文化祭当日。
俺たちのクラスの出し物であるメイド執事喫茶は、中々に繁盛していた。
それもしょうがないことだろう。
うちのクラスには、岩沢、遊佐、ゆりと中身を除けば言うことなしの美人揃い。
更に、音無、日向、悠、と個性の違うイケメンも揃っている。
大山はイケメンという感じじゃないが、一定の層から受けがよくてこれまた繁盛するのに一役買っている。
俺?俺は厨房で料理していますよ。藤巻と共にね。
料理と言ってもホットケーキだとかサンドイッチだとか簡単なものだけで、俺たちでも全く問題はない。
しかし……
「いらっしゃいませ、ご主人様」
ざっくりと開いた胸元、短めのスカート、さらにニーソによって生み出される絶対領域。
そんなメイド服を身に纏う岩沢。
……なんかドキドキするな…
いや、これはきっとただの条件反射だ。
そりゃ美人があんな格好してりゃドキドキもするって。
なんなら遊佐を見たって思うよ。アイツだって色々成長してるからなぁ。
いやそもそもの話、このドキドキが岩沢の姿に対するものだとも決まってないしね?遊佐かもしれないし、ゆりかもしれないし。
つーか気のせいだな。そう、これは気のせいだ。
「柴崎くん!なんで執事やってないのさ!?」
「うおぅ?!」
完全に自分の世界にトリップしていたところに背後から呼び掛けられ思わず体ごと跳ねる。
「関根…なんでここに?」
「柴崎くんがいないからだよ!楽しみにしてたのにぃ~!」
何がそこまでさせるのかは分からないが、本当に悔しそうに地団駄を踏んでいる。
俺の執事姿見たってどうすんだよ…
「そんなこと岩沢に訊けよ。アイツが俺を厨房係にしたんだから」
「ちぃっ…!岩沢さんめ…まさか自分以外に見せないつもりか…?」
え?アイツそんなこと考えてたの?
ていうか別に岩沢にも見せるつもりはないんだけど…
「ま、まあいいか…で、用件はそれだけか?なら戻れ、邪魔くさい」
「ひっど!可愛い後輩がわざわざやって来てるのぃ!」
「頼んでねえよ…」
つーか、可愛い後輩ってんなら敬語を使え敬語を。
……まあ本当に使われたらちょっと傷ついちゃうけど。
「あとひさ子さんは?!」
「っ?!」
その名前が出た瞬間に心臓が嫌な風に跳ねる。
「ひさ子さんのボインメイドも見たかったのに~!」
そしてすぐに馬鹿な願望を耳にして正常に戻った。
そうだよな…言ってないんだから知るわけない。
「アイツは寝坊だ。ライブには間に合うように行くってさ」
「えぇ~!」
とりあえずそれらしい嘘をついてお茶を濁しておく。
そう、嘘だ。
ひさ子が居ない理由は別にある。
今日の朝、皆が最後の準備をしている間にゆりに岩沢と共に呼び出された。
場所は人のいない部室。
俺と岩沢が到着すると、時間がないと言ってすぐに話始めた。
『まず、ひさ子さんはクラスの出し物には参加せず、ライブの少し前に来るわ』
『ひさ子は大丈夫なのか?』
淡々と要点を話すゆりに我慢できず話の腰を折ることを承知で訊く。
『怪我のことだけを言っているのなら大丈夫ではないわね。昨日のままよ』
『それじゃあ…』
『でも今日のライブのことを言っているのなら、問題はない、はずよ』
ゆりの言っていることがよく分からず首を傾げる。
『詳しいことはひさ子さんからは口止めされてるの。終わってから本人にでも訊いてちょうだい』
『…分かった。続き頼む』
この言い方からして、絶対に口は割らないだろうと先を促す。
『合流したら多分そんなに間もなくライブになると思うけれど、決して動揺したりしないでね。関根さんや入江さんにバレてはダメよ』
『それは大丈夫。信じてるから』
ということは俺が下手な反応しちゃいけないわけだ。
『それで、ライブ中にMCを挟む予定だけど、これソロで煽るとかは無しにしてちょうだい。出来るだけ負担は軽減させて』
『了解。話すだけね』
『そして無事にライブが終わった後は関根さんと入江さんを連れてすぐに部室戻って』
『なんでだ?』
『ひさ子さんはそこで適当に理由をつけてはぐれて、そのままうちの経営してる病院に向かうから。最後まで心配かけたくない、だそうよ』
ひさ子らしい台詞だ…
つまり、とにかく隠し通してライブを終わらせなきゃいけないわけだ。
絶対変な反応なんかしない。神に誓っても。
そう誓ったはずなのに、さっき早々に破ってしまっていた。
ごめんね神様。
「ブーブー言ってないで席に戻れっての」
「嫌だよあんなとこ…」
「お前こっちが頑張って作った店のことを…」
「ち、違う違う!そうじゃなくて、あれ」
「ん?」
関根が指をさした場所には直井、音無、入江、大山がいた。
「ずーっとイチャイチャしててさ、あたしのことなんか構ってくれないもん」
ぷくーっと頬を膨らませて拗ねてみせる関根。
まあ確かに恋人同士が話してるところにいてもどんな顔してればいいかわかんねえか…
「だったら直井に相手してもらえよ」
「だから直井くんが音無先輩とイチャイチャしてるからつまんないんだってば!」
「え?そっち?」
しかもイチャイチャって…あれ男同士じゃねえか。
「みゆきちと大山先輩のは慣れてるもん!」
「だったら直井と音無のも慣れてるだろ」
そもそも直井と音無の光景の方が始まった期間は長いだろうが。
あとあれどう見てもイチャイチャしてねえよ。むしろ困ってるよ音無。
「さ、最近はちょっと事情が変わったんだよ」
「なんの事情だよ、懐事情か?」
「違うよ!あたしの懐事情はいつもピンチだよ!」
「悪いこと聞いたな…ここは俺の奢りでいいから…」
「ちょっと!冗談だからその憐れみの視線やめて!」
こっちだって冗談だわ。誰が奢るか。むしろ奢れ。
「柴崎くん、ホットケーキとオレンジジュースお願い」
「了解。藤巻ジュース頼んだ」
「おう」
「無視しないでぇ~」
「離れろ危ねえな!」
フロアから注文が入り作業を始めようとしたら関根が腰にしがみついてきやがった。
ホットプレートとはいえ、一応火器が近くにある状態では危ないのですぐに離れさせてついでに正座させておく。
「あのな、お前手を火傷でもしたらどうすんだよ?ライブもあんのに」
「大丈夫だよ~そんなドジしないってば」
確かにそうそうそんなドジはしないだろうが、昨日のひさ子のこともあるので、さらに言い募る。
「それでもだ。そんな可能性のあることやめろっての」
「信用ないなぁ。まあでも分かった、分かりましたよ。このしおりん神に誓ってもうふざけません」
うわぁ…破りそー…さっきそう誓って破った奴いたもんな~…俺だけど。
「よーしよし、いい子だな~ほら、じゃあ戻りなさい」
「うん!……って、おーい!」
素直に帰っていったので、しめしめと思っていたら粋なノリツッコミを披露しながら戻ってきやがった。
「よし、ホットケーキ一丁出来上がり。持ってってくれ」
「はーい」
「え、ノリツッコミまでしたのに放置?」
「あん?まだいたのかよ?」
知ってたけど。
「ひーどーいー!!」
「はいはい、今は注文ねえから話聞いてやるっての…」
なんで俺がこんな子守りみたいなことをしなきゃならんのだ…
「柴崎さん!僕に何か手伝えることはありませんか?!」
そうため息をついていると、直井が大声を出しながらこちらへやって来た。
………面倒見なきゃいけないのが増えやがった。
「あるぞー、このバカの相手してやってくれ」
無理を承知で押しつけようと試みる。
「あ、相手してー…」
…………?
「……なんか貴様変じゃないか?」
あまりにもストレートかつ失礼な言い方だがまさに直井の言う通り。
さっきまでの元気などどこへやら。いやにしおらしく、まるで照れているかのように顔も赤い。
怪しい。
怪しくて、異なっている。
「怪異か?!」
「違うよ柴漬けくん!」
「俺の名前を京都の伝統的な漬け物みたいに言うな!ってやっぱり怪異じゃないか!?」
ツインテで、大きなリュックサックを背負ったあの怪異じゃないか!
「怪異…?」
「な、なんでもない…」
一人要領を得ず首を傾げていた直井を見て、またすぐさま勢いを無くす。
なんだコイツ……?
「まあいいや、なんでこっち来たんだ?」
「音無さんが柴崎さんの手伝いをしたらどうだ?と、仰られたので!」
押しつけやがったなあの野郎…!
まあ、ほんの数分前に俺も関根をコイツに押しつけようとしてたし、人のことを言えた義理じゃないが。
「また音無さん音無さんってぇ……」
「ん?なんだ貴様?言いたいことがあるならはっきり言え」
「別にー」
「貴様…なんだその腹の立つ顔は…?」
「は…腹の立つ顔ぉ…?!」
あら?やだ何?喧嘩?喧嘩なの?
「ちょちょちょ、ストップ!」
今にも喧嘩でもしそうな雰囲気だったので間に割って入る。
「なんなのお前ら?ここに来たのは営業妨害のためなの?」
「ち、違いますよ!」
「だよな、なら一旦落ち着け。ステイだ」
なんかぴゅーぴゅー吹けもしない口笛やろうとしてるけどお前もだぞ金髪。
「つーか、関根…お前ついこないだまでこんなの笑い飛ばしてなかったっけ?」
俺の記憶が確かならこんな程度の暴言ならむしろ爆笑してた気がするけど。
……いや、そっちの方がおかしいか、普通。
「だって…直井くんにはそういうこと言われたくなくなったんだもん」
「関根…お前……」
不貞腐れて唇を突き出しながらそう言う関根に、俺の予感が確信に変わった。
「そんなに直井のことが嫌いに…?」
「あなたそれ本気で言ってるの…?」
「ゆり」
いきなりやって来たゆりが何故かものすごく呆れたような顔をしている。
本気も何も…それ以外ないんじゃ?
「あなたのそれ、自分にだけなのかと思ったらそういうわけでもないのね…」
「それ?」
「いいのよ、気にしないで。わざとやってるわけじゃないことが分かればどうでもいいわ」
わざわざ気になるような言い方をしているのはゆりの方だと思うんだが。
「そろそろライブの時間も近いし、一旦部室に行くわよ。早く引き継ぎしておいて」
「あ、ああ…」
結局“それ”とやらはうやむやのまま俺たちは部室へと向かうことになった。
「よっ、悪いな遅刻して」
「ひさ子!」
ガルデモとマネージャー組で部室に入ると、そこには丈の短い鮮やかな紫色の浴衣を着たひさ子がいた。
目立つ腫れの残っているであろう左手にはリストバンドがしてあった。
「ひさ子さ~ん、大事な日に遅刻って…それじゃ先が思いやられますよぉ…」
「はっはー、このあとライブじゃなけりゃぶっ飛ばしてんだけどなぁー」
やれやれ…とわざとらしく呆れた素振りをする関根に、全く目の笑ってない笑顔を向けるひさ子。
「ていうか、なんです?その浴衣」
「ああ、今日の衣装だとさ。ちょっとでも目立つために、らしいぜ?」
そう言いながら親指でゆりの方をさす。
要するにゆりのアイデアってことか。
「こんなの必要?あたしたちの歌だけじゃ駄目なの?」
「そんなことないわよ。ガルデモの歌は最高。でももっと可能性は上げておきたいでしょ?」
「…まあ、そこらへんはゆりに任せてるし、ひさ子も納得してるんならいい」
一瞬ひりついた空気が流れたが、ことなきをえたようだ。
「で、ですね!これ可愛いですし!うんうん、いやぁ~可愛い!ね、みゆきち!」
「う、うん!わぁ、色違いなんだぁ~」
するとすぐさまその空気を払拭しようと関根たちが大袈裟に騒ぎ始めた。
しかし岩沢は興味なさそうに無言で手に取っただけだった。
「とにかく着替えてきて。もうそんなにゆっくりしてる時間はないわよ?」
「おっとっと、そうでした!ではいってきまーす!ほらほらー!」
「ちょ、ちょっと押さないでしおりん~」
ばたばたと騒がしく上の階に向かう二人。
「………」
それとは反対に、何か不満を残しているような顔のまま黙って向かう岩沢の顔がやけに頭に残った。
「おまたせでーす!」
やや時間が経ち、ようやく3人が下りてきた。
関根は黄色、入江は水色。
そして……
「?」
岩沢には赤色の、それぞれ色鮮やかな浴衣を身に纏っていた。
思わず無言で見入ってしまう。
「なに?」
「い、いや!?」
それを不思議に思った岩沢が首を傾げて見つめてくる。
その視線から逃げるように慌ててそっぽを向く。
落ち着け…落ち着け俺……岩沢が綺麗だってことは百も承知なはずだろ…
「あたしも流石にそんなに目を逸らされるとちょっとは傷つくんだけど…」
「いや!違う……その………………な?」
何が、な?なんだよ…
「いや、分からないし…しかもまだ目が合わないし…」
「違うんだって!だから……似合ってる…というか…」
「っ?!」
相変わらず岩沢の方は向けないうえに、照れ臭さのせいでどんどん言葉が尻すぼんでいったのだが、見なくても分かるくらい喜んでいる。
なんかオーラが見える。喜色のオーラが。
「ゆ、ゆり……」
「何かしら?」
そしておもむろにゆりの手をがっしりと握りしめ
「ありがとう!これのお陰で柴崎に褒めてもらえた!!」
感謝していた。
それはもう盛大に。
「え、ええ……」
ゆりもその感情表現の大きさに引いてしまっている。
「ま、まあ機嫌を直してもらえたようでよかったわ…」
あまりの衝撃に忘れていたが、そういえばさっきまで納得いってないような顔だったな…
「それじゃあそろそろ時間だし体育館……に…」
行きましょう、と言おうとしたようだ。
だが…
「なんでそんな言い方なの?!」
「ふん、事実を言っただけだ」
「えっと…うー…他の人に見られるのが嫌なくらい似合ってるよ!」
「お、大山さんったら…」
奴らはそんな言葉を聞こうなどとしてはいなかった。
関根と直井はまた口論を。
入江と大山はまたイチャイチャしていた。
ひさ子と藤巻は目も合わすことなく、大人しくしているが…
「てめえらさっさと行くぞゴラァァァァァ!!!」
1つ問題が解決されたと思えば似たようなのが2つも転がっていて、ついにゆりはキレてしまった。
その後、怪我をしない程度にそいつら全員に拷問……もとい制裁を加え、大人しくなったところを体育館に運ぶのだった。で
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