ゆりっぺに事の経緯を説明し終えて、ちょっとばかし気が楽になった。
ゆりっぺは、意外にも茶化さず真剣に聞いてくれたし、最終的にはなんでか怒ってるみたいだった。
……ユイのとこに怒鳴りこむとかしないといいんだけどな…
まあでも、今回ばっかりはゆりっぺに感謝だな。
落ち込んでばっかいらんねえ。ユイの力になんだからよ。
「つっても…どうすりゃいいんだろうな…」
昼休みが終わりそうになったので、重い腰を上げながらぼやくと同時に、携帯が鳴った。
「メール?」
そこである出来事が頭をよぎった。
そういや、ユイのお袋さんとメアドを交換したんだっけか…。
メールフォルダを開くと、やっぱり送り主はお袋さんだった。
文面はこうだ。
『今日、よければ放課後に家に来てもらえないかしら??少しお話ししたいことがあるの(>_<)』
もちろん断る理由もないし、了解っす。と返す。
しっかし、話したいこと…か。
「なんだろな?」
放課後になり、もう何度目だよって感じだが、野球の練習をやっておいてくれと頼んで、ユイの家に向かった。
とりあえず家に着いたのは良いものの…インターホンを鳴らせばユイが出るはず…
そう思うと、指は自然と動きを止めてしまう。
何度もインターホンを押しかけては引っ込め、押しかけては引っ込めていると、携帯が鳴った。
確認すると、またユイのお袋さんからのメールで、ユイは今はいないから勝手に上がってきてという内容だった。
「ユイ…いないのか」
ホッと安堵のため息をついて、お袋さんの指示通り勝手に上がらせてもらうことにする。
慣れた足取りでお袋さんの部屋を訪ねる。
扉を開けるとお袋さんはいつものようにベッドに横になっていた。
「日向くん、ごめんなさいね呼び出しちゃって」
俺が入ってきたのに気づくとすぐに反応して、体を起こす。
「全然大丈夫っすよ。ていうか、横になってなくて平気なんすか?」
顔色は悪くないけど、昨日の今日だ、心配にならないわけがない。
「平気平気!それより早速、本題に入ってもいいかしら?」
「あ、はい」
「えっとね…日向くんは、ユイちゃんのことをどう思ってる?」
「ぶっ?!」
唐突かつタイムリーな問いかけに、思わず吹き出してしまう。
「なんなんすかいきなり?!」
「ち、違うの!ふざけたり茶化したりしてるわけじゃなくて、本当に真剣な質問なの!」
確かにその言葉通り、目は真剣そのものだった。
つっても…どう思うって…
「良いやつだと…思います。話してて楽しいし…」
「それだけ?」
「いやそれだけ?って…」
何を言わせようとしてるんだ…?
「日向くんは、ユイちゃんのことどういう風に見てる?」
どういう風に…?
「ちょっと、質問の意味がよく分かんないんすけど…」
さっきのどう思う?という質問。
そして、今ぶつけられたどういう風に見てる?という質問。
似てるようで、でも確かに違う意味合いを含んでいるように思える。
「日向くんはユイちゃんのことを、友達として見てる?」
「そ、そりゃ友達っすよ。じゃなきゃこんなに遊んだりしないですし」
「じゃあ、女の子として見てる?」
「―――っ、それは…当たり前じゃないっすか。男子だなんてちっとも…」
「そうじゃないの」
「そうじゃないのよ…」
分かってるんでしょう?と、目が言っていた。
……分からない…分かっちゃいけない…
「あ、あいつは…妹みたいなもんで…助けてやんなゃいけないって…」
お袋さんは悲しそうに首を横に振る。
なんだよ…?なにが違う…?
「本当なんすよ!本当に、ただそれだけで――「日向くん」
「―――っ」
「ごめんなさいね…」
「え…?」
なんでお袋さんが謝っているのか分からず、呆けた声がもれる。
「ユイちゃんとヒーローになる約束…してたんでしょう?」
「知ってたんですか…?」
いや、よくよく考えてみれば当たり前だ。
ユイはいっつもその日の嬉しかったことをお袋さんに報告してた。
ユイが本当に喜んでいたんなら、真っ先に報告してるに決まってる。
「ユイちゃん、本当に喜んでた…」
お袋さんは泣き笑いのような表情を浮かべながら、ポツリと呟いた。
「下心があったら、ヒーローだと思ってた日向くんに裏切られたみたいに感じるって、言ったのよね?」
「そう…ですね」
「日向くんはその気持ちを汲んでくれた…」
「……はい…」
お袋さんは、気づいてるんだ。
俺の嘘に。
いや、俺たちの嘘に。
「なのに…ユイちゃんが先に自覚しちゃったのよね?」
「……………」
俺は答えない。
自分の口からはとても言えないから。
「日向くんが好きだ…って」
「………あれはやっぱそうなんすか…?」
「ええ。見てれば分かるわ」
「…はは、分かりやすいですもんね」
あの時、真っ赤な顔で、熱を帯びた視線で、そうなんじゃないかと確信しそうだった。
でもそのすぐ後にユイが泣き崩れて、混乱した。
その場で、ユイの泣くに至る理由が分からなかったから。
だって思わないだろ…?好きだって気づいて泣くなんて…
そしてその後の拒絶。
いよいよ、ユイが俺を好きかどうかを考えてる暇じゃなくなった。
どうしたらいいのか?
どうしたら良かったのか?
前の関係に戻れるのか?
そもそも戻りたいと思ってるのか?
そんなことばっかり考えていた。
「そっか…やっぱ勘違いじゃなかったんすね…」
「ごめんなさい…」
「謝らないでくださいよ…謝らなきゃいけないのは…俺の方っすから」
ずっと、気づかないふりをしていた。
していられると思ってた。
いつからアイツのことを、なんて、多分いくら考えても分からねえと思う。
でも、ユイにヒーローみたいだと思ってたって言われた時には、きっともう…
「ユイが…娘さんのことが好きです…!すみません…!」
「頭なんて下げないで、ユイちゃんが悪い…ううん、少し子どもだっただけなんだから…」
「いや、俺が守れない約束なんてしたのが悪いんです…!ユイが俺のことを好きになるのは予想外だったんすけど…」
でも、例えそうならなかったとしたら…俺はいつまで自分に嘘をついていられた?
「自分に嘘をついた時点で…ヒーローなんかになれっこないのに…」
本当…バカみてえだ…俺…
「日向くんは、立派なヒーローよ。少なくとも、ユイちゃんにとっては」
「そんな…」
「励ましでもお世辞でもないのよ?だって、日向くんは寂しい思いをしているユイちゃんを助けてくれたじゃない」
「助けたって…結局、ユイが俺とキャッチボールをしたのも、野球の練習に参加するのを決めたのも、全部お袋さんが背中を押したからで…」
俺はいつも、この二人の会話を側で聞いていただけで…
「私は背中を押したんじゃないの…私という足枷を外させた…ただそれだけなのよ」
「そんな…!足枷だなんてアイツは…!」
「分かってる…分かってるの…でも事実は変わらない…私は…あの子の邪魔でしかなかった…あの子はあの子で…それを振り払わなかった…」
沈痛な面持ちで、呟くようにそう言う。
心なしか、少し顔に汗が滲んでいるように見えた。
「初めてなの…ユイちゃんが誰かに頼ったのは…自分を引こうとする手を…拒まなかったのは…」
「お、お袋さん…?」
何か、様子がおかしい。
苦虫を噛み潰したような顔は、ユイへの自責の念からなのかと思っていた。
言葉が尻すぼみだったのも、そのせいだと思っていた。
でも…違う…
「もしかして――「日向くん…」
その先を言わせまいとするように、言葉を被せてくる。
「日向くんは…ユイちゃんのことが…好き…?」
次第に汗によって、事前に施していたらしい化粧が落ちていく。
その下は、明らかに体調の優れていない時のものだった。
「な?!今そんな場合じゃ…!?」
とにかく救急車を呼ぼうと携帯を取り出そうとする腕を掴まれる。
振りほどこうと思えば出来る程度の力…なのに、何故かそうは出来なかった。
「それは…私の質問に…答えた後…で…」
なんで、なんて訊いても意味のないことだと目が語っていた。
「……好きです!ユイが好きです!」
「大切に…してくれる…?」
「します!するに決まってるじゃないですか!」
「そう…なら、安心…」
ふっと掴まれていた腕が解放された。
力の限界なのか、要件が済んだからなのかは分からないが、急いで電話の画面を開く。
「日向くん…最後に…」
「な、なんすか?!」
「救急車よりも先に…パパ…優一さんに連絡して…私の携帯…で…」
自分の枕元にある携帯を視線で伝え、気を失った。
その言葉の意図も何も分からないまま、でもとにかく言う通りに従って、親父さんへと電話をかける。
ワンコールだった。
『…日向くん、だったか?』
「そう…ですけど」
お袋さんの名前が画面には出ていたはずなのに、なんで俺だって…?
『分かった…すぐに病院に向かう。搬送先は百合ヶ丘病院だと伝えてくれ。あと、ユイにはまだ連絡するな』
「え、あ、はい……って――」
プツッ、ツー、ツー
なんでユイに連絡してはいけないのかを訊く暇もなく、短く要件だけを告げ、すぐに通話が途切れた。
まるで全部折り込み済みみたいな…なんて考えてる暇じゃねえ!
とにかく疑問は1度置いておいて、救急車を呼び出した。
少ししてやって来た救急車にお袋さんと共に乗って、百合ヶ丘病院へと到着し、慌ただしくお袋さんを乗せた台は手術室へと運ばれた。
手術中と書かれた赤いランプが灯って少しすると、親父さんが息を切らしながらやって来た。
「妻は…どんな様子だった?」
「化粧が落ちるくらい汗をかいていて、苦しそうにしたあと意識を失ってました…」
「……そうか」
肩で息をして、容態を確認、悪そうだと伝えると、悔しそうな顔をする……
とてもじゃないが、ユイから聞いたような自分の家族を蔑ろにするような人には思えない。
でも、それよりも今訊かなきゃいけないことは…
「あの、もしかしてこうなること…知ってたんすか?」
さっき電話をかけた時の淀みのない対応、それにそもそも救急車より旦那に電話をして欲しいなんてお願いもおかしすぎる。
「ああ」
「なんで…なんで知ってて放っておいたんすか…?」
「…妻からの頼みだからだ」
「頼み…って…」
「君は恐らく、ユイから俺のことを色々と聞かされただろうから混乱するだろうが…全て話そう」
これも、妻からの頼みだ。と言った。
頼みだとか全てだとか、いきなり色々言われて、全てを話される前からもう混乱してるっての…!
つーか、その前に…
「いや、でも、その前にいつユイに連絡するんすか?!」
本当ならもうユイに伝えてなきゃおかしいのに、親父さんの命令でしていない。
アイツが一番…付いていたいはずなのに…
「全部話終えてから…と言いたいところなんだが、良いだろう、今からしてくれ。ただし、ユイには出来るだけゆっくりと来るよう言ってもらう」
「な…なんで?!」
「あまり大声を出すな…ここは病院だぞ」
あんたのせいだろ…と思いながらも、ぐっと歯を食いしばって我慢する。
「理由は2つ。1つ目は、今から話すことをユイには伝えたくない。2つ目は、急いで来てもどうにもならないからだ」
「どうにもならないから娘を母親のやばい時に呼べないなんてあってたまるか…!」
そう吐き捨てて、命令を無視してユイの連絡先を出す。
そして発信しようとしたその時―――
「言うことをきけないのなら、話は出来ない。妻の頼みを無下にするのは心が痛むがな」
そう言われ、指が止まる。
「まあこちらの言い方が悪かったことは認めよう。しかしユイは恐らくこの事を聞けば放心して何も出来ないだろう。だから心の準備をしてもらえればいい、ということだ」
馬鹿な俺でもわかるくらい、あからさまな建前だ。
「…分かりました」
でも、そんな建前を言ってでも伝えなきゃいけないことがある…んだと思う。
そう信じて、俺はその要求をのみ、ユイへと電話をかけた。
『も、もしもし…』
数コールしたあと、若干声を震わせながらユイが応答した。
「ユイ、落ち着いて聞いてくれ。お前のお袋さんが…倒れた」
そう伝えるも、ユイからは何も返事がない。
何度か声をかけるもやっぱり反応はない。
多分…俺の言葉を飲み込めなくて呆然としているんだろう。
どうしたものか考えていると、電話口で何か言っている声が聞こえてきた。
そういえば、ユイは家にいなかった…それって、誰かがユイを外へ連れ出したってことで…
このタイミングでユイを連れ出してそうな奴に、一人だけ心当たりがあった。
『日向くん。あたしよ、ゆり』
「ゆりっぺ、やっぱユイといたのか」
予想通りの相手が、ユイと電話を代わった。
多分俺の昼間の心配が的中してたんだろう。
『今はそんなことどうでもいいわ。ユイを連れていくからどこの病院か教えてちょうだい』
「場所はお前んとこの病院だよ……急がなくて良い。ゆっくり、時間かけて来てくれ」
『こんなときに何を…』
ゆりっぺの言い分は全くもってその通りで、普段の俺ならこんなことは絶対言わない。
だけど、聞かなきゃいけないことがある。
だから…
「頼む…ユイが落ち着いてから来てくれ」
『…分かったわ。でも稼げても精々一時間よ?』
俺が真剣に言っているのが伝わったようで、ゆりっぺはおとなしく引いてくれた。
「ああ、充分だ。サンキュ…ゆりっぺ」
『良いわよ、成りゆきだもの』
それだけ言って、すぐに通話を断った。
そんなさばさばした対応が、今は助かる。
「終わったみたいだな」
「…はい。で、全てってなんなんすか?」
逸る気持ちを抑えながら訊くと、少し考え込むようにしてから、口を開いた。
「まず、妻はもう…長くない」
「――――っ?!」
…確かに、ここ最近はどんどん体調が悪くなる間隔が狭くなっていた。
けど、お袋さんはいつも、もう大丈夫だってユイに…
「それは、アイツの嘘だ」
まるで俺の頭の中を読んだようにそう言う。
「もうアイツの病気は末期で、今度倒れれば身体は保たない…そう言われて、アイツは医者に頼み込んで退院した。ただでさえ僅かな寿命を更に縮めてな」
「なんでそんなことを…?」
「…ユイと少しでも一緒に居られる時間を作るため、と言っていた」
「全部…ユイのため…」
お袋さんは言ってた。自分は足枷だって。それをユイは自ら外そうとしなかったって。
…もしかすると、寿命を縮めること…足枷を外すことすらも目的の1つ…だったのか…?
「ユイは…ユイはそんなこと望んでない…!」
「知っている。これはアイツの我儘だ。本来、滅多に自分の欲求なんてものに従わないアイツのな」
そんなことを言われたら…なんにも言えねえじゃんか…
そもそも我儘なんて呼べないようなことなのに…勝手に俺がガキみたいにキレてるだけなのに…
「…話を戻す。そうして昨日、恐らく自分がこうなることを悟ったアイツは、君に真実を伝えて欲しいと頼み、今に至る」
「…メールアドレスを渡したのもお袋さんの頼みだったんですか?」
「それは俺が勝手にやっただけだ。…アイツはそうしたがると思ったからな」
…やっぱりだ。
やっぱり…この人はユイが言ってたみたいな人じゃない…
「あの…なんで親父さんは、お袋さんに付いていてあげなかったんですか?」
「それも、アイツの頼みだ。アイツが初めて言った我儘…だな」
ふと、親父さんの目が遠くなり、ゆっくりと語りだした。
「アイツはユイが5歳になった頃、今の病にかかり、医者からは、恐らく治ることはないと宣告を受けた。すると、アイツはなんて言ったと思う?」
「…分かりません」
そんなことを言われてなんて言うかなんて、見当もつかない。
「働いてくれって言ったよ。いっぱい、いっぱい働いてくれ、と」
「…なんでですか?」
「私が死んだあと、ユイと一緒にいる時間を沢山作れるくらい、今働いて欲しい…らしい」
「そんなの…」
「滅茶苦茶だろう?つまりアイツは、俺に仕事を辞めろって言ってるようなものだ。そして金が足りなくなったら再就職しろと言っている。その頃にはユイも立ち直ってるだろうからな」
確かに滅茶苦茶だ。
自分の死期が分からないっていうのに、そんなお願い…いや分かっていたって滅茶苦茶だ…
「でも…断らなかったんですよね?」
「…断れると思うか?それまで我儘の1つも言ったことのない妻の、最後になるかもしれない我儘を」
「無理…ですね」
確信した。
この人は、本当にお袋さんを大事にしてる。
ユイやお袋さんを蔑ろにしているようになってしまったのも、全部お袋さんの頼みがあったからだった。
勘違い…だったんだ。
だったら…
「やっぱり、ユイにこの事伝えませんか?」
「…なに?」
俺の言葉に、目を鋭くさせる。
思わず怯みそうになるが、それでも続ける。
「ユイは親父さんがお袋さんのことを大事にしてないって怒ってました。このままだと、一緒に過ごす時間が増えてもユイは多分許そうとはしません…でも、これを伝えればその誤解は解けて、仲良く出来るはず―――「駄目だ」
「な、なんで…?!」
「ユイがそれを聞いた時、どう思う?」
「いや、だから誤解が解けて…」
「誤解が解けて、ユイは思うだろうな。自分のせいでお母さんとお父さんは一緒に居られなかったんだ…と」
「あ…」
そうだ…これを聞いたらアイツは自分の責任だって思っちまう…
お袋さんの望んだこととか、そんなの関係なく、自分のためにそうさせてしまったって考えるはずだ…
「君がどうしてもユイを傷つけたいのなら、好きにすればいい。まあ、その時はただじゃおかんがな」
そんなわけない…ユイを傷つけたいなんて思うわけない…
「でも…それで良いんすか?」
「…何が言いたい?」
「ユイは…ユイはきっとこれから一生あんたを恨みます…自分の身を粉にしていた父親を、そうと知らずに…一生…!」
「それがユイのためだ」
その言葉を聞いた瞬間、自分の頭の中の何かが切れた。
「両親の本当気持ちを知らねえことのどこがユイのためになるってんだ?!」
「――――っ」
ここでやっと、ずっと顔色1つ変えなかった親父さんが動揺した。
…分かる。この反応は…見てみぬふりをしていたやつの反応だ。
「それだけじゃない…あの頼みを全部叶えるって言うんなら、これからは仕事を辞めて、ユイと一緒にいるんっすよね?」
「…ああ」
「大嫌いな父親と四六時中一緒に居て幸せなわけあるか!」
「流石にそれはただの悪口だぞ…」
た、確かに…
ただ、この冷静なツッコミのお陰で少し頭が冷えた。
「でも、このままだとそれが事実になるんです…」
アイツは本当のことを知らずに、家で苦しい思いをすることになる…
「…はぁ…これだけは言いたくなかったんだが…仕方ない…」
「え…」
「アイツは言っていた。ユイを任せれる子を見つけた…とな」
「それって…」
「…言わせるな。君以外に誰がいる?」
本当に心底嫌そうな顔をして言ってくる親父さん。
「いや、いやいや…任せられるってそんな…」
「嫌なのか…?」
今度は嫌そうな顔じゃなく怒り狂ったような顔で睨んでくる。
「い、嫌なわけないっす!」
「なら、君があの子を幸せにしてくれ。父親への恨みなんて忘れるくらいにな」
「そんな…!」
「それが、色々差し引きした結果、ユイが一番幸せになれる道だ」
「…………………」
本当に…本当にそうなのか…?
「もうすぐ一時間だな」
「え…ああ…」
言われて携帯を開くと、確かに電話をかけてからそろそろ一時間が経とうとしていた。
「俺は帰る。ユイと鉢合わせると厄介だ」
「え?!」
「ユイの知る俺は、こういう時でさえ顔を出さない男だからな」
「ちょっと待っ――「止めるな」
「止めるんなら、今ここで決めろ。ユイを傷つける道か、傷つけない道か、どちらかを」
眼鏡の奥の目が、半端な考えで選ぶなと言っていた。
今の俺に、揺るがない覚悟なんて…あるのか…?
「分かったなら俺は行く」
遠ざかる背中に、俺は声1つかけることが出来なかった。
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