「おいこら野田てめえ!取りすぎだろうが!」
「知るか!これはゆりっぺに捧げるのだ!」
「いらないわよ」
「そんなぁ~…!」
「つーか藤巻、お菓子取られただけでキレるとか器ちっさ」
「んだとひさ子ぉ?!」
「ほら音無、これ上手いぜ。食ってみろよ」
「いや、あーんしなくていい…自分で食うから…やっぱお前…」
「違いますからぁ!!」
「やっぱりポテチは美味しいね」
「そうですね山ちゃん。せやけど関西だし醤油味がないのはどういうことやねん!納得いかんわ~!」
「うどんがない…」
「歓迎会にうどんがあるわけないでしょう」
「そんなことないよな柴崎?!」
「いやねえだろ普通」
最初はどう輪に加わればいいのかすら悩んでいたはずなのに、いつの間にかこの場所に馴染んでしまっている自分がいた。
この中のほとんどのやつが話したこともないやつだというのに。
人付き合いが得意ではないはずの俺が、自然とここに加われている。
あんなに嫌がっていたのが嘘のように楽しい。
それはまるで、昔からの友人たちと遊んでいるような、そんな感覚。
不思議だ…
きっと遊佐もそう感じているんじゃないだろうか。
相変わらず表情は変わらないけど、楽しそうにしている。
中学の頃以来だな…遊佐が俺と悠以外のやつと居て楽しそうにしてるのを見るのは。
この時間がいつまでも続けばいい。
そう思ってしまいそうになるほどに安らかな時間。
しかしそんな時間ほど長くは続かない。
「さて、もう下校時間だし帰りましょうか」
仲村がそう言う頃にはもう辺りは夕焼け色に染まっていた。
直に日が落ちて暗くなっていくだろう。
皆は仲村の言葉にそれぞれ了解の返事をして帰り支度を始める。
そっか、もう終わりか…
「なんだ柴崎、ボーッとして。帰んねえの?」
ここにいる楽しさの余韻に浸って動けずにいると、怪訝に思った日向に声をかけられる。
「ああいや、帰るよ。ちょっと考え事してただけだ」
「そっか、じゃあまた明日な!」
心配ないという旨の言葉を返すと、人の良さそうな笑顔を浮かべて音無を連れて部室を後にした。
「んじゃ帰るわ」
「あ、待ってよ僕も」
「私もです私もです」
それに連鎖するように次々と部室を去っていく。
「岩沢ー、帰ろうぜ」
「ちょっと待ってひさ子さん」
「なんだよ?」
ひさ子が岩沢を連れて帰ろうとするのを遮る仲村。
「岩沢さんは柴崎くんに送らせるわ」
「え?!俺か?!」
「本当かゆり?!」
唐突な指名に思わず声を上げてしまう。
岩沢なんて仲村に掴みかかりそうな勢いで何度も本当かと訊いている始末だ。
もしかして二人きりになる時間ってこれのことなのか?
だとしたらあまりにも突然すぎる。まだ心の準備もしていないのに。
「え、なんで?」
ひさ子は意味の分からない仲村の申し出に怪訝な表情を浮かべている。
「もう日も落ちるし女子だけじゃ危ないじゃない」
「いや、じゃああたしは?」
「今から先に行った藤巻くんたちに追い付いて送ってもらって」
「はぁ?!嫌だよ藤巻なんて!アイツ男のくせにだらしねえし!」
どうやらひさ子は藤巻のことが嫌いなようだ。
確かにお互い気の強そうな二人では中々反りが合わないかもしれない。
「今日だけ。ね、お願いひさ子さん」
手を合わせてお願いする仲村に困ったように頭を掻いている。
「はぁ…今日だけだぞ…」
「ありがとね」
「いいよ。じゃあ追い付かなきゃいけないし、あたしはもう行くよ。また明日な」
そう言って小走りで部室を出ていった。
「さて、じゃあ岩沢さんと柴崎くんも帰りなさい。本当に暗くなっちゃうわ」
「え…あ、ああ…」
「さ、行こうぜ!」
「ちょ、引っ張るな…」
突然のことで一瞬何が起きたのか分からなかった。
だから今起きたことをありのまま説明する。
まだ岩沢と二人きりになって謝るための心の準備が出来ていない俺がぐずぐずしていると岩沢が俺の腕を掴んでグイグイと引っ張ってきた。
すると、その腕を遊佐が引き剥がした。
「…遊佐?」
「嫌がっていたので」
いきなりのことにあっけに取られて固まってしまう岩沢。
しかし遊佐は特別なことなど何もしていないというようにいつもの無表情だ。
…いや待てよ。嫌がってたからとかお前が言うの?
「…遊佐さん」
一瞬の沈黙が生まれ、どこかピリピリとした空気が流れ出した時、仲村が静かに呼び掛けた。
「あなたには話があるから残りなさい」
「…私は一人で帰れということでしょうか?」
「あなたはあたしの家の車で送るわよ」
「なら岩沢さんもひさ子さんもそれで良かったのでは?」
「いいから!」
数回の問答を経た後、苛立ちを隠さずに仲村は叫んだ。
そして、もう1度小さな声で、いいから、と繰り返す。
「今日は言うことを聞いて」
「…了解しました」
…なんなんだ、この空気は?
仲村が俺のために岩沢と二人にしてくれようとしてるのは分かる。
でも何で遊佐が岩沢の手を引き剥がしたり仲村に何回も逆らったりする?
しかも仲村はそれに対してここまで怒る理由も分からない。
思い通りに行動しないからか?でも今日の仲村を見たところ、そんなことで怒るほどに器量の無い奴じゃなさそうだった。
…それに、今の仲村からは苛立ちとかそういうのとは別の感情が隠されてるような気がする。
「柴崎くん」
「お、おう。なんだ?」
沈黙の中急に呼び掛けられ、返事が詰まる。
「…早く帰りなさい」
「…分かった、じゃあまたな。ほら行くぞ」
「待てよ柴崎!」
「…ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
柴崎さんと岩沢さんが出ていくとすぐにそう謝ってくるゆりっぺさん。
さっきまでの気丈な態度とは打って変わり、右手で左肘に手をやりまるで自分を抱き締めているようにしている姿は恐ろしく頼りなかった。
…そんな姿を見たかったわけではなかったのですが…
「気にしないでください。慣れていますから」
―――それに分かっていますから。
とは、言いたくなかった。
それを口にすれば諦めることになってしまいそうで。
目を閉じれば瞼の裏に鮮明に映し出される彼。
此処でも私の心に圧倒的な熱量をくれた彼。
『俺は、どんな笑美でも嫌いになったりしない』
――諦めたくない理由をくれた。
それだけで、頑張れる。
「明日からは今日みたいに譲らなくても良いんですよね?」
「ええ、あたしは別に遊佐さんを邪魔したいわけではないわ。…ただ、今日は柴崎くんとの約束があったから仕方がなかったの」
「了解です。それだけ聞ければ満足です」
だから諦めない。
例えあの二人が結ばれる運命なのだとしても、最後まで、決して。
「自転車あるなら2人乗りしようぜ。後ろから抱きつけるし!ああでもそれじゃあ帰る時間が短くなる!?」
「柴崎!腕組んでいい?!あ、手は?手は繋いでいいか?!」
「あ、なああそこのファミレス入らないか?パフェ食おうぜ!二人であーんって!」
「なぁ、折角二人きりなんだしもっと話そうぜ?何が知りたい?スリーサイズか?」
ゆりにセッティングされて二人で帰る道中、何かと思い付いては脊髄反射でものを言ってくる岩沢に俺は上の空で返事をしていた。
駄目、無理、いらんなどなど。
いつもよりもかなり冷たいあしらい方になってしまっていると思う。
だが上の空になるのも無理からぬことだとも思う。
岩沢にどう昨日のことを切り出したものかと頭を捻らなければいけないのだから。
俺は決して口の上手い方ではない。むしろ口下手だ。
遊佐や悠みたいにペラペラと饒舌に会話をすることなんて到底出来やしない。
だから悩んだ。頭を使った。
でも、結局不器用な俺には上手い切り出し方なんて思い付かなかったんだ。
「あ、柴崎。ここあたしの家だ」
「何と?!」
だから考えてる間に目的地の岩沢の家まで着いてしまった。
岩沢が指したその場所は、極々一般的な2階建ての一軒家だった。
「ちぇ、楽しい時間ってのは本当に過ぎるのが早いな」
「あ、ちょっ…待ってくれ!」
家に着いて早々に話を畳もうとする岩沢の言葉を不格好になりながら止める。
くそ、さっきまでの切り出し方を考えてた時間が無駄になっちまった…!
「なに?」
「えっ、と…」
心ここにあらずだった俺が急に大声を出して遮ったことを訝しく思ったようで、不思議そうな顔で小首を傾げている。
けど止めたのは良いとして、その先はまだ何も考えてなかった。
どう話始めたら良いんだ?
昨日の放課後話したよな、か?
なんで何もなかったみたいにするんだ、か?
いや、こんなのどれも岩沢を責めてるみたいじゃないか。
そんなんじゃないんだよ…俺は…俺が言いたいのは…
「柴崎、大丈夫か?」
「え?」
考えすぎて黙りこくってしまったところに声をかけられてハッとする。
「なんか、すごく辛そうだ」
そう言う岩沢の顔は、本当に心配してるのが伝わってくる。
凛々しく整っている眉毛が頼りなく下を向き、それに合わせるように切れ長の目もいつものような力強い目付きではなくなっている。
なんで俺は謝らなきゃいけない相手にこんな顔させちまってんだ…!
「ふん!」
「ちょ、ちょっと柴崎?!」
不甲斐ない自分に喝を入れるために頬を両側から思いきりひっぱたく。
痛え…
けど、迷いは吹っ切れた。
俺は出来るだけ誠意が伝わるよう、深く頭を下げる。
「昨日はごめん!!」
「き、のう…?」
「ああそうだ!昨日、急にお前に当たっちまって悪かった!」
「ちょっと、柴崎…な、何言ってんのさ…?昨日なんて…」
頭を下げていて顔は見えない。
だけど岩沢が明らかに嘘をついていて、狼狽えているのは声でわかる。
「なかったことにしないでくれ!」
「なんの…ことだよ…?」
「お前と二人で話したこともお前が俺が笑っただけで嬉しくて泣いたことも、昨日のこと全部!」
「なんで…?」
なんで、と訊いてる時点でもう昨日のことを認めているのだが、そんな揚げ足とりをするつもりは毛頭ない。
俺はただ俺のあるがまま思ったことを伝える。
「分かんねえ!」
「分からないって…」
「分かんねえ、けど…嬉しかったんだ!俺が笑った、それだけで泣くほど喜んでくれたのが!それにあんなに普通に話せたことが!…それを、なかったことになんかしたくない!」
一気に言い切って、岩沢の言葉を待つ。
しかし、一向に言葉が返ってこない。
不安になって顔を上げると――
「うっ、く…ぅぅ…」
岩沢はまた泣いていた。
「な、何でそこで泣く?!」
「だって…!昨日柴崎めちゃくちゃ怒ってたから…嫌われたと、思って…なのに、嬉しかったって…」
「それは…だから…」
ぐすぐすと鼻をすすりながら泣きじゃくる岩沢を前にしてどうしたものかと頭を掻く。
「…悪かった」
ポン、と岩沢の頭に手を置く。
特にこうしようと思ったわけではなかった。
だけど、泣いてる岩沢の姿を見たら無意識に手が出てしまっていた。
そのまま数回ポンポンと優しく叩く。
「嫌ってないから、泣き止め」
「…うん」
そう言って何度も目を擦る岩沢の姿は、なんだかどこかの小動物みたいで、えらく可愛く思えた。
「泣き止んだか?」
「ああ、もう大丈夫だ!」
その後泣き止むまで頭をポンポンし続け、ようやく涙が収まったらしく手を離した。
「じゃあ、その…なんだ。とにかく昨日のことをなかったことにするのは無しだ。分かったな?」
「分かった!」
「よし、だから明日からは…」
明日からは昨日の放課後みたいに普通に話そう。
そう言おうと思っていたのだ。
そうすればこれから普通に仲良くやっていけると思って。
しかし、コイツは、岩沢雅美という女は俺の考えなんて超越していたのだ。
「分かってる!柴崎もあたしのこと好きなんだもんな!明日からは恋人だ!!」
「……ん?」
聞き間違いか?今恋人だとかなんとか言っていた気がする。
「今、なんだって?」
「明日からは恋人だ」
聞き間違いではなかった。
ガッツリ恋人だと言っていた。
「な、何でそんな思考に至った?」
「あたしが泣いて嬉しかったんだろ?それであたしのこと嫌いじゃないって言ったし、なら好きなんだろ?」
「………………」
あまりの飛躍的思考に絶句してしまう。
その沈黙を肯定に受け取ったのか、岩沢はニコニコと嬉しそうに笑っている。
岩沢が犬ならさぞ盛大に尻尾を振っていることだろう。
「じゃあまた明日な。あ、そうだ。はい、付き合った記念にキス」
目を瞑ってぐっと唇をつきだしてくる。
「……あるか…」
「ん?蒼?」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
やっぱりコイツは苦手だ。
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