と、仲村が息巻いて宣言したのは良いものの、既に放課後、更に話し込んでいたこともあり当然直井はもう学校には居なかった。
ドーンと宣言したのに関根にあっけらかんと『え?直井くんはもう帰りましたけど?』と言われた時の仲村の顔は一生忘れられないだろう。
そして意気消沈した仲村が部屋の隅で体育座りになって解散と言った哀愁漂う後ろ姿も脳裏に焼き付いている。さすがに可哀想だったなぁ。
まあそれもこれも普段のせいということだろう。
そして翌日。
毎朝恒例の岩沢からの愛してるを受け流し、授業も受け流し、放課後が訪れる。
さてまず部室に向かうかと腰を上げると、仲村がこっちに向かってきた。
「どこ行くのよ?」
「どこって…部室だけど」
「あなたバカ?部室に行ってたら直井くんがまた帰っちゃうでしょう」
「ああ、そういやそうか…って、もしかしてまた俺が…?」
「ええ。あなたと音無くんで行って頂戴」
「マジかよ…」
「え?俺もか?」
「そうよ」
俺と仲村の会話が聞こえていたらしく、音無が自分の席からそう聞き返していた。
前回と違い一緒に行くのが岩沢や遊佐みたいな突拍子のない言動をすることはないであろう音無なのは非常に喜ばしいが、やはり初対面の人と話すというのはどうしても気後れしてしまう。
それにお世辞にも話が上手くない俺を勧誘のメンバーに抜擢する理由がやはり分からない。
「あのさ、一応訊くけどなんで俺?」
「今日はその質問に答えてる時間はないわ。関根さんが今ごろ必死に直井くんを引き止めてるから早く行ってあげて」
「えぇ…」
不満だという意思表示はしておくが、昨日の話を聞いた限りかなり偏屈な直井を足止めしておくのは厳しいだろう。
「じゃあ早く行こう柴崎」
「お前は来るな」
どさくさに紛れて同行しようとする岩沢に釘をさす。
するとひさ子が岩沢の首根っこを掴んで連れ去って行ってくれた。
なんか、『あたしたちパートナーなのにー!』とか言ってたけど放っておこう。俺マネージャーだし。
「…じゃあ行くか…」
「そうだな」
「それじゃあ改めて、オペレーション・インビテーションSSSスタート!!」
…教室でそれを大声で言うのはやめてくれ。
「なあ、なんでわざわざあんな大仰にオペレーションとか言うんだ?」
ふと気になったので早足で向かいつつ音無に訊いてみる。
「さあ?よく分からないけどなんか気合いが入るらしい。何人かには受けも良いし」
「何人かって?」
「野田とかTKとか。オペレーションって言うとやけに盛り上がってる」
「アイツらはいつもテンションが高い気もするけどな…」
野田は仲村が何か言ったら勝手に盛り上がるし、TKは関西ノリに更にエセ外国人ノリまで上乗せされている。
「まあそう言われたらおしまいだな」
ははは、と苦笑いを浮かべる音無。
と、会話をしていると関根のクラスの教室がもう目の前という所まで来ていた。
教室も目前となり、さあ心の準備をしようかと思った時、教室から男子が出てきた。
パッと見る限り教室の中にいる誰かから腕を掴まれているようだ。
…ということは
「ええいうるさい!離せ!」
「ちょっと待って…あ!せんぱーい!」
ずるずると男子に引きずられて教室から出てきたのはやはりというかなんというか関根だった。
ということはアイツが直井か。
確かに関根が言っていた通り女子と言われれば信じるくらいに華奢で整った顔つきをした美少年だ。
関根の視線を追ってこちらに目をやり、激しく睨んでその端正な顔立ちを歪める直井。
「貴様らがこのバカの言っていた輩か」
「何を言ってたんだ?」
「巧みな話術で君を虜にしちゃうよ~って言っときました~!」
「言っときましたじゃねえ!」
キラーンという効果音でも付きそうな横ピースを決める関根。
ムカつく。
つーか、そんな風に余裕ぶっこいて片手離したら…
「下らん、離せ!」
「あっ」
「あっ、じゃねえよ…」
案の定その間に手を振りほどかれてしまった。
「ちょっと待ってくれないか?」
「待たん」
さっさとこの場を去ろうとする直井に音無が後ろから呼び止めようとするがまるで相手にせずそのまま足を進めていく。
「ああそうかい…なら」
ダッと勢いよくスタートを切り、直井の前に立ち両手を広げ通せんぼする。
「無理矢理止めさせてもらうぞ」
「チッ…面倒くさいバカが」
俺はたった1つ2つ年が上だから偉いなどと思うわけではないし、上下関係を重視するわけではないが、さすがに直井の態度は不遜にも程がある。
いくら邪魔をされているとは言え、初対面の相手にとる言動の範疇を越えているだろう。
こんな奴を仲間に出来るのか?
「とにかく話を聞いてくれないか?そんなに長く話し込むつもりもないし、嫌なら断ってくれてもいい」
「ふん…あそこのバカよりはまともらしいな」
自分の背後にいる関根を指さす直井。
そしてそれに対して、えへっと舌を出す関根。
えへっじゃねえよ…
「なら話を聞いてくれるのか?」
「聞かん。じゃあな」
「あっ、ちょっと待て…」
「離せ」
取りつく島もなく立ち去ろうとした直井の肩を音無が掴むと、その手を思いきり振り払われる。
次いでまるで俺達を恨んでいるかのように眉間に皺を寄せ睨み付ける。
「僕はもう誰とも関わるつもりもない。それに話も既に聞いている。部活に勧誘だろ?はっ、誰がそんな馬鹿馬鹿しいことに付き合うか。友情ごっこなら勝手にやってろ」
「いい加減に…!」
嘲るようなその台詞にカッとなって掴みかかろうとした俺を音無が止める。
その音無も手をグッと握りしめていた。
俺はその姿を見て音無も怒っているのかと思った。
だけど違った。
「理由を聞かせてくれ」
「理由?だからそんな馬鹿馬鹿しいことに付き合う気がないと言っているだろう」
「違う。俺が聞きたいのはなんでお前がそんなに人と関わることを避けるのかだ」
「…っ」
音無は俺達のことを友情ごっこと切り捨てた直井に対して怒るでもなく考えていたようだ。
直井がここまで人と関わることに対して嫌悪感を抱いているのか。
なんの意味も理由もなく対人関係を嫌うことなど無いはずだと、そう思ったのだろう。
確かにそうだ。関根だって昨日の話の中で直井が悲しそうな顔をしていたと言っていたじゃないか。
なら何か理由があるんだ。
こうなると一瞬で頭に血が昇った自分がアホらしく思える。
「理由…?そんなもの話して何になる?どのみち貴様らは僕を勧誘したいだけだろ!…利益目当ての奴に何を話したって無意味だ」
…これが関根の言っていた悲しそうな顔ってやつか。
なるほど。
「じゃあ分かった。もう勧誘はしない」
「そうか、なら帰らせてもらう」
「ただし、俺はこれからもお前に関わり続けるぞ」
「…何?」
これは放ってはおけないだろ。
コイツの人を遠ざける態度は、ある種遊佐の無表情と通じるものがある。
ああいう幼馴染みを持つ身としては、コイツを見捨てるような真似は出来ない。
「俺もだ」
「もっちろんあたしもー!」
「…アホらしい。僕は帰るぞ」
「ああ、じゃあまたな」
「…ふん」
返事はなかった。
アイツが返事をしないことなんて分かってる。
すぐに信用してくれる程甘いことじゃないのも知っている。
俺は遊佐を変えることが出来なかった。
アイツがどれだけ苦しんだのか、悩んでいたのか、そういう諸々を近すぎるが故に知りすぎていた。
だから踏み込めなかった。
その償いではないし、知らないからと言ってずかずかと踏み入って良いんだとも考えてはいないけど、それでも直井を変えてやりたいと思うんだ。
「まあそれはただの自己満足ですね」
「だね」
「……悪いかよ」
直井の勧誘が失敗に終わり、部活も早々に終わり遊佐と悠と俺で下校しながら失敗の経緯を話した結果この酷評っぷりだった。
もちろん遊佐に対しての云々は省いて話したが、まあ恐らくバレてるだろう。
その結果の自己満だという言葉。
分かってる。
それを全部飲み込んだ上でやるって決めたんだ。
「悪いでしょ。仲村さんも機嫌悪くなっちゃうし」
「そんなの口下手な俺を勧誘なんかに使うからだろうが。俺は知らん」
「開き直りですか」
「何とでも言え」
開き直り大いに結構だ。
それくらいしないと多分直井には近づけない。
「そこまでしてこだわらなきゃいけない?」
「はぁ?」
質問の意図が読めず反射的に聞き返してしまう。
「直井くんのこと」
「そりゃ関根が直井が良いって言ってるんだからな」
「勧誘とかは度外視なんでしょ?」
「それは…まぁ…」
クスリと薄い笑顔を浮かべる悠。
ああそうか、コイツは分かってて訊いてる。
勧誘やら何やら関係なしに直井にこだわる理由だって、それを言いたくない俺の気持ちだって。
その上で、それを知った上で訊いていやがる。
何が目的かは分からんがこれだけは言える。
…本当に性格の悪いやつだ。
「誰かさんに重ねてる?とか訊きたいところだけど、残念。時間切れだね」
そう笑って曲がり角を指さす。
一緒に帰る時、いつもそこで別れる曲がり角を。
どうせコイツのことだ。そこに着く時間だって計算してこんな話をし出したに決まってる。
「じゃ、また明日」
笑顔で手を振り呼び止める間もなく、さっさと曲がり角に消えていった。
そしてお互いに無言になり、辺りは静寂に包まれる。
いや、遊佐に関しては少し前から口を開いてはいなかったが。
…まあもうすぐ家に着くしこのまま黙っていたらいいか。
という俺の楽観的な希望はすぐに消し去られる。
「柴崎さん」
無言のまま俺の家の前に着き、ようやくこの気まずさから解放されると安堵しかけたところに唐突に話しかけてくる。
「…ん?」
どうしたんだ?と、何を言おうとしてるのか分からないふりをする。
まさか遊佐の方からその話をしてくるとは思わなかったが、わざわざ呼び止めるということは、つまりそういうことだ。
「重ねてるんですか?私と直井さんを」
俺の面の皮が厚ければ、ここで悠みたいにわざとらしく薄い笑みを浮かべてはぐらかすことも出来たのかもしれない。
「…かもな」
でも俺は悠みたいに器用には振る舞えない。
はぐらかせないし、煙にもまけない。
精々曖昧な返事をする程度のことしか俺には出来ない。
「…そうですか」
「それだけか?」
「はい。呼び止めて申し訳ありません」
いつも通りの無表情。
それに俺は、そっかと言って笑いかける。
遊佐は表情を変えず、ではまた明日と言って去ろうとする。
「なあ」
「はい?」
それを止めたのは無意識だった。
明らかにこの話題を避けたがっていたはずの俺からわざわざ呼び止めるなんて遊佐も思っていなかったはずだ。
だけど別段驚いた様子も、虚を衝かれた様子もない。
いつもの無表情。
そう、いつもの。
「いつまでそのままなんだ?」
口をついたその言葉も無意識に発されたものだった。
いつもの無表情。
それはあの出来事から生まれたものだ。
あのどこにでも溢れかえってるような、だからこそ人の醜さをこれほどかと思い知らされた出来事。
それによって作られた『いつもの無表情』。
それ以前の遊佐は無表情なんて無縁ないつも笑顔の絶えない女の子だった。
『いつもの無表情』ではなく、『いつも笑顔が絶えない』。
そんな女の子だったんだ。
「もう、戻らないのか?」
俺の問いに返事をせずこちらをジッと見つめてくる。
徐々に背中からじわりと嫌な汗が吹き出してくる。
なんで俺はこんなことを訊いている?
今まで散々避けてきたのに。
こんなことを訊いたところで遊佐を傷つけるだけなんじゃないのか?
頭の中の自分はそう語りかけてくる。
そんな内心に反して俺はもう1度問いかけてしまう。
「いつまでそのままなんだよ?」
感想、評価などお待ちしております。