蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「君、記憶が戻ったの?」

「じゃあまた明日な」

 

「うん」

 

直井くんと関根さんの交際宣言が終わり、蒼と別れ、ここからは1人の帰り道となる。

 

「で、なんの用なの音無くん?」

 

隣にいる彼がいなければ、だ。

 

何故か今日、帰ろうとする僕と蒼に付いてきた彼。

 

『日向が用事があるらしくて暇だから』等と言っていたが、十中八九嘘だろう。それなら日向くんとユイちゃんが付き合った時にも付いてきていないとおかしい。

 

「ああ…少し訊きたいことがあって」

 

「訊きたいこと?」

 

「お前は…前世の記憶があるんじゃないか…?」

 

驚いた。

 

自分で言うのもなんだけど、珍しく呆気に取られた。

 

「君、記憶が戻ったの?」

 

「そういうってことは、やっぱりあるのか」

 

「そうだね。僕は前世のことを覚えているよ」

 

隠す必要もないので正直に話す。

 

それよりも気になるのは

 

「いつ記憶が戻ったんだい?」

 

「実は、合宿の時に」

 

「そんなに前から?」

 

いや、だけど確かにタイミングとしてはおかしくない。

 

前世の想い人と再開した上、途中から明らかに好意むき出しだった。

 

それに…

 

「だから急に僕と関わりを持つようになったんだね。なに?恩返しか何かのつもり?」

 

「…否定はしないけど、千里がよく1人でいることが気になっていたのは初めからだ」

 

「ふーん。まあなんでもいいけどさ。でも、そんなに前から記憶が戻っていて、なんで今まで黙っていたのさ?それに、なぜ話すのが僕?」

 

そう、なんでよりによって一番関係性の薄い僕なのか、だ。

 

「今まで黙っていたのは、こんな突拍子もない話を切り出す勇気が出なかったからだ」

 

「まあ、確かにね。そりゃまともであればあるほど難しい」

 

元々あの変人集団の中で異質なほどまともな人間だ。

 

それに、他の皆はもう1人の誰かと一緒に記憶を取り戻すことが多かった。

 

それは大きな違いだろう。

 

「じゃあ、わざわざ僕に話す理由は?」

 

「……最初に話すなら千里にするのが、筋だと思ったんだ」

 

「だから、なぜ?」

 

「今俺がここにいられるのは、お前のおかげだからだよ」

 

「……はぁ。君、真面目すぎない?」

 

僕にとっては単なる気まぐれだっていうのに。

 

「かもしれない。だけど、あの時のことは本当に感謝してるんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

さっきまで感じていたはずの温もり。

 

それがこんなに呆気なく消えてしまうなんて。

 

「うぁ…あぁぁぁぁぁ!!!」

 

ずっと、これから先も、此処で暮らしていけると思っていた。

 

此処へやって来た、拭いきれない陰惨な過去を持つ誰かを手助けしながら、二人で幸せにやっていけると思っていた。

 

奏と二人なら。

 

なのに、その奏がいなくなってしまった。

 

「なんで…!なんで…!!」

 

「うるさいなぁ」

 

「━━━━━━っ?!」

 

聞こえるはずのない誰かの声。

 

まさか誰か残っていたのかと振り向く。

 

「お前…は…?」

 

そこには見覚えのない少年の姿があった。

 

「名乗るほどのものじゃないよ。強いて言うなら、君の先輩ってとこかな?」

 

「先輩…?」

 

「そう。愛する人を失った者の、ね」

 

「なんで…それを」

 

愚問だった。

 

うるさいと言った彼は、おそらく一部始終を目撃、ないし傍聴していたのだろう。

 

「理解が早いようで助かるよ」

 

俺が自分で察したことを見抜いていたようで、気楽そうに笑う。

 

「お前は…なんでそんな風に笑っていられるんだ」

 

その笑顔が勘に障って、思わずそう吐き捨てる。

 

「こんな…自分の手足を引きちぎられたみたいな感覚…本当に味わったんなら、なんでそんな顔をしてられる?!」

 

「手足を引きちぎられた、かぁ。うん、分からなくもない例えだね」

 

まただ…また笑う。

 

なんとも思ってないみたいに、辛いだなんて感情がないみたいに。

 

「なんなんだよ…お前は?!なにしに来たんだ?!」

 

「随分な言い草だなぁ。こっちだって来たくて来たわけじゃないよ。君がうるさいから、渋々やって来たのさ」

 

「そんなこと頼んでない!1人にしてくれ!」

 

「それはこっちの台詞なんだけどなぁ」

 

「はぁ?」

 

意味の分からない台詞に、苛立ちながら問い返す。

 

「ようやくうるさい人たちがいなくなって、久しぶりの静かな時間を送れると思ったのに、まるで昔の自分みたいな泣き声がするんだから、たまったものじゃない」

 

昔の…自分…

 

「でも…お前は笑っているじゃないか!お前が何年いるのかなんて知らない。だけど俺は……もう笑える気がしない…!」

 

「分かるよ」

 

「どこが?!」

 

「僕は感情を消したんだ」

 

「……………どういう意味だ…?」

 

突然の台詞に頭がついていかず、真意を聞き返す。

 

「Angel Playerのことは分かるよね?」

 

「ああ」

 

「原理は君らの言う天使の使う能力と同じ。Angel Playerの世界に干渉する機能で、僕は自分の感情を封じ込めた」

 

「そんなことまで出来るのか…?」

 

確かに、何体もの分身を生み出すことが出来るような代物だ…それくらい、出来るのかもしれない…

 

「でも、なんでそんなことを?」

 

「笑うことも出来なくなるような辛さ、そんなものを永久に味あわされる。でも、狂うことも出来ない。なら…辛いなんて感情はいらない。いや…あの子のいない世界では喜怒哀楽、その全てが必要ない」

 

「……………っ」

 

言葉が出ない。

 

そう思い至るまでに、どれほど身を焦がすほどの苦痛を味わったのか。

 

それは、想像することすら難しい。

 

「でも…お前は、一体なんのためにそうしているんだ?」

 

「というと?」

 

「感情を消すだけじゃなくて、記憶を消すことだって出来たんじゃないのか?高松…俺の仲間もNPCになって記憶を失っていた。そうすることも出来ただろ?」

 

「そうだね。出来たよ」

 

「なら何故そうしないんだ…?」

 

俺なら、そうしてしまうかもしれない。

 

だって、その方がきっと楽だ。何もかも忘れて…いや、自我すらなくしてしまえば、苦しむこともないのだから。

 

「僕は、彼女を待ってるんだ」

 

「……………そんな…嘘だろ…?」

 

「嘘なわけない。じゃないと僕の行動の意味が分からなさすぎるじゃないか」

 

それはそうだ。確かにコイツの言うとおりだ。

 

でも、そんな…そんなことあり得るのか…?

 

だって……!

 

「きっと今君は『生まれ変わって、また悲惨な人生を歩み、此処へやって来る確率なんて低すぎる』とか、思ってるよね?」

 

「━━━━━━━っ!」

 

ピタリと言い当てられ、喉がキュッと締まる。

 

「…ああ」

 

「まあ、当たり前だよね」

 

やれやれ、とでも言いたそうに肩を竦める。

 

当たり前だよねと言うってことは、本人だってそんなことが起こるのは到底あり得ないと思っているんだろう。

 

「そもそも、仮にその子がやって来たとして、その子はお前のことを覚えていないかもしれないじゃないか…」

 

「そうだね。むしろその可能性の方が高い」

 

「なら…!なんでお前はそこまでするんだ?!全部無駄に終わるかもしれない!いや、終わる確率の方が高いのに!!」

 

俺の問いに、しかし彼は答えず、一度息を吐いた。

 

そして、おもむろに顔を上げて空を見た。

 

「ただ逢いたい。逢って、なんでもいい、一言交わしたいんだ。良い天気だね、とか、今日は寒いね、とか。なんでもいい…最後に失った『明日』を取り戻したいんだ」

 

「明日…?」

 

それはきっと、当事者にしか分からない大事な何かなんだろう。

 

『明日』という単語を口にした時、感情のないはずの彼は、酷く痛ましい表情を浮かべていた。

 

「そのために、僕は彼女を待ってるんだ」

 

「そんなの…!」

 

きっとこれは彼の逆鱗に触れる。

 

だけど、言わずにはいられなかった。

 

「そんなのその子は望んでないだろ!自分のせいでお前がずっと苦しみ続けているなんて…嬉しいわけがない!!いや、その子だけじゃない!お前に関わった全員そう思うはずだ!」

 

「だから此処から出た方がいいって?」

 

「当たり前だ!」

 

「うん、だろうね。だからその台詞をそのまま君に返すよ。此処から出た方がいい。君が約束を守って、永遠に此処に残っても、彼女も皆も、誰も喜ばないよ」

 

「なんで……それを…?」

 

なんで俺の考えがわかる…?

 

「話していれば性格くらい伝わるからね。君は真面目すぎるよ。だからきっと、最後にした約束を守ろうとする。律儀にね」

 

…違う。あれは、約束なんかじゃない。

 

俺が勝手に、一方的に話した願望だ。

 

だけど確かに、俺はそれを実行しようとしたかもしれない。

 

じゃないと、奏に嘘をついたことになる。

 

此処に迷いこんで、ゆりたちのように方向性を間違えてしまった奴等を助けてやりたい。

 

そう思ったことは嘘じゃない。本当にそう思っていたんだ。

 

じゃないと、先に卒業したアイツらにも会わせる顔がない。

 

「でもね、そんなことは誰も望んでやしない。君も言った通りね」

 

自分の言った台詞が、こんな風に帰ってくるだなんて思わなかった。

 

だけど、確かにコイツの言うとおりなんだろう。

 

贖罪のつもりで此処に残るなんて、誰も望んでない。きっと、すぐにでも此処から出るべきなんだ。

 

「でも…俺は消えられるのか?奏が消えてから、どうしても心が満たされる気がしないんだ」

 

「確かに、難しいだろうね。愛する人を失った痛みは、新しい未練になってもおかしくない」

 

「やっぱりそうか…」

 

「でも、まだ間に合うとしたら?」

 

「間に合う…?」

 

「今なら、生まれ変わってまた出逢えるチャンスがある」

 

「生まれ変わって…」

 

つまり、来世でもう一度出逢え…ってことか?

 

「でも…生まれ変わったとして、記憶もないのに、出逢えるわけがない。逢えたとしても、それはもう別人だ…」

 

俺と奏じゃない…

 

「それは僕がなんとか出来る」

 

「なんとかって…」

 

「僕が何を使えるか忘れた?」

 

「Angel…Player?」

 

「そう。君らの他の仲間たちにも細工はしておいた。君もその例外じゃない」

 

「なぜそこまでしてくれるんだ?お前は戦線じゃないんだろ?」

 

SSSの制服は着ているが、顔は見たことがない。

 

第一、ゆりの監視下にいてAngelPlayerなんて存在を隠しとおせるはずがない。

 

「うん。僕は戦線じゃない。でもね、1人友達がいるんだ」

 

「友…達?」

 

「そいつがどれだけ恋人のことが好きなのか、大事なのか、それを良く見せてもらったから。だから、手伝ってやりたくなったんだ」

 

「手伝ってやりたい…か。なんだよ、感情あるじゃないか」

 

「…どうだろうね。感情というより、衝動のようなものだけど。うん、でもだから保証するよ。生まれ変わっても、記憶を取り戻すことが出来る」

 

友達のために動いた誰かを疑うほど、俺は人間が腐ってはいない。

 

「…分かった、信じるよ。俺は生まれ変わって、奏ともう一度出逢う」

 

「うん」

 

「でも、お前はどうなる?」

 

「どうって、今まで通りさ」

 

「一緒にはいけないのか?お前も生まれ変わって、彼女と…」

 

「そうするには、時が経ちすぎてる。今から生まれ変わって出逢えるっていう確証が、あまりにも足らなすぎるんだ」

 

「そんな…!」

 

それじゃあ、お前は……

 

「大丈夫。なんだか感じるんだ。もうすぐ逢える…ってさ」

 

「本当…なのか?」

 

「こんな嘘ついたってしょうがないよね?」

 

そう言って笑うが、きっとこれは気休めだ。

 

俺に未練が残らないよう配慮してるんだろう。

 

「…分かったよ。俺、待ってるからな!」

 

「…うん。待ってなよ」

 

その言葉を引き金にしたみたいに、俺の意識は空へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでのことをした覚えはないんだけどね」

 

「そんなことない。お前があの時に声をかけてくれてなかったら、今でも俺はあそこに居たはずだ」

 

「まあそうだろうけど…あれ、僕が1人になりたかった方便だからね?」

 

「だとしてもだ。本当に約束通り、記憶が戻るようにもしてくれてたし」

 

それは別に君のためじゃないんだけど…

 

「おべんちゃらでも方便でも、俺が今こうやって皆と楽しく過ごしていられるのはお前のおかげだ。だから俺にはまず、お前に礼を言う義務があると思った」

 

「それで、僕に記憶が戻ってるかどうか分からず、今まで切り出せずに居たとはね」

 

本当に真面目すぎる。

 

正直苦手だな…こういうタイプは。

 

「他の皆なら記憶が戻ってるのかどうか分かってたんじゃない?」

 

「ああ…と言っても、分かってるのは日向、ゆり、岩沢、椎名、野田、遊佐、TKくらいだけど」

 

「十分でしょ、それだけ分かってたら。さ、じゃあ今頃部室で感動の再会をしてる皆の輪に加わりに行きなよ」

 

「そんなことしてるのか?」

 

「誰かが記憶を取り戻す度に、既に戻っているメンバーだけを解散した後に集めてるのさ」

 

そこには気づいていなかったのか。

 

まあ日向くんが記憶を取り戻してからじゃ、今回を合わせても2回だけだししょうがないか。

 

「じゃあ俺が戻ったって伝えたらそうなるのか」

 

「どうだろうね?一応いつもカップルが成立した名目で集めやすくしているから、一概にそうとは言えないかも。だから、ゆっくり話がしたいなら今すぐ記憶が戻ったのを知らせるのをオススメするよ」

 

「そ、そうか」

 

僕の助言を受けて、慌ただしくスマホを取り出してメッセージを送り出す。

 

送り終えてスマホをポケットにしまうと、不意に彼は口を開いた。

 

「あと記憶が戻ってないメンバーって誰がいるんだ?」

 

行けば分かるのに、と思いながらも答える。

 

「蒼だけ、だね。あ、奏ちゃんを除けばだけど」

 

「そうなのか?!ほとんど皆戻ってたのか…」

 

「そ。蒼だけが亀のようにおそーい歩みをしてるのさ」

 

「手厳しいな…」

 

「こんなものさ。幼なじみだからね」

 

それに、人の気も知らずにうんうん悩んでるやつにはこれくらいで丁度いい。

 

「もしかして、向こうで言ってた友達って柴崎?」

 

「良く分かったね」

 

「あれだけいつも一緒にいれば分かるさ」

 

「それもそうか」

 

生まれ変わってから、あまりにもずっと一緒にいたから、感覚が麻痺してたかもしれない。

 

「…今俺たちと同じ時を生きてるってことは、逢えたんだよな?」

 

「なんだい藪から棒に」

 

「いや、やっぱ気になってな」

 

「…逢えたよ。今も付き合ってる」

 

「ラブラブか?」

 

なんだその質問は、と苦笑してしまう。

 

「ラブラブだよ」

 

「…良かった」

 

その表情からは、とてもじゃないが、嘘をついている可能性は見られなかった。

 

やっぱり苦手だ。

 

僕には蒼や笑美くらいが丁度いいや。

 

「ほら、早く皆のところに行ってあげなよ」

 

「いや、その前に言わなきゃいけないことがある」

 

その言葉を聞くのを避けるために言ったんだけどなぁ。

 

「千里、俺を助けてくれて本当に…ありがとう」

 

きっとここでまた真面目すぎだとか言ったら長引くだろう。

 

「…うん、どういたしまして。僕のことはもう良いから、今は楽しんできなよ」

 

君は十分に義理を果たした。

 

もう皆と楽しんできていいんだよ。

 

短い青春を。

 

「ありがとうな!行ってくる!」

 

そう笑ってから、急いで来た道を逆走していく。

 

「リーダー様の言葉を借りるなら、また青春への第一歩を踏み出した…って感じかな」

 

そこで僕は、唯一無二の親友のことを思い浮かべる。

 

お前だって、そうなれるのにね。

 

悩むのも青春…なのかもしれないけれど。

 

でも……

 

「思ってるよりも、青春ってのは短いんだよ…蒼」

 

 




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