蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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最後の記憶 (ひさ子 藤巻)

卒業式を終え、あたしと藤巻は皆と別れ、ある場所へやって来た。

 

「懐かしい…わけじゃないか」

 

ここは初めて岩沢とあたしでライブを演った場所。

 

ガルデモの始まりの場所。

 

「なんかごめんな。あんたの所縁の場所じゃなくてさ」

 

「んなこと別に気にしねえっつーの。ここで…なんかあんだろ」

 

言葉だけを見れば問いかけてるようだけど、決して疑問系じゃなく、確信していた。

 

…本当よく分かってんなぁ。

 

そこに少し愛を感じた気がして耳が熱くなる。

 

「あんたには昔話したよね…あたしの過去」

 

「……ああ」

 

話すつもりなんてなかった…だけど、好きになってから、コイツに隠し事をしたくなくなった。

 

「あたしさ…ここで初めて岩沢とライブして…感じたんだ」

 

「何を?」

 

「岩沢は…斬崎と真逆だって」

 

斬崎が陰なら岩沢は陽。

 

岩沢が表なら斬崎は裏。

 

正反対で相反してる。

 

「だけどさ、あたしにはずっと…岩沢の後ろに斬崎が亡霊みたいに立ってるのが見えてた…」

 

死後の世界で亡霊だなんて、馬鹿なこと言ってると自分でも思う。

 

それでもあたしは常に感じてた。

 

「アイツはずっとあたしに訴えてきた…本来ならそこで歌ってるのは俺だ…って」

 

「…………」

 

藤巻はこんなあたしの独白を笑うことなく黙って聞いている。

 

「あたしは…いつになったら許されるんだ…なんでこんな世界であたしは責め立て続けられなきゃいけないんだ…って…ずっと…思ってた」

 

「…思ってた、なんだろ」

 

ぶっきらぼうにかけられた言葉に、目を見張る。

 

……本当よく分かってくれてる…

 

「……ああ」

 

そう『思ってた』んだ。

 

「今日、最後の最後…岩沢の歌う姿を見た時にさ、消えていたんだ…斬崎が」

 

岩沢の過去、現在、そして未来を込めた歌が斬崎の亡霊をあたしから跡形もなく消し去ってくれた。

 

そこにいたのは、確かに岩沢の姿だけだったんだ。

 

柴崎へ、そして皆に向けた歌声を届ける岩沢だけだった。

 

「やっと…!許された…!」

 

ようやく解放された安堵からか、目頭が熱くなってくる。

 

「馬鹿野郎…」

 

ぼそっとそう吐き捨てたかと思ったら、次の瞬間に強く抱き締められていた。

 

「それは許されたんじゃねえだろ。斬崎なんて糞野郎は此処にゃ居ねえんだ」

 

「だったらなんだってのさ…」

 

「お前がお前をやっと許せたんだろ…ばーか」

 

「―――――っ」

 

誰かに言われてようやく自覚した。

 

あの亡霊が、自分への戒めだったことを。

 

何をやっても、どうしても消えない罪は、あたし自身が科していた呪縛だったことを。

 

「そっか…うん…そうだね…馬っ鹿だなぁ」

 

「ああ、馬鹿野郎だてめえは…」

 

耐えきれず流れていく涙を隠すために胸に顔を埋めると、急に抱き締める力が痛いほど強くなる。

 

「…ならもう、なんにもねえか?」

 

「………………」

 

この世界にやって来たばかりのあたしなら『もう何もない。早く消えたいよ』と、言っていただろう。

 

いや、厳密に言うならきっと…コイツと恋人になる前なら…だ。

 

「ないわけないだろ…!」

 

ぎゅっと、出来る限り強く抱き締め返す。

 

あたしの気持ちが少しでも多く伝わるように。

 

「あんたと付き合ってからずっと思ってた…こんな日なんて来て欲しくないなって…」

 

長くこの世界にいれば嫌でも分かる、此処の意味。

 

分かっているからこそ、この日がいつか訪れるというのが辛くてしょうがなかった。

 

「…俺もだ」

 

「うん…」

 

分かってる。あたしと同じことを考えてくれてるって。

 

「いっそのこと片想いのままだったらこんなに辛くなかったかもね…」

 

「…かもな」

 

「知ってる?あたしらが一番片想いしてる期間が長かったんだぜ…?なのに、恋人としての期間は…一番短い…」

 

互いに想い合っていたのに、それを伝えることに怯えていた。

 

その時間の後悔は…きっと消えない。

 

あたしたちが消えたって、消えやしない。

 

「これが多分…今の一番の心残り…」

 

あたしも、それに多分…あんたも。

 

「なら、それを消したらいいんだろ」

 

唐突に回されていた腕が解かれ、肩に手を置かれた。

 

そしてそのまま藤巻の顔が近づき

 

「え―――――」

 

ちゅ、と唇が重なった。

 

「な、なにを…?!」

 

動揺してぐっと突き放す。

 

もちろん嫌なわけじゃない、嬉しい。だけど付き合い始めてからもこんなことは数えるほどしかしたことがなかった。

 

「約束すっから」

 

「…何を?」

 

「次は無駄な時間なんてかけねえ。すぐ好きになって、そんで…すぐ告白すっから」

 

「……本当…?」

 

声が震える。

 

身体も震える。

 

だって分かってしまったから。

 

さっきの言葉を聞いた瞬間に、感じてしまったから。

 

あたしの未練がなくなっていくのを。

 

「本当だ」

 

あたしの時間稼ぎの問いに間髪入れず答える。

 

その言葉だけで、また自分の未練が薄くなるのが分かる。

 

「絶対…?」

 

「絶対だ」

 

もう、きっと時間はない。

 

「だったら…最後に抱き締めてくれないか…?」

 

「言われるまでもねえよ…」

 

きっと抱き締められているんだと思う。

 

でももうそんな感触はなかった。

 

「俺の方も1ついいか…?」

 

「ああ…」

 

「最後に…下の名前で呼んでくれ…」

 

なんだよそんなこと…もっと早く言ってくれたら…何回だって呼んだのにさ…

 

「俊樹…」

 

「……ああ」

 

「………大好きだよ…俊樹…」

 

この言葉が伝わったのかどうか、返事を聞く前に、あたしの意識は空へと消えていった。

 

 




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