ジリリリリ、とけたたましい目覚ましの音が鳴り響く。
億劫ながらも、仕方のないことなので布団から抜け出しそれを止める。
かるく1度伸びをして頭を起こさせる。
「寒い…」
もう12月、布団から出ると冷たい空気が身を震わせる。
学校に向かう気を削ぐには十分なのだが、そうもいかない。
特に今は…
そう思いながら自室を出て、階段を下りリビングへ向かう。
母さんの作る朝食の匂いが鼻腔をくすぐる。
「おはよう文人」
そこで後ろから声をかけられた。
「うん、おはよう兄さん」
そう返すと嬉しそうに笑顔になる。
そして二人で席につき、丁度出来上がった朝食にありつく。
「で、そろそろ関根さんとは上手くいった?」
「…まだ。あのマヌケ…僕から話しかけると逃げ出すんだよ」
「うーん…なんていうかその…奥手なんだね」
「ヘタレなだけだよ」
そう言ってふん、と鼻を鳴らすと愉快そうに笑う。
団欒、と呼べるだろう。
とても一般的な。いや、もしかすると普通より少し仲の良すぎる程度に。
こんな風景を叶えてくれたのは誰だ?
そう、それは━━━━━━
「いやっほー直井くん!」
この馬鹿だ。
相変わらず間抜け面で挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう」
「うん、おはよ……………じゃあね!」
「おい、きさ…ま…」
これもこの数週間お馴染みになってきた光景だ。
話しかけてきておいて、少し間が空くと逃げ出す。
さらに僕から話しかけても逃げ出す。
なんなんだアイツは…どういうつもりでそんな行動を取ってるのか謎でしかない。
僕がどう思ってるのか分かっててのこの行動なら…流石に少し堪えるぞ。
「ねえしおりん」
「なんだいみゆきちや?」
「なんでいつまでも直井くんから逃げてるの?」
「うぐっ…痛いとこを突かれましたな」
放課後にいきなり体育館裏まで連れてこられた挙げ句こんな質問なんて、しおりん困っちゃう~☆
「そういうのいいから」
「あ、はい」
時々シビアになるみゆきちパネェ~。
でもそこがクセになる!病み付きになるぅ!
「しおりん、もういいから」
「うす」
いや、でもさでもさ…
「恥ずかしいんだも~ん…」
「恥ずかしいって…直井くんと話すのが?」
うん、と頷くとみゆきちは困惑したように、えぇ…ともらした。
「でも、好きになってからも普通に話してたよね?」
「その時は相手から見向きもされてなかったから意識しなくて済んでたんだよぉ~」
「ポジティブなのかネガティブなのか分からないね…」
今思うと、そんなワケわかんないくらいがあたしには丁度良かったんだろうなぁ…だって…だって…
「今は…直井くんに見られるだけで緊張しちゃうし」
「それは…直井くんがしおりんのこと好きになったってこと?」
そう訊かれ、ボンっと頭が沸騰する。
「わかんない!わかんないよそんなの!?」
確かに…これは言えないけど、健人くんにいきなり『こいつには、手を出さないで(イケボ)』とか言ってたし…他にも…
「最近は…挨拶したら返してくれるし、なんだか心なしか目が優しくなった気がするし…」
「し、しおりん…それはわりと最低限な気がするよ?」
だって一番の決め手は言えないんですものぉ!
「とにかく!今は変に期待感があって逆に恥ずかしい!」
「でも…そしたらいつまでもこのままだよ?」
「うぅ…」
でも…もしこれがあたしの勘違いだったら?
告白でもして、あっさり『何を言ってるんだ?頭にウジ虫でも湧いたか?(超絶イケボ)』とか言われちゃったらー?!
「あれ?いいかも…」
「しおりん?」
「いやー!?なしなし!なんでもないです!」
その時点で良くてもその後が良くないでしょうがあたしぃ!
きっと直井くんはあたしと距離を置こうとする…
そんなことになったら…嫌だな…。
「今は…現状維持がいいかも」
あはは、と元気なく笑うと、みゆきちは心配そうな目で見てくる。
「…し、しおりん!」
「わっ、どしたの急に大声出して?」
こんなに大声出すみゆきち、久しぶりに見たかも…
「私が大山さんとのことでうじうじしてた時、しおりんが背中を押してくれたよね」
「え?う、うーん…」
どっちかというと邪魔しかけたような……
「今度は私の番だよ!」
「ええ?みゆきち?」
「私、頑張るから!」
「いやちょ、ちょっとみゆきちぃ?!」
止める間もなく、みゆきちは走り去っていってしまった。
ど、どうしよう…
アイツ…部室にもいないのか。
「どうした?誰か探してるのか?」
「柴崎すわぁん!もちろん僕が探していたのは柴崎さんと音無さんですよぅ!」
「いや明らかに違ったろ…俺先に居たし」
「流石の慧眼。まさしく心眼」
「なんだ?ラップか?」
「いえ、柴崎さんのあまりの鋭さについリリックが先走ってしまいました」
「じゃあラップじゃん」
確かに。
まさかこんな拙いラップを披露してさまうとは…失態だ。
次までにしっかりと予習せねば。
「なんか変なこと考えてそうだけど…それより、誰か探してたんだろ?何かあったのか?」
他の馬鹿ども(音無さんは除く)になら絶対話さないけど…柴崎さんなら…
「すみません、他の人がいない場所で話させて頂いても良いでしょうか?」
「そりゃ構わないけど、へりくだりすぎだろ…」
というわけで、場所を部室内の一室に移す。
「で、どうしたんだ?」
「それがその…あの黄色い頭の間抜けなんですが」
「関根がどうかしたのか?」
「最近避けられてまして…」
そう話すと柴崎さんは目を丸くする。
「関根が?」
無理もない。
今まではむしろ付きまとってきていたのだから。
「何かしたのか?」
「したというか…これからするつもりというか…」
正直なところ、僕としても奴の気持ちはよく分からないので返答に窮屈する。
「おいおい…そりゃ何かされると思ったから逃げてんじゃねえのか?」
「いや!違うんですよぉ!そんな痛めつけたり、悪いことをしようと考えてるわけじゃなくて…」
「んじゃ、何するつもりなんだ?」
「それは…」
言葉につまる。
「こ……」
「こ?」
「こく…………」
告白…と、中々続けられない。
「……丁度いいや」
すると、柴崎さんは何かを察したようにそう口にした。
「え?」
思わず聞き返してしまう。
「直井、お前は好きってなんだと思う?あ、もちろん恋してる方のな」
「え、なぜ今それを?」
質問の意図が分からず、また聞き返してしまう。
「まあいいからいいから」
「は、はい…」
柴崎さんがそう言うのなら仕方がない。
恋してる方の好き…
それは多分、今僕が奴に感じていること。
僕は……
「僕は、そいつが居なければ見られなかった景色があると、そう感じること…でしょうか」
奴がいなければ、こうして今柴崎さんや音無さんと関われることはなかった。
奴がいなければ、こんなわけのわからないクラブには入らなかった。
奴がいなければ、兄さんと和解できなかった。
そして何より、奴がいなければ…僕はきっと、恋など二度としなかった。
「それは恋なのか?なんだか好きな相手と言うよりも、恩人みたいに聞こえるけど」
「そう…ですかね?」
だとすると、なんだろう?
僕が好きだと自覚したときに思ったこと……
「僕は…失いたくないと思いました。誰かにアイツが取られそうだと誤解したとき、絶対にコイツだけは…諦めたくないと」
「…そうか」
柴崎さんはゆっくりと頷き
「なら大丈夫だ」
太鼓判をくれた。
しかし……
「えっと、何がでしょう?」
「お前はちゃんと何が好きってことで、なんで好きなのか分かってる。なら大丈夫だ。告白、するんだろ?」
「ば…バレていたんですか…!」
流石は…流石は柴崎さんだ…!
そしてさりげなく僕のこの感情、衝動の後押しまでをしてくれている!
「……!ありがとうございます!」
ぐわっ!と、僕の人生の中で最も敬意を込めたお辞儀をする。
「行ってきます!」
「おう、頑張れ」
心強い言葉を背中に受け、僕は走り出した。
直井くんと話すため、部室へと向かっていると、前方から直井くんが走ってやってきた。
は、話しかけるには今しかない…!
「な、直井くん!」
「む」
腕を広げながら呼び止めると、少し煩わしそうに足を止める。
ちょっとだけ怖じ気づきそうになるのを抑えて話を始める。
「あ、あの…しおりんのことなんだけど」
「それなら今から奴と話すところだ。じゃあな」
「え、え…?」
私が納得するよりも先に直井くんは走り出してしまった。
「えぇ~……?」
私…何しに来たのぉ…?
呼び止められた場所から、そう遠くない所に奴はいた。
「おい待て!逃げるな!」
人の顔を見るなり、また逃げようとするのを止める。
「話があるんだ。頼む」
「う……うん」
気まずそうな顔をしながら、その場に留まる。
走ってきたため、少し乱れた息を整える。
「あの~…みゆきちとは会った?」
みゆきち…ああ、さっきのか。
「ここに来る前にな」
「だ、だよね~…」
「何かお前のことで用事があったみたいだったから、こちらもそのつもりだと返しておいたぞ」
何の用事かは聞いてなかったが。
「えっと…で、何の用でございやしょう?」
「単刀直入に言う」
「は、はい!」
僕の言葉を聞いて、ピシッと姿勢を正す。
「…関根」
名前を呼んだところで、ドッと心臓が大きく鳴ってしまう。
これが告白の緊張というものか…
そう理解していても、中々次の言葉が出てこない。
そもそもよく考えてみれば全くのノープランでここに来ている。
何と伝えるべきだ?
好きだとか…愛してる…だとか、そういった言葉が頭を巡る。
しかし、真っ先に伝えたいのはそれなのか?
何か違う気がする。
僕がまず伝えなきゃいけないことは…多分…
「ありがとう」
「へ?」
口をついて出たのは、感謝の言葉だった。
「兄さんと仲直りさせてくれて、ありがとう」
「え、あ、いや~なんのなんの!当然のことをしたまで!」
「いや、僕にとっては奇跡だった。たった一言、ごめんが、そんな簡単な言葉が僕一人では言えなかった」
もしお前と出逢っていなければ、言えなかった言葉。
そして、光景。
「お前は僕にきっかけをくれた。兄さんと和解するためのきっかけを」
「そ、そうなのかな?あたしはあたしのやりたいことを勝手にやっただけなんだけど…」
「ああ、それも分かってる。だけど…ありがとう」
「う…うん」
ようやく伝えられた。
僕に与えてくれた幸せへのお礼を。
これでようやく本題に入ることが出来る。
「あの時」
「え?」
「和解したあの時、僕が兄さんに言ったことは覚えてるな?」
「う……うん……」
顔が赤くなっているところを見るに、恐らく認識の齟齬はないだろう。
「あの言葉の意味は分かっているな?」
「……わ、わかんない…というか、えっと、ご、誤解以外ありえないよーな…」
この期に及んではっきりとしない物言いをする。
「それは多分、誤解じゃない」
「━━━━っ?!それって……?」
「だから……僕は…お前のことが…「関根…」
「なんだ?」
「関根って…呼んで欲しい。さっき、初めて呼んでくれたし…嬉しかったから」
…気づいてたのか。
こちらとしては意を決して呼んだのに反応がなかったから、気づいていないのだと思っていた。
「せ、関根」
「……うんっ」
ただ名字を呼んだだけで、ここまで噛み締めるように喜ばれると、少しむず痒い。
だが、うん。
やはり、悪くない。
他の誰でもなく、コイツに喜ばれるというのが、とても心地良い。
これがきっと…
「好きなんだ」
気づいたときには、そんな風に口から溢れていた。
さっきまで何度も言い淀んだはずの言葉が。
「あ、あたしも…好き!」
「っ!?」
こう言ってはなんだが、返事はわかっていた。
分からないはずがない。
だけれど、いざその言葉を受けるとなると、やはり格別なものがある。
「直井くんの不器用だけど優しいとことか!ちょっとキザっぽいとことか!あと顔とか!!」
「顔…ま、まあいい」
顔…は…まあ大事だな。
僕だって、コイツの顔は…嫌いじゃない。
「声も!あと身長も丁度いいし!帽子も似合うし!」
「わかった…わかったからもうそれ以上羅列するな鬱陶しい!」
「あは…なにそれ、あたし彼女なんだよ?ん?彼女だよね?」
「何故ここまで来て疑問符が付く……彼女に…決まってるだろ」
言わせるな、と言いかけたところで、激しい頭痛が起こる。
「な…んだっ、これ…!?」
何かが…流れ込んでくる…!
それに耐えながら、関根の方を見ると、僕同様に頭を抑えてうずくまっている。
「せき……ね…」
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