蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「もう僕たちに近寄るな」

文化祭の準備が始まって2週間が経った。

 

正直、状況としてはあんまり良くない。

 

「しおり、完成遅れてんだけど」

 

「しおりだけだよ?まだ1着も出来てないの」

 

「ご、ごめーん、こういうの慣れてなくて」

 

昔から裁縫とか、そういうものは苦手でやってこなかったあたしにはちとハードルが高すぎる。

 

「それにバンドの方もあるし…」

 

「はぁ?バンドとクラスどっちが大事なの?どっちのがたくさんの人に迷惑かかると思ってんの?」

 

「そ、それは…」

 

バンドの方が大事に決まってるんだけど…でも迷惑がかかるっていうのは事実だし…

 

「ちょ、ちょっとそんなにしおりんを責めないで…私がしおりんの分を手伝うから」

 

おお…マイエンジェルMIYUKICHI…

 

「ダメだよ甘やかしたら」

 

「そうよ。それにそんなのされたら手伝わないあたしたちが悪いみたいじゃない」

 

「だよねー。あたしたちは自分の分はきっちりやってるのにさー」

 

「だ、だったら――「いやーごもっとも!」

 

怒りに身を任せて怒鳴ろうとしたみゆきちを寸でのところで遮る。

 

ダメだよみゆきち。みゆきちは怒っちゃやだよん。

 

「自分のことは自分で。それくらいしないと社会でやってけないよね!」

 

「しおりもたまにはいいこと言うねー」

 

「失敬な!あたしはいつでも名言クリエイターだよ!」

 

あははは、と誰も本心ではない笑いがこだまする。

 

耐えなきゃ。

 

あと半分、とにかく耐えなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は元々下校時間までクラスの方に出ることになっていて、珍しくスタジオ練ということになった。

 

「こういうの新鮮ですよねー!」

 

「あたしたちはずっと部室でやってたしな」

 

「なんだか変な感じですね」

 

「すぐ慣れるさ。早速新曲から始めよう」

 

談笑しながら機材のセッティングを終えるとすぐに練習を開始。

 

したんだけど…

 

「関根、ちゃんと自主練してたのか?」

 

「うぅ…すみませ~ん」

 

慣れない裁縫の方に気を取られていたこともあって、あたしだけ明らかに練習不足なことが露見してしまった。

 

「しおりんは…」

 

落ち込むあたしを見てみゆきちが訳を話そうとするのを目線だけでなんとか阻止する。

 

それを話してしまうと、ひさ子さんが乗り込んできそうな悪寒…いや予感がする。

 

そうなったら余計にいざこざが…

 

「すんません!足引っ張っちゃって!」

 

「……分かってるなら、なんも言わないけどさ」

 

ひさ子さんも何か訳があることだけは感づいてくれたみたいで、怒られることなく済む。

 

「…関根、それに入江。スタジオから出た後、大事な話がある」

 

「大事な…」

 

「話…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局最後まで足を引っ張ったままスタジオ練を終え、外に出る。

 

徐々に残暑に終わりを告げ、涼しい日も多くなってきた今日この頃、少し話をするにはもってこいだ。

 

「それで岩沢さん、話ってなんですか?」

 

「ああ、今回の文化祭ライブのこと」

 

「はあ」

 

まあ時期的にそれしかないでしょうけども。

 

「あたしたちは、これに全力をかけないといけない」

 

「それはそう…ですよね?」

 

いつだってライブは全力!手を抜くなんてありえない!

 

そうみゆきちも思ってるみたいで、不思議そうに問い返す。

 

「あたしたちの夢、覚えてる?」

 

「プロになる、ですよね?忘れるわけないっすよそんなの」

 

その夢にも惹かれて、あたしとみゆきちは今もここにいるんだもん。

 

「そのための大きなチャンスなんだ、今回のライブは」

 

「文化祭がですか?」

 

「ああ、忘れてるかもしれないけど、体育祭のライブの目的はあくまで今回のためだったろ?」

 

「そういえば…確か口コミとかで評判を上げるつもりなんでしたっけ?」

 

あの時は初ライブの高揚感のせいですっぽり頭から抜けてたや。

 

「ゆりが言うにはかなりいい線いってるらしい。なんでもうちのボーカル様が路上ライブまでやったらしくてな」

 

「褒めるなよ、照れる」

 

褒めてないんだけどなぁ。岩沢さんマジ天然っす。

 

「ただ、期待値が上がってるってことはその分ハードルも上がってるってことだ」

 

「だから、中途半端には出来ない。分かるよな?」

 

「……はい」

 

これはあたしに言ってるんだってすぐに分かった。

 

中途半端、その通りだ。

 

欲張って、バンドもクラスも、あわよくば友達も、全部手放さずにいこうとしてた。

 

「あたしたちの夢、ここで現実に近づけようぜ」

 

トン、と岩沢さんの拳があたしの心臓の部分を叩いた。

 

「――――っ、はい!関根しおり!夢を追う女ですから!」

 

「しおりん…!」

 

「だから、ごめんみゆきち。面倒かけてもいい?」

 

改めて頼むことが照れくさくて頬をかきながら問いかける。

 

「うん!親友だもん!」

 

うん、いい返事!

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3日後。

 

その日も放課後はクラスで衣装作りをしようと、準備していると

 

「しおり、あんたみゆきに手伝ってもらってんでしょ?」

 

そうあーちゃんに声をかけられた。

 

そりゃそうだバレるに決まってる。明らかに完成するペースが早くなってるもの。

 

「うん、だってやばいよ?間に合わなさそうだもん!」

 

「自分の分は自分でってこの前言ったばっかじゃん」

 

「でも間に合わないと迷惑かかるよ?迷惑かかるとダメって言ってたじゃん」

 

「―――っ」

 

揚げ足を取られて少し顔を紅潮させる。

 

「本当ごめんね!でも…でも、あたしさ…バンドの方が大事なんだ。バンドに全部かけたいの」

 

「はぁ?なにそれ、超自己中じゃん」

 

「やっぱり直井くんの伝染ってんじゃないの?」

 

「やめて!」

 

今日に限っては、直井くん居なくて良かったかも。こんな風に巻き込まれたら嫌だもんね。

 

「今回のであたしを責めるのはいいけど、直井くんは関係ないじゃん!」

 

「でも前のしおりならこんなことしてないっしょ?」

 

「変わったよやっぱり」

 

「そんな…しおりんは…「みゆきは黙ってて」

 

「でも…!」

 

なんとか反論しようとするみゆきちに、首を横に振ってそれ以上はダメだと伝える。

 

「はぁ…本当、愛想尽きた」

 

「だよね、なんか合わないっていうか」

 

「うん、ちょっとさ、めんどいよねしおり」

 

覚悟はしてたんだ、みゆきちに手伝ってもらうって決めたときから。

 

折角出来た友達を、無くす覚悟。

 

あーちゃんたちは悪い子じゃないのは、知ってるんだ。今回たまたま、巡り合わせが悪かっただけで。

 

好きだったんだ、皆のこと。

 

だからこそ、目の前でこんな風に言われることが、思ってたよりもショックだったんだ。

 

だから…

 

「……っ、ごめん…ね」

 

泣いても、許して。

 

逃げるのも、許して。

 

「しおりん!」

 

走り出したあたしを見て、後ろから心配そうなみゆきちの声が聞こえた。

 

大丈夫、落ち着いたら戻ってくるから、ちょっとだけ待ってて。

 

そう願いながら、扉を開けてトイレの方へ走ると、すぐに誰かとぶつかった。

 

「…ふん」

 

その人は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、鼻を鳴らした。

 

なんで、いるの…?

 

「直井くん…」

 

放課後になったらすぐに帰っていたはずなのに、何故か教室のすぐそばに立っている。

 

まるで待ち構えてたみたいに。

 

「貴様、本当にどうしようもない阿呆だな」

 

「え、えへへ、ごめんね」

 

なんとか涙が止まらない目元をごしごしと擦りながら笑みを作る。

 

「ふん、それも気にくわん」

 

「それ?」

 

「下手な作り笑いばかり、気色が悪い。そんなのだからすぐ見切られるんだ」

 

「き、気色悪いって…」

 

一応直井くんのためにこんな感じになってるんですが、まさかこんなに罵られるとは…

 

いやまああたしが勝手に選んだことなんだけど…

 

「だが、もっと気にくわん輩がいるようだ」

 

そう言うと、あたしを押しのけて教室へと入っていってしまった。

 

何をするつもりか分からず呆然と立ち尽くす。

 

ただ、少し開いたままになっている扉の隙間から、教室内のどよめきが聞こえてきた。

 

「な、直井くん…」

 

「もしかして聞いてた…?」

 

次いであーちゃんたちのバツの悪そうな声が聞こえてきた。

 

「はっ、何をだ?もしかしてあの聞くに耐えない虫の羽音のような醜悪な台詞か?」

 

「なっ?!」

 

直井くんはそんな様子なんて気にせずいつものような不遜な態度なのが声だけで分かる。

 

何故かそれだけで笑みがもれた。

 

作り物じゃない、本物の。

 

「僕は貴様らの言葉なんかまるで気になどならん。好きに陰口でもなんでも叩けばいい。気にするのはあの阿呆だけだ」

 

思わずその台詞にはずっこけざるをえない。

 

そ、そこはもうちょい気にしなよ…

 

「第一、貴様らは前提からしてはき違えてる。僕はあんな女相手にしていない。なのに僕の態度が伝染るだなんてあるわけがない」

 

「じゃあなんでしおりを庇ってんの?!相手にしてないんなら関係ないじゃん!」

 

「庇うだと?馬鹿を言うな。誰があんな阿呆を庇うものか」

 

「は、はぁ?」

 

「僕はただ貴様らみたいな下衆が気にくわなかった、それだけだ」

 

うわぁ…下衆とか本気で言う人初めて見たかもしんない…

 

「まあ、だがしかしあいつは阿呆ではあるが、貴様らのように数に頼るだけの能無しよりは、幾分マシだからな。そのランクの違いがもしかしたら浅ましい貴様らには庇うような見えたのかもしれん」

 

「――――っ」

 

多分、今あーちゃんはさっきみたいに顔を紅潮させていると思う。

 

頭に血が昇りやすいタイプだったから、次に取る行動は…

 

「おい貴様、僕は女でも容赦などしないぞ?」

 

平手打ち…だろうけど、止められたみたい。

 

「な、なんなのよ!離しなさいよ!」

 

「言われなくても貴様の手などいつまでも掴みたくなどない。ただ1つ誓え」

 

「なによ?!」

 

「もう僕たちに近寄るな」

 

僕“たち”……かぁ。

 

なんでそんな些細な言葉だけで、こんなに嬉しく感じるのかな?

 

なんでこんなに…胸が熱くなるのかな…?

 

「言われなくてももう近づかないわよ!」

 

「ふん、ならいい」

 

言質を取り、気の済んだ直井くんがこちらにむかってくるのが分かった。

 

あ、う…ど、どうしよう?!なんか、なんか、どんな顔してればいいか分かんない…!

 

そんなあたしの動揺なんて露知らず、直井くんは教室から出てくる。

 

と、とりあえずお礼…

 

「あ、あのありが…もごもご」

 

かなりテンパりながらもお礼を言おうとしたが、何かで口が塞がれた。

 

「ハンカチ?」

 

それを取って確認してみると、白い無地のハンカチだった。

 

「それを濡らしてその不細工な顔でも冷やしておけ、阿呆」

 

「ぶ、ぶさ…!」

 

いつも聞き慣れてるような悪口なのに、なんでか今は妙に腹が立ってしまう。

 

なんていうか、ムカムカする?ような…胸焼け?

 

なのに…気遣ってくれたのも分かっちゃって…なんか…なんかもう…自分で自分が分かんない…かも。

 

「…これはあくまでああいう輩が嫌いで、それを言いたかっただけだ。勘違いするなよ」

 

「そ、それ、典型的なツンデレの台詞だかんね!」

 

多分天然で言ってるんだろうけど!

 

危険だ…野生のツンデレは危険だぁ…!

 

「何を訳の分からないことを…まあいい。僕はもう帰る…あとは、好きにしろ」

 

深呼吸をしながらなんとか心臓を落ち着かせてようと努めてると、それを待つことなく本当に帰っていってしまう。

 

「あ…」

 

お礼…言えてないのに…

 

でも、嫌がるもんね………って、あれ?今までなら例えそうでも構わずお礼言ってたはずなのに…

 

「…ありがとう、直井くん」

 

今は、その背中に届かないように呟くだけで…精一杯で…

 

「しおりん」

 

「ひゅおぅ?!」

 

「ひゅおぅ?」

 

いつの間にかあたしな背後を取っていたみゆきちのせいで、さっきまでとは違う意味で心臓がバクバク高鳴っている。

 

腕を上げたなみゆきちぃ…!ちなみにひゅおぅに意味なんてないんだぜ?

 

「ど、どったのー?先生ー?」

 

動揺が激しすぎて、思わず某ワーナーなウサギみたいになってしまう。

 

「なんていうか、王子さまみたいだったね、直井くん」

 

「ぶふぉ?!」

 

「しおりん?!」

 

なんですか?!王子さま?!直井くんが王子さまってことはあたしがお姫さまって言いたいのかい?!そうなのかい?!

 

「い、いやぁ~それにしては口が悪すぎると思うよぉ?」

 

「でもそういう直井くんが好きなんでしょ、しおりんは?」

 

「は、はぃぃぃ?!」

 

「な、なに…?だって、しおりんが気に入ったから勧誘したんだよ?」

 

「あ、あー、そっちね。うんうん、大好き、超好きだよー!」

 

い、いかん…さっきからなんとか気づかないふりを続けてたのに…みゆきちのせいで、自覚しちゃいそう…

 

「…しおりん、もしかして…?」

 

「カモシカ?!あー!カモシカね!好きだよ!大好き!」

 

いいよね、ガゼルパンチだもんね!

 

「て、ていうか、教室戻らないと!あたしまだやらなきゃいけないこと残ってるもん!」

 

「きょ、教室?」

 

そうだ、直井くんは好きにしろって言ってた。

 

だから、最後くらいあたしらしくケジメをつけなきゃ!

 

意を決して扉を開けて教室に入る。

 

「あーちゃん」

 

「…何?関わらないよう釘刺されてんのよ、こっちは」

 

「うん、分かってる…ただ、謝りたくて…ごめんね、あーちゃん」

 

「なっ…」

 

頭を下げて顔が見えなくても声だけで、困惑してることが分かった。

 

「あたし、あーちゃんたちといるのも好きだった。でも、バンドの先輩たちとか、直井くん…とか、そっちのほうが好きだって…大事だって…思っちゃった」

 

初めちょっとのすれ違いで、そのときにもっと必死なら…ううん、そうなる前に気づけば良かったのに、もう間に合わなくなった時に足掻いてた。

 

そのせいで余計に不愉快な思いをさせちゃったと思う。

 

「でも、ごめん!やっぱり、それでも大事なんだ!バンドと直井くんだけは手放せないって、捨てたくないって思っちゃったんだ!」

 

ごめん!ともう一度頭を下げる。

 

「…もういい。暑苦しいし、もうどう言われても関わるつもりなんてないし」

 

「…うん」

 

分かってるよ。合わない…もんね。

 

「だからもう残りは全部あたしたちがやるからクラスの方、残んないで」

 

「え…」

 

「関われないんだから、一緒の係なんて出来るわけないじゃん。いいから、置いてバンドでもなんでもしたら?」

 

ふいっ、と顔を隠すみたいにそっぽを向く。

 

「うん…ごめんね、ありがとう…」

 

「いいから行きなってば!」

 

「うん!行こうみゆきち!」

 

「う、うん!」

 

勢いよく教室を飛び出すあたしと、それに数歩遅れてついてくるみゆきち。

 

「また…仲良くなれるといいね」

 

「…うん」

 

難しいと思う。

 

だけど、そうなれるといいな。

 

「さぁ、切り替えて練習練習!遅れた分を取り返すぜぇい!」

 

 




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