真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第11話】 9回裏2アウトからのメークドラマ

「僕はこの【出向】のコンボカードを【銀行員】にセット! サイコロを振って出た目によって銀行員は出向先を決める事が出来る!」

 

『……!』

 

「出た目は……1、だと……」

 

『倍返しとはいかなかったようだな』

 

「ま、まだだ! まだデュエルは終わっていない!」

 

『ならば我が終わらせてやろう……、我は【俳優】のカードに【マグロ】のコンボカードをセット! サイクロを振る……。ふっ』

 

「そ、そんな馬鹿な! ここに来て5を出しやがった!?」

 

『出た目は5。これによって俳優カードの特殊攻撃が変化。【マグロ、ご期待下さい】が発動』

 

「ぼ、僕の資産がーーーッ!?」

 

「……お前ら、なにやってんだ?」

 

 

 九鬼ビルの中、アッガイの部屋では白熱したデュエルが行われていた。そんな所にやってきたのはあずみである。いつものメイド服とは違い、飾り気の無い私服姿だ。

 あずみは入って早々、アッガイとグランゾンが何をしているのかに視線がいった。ヤドカリがカードゲーム的な物で遊びやサイコロを振っている時点で少しというか、かなりおかしい状態ではあるのだが。

 

 

「やぁ、あずみん。これは僕考案の新型カードゲームの試作品さ! これを売り捌いて老後の蓄えにするんだ!」

 

「あずみんって誰の事だ? ああん?」

 

「……そ、それはそうと一体どうしたの? メイド服着てないし」

 

 

 アッガイは相変わらずあずみの睨みに弱い。理由は『怖いから』である。露骨に話題を逸らしたアッガイだが、実際にあずみがメイド服姿でないのも珍しいのだ。珍しいと言っても、昼間にそういった姿で居るのが珍しいというだけで、夜や休日には珍しいものでもない。

 

 

「ちっと野暮用でな……。居ないのは少しだけだが、その間、何かあったら英雄様を頼むぞ」

 

「おけーおけー。英雄一直線な忠誠心は見事なものだね。その一直線な感じを僕のカードゲームにも――」

 

「んじゃ頼んだぞ」

 

 

 アッガイが言い終わる前にあずみはドアの向こう側へと消えた。残ったのはデュエルの熱気も消え、どこか寒さすら感じる静寂。アッガイはサイコロへと視線を向けてグランゾンに問いかける。

 

 

「なんでこのハートフルボッコ系カオステレビジョンカードゲームの良さを誰も理解してくれないんだろう……」

 

『……うむ、何故であろう……』

 

 

 案外、グランゾンは気に入っていたりする。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 あずみから英雄の事を頼まれて20分程後、アッガイは英雄と合流して九鬼ビルの中を歩いていた。あずみの話からだと、まるで英雄に誰も付いていないような話しぶりだったのだが、実際には他の従者が英雄に付き添っていたのだ。これにアッガイは『呼ばれて来たのに既に居るとか新手の嫌がらせか!』と憤慨。そんなアッガイに対し、英雄は付き添っていた従者を本来の任務へと戻るように命じ、アッガイを護衛としたのだった。

 だがアッガイに護衛など出来るのだろうか、と多くの人は思うだろう。途中でどこかに行ったり、放棄したりしないのだろうか、と。そういった危険性はある。実はアッガイには前科があるのだ。しかし今回、英雄は重要な予定もなく、ただ九鬼ビルの中を散歩しているだけなので、アッガイで大丈夫だろうと判断された。

 ふと、英雄は足を止めて窓へと視線を向ける。そこには綺麗に晴れ渡った空があった。

 

 

「アッガイよ、この空の下、今日も一子殿は鍛錬で汗を流しているのだろうか」

 

「ワン子? まぁどっかでは汗かいてるんじゃない?」

 

「そうか……。努力を惜しまないあの姿勢、上を目指す心意気、惚れ惚れする。何か贈り物を……」

 

「やめておきなよー。英雄が感激するのは勝手だけど向こうは特別なんでもない、日常の一コマなんだからさー」

 

 

 実際、クッキーという悲劇があった。

 

 

「だがアッガイよ。我は一子殿のあの直向さに惚れているのだ。ただ一直線に、努力して進んでいくあの姿に」

 

(あずみんも一直線は一直線なんだけどなぁー)

 

「何か手助けをしたいのだ。このまま真っ直ぐに一子殿が歩んでいけるように」

 

「だったら向こうから英雄を頼って来た時に精一杯応援してあげなよ。ワン子にはワン子なりに考えてるんだろうしー」

 

 

 アッガイはとりあえず適当に英雄を誤魔化す事にする。英雄が一子に惚れている事はアッガイも知っているのだが、その想いは一方通行だ。英雄からすれば一子は素晴らしい女性であり、魅力的な女性でもある。しかし、一子からすれば何故か大財閥の跡取りに気に入られたという状態でしかない。昔から付き合いがあった訳でもないし、学校だって違った。それが急に好意を向けられても、ただ戸惑うだけなのだ。

 アッガイから見れば、一子も迷惑そうにしている感じだってあった。しかし純粋に応援してくれているのを一子も感じたようで、邪険にする事はない。というかそもそも一子は意味も無く邪険にするような性格でもないが。

 

 

「そうか……。歯痒いものだな、何かしてやりたいが、何もせぬのが最良というのも……」

 

「……英雄はさぁ、一子が応援を欲しがれば応援してくれるんだよね?」

 

「勿論である! 我が持ち得る全ての手段を使って応援するであろう!」

 

「じゃあさ、僕が困ってる時も同じように助けてくれる……?」

 

「ああ! アッガイは九鬼になくてはならない大切な存在である! そして我が友だ!」

 

「あのですね、実は僕、こういったカードゲームを――」

 

「こちらに居りましたか英雄様」

 

「ヒュームか」

 

 

 アッガイは自作のカードゲームを英雄に披露しようとした瞬間、音も無くヒュームがやって来た。英雄はアッガイからヒュームへと視線を移し、アッガイはヒュームの登場によって素早くカードを隠す。一瞬、ジロリとヒュームの視線がアッガイへと向いたが、アッガイがプイッと顔を横へと向ける。そんなアッガイの様子に何か言いたげなヒュームだったが、英雄への用件の方が重要なのだろう、すぐに英雄へと急の用件を報告していた。仕事の予定が入ったようだ。

 ヒュームから報告を受けた英雄はすぐに支度の為、自室へと戻っていく。そんな英雄について行こうとするアッガイだが、ヒュームから『ここからはクラウディオがお供します』と英雄に説明がされた為、無理に付いて行けなくなった。何よりもヒュームが視線で『話がある』的な雰囲気を出しまくっていたので、アッガイは何故か震えが止まらなくなり、仕方なくその場に留まる事に。

 

 

「な、なにかなヒューム氏。僕、別に悪い事してないよ? してないよ?」

 

「……武士道プランの件に関してだ。紋様から聞いているだろうが、プランの投入時期が早まった。それにより、川神市においての裏社会に関して、掃討が行われる」

 

「なるほど、それで僕のストレス解消を行えという事ですな、分かるー」

 

「…………」

 

「はいすみませんでしたごめんなさい」

 

 

 アッガイは即座に土下座した。ヒュームの無言の圧力は何よりも怖い。いつの間にか意識を持っていかれ、いつの間にか知らない場所に居り、いつの間にか時間が経過している、なんて事はよくある事だ。アッガイもかれこれ6回はそんな経験をしている。

 土下座を続けるアッガイだが、そのままの状態でヒュームは話し始めた。

 

 

「最近は土下座するのが随分と早くなったな、アッガイ」

 

「ヒューム氏には分からない……! 土下座する者の気持ち……! このアッガイの気持ち――」

 

「そのままでいいから聞け。掃討する裏社会の人間達の中に、英雄様やお前と面識のある人間の家族が居る」

 

 

 ヒュームの言葉に、アッガイは言葉を止める。そして少し経ってゆっくりと立ち上がった。

 

 

「もしかしてそれって葵紋病院関係? 冬馬の父親とか?」

 

「……知っていたのか?」

 

 

 ヒュームは珍しく驚きを含んだ声色でアッガイに問う。それもその筈、こういった裏社会の事に関して、アッガイに情報が行くような流れは無いのだ。後々、揚羽や英雄、紋白が成長し、九鬼を背負っていけるレベルになれば、こういった裏の事も知っていかなければならないが、今はまだそういった時ではない。そして揚羽達がそういった時ではないように、揚羽達と関わりが深く、精神的な面でも支えとなっているであろうアッガイにも、裏の話は伝わらないようにしていた。

 だがアッガイはピンポイントで裏社会の人間を言い当てたのだ。いくら知り合いの中に居るという、ヒントのような情報があったとしても、即座に言い当てるのは難しい筈である。

 

 ヒュームは少しだけ目を細めながら、アッガイに再び問う。

 

 

「何故、お前がそんな事を知っている?」

 

「勘だよ、勘。付喪神の勘はよく当たるって言ったでしょー」

 

「それで納得すると思っているのか」

 

「はい、ちゃんと説明するので、引いた右足を元に戻して下さい」

 

 

 自然な流れでヒュームは自身の右足を少し後ろへと引き、いつもの蹴りを出せる体勢へと移行していた。そんなヒュームを見て、アッガイは即座に自身の生命を守る行動を取る。即ち、正直に、おふざけしないで話すという事だ。

 

 

「なーんかそこそこ前から冬馬やハゲが時々暗くてねー。本人達は何でも無いようにして僕に説明しないからさー。小雪に色々聞いたんだよ」

 

「小雪というと、あの白い少女か」

 

「そうそう。んで直接的に聞くとダメだろうからさー。冬馬達が避けてるような話題とか、あんまり話さない事とかを聞いた訳さ。そしたら【親】ってのが浮かんで来たんだよ。まぁ大病院ともなると利権やらなにやらブラックな感じもあるのかとは思ったけども」

 

「…………」

 

「さすが僕! 見た目はゆるキャラ、頭脳は大学(レベル)! その名は名探偵……ってヒューム氏どこ行くのさ! 僕の口上位は聞いていきなよ!」

 

 

 どこぞの、週に一回以上殺人事件に遭遇している主人公のような口上をアッガイは言っていたのだが、ヒュームは途中で背を向けて離れ始めていた。さすがのアッガイもこれには『激おこ!』だったのだが、しつこいと蹴り飛ばされるので、言う事は言って、ちょっと様子見している。

 するとヒュームは歩みを止めずにアッガイへと話しかけた。

 

 

「掃討は明日の夜。葵紋病院は桐山が担当だ。アイツが許可を出すなら俺は付いて行こうが何をしようが知った事ではない。だが、行くならば奴の指示には絶対に従え」

 

 

 それだけ言うと、ヒュームは姿を消す。後には『もうちょっとしつこく言っても大丈夫だったかな……』とか考えているアッガイだけが残った。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、これから潜入を開始するのですが……」

 

「ステンバーイ、ステンバーイ……」

 

「アッガイ、今回の潜入に段ボールは使用しませんよ」

 

「え? そうなの?」

 

「既に院内のカメラはこちらの特殊部隊がハッキングしています。物事はエレガントに、です」

 

 

 アッガイは深夜に近くなった葵紋病院の前へとやって来ていた。話し相手は今回の掃討を担当している桐山鯉である。桐山はマープル派の人間であり、少々癖のある人間だ。故にあずみや静初、ステイシー達とは細かな所での対立も多い。しかしながら戦闘力は足技だけに注目すれば壁を越えた能力者レベルであり、その他の技能も十分に会得している。だからステイシーなどには、序列が低い事を理由に扱き使われたりする事も多い。

 また、彼には特殊な性質があり、アッガイもそれを上手く利用して仲良くなった。

 

 

「さすが鯉きゅん。きっとお母さんもハッピーウレピーだよ!」

 

「ええ、私は母が喜ぶ事ならどんな事でも可能ですから」

 

 

 そう、桐山鯉は自他共に認める【マザコン】である。皮肉としてマザコンと呼んだとしても、何のダメージも受けないどころか、返って喜ぶ始末なのだ。アッガイが彼の事を知って最初に思ったのが『トールギスⅡとかが似合いそうな声だね』である。

 

 

「ねぇ鯉きゅん。そろそろあれ会得した? 【釘パンチ】をさ」

 

「釘……? よく分かりませんが、どちらにしても私は足技の方が得意なので、覚えても釘キックになりそうですが……」

 

 

 他愛の無い話をしながら二人は院内へと侵入していった。二人が通り過ぎた後には、ガードマンが【寝ている】だけである。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「順調のようだな……この分で行けば冬馬にも……。ん? どこからか紅茶の良い香りが……」

 

「この紅茶の良さが分かりますか」

 

「!? 誰だ!」

 

「大病院の院長の癖にこのアッガイを知らぬとは不届き千万! 貴様には地獄すらも生温い!!」

 

「! お前は冬馬や井上の倅と一緒によく居る……!」

 

「遅すぎる! お前には何よりも速さが足りない! キエェェェェェェッ!!」

 

 

 院長室へと侵入を果たした桐山とアッガイだったが、何故か直前で桐山は紅茶を淹れ、敢えて侵入を院長に知らせる事にした。そして院長が自分を知らない事に【ムカ着火ファイアー】したアッガイは即座に院長をフルボッコにする決意をする。院長が誰だ、と言った相手は桐山だったのだが。

 アッガイは院長に飛び掛り、そのまま押し倒す。マウントポジションを獲得したアッガイは、体の奥底から湧き出てくる魂の叫びを院長に聞かせながら両腕で打撃攻撃をする。

 

 

「バチスタ! 心肝同時移植! カテーテル! 4期は……なんだっけ!?」

 

「ごはぁ!」

 

「アッガイ、私がちゃんと粛清理由を話してから気絶させるように、と言ったではありませんか」

 

「あ、ごめんねー。病院独特のアルコール臭で何故かテンション上がっちゃった、テーヘーペ――」

 

「では運びましょうか」

 

「あーん! エレガントな遮り!」

 

 

 この後、アッガイは院長室にあった金庫を開けて、多くの諭吉さんを発見する。横目で別の資料の運び出しをしている桐山を確認しつつ、『没収没収!』と札束を握り締めたのだが、即座に桐山に発見され、彼の蹴撃によって窓から葵紋病院を後にする。

 

 

 葵紋病院院長、及び副院長は、裏にて様々な悪事に手を染めていた。川神市に広がりつつあった違法な薬物も、彼らが主導しての物だった事が、九鬼によって判明したのだ。彼らはそういった悪事を表沙汰にされない代わりに、九鬼による更生プログラムを受けさせられる事となっている。裏金や闇献金、政治家との汚れたパイプを綺麗にし、世の為、人の為、九鬼の為に働くように。当然であるが、彼らに拒否権は無い。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「やぁ冬馬に小雪、そしてハゲ」

 

「おはようございます、アッガイ」

 

「アッガイおっはー」

 

「おはようさん」

 

 

 アッガイは朝から風間ファミリーではなく、葵ファミリーへと顔を出していた。今日は日曜日で学校は休み。しかし葵紋病院は慌ただしい状態となっている。原因はトップ二人の休養だ。突如、葵紋病院のトップである院長と副院長が怪我をしてしまい、様々な方面への対応に院内の人間は追われている。

 冬馬と準も葵紋病院の人間という風にはなるが、学生であり、まだ経営などには深く関わっていないので別段やる事もなく、アッガイと話していても問題ない。

 

 

「いやー大変だねー。人が働き蟻のように忙しなく動いているよ。僕もああいう風に人を動かしたいもんだ。そして『見ろ、人がゴミのようだ』とか言ってみたい」

 

「お前その台詞、都内に遊びに行った時に散々言ってただろうが」

 

「いや、僕はハゲと都内になんて行ってないよ……? はっ! あまりのショックで記憶が……! そして髪も抜け落ちて……!」

 

「ショックを受けてもいなければ記憶が飛んでもいない! そしてこれは剃ってるんだ! 抜け落ちた訳じゃない!!」

 

「おいおい、いつのもアッガイジョークだろうが。顔真っ赤にして茹蛸みたいだぜ? このアオ汁やるから落ち着けよ」

 

「おいなんだよ、この明らかに人体が拒否するような色合いの飲み物は!?」

 

「アッガイの淹れたオイシー汁。略してアオ汁。それを飲んで真っ赤な顔を真っ青にしようぜ! そして『これがアオの力だ!』とか言おうぜ!」

 

「テメェ、馬鹿か!」

 

 

 ギャーギャーと騒ぐアッガイと準を見ながら、冬馬は穏やかに微笑み、小雪は耐え切れなくなって二人に混ざりに行った。その後、冬馬に宥められて、4人は場所を移して駄弁る事に。

 

 

 冬馬の部屋へと場所を移したアッガイ達は、他愛の無い話題を話しながら過ごしていった。アッガイ本人は何も言わないが、冬馬と準は、アッガイが自分達を心配して遊びに来たのではないかと思っている。どこら辺が心配しているのか、と聞かれれば答えにくい訳ではあるのだが。そこらへんは長い付き合いで培った勘とでも言えるだろう。なんとなくいつもより優しいような気がしたり、なんとなく自分達の言葉を待ってくれていたり、そういう雰囲気を感じる事が出来るのだ。これは小雪も同じだろう。

 

 

「冬馬の射程(ナンパ)ってどのくらいなの?」

 

「13kmや……って所でしょうか」

 

 

 小雪の事件から繋がった冬馬と準との出会い。そしてそこから続いた今日までの絆。こんな他愛の無い話を続ける事が出来なかったかもしれない未来。

 

 

「僕、ハゲの為にロリコン矯正装置を作ったんだ。脳波を監視して、ロリな事を考えたら耳元でヤンデレな弟が『殺し合おうよ! ハァッ!』とか色々言ってくれるよ!」

 

「いらねぇよ! なんで頭の中まで監視されなきゃいけないんだよ!」

 

 

 もしかすると、小雪まで巻き込む形となってしまったかもしれない、そんな予想が冬馬と準にはあった。小雪は自分達が言っても付いてきてしまうだろうから。そうなった時、小雪だけでもどうにか助けられるようにと考えていた。

 

 

「ハゲが幼女について語り出しそうだから僕の持ってきた無双やろうぜー」

 

「僕、孫尚香使うー」

 

 

 しかしその考えは徒労に終わった。誰よりも自由に生きる存在が、何もかもをぶっ壊してくれたから。闇に引き擦り込まれる前に引っ張ってくれたから。いや、闇そのものを打ち消してくれたから、なのかもしれない。

 

 

「アッガイ、ありがとうございました」

 

「サンキューな」

 

「突然感謝され始めるとは、このアッガイにも遂に本格的なカリスマ性というものが……」

 

「よく分かんないけど、トーマと準が明るいから、僕もありがとー!」

 

「ぐへぇ! いきなり飛び乗ってくるのはやめなさい! なんで百代といい、小雪といい、僕に飛び付いてくるんだ!」

 

 

 だから感謝する。絆を守ってくれた事を。こんな風に笑いあって過ごせる時間を守ってくれた事を。自分達を救ってくれた事を。

 

 

「よーし、皆で異民族相手に一騎当千しようぜー!」

 

「たまにはこういうゲームもいいですね」

 

「若はリアルで恋愛ゲームしてるようなもんだろうが。しかもとっかえひっかえのハーレム」

 

「ねー。これって準のキャラを倒したりとか出来ないのー?」

 

「なんでユキはそんな考えが出てくるんだ! 味方だから! 協力プレイだから!」

 

 

 3人は思う。願わくば、この時間がずっと、続いていきますように。学園を卒業しても、大人になっても、ずっと、ずーっと。またこんな風に、笑いあえますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「知ってたと思うけど、まだまだ続くんじゃよ」

 

「? 急にどうしたのだ、アッガイ」

 

「いや、なんか言っておかないと『俺達の冒険はこれからだ!』みたいな流れになりそうでね……。にしても忙しかったってのもあるけど、2ヶ月振りかー」

 

「義経が寂しがっておったぞ。アッガイはこっちに来ないのかー、いつ会えるのだー、と」

 

「電話ではちょこちょこ喋っているんだけどなぁ」

 

「フハハ! 義経はアッガイが大好きであるからな! 勿論、我もであるが」

 

「実はね、紋白。僕こういったカードゲームを……」

 

「紋様、もうすぐ到着します。ご準備を」

 

「うむ!」

 

(なんでいつもいつもヒューム氏が出てくるかなー! こうなったらヒューム氏が居ても無理矢理説明して支援をば……)

 

「おい、アッガイ。時と場所を弁えねば、また吊るすぞ」

 

 

 アッガイは黙って何回も頷いた。もう簀巻きにされて縛られ、九鬼ビルから吊るされて見る夕焼けなんて嫌なのだ。ブルブルと震えだすアッガイの頭に手を乗せて『よしよし』と撫でる紋白。いつの間にか色々逆転している事にアッガイは気付かない。

 

 現在、アッガイ達は九鬼家所有のヘリに乗って移動中である。目的地はとある離島。現代に蘇った英雄達が居る島だ。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「久しぶりだねアッガイボーイ。鯉から話は聞いてるよ。掃討に協力してくれたそうじゃないか」

 

「最高のステルス性能を誇るこのアッガイにかかれば潜入なんて簡単なものなのだよ。ジャブローの地下水域は全て僕が支配しているのさ!」

 

「相変わらず言ってる事は理解不能だが、礼は言っとくよ」

 

 

 島に着いてアッガイを迎えたのはマープルだった。相変わらず魔女のような服装ではあるが、桐山を従えている事からも分かるように、序列2位は健在である。

 と、そんなアッガイの所に、猛烈な勢いで走ってくる少女が居た。その少女の後ろからは3人が同様に走ってきている。

 

 

「アッガイ! 久しぶりだ!」

 

「おー、義経。お元気ー?」

 

「義経は元気だぞ! でもアッガイに会えなくて寂しかった」

 

「どっちも忙しかったしねー。でもプランが早まったから、一緒のビルで住む事になるしー」

 

「うん! 義経はとても楽しみだ!」

 

「ちょっと義経。嬉しいのは分かるけど私達を置いて行かないでよ」

 

「まったくだぜ。どこから組織の連中が狙ってるか分からないってのに……」

 

「あはは。それだけアッガイちゃんに会いたかったんだよ」

 

 

 後から弁慶、与一、清楚がやって来た。弁慶は一人先に到着していた義経にジト目を向け、与一は顔を片手で隠しながら何故か周囲を警戒している。清楚は文型少女なのに全く息を乱さずに、ニコニコしていた。義経は弁慶に謝りながら反省し、そんな様子を見て弁慶は何故かホッコリと満足気な表情を浮かべている。

 

 少しだけ騒がしくなったところで、紋白もヒュームを連れてやって来た。その表情は義経達の楽しそうな雰囲気にあてられたのか、同様に笑顔である。ヒュームは離島の九鬼を統率しているマープルへと向かう。

 

 

「皆、変わりないか?」

 

「マープル、用意は出来ているのか」

 

「こっちは準備万端って所さ。既に大方の荷物は従者部隊が運んでる途中だろうね」

 

 

 今回、義経達の居る離島へとやって来たのには、当然ながら理由がある。プランの実行が早まった事で、義経達の住居も川神へと移す為だ。簡単に言えばただの引越しなのだが、引っ越す人間達は未だ世間には知られていない英雄のクローン。警戒するに越したことは無い。故に九鬼で最高戦力であるヒューム、そして何かあった時に何か出来るかも知れないアッガイが来ているのだ。

 ちなみにアッガイは戦力として呼ばれていると思っているし、そう説明もされたのだが、それは嘘である。いつも理解不能な行動を仕出かすアッガイを、敢えて戦力とする意味はないし、デメリットの方が大きい。大体、戦力ならばヒュームが居るし、義経達も十分な戦力として育った。ならば何故、アッガイを連れて来たのか。それは紋白が義経達を気遣ってのちょっとした我侭であった。

 プランの早期実行に伴い、義経達も川神に居る九鬼も、その動きを活発化させていたのだが、その影響もあって、定期的に義経達に会いに行けていたアッガイでさえも、時間を作る事が難しい状態となっていたのだ。いくら時が来ればいつでも会えるようになるとはいえ、これから大きな責務を背負っていく義経達に、少しでも楽しく日々を過ごして貰いたいと紋白は思っていた。だから反対するヒュームを納得させ、今回の迎えにもアッガイを連れて来たのだ。

 本当に嬉しそうにしている義経達を見て、自分の判断は間違っていなかったと思う紋白。そしてそんな紋白の姿を感慨深げに眺めるヒュームとマープル。最早、老人と呼ばれる程に生きてきた二人に、目の前の若き芽はどのように映ったのか。老人達が答えを出すのは、まだまだ先である。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「部屋の場所ってどこになるのかなー。僕とグランゾンの部屋は動かしようが無いからさー」

 

「義経はアッガイの部屋の近くがいい」

 

「んじゃ私は義経の部屋の隣」

 

「俺は――」

 

「与一も近くだからね。分かってるよね?」

 

「お、……おぅ……」

 

「私もアッガイちゃんの部屋の近くがいいなー」

 

「皆もグランゾンと会ったらお祝いしてやってよー。また何かの資格に合格したみたいだからさー」

 

「そうなのか! 義経はいっぱいお祝いするぞ!」

 

「っていうか、グランゾンってもうヤドカリの領域から出ちゃってるよね絶対に」

 

 

 川神の九鬼ビルへと向かうヘリの中、アッガイと義経達は、自分達の部屋に関しての話題で盛り上がっていた。義経がアッガイの部屋の近くが良いと言い始め、それに追従するように弁慶達も自分の希望を言い始める。与一は問答無用だが。

 そして話はアッガイの親友であるムラサキオカヤドカリのグランゾンに変わっていく。最早、資格マニアの様相を呈してきたグランゾンだが、最近になってまた新しい資格を取得したようで、発行された証書を飾ってはうっとりとしながら眺めている。証書を飾っているだけで、グランゾンの部屋である【だーくぷりずん】は埋まってしまいそうなレベルだ。

 

 

「ダークプリズン……成程、遠き地にて人生を箱庭で過ごす、あのヤドカリには打って付けの住処だろうよ」

 

「僕もなんやかんや言ったけど、まさか与一の厨二が今日まで治らないのは予想外だったよ」

 

「ハッ、世界は俺を見続けている。俺にはアイツらの目を盗んで変わる事なんて出来やしないのさ」

 

「まぁそれはどうでもいいんだけどさ。この間、アニメ見てたら与一にぴったりなキャラが居てさー。物真似覚えようぜ。ボクサーなんだけどね。『肉は柔らかいほうがいいからなぁ』とか『もっと食わせろぉ!』とか言っててさ。まぁ最終的には新型デンプシーでフルボッコにされるんだけど」

 

「お、面白そうだね。私デンプシーやるから」

 

「なんでそう姉御は俺を痛めつけるのを嬉々としてやろうとするんだよ!?」

 

 

 英雄達が表舞台に姿を現す時は近い。


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