蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「柴崎の存在が今のあたしの力だからさ」

チッチッチ

 

「ぐかぁ~、ぐかぁ~」

 

チッチッチッチッチッチ

 

「うーん…許してくれぇ~…」

 

…眠れない。

 

それは日向のいびきや寝言、ましてや時計の針のせいなどではなく、きっと仲村…じゃなく、ゆりとの会話のせいだ。

 

現実主義だと思っていたゆりが言った“運命の相手”

 

そんなものを鵜呑みにする気は毛頭ない。

 

だけど、嘘を言ってるようには見えなかった。

 

何がそうさせているのか分からないが、ゆりは本気で信じているんだ。

 

だからこそ、好きな相手を何も出来ないまま諦めるという選択を取ってしまったんだ。

 

そして、そんなゆりが俺には運命の相手がいると断言した。

 

それは誰なのか教えてくれなかったけど、とにかく周りにいる誰か…らしいし、そして俺は誰かを見落としている…らしい。

 

心当たりはまるでない。

 

「はぁ…」

 

考えなきゃいけないことばっかりだ。

 

ちょっと外の空気でも吸いに行くか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――♪」

 

ふらふらと海辺まで歩いていくと、心地のいいハミングが聴こえてきた。

 

その声はとても聴き慣れたもので、すぐに誰だか分かった。

 

「岩沢」

 

「ん、柴崎?どうしたのこんな時間に」

 

「そりゃこっちの台詞だ。こんな時間に何してんだよ」

 

「なんだか歌いたくなってさ。とは言っても、迷惑にならないよう大声は控えてるけど」

 

なんか歌いたくなったからってこんな時間に女一人でうろつくなよな…

 

「で、柴崎は?」

 

「俺は…考えごと」

 

「考えごとって?」

 

こうやって会ったのも何かの縁だし岩沢にも訊いてみようか。

 

…まあ大体返事は分かってるんだけど。

 

「お前はさ、運命の相手って信じるか?」

 

「柴崎だよ」

 

やっぱそう言うよな…

 

「だからさ、なんで俺なんだよ?」

 

「だから理由とかはないんだって。ただ好きなんだ、柴崎のことが」

 

ああもう、調子が狂う…

 

逃げてるつもりなんてない、だけどこんな真正面から来られてどうしろっていうんだ?

 

俺は岩沢の気持ちには応えられない。

 

それはもう伝えてある。

 

でもまだコイツは好きだと言う。

 

これ以上どうするんだよ?何回だって断って、もっと傷つけろって言いたいのか?

 

「あー、そうかい」

 

そんなの、無理だろ…

 

「ていうか、なんでそんなこと考えたんだ?」

 

「いや、まあなんとなく」

 

まさかゆりの名前を出すわけにもいかず、歯切れ悪く誤魔化すだけになる。

 

「ふぅん」

 

こんなので本当に納得しているわけじゃないだろうけど、岩沢はそれ以上訊いてはこなかった。

 

「まあとりあえず、座りなよ。立ち話もなんだろ?」

 

ぽんぽん、と自分の隣を叩く。

 

俺はその叩いた場所のもう1歩分離れた場所に座った。

 

「もっと近くていいのに」

 

「逆に話し辛いわ」

 

それに、心臓に悪い。

 

コイツは…急にドキッとさせやがるから。

 

「まあいいけどさ、柴崎と話せるならどうでも」

 

……ほらな。

 

風でたなびく髪を抑える仕草も、嬉しそうに笑う顔も、全部ずるいんだよ。

 

好きだって言ってる岩沢より、言っていない、思ってもない俺の方がよっぽどドキッとさせられてる気がする。

 

「綺麗だよなぁ、星」

 

岩沢は唐突に空を見上げてそう言った。

 

「だな」

 

つられて見上げると、俺たちの地元では見られないほど沢山の星たちが綺麗に輝いていた。

 

「これだけ輝いてるのが何千何万個とあるんだよな」

 

「いやもっとあるだろ」

 

「あたしが輝くためにはどれくらい頑張ればいいんだろうな」

 

「え?」

 

不意に、岩沢の目が遠くなった。

 

「喉から血を迸らせるくらい歌っても、あたしはこんな何百万っていう星には勝てないのかなぁ…とか考えたりすることもあるんだ」

 

「Million Starか?」

 

「はは、正解。よく分かったね。歌詞にはこんなこと書いてないのにさ」

 

「そりゃ聴いたときにそう読み取ったわけじゃねえよ。でも思いっきり歌詞引用してんだろうが」

 

それもそうか、と笑い、またどこか遠い目をする。

 

「あたし、こういう星空を見るとついこんなこと考えちゃうんだ」

 

もしかして、それで今日こんな時間に歌いたくなったのだろうか。

 

いや、もしかしたらここに来てからずっと…

 

コイツの夢は、果てしないほど厳しい道だ。

 

だから何かのきっかけで急に不安になったりするのかもしれない。

 

「…まあ、輝くのは無理かもな」

 

「…だよな」

 

俺の言葉は岩沢の望んでいたものではなく、岩沢は少し俯いて苦い顔をして笑う。

 

「でも、歌は音と声で出来てる」

 

「え?」

 

「音とか声ってようするに震動だろ。元から輝くもんじゃねえよ」

 

正直理科とか科学とか、そういうのは苦手だから、全く根拠もないどこかでうっすら聞いたことのある知識で話すしかない。

 

でも、それでも言ってやりたい。

 

「お前の歌は人の心を震わせるもんだろ。輝くかは保証できないけど、震わせることが出来るのは保証する」

 

お前の歌には力があるし、価値もある。

 

「柴崎はあたしの歌で心が震える?」

 

「当たり前だろ」

 

俺は迷うことなく即答する。

 

「…ならあたしは頑張れるよ」

 

ぎゅっと右手を胸の前で握りこみ、

 

「柴崎の存在が今のあたしの力だからさ」

 

今度は苦さなんて微塵もない、綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

「こんなの、素人の戯言だぞ?」

 

「歌のプロに言われるより柴崎に言ってもらえる方が、ずっと嬉しい」

 

「あっそ…じゃあもう落ち着いたか?歌いたい衝動は」

 

「うん。普段通りの欲求しか今はない」

 

常に歌いたい欲求はあるんですね…

 

まあ、それでこその音楽キチだけどさ。

 

「柴崎はもう考えごとはいいの?」

 

「あー…そうだな。なんか今はちょっとすっきりしてるわ」

 

答えなんて出なかったけど、何故か今はそれが気にならない。

 

「もしかしたら、お前のおかげかもな」

 

頭の中の靄が晴れて、少し笑みが漏れる。

 

「そ、そっか、なら…良かった」

 

「ん?どうした?」

 

「な、なんでもない。ちょっと先に帰るから!」

 

「は…おい…」

 

何故か焦ったように走り去っていきやがった。

 

…なんだアイツ。いつもなら意地でも一緒に帰ろうとしそうなもんなのに。

 

「ていうか、だからこんな時間に女が一人でうろつくなっての…」

 

まあ別荘まですぐだし何かあれば分かるし、無理に追う必要もないか。

 

「俺も帰るかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっくに寝静まった関根に気づかれないように布団に潜り込む。

 

『もしかしたら、お前のおかげかもな』

 

さっきの光景が蘇って布団の中でじたばたと悶える。

 

月の光に照らされて、綺麗に輝いていた桔梗色の髪と瞳。

 

ただでさえ愛してやまない相手に、そんな状態で久しぶりに笑いかけられて平静でいられるわけない。

 

「ずるいなぁ…」

 

いつかまた柴崎にあたしと同じように感じてもらうことが出来るといいな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに合宿終了の日がやってきた。

 

「さぁ、ちゃっちゃと荷物確認しなさーい」

 

朝起きて、まずは点呼と体調確認を終え、各自部屋に戻り身支度や忘れ物などがないかを確認していく。

 

こうやって支度を始めると、本当に今日で終わりなんだなと実感する。

 

「今日で柴崎との相部屋も終わりか~お互い寂しくなるな」

 

「いや別に」

 

「ちょ、冷てえなぁ!」

 

「だってお前いびきと寝言うるせえし」

 

「嘘ぉ?!」

 

本当だよ。

 

だけどまあ、日向に限らず、このクラブにいる奴らは全員賑やかだから家に帰るとちょっと静かすぎるかもな。

 

「よし、荷物も確認済んだし行くか」

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荷物を持ってリビングに行くと、俺たちはかなり早く終わったらしくそれなりに待つことになった。

 

やはり女子は支度に時間がかかるのか、ガルデモ組たちは集まるまで時間がかかっていた。

 

そうしてようやく全員集まったところで朝食となった。

 

皆で和気藹々と食べていると、ガチャ、と扉が開いた。

 

扉を開けた人物は、見たことのない、随分年のいった男だった。

 

髭が鬱蒼と生え揃っていて、眼光も鋭く、しかし身なりはとても整っている。

 

…誰だ?

 

「パパ!来てくれたのね!」

 

その疑問はすぐさま飛びつくように駆け寄ったゆりの言葉で払拭された。

 

あれがゆりの父親…てことはうちの理事長か。

 

「ああ、ゆり。お前がどうしてもって言うから来たが一体………?!」

 

得心のいってない様子でゆりに話しかけ、こちらを一瞥した途端、様子が変わった。

 

ぎょっとするようにこちらを見たと思えば、涙を流していた。

 

「そうか、ゆりっ……ゆり…これがお前の仲間なんだな…」

 

そして、しきり頷きながらそう言う。

 

「そう。いい子達でしょ?」

 

「ああ……俺は嬉しい…お前たちの顔が見れて…叶うなら俺も若返ってこの輪に加わりたいくらいな…」

 

「…うん。あたしもいて欲しい」

 

親父さんにつられるように目尻に涙を浮かべるゆり。

 

今、この二人の間にしか分からない何かが、この場には確かにあった。

 

ピリリリリ!

 

しかしその時間は、携帯の着信音によってあっけなく阻まれてしまった。

 

「……はは、悪いな。仕事だ。ここにも無理矢理時間を作って来たんだ」

 

「ごめんね、無理言って」

 

「なに言ってやがる、昔っから無茶と無謀しか言ったことねえだろうが。じゃあな皆、ゆりを…娘を頼む」

 

そう言って、深く頭を下げたあと、忙しなくゆりの父親は別荘を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、荷物入れたらさっさと乗り込んで!」

 

ゆりの父親の訪問の後すぐに朝食は終わり、俺たちも別荘を後にしようとしていた。

 

行きと同じように乗り込みを急かすゆり。

 

今回は野田がバテることなく無事バスに乗れたし、行きのような大惨事はまずないだろう。

 

皆が乗車したのを確認してバスは走り出す。

 

「なぁ」

 

1つ気になったことがあったので、隣の席に座る日向に声をかける。

 

「なんだ?」

 

「日向はゆりの親父さんに会ったことなかったのか?」

 

あの反応を見る限り、全員初めて顔を会わしたような雰囲気だったのが少し気になっていたのだ。

 

「あー…そういえば不思議となかったなぁ。まあほら、ゆりっぺの親父さんは忙しいからな」

 

「…それもそうか」

 

確かに幼馴染みだからといって、どこもうちのように家族ぐるみで付き合ったりはしないだろうしな。

 

それがゆりの家のように上流階級であれば余計だろう。

 

「ふぁ~あ、なんか眠いな…」

 

日向が間の抜けたあくびをもらす。

 

それを聞いて、気づいたが周りもほとんど眠り始めていた。

 

かくいう俺も昨日眠るのが遅かったこともあり少し眠い。

 

「俺たちも寝るか」

 

「そだな」

 

ふぁ~、と俺もあくびをもらして窓際に体をもたれさせ、眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐかぁ~、へへへ…これ全部食ってもいいのか~…?」

 

「………うるせえし、重い…」

 

俺にもたれながら寝言を垂れる日向のせいで結局眠ることは出来なかった。

 

 




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