蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「ギターは…?」

いよいよ文化祭前日となった今日。

 

うちのクラスはかなり余裕を持って完成していたが、やっぱり前日というのは飾り付けなんかもあり、皆いそいそと働いている。

 

かく言うあたしもその一人で、足りなくなったものなんかを補充して回っていた。

 

「たりぃ」

 

…コイツと。

 

まあなんつーのかな?べ、別にこれはそういうあれじゃなくて、普通にマネージャーとペアで居ろってのを守ってるだけだし?

 

そりゃ藤巻がなんにも言わずにこっちに来てくれた…じゃない来やがったわけだけど、それはゆりのやつにビビってるからってだけで、だからそういう甘い雰囲気とかじゃなくて…

 

その証拠にたりぃとか言ってるし、全然やる気ないし、だらしないし。むしろ男らしいとこ見せてみろってんだって感じで。

 

まあさ、なんだかんだ合宿の喧嘩の後に仲直りしてからは、ちょっと関係もマシになったし?そんなんでイライラしたりしないけどさ。

 

でもやっぱこんな時くらいやる気を……

 

「おい」

 

「ひゃっ!何?!」

 

唐突にぐいっと手を引っ張られて動揺丸出しの声を出してしまう。

 

何?!何?!つーか、手!手繋いでる!?

 

「何突っ立てんだボケ。ちゃっちゃと歩けっての」

 

「あぁん?誰がボケだ」

 

ついいつもの癖で売り言葉に買い言葉で反応してしまう。

 

「てめぇだよ。いきなり、うんうんうんうん唸りやがって」

 

「ち、違うし!別に考え事とかしてねえし!」

 

「言ってねえよ…」

 

何故か自分からどんどん墓穴を掘っている気がする。

 

気がするっていうか、完全にしてる。

 

やっばい…これ、何考えてたか訊かれたらなんて答えれば…あんたのこと考えてた…とか…?

 

いやいやいやそんなんただの告白じゃん!

 

ありえねーって!

 

いやでも…

 

「まあいいわ、どうでも。さっさと借りるもん借りて戻ろうぜ」

 

「…………」

 

もっと気になれよ!

 

あたしに興味持てっつーのこの、常にだる男が!

 

「ふん」

 

まあいいけどさ。どうせあたしなんかどうでもいいんだろうよ。

 

と、半ばやけになって藤巻を追い越し、さっさと足りないものを借りに他のクラスへと向かおうとしたその時だった。

 

「ちょっと、何ふらふらしてんの?危なくない?」

 

「平気だって、あたしこういうとこ慣れてるし!」

 

「わっ、本当だ。すっご!」

 

「へっへー!」

 

他クラスの飾り付けをしてる女子たちが、脚立に上がりながらきゃっきゃと騒いでるのが目に入った。

 

危ねえなぁ…大丈夫かよ?

 

そう思ってつい目がその子たちを追ってしまった。

 

そして――――

 

「きゃっ?!」

 

「ちょっ―――」

 

その子がバランスを崩した瞬間、あたしの身体は無意識に反応していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ柴崎、文化祭一緒に回らないか?」

 

「回らねえ…つーか、今気にしなきゃいけねえのそんなことじゃないだろ?お前は…」

 

明日の文化祭のために、地道にコツコツと折り紙で輪っかの鎖を追っている。

 

岩沢と2人で。

 

いや、いいんだよ。流石にそろそろ慣れてきたしさ。

 

でも、自分の夢への第一歩っていう大事な舞台を前になんでこう緊張感がないのか…

 

「そんなの柴崎を誘うのに関係ある?」

 

「いやねえけど…でもそういう問題じゃない気がする…」

 

関係あるかどうかっていうか、普通そんなこと考えてる余裕がないと思うんだけど。

 

小心者の考えってことなんだろうか?

 

「そういやお前は体育祭の時も緊張してなかったよなぁ」

 

「いや緊張はしてるってば流石に。でもあたしの場合は、それ以上に楽しみなんだよ。アイツらと大勢の前でやるのがさ」

 

「ふーん」

 

それ以上に楽しさを感じれるんなら、やっぱ緊張してないんじゃないんだろうか。

 

大物の考えることは分からんな。

 

「それに、あたしがミスしなければ成功するって思ってれば結構気が楽なんだ」

 

「いやいや、普通逆だろ」

 

「なんで?」

 

「それじゃあお前がミスったら全部台無しってことじゃん」

 

そこまで言って自分が余計なことを言っていることを自覚した。

 

なんでわざわざプレッシャーかけにいってんだ俺は…?

 

慌てて訂正しようとしたが、そんなこと気にしてないという風に岩沢が微笑んだ。

 

「そんなヤワじゃないさ。アイツらの期待に応えられないボーカルなんかになるつもりないから」

 

うわあ…イケメンだぁ…

 

「そんなこと言ってみてえわ俺も」

 

「言ったらいいじゃん」

 

「俺が言っても意味不明だろうが…」

 

いやごめん俺が悪いわ。岩沢に言ったらそう返ってくることくらい頭にいれておくべきでした。

 

「つーか、他のやつらが失敗しないのはもう決定事項なのか?」

 

「そりゃそうだよ。皆練習しまくってるから。何かアクシデ――」

 

がっしゃーん!と、俺たちの会話を遮るように、教室の外からけたたましい音が聴こえた。

 

次いで、大丈夫か?!などの心配する声も。

 

何かあったのか?

 

「おいひさ子!大丈夫か?!」

 

そしてそんな雑音をかき消すほどに一際大きな声が聴こえた。

 

「この声…藤巻か?」

 

「ひさ子…ひさ子!」

 

「あ、おい!」

 

ひさ子という単語が聴こえた途端血相を変えて教室の外へ走り出した。

 

一瞬遅れてそれを追う。

 

扉を開けて廊下に出ると、2つ隣のクラスの前に人だかりが出来ていて、岩沢はそこに突っ込んでいく。

 

「ちょっと…そんな大声出さなくても平気だっての…」

 

そして突っ切った先には、恐らくそのクラスの女子を自分の体の上に乗せたままのひさ子の姿があった。

 

「ひさ子!大丈夫か?!」

 

「岩沢?」

 

その状態のひさ子にお構いなしに駆け寄っていく。

 

「何があったんだ?」

 

「そこで飾り付けしてたあの女をひさ子が助けたんだよ…女のくせに…」

 

指を差した場所のすぐ近くに脚立が倒れていたので、きっとそれに上って飾り付けをしてたんだろうとあたりをつける。

 

それで倒れたところを…ってことか。

 

ていうか…女のくせに?

 

「ご、ごめんなさい!」

 

と、藤巻の言葉が気になったところで、ようやくひさ子の上で放心してた女の子が正気に戻ってその場から退いた。

 

「いいって、怪我なかった?」

 

「あたしは大丈夫ですけど…」

 

「あたしも平気だって。ほら、どこも…っ!?」

 

「ひさ子?!」

 

手をついて立ち上がろうとした瞬間、顔をしかめて苦悶の表情を浮かべた。

 

「おい、ひさ子…お前…」

「なんでもない!」

 

明らかに様子がおかしかったために、声をかけようとしたが誤魔化すように大声をあげられ遮られる。

 

「ひさ子…?」

 

「なんでもないって!本当、大丈夫だから!」

 

「うるせえ!」

 

「ちょっと…!」

 

必死になって自分の無事を訴えるひさ子の腕を藤巻が無理矢理に掴んで袖を捲りあげる。

 

「これ…」

 

捲りあげられた左腕の手首は赤く腫れ上がっていた。

 

「てっめえ…!」

 

それを見た藤巻は、ひさ子に助けられた女子へと詰め寄る。

 

「てめえがふざけてたせいでひさ子が…!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「んな程度で済むと思ってんのか?!ひさ子は…ひさ子はなぁ…!」

 

「やめなよ!」

 

もう今にも胸ぐらを掴まんとする勢いの藤巻の前に立ちはだかって凛とした声が通る。

 

「この子は悪くない…あたしがドジっただけだろ」

 

「んなわけ…!」

「いいから!」

 

藤巻の反論を押しきるように叫び

 

「いいから…」

 

今にも泣きそうな顔でもう一度呟いた。

 

その言葉でようやく頭が冷えたらしいことを確認して声をかける。

 

「ひさ子、藤巻、とにかく保健室に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捻挫ね。それもかなり酷い。骨が折れてないだけマシだけど…絶対安静ね」

 

保険医の先生から出た言葉はひさ子にとってあまりにも非情なものだった。

 

「ギターは…?」

 

ひさ子がまるで独り言のように呟く。

 

「そんなのダメに決まってるでしょ。あんな手首に負担をかけること」

 

「そんな…どうにかならないですか!?」

 

椅子から立ち上がって先生に詰め寄る。

 

「無理に決まってんだろ!んなこと自分が一番よく分かってんだろうが!」

 

「うっさい!あんたなんかに訊いてない!」

 

頭に血が昇っているひさ子を藤巻が押さえつけようとするが、手を痛めてるとは思えないほど激しく抵抗する。

 

「ひさ子…落ち着いて」

 

「岩…沢…」

 

どれだけ藤巻に押さえつけられようと反抗していたのが嘘のように、その一言だけで沈黙する。

 

「とりあえず出よう。話はそれから」

 

 

 

 

 

 

 

 

岩沢に促されるがままに全員退室し、教室に戻りながら話をはじめる。

 

「岩沢…ごめん…あたし…」

 

「謝るなよ。あたしはひさ子を責めるつもりなんてない」

 

「でも…これじゃあ…」

 

そう言って、湿布の貼られた手首に目を落とす。

 

「ライブは無理…かもね」

 

「かも、じゃねえだろ!中止に決まってる!」

 

「落ち着けって。見られてんぞ」

 

「チッ!」

 

周りの目が気になって咎めると、舌打ちした後に周りにガンを飛ばしていく。

 

「ライブが中止なんてしたら…折角のチャンスなのに…!」

 

ひさ子は憤りをぶつけるように左腕をぎゅっと握っていた。

 

きっと後悔や、自分への怒りが頭を駆け巡っているんだろう。

 

「あたしは…ひさ子に無理なんてしないで欲しい」

 

「でも…!」

 

「ライブはいつでも出来るし、チャンスだって今回だけじゃない……でも、ひさ子は一人しかいないだろ」

 

「でも…あたしは…」

 

「…それでもひさ子がやるって言うならあたしに止める権利はない」

 

説得しようと何度か試みたようだが、しかし食い下がるひさ子に岩沢の方が折れた。

 

いや、元々こう言うつもりだったのかもしれない。

 

ひさ子が納得して諦めるなんてしないと、初めから分かっていたのかも。

 

本当に頑固になった岩沢なら、意地でも自分の意見は通しているはずだからだ。

 

「ざけんな…!」

 

「藤巻…」

 

「岩沢てめえ…てめえが止めなきゃ誰が止めんだよ?!」

 

「藤巻…だから声は抑えろって」

 

「知るか!」

 

宥めようとした手を力の限り払われる。

 

怒声とその行為によって余計に周りから視線が集まってしまう。

 

「あのさ、藤巻がなんで怒ってるのか分かんないんだけど?」

 

「はぁ?」

 

「ひさ子が無理をするのはあたしだって嫌だ。それでもやりたいって言ってるんならやめさせられるわけないだろ?」

 

「てめえの夢がかかってっからひさ子が無茶しようとしてんだろ!それを何を他人事みたいに―――」

 

パンッと破裂音が響いた。

 

それはひさ子の平手打ちによるもので、叩かれた藤巻は呆然としていた。

 

「ふざけんな…これは岩沢だけの夢じゃない…関根の、入江の…そしてあたしの夢なんだ!ガルデモの夢なんだよ!それを…岩沢だけのものだなんて2度と言うな!」

 

「ひさ子…」

 

叩かれた藤巻の方でなく、叩いたひさ子の方が涙を流していた。

 

何故泣いているのか、それはひさ子以外には誰も知る由がないことだ。

 

だがその涙は、怒りによるものと言うより、悲しさから溢れてしまったもののように思えた。

 

「分かったよ…勝手にしろ…!」

 

「ちょ、藤巻…!」

 

「追っても無駄だよ。ああなったらむしろ逆効果」

 

吐き捨てるようにそう言って走っていってしまった藤巻を追おうとしたがひさ子に止められる。

 

長い付き合いのひさ子がそう言うんなら、きっとそうなのだろう。

 

「なあ、本気で出るつもりなのかひさ子?」

 

「あんたも藤巻みたいなこと言うつもり?」

 

「そんな勇気ねえよ」

 

叩かれるのは勘弁だからな。

 

「単純に、そんな手で演奏出来んの?っていうことだよ」

 

そもそもなんで弾けることが前提で話進んでんだよ。

 

どう見たっていつもみたいに動かせる状態じゃないってのに。

 

「それは…」

 

案の定言い淀むひさ子。

 

「なら試してみればいい」

 

「それしかないか…それで無理だったら諦めもつくだろうしな」

 

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を部室に移し、早速ギターを持たせる。

 

「無理だと思ったらすぐに止めろ、いいな?」

 

「分かってるよそんなこと」

 

心配して言ってるのにあからさまに鬱陶しそうな返事をしてくる。

 

「ひさ子、本当に強がらないで止めてくれよ?」

 

「…分かってるってば」

 

同じようなことを言ってるはずなのに、岩沢には子供をあやすような笑顔を見せる。

 

なんか俺と岩沢で対応が違いすぎませんか?そりゃしょうがないけども。

 

「じゃあとりあえずCrow songを弾いてくれ」

 

「…おう」

 

ひさ子自身も、やはり怖いのか、1度大きく深呼吸をする。

 

「よし、行くぜ」

 

気合いを入れて、ネックを持ち、恐らくイントロから弾き始めるためにコードを押さえようとしたその瞬間、ひさ子の顔が苦痛の表情に歪んだ。

 

「あぐ…っ」

 

「ひさ子!」

 

あまりの痛みに膝をついたひさ子の下に岩沢が駆け寄る。

 

「ひさ子…これは無理だ」

 

「うっさい…あんたが決めんな…」

 

言葉だけは威勢が良いが、痛みで額にじっとりと汗をかいている姿からはいつものひさ子の強さは微塵も感じられない。

 

「お前だって分かってるだろ?コードすら押さえられない状態で演奏できるわけない」

 

しかも当日は3曲も演奏しなければならない。

 

そんなことが出来る状態じゃないのは本人が一番よく分かっているはずだ。

 

「岩沢だって言ってたろ。チャンスは今回だけじゃ――「だから…!そういうことをあんたが言うなよ…!」

 

思わず身震いするほど鬼気迫る表情で睨み付けてくる。

 

「あたしはこのバンドに全部かけてんだよ!ただの趣味だったギターだけど…岩沢と出逢って、価値観全部ひっくり返ったんだ!こんな程度で躓くわけにいかないんだよ!」

 

「だからって……」

 

あまりに真に迫った言葉に、たじろいでしまったその時、バン!と扉が勢いよく開け放たれた。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

「ゆり!」

 

いやいや、登場のタイミング良すぎだろ。

 

「この件はあたしの方で預からせてもらうわよ」

 

「預かるって…」

 

「大丈夫。悪いようにはしないから」

 

いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて…

 

「預かるもなにも…見て分かるだろ。明日は中止だ。ライブなんて出来ない」

 

「ひさ子さんが黙って言うこときくわけないじゃない。ねぇ?」

 

「当たり前だ」

 

確かにその通りで、だからこそ押し問答になってしまっていた。

 

「だったらどうするってんだよ?」

 

「秘密よ。言ってもぎゃーぎゃー文句言うだけでしょどうせ」

 

「んなっ」

 

あながちそうでないとも言い切れないことが悔しい…

 

俺なんかより、ゆりの方が多くの手段を持っていることなんて分かりきっているのだから。

 

「ゆり、信じるよ?」

 

「ええ、信じて」

 

岩沢とゆり、2人のリーダーはそれだけ言葉を交わしただけで会話を終えた。

 

どんな信頼関係であればそれだけで納得できるのだろうか、俺にはまるで見当もつかない。

 

「とにかく、ひさ子さんはあたしに着いてきて。文化祭の準備はもう終わってるから2人も帰っていいわよ。それと、くれぐれも他の人たちにはこのことは話さないで」

 

それじゃあ、と指示を全て伝え終えるとすぐに部室を後にした。

 

「…良かったのか?」

 

2人きりとなり、なんとなくそう問いかける。

 

「何が?」

 

そう返されると、どう答えたものか窮屈する。

 

「ひさ子のこと」

 

結果的にとても抽象的な言葉しか返すことは出来なかった。

 

「うん…どうだろうな。多分、やってみなきゃ分からない」

 

「もし、ひさ子の手首が重傷になってバンドを続けられなくなったら?」

 

これは些か考えすぎかもしれないが、保険医の先生の言い方からはそういうこともあり得るのではないかと思う。

 

「後悔すると思う」

 

「だったらなんで止めないんだ?」

 

「あたしもひさ子と同じ立場なら、同じことを言うと思うから」

 

「それは……」

 

「分かるんだ…気持ちが…痛いくらい」

 

悲しそうに眉根を寄せ、胸の辺りに手を置く。

 

きっと想像して、本当にひさ子と同じような気持ちになっているんだろう。

 

「でも、ゆりは信じてって言ってた。だからあたしはそんなに心配してないよ」

 

一転して、今度は一点の曇りもない表情へと変わる。

 

「だから信じる、ゆりを。そして、ひさ子を」

 

「ああ…だよな」

 

そうだ、コイツは体育祭の時だって言っていたじゃないか。

 

信じる。もしそれで失敗して、夢が叶わなくなっても、後悔するなら信じて後悔したい。

 

そういうやつなんだった。

 

いつだって、どんな状況だって、仲間を信じてる。

 

今度はそれがゆりとひさ子だった。それだけ。

 

だったらもう、部外者の俺は何も言えない。

 

頼むぞ…ゆり。

 

 

 




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