「ふぅ…洗濯物完了っと」
部活を終え帰宅し、洗濯を終わらせ一息つく。
そろそろ晩飯も用意しないと。今日何にしようかな…
ピンポーン
そんな所帯染みたことを考えていると、インターホンが鳴った。
宅配か?また親父が変なもの送ってきたんじゃねえだろうな…?
疑心暗鬼になりつつ返事をするためインターホンの画面に近づくと……
「親父…?!」
画面には年甲斐もなく満面の笑みでダブルピースをかましている父親の姿があった。
どたばたと慌ててドアまで駆け寄り開く。
「よー蒼きゅん、たっだいまー」
何年ぶりかという再会の挨拶はそんな間抜けな言葉だった。
「てめえ!帰ってくんなら連絡しろつってんだろうが!」
「ちょ、父親に向かってなんて口の利き方を…もしかして反抗期なのか?!」
「反抗期をぶつけなきゃいけねえほどあんたと会ってねえよこっちは!」
むしろ遊佐のおっちゃんおばちゃんの方が両親っぽいつーの!
「何をぎゃーぎゃー喚いてるんですか柴崎さ……ん…」
騒ぎを聞きつけたのか、隣の家から遊佐が出てきたのだが、親父の顔を見て目を丸くしている。
「おー?笑美ちゃんじゃん!綺麗になったねー!なんか雰囲気変わっちゃってるけど」
「ありがとう…ございます」
久しぶりすぎる相手に流石の遊佐も面食らっていて、下の名前で呼ばないでと言うのを忘れている。
「あの、いつお戻りに?」
「さっきだよ、ついさっき。でも持ち金全部なくなっちゃって餓死寸前でさぁ、そしたら通りすがりの女の子が助けて――「柴崎!」
「「ん?」」
親父の経緯に耳を傾けていると、唐突に名前を呼ばれ振り向く俺と親父。
「あ、そっか。どっちも柴崎になっちゃうんだ」
そこには一人で納得している岩沢の姿があった。
「おー!さっき助けてくれた嬢ちゃんじゃん!どったの?」
「は?親父岩沢と知り合いなのか?」
「いやだから餓死寸前のところをこの子が助けてくれたんだってば」
そういえばそんな話だったな…
「で、岩沢はどうしたんだ?」
「柴崎の親父さんがこれ落としてたから届けに」
そう言ってポケットから取り出したのはパスポートだった。
「ありゃ、落としてたのか~!何度も何度も助けてもらって悪いね!」
「もっと誠意込めろよバカ!」
あまりにも軽い態度にまたしても怒鳴り声をあげてしまう。
「柴崎さん、流石にここだと近所迷惑になりますし、家の中に入った方がいいのでは?」
「それも…そうだな」
このままいけばまだまだ怒鳴ることになりそうだしな…
で…
「なんでこうなる?」
何故かテーブルを挟んで2つずつ置いてあったはずのイスが移動して、遊佐と岩沢が俺の両側にいる。
「いいじゃんいいじゃん!両手に花だぞ?俺なんて一人ぼっちなのに!」
花は花でも人食い花だよコイツらは…
主に俺の気力が食料だ。
「いやでも本当偶然だなぁ、まさか命の恩人が息子のクラスメイトだなんてなぁ」
「いやそんな、命の恩人だなんて…」
「謙遜しなさんなよ!」
「そうだぞ。コイツは計画性とかまるでないから多分本当に死にかけてたからな」
息子にそう言われて、てへへ、と気色悪い笑いかたを見せる親父。
「ちょっと柴崎…お義父さんにそんな言い方…」
「いいんだよ、うちはこういう距離感で。たまにしか会わないからな」
ていうか、今漢字がおかしかった気がしたんだけど気のせい?気のせいだよね?
「そもそも岩沢さんが口出すことではないのでは?」
「ほっとけないだろ、柴崎のことなんだから」
「んー?」
俺を挟んで睨み合う二人を顎に手を当て不思議そうに見つめる親父。
「もしかして嬢ちゃんの好きな人ってうちの息子なの?」
藪から棒なその言葉に思わず吹き出してしまう。
「な、何を言い出してんだ?!」
「違うの?」
「違わないですお義父さん!」
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!って言ってみたかったんだけど、嬢ちゃんならパパは大賛成だなぁ」
とりあえず色々ととっ散らかってる会話だが、とにかく言いたいことは1つ。
「あのなぁ、俺は岩沢と付き合うつもりはないぞ。もちろん結婚もだ」
「え、なんで?!こんな良い娘なのに?!」
「いやなんでもなにも…」
「あー、分かった。お前、笑美ちゃんと付き合ってんだろ」
「はぁ?…痛って!」
あまりにも的はずれすぎて話にもならないことを言い出すので、呆れて聞き返した瞬間俺の右足が思いきり踏み抜かれた。
「な、何しやがる…?」
「いえ、その『何言ってやがるんだこの呆け老人は』という顔が不快だったので、つい」
「おい!俺はまだ老人って年じゃないぞ!」
怒るとこそこかよ…つーかそこまで思ってねえし…
「んでもさ、笑美ちゃんすっかり美人さんになっちゃってるし、普通そう思っちゃうじゃん?」
「そう…痛い!」
今度は聞き返す前に踏み抜かれた。
しかも全く同じ部分をまるで機械のように正確に。
「それになんだかママに似てきた」
「お袋に?」
俺が物心つくころには既にこの世を他界していた母親。
それ故に、そう言われてもあまりピンとこない。
「ああ、アイツも今の笑美ちゃんみたいに無表情で…俺をよく踏んでくれたのさ!」
何か良い思い出でも語ってくれるのかと思えば……つーかうちの父親はドMなのかよ…!
息子として悲しくなってくる。
「いやぁ、でも、本当笑美ちゃん似てきたね…アイツに…」
さっきまでのふざけたトーンから一転して、しんみりと何かを思い返しているような声音に変わった。
そうだよな…元々あんま覚えてない俺はともかく、親父は最愛の妻を亡くしてんだもんな…態度に出したことがないから今まで考えたことなかったけど…
「そんな似てる笑美ちゃんに1つ頼み事があるんだ…」
「な、なんでしょう?」
「俺のことを…踏んでくださぁい!!」
耳を疑うような言葉が聞こえたかと思えば、眼を疑うような綺麗な土下座をかましている親父。
いや、ここはまずコイツが本当に俺の父親なのかどうかを疑うべきなのだろうか。
この無駄にゴツい身体に無精髭、やたらめったら焼けた肌にイカツイ顔立ち…
あ、俺の親父だ。
やだなぁ…
「え…遠慮しておきます…」
いつも下ネタオンパレードな遊佐でさえ汚物を見るような目を向けていた。
「なんでだよ?それくらいいいじゃないか、してあげたら」
「っ?!」
何を…言ってるんだコイツは…?
自分の同級生の変態マゾ親父を踏んであげてもいい…と言ってるのか?息子自身が縁を切りたいくらい引いてるのにか?
そんなことありえるのか?気持ち悪いだろう?もしや岩沢は実はドSなのか?
そんな数々の疑問はすぐさま打ち払われることになる。
「足踏みマッサージくらいなら、あたしいつでもやりますよ!」
「あー…うん」
この一言だけでこの場の全員が理解した。
岩沢は…マゾという生物を知らない…と。
「ごめんね…ありがとう」
「い、いえ!お義父さんのためなら!」
親父もこの天然記念物によってすっかり毒気を抜かれたようで謝りながら静かに着席してた。
親父の暴走を止めてくれてありがたいがお義父さんはやめろ。
「あれ?そういえばなんの話してたんだっけ?」
「私が柴崎さんのお義母様に似ているという話ですね」
「あーそうだったね」
いやおかしいだろ?遊佐まで漢字がおかしくなってんじゃん。なんで納得してんだよ。
「対抗してみようかと思いまして」
「変な対抗意識燃やしてんじゃねえよ」
「え、何?何の話?ていうかなんで二人は会話成立してんの?」
「うぜぇ」
流石に今から遊佐が心読めるとか説明する気力ない。
「つーか、本題に入れよ。岩沢にお礼だろうが」
「あー!そうだったそうだった!本当ありがとね、お礼に息子あげる!」
「本当ですか?!」
「ふざ――「ふざけないでください?」
意味のわからん取り引きに文句をつけようとしたら…台詞を取られてしまった。
ていうか遊佐さんめっちゃ怖いんですが…なんか笑顔…なんですが…めっちゃ怖い…
「え、えへへ!冗談!ジョークよ!」
「当たり前ですよ?」
「だ、だよねー」
感情のない笑顔を貼り付けながら凄む遊佐は、中年のゴリゴリ親父をも制していた。
「早くお礼を言って、解散です」
「……はい」
その後遊佐の言葉通りに岩沢にお礼を言って、何故か俺へも謝罪させ、親父の頭を下げさせていた。
そして岩沢と共に帰っていた。
今はそんな嵐のような目まぐるしさを終え、晩飯を食べている。
なんだか作る気力が失せたのでカップラーメンをずるずると啜っている。
「笑美ちゃんは…変わったな」
あの氷の微笑を思い浮かべてか、しみじみとそう言った。
「まあ、アイツも親父のいない間に色々あったからなぁ」
そう、色々あった。
わざわざ何があったかなんて、言いたくないようなことが色々と。
「でも、変わんねえなぁ」
「どこが?」
幼馴染みの俺から見ても、隅から隅まで豹変したようにしか思えない。
初めてあの遊佐を見たときは別人かと思ったくらいだ。
「お前が酷い目に遭うとすっごい怒るじゃん?あーいうとこ、ちっちゃい頃のまんまだ」
「酷い目って…今日はなんもなかったろ?」
むしろいつもアイツに酷い目に遭わされてるんですが…
「ありゃお前が物みたいに扱われたことに怒ってんだよ、鈍いねぇ我が息子よ」
「物ぉ?…あ、そういうことか」
息子をお礼にあげる~とかなんとかが、物みたいにってことな。
「んなこと気にしねえっての」
「だよねだよね、パパ悪くないよね?」
「反省しろよおっさん。胸糞悪くなってくるから」
「ひどくない?!」
ひどくない。
「まあでも、本当しばらく見ない間に…モテモテになっちゃってねぇ」
「岩沢のことか?」
「まあ…そうだねぇ」
「ん?」
いやに間が空いたので怪訝に思うと、いやーなんでもないぞぉ?とはぐらかしてくる。
明らかになんでもなくない様子ですがね、パパ上殿。
まあめんどくさいから放置するが。
「アイツは…まあよく分からんからどうしようもない。よってモテモテでもない」
そもそも一人が好きだって言ってくるだけでモテモテってのもおかしな話だけど。
「よくわからんって?」
「一目惚れだ…って言うんだけど、いまいち理由が漠然としててな」
「一目惚れなら漠然にもなるだろうよ」
「一目惚れねぇ…まずそれがよくわかんねえだろ」
「なんで?ロマンチックじゃん」
ロマンチックって…いい年こいたおっさんが何をメルヘンなこと言ってんだ…
「まあ仮に一目惚れってのがあって、それで俺のことを好きになったとしても…アイツはなんか俺に隠してる」
それもかなり決定的な何かだ。
多分、俺を好きになった理由とか、そういうことの。
「人間なら隠し事くらいするだろうよ。パパだってママに隠し事してたぜ?」
「例えば?」
「性癖…とか。きゃー!」
「キモい死んで欲しい」
あとそれ言わなくてもバレてるよ。
「いや、ともかくだな…あ、これ真面目な話な?」
そう言って表情を真面目なものに変える。
「そんな隠し事とか、どうとかじゃなく、あの娘のことをどう思うのか考えてやりなさいよってこと」
「だとしても、別に好きじゃねえよ」
「なんでよ?美人で良い娘で、なーんも言うことなしじゃん?」
「美人で良い娘だったら誰でも好きになるもんじゃねえだろうよ」
「ん、まあそりゃそうだ」
どうも岩沢を気に入ってるらしい親父のことだから、もっと食い下がってくるのかと思えば、思いの外あっさりと引き下がられ拍子抜けする。
「いいのか?」
「何が?」
「いや…なんていうか、そんなあっさり納得してもいいのかって」
「だって言ってること正しいんだもんよぉ。パパなんも反論出来んよそりゃ」
まあ…そうだよな。
俺は間違ったこと言ってないし。
「ま、でもさ、あんま好きってのを難しく考えなさんなよ」
「そういうつもりはねえけど…」
「ふーん、まあいいまあいい。なんか迷うことあったら話しなさいな。パパはしばらく日本にいるつもりだし」
「迷うこと…なぁ」
正直、この親父を信用なんかしてないし、頼るつもりもないけれど…
「考えとく」
それでも好きな相手と結婚までした人生の先輩ではあるし、切羽詰まった時なら、それもいいかもしれないな。
翌日
蒼きゅんごっめーん!(汗)パパ急に赤道ギニアに行かなきゃいけなくなっちゃった!(爆)
またしばらく帰んないから夜露死苦(。ゝω・)ゞ
パパより
P.S. 二股ってなんか卑猥だよねー❤
そんな不快指数限界突破な置き手紙が、テーブルの上に残されていた。
「この…糞親父が!!」
それを粉々に破り、燃やしつくしたのは、無理もないことだと理解して欲しい。
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