真剣でアッガイになった。【チラ裏版】   作:カルプス

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【第10話】 機風堂々 アッガイとクッキー

「クッキィィィィィ!!」

 

「アッガイィィィィ!!」

 

「ここから先のことは、お前には関係ない!! お前の存在が間違っていたんだ!! お前は九鬼から弾き出されたんだ!!」

 

「結果は何よりも優先される! 戦術的勝利などいくらでもくれてやる!!」

 

「クッキィィィィィ!!」

 

「アッガイィィィィ!!」

 

「うるせぇ! 何騒いでやがる!」

 

「あ、ゲンちゃん」

 

 

 ある日の島津寮。朝から騒がしかった。原因はアッガイとクッキー2の声である。その騒がしさに、一人の男が不機嫌そうに部屋から出てきた。源忠勝。アッガイは『ゲンちゃん』と呼ぶ。言葉遣いは少々乱暴だが、面倒見はよく、イケメン四天王にも数えられている程の美形だ。元々は孤児院の出で、川神一子と同じ出身である。保護者として川神学園2-S担任である宇佐美巨人が面倒を見ているが、どちらかと言うと面倒を見て貰っている方が多いかもしれない。

 

 

「ちょっとした運動だよ、ゲンちゃん。朝の気怠い感じをテンションを上げる事で吹き飛ばしているんだ」

 

「まぁこれをやるとクッキーダイナミックで誰かを切り刻みたくなるのがデメリットだな」

 

「あぶねぇ事してんじゃねぇよ。……ったく。まだ他の奴らは起きてこねぇだろ。茶でも淹れてやる」

 

「わーい、ゲンちゃんがお茶くれるー」

 

「勘違いしてんじゃねぇよ。お前らそのままにしておくとまた騒ぎ出すからだ」

 

 

 そのまま台所へと入って行く忠勝。そんな彼を見つつ、アッガイは『アレが王道のツンデレなのか……!!』とその威力に震えていた。クッキーは第二形態から第一形態に戻って、主人である翔一の部屋へと向かった。

 クッキーには変形機構が備わっており、状況に応じて変形する事が出来る。クッキー1は丸い形状のロボットで、家事やポップコーンを提供し、クッキー2は戦闘形態だ。

 

 

 結局この後、大和や京、そしてクッキー2に無理やり起こされた翔一が来るまで、アッガイはまったりと島津寮で過ごした。内容は、テレビを見ながら煎餅を食べ、お茶を飲み、京を煽って大和に突撃させたり、である。

 

 アッガイとクッキー。この二人の出会いや付き合いも、もう数年となる。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「後輩? って事は九鬼でロボット作ったの?」

 

「そうなんだ。基本的な設計やデザインは津軽さんがして、僕は技術的な部分をね」

 

 

 ある日、陽向の家で過ごしていたアッガイに、家の主人である陽向が新たなロボットについて話していた。台所では赤ん坊を背負った若葉が洗い物をしている。

 

 

「津軽……あぁ、あのボッチね。良かったな陽向、あれレベルにならなくて」

 

「いや、アッガイ凄く失礼だからね? 津軽さんはちょっと技術的分野にのめり込んじゃっただけだから……」

 

「ハッ! 美人の嫁さん貰って子供まで生まれているリア充は言う事が違いますなぁ!!」

 

 

 陽向と若葉の結婚から数年が経過し、石動家には新たな家族も増えていた。それが若葉の背負っている赤ん坊。石動家長女として生まれた石動水萌(みなも)である。アッガイも可愛がっていた。若葉も母となり年齢を重ねたのだが、【老化】という言葉とはなんなのだろうか、と言える程に綺麗なままだ。

 元々、視力が弱く、大きめのメガネを掛けていた若葉なのだが、服等をちゃんとすればとんでもなく美人だったのだ。しかも巨乳で、スタイルが良い。だからこそ、若葉が陽向と結婚するとなった時のアッガイのショックは計り知れないものだった。『こんな美人があんなコミュ障のどこに惚れたのか』、アッガイが未だに解明出来ていない謎の一つである。元々アッガイが、陽向はコミュ障ではない、という事実を認識していないが為の謎だ。

 水萌はもうすぐ一歳の誕生日、スクスクと育っていた。若葉は髪をポニーテールにして、現在は育児休業中。つまり名実ともに石動家は陽向が大黒柱となったのだ。なのでアッガイも陽向への攻撃に関しては完全に自重している。暴れないのは、別世界で色々やっているのでストレスも溜め込んでいないのが大きいだろう。

 

 

「で、こんな話をして僕に何かさせるの? 僕、水萌ちゃんと遊んでる方がいいんだけど」

 

「水萌とはいつも遊んでるじゃないか……。アッガイにはさっき話したロボット、クッキーと会ってもらいたいんだよ」

 

「なるほど、さすがだな陽向。僕の事をよく理解している。グランゾンよりは数段階、下とはいえ、さすが僕の友人に名を連ねているだけの事はある」

 

「え? まだ何も言ってないよね? 会って欲しいとしか言ってないよね?」

 

「アレだろ。僕より優れていた時には速攻で潰せるように、会わせてくれるんだろう?」

 

「違うよ!?」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほー。君が僕の後輩かね」

 

「うん! 僕はクッキー! ヨロシクね先輩!」

 

「なるほどなるほど……。うん、津軽のデザインセンスがよく表れているよプークスクス」

 

「? なんで先輩は笑っているの?」

 

「いやいや、なんでもないよプークスクス」

 

「なんでもなくないだろ! なんで僕を見て笑うのさ!」

 

 

 アッガイとクッキーは九鬼ビルの研究室にて邂逅したのだが、アッガイがクッキーを見て笑う。チラッと見ては視線を逸らして『プークスクス』と分かり易い程の笑いをするのだ。そんなアッガイの態度に、クッキーはブチ切れた。体から出ている青い光は赤色に変わり、更に姿も変化する。クッキー1からクッキー2へと変形したのだ。

 

 

「実力こそが全てにおいて優先される!」

 

「なんだそのライトな感じのセイバーは! 宇宙で一番活躍しているのはジオン軍だぞ! 上下関係というものを教えてやる!」

 

 

 この後、ヒュームに二人してボコられ(アッガイは容赦なく)、落ち着くまで戦いは続いた。しかし肉体言語というべきか。戦闘で生まれたのか、はたまたヒュームに二人仲良くボコボコにされたからなのか、二人の間には友情が芽生えていたのだ。

 

 

『……やるじゃない』

 

『フッ……伊達に私の先輩ではないな』

 

 

 というような感じである。この後に、アッガイはクッキーに激励の言葉を送った。何故ならクッキーは九鬼の誇るロボットであり、今後、自分のように活躍していくのだろう、とアッガイは思っていたからだ。津軽のデザインセンスを、自分のゆるキャラ優勝への障害とはならないと判断したアッガイ。だからこそ、こんなにも早く打ち解ける事が出来たのだろう。

 

 だが試作品としての意味合いが強いクッキーは、アッガイの思っていたような活躍をする訳でもなく、英雄から一子へのプレゼントとして送られた。そして一子から翔一へと渡る。さすがにこのタライ回しにはアッガイも同情した。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、これにて職員会議を終了する」

 

 

 川神学園の職員室では定例の職員会議が行われていた。ちなみにアッガイも参加しているが、特に面白い話もないので、ずっとお茶を飲んでいる。今日の議題は、川神市全域においての治安悪化に関する話で、脱法ドラッグなどの事だった。まだまだ範囲の小さい不安要素だが、安易な考えで事件などに巻き込まれないように注意を促すという。関係している風紀系の話をして、会議は終了した。

 

 アッガイはそれぞれの教室へと向かう教員達の中、2-Fの担任である小島梅子に話し掛ける。なんでかヒゲが期待するような視線をアッガイに向けたが、アッガイは無視した。

 

 

「ウメちゃん、ウメちゃん」

 

「む? アッガイか。何か用でも?」

 

「今日はウメちゃんのクラスに特別授業しに行くからさ。サボろうなんて努努思わぬように、って釘を刺しておいてよ。特に筋肉な奴に」

 

「島津か……まぁいいだろう。伝えておく」

 

「あ、小島先生、今日の帰り――」

 

「ではな、アッガイ」

 

「頼んだよー」

 

 

 会話の途中で、さり気なく混ざろうとしたヒゲを華麗に無視して梅子は教室に向かう。アッガイも何事も無かったように再びお茶を淹れに戻る。後には溜め息を吐きながらも『諦めないぜ』と未練がましく呟くヒゲが残るだけだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 川神学園の教室、その一つに静かな、静寂と呼べる空間となっていた教室があった。その教室は2-F。風間ファミリーのほとんどが所属するクラスである。しかし2-Fというのは風変わり、協調性無しなど、とにかく個性の強い人間達が所属するクラスなのだ。故に、教室は常に喧騒に包まれており、2-Sが毛嫌いしているクラスでもある。

 しかし2-Fは現在、とても静かだ。生徒達が教室を移動しているのだろうか、それは否である。生徒達は全員、教室に居た。そして誰も騒がず、視線は机に向かっている。

 そして教卓の上には、特別授業担当のアッガイ。そう、現在はアッガイの特別授業を、2-F生徒は受けているのだ。2-Sでは【極限の集中力】を教えようとしていたアッガイ。では2-Fでは何を教えようとしているのか。

 

 

(……ふむ。流石に最初は騒いだけど、やはり僕の【公平教育】には従うか。さすが僕! いつ教えるの? 今でしょ!)

 

 

 アッガイがしたのは、【公平教育】という自習強制である。自習をするように強制しているだけではあるのだが。

 

 

『僕は【平等】ではなく【公平】を愛するゆるキャラなのさ。だから君達が頑張ろうが頑張るまいが、それはどうでもいいんだ。ただ、頑張った奴には進級した時に僕がご褒美あげる。頑張らない奴は僕がムカつくから即時お仕置きする。ね、簡単でしょう?』

 

 

 最初、このアッガイの話を聞いた2-F生徒は大いに拒絶した。とは言っても少なからず言う事を聞く人間も居るのだが。大和や京、モロにワン子。委員長である甘粕真与。不機嫌そうな表情ではあるが、言う事を聞くであろう忠勝。食べ物を食べつつ大人しくしている熊谷満。

 逆に騒いでいたのは翔一に岳斗、大串スグルやヨンパチと呼ばれる福本育郎。女子では小笠原千花、羽黒黒子。そしてその他の2-F生徒達だ。

 

 

 Sクラスからは落ちこぼれ呼ばわりされる程に、2-Fの生徒というのは我が強い癖に自堕落な奴が多い。そして何よりも、強制される事を嫌う。しかしそんな事はアッガイには関係無い。

 まず手短に逆らった場合のお仕置きを見せてあげる事にしたアッガイ。お手伝い(強制)は島津岳斗。最早定番となった電気ショック。更には健康には良いけど滅茶苦茶痛いツボ押し。だいたいこの辺りで教室が静かになってきたので、一人うるさかったガクトを気絶させて再び2-F生徒に語り掛ける。

 

 

『僕は別に仕事するだけだからね。文句がある人は言ってね。記憶飛ぶまで電気流すから。後から告げ口するような奴には……まぁ言わないでもいっか。じゃあ始めるよー。自習開始ー、ドンドンパフパフー』

 

 

 こうして、2-Fは静寂に包まれたのだった。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「大和は素直に僕の言う事に従ってたね。このまま真面目にやってれば進級した時にご褒美確定だよ!」

 

「まぁ別に自習はいいんだけどさ……」

 

「なに? Sの連中が今日はF組が静かな時間があった、って言ってたけどアッガイの授業だった訳?」

 

「そうだよヒゲ。実力ある僕だからウメちゃんも会話してくれるんだよ。どこぞのヒゲと違って」

 

「……ちっとは協力してくれてもいいんじゃね?」

 

「え、ヤダ」

 

「ヒゲ先生はもうちょっと色々考えようぜ……」

 

 

 とある和室。川神学園で使われていない一室なのだが、そこでアッガイ、直江大和、ヒゲこと宇佐美巨人がだらだらと過ごしていた。既に授業は終了し、帰宅する生徒や部活に向かう生徒で、学校内も幾分か静かになっている。

 

 

「皆、終わったら色々言ってたぞ?」

 

「どうせ強制されたのが嫌だった云々の話でしょ? いいよそんなもん。ネットに書き込んだら特定して、本気でお仕置きしてやるけど」

 

「大体、S組の時と内容が違うらしいじゃないか? 井上から聞いてたけど」

 

「? 井上って誰?」

 

「井上準だよ! ほら、姉さんと一緒にラジオやってる! ハゲの!」

 

「あー! ハゲか! アイツ井上って言うんだ……へぇー、トリビアー」

 

「お前絶対知ってたろ!」

 

「知ってたかもしれないけど、アイツに興味なんかないし? 忘れてもしょうがないと思うんだ」

 

「っていうかよ。おじさん思うんだけど、生徒に嫌われるのってお前嫌なんじゃないの? お前の言う、例のグランプリの得票に影響あると思うんだけど?」

 

 

 ヒゲの言う事は最もな疑問だった。事実、一緒に居た大和も頷いて同意を示す。これまでアッガイは敵対してきた人間には徹底的に反撃したが、基本的には友好的である。しかし今回、2-Fで行った事は、生徒からは非難されるであろう行動だ。これまでイメージを大切にしてきたアッガイにとって、こういった行動は自らの首を絞めるのではないか、それを大和とヒゲは気にしている。

 

 

「あのさー、S組みたいに集中力とか養える訳ないじゃん、F組で。アイツ等に集中力とか求める方が馬鹿だよ」

 

「いやまぁ、それはそうだろうけどさ。……じゃあアッガイはFで何を教えようとしていたんだよ?」

 

「お、それおじさんも気になる」

 

 

 ゴロゴロと体を横にしていたヒゲも、大和の質問に同意して体を起こす。ヒゲとしても、アッガイが何を教えようとしていたのかが気になるのだ。

 

 

「僕がF組に教えようとしていたのは【理不尽】さ! 北海道のほうのシルバーなスプーンの漫画を参考にしてね!」

 

「は? 理不尽? そんなの教えてどうするんだよ。っていうかソレは教えるべきものか?」

 

「いやいや、おじさんは結構分かるぜ。社会に出てからしか分からない事を少しだけ体験させてるみたいな感じか?」

 

「ほー、流石にヒゲはそういう分野は分かってるね。あとは輪廻転生な感じで魂からイケメンになれば、ウメちゃんを落とせると思うよ!」

 

「え、なに、それはおじさんに一度死ねと? おじさんそこまでしないと小島先生落とせないの?」

 

 

 がっくりと肩を落とすヒゲとは反対に、少し分かったような表情をして、天井を眺める大和。

 

 

「そういえば、小笠原さんとかは終わった後、何も言わなかったな……」

 

「千花りんは実家の手伝いとかしてるからねー。ああいうのは慣れてるのさ。だからまぁ分かってる人は普通に自習で学力上げればいいのさ。そういう生徒は僕の授業の対象じゃないしー」

 

「って言うと、アルバイトとかそういうのした事無い奴らが対象だったのか? キャップとかにも強制させたのに?」

 

「僕が授業しているのに将来ニートやらを出す訳にはいかないだろー。やるからには敏腕教師アッガイ先生と呼ばれたいのさ、僕は! 翔一はまぁ冒険家になるってのは知ってるけどさ。最低限の学力は必要だし」

 

 

 そしてアッガイは二人に自分の思惑を語り始めた。アッガイの思惑としては、第二に自分が授業をしたのに将来、ニート等になられては困る、という事である。『あのゆるキャラは駄目教師だった!?』なんていう記事が頭に浮かび、それを滅茶苦茶に切り裂くアッガイ。

 そして第三に、真面目に授業をする事で、ヒュームのお仕置きを回避する。学園での仕事ぶりは定期的に九鬼へと鉄心から報告されるのだ。そしてその報告を受けるのは基本的にヒューム。川神学園での仕事は、ヒュームと鉄心というコミュニティから優遇を受けた結果であり、ちゃんと仕事をしていなければ、ヒュームの面子に泥を塗る事となる。そこから繋がる未来は想像に難くない。

 第四に、これはついで程度なのだが、生徒達に将来、世間を生きていけるような強さを持たせる事。社会の理不尽さに負けず、強かに生きていけるようになって欲しいのだ。これは小さい頃から見守ってきたアッガイの、親心のようなものである。

 

 

「第一としては、言う事聞かない奴らを、お仕置きの名目で洗脳して僕の広報活動労働力にしたい、って感じなんだけどねグヘヘ」

 

「第一で全部台無しだよ!! 結局そこにいくんかい!」

 

「まぁアッガイらしいはアッガイらしいけどな。これで真面目だったらそっちの方が不自然だしよ」

 

「だって厳しくして嫌われるパターンもあるだろうしさー。そうなって時の為に自由に動かせる駒とか欲しいじゃない? 僕策士だからさー。あ、そういえば昔厨二な感じの軍師(笑)もどっかにいたっけー? 僕に協力してくれないかナー? じゃないと口が滑りそうだナー?」

 

「なんでアッガイを教職に就かせたんだ!!」

 

 

 大和は本気で叫んだ。

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「ほぉ……さすがは技術立国日本。サムライの国はここまで進んでいるのか」

 

「……まさか、こんな所で、【赤い彗星】に出会うだなんて……!」

 

 

 学校からの帰り道、仲見世通りでお菓子を買おうと歩いていたアッガイに、話し掛けて来た人物が居た。軍服を着こなし、鋭い眼光を向け、明らかに周囲から浮いている存在。そしてその声は、アッガイに【赤い彗星】の存在を強烈に思い出させた。

 

 

「赤い彗星……。そう呼ばれた事はないが、何故だかしっくりとくる呼び名だ……」

 

「……僕は貴方から、足利義輝のような力強さを感じる……。只者ではないですな?」

 

「足利義輝……かの剣豪将軍と同じと言われるとは、私も鼻が高い。……私はフランク・フリードリヒ。ドイツ軍にて中将をしている」

 

「……僕はアッガイ。九鬼で生まれたジオン軍一のゆるキャラさ」

 

「私を前にしてこうも物怖じしないとは……。やはりサムライの国、物にまで武士道を宿らせるか……! いや最早、物とも呼べまい……。アッガイと言ったね。君とはまた会う予感がするよ」

 

 

 そう言ってフランクはアッガイに背を向けて雑踏の中へと消えていった。

 

 

「……フランク・フリードリヒ、一体何者なんだ……。あ、でも仮面被ってないから、そのままか」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「クリスティアーネ・フリードリヒ! 今日からこの寺子屋で世話になる!」

 

 

 翌日。川神学園に、一人の少女がやって来た。馬で。

 彼女の名前はクリスティアーネ・フリードリヒ。アッガイが昨日、仲見世通りで出会ったフランクの娘である。金髪に白い肌、整った顔と、まさに美少女と呼べる容姿だった。クリスの登場にガクトやヨンパチは歓喜し、明らかに日本という国を【間違った知識】で見ている転入生に大和などの良識ある人間達は頭を抱える。ちなみに現在、2-Fにはクリスの父親であるフランクが居た。彼もまた、娘と同じく、日本は今だにサムライの国であると思い込んでいる。娘が馬で登校した事も、当然だと思っているのだ。

 

 そしてそんな状況で、間違った認識を改めるどころか、正しいと誤認させてしまうような存在も登校してきてしまった。

 

 

「フハハハハハ! 九鬼英雄、登校である!」

 

「皆さーん、英雄様のご登校ですよー。挨拶して下さいねー☆」

 

「そしてついでに寝坊した僕、参上!」

 

「おお! ジンリキシャ!」

 

「転入初日から馬とは見事! 我は九鬼英雄! いずれ世界を統べる者である!」

 

「まさにトオヤマ……! これが日本……!」

 

(なんか面白そうな娘きたなー)

 

 

 ジンリキシャに目を奪われているクリスを、横からアッガイは眺めていた。そして機会を見て、自分の勢力(ファン)へと取り込めないかと考え始める。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 アッガイは川神学園の廊下にて、フランクと再会していた。どうやら帰る途中のようだ。フランクと学園の門まで歩きながら会話をするアッガイ。

 

 

「クリスというのは本当に可愛い娘なのだ。目に入れても痛くないという言葉もあるが、私ならば現実に入れても痛くないと確信をもって言える」

 

「とりあえず娘を過保護しすぎじゃない?」

 

「何を言うか! 娘が異国で生活するなど、心配をしない親がどこにいる! 私は別れ際に、『何かあれば戦闘機で駆けつける』と約束したのだ。だからこそ、何かあれば絶対に駆けつける。それは何よりも優先される事なのだ」

 

(うわー。日本文化を勘違いしている上に実力行使出来る親とかタチ悪いわー)

 

「……だがやはりクリス本人からの話や、監視役の報告だけでは詳細までは確認のしようがない……。クリスは自分の感じた事を話してくれるのだろうが、あの子は純粋だ。悪意を持った誰に誑かされるか分かったものではない! ええい! 冗談ではない!」

 

「ちょっと落ち着こうよ」

 

「……ああ、済まない。認めたくないものだな、親ゆえの過ちというものを」

 

 

 娘を溺愛しているフランクに、普通にドン引きのアッガイ。声は赤い彗星なのに、親バカが出始めるとボロボロと崩壊していく。でも声は好きだし、ドイツ軍中将という偉い立場にいるので、アッガイは突き放したりしない。コネクションは大切にするのだ。

 

 

「――そこで、だ。アッガイ。君をサムライと見込んで頼みがある」

 

(いや、僕はサムライじゃなくて、ゆるキャラなんだけど……)

 

 

 否定したかったのだが、また興奮すると面倒なので黙っているアッガイ。その沈黙を、頼みを聞いてくれると勘違いしたフランクは、そのまま話を進める。

 

 

「異国で私が最初にサムライと認めた君に、私の代わりをしてもらいたい。クリスを見守って欲しいのだよ」

 

「いやでもフランク氏。クリスは島津寮でお世話になるんだよね? 僕は島津寮には住んでいないし、クリスを見守れるのも学校の中とかちょっとした放課後位だよ?」

 

「そこは大丈夫だ。学校以外では常に監視役がクリスを見守っている。逆に学校の中までは監視役は入れないのだよ。だから学校内でのクリスの様子を見られる人物が良いのだ」

 

「でも……」

 

「もし君がこの件を引き受けてくれるならば、我がドイツ軍をもって有事の際に必ず助ける事を誓おう」

 

「勝利の栄光を君に!」

 

 

 アッガイは強力なコネクションと、現段階で最大規模の切り札を手に入れた。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

 フランクを見送ったアッガイは、校舎に戻ろうとしたのだが、ゾロゾロと生徒達が校庭に出てきた。都合よく京の姿が見えたので、どうしたのか聞いてみると、ワン子が転入生に決闘を申し込んだ、との事だ。その申し出をクリスが承諾し、学園長である鉄心も許可を出した。つまりこれから、校庭でワン子とクリスの決闘が始まるのだ。

 

 正直、アッガイは焦った。何故焦る必要があるのか、と疑問に思う者も居るのだろうが、アッガイはまだクリスの事をよく知らない。知らないがフランクと約束してしまった。これでクリスが駄々っ子だった場合には、決闘で怪我をしてフランクに連絡、『約束を破ったな!』とアッガイに軍が。おお、アッガイよ、死んでしまうとは情けない、となってしまうのだ。

 つまりアッガイはクリスが怪我をしても、自分を悪く言わないようにして貰わなければならない。簡潔に言えば仲良くならなければならないのだ。しかし、登校時には英雄の人力車に目を奪われていたクリスは、当然アッガイとは話もしていないし、そもそもアッガイを見たのかも分からない。

 そんな状況で決闘はマズイ。どうにか接触しなければならないアッガイだが、ただ出て行くだけではインパクトが弱い。どうしたものかと焦るアッガイに京が話し掛けた。

 

 

「あの転入生。やたら日本を尊敬してるみたい。時代劇とかが大好きみたいだし。それにかなり強――」

 

「! ありがとう京! 活路を見出したよ!」

 

「え? ちょ、アッガイ……行っちゃった。……しょーもない」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆

 

 

「いざ尋常に――」

 

「ちょっと待った鉄心氏!!」

 

「この声はアッガイ……って何しとるんじゃお主は」

 

 

 今まさに決闘が行われようとした瞬間。鉄心の声を遮ってアッガイが登場した。しかしその姿は今までとは全く違うものだ。

 

 

「アッガイ? なんで羊みたいになってるの?」

 

「アッガイ……? 一体誰なんだ?」

 

「僕はアッガイ。川神学園で用務員兼特別授業をしているよ。クリスと言ったね。日本は好きかい?」

 

 

 今のアッガイは全身を白くてモコモコした毛で包まれている。顔だけが出ている状態だ。そしてそんな状態でクリスに話し掛ける。

 

 

「日本は大好きだぞ! ずっと憧れていたんだ!」

 

「では【義】を知っているかね?」

 

「! ああ! 私が一番好きな言葉だ! 義理人情、サムライの魂!」

 

「では改めて聞かせてあげよう」

 

 

 アッガイはゆっくりとクリスの正面へと近付きながら話し始めた。

 

 

「義の字は、我と羊である。

 羊は美しいと同じである。そしてアッガイも同じである。

 故に義とは、我を美しくアッガイのようにするという意になる。

 繰り返す。

 義とは、まさに己を美しゅうする生き方なのである」

 

「お……おお! 素晴らしい! やはり義は素晴らしいものなんだな!」

 

(チョロい!!)

 

 

 一人感動するクリスを余所に、周囲の人間は『何言ってんだコイツ……』状態である。明らかに嘘が混ざっているアッガイの話を、素直に信じるクリスにも、周囲は呆れている様子だった。

 

 この一件により、クリスと良好な関係を築く事に成功するアッガイ。しかしこの一件により、鉄心その他によってお仕置きをされる事となる。

 後日、川神院からはアッガイの悲鳴。そしてその翌日には、やけに上機嫌な武神が居たという。


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