そうやって、ユイやガルデモの皆がまじりながらの練習が数日続いた。
そして、今日も同じように練習をするためにユイを家まで迎えにいった。
呼び鈴を鳴らして、しばし待つと、インターホンからユイの声が聞こえてくる。
『ひなっち先輩…』
しかしその声は、ここ最近では聞かなかったような弱々しい声だった。
「ユイ?どうした?」
『えっと…今日はちょっと具合が悪いから練習は…』
妙な間のある台詞。
馬鹿が言い訳考えながら喋ってるのがバレバレだ。
「上がるぞ」
『え、ちょ?!』
慌てるユイの声が聞こえたが、そんなもん無視だ。
扉を開けて玄関で靴を脱いで上がると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「ひなっち先輩!なんで勝手に上がるんですかぁ!?」
「うっせぇなぁ。お前が下手っくそな嘘ついてるからだろ?」
「なっ?!」
「第一馬鹿が風邪引くわけねえだろ」
「誰が馬鹿じゃぁい!」
「いでっ!」
スコーンっと頭をはたかれる。
痛いけど…まあいつもよりマシだなって思うとこがもう末期なんだろうな…
「つーか、あんま騒がねえ方が良いんじゃねえの?お袋さん、体調悪いんだろ?」
「なんで…?」
俺がそれに気づいていることを知って心底驚いたような顔をする。
「なんでもなにも…お前が練習休んでまで仮病使う理由なんてそれくらいだろ?」
「う…」
バツの悪そうな顔をして俯くユイの頭に手を置く。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえずお袋さんの様子見させてくれ。な?」
「……はい」
お袋さんの部屋へと入り、様子を伺うと、確かにかなり体調が悪いようで、いつもの朗らかな笑顔は消え、苦痛に顔を歪ませていた。
入ってきた俺に気づくこともなく、息を荒げる姿は、見ているのも辛くなるほどのものだった。
今日は学校を休んでいたらしいユイが既にあらかたの対処を施していて、それでもこれだけ辛そうにしている。
その事実を自分の目で確認して、ようやく俺はユイのお袋さんの身体が悪いんだと実感した。
言葉を失って立ち尽くす俺を見て、ユイが「しばらくはやることもないんで、隣のあたしの部屋に行きましょう」と声をかけられ、言う通りにユイの部屋へと移動した。
ユイの部屋は、意外とファンシーな感じで、もし今日じゃなく普通に遊びに来ていたのなら、茶化したりしていたかもしれない。
けど、今はとてもじゃないけどそんな気分にはなれなかった。
「先輩…すみません」
「え、何が?」
「お母さんの体調…黙ってて…それに、嘘も…」
しゅんとして、普段の勝ち気な態度も鳴りを潜めているその様子に胸が痛む。
「いや…お前が嘘ついたのは俺がこうなるって分かってたからだろ?」
投げ掛けた問いに、返事は無かったけど、沈黙を肯定と受けとっておく。
「俺の方こそ、頼りなくて悪い…」
もっとコイツを助けてやれると思ってた。
覚悟もしてたつもりだった。
だけど現実は立ち尽くすだけしか出来なくて…
「そ、そんなことないですよ!」
「いや、でもよ…」
「あたし、ひなっち先輩が上がってきてくれた時、本当はすっごく安心したんです。お母さんがここまで体調悪くなるの、ちょっと久しぶりで…朝から不安で…」
今朝のことを思い出しているのか、胸に当てている両手は微かに震えていた。
「お母さんはあの通り、話せなくて、こんなに会話しないのも…なんだか久しぶりで…」
「ユイ…」
「本当はね、ひなっち先輩がインターホン鳴らした時…泣いて頼っちゃいそうだったんだ」
えへへ、と照れ隠しするみたいに笑うユイの額にデコピンする。
「いたっ、なにするんすかぁ!?」
「アホか、頼れよ!確かに…俺はなんも出来なかったけどよ、なんつーか……」
この先を言うのは若干躊躇ってしまう。
こんな臭いこと言うなんて、柄じゃねえんだけど…
それでも、決心して言葉を続ける。
「側にくらい…居てやんよ」
言ってる自分の顔が赤くなってくのが分かる。
あー!臭え!馬鹿なのか俺はぁ?!なんでこんなこと口走ったんだ過去の俺ぇ!?ホワァーイ?!
ユイもきっとドン引いてんだろうな…と逸らしてた目線を戻すと…
「~~~~~っ?!」
多分俺よりも顔を真っ赤にして、目をぐるぐると回していた。
「ゆ、ユイ?!」
「ちょ~~っと~~?!お、お茶いれてきますぅ?!」
バタン!と、乱暴な音を立てて部屋から飛び出していった。
な、なんだ…?
あんな反応見せられたら一周回ってこっちが冷静になってきた。
……まあ冷静になったらなったでさっきの自分を殺したくなって地獄だけどさ…
「……あ、そういや皆に今日行けねえって言っとかねえと」
そんな結構大事なことに今更気がついてスマホをポケットから取り出し、球技大会のグループの画面を開く。
『わり、今日俺とユイ行けねえ!(>_<)』
と、送っておく。
「これでよし、と」
目的を終えて、ポケットに戻そうとしたら、ポロン、と音が鳴った。
返事早えな…と思いメッセージを確認すると…
『避妊はしっかりしろよな(´ 3`)』
と、書いてあった。
「んなわけあるかぁ!?」
すぐさま『なんでそんな発想になんの?!ホワァーイ?!』と返す。
しかし…
『いやだって…なぁ…?』
『ああ…』
『だな…』
と、すぐさま連係攻撃を受けてしまう。
コイツら面白がってやがんなぁ…?!
『うるせえ!とにかくそんなんじゃねえからお前らちゃんと練習しとけよな!』
と、返信して通知をオフにして画面を閉じる。
言い逃げになるけど、良いだろこれくらい。
ったく、アイツらめ…ガルデモの奴らがいたら大人しいくせに、見られねえと思った途端これだもんなぁ…
ガルデモの奴らも招待しとこうかな…
「ひ、ひなっち先輩…?」
そんなことを考えていると、ドアを少しだけ開け、顔だけひょっこりと覗かせてユイが声をかけてきた。
その顔を見る限りひとまず落ち着いたっぽい。
「な、なんだよ?早く入れよ自分の部屋なのに」
「で、ですよね分かってますよ!」
威勢が良いのは台詞だけで、カチンコチンのまま俺にお茶を差し出してクッションの上に正座した。
…正直やりづらいことこの上ない。
「えっとなぁ…ユイ」
「は、はい!」
「さっきの話なんだけど――「わ、分かってます!」
「……は?」
分かってます…って、何がだ?
「え、えっと!気持ちは嬉しいですよ?!で、でもまだ決められないというか…少し待って欲しいというか…」
気持ちは嬉しいってのは分かるけど…決められないってなんだ…?
しかも待って欲しい?何をだ…?
「ひなっち先輩があたしのことそんな風に思ってたなんて気づかなくて…で、でも確かにそうでもないと初めからこんな風に手助けなんてしてくれないですよね…鈍くてすみませんでした!」
いかん…よくわかんねえけど果てしない誤解が生まれてる気がする…!
「ちょぉっと待てぃ!」
「は、はい!?」
「あのな…多分だけどユイ、お前は何か誤解してる」
「誤解…?」
そんな何を…?って顔されても俺もよく分かってないから困るんだが…
いや、とにかく俺の正直な気持ちを伝えりゃ大丈夫だ!
………多分。
「俺はだな、純粋にお前の力になってやりてえと思ってるだけなんだ!」
「…わ、分かってますよ…恥ずかしいからそんな真正面から言わないで下さいよ…」
照れて目を逸らしながらまんざらでもない顔をしてる。
……誤解解けてんのかこれ?
いや、念には念をだ…!
「えっとなぁ…側にいてやるってのはだな、お前が不安ならそれをちょっとでも軽くしてやりてえって思ったからでだな…」
「だ、だから分かってますから!!ひなっち先輩の…その…気持ちは…」
「気持ち…?」
さっきから言ってるけど、その気持ちってなんなんだ…?
「だから!……好き…なんだよね?あたしのこと…」
スキ?
鋤き?
隙?
あー…好き……………
「ちっげぇぇよ!!?」
あっぶねー!誤解にも程あんだろなんだそれ?!
「え?」
「え?じゃねぇぇぇ!!」
何言ってるか分からないとでも言いたげに首を傾げるユイに盛大にツッコむ。
「何がどうなってそうなったんだぁ?!」
「だってひなっち先輩、一生あたしの側にいてやるって言ったもん!」
「言ってねえよ!」
勝手にすげえ重い言葉つけ足すなよ!
「俺は、こういう不安な時くらいっつー意味で言ったんだ!」
「なっ………ま、紛らわしい言い方しないで下さいよ!!」
「お前が脳内で一言付け足したからだろうが!」
「そ、それは……」
ユイも自分が悪いって自覚があるんだろう。言葉に詰まって俯いてしまう。
……これ、なんか声かけてやるべきなのか…?
いやでも…俺がもしユイの立場だったら、かなり恥ずかしいしなぁ……
と、頭を悩ましていると、はぁ~!とユイが大きく息を吐き出した。
「良かったぁ~…」
「あん?」
「こういう言い方もどうかと思うんですけど…ひなっち先輩の告白が誤解で安心しました」
「フって気まずくならなくて済んだってか?」
中々に癪な言われ方だったので煽るように言い返す。
しかしユイは笑顔で2度首を横に振る。
「振る振らないはまだ決めてなかったから分かんないけど、ひなっち先輩が下心であたしを助けてくれたって分かったら…多分あたし傷ついたと思うんだ」
「は?なんで?」
「上手く言えないけど…裏切られた感じっていうか?」
「ん?おう…」
とりあえず相づちは打ったものの、あんまりピンとこない。
それを察したようで、ユイがさらに言葉を重ねる。
「今までこんなにあたしのことを気にかけてくれる人っていなかったから、ひなっち先輩は大袈裟に言うと、あたしにとって急に現れたヒーローみたいなものだったんだ」
「ヒーローって…」
突然の言われ慣れない言葉に背中がむず痒くなる。
「あくまでも大袈裟になんであんまり調子乗らないで下さいね」
「……はいはい」
すぐさまむず痒さが収まった。
いや、もうちょっとくらい泳がせてくれてもよくね?
「それでですね、ヒーローってやっぱり見返りを求めないものじゃないっすか?」
「まあ、そうだな」
「だからもしあたしのことが好きで助けてくれたんだったら、ヒーローに見返りを要求されたみたいに感じちゃってたかもです」
「ふーん…」
ヒーロー…か。
全くもって柄じゃねえし、ヒーローなんて言われたらむず痒くもなるけど…
「分かった」
「何がです?」
「俺がヒーローになってやんよ」
1拍間が空いて、ユイがぷっ、と吹き出した。
「なんですかそれ?あんまり調子乗らないで下さいって言ったじゃないすか」
「ばぁか。こっちは限りなく下手に出てやるってんだよ」
「?ひなっち先輩頭大丈夫ですか?」
お前には言われたくねえが…まあいいか。
確かにかなり頭のわいたようなことを今から言おうとしてるしな。
「俺はお前にぜってぇ見返りを求めない。今後一切だ」
「は、はぁ」
いきなりの宣言に戸惑ったように頷く。
しかしそれに構うことなく俺は宣言を続ける。
「そんで、お前の言うことはなんでもきいてやる。まあ、俺の出来る限りでだけどな」
「そんなの、ひなっち先輩になんの得もないですよ?分かってます?馬鹿だから分かってなかったりしてません?」
「アホか!それくらい分かってるっつーの!」
「じゃあなんで…」
その問いかけに対して、俺は答えを持っていなかった。
今までの言葉だって、なんかそう思ったから言っただけで、要はただの思い付きって感じで、理由がなかったからだ。
「わかんねぇ」
だから俺はまたしても思っていることをそのまま口にする。
「わかんねぇって…意味わかんないですよひなっち先輩」
そんな俺を呆れたように見つめるユイ。
馬鹿に馬鹿を見るような目で見られるのは癪だけど、こうなりゃ最高に馬鹿になってやる。
「いいんだよ。理由なんて無くても人を助けんのがヒーロー…なんだろ?」
「確かにそう言いましたけど」
「だったら俺はお前専用のヒーローだ。頼れ」
「…………専用…」
「これならがっかりしねえだろ?」
「そりゃ…そうですけど」
未だ俺の謎の宣言に戸惑うユイ。
気持ちは分かる。
かなり濃い時間を過ごしているって言ったって、まだ出会って1週間程だ。
そんな奴のこんな申し出をすぐに受け入れられたら逆に心配になる。
でも、そんな考えとは裏腹に、信じて欲しいと思ってしまう。
だから俺は、出来る限りユイの困惑を晴らすために笑う。
「ユイ、今すぐ信用しろなんて言わねえ。でも俺は嘘はついてねえ。それだけは誓う」
「は、はい」
「だから、もし今少しでも俺のことを信じられるんなら…」
小指を立てて、手を差し出す。
「指切りしようぜ」
「指…切り?」
一瞬きょとんとして、すぐに吹き出す。
あはは、とひとしきり笑ってから口を開く。
「そんなの子どものおまじないだよ?」
「だから良いんじゃねえか。俺への期待も信用も、子どものおまじないレベルに設定しとけ。今はな」
「なるほど…じゃあ、はい!」
同じように小指を立てた手を差し出す。
「指切りしよ!」
「おう!」
お互いの小指を絡ませ、例のちょっと内容の怖い唄を歌い、指を離す。
「じゃあ、これからはお前のヒーローだ」
「子どものお遊び程度のね」
「上等さ、で、何か頼ることねえか?」
「早速ですか?」
うーん…と唸って、ちらっと時計を確認すると、ポンと手を打った。
「そろそろお母さんの晩ご飯を用意するんで、手伝ってもらえます?」
「お安いごようだぜ」
その後、二人で他愛もない話をしながらお粥を作った。
慣れない料理に若干邪魔になりつつだったけど、ユイは楽しそうにしてくれてたと思う。
お粥を完成させた後、お袋さんの様子を見に行くと、俺が初めに来たときよりは穏やかに眠っていた。
そしてお袋さんが眠ってしまっているので、作ったお粥は起きてから食べてもらうことにして、またユイの部屋で馬鹿な話ばかりしていた。
やれ、お前の捕球の仕方がなってないだの。
やれ、ホワイが口癖なんて何人なんだだの。
ちょっとした喧嘩みたいで、だけどお互い笑顔。そんな会話だった。
ユイは心底楽しそうにしていて、俺も励ます目的とかそんなの忘れて楽しんでた。
しかし不意に時計を確認したユイがこう切り出した。
「…もう10時過ぎちゃいましたね。そろそろ解散しましょうか」
「え?親父さんが帰ってくるまで全然大丈夫だぜ?」
「大丈夫大丈夫!もうお父さんも帰ってくるから!ひなっち先輩の家族も心配するでしょうし」
「そんなこたねえと思うけど…」
明らかにユイの様子がおかしくなったことは分かる。
でもこういう時のユイは、ここから先に踏みいられたくないと思っている時だってことは、もう分かる。
今の俺への信用度では足りてないだ。
「…でも、そっか。すぐに帰ってくんなら大丈夫か」
「は、はい!大丈夫ですよ!」
それが分かっていて食い下がれば、ユイが困るだけなのは明白。
俺は引き下がらずを得なくなった。
俺も腹減ったしな~、なんてそれっぽい台詞を吐きながら、ユイと共に玄関へ向かう。
扉を開け、家の外へ足を踏み出して…止めた。
「先輩?」
食い下がれば、ユイが困る。
それは分かってる。
だから…一言だけ…
「何かあったら頼れ」
「せんぱ…」
何か言おうとしたユイの言葉を遮るように、乱暴に頭を撫でた。
「また明日な!」
そして言い逃げるように、帰路についた。
明日には治ってるといいな…
「と、そういやグループどうなってんだろ?」
今さらそんなことを思いだし、LI○Eを開くと…
通知154…?!
何をそんな話してたのか頭から読んでいくと…
「なんだこりゃあ…!?」
目を覆いたくなるような下ネタと、途中から本気で俺とユイがそういう感じになってるんじゃないかと焦りだした非リア充たちの罵声が永遠と書き連ねられていた。
「……………」
……ガルデモ招待しとこ。
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