2学期が始まり、そろそろ夏休み気分も抜けてきた今日この頃。
徐々に残暑も去りつつある…と言いたいところだが、まだまだ居座っているので、未だ冷房がないとやっていけない。
なので一人暮らしの身としては部活があれば涼しい思いをして、かつ、節約も出来るという好条件なことに最近気づいた。
一人だとなんか勿体ない気分になるんだよなぁ…
と、まあこんな風によしなしごとを考えるくらいに暇なのにはわけがある。
「うーん…やっぱり……うん、そうだな…」
そう、岩沢が作曲中で他のメンバーは特にやることがないのだ。
まあ俺や大山たちマネージャー組は演奏をしていても暇と言えば暇だが、ガルデモの演奏を聴いていると夢中になることがしばしばあるので、案外考え事をすることなんて少なかったりする。
特に冷房の節約とか、本当にどーでもいいし。俺の今日のパンツの色くらいどーでもいいし。
ちなみに他のメンバーは他の部屋に暇を潰しに行っている。俺はマネージャーだから無理矢理残されてしまったが。
「……違うな…違う違う、そうじゃ、そうじゃない」
君を逃せないんですね、分かります。
って、お前はグラサンのいかつい親父か。
「おい、岩沢」
「……………」
「おい、おーい」
「…これじゃダメなんだよなぁ……」
一生懸命手を振ったり声をかけるがまるで反応がない。
あるのは独り言だけだ。
ダメだ、聞こえてないわこれ。
まあ音楽キチ、だもんな。
とはいえ暇だしなぁ…
と、思ったところでふと岩沢が苦悩してる作曲中の楽譜に目が行った。
そこには既に歌詞も譜面もきちんと埋められていて、完成してるように見えた。
「………うーん…」
何を悩んでるのか分からず、とりあえず自分でも分かる歌詞に目を通した。
「…なんか岩沢っぽくないな」
歌詞を何度か通して読んだ拍子に、ぽろっともれた言葉。
「分かるのか?!」
それに対して岩沢は驚くほどの速度で反応した。
まず、なんでこういうのだけ見事に反応するのか、こっちが教えてほしいわ。
だがしかし、とにかくようやく反応を返してくれたのでそこは水に流して問いに答えることにする。
「分かるっていうか…なんとなく今までのと毛色が違うような気がする…ってだけだな」
「どんな風に?」
どんな風に…?
そう言われても、この違和感というのは文字通り感覚的なものなので、答えに窮屈する。
「んー…なんていうか、女子っぽい…かな」
と、ようやく口から出た言葉がこれだった。
あ、これデリカシーないやつだ。と自分でも分かった。
「だよな。分かる」
分かるんだ。
仮にも好きな相手に自分が女子っぽくないと言われてるも同然なのに、分かってしまうのか。
「どの辺が女子っぽい?」
あー…いや、コイツは今音楽のことで頭がいっぱいなんだよな。
「どの辺がっていうと…強いて言うならここ、かな」
トン、と指でその部分を指す。
「お前なら恋人って例えは出さない気がする。少なくとも今まで聴いた曲の中と比較すると、だけどな」
「うんうん、分かる」
分かるんだ、やっぱり分かるんだ。
一応俺と恋人になりたいって言ってるはずなんだが分かってしまうのか。
いや、分かってるんだけどね、こっちも。お前が今はこの歌に夢中なのは。
でもなんだろうな…釈然としない。
「ていうか、これお前が書いたんじゃない…んだよな?さっきの反応を見るに」
とにかく一度その悶々とした気持ちは置いておき、気になっていたことを訊いておく。
「ああ、これは昔…友達が書いたやつだ。作曲はあたしだけど」
友達、の前にやけに間があったが、それもとりあえず流しておこう。
どうせ喋らないだろうし。
「で、あたしもこれに詩をつけようと思ったんだけど、これが中々…ね」
そう言って、苦笑しながら両手を広げて肩をすくめる。
「昔考えたやつだからってことか?」
「あー、まあそういうのも関係あるかもね」
「なら昔のこと思い出せばいいんじゃね?」
「昔のこと…か」
何の気なしにそう言うと、いやに真剣に考え始める岩沢。
あ、これはまた音楽キチスイッチ入ってるな…
「昔…そうだ…今と昔の違い……」
「おい、おーい…」
ダメだな、こりゃ…
またぶつぶつと呟きながら自分の世界へと入ってしまった岩沢。
はぁ…暇だ…
「うーん…」
下校時間になり、皆と別れ、一人で考え事をしながら帰っている。
「形にはなってきたんだけどなぁ」
柴崎のアドバイスに従って、昔のことを思い出しながらリズムに詩を載っけていくと、行き詰まってたのが嘘みたいに進んでいった。
しかし、そのまま完成…とまでは上手くいかせてくれない。
音楽の神様ってのは中々意地悪なもんだ。
「ここのリズムに上手く言葉がうま…」
むぎゅ
「ん?」
何かを踏んだ感触があり、足下に目をやる。
「わ、人?」
そこにはやたらとガタイが良く浅黒い肌をした男が倒れこんでいた。
とりあえず踏んだままじゃ悪いので足をどける。
「えっと、大丈夫ですか?」
「………た」
「?」
「腹減った…」
「いやー!はっはっは!本当ありがとな嬢ちゃん!」
「い、いえ…」
腹減った、というので、とりあえず公園のベンチまで連れていき、急いで近場のコンビニに行っておにぎりやサンドイッチを買ってきて渡すと、それはもう凄い勢いで食べ始めた。
すぐさま食べ終わると、肩をバンバンと叩きながらお礼を言われて、今に至る。
もうこの言葉も何回目だっていうほどだし、そろそろ肩も痛くなってきた。
「えっと、何か飲みます?」
「いいのかい?!何から何まで悪いねぇ~。じゃあコーヒーで!」
このまま叩かれ続けて腕が上がらなくなったら困るので避難するために自販機へと向かう。
適当に微糖の缶コーヒーを買ってベンチへと戻る。
今度は叩かれないようにベンチに座らず立ったままだ。
「いやぁ…良い娘だなぁ君は。息子の嫁に欲しいよ」
おじさんはぐいっとコーヒーを一気に飲み、一息つくとそんなことを言い出した。
「いえ、あたしには心に決めた人がいるんで」
そう、柴崎というあたしの運命の相手がいる。
例え社交辞令だろうとそこは曲げられないんだ。
「嬢ちゃんみたいな娘に好かれるなんて、よっぽどの男だなそりゃあ」
「はい。優しくて、カッコよくて、あたしの欲しい言葉をくれる最高の人です」
「じゃあ諦めるしかないかぁ~…」
そう言って本当に俯いて落ち込む素振りを見せる。
社交辞令とかお世辞の類じゃなかったんだ…
「ところで嬢ちゃんギターやってんの?」
「なんで分かったんですか?」
「いや、ピック型のネックレスしてるからそうかな~って思っただけ」
「あ、なるほど」
学校では着けられないから部活が終わってから着けている柴崎からの贈り物。
「もしかして例の彼から?」
「え、なんでそこまで?」
「顔に書いてあるさ。嬉しい、楽しい、大好きって」
「いやぁ…あはは」
確かに未だに目に入るだけであのデートのことを思い出しちゃうからなぁ…困ったもんだ。
あの時は本当に嬉しくて、楽しくて、柴崎大好きって感じだったし。
「そっかそっか!いいねぇ、青春だねぇ!バンドに恋に、大いに結構!あ、でもなんか悩みありそうだね?」
「え、なんで…」
流石にそんなことまで顔には出てないはずなのに。
「君がおっちゃんのことを踏んだときに感じた。あれは悩みを抱えてる踏み方だ!」
「………?!」
な、何を言ってるんだこの人は…?!
でも、悩みがあるのはずばり当たっている。
まさか占い師?!ゴツいのに!?
「おっちゃんの嫁さんも、悩んでる時は…踏み方が甘かったからねぇ…」
「嫁さんに踏まれて…?!」
DVを受けているのかこの人…?!
「そんな…そんなのダメですよ!暴力なんて…」
「いやいやそれが気持ちよくてね!燃えたよ!」
「んん?」
踏まれるのが気持ち良い?
……あ、なるほど。マッサージだったのか。早とちりしちゃったな。
「あたしもたまにお父さんにやってあげますよ」
「えぇ?!親子でそんなプレイを?!」
「プレイ?」
何かのゲームの話?
「ダメだぞ!そういうことは好きな人にやってあげるもんだよ!親子でなんて…おじさん許しませんよ!」
「好きな人に…」
柴崎…腰とか凝るかなぁ…?
「あーごめんごめん話逸れたね。で、どんな悩み?おっちゃん力になるぞ!」
「実は今曲を作ってるんですけど、中々上手くいかなくて」
「曲かぁ…どんな曲?」
「基本的には、あたし自身のことを書いたものです」
暖かいご飯が迎えてなんてくれなかった昔のこと…だけど。
「そりゃあ…おっちゃんの出番はなさそうだね」
とほほ…とまたしても俯いて落ち込むおじさん。
ガタイはいいのにメンタルが弱いな。
「んでも!そーいう時はとりあえずさ、叫んじゃえばいいんだよ!ほら、こうやって!」
ウオオオォォォ!と、持っていた缶コーヒーをマイク代わりにして叫びだす。
ガタイがいいだけあって腹の底に響くような重低音だった。
「ほら、嬢ちゃんも!」
「わ、とと」
不意に放り投げられた缶コーヒーをなんとかキャッチする。
あたしも…か。
「ああぁぁぁぁぁ!!」
あたしもおじさんに倣ってマイクに向け、叫んだ。
悩みとか、苛立ちとか、そんな鬱々としたものを全部発散させるように。
「おお!良い声だ!よっしゃあおっちゃんも負けねえぞ!!」
ウオオオォォォ!!と、あたしのシャウトと共鳴するように隣でおじさんも叫ぶ。
ああ…なんだろ、なんか懐かしい。
昔、路上をやってた時、飛び入りでお客さんが参加したりしたなぁ…それこそ缶コーヒー持って…それでそのまま朝まで…
「―――っ?!」
そう思い出した瞬間に頭の中で稲妻が走った。
「ん?どした?」
おじさんが怪訝そうにこっちを見ていたが今はそれどころじゃない。
「お前らか!公園で騒いでるやつらってのは!通報があったぞ!」
「やべ!」
そう…そうだ…これならあのリズムの中で…
「おい………ゃん逃げ……もう!ほ……」
そのままあたしは強力な集中のせいか、浮遊感に包まれながら歌詞を頭の中に浮かべていく。
これがゾーンってやつか…!
そうだな…やっぱり缶コーヒーってワードは入れたい…一緒に歌ったりは…ギグにするか…それでおじさんとの出会い方も取り入れれば……
「……い!おーい!!」
「ん?」
「やぁっと気がついた?嬢ちゃん随分……根性入ったバンドマン…いや、ウーマンだね」
何故かすごく息を切らしながら呆れたようにそう言うおじさん。
ん?ていうか、なんか場所がさっきまでと違くない?
「担いで走っててもまだぶつぶつ言ってんだもん、周りからよく変わり者だって言われるおっちゃんも流石にビックリ仰天だよ」
担いで走る?
……浮遊感は担がれてただけだったのか。
「ごめんなさい。つい周りが見えなくなるもんで…」
「ああいや、いいっていいって!元はと言えば叫ばしたおっちゃんのせいだしね」
……そういえばそうか。
「っと、そろそろ帰らなきゃだな。愛する息子にも会いたいし」
携帯を取りだし、人の良い笑顔を浮かべてそう言った。
飢えて倒れるくらいなのに、携帯は持ってるんだ…変わってるなぁ…
でも、やっぱり悪い人じゃなさそうだし、何よりちょっと気が合う…気がする。
「んじゃ、嬢ちゃん、また機会があったら会おうや!」
「こちらこそ」
社交辞令ではなく本心でそう言うと、うんうんと満足そうに頷いて、猛スピードで走り去っていった。
「不思議な人だったなぁ…」
あの人のお陰で曲が捗ったし、もしかしたら妖精の類だったのかもしれない…
と、そんなことを考えていると、足下に何か落ちているのを発見する。
「これ…パスポート?」
とりあえずページを捲ってみると、さっきのおじさんの顔写真があったので、あの人のものだと分かった。
届けてあげないと…
「えっと、住所は……って…これ…!」
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