蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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さきほど、小説情報を見たときに非ログインユーザー様の感想を受け付けないという設定になっていることに気がつき、急いで変更させて頂きました。
これからもよろしくお願いします。


「勧誘?」

そうして、岩沢との関係が元に戻り数日が経過した。

 

岩沢は変わらず毎日好きだ好きだとまるで呪いかなにかのように言ってくる。

 

最近はもうはいはいと頷くだけで流すことにしている。

 

そして放課後には部室に向かい、何をするでもなく皆で話す。

 

数日そこで過ごしていると皆の関係性というのが如実に見えてくるものだ。

 

初めは皆大差なく仲が良いのだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。

 

音無と日向は親友のようでいつも一緒に喋っている。しかも日向の音無に対する距離感は何か怪しいものを感じるほどだ。

 

まあ日向は他の奴らとも大概仲が良く、他の奴らにも似たような距離で話すこともあるのであれが素なのだろう。

 

強いて言うならばTKとは少し距離があるようだ。他の奴にはアダ名で呼ぶのに日向だけ日向氏と呼ばれていた。

 

それとは正反対で、音無は日向以外とはそこまで仲が良くはないようだ。日向以外となると俺、もしくは大山辺り以外とはそこまで話さない。野田と藤巻とはむしろ相性が悪いようだ。

 

TK、藤巻、大山は3人組でよく一緒にいる。登下校も一緒のようだ。

 

そして大山は珍しくまんべんなく皆と話せるみたいだ。ただし女子相手には気後れするようだが。

 

野田はというと、仲村以外にはあまり興味がないらしい。他の奴にするとしたら威嚇くらいのものだ。

 

そのせいでとにかく藤巻と反りが合わない。

 

藤巻と反りが合わないといえばもう一人いる。

 

ひさ子だ。

 

ひさ子は基本的に気さくで姉御肌な良い奴なのだが、どうにも藤巻の言動だけには一々引っ掛かるところがあるようだ。

 

岩沢と遊佐は………何故か俺の横に陣取ってることが多い。

 

まあ岩沢は元々の言動から分からなくはないが、遊佐のこの行動の意味がさっぱり理解出来ない。

 

何か企んでいるのではと冷々している。

 

そしてこの光景を見て千里は心底愉快そうに腹を抱えて笑っている。

 

ちなみにコイツは俺以外とはあまり話さない。というより、彼女優先のため来ない日が多い。

 

俺が他の奴と話している時は岩沢は上の階に上がっていたり(一人になってギターを引いてるらしい)、遊佐は仲村と何か話していたりと各々行動している。

 

そしてこの部の部長である仲村はというと、この部の勧誘は仲村が一手に引き受けてるらしいので皆と仲が良い。そして皆からの信頼も勝ち得ていた。

 

そんな部に俺は今日もまた訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日なんだけどね、柴崎くんはちょっと勧誘に行ってきてくれない?」

 

部室に入り鞄を置いた所で唐突にそう話を切り出される。

 

「勧誘?」

 

いつも勧誘は仲村が行っていると日向から聞いていた俺は当然疑問に思い聞き返す。

 

「ええ。岩沢さんとひさ子さんでバンドを組んでるのは聞いてるわよね?」

 

「まあ一応」

 

「あとリズム隊が足らないことも聞いてるわよね?」

 

「まあそりゃ――「ゆり!それってつまりリズム隊の勧誘か?!」

 

聞いてるよと言おうとした所でさっきまで大人しく横で話を聞いていた岩沢が遮ってくる。

 

「そうよ」

 

「じゃあ見つかったってことだよな?!」

 

「ちょっと待ってくれ。ドンドン話を先に進められたら困る。そもそも何で俺がそのリズム隊とやらの勧誘をしなきゃいけないんだよ?岩沢達でやっちゃダメなのか?」

 

「もちろん岩沢さん達も行くわよ」

 

「なら俺はいらないだろ」

 

「それが、ね…」

 

納得いかず仲村を追及していくと、気まずそうに目を逸らし出す。

 

「岩沢さん…音楽キチだから多分…やらかしちゃうと思うのよね…」

 

「……あー…」

 

仲村に言われて思わず納得してしまう。

 

ここ数日で分かったことなのだが、岩沢が何かに興味を持つということは相当珍しいことらしい。

 

それは何故かというと、岩沢の興味や関心はほぼ100%音楽のことに向けられているからだ。

 

岩沢が音楽の話題等で語り出すと例え皆が居なくなっても自分が満足するまで止まらない。

 

まあそうなるとマジでなんで俺のことなんかを好きになったんだよという感じなのだが。

 

「いやでも、だからって俺が付いてるからってどうなるんだよ?」

 

「だから岩沢さんに喋らさずに柴崎くんに勧誘してもらいたいの」

 

「なんで俺なんだよ?ひさ子じゃダメなのか?」

 

「……ひさ子さんだと相性が悪いのよねぇ」

 

「そんなやつ勧誘すんのかよ?」

 

ゆりの台詞を聞いて今度はひさ子が会話に入る。

 

確かにそんな相性が悪いようなやつとやりたいとは思わないだろうな。

 

「そんなに心配しなくても良いんだけどね。多分最初の内だけだろうし」

 

「だから勧誘の時は俺がってことか?」

 

「そうなるわね」

 

「勧誘なぁ…」

 

正直俺がやったところで上手くいくとも思えない。

 

俺は目付きが悪いし、ただでさえ口が上手くもない。

 

けど岩沢に喋らないよう言い聞かせつつ勧誘するには俺しかいないってことになるらしい。

 

どうしたもんか…

 

「悩んでるところ悪いけど、拒否権はないのよ?」

 

「え?」

 

「だってあなたあたしに貸しがあるじゃない」

 

「貸し…?」

 

はて、そんなものあったっけ?

 

「しゃ・ざ・い」

 

「ああ…って、えぇぇぇぇ?!あれは部活に入るのでチャラじゃないのか?!」

 

というよりその交換条件で入ったはずなのでは?!

 

「ちょっと勘違いしないでくれる?謝るために入らなきゃいけないんだからそんなの交換条件じゃないわよ。あれはあくまでもあたしの貸し」

 

「はぁ?!」

 

「なあ、謝るとか交換条件とかなんのことだ?」

 

いきなり口論を始めた俺たちの会話に状況が飲み込めないひさ子が入ってくる。

 

岩沢はそもそも理解するつもりがないのか、はたまた既に察しているのか明後日の方向を見ている。

 

しかしもし分かっていないのなら出来ればこの件に関しては岩沢に知られたくない。

 

ならもう…

 

「…はぁ、分かったよ。行きますよ。勧誘に行かせて頂きますよ!」

 

「あらそう。じゃあいってらっしゃ~い」

 

「ちょっと、なんだったんだよ?」

 

「秘密だ!行くぞ!」

 

「あ、遊佐さんが詳しいこと知ってるから連絡して訊いておいてね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲村に言われた通り携帯で遊佐に連絡を取り、とりあえず校門に来てくれと言われたのでそれに従って向かった。

 

「両手に華とは良い身分ですね。素人童貞さん」

 

呼んでおいての第一声がこれだ。

 

「その誤解を生みそうな呼び方を直ちにやめろ」

 

「事実なので誤解が生まれる余地は皆無かと」

 

「馬鹿野郎!素人童貞だったら俺が風俗に行ったことになるじゃねえか!謝れ!!」

 

「馬鹿野郎はてめえだ!大声で何言ってんだ?!」

 

「がっ?!」

 

正当な抗議をしていたはずの俺の方だけが真っ赤になっているひさ子の鉄拳を喰らうはめに。

 

何故だ…遊佐だって素人童貞と言っているのに…

 

「なあ、素人童貞ってなに?あと風俗って行くものなのか?」

 

「ほら見ろ!岩沢が変なことに興味持っちまっただろうが!」

 

「うっ…それは本当にすまん…」

 

あまりにも純粋無垢な瞳で問うてくる岩沢に罪悪感が芽生えてしまう。

 

「ちっ、生娘気取りが」

 

隣でこんな悪態を岩沢に聞こえないように吐き捨てる幼馴染みを見てより一層強い罪悪感を覚える。

 

ごめんね、こんな子になるのを止められなくて。

 

「よしとりあえずお前らの始末は後にするとして」

 

あれ?今始末って言った?説教とかすっ飛ばして始末されるの?ねえ?

 

「とにかく今は勧誘するやつの情報だ。どんな奴なんだ?」

 

「それならこちらです」

 

ひさ子の問いかけを受けてそそくさと携帯を取りだし、写真を数枚見せてくる。

 

「この二人か」

 

その数枚の写真にはどれも二人の少女が写されていた。

 

一方は金髪ロングでどの写真も快活に笑っていて明るい印象を持つ少女が。

 

もう一方は薄めの紫色をした長髪の少女で、もう一人の少女とは対照的に大人しそうな印象を受ける。

 

「なんでこの二人なんだ?特にこっちの子はバンドとか向いてなさそうな感じだけど?」

 

携帯の液晶に映る薄紫髪の少女を指差しそう訊ねる。

 

「おい、いくら柴崎でも見た目で音楽性まで否定するなら怒るぞ」

 

「え、すまん。そんなつもりじゃなかったんだけど…」

 

何の気なしにした質問が岩沢の琴線に触れたようでいつになく鋭い視線を送られる。

 

音楽が絡むとやっぱりコイツはいつもと違うんだな…

 

「そっか、あたしの勘違いだな。ごめん柴崎愛してる」

 

前言撤回、なにも変わらないわ。

 

ここで気をつけろよくらい言ってくれたら撤回せず済んだのに。

 

「ちなみにさっきの質問に答えますと、岩沢さんのリクエストを聞いたゆりっぺさんの独断と偏見で選びました」

 

「あんたゆりになんてリクエストしたのさ?」

 

「最高にロックな奴を頼む」

 

「それでコイツらなのか…?」

 

ひさ子も俺と同じ疑問を覚えているようで、ふーむと顔をしかめながら写真を凝視する。

 

「つーか、ひさ子もどんな奴なのか知らなかったのか?なんか前にリストがどうとかゆりが言ってた気がするんだけど」

 

「あー、あの時か。あれはゆりの嘘だったんだよ」

 

そういえばあの時は確か俺を勧誘するために岩沢を俺から離れさせるために言ってたんだったな。

 

あれ嘘だったのか。

 

「あー、あれな…岩沢が急に来て話もまともに聞かないし大変だったぜ…」

 

ご愁傷さまです姐さん。俺のためにすみませんでした。

 

「ともあれ、この二人を勧誘するってことで良いんだよな?」

 

「ああ、コイツらしかいないよ」

 

「うーん、まあ岩沢がそう言うなら信じてみるよ」

 

「分かった。で、その二人はどこにいるんだ?」

 

「お二人は今軽音楽部の体験入部に行っています」

 

「え、体験入部行ってるのか?それも軽音楽部に?」

 

それってもう手遅れなんじゃないだろうか。岩沢の謎なリクエストに応えて選んだ二人ならそのまま軽音楽部に入部を決めてしまうのではないか?

 

「心配するな柴崎。あの二人は絶対軽音楽部なんかに入らないさ」

 

「いや心配っつーか…まあいいけど。でも何を根拠にそんなことを?」

 

「ここの軽音楽部はかなりお遊びノリなので真剣に楽器をやりたい人はあまり入らないのです」

 

何故か岩沢にした質問に遊佐が代わりに答えていた。

 

しかも岩沢が満足げに、そうそうと頷いている。

 

いやまあ良いんだけどさ。

 

「まあそういうこった。あたしと岩沢もその口だしね」

 

「ならあとはこの二人がいつ来るかだな。その体験入部はいつ頃終わるんだ?」

 

「もう既に終わっている頃かと」

 

「なんでそれを先に言わねえんだよ?!」

 

もし見逃したらどうするつもりなんだコイツは?!

 

「よっぽどのことがない限りそれはありえないでしょう。あなたの眼があれば」

 

「…そういう問題じゃねえよバカ」

 

それにこの眼はコンプレックスなんだ。あまり率先して使いたくはない。

 

「なあ、もしかして柴崎めちゃくちゃ眼が良かったりする?」

 

「え…?」

 

俺と遊佐の会話を聞いて突然そう訊ねてくる岩沢。

 

どうやらさっきの会話のせいで気づかれたらしい。

 

「そうだけど…」

 

「そっか!そっかそっか」

 

コンプレックスを知られてしまい言葉尻が萎む俺と、何故かそれを知って嬉しそうに頷いている岩沢。

 

こんなこと知って何が嬉しいんだか…

 

「誰にも言うなよ。ひさ子も。ていうか遊佐もあんまり人前で言うな」

 

「なんで?」

 

「好きじゃねえんだよこの眼」

 

「…なんで?」

 

「…なんでも良いだろ。それよりも勧誘の方に集中しようぜ」

 

きっとこういうものは持ってるやつにしか分からないだろう。

 

顔の造形が整っている人ほど自分の顔にコンプレックスを抱えているケースが多いと言うし、何かが優れすぎるっていうのは良いことばかりじゃないんだ。

 

「ほら、二人もこっちに来てる」

 

体験入部を終えたのであろう生徒たちの集団の中にいた二人を見つけて指をさす。

 

「あ、本当だ」

 

「じゃあここからは柴崎頼むぜ」

 

「上手くいく保証はねえぞ…あ、あと岩沢は良いって言うまで静かにしとけよ」

 

「柴崎が言うなら」

 

喋りながらなのでゆっくりとこっちに向かってくる二人。

 

おかげで余計に緊張してくる。

 

「ヘタレ」

 

「うるせえ!」

 

人が緊張しているというのに暴言を吐いてきた遊佐にとりあえず怒鳴っておく。

 

「あ、もう来ますよ。ファイトヘタレさん」

 

「あとで覚えてろよお前…!」

 

しかしもう二人がかなり近づいてきているのは本当なのでとりあえず今は勧誘の方に集中することにする。

 

「ごめん、ちょっと時間良いか?」

 

「ひゃあっ?!」

 

「うおっ!?」

 

横並びに歩いていた二人の内近い方の肩を叩いて呼び止めると、急に悲鳴を上げられる。

 

まさかそんな反応をされるとは思っていなかったのでつられて俺も声を上げてしまう。

 

するともう一人の少女が驚いた方の少女を退かして、スススと俺の方に近づいてくる。

 

「いや~どーもすみませんうちのみゆきちが。あ、この子入江みゆきでみゆきちって言うんですけどね。この子本当に人見知りだし怖がりだしで知らない人に声をかけられたのとあなたの目付きが怖いっていうダブルパンチで悲鳴を上げちゃいまして」

 

「え、あ、おう。そ、そりゃ悪かった」

 

立ち位置を代えたかと思えばすぐにペラペラとマシンガンのように喋りだす。

 

しかもさらっと人のことを目付きが怖いとか言いやがった。

 

しかしいきなり声をかけたのはこっちが悪いので一応謝っておく。

 

勧誘をするのだからある程度下手に出ていて損は無いだろう。

 

「あ、あたしの名前は関根しおりです。気軽にしおりんって呼んじゃってくださいね」

 

「いや呼ばないけどよ」

 

「え、何でですか?!」

 

「何ではこっちの台詞だ。初対面の奴に何をいきなりアダ名で呼ばせようとしてんだよ」

 

「?普通でしょこれくらい?」

 

「え?そうなの?」

 

「すみませんコミュ障さん早く本題に入ってくれませんか?」

 

「うるせえ分かってるよ!」

 

「ひいっ!」

 

本当だよ?本当に忘れたりしてないよ?別にカルチャーショックとか受けてねえし。

 

あとちょっと声を荒げただけで悲鳴を上げるのはやめて欲しいです入江さん。

 

「本題ってなんすか?」

 

非常にこの短時間で俺の精神面が傷つけられてはいるが、関根が良いところで食いついてくれた。

 

これで本題にすんなりと入ることが出来る。

 

「ああ、本題ってのはだな、部活の勧誘なんだが…」

「あ、無理っす。あたしたち軽音楽部入るつもりなんで」

 

「え?」

 

ほら、と言って肩に掛けてあるギターケースのようなものを見せてくる。

 

いや、楽器をやっているのは分かってるんだけど…

 

ちらっと岩沢の方を見たら目に見えて固まっていた。

 

なんていうか、時間が止まってるんじゃないかってくらいずっと目が見開きっぱなしだ。

 

「えーっと、軽音楽部に入るのか?」

 

「だからそうですってば」

 

「な…なんでだ?!関根?!」

 

「ひゃわっ?!いきなり何ですかあなたは?!」

 

ようやく静止状態から抜け出せた岩沢は必死の形相で関根に掴みかかる。

 

「お前ら二人ともあんなお遊びクラブで良いのか?!いいや、そんなので満足するお前らじゃないだろう!?」

 

「いやいやいや!あなたはあたしたちの何を知ってるんですか?!」

 

「ストップストップ!とにかく落ち着け!」

 

このままだと何か事件でも起きてしまいそうなくらいの岩沢の剣幕を抑えるために全力で関根から岩沢を羽交い締めにして引き剥がす。

 

ていうかもう岩沢のせいで入江がうずくまって震えてしまっている。

 

「コイツのこれは1種の病気なんだ。悪気はないから許してやってくれ」

 

「…あの、柴崎…そろそろ落ち着いたから…その…」

 

「す、すまん!」

 

関根から引き剥がした状態のまま話していると、岩沢が顔を真っ紅にしていた。

 

いつもなら出来るだけそのままでいようとしていてもおかしくないのに…なんか調子狂うな…

 

「ちっ!」

 

「舌打ちでかいからな…」

 

しかし遊佐のいつも通りの態度のおかけでそれも緩和された。

 

たまには役に立つなコイツの性格の悪さも。

 

「でも、軽音楽部ってお遊びノリって聞いたんだけど、それでも入るのか?」

 

「まあ確かに空気は緩かったですけど、この学校でバンドやるならここしかないですし」

 

「他にメンバー集めてやろうって考えないわけ?」

 

関根の一言がスイッチになったのか、今まで傍観をきめこんでいたひさ子が会話に参加してくる。

 

「考えないわけでもなかったですけど…経験者はほとんど軽音楽部に入ってますし」

 

「はぁ、柴崎もういいよ。勧誘は失敗だ」

 

関根の答えを聞いて拍子抜けしたのか、帰ろうとするひさ子。

 

「はぁ?!そんないきなり…」

「ダメだ!!」

 

もちろんいきなりの行動に驚いて引き止めようと声をかけようとしたその時、俺の言葉なんてあっさりとかき消してしまう程の声量で岩沢が叫んだ。

 

ビリビリと空気が振動しているような錯覚に陥る。

 

それほどの迫力を今の岩沢は醸し出していた。

 

「この二人じゃないとダメだ!」

 

「…あのな岩沢、あたしらはガチで音楽をやる仲間を捜してるんだよな?なら少なくともここの軽音楽部で妥協しようとするような奴らと組むのはありえないんじゃねえの?」

 

しかしその迫力にもひさ子は1歩も退かずに睨み返す。

 

「ダメなんだ!あたしたちの仲間になるのはコイツらじゃないと!」

 

「だからその理由を言えっつってんだろ!!」

 

「二人ともやめろ!こんなとこで何するつもりだ!」

 

苛立ちがピークに達して岩沢に掴みかかろうとしたひさ子の手を掴んで言い聞かせる。

 

「離せよ!別に殴り合いなんてしねえよ!」

 

「今にも暴れだしそうなやつの言葉なんか信じられるか!それに、妥協って言い方はないだろ!関根たちは軽音楽部で本気で音楽をするつもりかもしれないだろ!」

 

「あんな楽器に飲み物溢してヘラヘラしてるようなところで本気でやれるわけねえんだよ!」

 

まだ声は荒げたままだが頭は少し冷えたようで、離せ!と言って俺の手を振りほどいて何度か手首を回す仕草を見せる。

 

「え、先輩たちそんなことしてたんですか…?」

 

「あ?…ああ、そうだよ。あたしたちが去年体験入部で行ったときにな。ジュースを溢してギターにかかったってのにさっさと拭きもせず全員ヘラヘラ笑ってやがったよ」

 

「確かにノリの軽い人たちばっかりだったけど…そんなに適当な人たちだったなんて…」

 

ひさ子の話を聞いて驚きを隠せないというように目を見開いている。

 

「ほら、関根たちはそれを知らなかっただけなんだよ」

 

そう言うと、拗ねるようにそっぽを向いて、ふんと鼻を鳴らした。

 

「そんな奴らとお前らはやりたいか?」

 

「…正直やりたくないです」

 

「ならあたしたちとやろう。あたしとひさ子はプロを目指してるんだ。だからあんたたちの力を貸してほしい」

 

「「「ぷ、プロぉ?!」」」

 

思わぬ発言に俺と関根、そして入江でハモってしまう。

 

「そ、そんな人たちの力になれるほど上手くないですよあたしたち!」

 

「これから上手くなるんだろ?」

 

「だ、だとしてもプロになんて…」

 

「なら、聴いてみるかい?あたしたちの音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、有無を言わさずに二人を部室に連れていき、ろくにゆりたちに紹介もせずギターケースだけしっかりと担いで4階まで連れて行く。

 

俺は初めて上がったのだが、4階は防音室になっていたようだ。

 

岩沢とひさ子はギターや何かの機械の調節を行い、それを終えるとこちらに向き直る。

 

「今からやるのはオリジナルの曲だ。曲名はCrow Song」

 

「Crow Song…」

 

何故かその曲名を聞いた時、無意識に反芻してしまっていた。

 

「行くぜ」

 

そう岩沢が言うと二人の演奏が始まった。

 

足りていないドラムとベースは機械で音を出しているようだ。

 

しかし…これは…

 

「すげえ…」

 

二人の演奏はその一言に尽きた。

 

音楽に詳しくなどないずぶの素人の俺でもはっきりと分かるほどのギターテクニックを持っている二人。

 

そして何より圧巻なのは

 

『いつまでこんなところにいる』

 

岩沢の歌声だ。

 

前に教室で聴いたハミングとはまるで違うひたすらに力強く、そしてまるで確固たる決意があるようなブレのない歌声。

 

こんなに本気で歌っている岩沢を見るのは初めてだ。

 

そう、初めてのはずなんだ。

 

なのに、俺は今この岩沢の姿に既視感を覚える。

 

俺の知ってる岩沢という奴は、いつも本気かどうか分かりにくい告白をしては笑っている。

 

こんな真剣な表情で歌う姿なんて見たこともなければ想像したこともない。

 

だけど、どこか見覚えがあった。

 

そして聴き覚えがあった。

 

不思議だ…

 

この感覚は、SSS部に初めて行った時にも感じたことがある。

 

いや、思い返せばあの日教室でハミングを聴いた時だって感じていた。

 

初めてのはずなのに、スッと胸の内側に収まっていく。

 

そしてそれが心地よくて仕方がないのだ。

 

落ち着く。

 

まるでそこが自分の居場所であり、正しい姿なのだというように。

 

今もこの歌を聴いていることが自分にとって当たり前で、正しいのだと身体と心が納得しているみたいだ。

 

岩沢の歌を一字一句逃さないよう耳を澄まして、目はその姿から離すことが出来ない。

 

もっと聴いていたい。

 

もっと見ていたい。

 

もっとこの感覚を味わいたい。

 

しかし、一曲が終わる時間は短いものだった。

 

『希望照らす光の歌を その歌を』

 

最後にそう歌い上げ、アウトロを一心不乱に奏で、演奏が終わってしまった。

 

もっと聴いていたい。

 

それが率直な感想だった。

 

しかしそれはこのCrow songが物足りないということでは勿論ない。

 

むしろ素晴らしかったために余計、他の曲も聴いてみたいと思ってしまう。

 

それほどの歌をこの二人はやってのけたのだ。

 

この演奏を聴かされたらさっきのプロ発言がいよいよ現実味を帯びてくる。

 

しかし、それは1つの可能性を生んでしまう。

 

これは関根と入江の勧誘を目的とした演奏だ。

 

確かに下手では話にならない。だが、プロという目標すらあながち遠くはないであろうこの二人の実力をまざまざと見せつけられ、果たして関根と入江は気後れせずにいられるのだろうか。

 

現に演奏が終わっても二人は一言も発そうとしない。

 

「どうしたんだ?」

 

岩沢は俺たちのリアクションがないことに対して不思議そうに首を傾げている。

 

「何かミスしたか?なあひさ子」

 

「いや?そこそこ良かったと思うけど」

 

「そこそこ…?」

 

今のレベルでそこそこだと言うのか?

 

明らかにコイツらは学生という枠を大きく飛び越えた才能を持っている。

 

「こ、こんなの…凄すぎる…」

 

ボソッと関根がそう呟いた。

 

自分とこの二人の差を痛感しているようだった。

 

「凄すぎます!!」

 

これは勧誘失敗かと思った次の瞬間、関根はそう叫びだしていた。

 

「こんな…!こんな人たちが居たなんて…!」

 

「感動です!こんな演奏聴いたことなかったです!」

 

関根の叫びに続くように入江も先程までの怯えたような雰囲気を吹き飛ばして大きな声を出している。

 

人見知りで怯えていた入江すら興奮させる二人の演奏。それは確かに凄い。

 

「決めました!あたしお二人とバンド組みます!断られても無理矢理組ませてもらいますよ!ね、みゆきち!」

 

「うん!あたしたちもこれからお二人に並べるように頑張りますから!」

 

だけど、それを聴いて自分達もそこに加わりたいと、追い付きたいと本気で思えるコイツらも同じくらい凄いと俺は思う。

 

「よし!もちろん歓迎だぜ。なあひさ子?」

 

「ふん、ちっとは根性あるかもしれないしな。まあ入れてやらねえこともねえよ」

 

「はいはいはーい!ならバンド名がいると思うのですが!」

 

「バンド名?」

 

岩沢とひさ子に加入を了承され、イキイキとそう提案する関根。

 

「バンド名か…考えたこともなかったな…」

 

「いや、あるよ。ずっとこれにするって決めてた」

 

「え?岩沢が?」

 

正直意外だと思った。

 

岩沢は音楽がやれたのならバンド名なんて気にしなさそうなタイプだと思っていた。

 

「Girls Dead Monster それがあたしたちの名前だ」

 

「Girls…」

 

「Dead…」

 

「Monster…!」

 

岩沢のずっと温めていたというその名を3人が順に復唱していく。

 

「いいなそれ!岩沢にしてはまともすぎる!」

 

「ですです!いつもの岩沢先輩のネーミングっていうのがちょっと気にはなりますけど、これすごく格好いいです!」

 

「なんかロックバンド、って感じしますね!」

 

「だろ?」

 

3人の賛辞にまんざらでも無さそうに顔を綻ばしている岩沢。

 

この四人…なんか今日初めて揃ったようには見えないな…

 

「じゃあ決まりでいいな?」

 

「ああ」

 

「はい!」

 

「無問題でーす!」

 

「OK。じゃあ早速初練習といこうか」

 

「バカ。まずは仲村に勧誘成功の報告だろうが」

 

この四人の邪魔をしたくはなかったが、岩沢の音楽キチを止めるのが今回の役目みたいなものなので会話に割って入る。

 

勧誘ではほとんど役に立っていないし、これくらいやらないとな。

 

…じゃないとまた貸しがどうこうとか言われるだろうっていう何か確信めいたものを感じるし。

 

「柴崎言ってきてくれない?」

 

「それくらいリーダーなんだからやれっての。ほんの数分だろうが報告なんて。それに、勧誘してきた奴の紹介もいるだろ」

 

「…分かったよ」

 

不服そうに返事をしてトボトボとゆりのいる1階に歩いていく岩沢。

 

それに付いていこうと1歩踏み出そうとして、その足を止める。

 

…あれ?俺なんで岩沢がリーダーって思ったんだろう?岩沢とひさ子の二人ならひさ子の方がリーダーに向いていそうなのに。

 

それに否定しなかったってことは合っているってことだ。

 

岩沢がボーカルだからか?

 

「どうかしましたか?」

 

「えっ?ああいや、何でもねえよ」

 

考え込んでいると、ボーッとしていた俺を訝しく思った遊佐が声をかけてきた。

 

…別にこれくらいのこと、よくあることだよな。

 

たまたま勘がまぐれ当たりしただけだよな。

 

つーか、何で俺はこんな一々岩沢のことで引っかかるんだっての。

 

こんなに一々気にしてるとか、まるで…

 

「…好きになりましたか?」

 

「はいぃ?!」

 

またも考えていたことが見抜かれたのかと思い声が裏返る。

 

「岩沢さんの歌、ですよ」

 

「あ、ああ…なんだそっちな」

 

焦った…冗談で考えてただけなのに勘違いされたのかと思ったぜ…

 

岩沢を好きになるなんてありえないっての。

 

俺の苦手なタイプだし、やめろって言ってもやめないし。

 

まあでも…

 

「そうだな。アイツの歌は好きだよ」

 

「…そうですか」

 

「お前だって好きだろ?ほら、昔からああいうの好きだったしさ」

 

「ああいうの?」

 

「Sad Machineだよ。好きだったろ?岩沢の歌ってちょっと似てねえか?」

 

Sad Machineというのはちょうど俺たちが小学生から中学生くらいの時に人気があったバンドのことだ。

 

最近はあまりその名前も聞かなくなったけど、昔はそれはもう遊佐がご執心だったことをよく覚えている。

 

この曲がすごく良いんだよと何回も薦められて、その都度聴かされていた。

 

「そうですね。似ているのかもしれないです」

 

「じゃあお前も岩沢の歌好きなんだろ?」

 

「好きですよ…歌は」

 

「…ん、そっか」

 

妙な間を置いて付け足されたその言葉。

 

歌は好き。

 

じゃあ、やっぱり遊佐は岩沢が嫌い…なのだろうか。

 

少なくとも好きではない、ということなのだろうか。

 

確かに何かと岩沢と張り合おうというか、邪魔をしようというような行動を見せる。

 

何かきっかけがあったようには見えなかったのだが。

 

でも、だからといって俺にはどうすることも出来ない。

 

誰かが無理矢理誰かを好きにさせるなんて出来ない。

 

それに、俺がそんなことをする理由だってないんだ。

 

そもそも俺だって少し前に歌は好きだと言ったばかりだ。そんな俺が何を言えるというのか。

 

何を言う資格があるというのか。

 

「いよぉし!やりますよぉ!関根しおり、プロへの第一歩を踏み出しますよぉ!」

 

「たかだか練習くらいでうるっせえな…」

 

「良いじゃないか。元気がないよりよっぽどさ。な、入江」

 

「はい。しおりんは元気だけが取り柄ですから」

 

そんなことを考えている間に四人が帰ってきてしまった。

 

そう。無理矢理好意を持たせることは出来やしない。

 

そんなことを考えても無駄だ。

 

だから密かに願っていよう。

 

「じゃあ初練習、派手にやろうぜ!」

 

この歌から、自然と二人が歩み寄れるようになるその日を。

 




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