蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「恋は網膜…だからな」

文化祭まであと一週間。

 

クラスの出し物の準備はもちろんガルデモの方の準備も着々と終わりを迎えている。

 

あの二人との約束のためにも、衣装も目に止まるような綺麗なものを用意したし…まあ、実力で評価されたいであろう岩沢さんたちは嫌がるかもしれないけれど。

 

とにかく文化祭に関しては、問題はない。

 

文化祭に関しては…

 

問題があるのは、あたしと野田くん。

 

その問題というのは、合宿の時に起きたあたしの不始末によるもの。

 

不始末とは、あたしの恋心の不始末だ。

 

処理をしたつもりで、ただ隠していただけに過ぎなかった恋心。

 

そのせいで野田くんを傷つけ、惑わせた。

 

柴崎くんにも言われた通り、あの後すぐに話をしようと何度か試みては、野生の勘のようなものでうまく逃げられている。

 

そうこうしてる内に文化祭の準備が始まってしまい、うやむやのままに時間だけが過ぎてしまった。

 

クラスが違うために、準備が忙しくて今まで捕まえることが出来なかったけど、ようやくその束縛からも解放された。

 

今日こそ話をつけてやるんだから。

 

「野田くんいるかしら?」

 

そう息巻いて野田くんのクラスを訪れた。

 

「野田くんなら、どこか行きましたよ。ていうか、いつもチャイムが鳴ると既にいません…」

 

「あ、そうなの。邪魔して悪かったわね」

 

しかし不発に終わる。

 

まあ野田くんのことだ。どうせクラスに馴染めていないだろうとは思っていたし?これくらいのことは予想の範囲内よ。

 

そう、どうせ野田くんのことだから…………

 

「…野田くんっていつも何してるのかしら?」

 

「え?さ、さあ?」

 

「ああごめんなさい、独り言よ。もう戻ってもらって構わないわ」

 

引き止めたままで忘れていた女の子に戻ってもらい、移動しながらもう一度頭を働かせる。

 

よくよく考えてみれば、いつも野田くんの方からやってくるから、彼があたしと居ないときに何をしてるのかなんてまるで分からない。

 

むしろなんでこれで彼を知ったようなつもりでいたのかしら…?

 

いや、1つ言い訳をさせてもらえるのなら、昔の彼なら行動は把握できていたということもあるのだけれど。

 

大抵川原で鍛えていたし。

 

でも今では流石に検討がつかない。

 

「今日は部活もないし、帰ったのかしら」

 

その可能性が今のところ一番あり得そうね。

 

野田くんの家ならあたしの家からそう遠くはないし、帰りに1度寄ることにしようかしら。

 

そうと決まれば善は急げ、ね。

 

「副委員長、あたし帰るからあとは頼んだわよ!」

 

「え、ちょっ、ゆりっぺ?!どうしたんだよ急に?!」

 

「うっさいこの無神経ホワイ!いいからやっときなさい!」

 

「無神経ホワイって誰のことだこのやろう!!」

 

無神経でホワイなのなんてあなたしかいないわよ、と吐き捨てて走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしの家を過ぎて少し行った所に野田くんの家がある。

 

目的の場所に着いたあたしは、とりあえずインターホンを鳴らす。

 

『はい。あら、仲村さん?どうかしたの?一途ならまだ帰ってきてないわよ?』

 

「そうなんですか」

 

すぐに対応してくれたのだが、あたしの望む返答はなかった。

 

「あの、どこか心当たりとかありませんか?」

 

『心当たり…そうねぇ、近くの河川敷なんかで寝てるかもしれないわね』

 

か、河川敷…

 

彼何か川に執着でもあるのかしら…

 

「ありがとうございます。行ってみますね」

 

『いえいえ、こちらこそ一途をよろしくね』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…本当にいた」

 

いくら親の言うこととはいえ、半信半疑で河川敷を訪れると、本当に芝の上で脚を組みながら横になり、眠りこけている野田くんの姿があった。

 

「ふぅん、用事のない時はこうしてるのかしら」

 

彼のお母さんの口ぶりからして、中々の頻度でこうしているのだろう。

 

それにしても、こうして制服のまま眠っている姿だけを切り取れば、まるで一丁前の不良が学校をサボっているように見えるわね。

 

こっちで初めて会った時は、あんなに腑抜けた顔をしていたくせにね。

 

風で顔にかかりそうになっている前髪を手で払う。

 

「立派になってきたわよね…」

 

流石にあちらの時ほどではないけれど、本当に当初と比べれば身体も鍛えられてきている。

 

きっと、必死に努力をしているんでしょうね。昔みたいに。

 

ただひたすらあたしのことを追いかけて…

 

今だけは柴崎くんの気持ちがよく分かるわね…

 

「なんであたしを選んじゃったのよ…」

 

問いかけるでもなく、言葉がもれた。

 

きっとあなたを、あなただけを真摯に思ってくれる人は他にいるのに、なんであたしみたいにずっと片想いを引きずるような女に惚れちゃったのかしら…

 

「き、決まっている…好きだからだ!」

 

「ひゃっ?!野田くん、起きて…?」

 

唐突に目を瞑りながら赤面して答える野田くん。

 

びっくりして思わずのけぞってしまった。

 

「す、すまない…実は初めから寝てはいなかった…寝たふりをしていればどこかに行くかと…」

 

「狸寝入りってわけね…まあいいわよ。今回はあたしが悪いものね」

 

「そんなことは…」

 

「あるわよ。自覚してるから、あなたを捜してたのよ?」

 

変にフォローなんてされたくない。そんな情けない女じゃ、余計に彼に申し訳が立たないもの。

 

「話…聞いてくれるわよね?」

 

「その件なのだが…すまなかった!ずっと逃げてしまって…!」

 

思わず目が点になってしまう。

 

謝りに来たはずなのに、逆に謝られてしまったのだから、それも仕方ないと思う。

 

「あのねぇ…なんであなたが謝るのよ?!あたしが謝りに来てるの!空気読みなさいよ!」

 

まあ謝りに来て、怒鳴っているあたしも人のことを言える立場ではないのだけれど。

 

「ゆりっぺが…謝りに…?」

 

「なんでそこで納得いかないって顔してるの?!」

 

「す、すまん!あまりにも予想外だった!」

 

もしかしてあたしのこと嫌いなんじゃないかしら?

 

「あたしは…あなたに酷いことをしたと思って…」

 

「……?何故だ…?」

 

何故分からないのか問い正したいのはこっちよって感じなのだけど…

 

「だって、あたしは日向くんのことは諦めたって言ったのに、あの程度で動揺するくらい、まだ想ってたのよ?あれじゃまるで…あなたを騙したみたいじゃない…」

 

「俺は…そんなこと思っていない」

 

ようやくあたしの言うことに得心がいったのか、まともな言葉が返ってきた。

 

けれど、やっぱり彼はあたしを非難したりしない。

 

「なんで?普通の思考回路なら、あなたを良いように使おうとするためにおべんちゃらをぬかしたって考えるはずよ?」

 

「それが分からない。ゆりっぺは絶対にそんなことをしないだろう?」

 

「――――っ」

 

本当に、きょとんとした表情で言い切る彼に心が乱される。

 

「何故あなたはそうあたしのことを信じきっちゃうのよ?!」

 

あたしはその信頼をもう裏切ってしまっているのに。

 

「決まっている。俺の正義はゆりっぺそのものだからだ」

 

「だから…もしあたしがそう思わせるために今まで計算してたらどうするのよ?!」

 

「それでも信じる」

 

どこまで揺さぶろうとしても揺るがない瞳に、あたしはこれ以上何を言っても無意味なことを悟る。

 

「本当…バカね」

 

「俺は確かにバカだが、ゆりっぺを信じることが正しいってことくらいは分かっているつもりだ」

 

「それがバカなのよ、気づきなさいよ」

 

「恋は網膜…だからな」

 

それは盲目よ…

 

「でも、それだけブレないくせになんであたしを避けてたのかしら?」

 

「それは…」

 

あたしが訊ねると、今までの迷いのなさが鳴りを潜めて途端に歯切れが悪くなる。

 

「やはり、ゆりっぺがまだ日向のことを好きなことに動揺してしまって…」

 

「それだけ?」

 

「その時にどうしてもゆりっぺと日向にうまくいって欲しいと思えなかった…」

 

「はぁ?」

 

「お、俺…は自分の好きな相手の幸せを願えない小さな男だと思われたくなかった…」

 

「あぁ…なるほどね」

 

かなり的外れというか、拗らせてるけれど言いたいことは分かった。

 

それに、実に彼らしい。

 

「ふふ、そんなこと当たり前じゃない。バカね」

 

「し、しかし…」

 

「あのねぇ、あたしだって本当は日向くんとあの子が出逢うのを阻止したいって思ったりするのよ?」

 

決してそんなことはしないけれど。

 

「つまりあなたの言い分だと、あたしは好きな相手の幸せを願えない小さな女ということになるのだけれど?」

 

「ち、違う!これは俺が男だからであって…」

 

「あら男女差別かしら?」

 

「そ、そうではなくて…」

 

あの…その…と上手く言葉を紡げない姿に笑みが溢れる。

 

「冗談よ。あまりにも純粋なことを言うからイジメたくなっちゃったわ」

 

「イジメ…!」

 

何故そこで顔を赤らめるのかしら?

 

「これ以上あなたが変に思い悩まないよう言っておくけれど、一人の女として、そこまで誰かに想われているというのは…中々嬉しいものなんだから…」

 

「ゆ、ゆり――「だ、だから変に考えすぎないで!分かった?!分かったら返事!!」

 

「お、おう!」

 

自分で言い出しておいて、途中から照れが出てしまい、最終的に怒るような形になってしまった。

 

「理解したなら帰るわよ!」

 

「ま、待ってくれゆりっぺぇ~!」

 

彼が慌てて追いかけてくるのを背中に感じる。

 

今日は彼のために来たはずなのに、何故かあたしの心の方が和らいでいる気がする。

 

何か少し、吹っ切れられそうで、晴々としている。

 

「恋は網膜…ね」

 

なら、その網膜が剥離してしまう前に…彼を好きになりたいわね。

 

 




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