蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「ひなっちせんぱぁぁぁぁい!!!」

「やっと見つけた…」

 

「ひさ子」

 

柴崎と話終わり、しばらくするとひさ子がやってきた。

 

よく見ると後ろから関根たちも追ってきている。

 

「柴崎とは話せたのか?」

 

「一応…ね」

 

「…手伝ってくれるって?」

 

多分その前のあたしの反応で薄々答えは分かっているんだろうけど、律儀に訊いてくる。

 

あたしはそれに、首を横に振ることで答える。

 

「ユイと日向の事情を全部話してもか?」

 

「ああ」

 

「…アイツがそんな腑抜けになってたなんて知らなかったよ」

 

「違うんだ、ひさ子。柴崎は自分の眼のことを知られたくないから断ったんじゃないんだ」

 

「じゃあなんで断るんだ?」

 

柴崎が断った理由…それは…

 

「岩沢さーん!ひさ子さーん!もう決勝始まっちゃいますよぉ~!!」

 

「え?うわっ!」

 

核心を話そうとしたその時、追いついてきた関根があたしとひさ子の手を掴んで引っ張っていく。

 

「ちょ、関根!引っ張るな!!あーくそ!岩沢、後できちんと理由訊かせてもらうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、整列しろ」

 

主審を務める野球部の顧問の先生の言う通りに両チームがグラウンドの真ん中に整列する。

 

「では、礼!」

 

そして号令と共に全員が相手に向かい頭を下げる。

 

「「「「「お願いしゃーす!」」」」」

 

「よーし、キャプテンだけ残って後は散れー」

 

その言葉通りに俺と、相手チームのキャプテンがその場に残った。

 

「もうやることは分かってるな?」

 

「はい」

 

やることは単純。じゃんけんで先攻後攻を決めるだけだ。

 

「じゃーんけーん、ほい」

 

相手はグー、俺はチョキを出した。

 

く~…今日1回もじゃんけんで勝ってねぇぜ…

 

「じゃあ先攻で」

 

…やっぱ先攻取ってくるか。

 

さっさと点を取って相手の戦意を無くさせる魂胆が見え見えだ。

 

「じゃあお互い握手してからベンチへ戻れ」

 

「よろしく、日向」

 

「よろしくっす。吉澤さん」

 

相手チームのキャプテンであり、野球部の元キャプテンの吉澤さん。

 

そこそこ強いうちの野球部でキャプテンをやるくらいあって、言いたかないけどやっぱ上手い。

 

握手した手はマメでゴツゴツしていて、どれだけ真剣に野球に打ち込んできたかが手に取るようにわかる。

 

「野球から離れていたわけじゃなさそうだな」

 

そしてそれは相手にも同じこと、らしい。

 

「まあ、習慣みたいなもんなんで」

 

「なら良かった。楽しみにしてる」

 

「うっす」

 

そう言って互いに踵を返し、ベンチへ帰る。

 

楽しみに…か。

 

「こっちはそれどころじゃねえんだけどなぁ…」

 

楽しむ余裕なんて一切なく、とにかく初回をどう抑えればいいのかで頭がいっぱいだ。

 

「日向、先攻後攻どっちだ?」

 

「後攻。アイツらとっとと初回コールド狙おうと思ってやがんぜ。多分」

 

「そうか…」

 

俺の言葉に目に見えて落ち込む音無。

 

「だーから、気負うなって!」

 

ばしっ!と背中を加減なしにぶっ叩く。

 

「いってぇ!!」

 

「どんだけ打たれたってこっちも点を取りゃいいんだ。全部お前が責任背負う必要なんてねえって」

 

そう言って笑うと、背中を擦りながら、音無も笑った。

 

「それに一応、ゆりっぺから秘策ももらってるんだぜ?」

 

「ゆりから?どんな?」

 

「それは秘密だ」

 

「なんでだよ?!」

 

「いいからいいから、大船に乗ったつもりで任せとけって」

 

そう宥めるものの、実は俺自身がこの策を信用しきれていない。

 

そんなのを今音無に聞かせれば、間違いなく動揺させてしまう。

 

だから、なんとかそんなものに頼らずに勝たなきゃな…

 

「試合始めるぞーそっちの準備はいいのかー?」

 

「あ、OKっす」

 

言われて見てみると、相手チームはもうとっくに一番バッターの用意が整っている。

 

急いでベンチに置いてあるグローブを手にとって守備位置につく。

 

「プレイボール!」

 

先生の号令が響き、いよいよ試合が始まった。

 

相手は一番から早くも野球部…ていうか、ここから六番まで全員野球部で固めてきている。

 

「音無!ビビんなよー!」

 

俺の言葉に首肯で応え、音無は第一球を投じた。

 

インローに真っ直ぐ。

 

よし、結構いいコース―――

 

キン!!

 

「なっ!?」

 

響いたのはボールがミットに収まる音ではなく、軽快な金属音。

 

ボールはみるみるうちにライトの深い位置へ飛んでいく。

 

危うくホームランかと思ったところで、フェンスにぶつかりボールは跳ね返る。

 

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間で、跳ね返った打球の処理にライトがもたつき、バッターはぐんぐんと塁を回っていく。

 

なんとか球を掴んで返球する頃には三塁まで進まれてしまっていた。

 

「くっそ…」

 

今ので改めて確信した。

 

音無の球で抑えきれる相手じゃない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生!!」

 

初回の守備が終わって、ベンチへ帰ってきて早々に俺は苛立ちからベンチにグローブを投げつけた。

 

皆が驚いて目を点にしている。

 

そしてその中で一人、音無は申し訳なさそうに顔を歪めていた。

 

それを見て少し頭が冷えたものの、状況は極めて絶望的だ。

 

初回6失点。

 

つまりこの回で1点でも取らなければその時点で負けが決まってしまう。

 

あの野球部たちが待ち構える守備陣を相手に確実に点を取れる方法なんて俺たちにはない。

 

「とにかく…とにかく、点を取らなきゃ負けだ!ガンガン打ってこうぜ!」

 

「そう…だよな。取られた分は取り返すんだ」

 

その言葉に反応したのは、音無だった。

 

ぎゅっとバットを握りこんで、バッターボックスへと向かう。

 

頼む…なんとか塁に出てくれ…!

 

その願いが通じたのか、音無はセンター前へのヒットで出塁に成功した。

 

そのまま次の大山もヒットで続き、このままいけるか…と思ったところで千里、藤巻と共に打ち取られてしまった。

 

そしてツーアウト一、二塁で俺の打順が回ってくる。

 

バッターボックスへ入ると、嫌な汗がツーっと背中を流れていく。

 

ここで俺がアウトになれば即試合終了。

 

かといって、ランナーが帰ってこれないような当たりだと、後続の打者じゃ得点は難しい。

 

その重圧が俺へとのしかかる。

 

ピッチャーが振りかぶって一球目を投じてくるが、際どいコースに来たため見逃す。

 

「ストライク!」

 

「ぐっ…!」

 

フォアボールが無いとはいえ、これがストライクかボールかで気分がまるで違う。

 

あと二回ストライクを取られれば…負ける。

 

1度大きく息を吐く。

 

このグラウンドを取り囲む人の群れのどこかでユイが見てる。

 

勝たなきゃいけない理由と同じくらい大事なことが1つある。

 

ユイに格好悪いとこは見せらんねぇってことだ。

 

「っしゃあ!こぉい!!」

 

相手のピッチャーは幸い野球部じゃねえ。さっきのコースもたまたまだ。

 

落ち着いてよく見りゃ…打てねえわけがねえ!

 

甘く入ってきた球を思い切り振り切る。

 

「っし!」

 

手応えはばっちり。綺麗にレフト前へと飛んでいった……が、逆に打球の勢いが良すぎて返ってランナーの進塁が阻まれてしまった。

 

つまり、ツーアウト満塁で止まってしまったのだ。

 

次のバッターは一試合目に1本ヒットを打っただけの只野。

 

「嘘だろ…?」

 

諦めかけたその時、ゆりっぺの言葉が頭に蘇った。

 

『なら1つ、策を授けるわ。いい?どうしても点が欲しい、守りきりたいって状況になればあたしを信じて彼に頼りなさい』

 

その相手は―――――

 

「た、タイム!代打柴崎!」

 

うだうだと悩んでいる暇はなく、とにかく藁にも縋る思いで叫んだ。

 

当然クラスの皆は驚いた表情を浮かべる。俺だって同じ立場なら同じ顔をしていただろう。

 

しかし柴崎は大して驚いた顔は見せずつかつかとこっちへやってきた。

 

「勝ちを諦めたのか?」

 

「なっ…ちげえよ!勝つために代打にお前を指名してんだ!」

 

「ってことは誰かから聞いたな…岩沢か?」

 

「いや、ゆりっぺだ」

 

つーか、こういう風に言うってことはゆりっぺの言ったことはマジってことか…?

 

『柴崎くんは生まれもって視力がとてつもなく良いのよ。それだけで大抵の球技が無双出来る程にね』

 

いやいや、だとしたらゆりっぺはなんで初めから出せって言わなかった?なにか裏があるはずだぜ…

 

「なあ日向、実は俺お前が今日勝ちたがってる理由のこと…ほぼ聞いちまったんだ」

 

「え…?!だ、誰から?」

 

「岩沢。アイツもユイから聞いたみたいでさ…それで、お前がこの試合に懸けてることは知ってるから、力を貸したいとは思ってる」

 

「なら…」

 

「ただ、俺が出て勝ったとしても自分の勝ちだとは思えないかもしれない」

 

「……はぁ?そりゃ、どういう意味だ?」

 

ゆりっぺが言うような無双がどういうことなのかは分からないが、野球は9人でやるもんだ。一人で全てが決まるもんじゃない。

 

「こら、早くしろ。皆待ってるぞ」

 

いつまで経っても動かない俺たちを見かねて塁審役の先生が急かしてくる。

 

「詳しい話をしてる時間はない。だから、1つだけ訊く。もし俺が出て、仮に勝ったとしたらその時はちゃんと勝ったと思えるか?」

 

「お前の言いたいことはよくわかんねえけど…当たり前だろ。どんな勝ちでも、勝てば勝ちだ!」

 

「…了解。あ、先生改めて代打お願いします」

 

自分でも何を言ってるのかよく分からない台詞だったけど、柴崎は満足そうに頷いて代打を買って出た。

 

さっさとバッターボックスに入り、それなりに様になったフォームでピッチャーが投げるのを待っている。

 

こんだけ時間取って呆気なく凡退だけはやめてくれよ…

 

そんなことを考えながら放たれた球の行方を目で追う。

 

少し甘いコースへと入った真っ直ぐは、キーンと乾いた金属音と共に、フェンスを越えていった。

 

おー、ホームランかー……

 

「って…ホームラン?!」

 

自分の目を疑って思わず2度見するものの、結果は変わらず、審判もホームランを宣言している。

 

う、嘘だろ…?

 

放心しながらではあるが、とにかくしっかりと塁を回る。

 

ホームに着き、次いで柴崎も返ってくる。

 

「す、すげえな…」

 

思わず出た飾り気も何もない言葉に、柴崎は困ったような顔をする。

 

「まあ…野球は一番よくやってたからな…」

 

一番よくやってた…つっても、野球部じゃねえ…はずだよな?

 

でも、あんな緩い真っ直ぐ…そこそこの速球をホームランにするよりも難易度高いぜ…?しかもスイングがとてつもなく鋭いわけじゃない。とにかく、当てる場所と角度、タイミングが上手すぎるんだ。

 

なまじ野球経験者だからこそ分かる…素人でここまで完璧な当て方が出来るわけない。

 

「ゆりっぺの言ってたことは本当…なのか?」

 

「なんだ、信じてなかったのか?…って、無理もないか」

 

「当たり前だろ!こんな…こんな奴がなにもしないで普通に暮らしてるなんて思わねえって!なんで何もスポーツやってねえんだ?!」

 

「そういう顔…されるからかな」

 

「え…?」

 

思わず顔を手で押さえる。

 

「同じ人間とは思えない…みたいな顔してるぜ?」

 

「それは…」

 

言葉を失う。

 

その台詞だけで柴崎が何を嫌って目立ちたがらないのか透けて見えたからだ。

 

「柴崎…ご、ごめ―――「いいって。日向や野球部の人たちにはバレてるだろうけど、それ以外の人にはまぐれかすごい怪力くらいにしか思われてないだろうし」

 

そう言いつつ、少し口元は震えている。

 

多分トラウマみたいなものと今必死で戦っているんだ。

 

俺とユイのために…

 

「柴崎…俺、ここから死ぬ気で守って、打って、走るぜ。柴崎がここまでやってくれてんだからな!」

 

「その気持ちはありがたいけど…多分大丈夫だ」

 

「え?」

 

「次の回から、相手にそうそう点は入れさせない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな力強い言葉があって、てっきり柴崎がピッチャーをするのかと思いきや、そのままセンターへ入った。とにかく集中していてくれとだけ、皆に言っていたが。

 

一体どういうつもりだ…?

 

とにもかくにも柴崎の言う通り、集中しないと守れるものも守れねえぜ。

 

改めて気合いを入れ直して腰を落とす。

 

そして音無はゆっくりと振りかぶって球を放った。

 

コースは少しだけ甘いアウトロー。

 

相手の野球部が見逃してくれるわけもなく打ち返され――

 

「ライト!もう5歩右!」

 

インパクトの直前、後方の柴崎が叫んだ。

 

ライトの奥井は慌ててその指示通り、右へ5歩移動し、何かに気づいたようにグローブを構え、打球をすっぽりと収めた。

 

「……し、柴崎?!」

 

取った奥井は驚いたように柴崎の方を見る。

 

「ナイスキャッチ奥井!」

 

しかし柴崎はただただ取った奥井を褒めるだけ。

 

でも、今のは間違いなく柴崎が取らせたものだ。

 

「た、タイム!」

 

「またか?!」

 

審判の声も最もだけど今はそれどころじゃない。

 

「柴崎!お前もしかして…」

 

「ああ、バットの当たり具合を見て打球の飛ぶ位置が大体分かる」

 

「やっぱそうか…」

 

投げられたボールに対してベストのスイングが出来る目を、守備に使うとこうなるのか…

 

それが分かったところで、更に1つ分かったことがある。

 

それは柴崎の言っていた、勝っても自分の勝ちだとは思えないかもしれない理由だ。

 

そりゃそう言いたくもなるよな…このまま行けば…柴崎一人の力で勝てちまう。

 

柴崎が打って、柴崎の指示通り守ってれば間違いなく勝てる。

 

なるほど…なるほどな…でも、だとしても負けるのかマシだ…!

 

「じゃあこれからも指示頼んだぜ!柴崎!」

 

「…おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その回は柴崎の指示によって三者凡退で切ることが出来たが、俺たちも三者凡退と、点差を詰めることが出来なかった。

 

続く三回、またもや三者凡退で抑え、二番の大山が一回に続き出塁に成功する。

 

するとネクストバッターズサークルにいる千里に、柴崎は何かを話しかけていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、本気出せって言ってきた」

 

「は?」

 

「アイツ、なんでも出来るからなんでも手を抜きやがんだよ。本当は運動も勉強も人一倍出来るのに」

 

「な、なんだそりゃ…」

 

そうこう言ってる間に、千里が一球目を綺麗にセンターへ返し出塁した。

 

「おお!…いやでも、つーことは今まで適当にやってたのか?」

 

「まあ…そういうことになる」

 

「ったく、似た者同士だなお前ら」

 

「お、俺のは手を抜いてるわけじゃ…!」

 

「あーはいはい、おっと早くネクスト行かなきゃなーっと。先生に怒られちまう」

 

「あ、くそ、手抜きじゃねえからな!」

 

と、後ろから抗議の声を浴びながらネクストへと向かう。

 

ネクストで戦況を見つめていると、三球目で藤巻が内野ゴロを打ち、痛恨のダブルプレー。

 

ツーアウト三塁。

 

ダブルプレーは勿体なかったけど…

 

「チャンスだぜ…!」

 

ここでヒットを打てれば5点目。次の柴崎は確実にホームランを打てるんだから逆転出来る…!

 

決めてやる。そう決意を込めてバッターボックスへと入る。

 

「日向、なんだあのバケモンは?」

 

しかし、構えて早々にキャッチャーの吉澤さんが声をかけてくる。

 

「ただの友達っすよ。ただし、腕はピカイチっすけど」

 

「ピカイチ?ありゃそんなレベルじゃないぜ…野球部のエースでも抑えられやしないだろ」

 

やっぱ野球部には気づかれるよな…

 

でもバレてるからって、この試合はフォアボールは無しなんだからどうしたって柴崎からは逃げられない。

 

ここからは柴崎の力で無失点に抑えることも夢じゃない。

 

そうなると…

 

「悪いっすけど、勝たせてもらっすよ」

 

「いや、それはどうだろうな?」

 

「え?」

 

「確かにあのバケモンを抑える手だてはないが…それに頼ってるだけの奴には負けないさ」

 

「なっ…?!」

 

「ほら、くるぞ」

 

言われて正面を向くと、既にピッチャーは球を放っていて、虚を突かれた俺はあえなく空振りしてしまう。

 

「きったねぇ…!」

 

「はは、ちゃんと見てないからだぜ?」

 

「そっちから話しかけてきたくせに…!」

 

くっそ!次は目を離したりしねえぞ…!

 

俺だって中学までは真剣に野球をやってたんだ。ゆるい直球一本の素人の球をヒットにするくらいわけないぜ。

 

あとは柴崎がホームランを打てば勝ちは決まったようなもんだ…!

 

今度はピッチャーをしっかりと見て、放たれる球を待つ。

 

振りかぶって投げられた球は、ただでさえゆるいのに、更に少し速度の落ちるものだった。

 

すっぽぬけか?なんにせよもらったぜ…!

 

クリーンヒットを確信してバットを振り抜くと、直球だったはずの球がゆるく横へと変化した。

 

スライ……ダー…?!

 

コツン。

 

気づいた時には既に遅く、バットを止めることも叶わず、当たり損なった情けない音が響く。

 

ボテボテのゴロはピッチャーの下へ転がり、ピッチャーはそれをきっちりと掴んで一塁へ送球する。

 

必死に走るが間に合うわけもなく、審判はアウトを宣告する。

 

「な…んで…?」

 

相手は素人だろ…?つーか今の今まで直球しか放ってなかったってのに…なんで急にスライダーなんて…

 

「覚えてもらったのさ。いくつか試した中でも覚えが早かったスライダーだけをな」

 

「吉澤さん…」

 

「野球部が6人もいて負けちゃいい笑い者だからな。もしものために覚えてもらったんだ」

 

まさか本当に使うことになるとは思わなかったけどな、と笑う。

 

「それでも、お前くらいの実力があれば見抜けないことはなかったはずだけどな。まあ大方、慢心ってやつだろう」

 

言われてギクリとする。

 

「絶望的な状況からあんな救世主が現れたら、無理もないが、もう勝ったと思ってただろ?アイツがいれば負けるわけがないって」

 

またも図星をつかれ、何も言い返せない。

 

「だから言ったんだ。怖くないってな」

 

「ぐっ…」

 

何をやってんだ俺は……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回の表、下位打線をすんなり抑え、続く一番にエラーで出塁を許したものの無失点で抑える。

 

そして続く裏、柴崎の2打席連続ホームランで1点差へと詰め寄る。

 

下位打線は3人とも抑えられてしまったが、いよいよ逆転も射程圏内になってきた。

 

このまま失点さえなければ最終回までに同点には必ず出来る。

 

なんて思われようが、俺が格好悪かろうが…勝てるならそれでいい。

 

今日は…勝たなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして五回表、幸先よく先頭を切り、4番の吉澤さんの打席が回ってくる。

 

でも、いくら吉澤さんだろうと、打球の落下点を瞬時に予想できる柴崎がいれば負けるわけがない。

 

そう思っていた。

 

だけど、初球、甘く入ったインハイを迷いなく振りきられ―――

 

ボールは呆気なくフェンスを越えていった。

 

悠々とベースを回ってくる吉澤さんが、俺の目の前を過ぎる時ボソリと呟いた。

 

「もう頼ってるだけじゃ勝てないぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、後続をきっちりと打ち取り、俺たちの攻撃となる。

 

一番の音無はいい当たりをしたもののセカンドの正面へ打ってしまいワンナウト。

 

しかし続く大山がポテンヒットで出塁し、三番の千里もヒットで続き、塁を埋めていく。

 

この試合良いところのなかった藤巻も強烈な当たりを見せ、満塁で俺の打席が回ってきた。

 

ワンナウト…満塁。

 

ダブルプレーにさえならなければ次の柴崎が満塁ホームランを打って…勝てる…

 

なら、わざと三振すれば……!

 

「ひなっちせんぱぁぁぁぁい!!!」

 

「……ユイ」

 

声の方へ振り向くと、ベンチのすぐ近くにユイがいた。

 

金網をがしっと掴み、本当に女子かよって面しながら声を張り上げてる。

 

「た…タイム!」

 

「はぁ?!またかお前は!もうこれで最後だぞ!」

 

先生の呆れた声を背に、駆け寄る。

 

「ど、どうしたんですかひなっち先輩?!」

 

ただ声援を送っていただけなのに駆け寄られて、困惑している。

 

それでも伝えたいことがあった。

 

「ユイ…ぜってぇ勝つから」

 

俺が活躍しなくても、柴崎に頼りまくっても、絶対勝つ。

 

勝って、本当のことをお前に教えてやるから。

 

そう改めて言葉にしないと、情けなさで押し潰されそうだったんだ。

 

「は、はい!見てますから!ホームラン打ってきてくださいね!」

 

「………は?」

 

「え?俺がホームラン打って勝つ…ってことじゃないんですか?」

 

そう言う瞳は、本当に信じきって疑わない真っ直ぐなものだった。

 

「は…はは…」

 

「せ、先輩…?」

 

「あっははははは!!ばーか!俺は長距離打者じゃねえっつーの!」

 

「なぁっ?!ば、馬鹿とはなんじゃあ馬鹿とは!!?」

 

「へっ、馬鹿に馬鹿っつって何が悪い?!」

 

でも、そうだよな。

 

ここで俺が三振して勝ったとしても、今どこかで見てるあの人が納得しないだろうしな…

 

「先輩の方が馬鹿ですぅ~!ユイにゃんは馬鹿じゃないですぅ~!」

 

「馬鹿だよばーか。でも、ここまでくりゃ馬鹿になって…ホームランでもなんでもかっ飛ばすしかねえよな!」

 

「……ふ、ふん!ひなっち先輩なんてダブルプレーで戦犯になればいいんですよ」

 

ったく、素直じゃねえなぁ…って、俺が言えた立場じゃねえか…

 

「よーく見とけ?そんで…待ってろ。すぐ迎えに来っから」

 

そう言い残して、バッターボックスへ向かう。

 

アイツと馬鹿なこと言い合ったお陰で、肩の力もいい具合に抜けてる。

 

「見せつけてくれるな、日向」

 

「へへ、どーも。…打たせてもらいますよ」

 

「……手強いなぁ」

 

吉澤さんがそう呟いたと同時に、ピッチャーが球を放る。

 

かっかしてた前の打席と違って、よく球が見える。

 

これは…ストレート…!

 

振り切れ…!!

 

カキーン!!

 

と、盛大に響く音とは裏腹に、手応えはほとんど無い。

 

まるで無機質なものを打ったみたいだ。

 

でも、打球はぐんぐんと伸びていき―――

 

フェンスを越えていった。

 

「お……おおおぉぉぉ?!」

 

打った自分が一番驚いていた。

 

本当に現実か?

 

しかし、そんな考えを打ち消すような歓声が聞こえる。

 

「早く回れよ…ったく、こんな場面でホームラン打ちやがって」

 

「う、うっす!」

 

吉澤さんに言われてようやく足を進めていく。

 

そうだ…ユイ、見てたかな?

 

と、さっきユイがいた場所を見ると、バチッと視線が重なったので、渾身のガッツポーズをかましてみせる。

 

それを見て、ユイは満面の笑みを返してきた。

 

俺にとって一番の報酬だ。

 

アイツを笑顔に出来た。

 

この一時だけは、お袋さんのこと忘れさせられたはすだ。

 

その喜びを噛み締めながら、一塁、二塁、三塁、そして本塁を踏む。

 

「うおぉぉぉ!!日向ぁぁぁぁ!!」

 

「日向くんすごいよぉぉぉぉ!!」

 

すると、先に塁を回っていた藤巻と大山が飛びついてきた。

 

あんまりの勢いに耐えきれず3人で倒れこむ。

 

「ちょっ、重い!重いっつーの!!」

 

「バッカ野郎!良いとこ持ってきやがった罰だ!」

 

「良かったね日向くん!これで約束……あぁぁ!?」

 

「約束って…もしかしてユイとのこと知ってんのか?!」

 

「あーあ、ほんっと嘘が下手だなてめえは」

 

この口振りからして藤巻も知ってる…ってことか?!

 

「だ、誰から?!」

 

「俺はひさ子、こいつは入江から携帯に送られてきたんだよ。お前らの事情と、絶対勝てよって発破がな」

 

そういや柴崎も岩沢から聞いたって言ってたな…だとしたらガルデモ全員に知られててもおかしくねえか。

 

「悪ぃ…巻き込んじまったな」

 

「ああん?逆だろ。水臭すぎだっつんだよ」

 

「そうだよ日向くん!こんな大事なことなんだから頼ってよ!」

 

「いや…はは、なんつーか…悪ぃ」

 

返す言葉もなかった。

 

俺が二人の立場でも、同じこと思っただろうになぁ。

 

今回の件に関しては、マジで反省しなきゃいけねえことばっかだぜ…

 

「次からは絶対頼るから、その時は頼むぜ」

 

「おう」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後柴崎がダメ押しのホームランを放ち点差を3に広げて迎えた最終回。

 

とんとん拍子でツーアウトに。

 

しかも打順はちょうど九番で野球部でもない。

 

「音無!しっかり投げきれ!皆も、最後まできっちり守んぞ!!」

 

俺の言葉に、皆のおぉー!という頼もしい大声が返ってくる。

 

そして、音無が放った初球を相手バッターが打ちにいく。

 

が、それは明らかな打ち損じで、高く、しかし力のない打球になる。

 

セカンドフライ…

 

今まで何回も取ってきた、ありきたりのイージーなフライ。

 

取れないはずがない。

 

…のに、

 

なのに……

 

なんでだ…身体が動かねえ…!

 

緊張とかそんなんじゃない。何かが…頭ん中に割り込んできやがる…!

 

同じような光景が。

 

そして、失敗した姿が。

 

くっそ…!

 

「ひなっちせんぱぁぁぁぁぁぁい!!!取れやぁぁぁぁぁ!!!」

 

「――――!!」

 

突如響いてきた大声が、ノイズみたいな何かを消し去っていく。

 

動…ける!

 

動けさえすれば、取れない球じゃない。

 

ぽすっ。

 

グローブに球が収まる、確かな感触。

 

「――――っしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

胸の底から溢れ出る喜びに、左手を高々と掲げる。

 

勝った…!勝ったぞ!!

 

これでアイツに本当のことを教えてやれる…!

 

早くアイツのとこに…

 

そう思い、足をユイのいる方へ向けると、後ろから肩を捕まれる。

 

「日向、整列だ。先生に怒られるぞ?」

 

「あ、っと…へへ、忘れてたぜ。サンキュー柴崎…マジで、あんがとな」

 

柴崎がいなきゃ確実に負けていた。

 

今後、俺は柴崎になんとしてでも恩を返さなきゃな。

 

「まあ整列が終わったらすぐにユイのとこ行ってやれよ」

 

「…おう!」

 

皆勝利の余韻に浸りながら整列する。

 

「ナイスゲームだったぞ!両チーム、目の前の相手と握手してから挨拶して解散だ!」

 

言われた通り手を差し出す。

 

相手は吉澤さんだった。

 

「ナイスゲーム」

 

「うっす!」

 

「ホームラン打った打席からのお前は…やっぱり、うちの部に欲しい存在だったよ」

 

「すんません。まあ、放っとけない奴もいたんで」

 

「知ってるよ。だから意外だった。お前があの子とイチャイチャしてるのがな」

 

指差した方向にはユイがいて、そういえば講習の面前で恥ずかしいことを言ってしまってたことに気づく。

 

「あぁ~……忘れてください」

 

あの時はなんつーか、高揚感?みたいなんで恥ずかしくなかったのに、一気に顔が熱を発していく。

 

「はは、まあ良いじゃないか。早く挨拶して、あの子の所にいってやれ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

整列を終えて、逸る気持ちを抑えきれず駆け出す。

 

すぐ近くにいるはずなのに、中々辿り着けないような、不思議な感覚だ。

 

走って、走って、走って、フェンスを飛び出して、ユイのいた所へ向かう。

 

「ユイ!」

 

ようやく辿り着いて、何も考えることなく、とにかく名前を叫ぶ。

 

俺を勝たせてくれた、ヒーローにしてくれた相手の名前を。

 

「せんぱ―――きゃっ?!」

 

振り返って呼ばれ切る前に、堪えきれずに抱き締める。

 

「勝った…勝ったぜ!ホームランも打った!約束全部…守ったぜ!」

 

「…うん。すっっっごく!格好良かった!!」

 

その言葉だけで胸がふわりと暖かくなる。

 

そうだ…言わなきゃいけないことがあった。

 

コイツに早く伝えたいことが…

 

「??何ですか?」

 

俺が真剣な目で見ていることに気づいて、小首を傾げる仕草が何故か異様に可愛くて、一瞬頭が真っ白になる。

 

「…す、好きだ!ユイ!!」

 

「ひ…ひな…ひなひな…ひなっち先輩?!も、もしかして話したいことってそれだったんですか?!」

 

「え…?」

 

あれ…?違う。まずお袋さんのこと伝えなきゃいけなかったのに。

 

「違う!」

 

「ぐえっ!いってぇ?!」

 

いきなり頭に拳骨を落とされ、後ろを振り返ると……

 

「お、親父さん!?」

 

そうだった…呼んでたんだった…

 

「貴様…話が違うぞ…!」

 

「ち、違うんすよ!今のは気持ちが溢れたというかなんというか…」

 

「言い訳にもなってないぞ…!」

 

ゴキッと指を鳴らして臨戦態勢に入ろうとする親父さん。

 

「なんで…?」

 

しかし、割りまれたその声によって親父さんの動きが止まる。

 

「なんで…いるの?お父さん…」

 

「…呼ばれたからだ。日向くんに、見に来てくれと」

 

「お母さんが倒れても来なかったのに…?お母さんはどうでもいいの?!」

 

「…ここでその話はやめろ。人が見てるぞ」

 

「~~~~~っ!!もういい!!」

 

「ユイ!」

 

ユイは涙を滲ませながら走り去っていく。

 

「親父さん!追いかけますよ!」

 

「あ、ああ!」

 

 




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