「………………」
いつもお祭り騒ぎをしている俺たち(出来れば俺は省いて欲しいが)でも、流石にあんな事件が起こっては海で騒ぐ気にもなれず自由時間ということで落ち着いた。
かといってお通夜のように粛々と過ごすのもひさ子たちに気を使わせてしまうだろうからといつものように振る舞う奴らもいた。
が、どうも俺はそれすら出来る気がしなくて一人別荘の近くの森林をあてもなく散歩していた。
あの時俺はどうするべきだったのか、それが頭を忙しなくぐるぐると巡っていく。
藤巻が危険な状況だと分かった瞬間、俺が一も二もなく助けに向かっていければひさ子まで溺れかけずに済んだんじゃないか。
『うるさいっ!こんなこと言ってる間にアイツが溺れたら…あんたが責任取ってくれるのか?!』
挙げ句ひさ子の言葉に怯んで引き止められないなんて…
「なんのためにこんな眼があるんだよ…」
正直、俺が行ったからって藤巻を助けれたとは思わない。ひさ子の二の舞になるのがオチだと俺は思う。
何故なら俺は身体能力は一般並みだからだ。
溺れかけていて必死な人間…それも俺よりも力が強いであろう相手にしがみつかれては、俺じゃどうしようもない。
だから最終的には野田や松下五段、それに椎名先生たちに頼んだ。
俺にはそれくらいしか出来なかった。
俺の行動は正しかったのか、結果的に助けは出来たけど、俺は二人を見殺しにしかけたんじゃないのか。
他人より視える眼を持っているのになんで俺は…
「なんでお前が助けにくんだよ?!ふざけんな!」
「っ?!」
いきなり聴こえてきた怒声に思わず声が出かけるがなんとかこらえる。
な、なんだ…?
とにかく声がした方向から死角になるように木に身を隠す。
「はぁ!?助けてあげたんだから感謝するのが普通じゃねえのかよ?!」
「誰がてめえに助けてくれって頼んだんだよ?!ああ?!」
この声…ひさ子と藤巻か?
ひょいと少し顔を出して覗きこむと、やはりあの二人が血相を変えて睨みあっていた。
「なんだよ!?またあんたは女に助けられるのがダサいとかワケわかんないこと言いたいわけ?!」
また…?
思えばひさ子は今日だって藤巻が泳げないか訊いたとき『昔から』と言っていた。
ということは高校で部に入る以前から知り合いってことか。
「…!……ああそうだよ。お前がそんなんだから俺は…!俺はお前の隣にいられねえんだ!」
「なんだよ…それ…」
ひさ子の言葉を受け、まるで刺されたかのような表情を藤巻が浮かべたかと思えば、今度はひさ子が今にも泣き出しそうな表情に変わる。
「居たいなら…居てくれよ…ずっと隣に居てよ!」
「…俺は男で、お前は女なんだよ…!」
「だからなんなんだよ?!それがどう繋がるんだよ!」
「…言わねえよ。そんなもん、言ったら余計に遠のいちまうんだ」
そう言って立ち去る藤巻。
残されたひさ子は崩れ落ちるように座り込んで嗚咽を押し殺す。
「なん…なんだよ…?ワケわかんないっての…馬鹿俊樹ぃ…!」
しかし堪えきれず、ついには悲痛な泣き声をあげ始めた。
さっきのやり取りの意味も、二人の関係性もあまり分からないが、とにかくこの件は見なかったことにしておいた方がいいな…
と、立ち去ろうとしたその時。
パキッ
「だ、誰かいるのか?!」
嘘ぉぉぉぉ?!こんなベタな展開ある?!
待て…待て待て落ち着け俺…!こんなちょっとした音ならこんな森ではいくらでも鳴るはず…そう、何か野性動物が踏んだとか、そんな風に装えば…
「こ、コンコーン」
「なんだ狐か…ってそんなわけあるかぁ!!」
騙せたかと期待したのも束の間、猛スピードで俺が隠れていた木までやってきた。
「柴崎…お前聞いてたのか…?」
「ち、違うんだ!俺も考え事をしてて…たまたま、本当にたまたま通りかかっちゃったんだよ!」
「ちなみに…どこから聞いてたんだ…?」
その時のひさ子の目はこう語っていた。
『場合によっては殺す』と。
な、なんて答えるべきなんだ…?
ていうか最後のを聞いてた時点でもう死亡は確定しているような…
ええい!ならいっそ正直に生きて死んでやるわい!
「藤巻が、なんでお前が助けにくんだって怒鳴ってる辺りから…」
「ほとんど全部聞いてるんじゃねえか!」
「でも本当にたまたま通っちまったんだから仕方ねえじゃんかよ!?」
俺だってあんな修羅場見たかねえやい!
「はぁ…まあいいや…もう」
もう完全に理不尽な怒りの鉄槌が下されるかと身構えていたのだが、どうやらそんな雰囲気ではないらしい。
「あ、あのさ…」
「…なに?」
「藤巻とはどういう関係なんだ?」
「それ聞いて、あんたはどうしたいわけ?」
「い、いや何かしようってわけじゃなくだな…」
ただ訊いてみたかった、なんて出歯亀根性丸出しな台詞は流石に言えない。
「……まあいいよ。どうせこんな状態じゃしばらく戻れないしね」
こんな状態、というのは泣き腫らした目のことだろう。
「ちょっとハンカチ濡らして当てときたいから水辺まで移動していいか?」
「ああ、もちろん」
こうして森のなかにあった小川まで移動し、濡らしたハンカチを目に当てながら、再度質問してみた。
「で、二人はどういう関係で?」
「簡単に言うと幼馴染み。あんたと遊佐、それに千里みたいなもん」
そう言われ俺たちの関係と少し当てはめようと頭のなかで想像してみるも、どうにも上手くいかなかった。
「にしては、仲が悪い…よな?」
藤巻とひさ子は、普段から犬猿の仲というのを地で行くような雰囲気だ。
俺と遊佐や悠も口論なんかはするけど、そういうのとはわけが違う…ような気がする。
「これでも昔は仲良かったんだ。毎日一緒にそこら中駆けずり回って…小さい頃はアイツ臆病でさ、よくいじめっ子から守ったりしてたんだけどね」
その当時を思い出しているのだろう。
楽しそうに話しているが、どこか遠いところを見ているようだった。
「それがいつからかこんな感じに、ね」
そう言って顔を落とすひさ子の動作1つ取っても、ひさ子が藤巻を嫌っているわけではないことが分かる。
ひさ子の性格的に、売り言葉に買い言葉でいつの間にか後に引けなくなったのだろう。
「きっかけは覚えてないのか?」
「さあ…少なくともあたしは覚えてない。でも…そうだな…本格的に仲が悪くなったのは中学あたりだったかも」
中学が…
中学時代は俺もあまりいい思い出がない故に、少し苦い表情になってしまう。
「藤巻に訊いてみたりしなかったのか?」
「したよ、中学のころに。でも、そんなの今さら言わなくても分かってるってことばっかりでさ、何が言いたいのか分からないんだよ。あんたもさっき聞いたろ?」
「あ…」
『…俺は男で、お前は女なんだよ…!』
確かそんなことを言っていた気がする。
「でもその前にひさ子も、また助けられるのがダサいとか言うわけ、とか言ってたよな?」
「ん?ああ」
「そんなことがあったのも中学時代か?」
「いやそれは…いつからだろう…?多分小学生の頃から言ってはいたとは思うけど。アイツ弱っちいのに負けん気は強かったから」
それはなんとなく思い浮かぶ。
それに、やっぱり男としては女子に守られるのは恥ずかしいし。
特に小、中学校だとそういうのはイジリの格好の的になりそうだしな。
「それで隣にいられない…か」
「勝手なんだよ、アイツ…」
男の俺としては藤巻の気持ちも分かる気がするから、頷くことも否定することも出来ない。
「でもあんな台詞が出てくるってことは、本当はひさ子と仲直りしたいんだろ、藤巻も」
「う…まあ…そうかもな」
「ひさ子は?ひさ子は仲直りしたいのか?」
「………………」
赤面しながらジロッとこちらを睨み付けてきた。
「愚問でしたかね」
そういえばさっき喧嘩して泣いてたんだもんな。
「な、仲直りしたいっつっても、アイツが勝手にキレて勝手に離れてったんだぜ?!なら謝るのも向こうからだろ!?」
「そんな赤面を誤魔化すためにキレられてもなぁ…」
「ちげぇーよ!!」
あ、口が滑ってた。
「お、落ち着け落ち着け…どうどう」
「あたしは牛か!」
………いや、まあ…その…一部分は…
「とにかく、藤巻は守られるのを気にしてるんだからさ、ちょっと態度変えてみたらいいんじゃないか?」
「変えるって…どうやって」
「ん~…とりあえずハグでもしてその赤面見せてやったらイチコロなんじゃない?」
「………死ね!」
俺の眼でも捉えきれない高速の拳が土手っ腹へ捩じ込まれ、そこで、俺の意識はなくなった。
俺が最後に思ったのは…そう。
この人…人間じゃねえよ…
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