蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「んー?ダブルデート、かな?」

岩沢とのデートが終わり、俺にはまた1つ悩みが出来ていた。

 

恋とはなんなのか。

 

究極にして、絶対の命題だ。

 

一日中考えてもまるで答えは見えない。

 

だがこれは、俺に問題があるのだろうか?

 

先日、岩沢とデートをしたときにこの疑問をぶつけだが、岩沢自身も、その基準を言葉にすることは難しいと言っていた。

 

何故言葉にすることが難しいものにそこまで確信を持てるのか、そこが分からないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってわけなんだけど、どう思う?」

 

「そうだね…蒼が拗らせているってのは分かるよ?」

 

無二の親友の言葉は冷たいものだった。

 

まあ拗らせている自覚はある。

 

「んじゃ、悠にとって恋ってなんだよ?」

 

「んー、静流かなぁ」

 

「俺が訊きたいのは恋人じゃなくて、恋についてなんだがな」

 

第一、その恋人にしたって、知らんうちに出会って、知らんうちに付き合ってたからよくわかんねえんだよなぁ。

 

…まあ本当に好きなんだろうな、とは思うけど。

 

「僕も静流以外を好きになったことないからねぇ。後にも先にも」

 

「そんなの分からないだろ?」

 

「いやぁ、ないない。きっと何百年経っても、僕は静流を愛してるよ」

 

「はぁ…そりゃお熱いこったな。彼女に言ってやれば?」

 

「大丈夫。伝わってるからさ」

 

本当かよ…

 

「ていうか、真剣に向き合おうとし始めたのは良いことだと思うけど、なにか忘れてない?」

 

「え?」

 

忘れてること…?なんかあったっけ?

 

「岩沢さんにお礼したのは良いけど、もう一人お礼しなきゃいけない人がいるんじゃない?」

 

「え?………あ」

 

しばし考えて、思い浮かぶ。

 

遊佐だ。

 

「そうだよな、流石にあんだけ色々してもらって何もしないわけにはいかないよな」

 

とは言ってもアイツが何をされれば喜ぶのかまるで思い付かない。

 

物欲とかもなさそうだし…

 

「ねぇ蒼、僕に任せてみない?」

 

「………みない」

 

「えぇ~」

 

不満そうに声をあげるが、正直嫌な予感しかしないし。

 

「でも何をしたら喜ぶのか分かんないんでしょ?」

 

「うっ…」

 

「僕に任せてくれたら、絶対一番喜ぶことを提供できるよ?」

 

いや、マジでコイツに任せるってのが嫌な予感しかしないんだよ。

 

でも、散々世話になって、どうせお礼をするなら…アイツが喜ぶことがいいに決まってる…

 

「…本当だろうな?」

 

「おまかせあれ」

 

「………はぁ、頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りがあった週の日曜。

 

突然悠に呼び出されて、急いで身支度をして指定された場所へ向かう。

 

「で、まあ流れとして遊佐がいるのは分かる。悠がいるのも分かる。が…なんでお前の彼女が居るんだよ?」

 

「あら?お邪魔だったかしら?悠ちゃんに呼ばれて来たんだけど…」

 

「あーいや、そういうわけじゃないんだけど…」

 

わざとらしいほどしゅんとされ、どうにもやりにくい。

 

「私も事情を何も聞かされていないのですが」

 

「え、遊佐もなのか?」

 

遊佐へのお礼なんだし、てっきり二人で話し合ってたのかと思ってたのに。

 

「で、悠。何するんだよ?」

 

「んー?ダブルデート、かな?」

 

「「…………は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言われるがままに連れてこられたのは、有名なアトラクション施設。

 

そこそこに高額な料金を支払って入園する。

 

「なぁ悠、これがお礼になんのかよ?」

 

悠の彼女が遊佐に話しかけた隙を見計らって耳打ちする。

 

「そりゃもう。効果覿面だと思うよ」

 

本当かよ……

 

ちらっと後ろにいる女性陣を窺うと、なにやら遊佐が耳打ちされて狼狽えているように見えた。

 

あ、なんか今のは悠に似てるな…

 

「でも、本当に心から喜んでもらえるかは蒼にかかってるんだからね?わかってる?」

 

「わかってるかどうか訊かれれば、まあわかってないよな。なんで遊園地なのかも、なんでダブルデートなのかもわからん」

 

「……まあそうだよね。なら分からないなりにもてなすしかないんじゃない?」

 

「もてなす…か」

 

アイツが遊園地で喜ぶのかどうかは置いといて、物欲がないアイツにお礼をするならそれくらいしかないか。

 

「ま、頑張ってみるわ」

 

「その意気だよ。おーい、二人ともいくよー」

 

少し後方で話し込んでいる二人に声をかけて園内を進む。

 

その際俺の隣に遊佐が、悠の隣に彼女がくる形になる。

 

一応ダブルデートという体を保つためだろう。

 

「あの、柴崎さん…」

 

「ん?」

 

前を歩く二人を気にしながら俺に声をかけてくる。

 

「柴崎さんは良いんですか?その…ダブルデート…って」

 

「別にいいんじゃねえの?」

 

「え…」

 

「分かりやすいようにそう言ってるだけで、要は四人で遊ぶってことだろ?」

 

「…………あ、はい」

 

何かを察したように頷く遊佐。

 

よくわからんけど、デートってのが気にくわなかったのかな。

 

「二人とも、まず何乗りたい?」

 

「俺は特にないな」

 

「私も特には」

 

「えぇ~、じゃあ静流、何乗りたい?」

 

「私?んー…やっぱりジェットコースターかな?」

 

ジェットコースター…まあ定番か。

 

しかし、そんなの乗るの小さい頃以来だな。

 

「じゃあそうしよか」

 

「あ…」

 

ジェットコースター目指して歩き始めようとした時、遊佐が不意に声をもらした。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ。なんでもありません」

 

「じゃあ行こう行こうー」

 

「お、おう」

 

なんでもないってことはなさそうだけど…

 

って、俺が気づいてて悠が気づいてないはずがないんだよな。

 

ってことは大したことじゃないってことか?

 

そんなことを考えていると、目的のジェットコースターの乗り場へ到着する。

 

「待ち時間が一時間か」

 

まあ、休日にこのくらいなら空いてる方だよな。

 

そう思い最後尾に並ぶ。

 

「なんだか懐かしいよね。遊園地なんて」

 

「最後に行ったのは小学生の頃だっけか?」

 

確か俺と悠の親が忙しいから、遊佐のおじさんとおばさんが俺たちを連れてってくれたんだよな。

 

「そうなんだ。何か思い出とかあるのかしら?」

 

「いや、もうあんまり覚えてないな。遊佐がめちゃくちゃにはしゃいでた気はするけど」

 

「あれは黒歴史です。忘れてください」

 

だから別に黒歴史ではないだろ…

 

「あの時の笑美は可愛かったのにねぇ」

 

「殺す」

 

「いきなりバイオレンスすぎるだろ!」

 

コイツ本当、悠に対しての沸点低すぎんぞ…

 

「悠ちゃんを殺されたら困る~。まだまだキスしたりないのに~」

 

「僕もだよ~」

 

「すみません柴崎さん、この二人に嘔吐物をぶつけてもいいでしょうか?」

 

「なんかそれは絵的にまずいからやめとけ」

 

もはやプレデターかなにかみたいな描写になりかねん。

 

「もう、遊佐ちゃん。女の子が嘔吐物なんて言っちゃ駄目よ?彼がドン引いたらどうするの?」

 

「柴崎さんには日々下ネタをぶつけて耐性をつけているので大丈夫です」

 

「いやそこは自重しろよ」

 

流石に嘔吐物をぶつけるって発想はゾッとするわ。

 

「下ネタ…って、どんなのかしら?」

 

「いつも耳元で喘ぎ声を聴かせたりしますね」

 

「さらっと適当な嘘ついてんじゃねえよ」

 

「そうだよ。そんな近づけないでしょ、全く」

 

「柴崎さん、この中二病の目玉に串を刺してもよろしいでしょうか?」

 

「駄目に決まってんだろ!」

 

なんてピンポイントに恐ろしいところを狙おうとしてんだ。

 

「そんなことをされたら“隻眼の千里”って異名になっちゃうね」

 

「ふふ、かっこいいわねそれ」

 

「え、どこが…?」

 

中二病感が増すだけだろ。

 

そうこう話している間にどんどんと列は進んでいき、いよいよコースターに乗り込む。

 

1列に二人乗りなので、当然俺の隣には遊佐が座る。

 

……のだが。

 

やはりちょっと様子がおかしい。

 

並んでいる間は饒舌だったのに、今は借りてきた猫のようにおとなしい。

 

「……遊佐?」

 

「…な、なんでしょう?」

 

「いや、なんか随分テンション低いな」

 

「そんなことありませんよ。とてもハッスルしてます」

 

よーし、とりあえずおかしいのは分かったぞ。

 

「では、バーをしっかり下ろしてください」

 

係員のお姉さんのアナウンスに従ってバーを下ろす。

 

そして程無くしてゆっくりとコースターは前進を始める。

 

「おお…なんかマジで久しぶりだな」

 

「………………っぅ!」

 

それとなく世間話を振ってみるも、レバーをしっかりと握りしめたまま目をつぶっているだけで返事がない。

 

これって……いや、まさかそんなことは…

 

いや…待てよ?確か昔もこんなことがあった気が……

 

そうだよ、あった。

 

昔来たときに、あのときはもっと小さな子供用のジェットコースターだったけど、確かに遊佐は怖がっていた。

 

「なあ遊佐、お前…怖いんだよな?ジェットコースター」

 

「………………っ」

 

聞こえていない。

 

変わらず、ただふるふると目を閉じて怯えているだけだ。

 

ったく…またどうせビビってると思われるのが癪だとか思ったんだろうなぁ…コイツは。

 

つーか、悠も絶対分かってただろうに。本当性格歪んでんなぁ。

 

こんなんじゃ楽しめないだろ…

 

「しゃあねえなぁ…」

 

やれやれと肩を竦めながら、遊佐の手を取る。

 

「っ?!柴崎さん…?」

 

驚いて見開いたその目は確かに潤んでいた。

 

うわ、レアすぎんぞこんな状態。

 

って、いやいや珍しいもんが見たくてやったわけじゃねえんだっての。

 

「大丈夫。ちゃんと落ちないように設計されてんだから。つっても落ち着かねえだろうから…まあ手ぇ握っててやる。これで気ぃ紛らわしとけ」

 

……まあこんなのがどれほど効果があるのかわからねえけど。

 

と、少し自分のやっていることに自信をなくしていると

 

「……はい」

 

ぎゅっと、縋るように握る手に力が込められる。

 

やけに素直…だな。

 

いや、それだけ苦手ってことか。

 

「大丈夫。絶対落ちない」

 

そう言った直後に、第一の急降下が始まった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

「うおっ!」

 

これは…別に苦手でもない俺でもちょっとキツいぞ…

 

俺の場合速度は問題じゃない。どれだけ速かろうとさして変わらない。

 

しかし、猛烈にのしかかってくるGは流石に少し辛い。

 

こりゃ遊佐は相当キツいだろうな。

 

「遊佐!大丈夫だからな!」

 

聞こえてるのかどうか分からないが、手に込められてる力は更に強まった。

 

幼馴染みが怯えている中、不謹慎だとは思うが、コイツも女子なんだな…と改めて認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてジェットコースターは無事に終着点に着き、バーが上げられる。

 

「遊佐、着いたぞ」

 

未だ震えて手を離さない幼馴染みに声をかける。

 

「終わっ……た?」

 

珍しく敬語が抜け、探るように辺りを見渡す。

 

本当に怖かったんだな…

 

まあ遊佐がわざわざ後々イジられそうなネタを供給するわけないか。

 

「そう。終わったからもう大丈夫だぞ」

 

「そ………っ?!な、なぜ手を繋いでるのでしょうか?!」

 

ばっ、と今の今まで握りしめられていた手をなぎ払われる。

 

コイツ何も分からず繋いでたのか…?

 

「ちょっとは不安も減るかと思っただけだよ。もう大丈夫なんだろ?早く降りようぜ」

 

「は、はい」

 

そそくさとジェットコースターを降りようとしたが

 

「あれ?手繋がなくていいの?」

 

案の定悠に絡まれた。

 

まあ席まん前だったし、聞こえてるわな。

 

「もう大丈夫です。余計なお世話です」

 

「ふふ、手が震えてて可愛いわね。遊佐さん」

 

「っ!」

 

その言葉を受けてほのかに耳が紅く染まっている。

 

「苦手なもんはしょうがないだろ。んなことでごちゃごちゃイジんなよ。つーか腹減ったしなんか食べに行こうぜ」

 

「それもそうだね。静流、何が食べたい?」

 

「そうねぇ、和食かしら?」

 

「園内に和食なんてあったかな?」

 

なんとか話題は逸らせたみたいだな。

 

ま、腹減ってたのは本当だけど。

 

二人の後ろに続く形で足を進めようとするが、袖を引っ張られる感触が。

 

「あの……悔しいけど、ありがとうございます…」

 

後ろを振り返ると、本当に悔しそうにお礼を言う遊佐の姿があった。

 

負けず嫌いだな…と呆れながら、頭に手を置く。

 

「いいって。でも、苦手なら先に言っとけよな?」

 

「………はい」

 

更に悔しさが増したのか、深く顔を俯かせ頷く。

 

これは、少しの間ほっといてやらなきゃ駄目だな。

 

「じゃあ行こうぜ。遅れたらアイツらうるさいだろうしな」

 

と言って、先行して歩き出す。

 

「あ、二人とも、目的地決めたからいくよ」

 

「ん、和食屋見つかったのか?」

 

「ううん、ないみたいだからネットで評判のいいところで妥協してもらった」

 

「噂のパンケーキっていうの、少し興味あったの」

 

「へぇ」

 

パンケーキって、最近の女子高生なら皆食べたことあるんだと思ってた。

 

「冷静に考えてありえませんよね」

 

「偏見で悪かったな」

 

ようやく調子が戻ったのか、いつものように心を読んでツッコミをいれてくる。

 

うん、まあやっぱこっちの方がしっくりくるわ。

 

「笑美ちゃんと柴崎くんは本当に仲が良いのねぇ」

 

否定はしないが、今のやり取りでどうやって察することが出来るんだろう?

 

「なっ…ど、どこかですか?私にも分かるよう明確に、詳しくお願いします。あと笑美ちゃんはやめてください」

 

「いやそんな嫌がるなよ」

 

俺でも流石に傷つくぞ。

 

「あらあら…笑美ちゃん大変ね」

 

「そうですね…まあもう慣れましたが。あと笑美ちゃんはやめてください」

 

「えぇ…?」

 

何故俺が悪いみたいになってんだ…?

 

やっぱ女子ってわかんねぇ…

 

と、そうこう話ながら歩いているうちに、目当ての店に辿り着いた。

 

が…

 

「うげぇ…結構並んでんな」

 

店の外まで行列が出来ていたのだ。

 

「テイクアウトも出来るから、小一時間程度ってところかな」

 

「パンケーキ食べるのに一時間か…」

 

「理解に苦しみますね」

 

「まあまあ、そんなこと言わずに食べましょうよ。これだけ並んでるのだもの、きっと美味しいわ」

 

「静流が食べたいなら僕も並ぶよ。二人はどうする?」

 

いやどうするって言われてもなぁ…

 

「わざわざここで分かれてもう一回集まるのもめんどくさいし、一緒に並ぶよ」

 

そもそもこの時間にすぐ食べられる物のほうが少なそうだ。

 

「柴崎さんがそう言うのであれば私も」

 

「皆で話していれば、私達の番もきっとすぐよ」

 

「そうそう。楽しくお喋りしてようよ」

 

俺からすると、真っ先に空気をピリつかせるのはお前だと思うけどな。

 

「今更なんだけど、3人は幼馴染みなのよね?何か悠ちゃんの恥ずかしい過去とかないかしら?」

 

「ちょっとちょっと、いきなり何訊きだしてんのさ」

 

「現在進行形で中二病という黒歴史を生み出してると思いますが」

 

「これは可愛いから弱味にならないじゃない」

 

中二病に関しては否定しないのか…

 

「って言っても、コイツ昔からこんなだったからなぁ」

 

一際大人びているというか、悟っているというか。

 

とにかく、年齢を逸脱したような雰囲気だった。

 

「じゃああまり一緒に遊んだりはしなかったのかしら?おままごととか、鬼ごっことか」

 

「いや、それはしてたな。普通にお父さん役とか」

 

「ぷっ…くく…悠ちゃん…やってたのね…」

 

「そりゃあ…ねぇ」

 

小さい頃にままごとをやるくらい普通のことだろうに、何故か苦い顔をしている悠。

 

「ナイスです柴崎さん」

 

いや、そんな親指立てられても…俺別に狙って言ったわけじゃねえし…

 

「はぁ~、見てみたかったなぁ。悠ちゃんのおままごと」

 

「流石にこの歳でおままごとは勘弁してよ」

 

「良いじゃないですか。豚の役がお似合いです」

 

「あら、悠ちゃんはうさぎ役が良いと思うわ」

 

「いやなんで頑なに動物なのさ。人間の役をちょうだいよ」

 

3人で盛り上がり始めたが、どうにも会話に入るタイミングが掴めずに手持ちぶさたになる。

 

そして不意に目線をよそに向けた際、俺たちの前にいる家族の赤ちゃんと目が合ってしまった。

 

あ、しまった…

 

そう思ったのも束の間。

 

「うぇぇぇぇ!!!」

 

赤ちゃんは大声で泣き出してしまった。

 

昔から、この悪い目付きのせいで、赤ちゃんだけに限らず小さい子には散々泣かれてきた。

 

普段来ない場所だからちょっと油断しちまった…

 

「あ、あれ?どうしたの?」

 

抱いていたお母さんは突然のことで動揺して上手くあやせずにいる。

 

「す―――「少し任せて頂けますか?」

 

とにかく謝らないと、と声をかけようとした時、遊佐がそれを遮ってお母さんに話しかける。

 

「え、ええ…」

 

「ありがとうございます」

 

困惑したままのお母さんから、泣き止む気配のない赤ちゃんを引き取る。

 

どうするつもりだ…?

 

そう思って見ていると…

 

「よしよーし。怖かったですね~。大丈夫ですよ~」

 

なんと、あの無表情が嘘みたいに柔らかな笑顔を浮かべてあやし始めたのだ。

 

いや、ていうか…こんな笑い方、無表情になる前にも見たことないぞ…

 

「うぇぇ…」

 

「あの人は怖く見えるけど、怖くないんですよ~。本当はとっても優しい人なんですよ~」

 

いらん一言はあるものの、確かに赤ちゃんの泣き声は小さくなっていき

 

「ふふ、可愛いですね」

 

いつの間にか、きゃっきゃと楽しそうに遊佐に向けて笑顔を浮かべるようになっていった。

 

「もう大丈夫そうです」

 

「あ、ありがとうございます」

 

泣き止んだのを確認して、お母さんの下に赤ちゃんを返す。

 

「ふぅ…柴崎さんの目付きが極悪なせい…で…どうしました?」

 

驚いてポカンとしてしまった俺たちを見て、遊佐の方が面を食らっている。

 

「いや、驚いてさ…」

 

「そうよ、すごかったわ!赤ちゃんを泣き止ませるのなんてそう簡単じゃないことなのに!」

 

「花嫁修行でもしてたの?」

 

「まあ、それなりには」

 

そういえば料理も旨かったもんなぁ。

 

「遊佐なら良いお母さんになれそうだな」

 

「ぶっ!!」

 

「うわっ!どうしたんだよ?」

 

いきなり吹き出した遊佐に驚いてしまう。

 

「柴崎くん…今笑美ちゃんはね、幸せを噛みしめるのよ」

 

「は?幸せ?」

 

いや…なんか顔押さえて俯いてるけど…そんなに良いお母さんになりたかったのか?

 

「よくわかんねぇけど、お前料理上手いし、子供もあやせるし、自信持っていいぞ!」

 

「もう…やめてくださぃ…」

 

「蒼…流石にやめてあげなよ…」

 

「酷いわ柴崎くん…」

 

「なんでだよ?!」

 

俺はただ褒めただけなのに!?

 

とはいえ…マジでしんどそうっていうか、なにかに耐えてるみたいな感じだし…

 

「いや、なんか…すまん」

 

「いえ、こちらこそすみません。少し耐久値が低いもので」

 

「なんの耐久値なんだ…?」

 

そして俺はいつの間に攻撃してたんだ?

 

「まあまあ、そろそろ僕たちの番だし立ち直りなよ」

 

そう言われて見てみれば、既に俺たちの前にいた親子が注文していた。

 

「四人分僕が注文するから、メニュー決めてね」

 

「私はあのクリームがたくさん乗ってるやつがいいわ」

 

「私はあちらのベリー系のもので」

 

「あー、じゃあ俺も遊佐と同じので」

 

「うん了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠がパンケーキをもらってくるまでの間、店の中にいては邪魔だと思い外で待つことに。

 

そして、遊佐がトイレに行くため席を外した。

 

するとあら不思議、悠の彼女と二人きりに……

 

「………………」

 

き、気まずい……

 

悠や遊佐が居たときは普通に話せていたが、いざ一対一になると何を話したものか…

 

「ねぇ柴崎くん」

 

「え、な、なんだ?」

 

そう頭をフル回転させていると、向こうから話しかけてくれた。

 

「柴崎くんは、好きな人がいるのかしら?」

 

「は、はぁ?!なんだいきなり?!」

 

「うーん、少し気になったというか。あまりにも意識しないから、もう特定の人がいて、その人しか目に入ってないのかと思って」

 

いや、結果意味わかんねえんだけど…

 

とは思いつつも、とりあえず質問に答える。

 

「好きなやつはいない……多分」

 

「多分?ねえ、多分って何?いるかもしれないの?」

 

ちょ、グイグイくるな…

 

「そもそも、好きとか…あんまりよくわかんねぇんだよ。逆にさ、あんたはなんで…悠が好きだってわかんだよ?」

 

悠の恋愛事情を聞くというのは、なんだか兄弟の恋バナを聞くみたいでむず痒いが致し方ない。

 

それと引き換えで答えが解ればむしろお釣りが来る。

 

「ん~…私の場合は、悠ちゃんってわかってたからなぁ」

 

「わかってた?なにが?」

 

「運命の人が」

 

「運命…」

 

確か、ゆりもそんなことを言っていた。

 

どいつもこいつも、運命が見えるなんて神か何かなのかよ…

 

「じゃあさ、運命の人がわからない俺は、恋が何かなんて一生わからないってか?」

 

「ふふ、拗ねちゃダーメ。きっと柴崎くんはもう出逢ってるわよ。じゃなければ、こうはなってないわ」

 

「こうって…どうだよ?」

 

「それは自分で気づかないと。誰かに君の運命の人はあの子だよ!とか、君はあの子に恋してるよ!なんて言われて信じられる?」

 

「それは…まあ、そうだな」

 

「人の意見を参考にするのは良い。でも、流されちゃいけないの」

 

流される……

 

それはきっと、楽なんだろう。

 

でもそれは、俺が一番アイツにしたくないことだ。

 

「サンキュ。ちょっと参考になったわ」

 

運命の人がどうとかってのは相変わらずよくわかんねぇけど。

 

「うん。分からないことは積極的に人に訊くと良いわよ。勉強と同じでね」

 

「だな。とりあえず俺にはそれしか出来なさそうだ」

 

「ナニしか出来ないんですか?」

 

「うん、とりあえずその文字面はやめろ」

 

一気に下世話な話に落ちたじゃねえか。

 

「なんですか柴崎さん。ナニか卑らしいことを考えてるんですか?変態ですね」

 

「年中発情期みたいな発言してるお前には言われたくない」

 

「発情させてるのはどこのどいつだと思ってるんですか」

 

「知るか!?」

 

ていうか、それ年中発情期なのは間違ってないってことになるぞ。

 

「私達のお年頃なら当たり前ですよ。ねぇ?」

 

「ん?そうねえ。私もいつも悠ちゃんに○○○や×××をされてるしねぇ」

 

「「えっ………?」」

 

そのとてもじゃないが公表できそうにない言葉に、俺はともかくとして、流石の遊佐までも唖然としていた。

 

「いやぁお待たせ~。結構時間かかっちゃたよ……って、どうしたの?」

 

渦中の人物が現れ、現場は異様な空気に包まれる。

 

「いや…聞いてねえよ?お前が特殊な性癖の持ち主だなんて…一ミリも…」

 

「え?なに?」

 

「この…くず」

 

「笑美はいつも通りだけども…静流…適当なこと吹聴するのはやめなよ」

 

「あら、まさか悠ちゃん、自分がアブノーマルだって気づいてないの?」

 

「悠…俺は同じ男としてお前を見捨てたりしない…!でも、改めなきゃいけないことも…確かにある…!」

 

「いや…もういいからこれ食べようよ。食べながら話すから」

 

流石にパンケーキ食いながら猥談は嫌だな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠に促されるままパンケーキを食べ始めると、全部誤解だということが分かった。

 

というか、悠の彼女の言うことを全部真に受けた俺がバカだった。

 

そんな一悶着を終え、またアトラクションを回っていくとあっという間に時間は過ぎ去っていった。

 

辺りは夕闇に染まっていき、時間的にあと1つ乗れば閉園という頃合いだ。

 

「何に乗る?」

 

既にめぼしいものは制覇したような気がするけど…

 

「最後はベタに観覧車ってのはどうかな?」

 

「いいわねぇ。ロマンチックだわ」

 

いやロマンチックて……お前らはカップルだからいいけどなぁ…

 

「なんでしょうかその目は?」

 

「………いや、なにも?」

 

「まあまあ、いいじゃない。ラストは観覧車!ね?」

 

「そうよ。柴崎くんも笑美ちゃんにあの質問をするといいわ」

 

「えぇ?」

 

あの質問って…さっきのやつだよな?

 

遊佐に…?この遊佐にか…?

 

正直愛だの恋だのとは程遠いイメージなんだが…

 

「質問とは?」

 

「それは観覧車でね。さぁ、行きましょう」

 

遊佐の質問を強引に切って、観覧車へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、質問とは?」

 

ただ今観覧車で遊覧中なのだが、遊佐がご立腹だ。

 

これに乗るまでに何度も質問したのだが、散々悠の彼女がはぐらかし続けたのだ。

 

ついには俺に質問したのだが、あそこまではぐらかすということは、ここに来るまでに話しちゃいけない理由があるのかと思い話さなかったのだ。

 

そしたらプンプン遊佐ちゃんの出来上がりだ。

 

「誰がプンプン遊佐ちゃんですか」

 

「うん、いやあのさ、それが読めるんなら質問がなんなのかも読んでしまえばいいんじゃないのか?」

 

「ここまできたら意地ですよ」

 

だから負けず嫌いがすぎるっての…

 

まあ元々質問はするつもりなんだからこっちとしてはありがたいけどよ。

 

「えっとな、いきなりこういう質問されても困るとは思うんだが…」

 

「あの、ご託はいいんで早くお願いします」

 

わぁ~…プンプンだぁ~…

 

「好きって…なんだと思う?」

 

「それは…恋愛においての、ということでいいですか?」

 

遊佐の言葉に首肯で答える。

 

数拍考える仕草を見せたが、あまり考え込むことなく遊佐は口を開く。

 

「相手を何がなんでも自分のものにしたい。そう思うことです」

 

「自分の…もの」

 

「恐らく柴崎さんが悩んでいるのは、好意と恋の違いでしょう」

 

まさにその通りだ。

 

「私が思うに、恋とは相手を独占したい気持ちです。誰にも見せたくない、触れさせたくない。そういう思いだと思います」

 

「独占…か」

 

「たとえその人が誰かのことを好きでも、どんな手段を使ってでも振り向かせたい。そんな醜くて、激しい感情なのです」

 

そんなに激しい感情を、果たして俺はアイツに向けているんだろうか…?

 

「しかし、それと同時にどうしようもなく願ってしまうのです」

 

「何をだ?」

 

「相手の幸せを…ですよ」

 

「それって、矛盾してないか?」

 

相手に好きな人がいるのなら、その時点での相手の幸せは好きな人と結ばれることだろう。

 

「ええ、矛盾だらけです。好きなのに、嫌いになりたいとすら思います。離れがたいのに、いっそ離れられればとも思います。そして、そう思っても…どうしたって好きなんです」

 

他の人のものになんて、なって欲しくないのです。と遊佐は締めくくった。

 

「どうでしょう、参考になりましたか?」

 

「正直な話、あんまりピンと来てはない…かな」

 

独占欲。

 

少なくともそれは、まだ俺の中にはないように思える。

 

まず、そんなシチュエーションがなかったとも言えるのかもしれない。

 

「今回の話はあくまで私の個人的な意見です。10人に訊けば10人が違う答えを出すこともあります」

 

「そんなもんか?」

 

「ええ。ましてや、柴崎さんの場合、相手が相手。将来は多くの人に好かれることになる人ですから。独占欲を感じることが間違いと言えなくもありません」

 

ああそうか…アイツは歌手になるんだもんな。ファン相手にいちいち嫉妬してたら…

 

「って……当たり前のように岩沢のことってバレてんだな…」

 

「他に柴崎さんが悩むような相手はいませんから」

 

「いや、そんなにアイツのことで悩んでなんて……」

 

……待てよ?

 

そもそも2年に上がって部活に入るきっかけになったのは、アイツとのことで悩んでたからだったか…

 

つい最近も岩沢のことでなんやかんやと悩んでるし…

 

「理解しましたか?」

 

「……はい」

 

俺こんなにアイツのことで頭使ってたんだな…

 

「知らないうちに柴崎さんにとって、岩沢さんの存在が大きくなっていたということですね。まあ…それが恋なのかは私には分かりませんが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか…まあそうだよな」

 

私の言葉に、あっさりと頷いてしまう。

 

これくらいの嘘は許してほしい。

 

だって、ここで本当のことを言ってしまえば…指摘してしまえば、私の恋は終わってしまう。

 

だからどうか許してください。

 

柴崎さん。

 

そして…岩沢さん。

 

こんな汚い私を…どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観覧車は無事に地上へ帰還し、千里さんが和泉さんを送っていくということで早々に別れた。

 

先程のこともあり、ぎこちなくはあったが家の前に着くまで上手く会話を続けさせることが出来たと思う。

 

家のドアノブを掴み、気が緩んだ瞬間に柴崎さんが声をかけてきた。

 

「ああそうだ。今日、楽しかったか?」

 

「はい?」

 

質問の意図が掴めず問い返す。

 

「いや、今日は一応この前色々世話になったからお礼ってことなんだけど…」

 

「お礼……」

 

なんのお礼なのかはすぐに思い当たった。

 

「まあ…そういうことなんだ。楽しんでもらえたなら嬉しいんだけどな」

 

「楽し…かったです」

 

本当に、本当に楽しかった。

 

どこぞのバカップルが一緒だったとはいえ、柴崎さんの隣で遊園地を歩けるだなんてまるで…自分が彼女なのだと錯覚してしまいそうなほどに…

 

ジェットコースターで握られた手。

 

素直にお礼を言えない私を優しく諭した暖かな言葉。

 

予期せず褒められた、これまでの努力。

 

そんな全てが、嬉しくもあり、楽しくもあった。

 

きっと、一生の思い出になる。

 

だからこそ、罪悪感が胸の内で沸騰する。

 

私はそんなお礼をしてもらえるような人間なのだろうか…?

 

嘘をついたんだ。

 

彼の幸せを願うのならつくべきではなかったのに。

 

彼の幸せより、自分の想いの、ほんの少しの引き延ばしを優先した。

 

そんな私が……こんな……

 

「なら良かった。じゃ、またな」

 

「まっ……!」

 

「ん?なんだよ?」

 

何も気付く素振りのない顔を見て、私の口は……

 

「……ありがとうございました。それだけです」

 

――――また、嘘をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プルルルルル。

 

自分の部屋に戻ると、図ったかのように携帯が鳴りだす。

 

出る気力はなかったが、画面に

映し出された名前を見て応答する。

 

「また…あなたの悪趣味な余興なんですか?」

 

『…いや、今回ばっかりは違うね。どうも静流が余計なこと言っちゃったみたいで』

 

そう言われて思い出す。

 

柴崎さんが私に質問した経緯を。

 

『今回は……上手い言い方が見当たらないからはっきり言うね。あまりにも君が可哀想だったから、せめてものチャンスをと…思ったんだけどね』

 

ああ、これは紛れもない本音だ。

 

私はこの人に憐れまれるような立ち位置なんだ。

 

「同情で…なんでこんな酷いことが出来るんですか…?どうせ、私の味方をするつもりなんて微塵もないくせに…!!」

 

『…………ごめん』

 

「―――――っ!」

 

限界だった。

 

怒りに任せて通話を切る。

 

なぜ…謝る…?

 

全部私のやつあたりなのに……!

 

やり場のない怒りに耐えるように、ベッドになだれ込む。

 

そのままゆっくりと目を閉じる。

 

まるで自分の罪から目を背けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったの?」

 

一方的に切られた様子を見て、そう訊いてくる。

 

「なにが?」

 

意味もなく強がってみせる。

 

「もう、そういうのいいから。本当は彼女のことも応援してるんでしょ?じゃなきゃ、ダブルデートなんてセッティングしないわ」

 

「まあ…ね。でも、どうしようもない。笑美がそう思うのも分かるしね」

 

結局は、自分の日頃の行いだ。

 

僕は決して、後悔するような道を選んだつもりはない。

 

だって、今隣にいる彼女と、あの親友さえ戻ってくればそれでいい。

 

良かった…はずなんだ。

 

今さら首をもたげ始めた、この情に、僕はどう向き合えばいいというのだろう。

 

 




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