蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「あたし…まだあんなに好きだったのよ」

眩しく照らす太陽。

 

澄み渡った青空。

 

透き通った偉大な海。

 

どれも本当に素晴らしい!

 

「……でもそろそろ飽きたなぁ」

 

今日も今日とて海に身を任せて浮かぶこの姿からは、きっと説得力は皆無だろうけど。

 

しかし、毎日基本浮かんでるだけだし…あ、泳げよって意見は聞かないぞ。俺は海は浮かぶ派だから。

 

とはいえ、こうやってゆっくり海で遊ぶのも今日で終わりなのだ。

 

4泊5日の4泊目。

 

明日は昼前には出るようだし、来たとしてもせいぜい海にお別れを告げる程度だろう。

 

「なぁ柴崎…」

 

「ん?どうした…って、いや本当にどうした?」

 

声をかけられそちらを向くと、思わず訊き直してしまうほど異様に落ち込む音無の姿があった。

 

「奏ちゃんがゆりに取られた…」

 

「ああ、だから一人なのか」

 

最近はいつも会話の有無に限らず奏ちゃんの側に居たもんな。

 

さながらストーカーのようだった。

 

「奏ちゃんのいないこんな世の中じゃ…」

 

「ポイズン?」

 

「ふざけないでくれ!俺は真剣なんだ!!」

 

このノリでガチギレする人初めて見たわ。

 

「つっても、ここから帰ったらもう奏ちゃんとは会えないぞ?」

 

奏ちゃんも受験生だし、忙しいだろうし。

 

「ふ…ふは…ふはははは…」

 

俺の言葉を受けて急に薄気味の悪い笑い声をあげだした。

 

やば、壊れたか?

 

今にも絶望した!って言い出しそうだ。

 

「柴崎…お前には教えといてやる…俺はなぁ、奏ちゃんの家庭教師をすることになったんだよ!しかも彼女直々のご指名さ!」

 

「そ、そうか…そりゃ良かった」

 

首つったりしなさそうで心底良かったと思ってはいるが、これだけは言わせて欲しい。

 

お前キャラ崩壊しすぎだろ。

 

「あ、あと1つ訊きたいことがあるんだけどさ」

 

怖!いきなり素に戻るの?!

 

しかしそんな俺の心の動揺などお構いなしに質問は続けられる。

 

「千里ってどこにいるんだ?」

 

「え、悠?」

 

想定外の人物の名前が出てきて思わず訊き返してしまう。

 

音無と悠…と言うより、俺と遊佐、あとは学校外の彼女以外の誰かと悠、という組み合わせがまず思い浮かばない。

 

「悠…は…」

 

怪訝に思いながらもここら一帯を見渡してみる。

 

「あそこ、砂浜の端にある岩場にいる」

 

「一人か?」

 

「一人。まあ俺といなけりゃ大抵一人だし」

 

遊佐は悠と極力二人になるのは避けてる風だし。

 

「そっか…」

 

「どうしたんだ?いきなり」

 

「いや、ずっと気になってたんだよ。一人でいるのが」

 

「一人でいたがるやつなんて、珍しくないだろ?」

 

このクラブでも、野田や直井なんかは一部の例外を除けば基本単独行動をしたがる傾向がある。

 

「そうなんだけど…なんか放っておけないんだよな」

 

「ふぅん…」

 

これが日向なら今ごろ「こっちなのか?」と、手の甲を口元に当てながら訊いているところなんだが、音無は奏ちゃんに骨抜きだしな…

 

「まあ、悠は口は悪いけど良い奴だからさ。仲良くしてやってくれ」

 

「ああ、任せろ。といっても千里には嫌がられるかもしれないけどな」

 

「それは…ありえる。まあ照れ隠しだと思ってくれ」

 

「そうするよ、じゃあな」

 

そう言って、岩場の方へと泳ぎ始めていった。

 

「まあ、あいつも友達増やさないとな」

 

って…

 

俺も別に友達多くなかったわ…

 

 

 

 

 

 

 

時は移り、夜。

 

既に夕食は終わり、しばしの自由時間の後、例によって仲村に集められた。

 

昨日の胆試ししかり、今日も何かやるんだろうな。

 

「今日はいよいよ皆で過ごす最後の夜よ。だから今日は、こんなゲームを用意したわよ!」

 

パチンッと指を鳴らすと、遊佐が仲村の後ろから、大量の箸を持って現れた。

 

箸…ゲーム…ってことは…

 

「王様ゲーーーム!!いぇーい!」

 

一瞬の静寂…そして

 

「「「「「う…うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!!」」」」」

 

男共の雄々しい声が響く。

 

いまいち乗りきれていないのが、大山、直井、悠辺りだろうか。

 

かくいう俺もその一人だが。

 

「ていうか先生、これ止めなくて良いんですか?立場的に」

 

隅で傍観どころか思いきり輪の中に入っている椎名先生に一応確認してみる。

 

「あさはかなり」

 

この人こればっかりなんだよなぁ…

 

「安心しなさいよKYたち。あまりに酷い命令は、このゆりっぺ様が却下するから」

 

王様よりゆりっぺ様のが上なのか…

 

まあ、それなら多少安心…なんだろうか?

 

「なあ、王様ゲームってなんだ?」

 

「あー…そうよね、岩沢さんは分からないわよね…」

 

ちょいちょい、と手招きし、耳元でこそこそと話し出す。

 

すると、みるみる目が輝きだし

 

「やろう!早く!」

 

やる気がMAXになっていた。

 

「仲村てめえ何吹き込みやがった?!」

 

「あるがまま説明したに決まってるでしょ」

 

あっけらかんと言いのけるが、どう考えても余計なことを言ったようにしか思えない。

 

王様ゲームの説明をなんでわざわざ耳元で言う必要があるんだ、と思ってたんだ…

 

「とにかく始めるわよ」

 

「いや、まだ話は…」

 

なんとか抗議を続けようとしたところを何者かによって口を塞がれる。

 

いや、何者どころじゃない。見ればさっき雄叫びをあげていた奴ら全員で俺の動きまで封じていた。

 

「柴崎…男にはな、やらなきゃいけない時があんだ」

 

そういう格好良い台詞はもっと良い場面で使え!

 

「ハグ、キス、揉み…」

 

揉みってなんだ?!

 

「奏ちゃんと…」

 

「ゆりっぺと…」

 

「「ぐはっ」」

 

血がつくから離れろお前ら!

 

「はいはーい、とりあえず柴崎くんは抑えながら始めるわよー。さっさと引きなさーい」

 

いやもう反発しないから離して欲しい。

 

そう思いながらも拘束されたまま、結局最後に残った1本が俺の物となった。

 

それを引いたところでようやく拘束は解かれた。

 

「「「「「王様だーれだ?」」」」」

 

「…私、です」

 

お決まりの台詞を言った後、おずおずと手を挙げたのは入江だった。

 

「え、えっと…命令ですか…なんだろう…」

 

1発目からあからさまに向いてない奴に当たったな…

 

「…あ!5番の人、3回回ってワンって言ってください」

 

なにこの子、実は隠れSなの?

 

あ!って言ったときめちゃくちゃ良い笑顔してたんですけど。

 

ていうか5番誰だ…?

 

「僕が…そんなことを…?」

 

直井だった。

 

よりによって一番プライド高いやつが当たるとは…

 

「王様の命令は絶対…諦めなよ直井くん!」

 

これまためちゃくちゃ良い笑顔で関根が直井を諭していた。

 

「くっ…この僕が…」

 

しかし意外にもやる意志があるようで、立ち上がり輪の中心へと進み…

 

クルクルクル、と3回回り

 

「ワン…」

 

クールに決めていた。

 

いやそんな前髪ファッサァってされても…

 

「よーし次々!じゃんじゃん行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後しばらく当たり障りのないネタ系の命令のみで進んでいった。

 

男性陣は下心を持っているものの、どこまで言って良いのか探っている様子だった。

 

「「「「「王様だーれだ?」」」」」

 

「あたしね!」

 

7回目、今度は仲村が冠マークの箸を引いていた。

 

「そうねぇ、そろそろネタ系も飽きたし…7番と10番、あと3順ゲームが進むまで手を繋いでいなさい」

 

ここにきてようやく王様ゲームらしい少し恥ずかしいタイプの命令が下され、にわかに場がざわつく。

 

しかもこの数字は…

 

「7番です」

 

「…10番だ」

 

俺と遊佐が手を挙げて自己申告する。

 

するとものすごいブーイングを食らってしまう。

 

「じゃあ3順するまでお楽しみあれー」

 

「何がお楽しみだ…」

 

「こんな可愛い女子と手が繋げるんですから楽しくてしょうがないでしょう」

 

俺の隣へと移動してきた遊佐が、そう軽口を叩きながら俺の手を取った。

 

きゅ、と握りこまれる手。

 

その手の感触が想像していたより柔らかくて、少し動揺してしまう。

 

「どうしました?もしかしてドキドキしてます?」

 

「うるせ。お前の方こそ手汗かいてんぞ」

 

「うわ最低ですね…」

 

お前が変なこと言うからだろ、と思いつつも、確かに幼馴染みとはいえ女子に言う台詞ではなかったなと少し反省する。

 

「「「「「王様だーれだ?」」」」」

 

「俺だぁー!」

 

次に引いたのは日向。

 

「お、俺の命令は…」

 

ちらちらと仲村の顔色を窺いながら、意を決して命令を口にした。

 

「19番は王様の腕に抱きつく!」

 

この命令には下心満載の男たちは歓声をあげていた。

 

腕に抱きつくということは、すなわち女子の胸が腕に当たることを意味する。

 

そしてこれは仲村も止めるほどではないと判断したらしく、首を縦に振っていた。

 

残すは19番の行方を見守るのみだった。

 

「……オーマイガー」

 

しかし手を挙げたのは絶望し、顔を手で覆ったTKだった。

 

「そんなぁぁぁぁ!!!」

 

その後生まれたのは見るに耐えない男同士の腕組みだったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

そしてこの二の舞を恐れた男性陣は再び膠着状態へと戻り、数回ゲームは進んだ。

 

俺と遊佐の手を繋ぐという命令は既に終わり、代わりに今度は大山と入江に4順の間背中合わせという、日和に日和った命令が下ったりもした。

 

そして15回目。

 

「私ですね」

 

ついに王様だーれだ?を省略するようになり、引くとすぐ遊佐が手を挙げた。

 

「そうですね…じゃあ8番と13番の人ハグしてください」

 

しれっと際どい命令を出し、日和っていた男性陣に動揺が走る。

 

「8番あたしだわ」

 

すると仲村が手を挙げた。

 

ということはこれもOKということだろう。

 

「13番俺だ」

 

「ひ、日向くん?!」

 

「な、なんだよゆりっぺ、そんな驚くなよ」

 

次いで手を挙げた日向を見て、仲村は目に見えて動揺していた。

 

「日向きさ…!」

 

当然のごとく暴れそうになった野田が、ゲーム開始時の俺のように拘束されていた。

 

「しかしゆりっぺかぁ…幼馴染みとハグってなぁ」

 

「な、なによ?!あたしじゃ不満だっての?!」

 

「そういうわけじゃねえけどさぁ…んー!よし!とりあえずハグするか!」

 

覚悟を決めたようで、大きく腕を開いて仲村の方へと近づいていく。

 

「う、うん…」

 

仲村はいつもの姿が嘘みたいに、顔を赤らめ、借りてきた猫のように大人しくそれを待っていた。

 

「んー!んー!」

 

ドタバタと激しく暴れる野田をよそに、どんどん近づく二人。

 

そして――

 

「やっぱダメぇ!!」

 

「ぐっはぁ?!」

 

抱きしてられる直前、日向の顎にむかって強烈な右ストレートが繰り出された。

 

「…きょ、今日はこれで終わり!解散!」

 

それだけ告げ、別荘の外へと飛び出していってしまう。

 

今の…

 

「ゆりっぺ…」

 

不意に耳に届いた声の先を見ると、先ほどまで暴れていた野田が呆然としていた。

 

野田は…知らなかったのか…?

 

「ゆりっぺ…!」

 

そして急に立ち上がり仲村を追おうとする野田。

 

「ちょっと待て!」

 

その肩を無意識のうちに掴んでしまっていた。

 

「…なんだ?」

 

野田の顔は未だ動揺を引きずっていて、とても見ていられる状態じゃなかった。

 

「…俺が行く」

 

「何故だ?」

 

「いいから、お前は頭落ち着かせとけ」

 

「…すまん」

 

意外にもあっさりと引き下がった野田に戸惑ったが、それだけ尾を引いているのだろうと思い、仲村を追った。

 

 

 

 

 

 

 

「…何の用?」

 

仲村は別荘を出てすぐに見つかった。

 

というのも、別荘を出てすぐにある一本道をしばらく行ったところのベンチで座り込んでいたのだ。

 

「何の用って…あんな風に飛び出したらそりゃ追いかけるだろ」

 

「デリカシーないわね」

 

「…こっちにも色々事情があんだよ」

 

「分かってるわよ…野田くんでしょ?」

 

流石に察しがいい。

 

まあその方が話が早くて助かる。

 

「お前は、日向が好き…なのか?」

 

「あなた本当にデリカシーないわね」

 

「うっ…でも、そう訊くしかないだろ?!」

 

こんなの遠回しに言ったってしょうがないことだ。

 

それに、もうほとんど分かりきっていることなんだから。

 

「まあいいわよ。質問の答えもイエス。これでいい?」

 

「これでいい?って…それは俺じゃなく野田に…」

 

「野田くんは知ってるわよ。あたしが日向くんを好きなこと」

 

「え…?」

 

嘘かとも疑ったが、こんな嘘をついたって意味がない。

 

いや、でもだったらさっきの呆然とした表情はなんだったんだ…?

 

「ううん、ちょっと違うわね。あたしが日向くんを好き“だった”こと、ね」

 

「だった?」

 

「そ、野田くんにはあたしは日向くんのことは諦めたって言ってあるのよ」

 

「なんでそんな嘘…?」

 

いたずらに野田に希望を持たせるようなことをしていた…ってことなのか…?

 

「言ってあるっていうか…あー…難しいわね…だから、あたしも諦めてたつもりだったのよ」

 

なんと伝えればいいか、言葉に迷っているようだった。

 

「諦めてたつもりだったのに…ハグするってなると、頭が真っ白になって…はは、笑えるでしょ?」

 

いつか見た時のように、どこか自嘲するように笑い

 

「あたし…まだあんなに好きだったのよ」

 

吐き捨てるようにそう言った。

 

「ううん、好きなのは分かってたのよ。でも、こんなに動揺するほどだなんて…思わなかったのよ」

 

それで野田は、諦めていたはずの仲村があそこまで動揺していたことにショックを受けたのか…

 

仲村自身も嘘をついていたつもりなんてなくて、でも野田からすればそれはまるで裏切りのようにすら感じたのかもしれない。

 

「あのさ、諦めたってことは日向にはフラれたのか?」

 

「……ほんっとデリカシーない」

 

「わ、悪かったな!」

 

そもそもこういう色恋沙汰に巻き込まれた経験がねえんだよ!

 

「まあここまで話しちゃったし、いいわよ。教えてあげる」

 

「い、いいのか?」

 

「なによ?あなたが訊いたんじゃない」

 

「そりゃそうだけど…」

 

こんな風に自分の弱味みたいな部分を人にさらけだすことは、絶対に避けそうだと思っていた。

 

「ていうか、大したことないのよ。あたしは告白なんてしてないから」

 

しかし仲村は、拍子抜けするほど簡単にそう答えた。

 

「してないのに…諦めたのか?」

 

「そうね」

 

「しないのか?」

 

「出来ないわよ」

 

「なんで?」

 

「アイツには…もっとお似合いの娘がいるんだもの」

 

お似合いの娘…つまり彼女ということだろうか?

 

「彼女がいるから無理ってことか?」

 

「違うわよ」

 

お似合いの娘だけど彼女ではない。

 

中々答えは教えてもらえず、頭が混乱してくる。

 

「じゃあなんだ?知り合いにってことか?」

 

「まだ会ったことない、だけど確かにいる誰かよ」

 

「はぁ?」

 

「分かりきってるのよ。あたしが日向くんの運命の相手じゃないのは。これは神様が決めたのよ」

 

仲村に似つかわしくないメルヘンチックか物言いに、余計に混乱していく。

 

第一、運命とか神様とか…そんなもんあるわけが…

 

「信じられない?」

 

俺の心の内を読んだように問いかけてくる。

 

「そんなの…信じられるわけないだろ」

 

この時点では、とてもではないが冗談を言ってるようにしか聴こえなかった。

 

「でも確かよ。あたしは知ってる。運命は確かにある。それを覆すことは出来ない。出来たとしても、もしそれを知ってるのにその糸をほどくのは…とても辛いことよ」

 

しかし、そう語る仲村の顔は嘘を言っているようには見えない。

 

嘘偽りなく、現実を憂いていた。

 

「相手にとっても自分にとってもね」

 

「好きなやつのために頑張ることが辛いのか?」

 

「――――っ」

 

何の気なしにした質問。

 

「あんたに…あんたに何が分かるのよ?!」

 

しかしそれは仲村の逆鱗に触れてしまった。

 

「好きなやつのために頑張ることが辛いのか?辛いに決まってるじゃない!好きだからこそ、何をするのも辛いのよ!」

 

何も知らない奴が知ったような口を利くな。

 

そう目が語っていた。

 

「あなたに分かるの?!人を好きになったことどころか岩沢さんから逃げまくってるあなたに!」

 

そして、最後のこの一言がより一層と、胸に刺さった。

 

「………ごめん」

 

何か反論することも出来ない。

 

仲村は終始正しくて、俺はただ謝ることしか出来なかった。

 

「…っ…あたしも言い過ぎたわ。でもね、これはあなただから怒ったんじゃないわ。誰に言われたって怒ってたから…」

 

そのフォローも半分本当で、もう半分は嘘だろうと直感で思った。

 

確かに同じことを言われれば怒りはしたが、しかしそれでも今ほど頭にきたりはしないのではないだろうか。

 

何故なら俺は、好きって気持ちを知らないからだ。

 

そんなやつに、無神経な質問をされたからこそ、あそこまで怒っていたんだと思う。

 

「でも…岩沢さんのことは真剣に考えてあげて。ううん、岩沢さんだけじゃなく、よく周りを見て感じてあげて」

 

だってこいつは、腹の立つことを言われた自分のことよりも、岩沢のことを考えている。

 

「あなたは眼がいいけど、遠くばかり見ずに近くにも眼を凝らしてみて。きっと見落としてる人がいるから」

 

灯台もと暗し、ということだろうか。

 

でも、俺は近くを見落としているつもりなんてなかった。

 

むしろ、そういう意味では手の届く範囲までしか見えていないとまで思っていた。

 

どうやったって届かない相手を見ていたって、虚しいだけなんだから。

 

だが、もし仲村の言う通りなのならば、それが俺の運命の相手…とやらなんだろうか。

 

「…なあ、仲村」

「ねえ、いい加減仲村はやめなさいよ。他の皆はゆりかゆりっぺって呼んでるのよ?」

 

「え、今そんな話するところか?」

 

「いいじゃない。こんな風に一対一で話すことなんてあまりなかったし。いい機会よ」

 

何がいい機会なのかは分からないけど…

 

「まあいいや、言わなきゃ話進まないんだろ?じゃあ…ゆり」

 

「なぁに?」

 

「運命の相手って俺にもいるのか?」

 

「……いるわよ」

 

やっぱりいる…のか。

 

近くにいて、近すぎて見えていない…そんな相手が。

 

「誰だ?」

 

「言えない。運命の人って言われて意識したんじゃ、運命じゃなくなっちゃうでしょ」

 

確かにそうなのかもしれない。

 

占いなんかと同じで、こうだと言われるとそんな気がしてしまう。

 

そんな曇った眼で決めるものじゃない。

 

それは俺にとっても納得のいくものだった。

 

「だから、あなたが決めるの。そのためのSSSでもあるんだから」

 

そう笑って諭してくれるリーダーに、しかし俺は1つ疑問を覚えてしまった。

 

お前は、本当にもう諦めなきゃいけないのか、と。

 

「さあ、明日も早いし帰りましょうか」

 

「なぁ…」

 

「ん?」

 

「…いや、野田にはちゃんと説明してやれよな」

 

「…?わかってるわよ、そんなこと」

 

だが、ついぞ言葉を口にすることは出来なかった。

 

 




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