蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「ふ、普通のデート…?」

テスト期間が終わり、続々とテストが返却されていく。

 

「どうだった?」

 

「………ほら」

 

悠に訊かれ、口ではなく証拠を見せることで返答する。

 

「え…すごいじゃん。いつも低い数学が余裕で平均越えだし」

 

「だよな…」

 

岩沢に基礎から面倒を見てもらった成果…だよな。

 

まあ…あとは色々な混乱からの現実逃避で勉強しまくったのもあるからか。

 

「これは、何かお返ししなきゃだね」

 

「…………だよなぁ」

 

さすがにお礼くらいしなきゃ駄目だよなぁ。

 

「つっても、何をすりゃあいいんだ…?」

 

そもそも最後にまともに話したのが勉強を教えてもらった時だし…なんか話しかけづらい。

 

「そんなに考えなくても、蒼になら何をされたって喜ぶでしょ」

 

「いや、まあかもしれないけど、折角ならちゃんとされて嬉しいことをしてやりたいしな」

 

「ふーん…なら、何をしてほしいか訊いたらいいんじゃない?下手に頭使うより早いし、確実だよ?」

 

「なるほどな…」

 

確かにそれが無難か。

 

まず初めに付き合って、とか言われそうだけどな…

 

ま、とにかく部活の時にでも訊いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、あたし普通のデートがしてみたい」

 

しかし俺の予想は当たらず、そんな言葉が返ってきた。

 

「ふ、普通のデート…?」

 

それって前に岩沢が俺に気を使ってやったあれか…?

 

「前は柴崎に楽しんでもらおうと思って失敗しちゃったからさ、今度は何も考えず普通に1日デートしたいんだ」

 

あ、そういうことか。

 

「つまり、デートのリベンジがしたいってことか?」

 

「そうだ。そもそもあたしは前回の柴崎の言い方に少し反論したいところだってあるんだぞ?」

 

「え、そうなのか?」

 

「ああ。あたしは柴崎といたらどこでだって楽しいんだ。なのにまるであたしが全く楽しくないみたいな言い方…あたしを見くびってるとしか思えない」

 

いやどこにプライド持ってんだよ…

 

「だって、明らかに無理してたじゃないか」

 

「あれはその…確かに無理をしてた言われればそうだったんだけと…それは慣れないことをしてたのが祟っただけなんだ!」

 

「わ、分かった分かった…」

 

ヒートアップし出した岩沢を宥めるためにとりあえず理解を示しておく。

 

とはいえ、デートか…

 

それ自体が嫌だ、というわけじゃない。既に1度経験しているし、その時も楽しかったことには違いないんだから。

 

しかし、今回の場合、その1度経験しているということが引っ掛かる。

 

折角のお礼なんだから、どうせなら満足してほしい。

 

なのにそれが、言い方は悪いが二番煎じというのも…

 

「あー、じゃあさ、デートもする。だけど、他に何かもう1つ考えといてくれないか?」

 

「もう1つ…か。うん、考えとく」

 

「それじゃ日にちは……「明後日にしよう!明後日に!」

 

「お、おう…」

 

明後日になにが……って、ああなるほど。

 

「分かった。じゃあ明後日、校門前でいいか?」

 

「いい!最高だ!!」

 

最高…ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた当日。

 

少し早めに到着し、余裕を持って岩沢を待つ…はずだったが…

 

「早いな柴崎」

 

「……お前こそな」

 

既に岩沢はいた。

 

にっこにこで。

 

あれ?なにこれデジャブ?

 

…まあ大声で驚かれなかっただけマシか。

 

「俺も結構早めに来たと思ったんだけど、待たして悪かったな」

 

「いや、あたしが勝手に早く来ただけだし」

 

「てか、なんでそんなに早いんだ?」

 

「待ちきれないっていうのもあったけど、一番は…もし柴崎も早く来てくれたら、その分長く一緒にいられるだろ?」

 

「お……う…」

 

なんっだコイツ……なんだコイツ?!

 

思わず語彙力が無くなる程度には、その台詞は破壊力があった。

 

「どうした柴崎?顔紅いぞ?もしかして風邪か?!なら帰って安静にしないと…」

 

「いや!違うから!大丈夫だから、さっさとどっか入ってまずは飯にしようぜ」

 

つーか、あんだけ楽しみにしてたのに普通に帰ること提案すんだな…

 

俺のこと大事に思ってる証拠…ってか?

 

……………言ってて恥ずかしくなったきた。

 

「ちょ、ちょっと柴崎!歩くの早いって!」

 

「わ、悪い。考え事してた」

 

「全く…柴崎は変なとこで抜けてるよな。まあそういうところも好きだけど」

 

「………普通に言うんだな」

 

「え?」

 

思わずもれていた一言に岩沢が反応する。

 

「いや、なんつーか…前にすげえ照れてたからもうそういうのって言わないもんだと…」

 

そう素直に思ったことを伝えると、みるみるうちに顔が紅潮していく。

 

「あ、あれは忘れてくれ…!」

 

なんだ、恥ずかしいのは恥ずかしいのか。

 

しかし…なんだろう。

 

岩沢が照れていると、無性に嗜虐心が煽られる…

 

「顔、紅いぞ?」

 

「誰のせいだと思ってるんだよ…」

 

不満げにちらっとこちらを見やる。

 

「俺だって散々恥ずかしい思いはしてきてる。お前に教室のど真ん中で好きだーって大声で言われたりな」

 

「そりゃそうかもしれないけどさ…」

 

「なら、少しは照れてる姿くらい見せてくれてもバチは当たらないんじゃないか?」

 

「柴崎は…あたしが照れてるとこが見たいのか?」

 

そう面と向かって訊かれると…なんとも答えづらい。

 

ここで、そうだって言ったらなんかすごい変態みたいだし。

 

「……別に、お前に今までの俺の気持ちを少しでもわかって欲しかっただけだ」

 

「なんだ、ちょっとはあたしのこと気になってくれたのかと思ったのに」

 

「それは……」

 

「ん?」

 

気になる…って意味なら、初対面で告白された時からずっと意識はしてた。

 

意識は………だ。

 

なら、今は……?

 

「初対面の時よりは…気になってるよ」

 

「……………っ?!そ、それって?!」

 

「…関わる時間が増えたから、な」

 

いや、駄目だろ…

 

こんな、自分でもなにがなんだか分かってない気持ちをぶつけて…もし期待させたらどうする?

 

期待させて、裏切ったしまったらどうするんだ…

 

「なんだよ…そういうことか」

 

目に見えてがっかりしている岩沢。

 

ほら…もし今、本当のことを言っていたらこんなことじゃ済まなかったはずだ。

 

ちゃんと…向き合え。

 

向き合って、自分が受け止められたら…その時言えばいい。

 

「まあ、でも進んでないわけじゃないから……」

 

でも、これくらい言っていいよな。

 

「……え?そ、それってやっぱりさ!」

 

「はい、店ついたー。この話はここで終わりー」

 

「えぇ~…でも、うん。まずはデートを楽しまないとな」

 

「…少なくともその前向きさは嫌いじゃないぜ」

 

「え?!いや、その…そんなこと言われたらもっとこの話続けたくなるだろ!早く入ろう!」

 

「わ、分かった、分かったから押すなよ!」

 

また照れてしまったみたいで、後ろに回って見られないようにして背中をぐいぐい押してくる。

 

これは流石に余計な一言だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽く昼食を取り、食休みとして次の行き先を決めることになった。

 

「どっか行きたいとこあるか?」

 

「あたし?」

 

「お前以外の誰がいるんですかね…?」

 

コイツほんとこういうとこあるよな…

 

「うーん…特にない」

 

「やっぱそうか」

 

なんとなく想像はついてたけど。

 

「なら、カラオケとか行くか?」

 

「カラオケか、いいな」

 

「じゃあ行くか」

 

次の予定も決まり席を立つ。

 

ネットからの受け売りの知識で二人分の料金を払おうとしたら、岩沢に物凄い勢いで割り勘を要求された。

 

なんでも、対等でいたいから奢られるのは嫌…だそうだ。

 

らしいな、と思い少し笑いがもれた。

 

そんなゴタゴタを終え、店を出る。

 

カラオケ店はそう遠くないので、数分歩くと到着した。

 

あまりカラオケに行った経験がないので、慣れないながらも受付を済まして部屋へと入る。

 

「へぇ、中ってこうなってるんだな。結構狭いんだ」

 

「なんだその初めて来たみたいな反応は」

 

「みたいな、っていうか初めてだ」

 

「は…?」

 

思わぬ台詞に少し唖然とする。

 

音楽キチのコイツが…カラオケに来たことがない…?そんな馬鹿な…!?

 

「言いたいことは分かるけど、顔に出すぎじゃないか?」

 

「いや、すまん。あまりにも意外だった」

 

「この前父さんにも聞いたろ?あたし高校入るまで友達とかいなかったんだよ」

 

それは確かに聞いたけど…

 

「ひさ子たちとは?」

 

「ガルデモで集まるときは部室かスタジオで練習だな」

 

そう言われると、確かに中々機会がなさそうだ。

 

「じゃあヒトカラとかは?」

 

「ヒトカラ…?ヒトデの唐揚げか?」

 

「今の会話の流れからなんでそんなもんが出てくんだよ!?」

 

ダメだこりゃ…この天然娘が…

 

「まあいいや…ほら、何か歌えよ。初カラオケ記念だ」

 

「え?いいよ。あたし歌うつもりないし」

 

「え?」

 

「え?」

 

「………なんでカラオケに賛成したんだお前?!」

 

もう1回くらい聞き返してやろうかと思ったけど我慢できるか!

 

「あたしは柴崎とならどこでも楽しいからだ!」

 

「聞いた!昨日聞いたよそれは!」

 

俺が言いたいのはそういうことじゃない。

 

「お前がどこでも良かったってのは分かる。けどな、歌わずに喋るんならさっきの店のままでも良かったろ!」

 

「歌えばいいじゃん」

 

「はぁ?誰が?」

 

「柴崎が」

 

「…………嫌だわ!」

 

数秒考えた結果、心からの拒絶が口から出た。

 

「なんでお前みたいなめちゃくちゃ上手いやつの前で歌わなきゃなんないんだよ!」

 

コイツの前では多少歌が上手い奴らですら霞みに霞んでもはや見えないレベルだ。

 

それを何故そもそも上手くもない俺が歌わなければいけないんだ。

 

「…柴崎も人のこと言えないじゃないか」

 

「え?」

 

「あたしは柴崎が歌うんだと思ったんだ。柴崎だってあたしが歌うと思ったんだろ?おあいこじゃないか」

 

なんであたしだけ怒られるんだよ…と珍しく不貞腐れたような顔をする。

 

ま、まずい…

 

具体的に何がまずいかっていうと、岩沢が不貞腐れているという状況がまずい。

 

だって見たことねえもん。

 

しかも拗ねてる理由が正論過ぎて……もはや謝るしかない。

 

「わ、悪かったよ。ちょっと計算が狂ってテンパったんだ。機嫌直してくれよ…」

 

「……ふふ、いいよ。なんか柴崎が困ってる顔してるの、楽しいな」

 

ドキッ

 

悪戯っぽく笑う表情に、胸が高鳴る。

 

そして、その瞬間に気がついた。

 

二人だからか、案内された部屋は狭く、自然と普段の距離感よりもかなり近くなっていることに。

 

さらに、もう11月だというのに、岩沢はロングコートを脱いでしまえば長袖のシャツとショートパンツという薄着。

 

そしてコイツの基本姿勢は脚を組んだ状態で、正直脚フェチには耐え難い状況だ。

 

しかも、この近さだとふんわりと良い匂いが岩沢の方から漂ってきてしまう。

 

…………あれ?俺なんで今まで平気でいたんだ……?

 

「どうした?」

 

俺の様子がおかしいことに気がついて、ぐいっとこちらへ寄ってくる。

 

綺麗に整った顔が近づいてくるにつれ、心臓の音は激しさを増す。

 

「な、なんでもない!なんでもないから!」

 

慌てて手で制止する。

 

「ん?そうか?」

 

あっさりと退いてくれ、安堵の溜め息を吐く。

 

「もし何かあるなら言ってくれよ?柴崎には無理してほしくないんだからな」

 

「あ、ああ…大丈夫だって」

 

意識したらまずい……

 

とは思いつつも、他に何かあるわけでもないため、見ざるをえない。

 

キリッと整った顔つきや、その顔つきに似合うやや短めの髪型。

 

驚くほど高くもなく、かつ小さくもない身長に、貧相ではなくスレンダーと言うべき体型と、そこからすらりと伸びる細く長い脚。

 

おまけに息を飲むほど脚を組むのがよく似合う。

 

……本当、改めて見るとびっくりするくらい好みの外見だ。

 

自分が思い描いていた理想像の具現化みたいだと、思ってしまう。

 

そんな風に思ってはいけないのに。

 

「なぁ、何か話さないのか?」

 

「あ、おう。何か…な」

 

声をかけられて意識を引きずり戻される。

 

助かった…とも言えるが。

 

「……あー、そういやユイとはどうなってるんだ?部活では見ないけど」

 

なんとか話題をひねり出す。

 

会話をして、意識を反らさなきゃダメだ。

 

じゃないと俺は……きっと外見で岩沢を好きになってしまう。

 

それは嫌なんだ。

 

それだけはしたくないんだ。

 

「ユイはとりあえず受験勉強に専念だってさ。じゃないとうちに来れないみたい」

 

「あぁ、納得」

 

だってコイツは…多分俺の内面を見てくれた。

 

一目惚れって言っていたけど…それが嘘なのは分かる。きっと、俺の覚えてない何かがあったんだ。

 

俺の内面に触れる何かが。

 

なのに、俺は岩沢の顔とスタイルが好きだから好きです……なんて言えるわけない。

 

いや、口が裂けても言いたくないんだ。

 

コイツが外見だけの人間じゃないって知ってるからこそ、余計にそう思う。

 

「ははっ、それ聞いたらユイきっと怒るよ」

 

「だろうなぁ」

 

外見も良くて、内面も良い。

 

でも、それならひさ子や入江たちだってそうだ。

 

人として好感を持てるし、その見た目にドキリとさせられることもある。

 

なら、岩沢とそいつらの違いはなんなんだ?

 

他の誰かでなく、岩沢が好きなんだって思える確証がない。

 

好きだって言われたから意識しているだけかもしれない。

 

そんな状態で、俺なんかのことをここまで想ってくれる相手に…俺は何を言えばいいってんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他愛のない話を終えて、退室時間となりカラオケを後にした。

 

時刻は5時過ぎ。

 

「微妙な時間だな」

 

晩飯を食べる時間ではないし、そこまで何かで時間を使わなくてはならない。

 

「……ふ」

 

「ん?なんだ?」

 

突然隣で笑みをこぼした岩沢に、思わず怪訝な顔になりながら訊ねる。

 

「いや、当然みたいに晩御飯まで一緒にいてくれようとしてるのが…嬉しくてさ」

 

「………っ?!馬鹿か!これは…お礼なんだからお前が満足しないまま終わるわけあるか!」

 

コイツは…!本当にコイツは…!!

 

一体何人誑かしてきたんだよって台詞をいとも簡単に吐きやがる。

 

「なら、満足しなきゃ明日まで一緒にいてくれるのか?」

 

「それは……」

 

居てほしいなら…とか言い出しそうな自分が憎い。

 

「冗談だよ。あ、でもそれくらい居たいってのは本気だからな?」

 

「……なぁ」

 

「ん?」

 

「好きって…なんだ?」

 

「…難しいこと訊くな」

 

そう言って、困ったように笑う。

 

「なんで急にそんなことをって訊いてもいいか?」

 

「わかんねぇんだよ……俺は、お前のことが好きだ。それは間違いないんだよ」

 

「―――――っ?!」

 

「でも…それは他の皆もなんだよ。部活の皆のことも好きで、その好きとお前が俺に言う好きは…どう違うんだ?それが分からないんだよ…」

 

俺の言葉を聞いて、一瞬浮かんだ喜色が消える。

 

その表情の変化が、俺の心に鈍痛を与える。

 

しまった…話し方を間違えた…

 

「その…ごめん。紛らわしい言い方して」

 

「い、いや、先に分からないって言ってたし、これはあたしの早とちりだよ」

 

「…悪い」

 

「いいって。それより、好きの違い…だよな」

 

これ以上謝っても岩沢を困らせるだけだと思い、頭を切り替える。

 

「ああ」

 

「要するに、好意と恋の違いってことか」

 

「そう、まさにそれだ」

 

地頭が良いのか、語彙の豊富さ故なのか、分かりやすく言い換えてくれる。

 

「難しいな…違いは明確だけど、表現するのがちょっと…」

 

しかしそんな岩沢でもこの違いというのは難しいようだ。

 

「……少し下世話な言い方でもいい?」

 

「え?お、おう」

 

悩んだ末、少し恥ずかしそうに提案する。

 

岩沢の言う下世話がどういうものなのか分からず戸惑いながらも承諾する。

 

「き…」

 

「き?」

 

「キス…したいと思うかどうか」

 

「ぶふっ!な、何を?!」

 

「ち、違うんだ!分かりやすく言葉にするならそれしか思い浮かばなかったんだよ!」

 

「そ、そうは言ってもだな…」

 

こちらとしたら唐突に、お前とキスしたいって言われてるみたいなもんなんだけど…

 

「さ、参考になればいいって思っただけだから…」

 

「参考に…か」

 

きっと岩沢は本気で考えてくれたんだだろうし、ちゃんと考えてみよう。

 

キス…か…

 

ひさ子や入江、ゆりや関根に椎名先生たちとキス……………

 

「……なあ岩沢」

 

「なに?」

 

「これはあくまで男女の違い故だと思って、怒らずに聞いてくれるか?」

 

「うん、いいよ」

 

あっさりと二つ返事で了承をもらい、口を開く。

 

「正直、出来るもんならキスはしたいぞ」

 

「………………柴崎……?」

 

「違う!違わないけど違うんだ!とりあえずその目やめて怖いから!」

 

一瞬自分の眼を疑うほどに目のハイライトがなくなっている。

 

「だってよ、アイツら皆見た目は良いし、性格だって…一概に悪いとは言えないし」

 

若干名悪いと言えなくもない奴もいるが…

 

「そんな奴らとキスできるとしたら嫌な男なんてまずいないと…思います」

 

いよいよ本気で怖くなってきたので思わず敬語になる。

 

「ふぅん…男ってそういうもんなんだ」

 

「いや、その、これはさ…そうだ!男は多分、本気で好きな相手がいればしたくなくなるんじゃないか?!」

 

「…ん、なるほど」

 

咄嗟の思い付きではあったものの、ある程度納得はいったのか、普段の岩沢に戻る。

 

「じゃあ、まだ柴崎はあたしが好きってことではないんだ」

 

「まあ…そうなるな」

 

「……うん。了解」

 

「その、ごめんな」

 

あまりに寂しそうな顔をするから、ついまた謝ってしまう。

 

「いいよ。分かってたしさ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、だって柴崎鈍いし。少なくとも今日この瞬間に気づくってことはないって思ってたよ」

 

「な…に、鈍いか?俺」

 

「まあ、少し気の毒になるくらいには…ね」

 

気の毒?

 

そんな同情されるくらい鈍いのか、俺は…?

 

「ま、良いことも聞いたし、結果オーライかな?」

 

「良いこと?」

 

「ふふ、だって、あの言い方だとあたしともキスしたいってことだろ?」

 

「さぁ!飯に行こうかぁ!」

 

何も聞こえませーん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、その後は特に問題もなく晩飯を食べ終わる。

 

そして、ぶらぶらとあてもなく町中を歩いている。

 

「どうする?」

 

明日も休みとはいえ、あまり遅くまで出歩いていてはお父さんも心配するだろうと思い、訊いてみる。

 

「柴崎はもう帰りたい?」

 

「そんなことは…ないけど」

 

「じゃあさ、あと一ヵ所だけ付き合ってくれない?渡したいものがあるんだ」

 

「あ…分かった」

 

すっかり忘れていたことを思いだし、頷く。

 

「じゃああたしの家の近くに公園があるからさ、そこにしよう」

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園に着き、ベンチに座る。

 

少し、何の関係もない話を交わしていると、不意に岩沢が黙った。

 

もしかすると、緊張しているのかもしれない。

 

その気持ちは分かる。

 

俺も経験したことだから。

 

「柴崎、誕生日おめでとう。これ、気に入るか分かんないけど」

 

そう言って差し出されたのは、ラッピングされた細長い箱だった。

 

それを見て、中身がなんなのか少し見当がついた。

 

「ネックレスか?」

 

「…うん。あたし、音楽のことしか分からないからさ、柴崎が何を貰ったら嬉しいか分かんなくて…だから、あたしが貰って一番嬉しかったものをあげたいな…ってさ」

 

「…そっか」

 

「嬉しくない…か?」

 

心配そうに窺う岩沢に苦笑する。

 

「そんなわけないだろ、すごい嬉しい。ちょっと…言葉にするのは難しいけど」

 

誕生日プレゼントを貰うこと自体が嬉しい上に、以前あげたプレゼントが今までで一番嬉しいと言われたのだ。まさか嬉しくないわけがない。

 

「普通にプレゼントを貰う5割増しくらい嬉しいぜ」

 

「本当か?!」

 

「本当だって」

 

この言葉は嘘偽り、誇張なしに本音だ。

 

プレゼントを貰えることは分かってたのに、こんなに嬉しくなるもんかと自分でも不思議に思う。

 

「良かったぁ…」

 

相当緊張していたようで、安心した反動で力が抜けたようにベンチに座り込む。

 

「そんなに心配しなくても…」

 

俺のことどんだけ厳しい奴だと思ってんだよ?

 

「無理だって。念願だったんだからさ…柴崎の誕生日を二人で祝って、プレゼントあげるのがさ」

 

「念願って…」

 

やっぱり、昔から俺のことを知ってるってことなんだろうな。

 

なんでかそれくらいの重みを感じる。

 

「なぁ、着けてるとこ見せてくれないか?」

 

「ああ、分かった」

 

岩沢に促されて綺麗にラッピングされた箱を開ける。

 

すると中には、綺麗に蒼く輝くガラスのようなものが埋められた十字架型のネックレスが入っていた。

 

幸い、ホックの部分が扱いやすい作りだったため自分で簡単に着けることに成功する。

 

「えっと、あんまこういうの着けたことないから不安なんだけど…どうだ?」

 

「………やばい」

 

「やばい?」

 

そんなに似合ってないのか?!

 

「似合うと思って買ったんだけど…もう…無理…見れない…」

 

「マジか?!」

 

え、なに、俺ってそんな見るも耐えないほどネックレス似合わない人間だったのか?!

 

「ロックすぎる…!」

 

「……は?」

 

これは…褒め言葉か?

 

いや、きっとそうだろう。なんせロック大好き人間だし。

 

「シバサキ…ジュウジカ…ロック…!」

 

「カタコトやめい…」

 

褒められてるはずなのに、なんか馬鹿にされてるみたいだ。

 

「…まあ喜んでるようで何よりだ」

 

「はぁ…やばい…なんか苦しくなってきた…」

 

「なんでだよ?!外すぞこれ!」

 

「そ、それは困る!」

 

そう言って急いで深呼吸し始める。

 

落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。

 

「ちょっとぐだぐだになったけど、ありがとな」

 

「……うん。くっ…!柴崎があたしのあげたネックレス着けてる…!しかも…綺麗…!」

 

またしても悶え始める岩沢。

 

……とりあえずこの話題から離れようそうしよう。

 

「あー、そういやもう1つなんかお願い考えとけって言ってたよな。なんか思い付いたか?」

 

「あ…忘れてた」

 

うん、まああの調子だったわけだし予感はしてた。

 

「無理に考えろって言うつもりはないけど、なんにもないか?パッと思い付くことでもいいぜ?」

 

「…………あ」

 

しばし逡巡したあと、何か思い付いたように声をあげた。

 

しかし悩んでるようで、いやでも…と何か呟いている。

 

「何か思い付いたんならとりあえず言ってみ」

 

「……じゃあ、さ…あたしのこと、一回だけ下の名前で呼んでくれないか…?」

 

「え…」

 

「駄目か…?」

 

「あーいや、今のはただ驚いただけなんだけど……」

 

だけど……いいのか…?

 

いや、望んでるなら叶えてやるのが一番なんだろう。

 

そもそも下の名前で呼ぶくらい、友達同士でだって普通にすることなんだから、そこまで深く考える必要はない。

 

「……悪い。出来ない…」

 

はずなのに、ここで呼ぶのは不誠実だと思う自分がいる。

 

「…そっか」

 

散々言うことを聞くと言っていた俺に断られて、怒ってもいいような場面なのに、何故か岩沢の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「怒らないのか?」

 

「ああ。呼んでもらえないのは確かに残念なんだけどさ、なんていうのかな…柴崎が、真剣にあたしのことを考えてくれてるんだろうな…って、伝わったから。だから、良いんだ」

 

「……ありがとな」

 

まさか、そんな風に言ってくれるとは思わなかった。

 

ましてや、俺がどう思ってるのか伝わるだなんて思わなかった。

 

「いいよ。ていうか、もういい時間だな…帰ろうか」

 

「え?代わりに何かお願いとかないのか?」

 

「多分あたしの思い付くようなことは、今は叶えてもらえないだろうしいいよ。あ、でもその代わり、このお願いはいつか使ってもいい?」

 

「…そりゃもちろん構わないけど」

 

「なら、今日はもう満足」

 

そう言って笑う顔には、無理をしてる様子もなく、本当に満足しているみたいだった。

 

「じゃあ送るよ。つってもすぐそこだけど」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩沢を家まで送り、自分の家に着いた頃にはもう夜更けで、さっさと風呂や歯磨きを終えてベッドに潜り込む。

 

「岩沢……」

 

今日1日の出来事を振り返っていると、思わず口から名前がこぼれる。

 

眠る直前、思わず顔を思い浮かべて名前を呼んでしまうのは、恋…なんだろうか。

 

それとも、女子とのデートという慣れないイベントで、頭がびっくりしてるだけなんだろうか。

 

「早く……なんなのか知りてぇな…」

 

 




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