「皆、またしてもあたしたちの中から青春への第一歩を踏み出した者たちが現れたわ!」
突然に行われるこんな宣言にも、まあいい加減になれてきた。
それに、今回に関しては大体見当もついている。
「じゃあ、二人とも前に」
「ちっ…恥ずいことさせんなよ…」
「はいはい…あたしだって恥ずかしいんだからさっさと行くよ」
ゆりに促されて出てきたのは予想通りの二人。
ひさ子と藤巻だった。
周りの何人かはかなり度肝を抜かれているが、ひさ子の気持ちを知っていた俺にとってはただただ良かったという感想しか出てこない。
「俺たち…まあ、付き合うことになったから」
「へへ…」
「ちょ、ちょちょちょちょーっと待ったぁ!え?お前らあんないがみ合ってたじゃん?!どっからそうなってんの?!ホワァーイ!?」
「どっから…って…」
「元から…だよな、結局」
その回答に日向は呆然としているが、この間のひさ子を護っていた藤巻の姿から既に予想していた俺はやはりという感じだ。
まあ元からっていうのはちょっと驚いたけど。
「も、元からって…あ、あんなに仲悪そうにしてたのにか?!こっちがどんだけ気ぃ使ってたことか?!」
「落ち着けよ日向。まず二人のことを祝うのが先だろ?」
やけに二人に噛みつく日向を音無が宥めに入る。
いや、しかしなんでこんなに……も、もしかして日向はひさ子のことが…!
「そ、そりゃそうだけど…でもよぉ!独り身としてやっぱり悔しいってのもあるだろ?!」
「いやねえよ…」
……すごい下らない理由だった。
「へん!音無も最近は奏ちゃんとイチャイチャしてるもんなぁ!そんな奴に俺の気持ちが分かるか!」
「え、音無、奏ちゃんと付き合ってんのか?」
「ち、違う違う!あくまで家庭教師をしてるだけで……まあいずれはそういうこともあればいいなとは…」
「ほーらみろ!この部でそういうの無いの俺だけだぜ!俺だって青春してえよー!」
この部の他の全員が恋愛沙汰に巻き込まれているというのも驚きだが、しかしこの発言はそんなことよりも気になる事由を生むことになる。
ちらりと、ゆりの方を見る。
………既に、踏み切っていた。
「勝手にしてろやぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐほぉぉぉぉ!!?」
それはそれは、綺麗なドロップキックでした。
自分の好意に気付かないあげくに青春をしたいと宣う鈍感男への鬱憤、怒り、そのようなものを全てぶつけた素晴らしいという一言しか思い浮かばない見事な蹴りでした。
「なんで俺ばっかこんな目にあってんだよ!?ホワァーイ?!」
しかしそんな怨念めいたものが込められてるとは露にも思っていない日向はいつものごとく、平然と立ち上がって両手を広げていた。
まあこれ以上ゆりの苛々が募るとどうなるか後が怖いので、ここは俺が宥めることにする。
「まあまあ、そんなホワんなよ」
「ホワるってなんだよ?!」
「ホワァーイっていっつも言ってるじゃん。馬鹿みたいに」
あ、馬鹿か。
「ホワァーイ?!」
「な?」
「あ、本当だ…ってうるせぃ!口癖なんだから仕方ねえだろ!」
口癖ホワァーイってお前何人だよ。
実は帰国子女とかそういう無駄な裏設定じゃねえだろうな。
「そんな無駄な設定はありません」
「良かったぁ」
心を読んだ遊佐の補足を聞いて胸を撫で下ろす。
「ちょ…なんか分かんねえけどさっきから馬鹿とか無駄とかひどくね?」
「じゃあおまけに鈍感もつけてやる」
「……?そりゃお前じゃん」
「俺?いやいや、そりゃねえよ」
俺は今回ちゃんとひさ子たちのことも気づいてたし、鈍感なんて言われる筋合いがない。
「いやいや、結構やべえぜ?」
「それを言ったらお前だってかなり―――「うっさいわこの鈍らどもがぁぁぁ!!」
「「ごふっ」」
鈍感という不名誉を擦り付けあっていたら、ゆりからダブルラリアットをかまされた。
「く…くっそぉぉぉぉぉ!!覚えてろよぉぉぉ!!絶対青春してやっからなぁぁぁぁぁ!!!」
同じ攻撃を食らったのに、片や背中を打って悶絶し、片や捨て台詞を吐きながら元気に下校していった。
本当…アイツの体の構造がどうなってるのか不思議だぜ……
「さて、改めておめでとう。ひさ子さん、藤巻くん」
日向が帰っていったのを皮切りに、今日のところは部活を終えることにして、全員が出ていくのを確認してから、ゆりがそう言った。
「サンキュ。でもさ、未だに信じられないような体験だね、こんなの」
前世の記憶、それも死後の世界での日々の記憶を持っている…なんてな。
「そうね。でも、信じていたんでしょう?もう一度出逢って、こうして付き合うってことを」
「…ま、まあね」
「…たりめーだよ」
本気で信じていたからこそ、あそこをあの時に卒業することが出来たんだ。
ちょっと…照れくさいけど…
「で、さ…大体ゆりの説明でなんで記憶が戻ったのか、とかは理解できたんだけど」
「けど?」
「あの理屈だって言うんなら…なんで岩沢の記憶が戻ってるんだ?」
あたしの知る限りでは、関根も戻っていてもおかしくはない状況だけど…関根はあの別れた後にそういう関係になるに至った、って考えることは出来る…だけど…
すると、あたしの問いに、ゆりは少し苦い表情を浮かべ、口を開いた。
「岩沢さんは……――――――なの」
「……それって…岩沢は…」
「Foooo!!ひさ子はん藤巻はん、おめでとうございますー!」
ゆりの口から出た言葉は、すぐに飲み込めるようなものではなく、問いかける言葉を探している間に、ドーンと扉が派手に開けられた。
「あさはかなり」
「こ、今回は帰らなかったぞゆりっぺぇ!」
「藤巻くん!ひさ子さん!おめでとう!」
「ひさ子さぁん…!」
「ちょっと入江、泣くの早いって。ひさ子…おかえり」
TKを筆頭に、記憶の戻っているメンバー達がやって来た。
あたしは動揺を抑えて、皆に向き直った。
「ただいま、皆…ってのも、なんか変な感じだけどな」
「確かに。ずっと一緒には居たわけだからな」
今まず、皆ともう一度この記憶を持って再会できたことを喜びたい。
「でも、おかげで約束は果たせそうだ…またバンドやるってな」
これも今までだってやっていたのに、おかしな言い草かもしれないけど、こうなってはもう今までとは気持ちが違う。
より必死に、より熱心に、あたしたちの音を届けたい。
そう思う。
「ああ」
「うぅ…ひさ子さぁん…」
「泣くなっての…」
そんな風になられるとこっちまで感傷的になりそうになる。
でもまだそうなるには早い。
「あと二人、約束には足りないね」
「ああ」
「で、でもしおりんは…」
「分かってるよ。記憶がないだけで関根が関根なのは変わらない」
それでも、記憶が戻ってほしいと思う。
ちらっと、大山やTKたちと談笑している藤巻を見る。
記憶が戻るってことの全部がいいことじゃない。
前世の陰惨な記憶さえ、もう一度思い出してしまうのだから。
それでもあたしは思う。
藤巻にもう一度恋を出来たことが幸せだって。
「でも戻るさ、関根も。だって、アイツはあたしたちと同じだからな」
「…そうですね」
「ああ」
関根もきっと最後の最後までアイツのことを愛してたはずだ。
あたしと同じくらい。
だから戻る。こっちで巡りあったのは、そのためのはずだ。
ただ…だとすると…
「ユイは…どこにいるんだろうな」
「ユイ…」
あたしの独り言のような投げ掛けを聞いて、また入江の目が潤んできてしまう。
しまっ…
「入―――「近くにいるよ」
「え…?」
「ユイも近くにいる」
あたしの失言から生まれかけた悲しみが拭い去られる。
何をもってそう言ってるのかも分からないのに、不思議とその揺るがない目を見るだけで、芯の通った声を聴くだけで、心は平静を取り戻す。
「…多分」
「おい」
「あ、あはは…」
こういうのがなけりゃなぁ…
まあこういうところを含めて完璧なんだろ?と訊かれれば、勿論その通りなんだけど。
「でもさ、あたしたちは今四人こうやって集まってる。ユイはあそこでも後から入ったんだし、同じことは起こるかもしれないだろ?」
「ま、確かにな」
「えへへ、ですね」
あたしたちがここでまた出逢ったのは、偶然なんかじゃなく運命だとしたら……なんてな。
「そう考えると、日向が青春したいって言い出したこととか、次の行事とか、色々良い方向に向いてきてるかもね」
「次の行事?」
この文化祭の間に色々ありすぎてうっかりそんなことが頭から抜け落ちていた。
「球技大会ですね」
「しかも2年の男子は野球が種目にある」
「そ、そりゃあ…」
本当に運命じみて来てるな…おい…
感想、評価などお待ちしております
。