「ユイ!待てって!」
俺の呼び掛けを無視しながら、ユイは逃走を続ける。
単純な足の速さなら負けるわけはないけど、どうにも人込みを掻き分けて走るのはユイの方が上手いらしく中々距離を詰められない。
「話聞いてくれ!親父さんが来てたのには理由があんだよ!」
しかしやはり俺の言葉には応えてくれない。
やっぱり何とかして追い付くしか…!
そう思っていると、突然人込みの中でユイの動きが止まった。
「は、離してください!」
どうも誰かに捕まっているみたいだ。
誰だか分からないけど今はありがたいぜ。
動きの止まったユイに追い付くのは簡単だった。
「追い付いたぞ!あ、捕まえてくれてあり……ってゆりっぺ!」
「気づくの遅いわよ…どんだけこの子しか見えてないのよ」
出来れば親父さんの前でそういうイジリはやめて欲しいけど、間違ってないから反論が出来ない。
つーか、反論したらしたで怒るんだよなぁ…
「あなたまた逃げてるの?」
「か、関係ないじゃないですか!離してください!」
「関係ない…?本気で言ってるのかしら?」
「う……」
なんか意味深なやり取りだけど…あ、そういやこの二人は面識あったんだったな。
「日向くんはあなたのために勝てるはずのない勝負を覆したのよ?だからあなたには、しっかりと話を聞く義務があると思わない?」
「でも…」
「でもじゃないでしょ?そろそろまた本気で怒るわよ?」
「ひっ!?」
またって…ゆりっぺのマジギレとか…ユイのやつよく生きてたな…
「日向くんを信じなさい。チャラいけどあなたにとって悪いことはしないわよ」
「分かってます…」
「分かってるならさっさと話をしてきなさいよ。部室を貸してあげるから、そこで話しなさい」
「…はい」
むすっと拗ねたような言い方だが、確かにユイは了承した。
流石のじゃじゃ馬もゆりっぺの前じゃ形なしか…まあじゃじゃ馬っつーならゆりっぺも同じだしな…
「サンキューな、ゆりっぺ」
「いいわよ…だからもうあなたたちの痴話喧嘩には巻き込まないでよね」
「あ…ははは…」
だから…そういうことを親父さんの前で言わないでくれ…
と、まあ何はともあれようやく落ち着いてユイとの会話に入れる状態になった。
……んだが、改めてってなるとどこから話したもんか…
「……あの、まずなんでお父さんがここにいるのか知りたいんですけど」
「あ、ああ、それはな、今回の件は親父さんとのけじめっつーか、ユイに大事なことを伝える許可を貰うための約束だったんだ」
「大事なこと…ですか?」
「ああ、優勝したら親父さんとお袋さんの約束について話すつもりだった」
「お父さんと…お母さんの?」
「ああ、それは…」
と、話を進めようとした時、横から親父さんが手で制止を促してきた。
「その前にユイ、お前は…少し覚悟を決めろ。恐らくお前にとって辛い話になる」
「それって…お父さんが酷いことしてたってこと…?」
「…それだったら、こんなに話すことは躊躇わなかっただろうにな」
そんな親父さんの呟きを聞いて、ユイは目に見えて怒気を緩めた。
「悪いのは全て俺達…いや、俺なんだ。だからどうか…自分を責めるな」
それから親父さんはユイに今までの全てを話した。
お袋さんの病気は既に末期だったこと。
病気にかかった時、親父さんにとにかく働いて欲しいと我儘を言ったこと。
ユイと過ごす時間を増やすため、無理をして退院したこと。
自分が死んだ後は俺にユイのことを頼もうとしたこと。
このことはユイには伝えないと決めたこと。
そして、それら全てを自分が止められなかったこと。
「そんな…じゃあお母さんとお父さんが一緒に居られなかったのは……」
それを聞いたユイの反応は、想像通りのものだった。
「俺は…お前がそう思うだろうから、このことは黙ってるつもりだった…それをお前に伝えると決めた日向くんだ。それがお前のためになると、信じてな」
「ひなっち先輩が…?」
涙で滲む瞳がなんで?と訴えていた。
「ユイ、なんでお袋さんと親父さんが自分のことを後回しにしてお前のために動いたか分かるか?」
「え……?」
「決まってる…愛してるからだよ」
「――――――っ」
「二人ともお前が大事で大好きで堪らなかったんだよ!だからこんなことが出来たんだ!無茶だろうが、辛かろうが構わずな!」
俺の言葉がどう響いたのか分からないが、ユイは黙って俯いてしまう。
「だから…お前が今感じるべきなのは罪悪感じゃないはずだろ?」
「じゃあ…あたしはどうしたらいいの…?」
「ユイはさ、こんなに二人から大切に思われてどう思うんだよ?大事なのはそこだろ?」
二人は初めからずっと、ユイが幸せであることを望んでいた。
お袋さんと親父さんが望むユイの在り方と、今感じてるユイの気持ちが合致しなきゃ意味はない。
だけど俺は信じてる…きっとユイは二人の望むものを感じてるって。
「幸せ…だよぉ…」
ポツリと、ユイはそう呟く。
「お母さんとお父さんが…あたしのことを好きでいてくれて嬉しい…」
「……ああ」
「お父さんが酷い人じゃなくて嬉しい…」
「だよな」
にっ、と親父さんに笑いかけると鬱陶しそうにしながらも、目は涙ぐんでいた。
これで、いきなりは無理だろうけど、これから少しずつ、少しずつ、二人は普通の親子に戻っていけるはずだ。
でも……あくまで二人は…だ。
「でも…お母さんがいなくなっちゃうのはやだぁ…!」
「………だよな…」
球技大会に優勝した。真実を伝えられた。二人の仲も徐々に修復していくはずだ。
でも、この結末だけは変わらない。
「う、ぇぇ…やだよぉ…!」
俺の胸にすがりついて嗚咽をもらすユイに、もう何もしてやれることがない。
ただただ、泣きつかれるまで俺は胸を貸し続けた。
それだけだった。
ひとまずその日は、泣きつかれて眠ってしまったユイを親父さんが背負って帰った。
別れ際、『明日にはきっとユイも立ち直ってるだろうから、会ってやってくれないか?多分朝一から病院にいるはずだ』と言われたから、次の日の朝一に病院に向かう。
お袋さんの病室を訪ねると、親父さんの言葉通り、ユイは椅子に腰掛けてお袋さんを見つめていた。
その表情からは、何を思っているのかまるで読めない。
悲しんでる風でもなくて、かといってもちろん嬉しそうなわけでもない。
「ユイ、どうしたんだ?黙って見てるだけなんて、なんからしくねえぜ?」
考えていても埒があかないので、とりあえず話しかける。
昨日のことを蒸し返さないよう、極めて普通に。
「ひなっち先輩…ちょっと、お母さんに話しかけてました」
「黙ってか?」
「テレパシーですよ、テレパシー」
「はぁ?」
意味がわからなくて聞き返す。
「お母さんは今喋れませんし、だったらあたしも喋らずにテレパシーで会話をしようかと思ったんです」
「よくわかんねぇ理屈だな…で、何話してたんだよ?」
「お父さんとお母さんの考えてたこと、全部教えてもらったよって報告しました」
「……そっか」
蒸し返さないよう心掛けてたけど、その必要はなかったみたいだ。
これも、親父さんの言う通りってわけか…確かに立ち直ってる。
「昨日はすみませんでした。ずっと泣いちゃって…」
「気にすんなって、俺こそ悪かったな…なんつーか、説教臭いこと言っちまってさ。俺にお前の辛さが分かるわけねえのにさ」
「いえ、ひなっち先輩のおかげでお母さんたちの想いを…ちゃんと受け取れたような気がします」
そう言って、ユイは胸に手を当てる。
「一人じゃきっと、しばらく塞ぎこんでました。先輩が傍にいて、言葉をくれなきゃ…きっと」
「そんなことねえよ。お前は自分で思ってるよりずっと強いんだぜ?」
「弱いです。多分先輩が思ってるよりずっと弱いんです。ひなっちがいてくれたからなんです。だからその…」
「大丈夫だって、これからは親父さんがいるからな。あの人は俺なんかよりずっと頼れるだろ?」
「………鈍感…!」
「へ?」
な、なんか湿っぽい雰囲気だったのに急に……怒ってる…?
い、いやいや待て待て…俺怒らせるようなこと言ってねえよな?むしろ励ましてたはずだぜ?
「ゆ、ユイ?なんで怒ってんだ?」
「怒ってないです。ひなっち先輩の鈍さに呆れてるだけです」
「鈍さ?なんでだよ?俺ちゃんと励ましてたぜ?」
「それはありがたいですけど今はそうじゃないんです!そ、そこは…これからは俺がずっといてやるから…とか!そういうのを待ってたんです…!」
「……えぇぇぇぇ?!」
数拍間を置いてようやく頭が理解する。
「いやいやいや、普通あんな雰囲気からそんな浮わついたこと言えねえって!」
「そ、そうですけど!そうなんですけど!でも…ていうか大体ひなっち先輩が昨日告白してきたからこんなことが頭に浮かんじゃったんですよ?!」
「おまっ?!そこ蒸し返すのかよ?!こっちは散々気ぃ使ってやってんのに!」
「けん…かは…やめて…」
「だってひなっち先輩が!」
「今回はお前が悪いだろ!」
「「…………え…?」」
今の…声って…?
思わず、ユイと顔を見合わせる。
「お母さん!?」
「お袋さん!?」
そしてお袋さんの顔を見る。
うっすらと目を開けていた。
そして二人して顔を覗きこんできたことを確認して、微笑む。
やさしい、ひだまりみたいな笑顔を、また向けてくれる。
「他の患者さんの迷惑になるので大声は……っ?!」
俺達の大声を注意しにきた看護師さんが、その光景を見て顔を強ばらせる。
「せ、先生!」
そして看護師が大声をあげながら、担当医の下へと駆け出していった。
って、ことは…
「幻覚じゃ…ねえ…よな?」
「は、はい…う、うぅぅ…!おかあさぁん……!」
「ゆ…い…ちゃん…ごめん…ね」
我慢できず胸に飛び込んだユイの頭を、お袋さんは優しく撫でる。
その光景に、俺も我慢が利かず涙が溢れてくる。
「ひなた…くんも…ありが…とう」
「う、ぐ……はい…!」
と、そこで気づく。
「お、親父さんに…伝えますね…!」
そして急いで電話をかける。
「お、お袋さんが…!目を覚ましました…!」
ブツッ、とそれだけを聞くとなんの返事もなしに電話が切られる。
そして間もなく担当医の先生がやってきて、よく分からないけど色々と検査を始めた。
その日は軽く検査をして、次の日に本格的なものをするらしく、そう時間を取らずにそれは終わった。
最後に先生が2、3個質問をしている内に親父さんがやって来た。
病室の前で、お袋さんが目を開いているのを確認すると、すぐさま先生や俺達を押し退けてお袋さんを抱き締めた。
「伊織……!!」
「ゆう…いちさん…」
「馬鹿野郎…!もう二度と…抱き締められないと思ってたぞ…!!」
「ごめん…なさい」
「うぅ…く…ぁ…!よかった…!伊織……!」
常に気丈な態度を取っていた親父さんが、周りを気にもとめずにすがりついて泣いていた。
きっと、ずっとそうしたかったんだと思う。
当然だよな…俺だってユイがこうなったら…我慢なんて出来ない。
「ユイ」
「ユイ…ちゃん」
ひとしきり抱き合った後、二人はユイに呼び掛けた。
そしてちょうど一人分のスペースを空ける。
しかしユイは俺の様子を窺って、中々行こうとしない。
「行けよ、二人とも待ってるぜ?」
「ひなっち先輩は?」
「アホか、行けるわけねえだろ」
「でも…」
「いいから、変なとこで我慢すんな。な?」
そう念を押すと、やっと二人の腕の中に飛び込んでいく。
「奇跡です」
まだ残っていた先生がポツリと呟く。
「本当なら、二度と目覚めることなんてなかったんです。ましてや、軽い検査とはいえ問題がないなんてありえないんです」
ここはゆりっぺの家が経営してる病院だ。そんなとこの先生がヤブ医者なわけがない。
そんな人をもってしても、奇跡と言わざるを得ない光景が、今目の前にある。
「良かったな…ユイ」
思わず呟いた言葉は、二人の間で泣き崩れているユイには届かなかったけど、それで良いと思う。
今はただ、幸せを噛み締めてほしい。
…ま、今日のとこは親子水入らずにしてやるか。
空気を壊さないよう、ひっそりと病室を後にした。
翌日の早朝、けたたましい着信音で目覚めて、寝ぼけながら応答すると、深刻そうな声音でこう告げられた。
「日向くん…妻が息を引き取った」
心臓がぎゅっと握りこまれたような感覚がした。
聞き間違いかと思って、聞き直したが、やっぱり言葉は変わらない。
頭が回らない。
寝ぼけてるからか?いいや違う。寝ぼけなんて、初めの台詞でとっくに吹き飛んでる。
「そんなことを言われても…と、思うかもしれないが、君には伝えておきたかった。そして出来れば…今から病院に来てくれると嬉しい」
それだけを伝えて、親父さんは電話を切った。
着替える時間も惜しくて、部屋着にコートを羽織ってすぐに家を飛び出る。
自転車を飛ばして、すぐに病院に辿り着く。
お袋さんの病室へ行くと、ユイに親父さん、主治医の先生と看護師さんがベッドを取り囲んでいた。
「ひなっち先輩」
「来てくれたか」
「当たり前じゃないっすか…!ていうか、本当なんすか…?お袋さんが……だって、昨日目を…」
「……本来なら、目を覚まさないはずでした」
この状況を見てもいまいち信じられず問いかけると、先生がゆっくりと口を開いた。
「目を覚まさないのなら、あと3日は心臓が止まることはなかったでしょう…ですが、昨日奇跡的に目を覚ましました」
「……そのせいで…?」
「…結果的には、そう思えます。眠っていれば保てていた力を、全て使って目を覚ました…としか思えません」
「…アイツらしい」
先生の言葉を聞いて、親父さんがそう呟く。
「アイツは延命を良しとはしなかった…ユイと離れながら延命するくらいならば自分の命を削ることを選ぶ奴だったからな…」
今回もそうなんだろう、と、やけに冷静な口調で締めくくる。
「なんで…そんな落ち着いてるんですか…?」
不思議だった。
目を覚ました時はあれだけ取り乱していたのに、今は逆に落ち着き払っている。
見てみれば、ユイもそうだった。
昨日のように泣いているわけじゃなく、ただ現実を受け入れているように見える。
「あのね…今、すごく悲しいんです。多分、昨日までなら泣いてただろうなってくらい悲しいんです」
混乱する俺を諭すように、ユイが話始める。
「でも…お母さんは昨日、奇跡を起こして…あたしとお父さんに最期の言葉を伝える時間をくれました…最期の言葉らしいことが言えたわけじゃないんですけど、でも…後悔はありません」
その言葉通り、ユイと親父さんの目には一点の曇りもなかった。
「だから今はただ、お母さんにありがとうって言いたいんです。ありがとう、お疲れさま…あたしは幸せだよ…って」
泣きながらそんなこと言っても締まらないじゃないですか、と言って笑う。
強がっているのには違いない。だけど、決してそれだけじゃない。
そう思わされる笑顔だ。
「……そうか…お前がそう思えるんなら、お袋さんも後悔はないだろうな」
お袋さんは、自分のことを枷だと言っていた。ユイが自由に生きるのを邪魔する枷だって。
俺は…いや、きっとユイも、それに同意はしない。
でも…それでもお袋さんが自分を枷だって言うんなら、今…本当の意味でそれは外れたのかもしれない。
お袋さんに伝えられなかった言葉はない。
親父さんとの溝も、もうない。
あるのは、幸せと…一時の悲しみだけ。
「日向くん、君には妻の葬式に参列してもらえればと思っているんだが、どうだ?」
「もちろん出ます。出させてください。俺は…まだ最期の言葉ってやつを言えてないんで」
それは、今じゃなく、本当の最期の時に…覚悟を持って伝えたい。
翌日、葬式が執り行われた。
お袋さんの下には、とても多くの友人が顔を見に訪れ、改めてこの人が、人に好かれる人物だったことが窺えた。
お坊さんが来て、お経が始まり、それが終わると最後に皆で棺桶に花を添える。
その時、思わず涙が溢れた。
俺は他人で、関わった期間も短い。
なのに、止められなかった。
この人に、これからの俺とユイの関係を見守って欲しかった。
俺とユイのことだ。喧嘩はしょっちゅうだろうし、その度止めてほしかった。
あの、目覚めたときのように。
それが叶えば…どれだけ幸せだっただろうと考えると…涙は止まらなかった。
だけど、もうそうも言ってられない。
一度ぐいっと袖で涙を拭って、言葉に出さずに、最期の言葉をお袋さんに伝える。
ユイの言うところのテレパシーってやつだ。
どうか届いてほしい。
俺は―――――――
「先輩。お母さんに伝えたかった最期の言葉って何だったんですか?」
お袋さんの火葬が終わるまでの間、火葬場の外に出て二人になった途端、藪から棒にそんな質問をしてくる。
「どうしたんだ急に?」
「いや、結局話しかけてなかったんで、なんだったのかなぁ~って」
「テレパシーだよ、テレパシー」
「うわ、パクリですか。あれだけ馬鹿にしてたのに」
「ちっせえこと気にすんなっての。ちょっと…あんな大勢の前で言うのは恥ずかしかったんだよ…」
そう言うと、ユイの目がキュピーンと光る。
「なんなんですか?なんなんですか?あたしですよね?あたし関連ですよね?」
うっぜぇし、しつこい…!
まあこの話になった時点で、言うまで訊かれ続けるのは決まったようなもんだしな…
一度、深く息を吐く。
「改めて、お袋さんに誓っといた」
「…はい」
今はふざける空気じゃないって察してくれたようで、内心ホッとする。
このまま茶化されまくってたら、格好つかねえしな。
「これからはお袋さんの代わりに、俺がユイを幸せにします…って」
「…で?」
「……え?でって…なんだ?」
イメージと違う返しに面食らう。
「いや、もう良いんですよそういうの。聞き飽きました。好きだとか幸せにするとかなんだとか、そういうふわっとした言葉はもういりません!ただ……」
「ただ…?」
「あたしと…あたしとどうなるつもりなんですかって訊いとるんじゃボケぇ!!」
顔を真っ赤にして、そう言い切った。
怒濤の勢いだったせいか、肩で息をしている。
あー…だよなぁ…そうだよなぁ…。
俺まだなんにも具体的なこと、言ってなかったよな…
覚悟決める覚悟決めるって馬鹿みたいに思ってたくせに、肝心なこと言ってないんじゃ伝わんねえよな…テレパシーじゃねえんだからさ。
「ユイ…一回しか言わねえぞ」
「は、はい!一回で十分です!」
いやそういうつもりで言ってねえんだけどよ…
まあいい!こんなぐだぐだも俺たちらしいよな。
「俺と、結婚を前提に付き合ってくれ!」
「は…………はい…!?」
「ちょ、なんだよその若干戸惑った感じはよ?!」
「だ、だって、普通に付き合ってくださいって言うのかと思ったら…け、結婚とか言うし!」
「だから言ったじゃねえか!これからは俺がお前を幸せにするって!つまり結婚だろうが!」
「そ、そう言われたらそうなんですけど!まさかチャラそうなひなっち先輩からそんな言葉が出るとは思わなかったんです!」
コイツ…好きな男に向かってなんて言い草だ…!
だけどまあ言いたいことは分かる。
だから一旦頭を冷やして冷静に問いかける。
「分かった…じゃあ改めてこっちから訊くぞ?お前は俺とどうなるつもりなんだよ?」
「そ、それは……そのぉ……たいです……」
「はぁ?聞こえねぇぞ~?」
「……もぉ~!したいです!ひなっち先輩となら結婚したいです!!なんか文句あるかゴラぁぁぁぁ?!」
もろ逆ギレの言葉に、思わず相好が崩れる。
俺としても、初めてユイの気持ちを聞けた瞬間だからだ。
「なら、俺が結婚してやんよ!」
「~~~~っ……よろしくお願いします…」
なんだか悔しそうにではあるけど、とにかくOKをもらえたみたいだ。
一世一代の瞬間が終わってホッとしていると、ふるふると震えながらユイが側に寄ってくる。
不審に思っていると、いきなりがばっと抱きついてくる。
「な、どうした?!」
「う…うぅ~…」
な、泣いてんのか…?
「ひなっち先輩の馬鹿ぁ~…好きって言っといて放置とかぁ~…あたしがどんだけ不安だったと思ってるんですかぁ~…!」
「あぁ……悪かったな」
とりあえず謝りながら、頭を撫でておく。
「とにかく俺たちは今から婚約者兼恋人なんだから…な?泣き止んでくれ……っ?!」
泣き止ませようと言葉を口にしていると、途端に頭に何かが流れ込んでくるみたいな感覚に襲われる。
痛みと紙一重の意識の濁流に飲まれながらユイを見ると、ユイも同じように頭を抱えていた。
「ユ……イ……っ!」
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