蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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『あなたがあたしのヒーローになってね』

俺とゆりっぺのことを語るには、まず俺の小学生の頃まで遡らなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はヒーローが好きだった。

 

ライダーやウルトラマン、戦隊物という所謂特撮が好きだったのだ。

 

男子なら1度は憧れる正義のヒーロー。

 

だが俺はただの憧れだけじゃなく、本当にヒーローになろうと心に誓っていた。

 

特別腕っぷしが強いわけではなく、極々平均的な少年だった。

 

だが、弱いものいじめを見れば助けに入った。たとえボロボロにやられようと、何度でも。

 

何かズルをしているやつを見つければ注意し、不正を取り締まった。

 

幼い頃の俺が信じていた自分なりの正義というものをとにかく突き進んでいた。

 

それが正しいと、それで俺はヒーローに近づけているのだと思っていた。

 

ある日、それが錯覚だと気づかされた。

 

俺はいつも通り遅刻などせず、余裕を持って登校した。

 

その日の図工の時間にそれは起きた。

 

授業内容は校外での花の模写だった。

 

俺はせっせと向日葵の絵を描き、もうすぐ完成するかというところで後ろから声がした。

 

「うわあー」

 

今思い出してもわざとらしいそんな声と同時にざばぁっと大量の水を頭から浴びせられた。

 

何事かと後ろを向くと、筆を洗うために使うバケツを持ち、下卑た笑いを浮かべている男子が立っていた。

 

そいつだけでなく、その後ろにも2、3人同じように薄ら笑いを浮かべていた。

 

水を浴びせられた俺の絵は当然台無しだ。

 

『な、なにすんだよ!』

 

訳もわからずそう問い詰める。

 

『お前ウザいんだよ。いい格好ばっかして』

 

『なんだと?!』

 

『あんまり調子乗るなよバーカ』

 

その時、俺は思った。

 

コイツは悪だ。悪者だ。やっつけてやる、と。

 

『うわぁぁぁぁ!!』

 

濡れた絵を放り出して水をかけてきた奴に突進する。

 

そいつは見事にバランスを崩し転倒する。

 

そのまま馬乗りになって取っ組み合う。

 

しかし相手はそれだけじゃなかった。

 

今まで見ているだけだった取り巻きたちが一斉に俺に群がり、引き剥がしてきた。

 

それでも必死に抵抗して、奮闘した。

 

ヒーローは悪者を倒すものだから。

 

どれくらい揉み合っていたかは定かじゃないが、そう長くはない時間が経過した。

 

『こ、こら!なにやってるの?!』

 

すると騒ぎを察知した先生が一人、二人、三人とやって来て俺たちを制止した。

 

『なんで喧嘩なんかしたの?』

 

穏やかではあるがしかし確実に怒っているのが分かる口調だった。

 

それでも俺は自分が正しいと思っていたから釈明しようとした。

 

『アイツが…!』

『俺が、こけちゃって、野田くんの絵に水かかって、そしたら、野田くんが、怒ってぇ…』

 

しようとしたのだ。

 

だがそれは水を浴びせてきた奴の涙ながらの声に遮られた。

 

そして同時にガツンと頭を殴られたような衝撃が俺の心を襲った。

 

何を言ってるんだ?お前がわざとかけたのに、なんでそんなことを?

 

と、頭が混乱した。

 

『本当なの、野田くん?』

 

じろりと疑いの眼差しを向けられ、さらに動揺する。

 

『ち、ちが…』

『本当だよ先生!俺ら見てたもん!な!?』

 

うんうん、と取り巻きの奴らが同調していく。

 

『野田くん!ダメじゃない!頑張ってたのをダメにされたら腹が立つかもしれないけど手を出しちゃダメよ!』

 

『え、いや、ちがう…』

 

『ダメよ!あの子達も見てたって言ってるんだから!』

 

違うのに…

 

俺じゃないのに…

 

アイツが…

 

と、視線を奴に向けると、泣いていた顔が嘘のように笑っていた。

 

さっきと同じように。

 

『せんせ…!』

『言い訳しないで反省しなさい!今日の帰りの会で皆の前で謝ること!』

 

先生はもう俺の言葉を聞こうともしなかった。

 

その日の帰りの会で、本当に俺は謝らされた。

 

頭を下げながら、俺は絶望の中、幼心のうちに悟った。

 

正義なんてないんだと。

 

こんな風に悪者が勝つのが世の中なんだと。

 

そうして俺は次の日から学校に通わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学に上がっても俺はまだ登校拒否をを続けていた。

 

それどころか、外に一切出ず自室に引きこもる日々を送っていた。

 

何をするでもなく、ただただ引きこもる日々。

 

生き甲斐を無くし、あるのはあの日味わった絶望と失望だけ。

 

心が死んでいくようだった。

 

いっそ身体も死んでしまえばいいのにと何度も思った。

 

思っただけで踏みとどまっていたのはほとんど奇跡に近かったと自分でも思う。

 

それはまるであの日が来ることを信じて待っていたかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、中学3年生の冬だった。

 

ガチャン!

 

唐突に錠の落ちる音が聞こえた。

 

自らが開ける以外では聞いたことのない音が。

 

何をするでもなくベッドに座っていた俺は咄嗟のことに身動ぎ1つとれなかった。

 

『邪魔するわよ!』

 

ドン!と勢いよく開け放たれた扉の音と共に一人の女子が現れた。

 

その女子は驚きで固まっている俺を一瞥し、指を差す。

 

『野田くんね?』

 

『な、な…』

 

質問に答えることも出来ずただ狼狽えた。

 

その反応を見て少女は、んー?と首を捻る。

 

くりっとした大きな瞳が俺のことを見つめてくる。

 

『野田一途くん、よね?』

 

『そ、そう…だけど』

 

『あたしは仲村ゆり。あなたのクラスの委員長よ』

 

どーんと胸を張り自己紹介をする姿には自信が溢れ、背筋はピシッと伸び、端正な顔に勝ち気な笑みを浮かべていた。

 

しばしその姿に目を奪われたが、すぐに正気を取り戻す。

 

『ど、どうやって鍵を…』

 

『開けたわよ、このくらいの鍵』

 

『は、犯罪じゃ…』

 

『親御さんの許可はちゃーんと貰ってるわ』

 

俺の問いは次々とはねのけられる。

 

あくまで自信満々で不敵なその態度に徐々に苛立ちを覚える。

 

『で、出てけよ…!』

 

『それは出来ないわ』

 

『なんで…』

 

『あなたを連れ出しに来たから』

 

連れ…出しに?

 

思わぬ言葉に呆気に取られる。

 

『なんで…そんなこと』

 

『あなたのクラスの委員長だからよ』

 

意味がわからなかった。

 

クラスの委員長だからと言ってここまでしなければいけないはずがないだろう。

 

『あなたはあたしのクラスの一員。つまり仲間ね。あたしはリーダー、リーダーは仲間を助けるものよ』

 

『仲間…?』

 

『そう、仲間よ。だからあたしと一緒に学校に行きましょう』

 

『はは…』

 

すっと差し伸べられた手を見て、笑いが漏れる。

 

嬉しさや楽しさで笑っているんじゃない。

 

失笑だ。

 

『馬鹿じゃねえの…!仲間とか、そんな綺麗事誰が…誰が信じるか…!』

 

俺はあの日のことを思い出していた。

 

クラス全員の前であのいじめっ子に頭を下げたあの日、俺を庇うような奴は一人もいなかった。

 

何度も俺は助けたのに。

 

助けた奴はクラスにもいたはずなのに。

 

どれだけ助けたって俺のことを助けてくれる仲間なんていなかった。

 

『あれだけいいことをしたのに出来なかった仲間が、今さら出来るはずなんてない』

 

『?!』

 

委員長、もとい仲村ゆりはまるで俺の心を読んだかのような台詞を言ってのけた。

 

『なーんて、思っちゃってるんじゃないかしら?』

 

『な、何を…?!』

 

なんで考えてることが分かったのか、それ以前になんで俺が昔人助けをしていたのを知っているのか、様々な疑問が頭に浮かび言葉には出来ない。

 

『悪いけど、調べさせてもらったわよ、あなたの過去は』

 

ほら、あたしの家ってお金持ちだから。と思わず知るかと言いたくなるような嫌味を言ってくる。

 

『何よりも自分の中での正義を信じて行動していたおかげで、1度そうじゃないものを見ただけで絶望した…とはね。なんていうか、愚直よね』

 

『…なんだよ、悪いかよ…?俺はただ…良いことをしてたらヒーローになれるって…信じてただけだ!』

 

端から見れば愚かだったのかもしれない。だけど俺はただ信じてただけなんだ。

 

『それの何が悪いんだよ!?』

 

『…悪いなんて言ってないわよ?』

 

『は?』

 

『愚直って言ったけれど、これ褒めてるのよ?あなたは誰かが愚かだと思うようなことでもひたすら真っ直ぐに突き進める』

 

まるで今までの俺を見てきたように、真剣な眼差しでそう口にする。

 

『あなたのそういうところ…嫌いじゃないわ』

 

そして、笑った。

 

さっきまでのような勝ち気な笑みじゃなく、優しく、包み込むような笑顔だった。

 

一瞬、俺の中にあった絶望感がすべて無くなったかのように思えた。

 

『でも、1度の挫折で折れるのは頂けないけどね』

 

『うっ…』

 

が、すぐに現実を思い出すことになった。

 

『だからね、野田くん。あなたはあたしの側で心を鍛えなさい』

 

『心を…?』

 

『そうよ。弱いうちはあたしが守ってあげる。そして、いつか強くなったその日には…』

 

すっ、ともう一度手を差し出される。

 

『あなたがあたしのヒーローになってね』

 

『は…い…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうして俺はその手を取ったと同時にゆりっぺに恋をした…というわけだ」

 

「それから仲村に自分が強くなれるように厳しくしてくれって言ったのか」

 

「そういうことだ」

 

「へぇ…」

 

思っていたよりもずっとこの二人の信頼関係は厚いものだったことに驚いた。

 

今の二人を見てるだけでは絶対に気づくことはなかっただろう。

 

「分かったのなら、これからはゆりっぺのことは悪く思わないでくれ。俺が馬鹿だから悪いんだ」

 

「ああ…わかった」

 

「野田は頭悪いもんね」

 

…今真面目な雰囲気だから空気読んで岩沢さん。

 

「ああ、本当にな。だが、俺には真っ直ぐ進むことしか出来ん。下手に曲がろうとすれば、それこそゆりっぺに怒られてしまう…だから俺はどんなに道が険しくとも、突き進むしかないんだ」

 

きつく眉根を寄せたその表情には、昔折られたとは思えないほどの強さが感じられた。

 

「なんか…羨ましいよ。その真っ直ぐさ」

 

「ふん、そう思うのなら…」

 

ドン、と胸を拳で叩かれる。

 

それほど力を込めてはいないはずの拳。

 

だが、何故かものすごく重いように感じられた。

 

「貴様も逃げずに正面を見てみろ」

 

「正面…?」

 

「もう俺から話すことはない。今日は疲れたからもう部屋に戻る」

 

「あ、おいっ」

 

呼び止めてもそれには全く応じず、別荘のほうに去っていった。

 

「野田にしては頭使った言葉だったね」

 

「お前には意味分かるのか?」

 

相変わらず野田を小馬鹿にしてるような物言いだが、本人に悪気がなさそうなのでとりあえずそのことに触れないでおく。

 

「……いや、さっぱり」

 

「だよな…」

 

「まあでも野田のことだから適当とか嘘言ってるわけじゃないよ、きっと」

 

「だな」

 

あれだけ愚直な奴だ、そんな器用な真似は出来ないだろう。

 

「野田、馬鹿だしね」

 

「……………」

 

せめてもうちょっと言葉を選んでやってください…

 

 




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