋のドアを開け放ったのは、大和ガチラヴの椎名京だった。京は「信じていたのに……」と目尻をハンカチで押さえながら大和にゆっくりと近付く。大和は何かを感じ取ったのか、急いでアッガイから離れようとするのだが、アッガイが大和の手を離さない。アイアンネイルが少々食い込み気味である。

 

 

「おまっ、アッガイ離せ!」

 

「京、この男は性癖が特殊すぎるんだ。そんな大和でも君は……」

 

「大丈夫、私が愛で狂性……矯正してあげるから」

 

「オイなんか字が違うような言い方だったぞ!?」

 

「あれだね、性に狂うと書いて狂性だね。大丈夫、君は人類を、京を導けるよ。イノベイターなんでしょ? 楽勝楽勝。ハハッ」

 

「ホントマジでやめろ! 京も手をワキワキ動かしながら近付いてくるな! 分かった! 考えるから! 考えるから手を離してくれ!」

 

 

 余裕の無い声色でアッガイに頼む大和。しかしアッガイは在らぬ方角を見て、言う事を聞く様子は無い。それもその筈、こんなマジな頼みなんてアッガイには関係ないのだ。あくまでも自分最優先。これがアッガイクォリティ。協力しない奴なんて要らないのだ。

 

 

「でも~、約束を破っちゃうような大和君に~? そんな事言われても~?」

 

「分かった! ちゃんと約束守るから!」

 

「約束破ったらお前のフェチズムを川神市全域に広報してやるからな」

 

「分かったから! とにかく手を離せぇぇッ!!」

 

「ほい」

 

「しかし最早私の距離だッ!!」

 

「どわぁぁぁぁっ!?」

 

 

 アッガイは大和と約束し、手を離した。だからアッガイは大和との約束を果たした事になる。それが例え、大和が京から逃げられない距離になっていたとしても。京が腰に抱きつき、そこから大和の体勢を崩して上手くマウントポジションへと持っていく。

 大和が何か言っているがアッガイには関係ない。大和との約束では『手を離す』だけなのだから。大和の上に居る京の口から、少し涎が垂れていたような気もしたけど関係ない。

 とりあえずアッガイは部屋にあったメモ帳に、『3日後までに策を献上するように。出来なかったらお前のフェチズム情報が川神市全域に感染拡大して悪性変異して侵食汚染されて、お前は絶対包囲される事になる』と書いておいた。こんな優しさを与えてやれるアッガイは国宝にされるべきではないだろうか、そうアッガイは思う。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふむふむ……なるほど、流石は軍師大和! 違う視点から攻め込めばいい訳だね!」

 

「……色々言いたい事はあるが、これ以上面倒事にされたくないから何も言わないよ」

 

「しかし大和。これだとかなりの時間を要してしまうのではないかな? もしも公認されない内にゆるキャラグランプリが開催されてしまったらどうするんだい!」

 

「それこそ今の状態と変わらなくなるだけだろ? 今の現状としては役所の印象は悪いだろうし、そこからプラスにしてさらに公認まで行くとなれば、長期戦は覚悟しないとダメだと思うぜ?」

 

「なんかこうもっと手早く出来る方法ないの? 脅すとか買収とか」

 

「それが許されるならとっくに言ってるわ!!」

 

 

 大和は約束を守り、策をアッガイに献上していた。もっとも、その内容はかなり長期的なものであり、サクッと公認を貰いたかったアッガイにとっては少し面倒な内容だ。

 大和が言うには、現在の役所に同じように頼みに言っても公認は無理だろう、との事。そもそも、アッガイは九鬼財閥に所属しており、九鬼のイメージアップとしての役割も担っていた。――効果があったかどうかは知らないが。それを川神市という日本国の一市町村が、公認としてしまえば様々な問題が出てくる。民間のプロに頼んで市町村の公認キャラを作るというのは珍しくないが、元々企業が使っていたキャラクターを改めて市町村のキャラクターにするというのは聞いた事がない。そもそもそんな事をする必要性もないからだ。もしも市町村が企業のキャラクターを使用しれば、邪推で癒着などを考える人間だっているだろう。つまり何にしてもデメリットばかりなのだ。そこに付けて印象の悪さ。これですぐに公認させるのはいくらなんでも無理がある。

 そもそもアッガイの公認なんて最初から無理だと思っている大和は、初めから公認させる方法なんて考えてはいない。どうやって問題を先延ばしにするかを考えていたのだ。しかしアッガイも案外鋭い部分がある。それなりの論理を説明しないと納得しないのだから性質が悪い。

 

 大和の出した策は、『役所が認めざるを得ない状況を作り出す』である。そもそも最初から大和は自分達が動く事で公認が貰えるとは一切思わなかった。色々な事情もあるし、何よりも一度決定を出した役所というのは頑なだ。それは迂闊な選択が出来ないという慎重さもあるのだろうが、何よりもコロコロと意見を変えるというのは役所が避けたい事だろう。

 ではそんな役所の意見を変えるにはどうしたらいいのか。それは【民意】だろう。川神市に住む市民からの要望であれば、役所とて一考せざるを得ない。しかしながらその一考をさせるまでが厳しい。川神市はとても大きいのだ。たかだか数十数百の意見程度では動く事なんて有り得ない。それではどうすればいい。

 

 考え方の逆転である。

 

 ゆるキャラグランプリで有名になるという目標。目標の為に公認を欲する。それがそもそも違うのだ。公認とはあくまでもグランプリに出場する為の切符でしかない。――まぁこれも条件自体どうなるのか分からない訳ではあるが。アッガイの目標はゆるキャラグランプリでの優勝だが、優勝すれば人気者になって関連商品の売り上げでウハウハの老後生活的なものを想像しての事なのだ。つまり最終的にはウハウハ出来る程の人気を獲得出来ればいい訳である。それこそ、今の段階で無理に役所へと嘆願しに行く必要もない。逆に人気になってから公認を貰ったっていい筈だ。

 

 

「今はネットで活動だって出来る訳だしさ。ネットで人気に火が着くパターンだってあるだろ?」

 

「ふむ、電脳世界から侵略していくのも一興、デアルカ」

 

 

 何故かどこぞの戦国大名みたいな言葉遣いになったアッガイ。そんなアッガイを見て、とりあえずどうにか出来たと安堵する大和。色々と説明はしたが、大和にとっては正直どうでもいいのだ。色々言ったがとにかくこの状態を誤魔化して時間稼ぎをすればいい、それが大和の本心だった。

 

 

(アッガイに公認取らせるとかどんな無理ゲーだよ。っていうか九鬼も何やってんだか)

 

 

 九鬼としてはこれまでの功績で役所との信頼関係は固い。アッガイという存在も前からの美化作業などで役所の人間はその本性まで知っている。――意味不明な言動や行動等を。つまりアッガイの行動でどうこうなるような関係ではないのだ。そもそも九鬼財閥は世界にも名立たる大きな組織。一地方公共団体どころか、日本という国家そのものと付き合っている。アッガイが出過ぎた真似をしない限りは基本的には自由にさせておくのが九鬼の基本方針なのだ。出過ぎた真似をすればヒュームが10割削るだけの話なのだから。

 

 

「予定よりは早いけど、とにかく電脳世界に進出せねば! 歌と踊りと夢と金で人気を獲得してやるぜ!」

 

「……おう」

 

 

 大和は、もう何も言うまいと思った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 大和の策を聞いてからアッガイは考え続けていた。なんやかんやでネットからの侵攻も乗り気ではあるのだが、私生活でネットをよく利用しているアッガイは、ネットの怖さも知っていたのだ。一度でもネガティブな情報が出ればそれは瞬く間に広がっていく。まさに感染爆発である。

 となれば最初の一歩こそが肝心なのは言うまでもない。しかしその一歩の踏み出し方に悩む。今やアイドル系も飽和状態。次から次へと生まれては消えていく。アッガイとしてはアイドルとしても十二分に活躍出来る自信はあるのだが、如何せん二番煎じ三番煎じな感が否めない。なんというか、先駆者的な方向で行きたいのだ。何事もパイオニアというのは世間から尊敬されるもの。アッガイが世界のシーンを引っ張っていくのである。

 

 アッガイは悩んだ末に、自分の前世の記憶を思い出す事にした。前世の世界で流行っていた【何か】をそのまま利用しよう思ったのだ。これはパクリではない。ちょっとした流用である。ちょっとしたアイディアをちょっとほにゃららするだけの事。アッガイにあるのは常識ではなく、常識をぶち壊し、未来へ続くであろう高潔な精神なのである。

 そして出来上がったのが……。

 

 

「アッガイこれくしょん! 略してアッこれ! なんだか不意に凄い物を見つけてしまったかのような略称!! 微妙な色合いを含む様々な色のアッガイをコレクションできるゲーム!」

 

 

 とあるブラウザゲーム。

 

 

「アッガイの起動音で歌を作る事が出来る! アッガロイド! 起動音だけじゃ僕は何も作れなかったけど変態技術者が何かに利用してくれるだろう!!」

 

 

 とある電脳歌姫のプログラム。

 

 

「これを使って人気爆発! そしてガッポガッポ! 公認? まぁくれるなら貰っておいてあげるよ。ハッハッハッ!!」

 

 

 アッガイの高笑いは九鬼ビルに響き渡った。他人の事には鋭いアッガイだが、自分の為の行動には不安も心配も躊躇も無かったのである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「どうしてこうなった……」

 

 

 アッガイは椅子に力無く座り、頭と両手は机の上に重く置かれていた。あれほど輝かしい未来を夢見ていた姿は、もうどこにも無い。一体何故このような事になったのか。

 

 全ては高笑いによるヒューム召喚から始まった。もうそこからは疾風の如くである。開発費用に九鬼からの資金を流用していたのが不味かった。ヒュームにお仕置きを受けた上、流用された分の回収として作った物は全て没収されてしまったのだ。今更ではあるがポケットマネーで作らなかった事が悔やまれる。いや、陽向から資金を徴収しても良かった筈だ。考え始めれば次から次へと後悔が続く。

 

 

「畜生めぇ……畜生めぇ……………………………………」

 

 

 アッガイの呪詛のような言葉は次第に小さくなっていき、ピタリと止まった。そして徐々に体全体がプルプルと震え始める。そして十秒程経過。

 

 

「妖逆門! 妖逆門!」

 

 

 妖逆門。読み方は『ばけぎゃもん』である。だからと言って、今この時言う事に意味があるのかと問われれば、無い。アッガイは妖逆門と叫びながら九鬼ビルを走り回る。止めようとする従者部隊は悉く吹っ飛ばす。こういう事が何回もあったのか、従者部隊の対応は非常に早かった。実はこれも突発的な訓練として従者部隊には認知されていたのだ。つまりこういった事はもう何度も発生しているのである。

 

 

「僕を止められるのは毎週水曜のメンテだけだぜーーーーーーーーー!!」

 

 

 この2秒後、ヒュームの蹴りでアッガイは止まった。ちなみにこの日は金曜日。海上自衛隊がカレーを食べる日だった。


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