前半ブラック、後半はホットチョコレートだよ、ハルト。
それは自らの心に向き合い、己の穢れを見つめ直し、浄化する神聖なる儀式、男はそう教えられた。最初はこんな事に何を、と馬鹿にしていたが、成程、そう考えれば美しく尊いものだ。やりがいも見つかってくる。
研ぎ澄ます、己が魂を、ここは戦場、常に気を張れ、隙を消し、その業を磨き上げろ。息を吐き、右手を動かす。男の心に油断は無く、落ち着き払っている。
不動、騒ぎ立てず、静寂に、愚直なまでに基本を極める。こうして見ると自分が基本を忘れていた事を感じる。どれだけ応用を覚えようとその根幹である基本を蔑ろにしていては応用の真価は発揮出来ないのだ。無駄を省き、研磨する事こそ至高。
「……ふむ……」
手を止め、眼光を鋭くし、見つめる。これならば師も納得するであろう、男は満足気な笑みを薄く浮かべ、その場を立つ。
外を見てみれば随分と遅くなってしまったようだ。あれ程青く、晴れやかな空が今では夕日の光によって綺麗な山吹色へと顔を変えている。
「……ほう、終わったようだな……」
「師父……いらっしゃったなら声を掛けてくれれば良いものを……」
汗を拭う男の元へ静かに歩み寄る初老の男、キリッとした眉、立派な髭、オールバックの髪の男はその厳格そうな面からは想像もつかない人の良い笑みを浮かべている。
この初老の男性こそ男の師。男に基本を思い出させてくれた、心の師、男はその教えに心を打たれ、今ここにいる。
「何……君の仕事ぶりに感動して、声を掛けるのを躊躇ってしまっただけだよ、バレット君」
「お世辞を……私は唯、師父の教えに従い、自らを極めていただけです。権現坂さん」
蒼の髪をオールバックで流し、左目に眼帯、胸に大きな傷を負った男、バレットはふと頬を緩め、手に持った窓拭き用の雑巾をバケツにかけ、道着を着た初老の男、権現坂に答える。
思えば数日前、働き先の宛もないバレットを見かね、彼が声を掛けてくれたのが切欠だったか。彼とのデュエルを通し、バレットは考えたのだ。ここで働きたい、と。
彼の見せる不動のデュエル、その志はバレットの胸を打った。少しでも良い、その鋼の意志が、この身に宿るならば雑用でも何でもしよう、と。働く中で、彼の一言一言が胸に染みる。バレットの血肉となり、強固な骨格となる。
権現坂もまた、バレットを認めている。自分の課した雑用を無言でこなし、自分の言葉に応えてくれる。打てば響くとは正にこの事だろう。
バレットのデッキでは不動を極めるのは不可能かもしれない。だが自分の言葉が、心が彼の役に立てるなら、それで良い。
「どうかねバレット君、今日は遅いし、ご飯でも?」
右手で箸を持ち、左手で茶碗を持つような仕草でバレットを誘う。しかしバレットは頬を掻きながら苦笑する。
「ありがたいお誘いですが……家で待ってくれている者がいるので……」
「ほぉ……奥方かね?」
権現坂の問いに困り果てたような笑みを見せ、逡巡する素振りをするバレット。果たして自分は彼女の“何”なのだろう?と。
初めは随分と自分が嫌っていたものだ。何故このような者のお守りなど……。彼女もそれを察していたのだろう、猫が毛を逆立て、警戒するかのように自分を嫌っていた。
だが、“彼”がそれを変えた。彼は時間を要したが、彼女の警戒を解き、自分と彼女の橋渡しまでして見せた。皮肉なものでそうして見れば彼女が可愛く思えてくる。
彼女はずっと孤独だったのだ。まだ幼い彼女は人の温もりを欲していた。それに気づかず、あまつさえ自分の置かれている処遇に拗ねていたのだ。全く子供はどっちだとあの時の自分を殴り付けたい。
彼には、友には感謝しても仕切れない。正しく勲章ものだろう。
彼女の読み上げた自分についての作文でありがとうと言われた時は、胸から暖かなものが込み上げ、涙してしまった。あの時、全てが分かったのだ。この娘を守りたい、守らねば、と。
尤も、その後、拗ねた上司に友と一緒に減給され、別の涙を流したが。友と飲みに行って愚痴ったのは良い思い出だ。
現金なものだと笑われても良い、それでも戦士かと蔑まれても良い。これこそが戦場を失った戦士の最後の任務、彼女の戦士でいられるなら全てを失っても良いとまでバレットは思っている。
友の側で笑う彼女は輝きに溢れている。そう、バレットにとっての彼女は--。
「娘が、いるもので」
大切な大切な、宝物なのだ。
「……そうか……ならば仕方無い、私にも息子がいてな、誰に似たのか頑固者だが、やはり、子は可愛いものだよ」
「それは……さぞ立派な子でしょう。私の娘は自由奔放と言うか、何を仕出かすか危うい子でして……」
「ガハハハハ!なぁに、元気が1番よな!」
道場を出て、笑い合う2人の漢、あの子は今頃どこで何をしているか、心配を夕焼け色の空に追いやり、娘の待つ家へと帰る、子煩悩の男、バレット。家に着き、娘とお供がいない事に気づき、不動の意志を忘れ、あたふたと慌てる元軍人がいた事は内緒の話である。
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一方その頃、バレットの大切な大切な宝物はと言うと。
「へっくし!……むぅ……風邪か……?」
「……どうでも良いが、顔にかけるのだけは止めてくれ」
「すっ、すまない先生。SAL、ハンカチを」
3人と1匹の愉快な仲間達と行動を共にしていた。
バレットの宝物、セレナは黄色のリボンで結われたポニーテールを忙しなく揺らしながら隣で歩く赤帽子の少年、コナミに肩車をしてもらっている友、小猿のSALへと視線を移す。するとSALは背に負ったデュエルディスク、それを繋ぐセレナとお揃いの黄色のリボンからハンカチを取り出し、コナミの顔を拭き始める。
フキフキ、フキフキ。フキフキ、フキフキ。
「……どう言う反応が正解なのだろうな……」
「あっ、あの兄貴が戸惑っていらっしゃる……!タダ者じゃねぇぜ、この女とエテ公……!」
「はー、お利口さんですねぇ、このお猿さん」
余りにもシュールな光景に流石のコナミも戸惑いを覚え、子分である暗次とねねはセレナとSALに対し、戦慄する。唯、ねねに至ってはSALの可愛らしさに目を奪われているだけかもしれないが。
そもそもどうしてこんな摩訶不思議な状況になったのか、コナミは目の前で自らを心配そうに覗き込む少女、セレナを見つめる。
「?どうした先生?」
紫色の髪を黄色いリボンでポニーテールに纏め、赤いジャケットとスカートをベルトで止め、スパッツを履き、右手首にブレスレットを巻いた活発そうな少女。
その容姿は異なるが、彼女の顔はコナミが現在、居候している柊家の1人娘、柊 柚子と酷似しており、大いにコナミ達を戸惑わせた。軽い勝鬨状態に陥った程である。
しかもややこしい事にセレナとSALもまた、コナミの事を『先生』なる人物と勘違いしているのである。その証拠にセレナはコナミを先生と呼び、SALはコナミに肩車をされた状態で帽子の間から出る髪を毛繕いする始末。
「……申し訳ないがオレはお前の言う先生ではない」
「むっ……そう言えば背が縮んでいるような……いや、しかし匂いは同じだし、SALもこんなに懐いているし……む、むぅー?」
コナミの指摘を受け、僅かな違いに気づいたのか頭を抱え、うんうんと唸り声を上げるセレナ。実に分かりやすい反応である。
やがて疑惑が核心へと変わったのか「ああっ!?」と大きな声を上げ、嬉しそうな笑顔でコナミを指差す。
「ジャケットの色、同じだな!お揃いだぞ、お揃い!」
その瞬間、コナミ達のセレナを見る目が哀れみと言うか、小さな子を見つめるような優しいものへと変わる。胸に宿ったのは保護欲か、取り敢えずこの危うい少女を放っておく事が出来ず、遊勝塾に連れて帰るしかなかった。
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「……ふぅー……もうこんな時間か……」
遊勝塾、トレーニングルームにて塾生である榊 遊矢は我武者羅に練習していた。目指すはペンデュラムの先、しかしそれが分からない今、無意味に頭を悩ませ、時間を無駄にする事を嫌い、ペンデュラムのその先を考えながらも身体を動かしていたのだ。
デュエリストにとって強靭な肉体は必要なものであり、アクションデュエルなら尚更である。そのルール上、フィールドに散らばるカードを見極める観察眼、どんな場所にも落ちてあるカードを拾い上げられるような身体能力、アクションデュエルに最も重視される能力を鍛えながらも、遊矢は自らの意志も磨いていた。
健全なる精神は健全なる肉体にこそ宿る。しかしどうにもペンデュラムのその先が見えてこない、遊矢の中に僅かな焦りが生まれ、どうするべきか悩む中。
「ただいまーッス!」
玄関より声が響く、明るく活発さを感じさせる少年の声、恐らく暗次だろう。今、遊勝塾に居るのは遊矢1人、玄関のロックを開ける為、片手のタオルで汗を拭き、もう一方の手で持ったスポーツドリンクを飲みながら廊下を歩く。
「はいはい、今開けますよっと」
騒がしい友人達を迎えようと簡素なタッチパネルを操作し、スライド式のドアを開く。と、ここでコナミ達を驚かしてやろうと遊矢の中で少しばかりの悪戯心、もとい、エンタメの性が疼く。
大きな声を出してビックリさせてやろう、そう思い、ドアの前へと立ち、笑いを押し殺す。ドアを開き、遊矢の目に飛び込んで来たのは--。
「キー」
コナミに肩車されているSALの顔だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」
予想だにしなかった光景に逆に驚き、声を上げて尻餅をつく遊矢。当然と言えば当然である。友人を迎え入れようとしたら、知らない猿の顔がひょこっと出て来たのである。何で猿?コナミが退化した?などと余りにも突然過ぎる展開に遊矢の思考が明後日の方向へとかっとビングする。
これだけ聞けばコナミも馬鹿にしているようにしか聞こえないが、本人は至って真面目、やろうと思えば出来そうなのがコナミの意味不明なところである。コナミだから仕方ねぇや、コナミだもんな、が当たり前になって来ている遊勝塾。それはどうなんだと言いたいが、ツッコミ出したらキリが無いのがこの世界の条理である。
「……急に大声を出すな……びっくりしたぞ」
「むっ?このトマトみたいな頭をした奴は誰だ?先、コナミ」
一応、遊矢の思惑通り、驚いた--と言うものの何時もと変わらぬ顔をしたコナミとセレナが横からひょっこりと顔を出す。結局あの後改めて自己紹介し、コナミが『先生』なる人物ではないと渋々納得したセレナ。渋々である。
「あれ?柚子もいたのか?ってトマト……!?」
「またか!私はゆじゅ?とか言う奴ではない!絶対にだ!いいな!」
コナミ達と同じくセレナを柚子と見間違う遊矢、それと同時にトマトと呼ばれショックを受ける。小学生時代1時期いじられた事があるのだ。尤も、遊矢とは別にセレナも名前を間違われた事により額に青筋を浮かべ遊矢の額を小突く。
「私にはセレナと言う名前がある!分かったな!?」
「あ、はい、すいません」
その並々ならぬ気迫に反射的に返事をしてしまう遊矢、やっぱり柚子と同じストロングじゃないか。と思った事は内緒である。
「うむ!分かれば良い!あー……」
途端に機嫌を直し、笑顔を見せるセレナ。一瞬その眩しい笑顔に気を取られるも何とか持ち直す遊矢、ズボンについた埃を払いながら立ち上がり、セレナに向かい、手を差し伸べる。
「俺は榊 遊矢。よろしくな、セレナ」
「ああ」
互いに握手を交わす遊矢とセレナ、女性らしい柔らかくもデュエリストらしいマメだらけの掌、少々勝ち気な性格であるが悪い娘ではなさそうだ。
しかし一体何を思ったのかセレナはペタペタと遊矢の右手を触っている。
「えーっと……セレナ?」
「中々鍛えてあるな……ナヨナヨしている奴だと思ったがデュエリストらしいじゃないか」
「あ、ありがとう?」
「キー」
どうやらこちらも値踏みされていたらしい、その事に苦笑し、頭を掻いていると、コナミに肩車をされていたSALがセレナの肩へと跳び移り、遊矢へと手を差し伸べる。
「……えっと……?」
「こいつはSALだ。よろしくと言っているぞ」
「よ、よろしくSAL」
「ウキッ」
手を差し伸べるとSALは小さな手で遊矢の指をにぎにぎと握る。小さな赤子のような手で握られるくすぐったい感触に再び苦笑する遊矢。暫くして満足したのか、1鳴きした後、コナミの頭へと跳び移る。
「それで、どうしてセレナはここに?」
「ん?それは--」
「ただいまー……って、ええ!?」
セレナの言葉を遮り、遊勝塾へと2つの影が現れる。1人は髪を後ろで一括りにした小柄な少年。もう1人は舞網市立第二中学の制服を身に纏い、右手首にブレスレットを巻いたツインテールの少女。
背後から現れた人物に振り返るセレナ、やがてその視線は少女とぶつかり--。
「ちょっと素良、待って……え?」
「……わ……私がいる……!?」
大いに困惑する事になったのだ。
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「はー、ほー、……ううむ……」
「ちょっ、ちょっとセレナ、気持ちは分かるけど見過ぎよ」
あの後、更に買い出しより戻って来た塾長、修造を含め、混乱しつつも互いに自己紹介を終えた一堂は事務室のソファに座っていた。
その中でもセレナは対面に座した自分に似た顔の少女、柚子を気に入り、時々謎の相槌を打ちながら穴が空くかと言う程観察している。流石に視線が痛いのか、柚子はどうにも苦い顔である。
「しかし、今日は凄い日だなぁ、これだけでも珍しい事なのに、俺今日だけで俺に似た奴とセレナ、それにコ--いや、何でもない」
思い返せばどうにも濃い1日だ。コナミの方もLDSの少年と友人になったり、子分を2人増やしたり、野球をしたりと意味不明な1日であったと言うのに、遊矢の方もコナミのそっくりさんとデュエルし、記憶には無いが闇堕ちしたり、自分のそっくりさんと会ったりと偶然と言うには余りにも奇妙な1日だ。
しかし、どうにもコナミを見るとあの黒帽子の少年の事を語るのは躊躇われ、その口を閉ざす。ユートと違ってあの少年には明確な敵意があったのだ、皆を巻き込みたくは無い。
すると遊矢の発言を気にしてか、素良が茶化すように笑う。
「柚子だけじゃなくて遊矢に似た奴ねぇ……夢でも見たんじゃないの~?」
「そっ、そんな事無いって!柚子も見ただろ!ユートの事!」
「えっ?ええ、見たけど……直ぐ消えたような……」
遊矢が証人である柚子に語り掛けるが柚子は生返事だ。それも当然、柚子はユートを見た。と言ってもほんの一瞬の出来事、目が合ったと思ったら眩き光と共にユートは消えたのだ。
夢見事と思っても不思議ではない。そんな中、暗次と談笑していたコナミが視線を感じ、振り向く。
「……」
「……どうした、セレナ?」
その視線の正体はセレナ、彼女はエメラルドの瞳でじっ、とコナミの顔を覗いている。先程まで柚子を見ていた興味を含んだものとは色合いの違う、無言で唯、コナミを試すような眼、一体どう言うつもりだろうか?コナミとしては訳が分からず首を傾げてしまう。
「……何でもない」
ムスリと頬を膨らませ、視線を外すセレナ。一体何だったのか、打って変わって再び柚子の観察を続けるセレナ。よっぽど柚子の事を気に入ったようだ。
「そう言えばセレナ、家は何処なの?もう遅い時間だし、今日のところは帰った方が良いと思うけど……」
「ん、そうだな……あっ」
柚子の質問に頷きながらも不意に何かを思い出したかのように頭を上げるセレナ。黄色のリボンで結ばれたポニーテールがその拍子に大きく揺れる。しかしその後に続く言葉は全くの真逆。
「……帰り道、忘れた……」
「キー……」
助けを求めるように肩に乗ったSALに眼差しを送るも、頭を振るSAL、どうやらコナミの頭で夢中で毛繕いしていた為か道を覚えていないようだ。
便りの綱のデュエルディスクの通話機能も誰も登録していない為、飾りと化す。こうして柊家に新たな居候が増えた。
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空は既に闇に染まり、皆が寝静まる頃、コナミは自らの部屋で今日の事を思い返していた。朝から道場破りに出掛け、刃や暗次、ねねと出会った事、勝鬨と出会い、セレナと出会った事。
夕食時にはセレナが柚子の料理に舌鼓を打ち、3杯程おかわりをして、SALは柚子の頭を撫でていた。どうにもその時の光景が思い出され、笑いが堪えきれない。そうしている内に4つのノック音が部屋へと響き渡る。こんな夜中に一体誰であろうか?
「入っていいぞ」
「キー」
コナミが入室を促した後、ドアを開け、足を踏み入れたのは背のデュエルディスクを下ろし、唯の猿と成り果てたSAL、しかしノックをし、ドアノブを掴んで回すと言う何気に高度な事を行っている辺り、このSALの知性は侮れない。
「ん?SALか……どうし--」
「私もいるぞ!」
「……セレナもか……」
SALの後ろ、ドアの隙間から顔を覗かせたのはセレナ。彼女は先程までと違い、髪を下ろし、柚子のパジャマを着て堂々とコナミの前に仁王立ちする。長い髪が靡き、風呂上がりなのかシャンプーの良い匂いがする。口元には弧が描かれ、随分と得意気な顔で豊かな胸を張っているが何故だろうか、色気を感じない。
まるで近所の子供の成長を見ている気分である。
「……それで、こんな夜中に一体何の用--」
「私とデュエルしろ!」
「分かった」
自らのデッキを突き出し、ドヤ顔をするセレナと間髪入れずに了承するコナミ。何かがおかしい気がするが気のせいである。
少なくも、ここに細かい事を気にする者はいなかった。
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「オレはこれでターンエンドだ、さて、どう出る?」
コナミ LP5000
フィールド 『E・HEROアブソルートZero』(攻撃表示) 『E・HEROGreatTORNADO』(攻撃表示)
手札0
何時もとは違い、デュエルディスクを使わぬフローリングでのデュエル。こんな夜中だ、確かにデュエルディスクを使えばデュエル中の処理は楽な上、臨場感もある。だが騒がしい音を出せば迷惑だ。
こんなデュエルもいいだろう、とセレナが切り出したのだ。コナミもデュエルが出来るなら構わないと頷き、互いに電卓を取り出し、今に至る。
状況はコナミの優勢、場には2体の融合モンスターが揃い、アブソルートZeroには場を離れると相手モンスターを全て破壊する『サンダーボルト』効果がある。
対してセレナの場にはGreatTORNADOの効果によって攻撃力、守備力が半分となった『月光舞猫姫』が1体、装備カードとなった罠カード『幻獣の角』、序盤、このカードと『月光舞猫姫』のコンボにより、『融合』による手札消費を取り戻し、8000もあったLPが5000まで削られた。
だが今ではセレナのLPは500、手札は1枚、正に風前の灯火。しかし。
「ふふっ」
「……?」
セレナは笑う。目を細め、口元をキュウッと引き締め、花のような笑顔が咲き誇る。突然の笑みに顔を覗かせるコナミ。彼に気づいたのか、途端にセレナが頬を赤く染め、わたわたと手を振る。
「あっああ、すまない、何だか先生とデュエルをしているみたいで、楽しくてな」
「……オレはお前の言う先生ではない……残念だがな……」
「そのようだ。お前のデュエルは先生に似ているようで違う。使うデッキも、『HERO』も見た事の無いカードが沢山ある」
寂しそうな顔で俯き、手を止めるセレナ。肩に乗ったSALが悲し気に鳴きながらセレナの頭を撫でる。励ましているのだろう。それでも空気は重く、肌を冷ます。
「……お前のターンだ」
「……ああ」
「……何があったのかは知らないが……」
「?」
ふ、と軽い溜め息を吐きながら帽子のつばを抑えるコナミ。そんなコナミを今度はセレナが覗き込む。
「取り敢えず、デュエルを楽しもう。カードがお前を、呼んでいる」
「……!ふふっ……!そうだな。見ていろ?私の華麗な逆転を見せてやる」
「むっ、面白いな……!」
「私のターン、ドロー!」
セレナのデッキより1枚のカードが引き抜かれる。デュエルディスクもソリッドビジョンも無いと言うのに妙な緊張感が空気を支配し、息を飲む。
「来た!」
セレナの脳内でカードが線を結び、一筋の方程式となる。引いたカードは、逆転への一手。
「私は永続魔法、『炎舞―「天キ」』を発動!デッキより『月光黒羊』を手札に加え、場の獣戦士族モンスターの攻撃力を100アップする!」
月光舞猫姫 攻撃力1600→1700
「そして魔法カード、『融合』場の『月光舞猫姫』と手札の『月光黒羊』で融合、漆黒の闇に潜む獣よ!月明かりに舞い踊る美しき野獣よ!月の引力により渦巻きて新たな力と生まれ変わらん!融合召喚!現れ出でよ!月光の原野で舞い踊るしなやかなる野獣!『月光舞豹姫』!」
月光舞豹姫 攻撃力2800→2900
「……セレナ……別に口上を言うのは良いが、柚子に怒られるから静かにな?」
「む、あっああ、そうだな、つい熱くなってな。私は『月光黒羊』の効果発動。このカードが融合素材となって墓地に送られた場合、墓地より『ムーンライト』モンスター1体を手札に加える。私は『月光紫蝶』を手札に加え、『月光紫蝶』の効果、このカードを墓地に送り、『月光舞豹姫』の攻撃力を1000アップする」
月光舞豹姫 攻撃力2900→3900
次々とカードの効果が発動され、フィールドの獣の攻撃力が上がる。その攻撃力はコナミの場の『HERO』を優に越え、これにはコナミも冷や汗をかく。
「更に、『月光舞豹姫』の効果発動、このターン、お前のモンスターは1度だけ戦闘では破壊されず、このカードは全ての相手モンスターに2回攻撃が出来る。バトルだ。『月光舞豹姫』で『E・HEROアブソルートZero』を攻撃!」
コナミ LP5000→3600
「2回目の攻撃だ!」
コナミ LP3600→2200
パンサー・ダンサーの強力な効果と攻撃により、コナミのLPが半分以下まで削り取られる。正に切り札級の力、しかしコナミとて負けてはいられない。
「ふ、だがアブソルートZeroが場を離れた時、お前の場のモンスターは破壊される」
「残念だったな、パンサー・ダンサーは相手の効果では破壊されず、戦闘で相手モンスターを破壊した時、攻撃力を200上げる」
月光舞豹姫 3900→4100
「……えっ」
口元を緩め、勝ち誇った顔をしていたコナミの顔色が青くなる。コナミとは真逆にセレナはふん、と息を吐き、見事なまでのドヤ顔を披露する。
「ちょっ、まっ」
「パンサー・ダンサーで攻撃!ヨンレンダァ!」
コナミ LP2200→900→0
「ガッチャ!楽しいデュエルだったぞ!」
勝者セレナ、何時振りか分からないような黒星と言う結果は、どうにも納得の出来無いものだったが、楽しかったし、次勝てばいいか。と無理矢理納得するコナミであった。
「--やはり……お前は先生ではないな……」
寂し気な笑みを浮かべ、部屋を出るセレナの顔は、暫く頭に残って離れなかった。
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燃える燃える、ゴウゴウと火を上げ、パチパチと嫌な臭いを立ち込めながら、自らの住んでいたマンションが真紅の炎に包まれている。
理由は良く分からないが、娘が家に不在でおろおろしていた時、お隣が騒がしかった事を男は覚えている。幸いにして怪我人はいなかったらしい。
しかし男にはこのマンション以外に安い賃貸に宛は無く、渇いた笑いが込み上げてくる。そう言えば、と思い立ち、男は手元のデュエルディスクのディスプレイを操作し、ある人物へと通話を試みる。
娘と番号を交換するのを忘れていたが、彼は別だ。何とも厚かましいが、今はこうする他に手段は無い。流石にホームレスは勘弁したい。
「夜分遅くにすいません、権現坂さんですか?バレットですが--住み込みって、大丈夫ですか?」
男の背中には哀愁が漂っていた。
コナミ君の実力に疑問が残るかもしれませんが、今のコナミ君はシンクロ次元に入る前の黒咲さんと対等に渡り合う位です。
それにコナミ君デッキは打点不足、脳筋ムーンライトとは相性が悪いんだよ……社長と対等な戦いをした?あれは本当に運が良かっただけとアクションカードがあったから。今やったらファンサービスされる。
因みに蛇足になりますが、現在本編に出ているキャラで最強は黒コナミ。殺意おさめろ。